海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1253件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.153 4点 モンタージュ写真- ミシェル・ルブラン 2016/12/27 22:12
評者の持ってる本は、後に「贋作」と合本になったものじゃなくて、単独で出たものなので、すまないが本作だけの評になる。
この人、変な意味で有名になってる「第三の皮膚」(あれそんなにつまらない作品じゃないが)に近いポジションのように感じるよ。作品数が出てるのに、何かあまりインパクトがなくて話題にならない作家、って感じかな。連続して若い女性を誘い出して殺す殺人犯の疑いをかけられた若いチェスプレイヤーが、公開された犯人モンタージュ写真で追い詰められていく...といのが大まかな話。ミソは本人が泥酔していた日に限って事件が起きているので、自分が犯人では?と本人も揺れているあたり。
まあ、さくっと読めてさくっと忘れちゃうようなタイプの話だなぁ(評者手元にあった本だが、読んでいて昔読んだ記憶が全然蘇らない...)。インパクトは薄いけど、まあ小洒落てはいて読みやすい。ちょっと似てる「猟人日記」とか比較するとあっちのがずっとこってりしてるよ。こっちはさらさらと水のようなあっさり感。
個人的に一番のポイントは表紙が評者リスペクトの杉浦康平なこと。昔の創元文庫ってモダンなセンス良さが光ってたんだよね。これはモザイクっぽいデザインでモンタージュ写真ぽさを出している。評者フランス語はわからないので何だが、原題は「portrait robot」って言うらしい(ググるとフランス語のWikipedia がひっかかるが、そういう意味だ)。どういう由来か知らないが、かっこいい。

No.152 7点 ゆがめられた昨日- エド・レイシイ 2016/12/22 22:58
「さらばその歩むところに心せよ」が良かったので、余勢を買って本作。「さらば」の主人公も腕っぷしに自信ありのマッチョな警官だったが、本作の黒人私立探偵もシャフトみたいなカッコイイ私立探偵ではない。友人の探偵から回された警備員や月賦の取り立てみたいなセコイ仕事専門の、頭の回りにはあまり自信がないけど、これもまた腕っぷしは自信あり...と、言ってみれば、ボンクラな探偵なんだよね。ミステリ(とあとSF)って主人公のアタマの良さについて盛り盛りな設定がザラなジャンルなんだが、逆を突かれた評者は実に好感、だ。
この探偵がTVのドキュドラマな探偵番組の依頼で監視した男が殺され、その現場に居合わせたことで容疑がかかって、それを晴らすべく....という話。しかし、大した真相があるほどのことでもないし、「さらば」みたいな大掛かりなドンデンもない。けどね、本作はボンクラ魂が燃えに燃えるイイ小説なのだ。自分がかかった罠だから、ない知恵を必死で巡らして窮地から逃れようとする主人公の姿が何かすごく尊く感じられる。
まあ公民権運動真っ只中に発表された黒人主人公の作品というわけで、ミステリ界からの公民権運動へのエールみたいな側面(MWA受賞もそういう側面があるだろうな)もないわけじゃないだろうが....でも、いわゆる「社会派」にありがちな、観念的で偽善的な空気がまったくない。最後は周囲の人々の理解も得られて、白人を含む周りの人々に支えられてついには犯人をちゃんと捕まえる。声高に言い募ることのない、さりげない友情と理解が、いい。地に足のついた小説である。

