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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] レフカスの原人 |
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ハモンド・イネス | 出版月: 1977年05月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1977年05月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2017/04/12 03:09 |
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(ネタバレなし)
「私」こと27歳の一等航海士ポール・ヴァン・デア・ブールト(旧名ポール・スコット)はある夜、暗殺者に狙われた同僚を庇って応戦。その乱闘の最中に正当防衛とはいえ人を殺したのではないかと心を苛んでいた。警察の追求を避けるポールは、不仲で8年間も会っていない養父で60歳の考古学者ピーター・ヴァン・デア・ブールトの留守宅に忍び込むが、そこでポールは亡き母ルースがピーターに当てた昔の手紙から、養父が実は本当に血の繋がった実父だったと認める。ポールは同じ夜、父の自宅をあいついで訪れた、ピーターを敬愛する21歳の女子学生ソーニャ・ヴィンターズ、そしてロンドン大学の考古学教授ビル・ホルロイドと対面。彼らとの会話のなかで、学会を追われた異端の老学者である父ピーターが今は地中海に発掘調査に赴き、現地で助手の若者との間にトラブルを生じているらしいと知った。なさぬ仲の父のことなど忘れて洋上の船員生活に戻ろうかと一度は考えるポールだが、就業直前に思い直した彼は父のいる地中海に向かう。そこに待つのは人類発祥の謎をはらむレフカス島の古代遺跡と、開戦の危機下にある現在のギリシャの政情だった。 英国の自然派冒険小説の巨匠イネスの1971年の作品。筆者はこれまで読んできた何冊かのイネス作品(『キャンベル渓谷の激闘』『北海の星』『怒りの山』など)には、それぞれ重厚ながら同時にすごく骨太な小説的満足感を得てきた。 それで今回は久々に作者の世界に浸りたいと思い、以前から気になっていた題名の一冊を手に取った。ギリシャの西の地中海にあるレフカス島が小説後半の主舞台であり、このタイトルからして考古学の発掘を主題にした冒険行と人間ドラマになるのは明白。実際に渋くて地味な筋立てだが、イネスの作品はそんな外連味のない大枠のなかで丁寧に綴られる人間模様が、厳しい自然との相克が、そして何故か飽きさせないストーリーテリングの妙が、それぞれ本当に素晴らしいのだからそれでいい。 (だから逆説的に今回は、イネスの未読作品の中でも特に地味っぽいこのタイトルの本書を、きっとこういうのこそとりわけ<イネスっぽい>のだろうと予見しながら選んだ思いもあった~笑~。) 内容は予期したとおりミステリ味も希薄、活劇アクションなどもほとんどない渋い作りだが、主人公ポールが周辺の登場人物と絡み合いながら地中海に向かうまでの流れが丁寧に描き込まれ、読者の目線と合致した日常の場からの跳躍感がたまらない。これこそ自然派冒険小説の雄ハモンド・イネスの物語世界である。 くわえて多様な登場人物たちもそれぞれなかなか魅力的で味があり、意外に早々と登場するキーパーソンの父ピーターも、その恩師の老教授アドリアン・ギルモア博士も、そしてピーターの研究成果の横取りを企むホルロイド教授も、それぞれ学究の世界に身を置く者の多彩で際立った肖像で描かれる。そしてそんな彼らを前に、ポールの目線につきあう読者まで本作の主題となる考古学の深遠さに啓蒙されていく感覚もとてもいい。(さらにはヒロインのソーニャも、ポールを中古の大型ヨットで現地に送り届けるバレット夫妻も、地中海現地の面々も手堅い存在感と個性を放つ。) あとあまり書かない方がいいけれど、後半の展開で、ある種のミステリ的サプライズが用意されていたのにはニヤリとした。 しかしじっくり読ませるタイプの冒険小説ながら、あらすじの形ではその妙味を伝えにくい面もある作品。それゆえ邦訳のハヤカワノヴェルズ版の表紙折り返しにはなかなかドラマチックな展開が紹介されているが、実は該当の場面が出てくるのはおよそ全300ページの本文のなかの266ページ目。ほとんどクライマックスのネタバレである。いつか本作を読もうという人は、ここは先に読まない方がいいかもしれない。 まあケレン味の乏しい(でも面白い)この作品の扱いに困った当時の早川編集部の苦労も察せられるけど(笑)。 最後に総括するなら、イネス作品全般の英国王道自然派冒険小説流の渋さ・地味さに合わない人にはあえて勧めない。でもほかのイネス作品に触れてなんか独特の魅力を自分なりに感じ取った人なら、ぜひこれも読んでもらいたい、そういう秀作。 |