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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
海底のUボート基地
ハモンド・イネス 出版月: 1974年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1974年01月

No.1 7点 人並由真 2018/11/16 15:21
(ネタバレなし)
 1939年の8月半ば。「私」こと、ロンドンの新聞「デーリー・レコーダー」の記者ウォルター・クレイグは、休暇でコーンウォール地方の閑寂な漁村キャッジウィズに滞在中だった。そこに突然ラジオから、独ソ不可侵条約締結のニュースが流れる。今後の国際状勢に不安を感じるクレイグだが、そんな彼は土地の40絡みの巨漢で結構インテリの漁師「ビッグ」・ローガンと友人になる。洋上で釣りを楽しむ彼らは、海中の巨大な何物かに接触。一旦はその正体は鮫かとも思うものの、土地の周辺に不審な人物が現れたことと含めて、ローガンはあれが秘密活動をしていたドイツの潜水艦ではと疑いを抱いた。半信半疑の地元の沿岸警備隊に協力を仰ぎながら、ふたたび二人だけでその周辺の海域に向かうクレイグとローガン。だが二人は敵の捕虜となってしまう。

 1940年の英国作品。作者ハモンド・イネスの第五長編で、2018年現在、邦訳された長編のなかでは最古の作品。ほぼ60年の長き(!)にわたって活躍した英国冒険小説界の大巨匠イネスだが、メインストリームといえる作品のイメージは、さまざまな事情や謀略を背景にした人間と大自然との相克劇。その意味では本当にぶれない作家だったが、初期には本作のような英国に秘密潜水艦基地を作ったドイツ海軍に挑む、対人間、対国家のアマチュア主人公の冒険小説も書いていた。ただし敵の基地が設けられたとあるシチュエーションの海底(地下)空間の叙述などやはり、人知を越えた自然の勇壮さに筆を費やすイネスらしい。とても。
 文庫版で270頁弱というイネスにしては薄めの作品(『孤独のスキーヤー』なども薄いが)で大筋の物語は、敵の基地に捕虜として捕われた主人公二人の脱出&逆転劇。話のベクトルは明快で淀みはないし、ストーリーが単調にならないように物語を三部構成にして、その真ん中の第二部は、クレイグの元同僚の女流作家モーリン・ウェストンをさらなる準主人公に設定。行方をくらましたクレイグを捜索する彼女の視点から、秘められた物語の大きな興味に迫っていく。イネスが初期から小説の技巧的にも練度が高かったと、改めて実感する書きっぷり。
 
 結構印象的だったのは、敵国であるドイツの軍人の扱いで、イネスの筆致はゲシュタポをふくむナチス党員と一般の海軍軍人をきちんと分けて描き、前者はどうしようもない連中だが、後者はまだ人間味があるという描写も随所に入れている。一般の戦争文学にはほとんど素養はない評者だが、1940年の第二次大戦どまんなかのリアルタイムの時代によくこんなのを書けたと感嘆。同時期の日本で商業作家が鬼畜米英相手にこんな叙述をしていたら、確実に非国民扱いであろう。まあ当時のイネスの内心が、純粋にドイツ全般が敵であっても悪ではないという認識だったのか、それとも別の計算的な思惑や、こういう描写に至る何らかの事情があったのか、あるいは作家的な冷静さとしてここだけは抑えておきたかったのか、その辺は分からないけれど。

 前述のようにプロットそのものはそれほど曲のあるものではないし、ドイツ軍人を極悪に書かなかった分だけ、俘囚の立場の主人公たちにちょっと甘いな、という部分もないではないが、良い意味でクラシックな娯楽読み物っぽい趣向を用いた後半の逆転劇をふくめて、少なめの頁数をはるかに上回る満腹感は味わえた。傑作でも優秀作でもないが、楽しめる秀作。

【2011年5月27日追記】
 あとになってわかったが、本作のドイツ軍人の扱いは当時の英国首相ネヴィル・チェンバレンによる「ドイツ宥和政策」(39年のミュンヘン会談など)の影響が確実にあったのだろう。やっぱ、この辺は歴史を知らないとダメだな。反省。


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