No.151 6点 死人の鏡- アガサ・クリスティー 2016/12/18 23:50
本質が短編作家ではないクリスティの場合、その短編の存在意義は..ということになると、難しいものがある。短編の作品というのは、じゃあ「長編になれなかったネタ」なのか、というと、長編でトリックもロジックもロクにないとりとめのない真相の作品だってあるわけで、そういうわけでもない...けど、本短編集で「死人の鏡」と「砂にかかれた三角形」を続けて読むと、なんとなくクリスティのモチベーションみたいなものが感じると思う。
「死人の鏡」は、本当に「本格推理小説」を書いてやろうとして書いている作品である。ポアロへの依頼があって、到着を待たずに殺人があり、順に関係者を尋問して、最後に関係者全員を集めて謎解きをする...という「推理小説らしさ」全開の作品である。本作は150ページくらいの長編1/2くらいの作品だから、長編から「本格推理小説の骨格」だけを抽出したようなことになっている..でこれ、よく出来てはいるとは思うけど、小説としては面白くないというか小説としての面白さを狙ってないし、そのうえにクリスティらしさみたいなもの(クリスティ一流のミスディレクションを含め)を感じないんだよね...
クリスティの短編の一覧を見てもパズラーは実は少ないし、長編でも形式的なクラシックな探偵小説らしい探偵小説って実は「ゴルフ場」「オリエント急行」「ABC」あたりが典型で、他の作品はずっと崩れた形式になっているというあたりが、クリスティのそもそもの志向のように感じる。
そう見てみると「砂にかかれた三角形」なんて実にクリスティそのものの作品だ。「ナイルに死す」や「白昼の悪魔」を思わせるリゾートでの、人間関係の錯綜から飛び出た死と、その反転による真相..とクリスティらしさをぎゅっと凝縮したようなミステリ短編である。
初出を見ると「死人の鏡」は 1931年で、「シタフォード」とか「邪悪の家」を書いていた頃、「砂にかかれた」は1936年で「ナイルに死す」の前年、となるとやはり「死人の鏡」は「本格推理小説を書かなきゃ!」と妙に肩に力が入った修行期で、「砂にかかれた」は「いいやもう自分流で」と自分の資質をちゃんと理解した開花期の作品と見ることができると思う。
意外なことにクリスティはヴァン・ダインを形式基準とする古典パズラーの苦手な作家だった、というのが真相であり、だからこそ他の黄金期作家とは一線を画すポピュラリティを備えたように評者は思うのだよ...

No.150 4点 ダブル・ダブル- エラリイ・クイーン 2016/12/18 23:05
まあ皆さんおっしゃるように、本作は「九尾の猫」のやり直しみたいな感じの作品である。童謡殺人モノの体裁をとっているんだけど、エラリイ介入時点で1件以外は殺人の疑惑さえ持たれていない状況、というはなはだ意気上がらない設定なんだよねぇ。「九尾の猫」だと被害者の関連性が不明でも絞殺の手口が一致するから連続殺人疑いなし、というセンセーショナルな部分が興味の大きな部分を占めてた...というのが逆によくわかる。
あと、仕方がないんだが見ようによってはアンフェアな部分としては、ネタとなった数え歌の後半をなかなか教えてくれないところ。アメリカ人はジョーシキなのかもしれんがねえ。後半の歌詞がわかると、なんとなくピンと来るところがある..と思うと、登場人物が少ないので、すぐに犯人の見当とかついちゃうんじゃないかなぁ(実はメタなんだけどね)。本当はこの後半とか、犯人視点の皮肉なサスペンス物として描いた方がずっと良かったんじゃないかな。
でヒロインのリーマだけど、ちょっとクリスティの「動く指」を連想する話だよね(ちょっと思うんだが、このネタのオリジナルはG・B・ショーの「ピグマリオン」だよ。時代に合わせてその翻案作がいろいろと移り変わるのは仕方ないんだがねえ)。でエラリイがリーマに魅かれていたりするあたり、ライツヴィル物で目立つようになったボンクラぶりがちょっと強調されちゃってるな。まあ本作も「九尾の猫」と同じく後期クイーン的問題(エラリイ首を突っ込まなきゃよかったのにね)のお話の一つ。読みやすいけど、ちょいと腰砕けな感覚の方が強いや。

付記:名探偵って2通りあると思う。「共同体のヒーロー」であるか、共同体に同化しない「孤独な異邦人」であるか、という役割の問題なんだよ。ポアロなんて明白に異邦人だし、マープルだって多かれ少なかれ苛烈な魔女といったニュアンスが見え隠れするから、クリスティは常に「孤独な異邦人」側だったといえるんだろう。エラリイの栄光と悲惨は...エラリイのための共同体であるライツヴィルの「町の名探偵」として、「共同体ヒーロー」をその背に引き受けちゃったところなんだろうな(「ガラスの村」でエラリイが主人公たり得ない理由もそこら)。だから、エラリイは「町の潜在意識」(それが誘導された虚偽意識であっても)を代表せざるをえないわけだから、それに振り回される展開は必然で、そういうエラリイのある意味無様な姿は、共同体の理念への捧げものとしての姿だろうね。評者はエラリイが泣きながら笑っているかのような微妙な表情をして立ち尽くすのが目に浮かぶ。

No.149 7点 さらばその歩むところに心せよ- エド・レイシイ 2016/12/18 22:32
マッギヴァーンとか「夜の終る時」をやったからには、悪徳警官モノの名作の誉れ高き本作もやりたいよね。本作そこそこ有名作品でこの作者のMWA受賞作の「ゆがめられた昨日」は文庫になったのに、なぜかポケミスで出ただけ(何回か再版してるはず)と冷遇されている。けど面白いよ。
本作は悪徳警官のみみっちい役得のさまざまな手口をいろいろと紹介しているあたりがとても興味深い。主人公は出生の秘密から義父との関係がおかしくなってちょいとグレて..とかそういう小説的興味の部分も丁寧に描写しているから、主人公が(ワルいことをしているにも関わらず)とても身近に感じられる。
それとレイシイっていえばあれ。カットバック技法だよね。本作も主人公とその悪徳刑事の師匠に当たる先輩との潜伏先の描写から始まって、出生から警官時代に立てた手柄の話やそれから刑事になって悪徳刑事のいろいろな手口を教えてもらう...といったシーンがカットバックされていき、最終的に二人が犯した身代金横取りの経緯と潜伏先からの脱出計画が語られていく。
というわけで、本作は小説として大変おいしい。主人公の描写が丁寧なこともあって、ちょっとヒューマンな視線の温かさまで感じちゃうよ。でしかも、本作はかなり大仕掛けなどんでん返しまで完備。結構日本人好みだから、きっちり宣伝とか入れればそれなりに売れた作品じゃないのかな。あ、あとタイトルがめちゃかっこいい。こういうタイトルにありがちなことだけど、ネタは名訳で名高い文語訳聖書から。Be Careful How You Live って原題よりもカッコイイな。

No.148 6点 小説熱海殺人事件- つかこうへい 2016/12/11 22:45
このサイトでいつか取り上げようと、評者は手ぐすね引いてた作品である。タイトルに「殺人事件」と入って、殺人事件の容疑者の警察での取り調べをテーマにした小説(劇が先行し、本作は作者自身によるノベライゼーション)である。これではミステリではない、とする方のが難しいというものだ。
とはいえ、直接のきっかけは「毒入りチョコレート事件」である。殺人事件を複数の人間が討議して、どんどんと事件のあり様が変化し膨れ上がっていく...というこの構図自体が「毒チョコは実は熱海殺人事件じゃないのかしら?」という疑問を抑えれなくなったんだよね。で再読。
タイトな戯曲バージョンと違って、小説はとっ散らかってるな。自作小説化は作者も初めてだったし..飛龍伝の小説化はもっと面白いよ。俗化した観光地・熱海で、うだつの上がらぬ若い工員が、美人ではない容姿(作中ではもっとアカラサマな言い方をするけどね)の女工を、腰ひもで絞殺したという、きわめて俗なありふれてつまらない三流の殺人と犯人が、取り調べの刑事たちとのやりとりを通じて、実存を賭けた告白に劇的な昂揚を見つけだし、一流の殺人と犯人へと成長する....あれ、これやっぱり「毒チョコ」だろ。「事件の成長」という構図の部分ではね。毒チョコと本作を隔てる部分というのは、事件とプロットの流れではまったくなくて、「美意識」というようなはなはだ曖昧な部分での違いでしかないのかもしれないね。
だからこそ、本作はとくにミステリの書き手に対する頂門の一針であろう。「殺人があったという幻想に安住するな!」とね。なるほど、ごもっとも。

No.147 7点 幽霊の2/3- ヘレン・マクロイ 2016/12/07 22:36
本作にたぶん一番近いのは、「文学部唯野教授」だと思う...小説の楽屋裏のスノッブぶり(紳士&教養人ぶっていても所詮すべて銭!)を、シニカルに描いたあたりが一番の読みどころである。登場人物の一人が自虐する「われわれは文学にたかる虱みたいなものなんだ」って言い回しが、心理的にはシラケつつノるような綱渡りな実相を伝えているような気もするよ。この伝で言えば評者なんぞ、立派に殺人者の資格がありそうだ....「文学界の外には、文学者が正気だと信じている人など一人もいやしませんからね」
まあミステリとしてはHowの部分の小ネタはどうでもいい。実際には中盤に明かされる被害者の身元が、これ自体ミスディレクションになっているあたりが非常いいうえに、小説の中身自体が手がかり、という趣向もイイ。タイトルになっている「幽霊の2/3」というゲームの名前が真相をうまく言い当てているあたり秀逸。

どうも皆さん書いてないので、少し思い出を。本作の旧訳は初期の創元のラインナップにあったんだけど、短期間で消えた作品だったんだよね。だから評者がミステリ読みだした70年代だと、古本とか図書館で借りた創元推理文庫の古い本の既刊目録に載ってるけど、まったくお目にかからない本として有名な本だった(あと「死時計」とか「反逆者の財布」とか)。まあ本作非常に印象的なタイトルなので、よけい記憶に残っていたよ。本作面白いけど、60年代初めだとウケなかっただろうな...

No.146 8点 夜の終る時- 結城昌治 2016/11/28 23:11
最近マッギヴァーンやって「暗い落日」やったからには、これしないとね。結城昌治三大傑作の一つだと思うが、本作はマッギヴァーンが先鞭をつけた悪徳警官モノ。この人の海外ネタの消化力のすごさにはいつも驚かされる。
本作は2部構成で、前半は事件の経緯を客観描写で追うもの。後半1/4ほどが、視点を犯人側に寄せて警官の堕落の心情を丁寧に描写する。でこの後半の描写が男泣きに泣ける。文章も前半は客観的で叙述的、会話が多くニュートラルな文章だが、後半は主観的でボツボツとした短い文が畳みかけるように続いていく。

ふいに、海の風景が浮かんだ。おれは、待合室に出入りする人々を眺め、千枝の姿を求めながら、死ぬことを考えていた。海は、待合室にこもったタバコの煙のむこうに見えた。ざわめきは潮鳴りのようだった。

日本的な湿度とハードボイルド文のリズムを兼ね備えたいい文章だよ。評者大好きだ....
前半だって警察小説でありながら、捜査陣内部でのフーダニットというちょっと例を見ないような趣向があるので一応パズラーで読めて、しかも悪徳警官モノで、泣ける犯罪心理小説で...とテンコ盛りな内容にもかかわらず、文庫250ページの短めの長編である。それだけぎゅっといろいろな要素が凝縮された珠玉の作品だと思う。イマドキのダラダラ長いばっかりの警察小説(誰とは申しませんがね)と比較すると、結城昌治の腕の冴えがよくわかる。

No.145 3点 毒入りチョコレート事件- アントニイ・バークリー 2016/11/27 21:47
本サイトでは有数の人気作だ。けどねえ、この人気評者はよくわかんないや。なのでわざと点を下げるために悪い点をつけます。いや評者はちゃんと楽しんだよ。
多重解決モノというよりも、もちょっとメタなミステリ創作論みたいなあたりにポイントがあるように感じるよ。

技巧的な論証は、ほかの技巧的なものがすべてそうであるように、ただ選択の問題です。何を話し、何をいい残すかを心得ていさえすれば、どんなことでも好きなように、しかも充分に説得力をもって、論証することができます。

...それを言っちゃあ、おしまいよ。
だから、6つの真相のどれも恣意的で、しかも証拠はいくらでも後出しできるようなユルユルの小説なんだしね。最後のチタウィックの真相が、他の真相に勝る根拠がホントにあるんだろうか、と評者悩むんだが....
とくに本作みたいに、偽証拠がアリならば、作品中で証拠と偽証拠が矛盾したとしても、どちらが偽かを判定するのは小説内部では不可能になってしまう(いわゆる後期クイーン的問題①)。ミステリって突き詰めて論理的に考えれば考えるほど、問題の根拠がなくなってしまうような、そもそも前提に不備ありの擬問題(易しく言い換えればプロレスww)なんだからね。評者は「エンタメとして読者を一番楽しませる真相」こそが「小説として正しい真相」だと思う。あくまで、論理じゃなくて小説の問題、としてね。

こんなのマジに考え出したらホント小説なんて書けなくなると思う。本作に意味があるなら、それは舞台裏をさらけ出したメタ・ミステリだ、というあたりだね。「推理合戦が楽しいです」なんてお気楽な読み方をするような小説じゃないよなあ。

No.144 8点 明日に賭ける- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2016/11/27 21:09
トランプが大統領選に勝っちゃったよ(呆然)。まあアメリカの分断って問題がこのところ表面化してきたわけだけど、いわゆるプアホワイトと呼ばれる階層は、日本からはホント見えない人たちになる。プアホワイトを描いた小説というと例えば「怒りの葡萄」とか「サンクチュアリ」とかあるんだけど、実はクライムノベルが結構扱っているんだよね。
本作の主人公スレイターもそういうプアホワイトで、しかも第二次大戦に従軍して勲章までもらったんだけど、戦後になじめず底辺で暮らしている。だから、黒人差別もテンコ盛りでマチズムの権化みたいな男。まあ50年代でも悪い方のアメリカ白人の典型みたいなものだ。食い詰めて犯罪プランナーのプランに乗るかたちで、地方都市の銀行を襲撃するんだが、犯行の仕掛けに黒人を使うアイデア

黒●●は煙みたいにどこへでも出たり入ったりできるんだ。誰も連中の姿は見やしない。盆を持ったり作業服を着ている黒●●は、どこだっていくことができる(●●は今は差別用語になるので自主規制)

があって、黒人のギャンブラー・イングラムが仲間に加わるが、襲撃は慧眼のシェリフに気づかれて失敗し、ケガをした白人のスレイターが黒人のイングラムに助けられて逃亡するが....という話である。その逃亡生活の中での、スレイターとイングラムの間の確執と交流みたいな内容が主眼となる(アオリにありがちな友情とか感動みたいなワカりやすい要素は薄いよ)。
まあ本作、犯罪小説としては上出来な犯罪プランでもなし、犯罪のプロの凄みとか、そういうエンタメ的な部分の狙いは薄く、ハードボイルドと言われると文体的にも「...違うんちゃう?」となる。その代りきめの細かい心理描写がかなり読ませる。だからミステリっていうよりも一般小説になってると見た方がいい。アメリカっぽくない湿度感(ほぼ舞台も雨・雨・雨)が評者は好き。
たぶん本作くらいがマッギヴァーンの頂点。けどもうほぼミステリからは外れかけてるな。

あと思い出話。この本評者が中学生くらいのときにハヤカワミステリ文庫ができてすぐ(確か創刊第二弾くらい)に買ったものなので、中に編集部宛のアンケートハガキがはいってたよ。「好きなミステリ作家を5人あげてください」って質問があって、中坊の評者が書いているんだ..「チャンドラー、マッギヴァーン、アイリッシュ、ボアロー&ナルスジャック、エリン」。15やそこいらのガキの趣味にしちゃシブすぎて気色がワルい。クイーンとかカーとか書いときゃよかったな。

No.143 8点 暗い落日- 結城昌治 2016/11/16 23:35
その昔、チャンドラリアンという言い方に倣ってショージアンって言い方があったのを誰か覚えてないかな。うん、そのイワレがこの作品のわけなんだが、ロスマク流ハードボイルドを日本的な情緒の中に巧妙に構築した手腕が光る。さすがにハメット的リアリズムは日本だとリアリティが薄いけど、ロスマク流なら日本人の感性と相性がイイことを知らしめたことで、画期的になった作品なんだよね。
で今回読み直したわけだけど、石畳に散る海棠の花びらと沈丁花の香りが印象的だが、その他にも菜の花、連翹、木瓜、牡丹と花に彩られた小説である。宿命に打ちひしがれた暗い目をした女性たち(真木連作ってそういう共通点かな)の象徴のような花々である。

だが、それは何という暗い眼差しだろう。死んでゆく者が、永遠に目を閉じてしまう前に周囲を見まわして、過ぎ去った日々をいちどきに思い出そうとしているようだ。だからわたしを見つめながら、その眼は悲しげに焦点を失っていた。

まあだからハードボイルドをリアリズム小説と捉えたい評者だと、本作がハードボイルドか、というと湿度が高く日本化され過ぎの気がする(モーリアックとか近い罪と罰な世界かも)。少々鬱が入るけど、繊細なロマンの味わいをのんびり楽しむのに絶好の作品だと思う。

No.142 9点 試行錯誤- アントニイ・バークリー 2016/11/15 19:36
「ガラスの村」とで二大変態裁判小説になるな。あっちは社会批判を直接の動機にするのでシリアスだが、本作はブラックなウィットに富む上機嫌な風刺小説みたいなものである。黄金期最強のトリックスター・バークリーって、唯一自分が何をしているかをメタに理解していた傑物のように思うよ...

彼はいつも、法律の欠陥を、それ自体の過剰性によって打ち破ることを楽しみとしていた

「毒入りチョコ」も含めて、「過剰性の戦略」というような視点があるんじゃないかと思う。貴重なものを苦労して見つけ出すのではなく、すでにあるリソースを、アイロニカルに複製し過剰なまでに氾濫させる...といったあたりの方法論って、80年代末あたりから流行ったシミュレーショニズムとか連想させる。悪名高い言い方になるんで何だが、ポストモダン・ミステリ、っていうような言い方が絶対ハマる。戦前の作品とはちょっと思えないな、好きだ。とくにお気に入りは...

(被告席に立つ気分はどうですか、という問いに答えて)「写真をとってもらうときのような気分だね」

クールなウィットがすばらしいね。本作邦題が「試行錯誤」⇒「トライアル&エラー」⇒「試行錯誤」と最初の邦題に戻っちゃったけど、評者は断固としてひとつ前の「トライアル&エラー」を推したい。熟語の「試行錯誤」よりも「裁判がエラーだ」とか「審問と誤審」とか、そういうニュアンスのタイトルじゃないかな? なんで戻したんだろうね。

No.141 8点 人それを情死と呼ぶ- 鮎川哲也 2016/11/08 20:53
昔は鮎川哲也っていうと、評価はほぼ鬼貫ものに限られていて、遊戯性の強い「りら荘」あたりもあまりイイ評価をされていないイメージがあったが、最近はちょっと逆転している感じもあるなぁ(「憎悪の化石」が逆に沈んだね)。で本作も昔は評価の薄い作品、ってイメージだったが、最近評価が高いようで本作が好きな評者は何かうれしい。
まあ本作は鮎川哲也版の「点と線&ゼロの焦点」。鮎哲なんでアリバイ崩しは完備だが、かなり危うい橋のアリバイトリックよりも、動機とからんだ全体の構図の部分での工夫が素晴らしい。なので本当はこれ、ホワイダニットで読んだ方がいいと思うよ。「点と線」を意識してさらにそれを捻っていることになるから、社会派からイイ刺激を受けたと読むのがいいんじゃないかな(けど、松本清張だって結構なトリックメーカーだよ...)。
であと本作「ゼロの焦点」なロマン味があるせいか繰り返しTVドラマになっており、鮎川哲也では稼ぎ頭のありがたい作品だ(Wikipedia だと6回もカウントできる)。評者は雪の降りしきる中消えていく夫婦...って見た記憶がうっすらあるな。読んでいて本田が米倉斉加年の声で再生されて仕方ないんだが、と思ったらそれは77年の佐久間良子主演の土曜ワイド劇場のようだ。鬼貫誰だったんだっけ。個人的には長門裕之だったらドンピシャだった気がするんだが...

No.140 6点 娘は娘- アガサ・クリスティー 2016/11/08 20:44
クリスティを子供でも文句なしに楽しめる、穏健で安全で上品な読み物だ...と、あなたがもし思っているのならそれは大間違いだ。本作は女性のSEXの心理的側面を扱ったウェストマコット作品である。クリスティっていうと後期は名探偵の出ない作品を中心に、へヴィな心理探究を目的とした作品があって(評者は皆さんの大好きな名探偵小説以上にそっちが好きだ)、ウェストマコット作品はそっちの延長線にあるだが、とくに本作は「クリスティの暗黒面」が噴出した作品である。
本作は人死にもないしミステリ的興味もかなり薄い。それまでは仲良くやっていた母娘が、母の再婚問題から互いに傷つけあうようになってしまう、どうしようもない世界を本作は描いている。母も娘も結構性格的な欠点の多いキャラだし、きっかけとなった母が再婚しようとした相手も、あまり読んでいて好感の持てる男でもない...娘の結婚相手に至っては最悪の部類だし。なので、本作は「春にして君を離れ」とは別タイプの鬱小説である。この最悪の婿のセリフではあるけど、クリスティこんなことを言ってるんだ。

君は本当いって、人生について何を知っているんだい、セアラ?何もわかっちゃいないじゃないか!ぼくはきみをいろいろな場所に連れて行くことができる。嫌らしい、汚らわしい場所、生そのものがはげしく暗く流れている場所。きみはそこで感じる―感覚でとらえるんだ―生きているということが暗い恍惚感となるまでね!

はたしてクリスティ自身このメフィストのセリフに心を動かさなかったと言えるのかな?

No.139 7点 最悪のとき- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2016/11/08 20:40
これはハードボイルドというより、ヤクザ映画だよ。
本作は沖仲士の組合が舞台の話なんだが、沖仲士なんてすでに絶滅した職業なわけで、今の人ら何の仕事かわかんないんじゃないかな。だったらイイのは映画で、絶好の参考作品がある。エリア・カザン監督の「波止場」である。マーロン・ブランドが主演だ。見ると雰囲気が伝わる..というか、映画も本作も波止場を支配するギャングとの戦いを描くんだが、1年遅い本作の方が、映画の世界を完全にコピーしてる感じである。ただ、映画は勝利したブランドが新たな波止場のリーダーになる話だが、本作は主人公は復讐に狂う元刑事で、そりゃ最後はギャングたちに勝つのだが...結構心がイタくなる話なんだ。カザンとかドミトリクもそうなんだけど、50年代のトップ監督たちってのは赤狩りの中で仲間を売ってキャリアを継続した裏切り者だったりするわけで、憑かれたように善人も悪人もいない灰色の世界を描いていたわけだが、評者なんかは性格が歪んでるせいか、こういう人らの屈折感がタマらなく好きだったりする。本作の主人公にもヒーローらしいどころかそういう屈折感が強く出ていて、赤狩り後の荒廃して虚脱した時代感を感じるだけでなく、主人公にあるまじき卑怯なトリックを使ってギャングを自滅させる。主人公の「道徳」がテーマな作品なのである(ドミトリクだと「ケイン号の反乱」と似てる)。
なので、三島由紀夫が「ギリシャ悲劇のようだ」と絶賛した東映ヤクザ映画「博打打ち 総長賭博」の最後で、鶴田浩二が吐き捨てるセリフが、本作の主人公にはとても似つかわしい。「俺はただのケチな人殺しなんだ...」ハードボイルドの文脈にありながら、こういうウェットな情緒性が本作の大きなポイントだと思う。

No.138 8点 ガラスの村- エラリイ・クイーン 2016/10/31 22:27
本作はかなり異色だけど、本格原理主義者じゃないなら中期のクイーンの傑作でイイと思うよ。まあクイーンっていうと最後までレギュラー探偵の作品がほとんどで、クリスティやカーがレギュラー探偵に飽きて、いろいろやっていたのと比較すると本当にストイックなんだけど、本作はエラリーは登場せずに、アプレな帰還兵が臨時の探偵役を務める珍しい作品だ。まあ皆さん書いているように、時事批判の目的があるのは言うまでもない。今大統領選も終盤で、評者なんか本当にトランプってキャラがウケること自体理解不能なんだけども、そういうアメリカの草の根保守とかリバタリアニズムといったあたりの、日本人には理解困難なアメリカの風土はこの頃からそうそうは変わっていないようにも感じるのだ。
で、そういうアメリカのバックボーンをなす特性としての「裁判制度」を、クイーンは本作で批評的に使っている。村人たちをなだめかつ真犯人を探す目的で、実にヘンテコな裁判を主人公グループが主催する格好になる。これが裁判手続きの理念みたいなものを考えると、作中で承知の上で悪夢的なことをしていたりする...法廷モノとみると奇作・怪作の部類だと思うけど、これがプロットとしてうまく機能しているあたり秀逸。「開いた口がふさがらない」ような手続きを愉しんで読むといいよ。
謎解きも自然で、このレベルなら素人探偵が急に閃いても不自然にならないってくらいのもの。しかもうまく覆われているので、パズラーとしては小粒でも評者はこのくらいの方が好感が持てる。まあ青い車氏同様評者も、本作とちょっと似ている「Zの悲劇」の死刑囚のヒドい扱いから見ると、クイーンの作家的成熟を本作には感じたりするわけだ。

No.137 6点 ジャグラー―ニューヨーク25時- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2016/10/29 17:45
70年代にミステリ読んでた評者のような世代だと、懐かしいよねマッギヴァーン。書かれたのは75年だそうだが、80年に映画になって(アタらなかったが)B級アクションでは出来のイイ作品として知ってる人は知ってる。だから評者とか「マッギヴァーンがまだ健在!」って結構喜んだんだよ...
でなんだが、映画は見た記憶があるんだが、原作は初読。映画は誘拐された女の子を父親が追っかけてニューヨーク中を走り回る映画なんだけど、原作は全然印象が違う。ヒッピーみたいなひげ面のお父ちゃん、原作だと実はランボーな元少佐なんだ。だから都市論的なあたりでウケた映画と違って、父親・警察・巻き込まれる一般市民...というあたりでの複数視点でのガチのマンハント物である。ここらへん登場人物が多くてそれぞれの事情を丁寧に描写して..という書き方が、70年代の連続物のTVドラマ(アーサー・ヘイリー原作物とかね)風な印象。もう少し整理してもよかったかな。
まあだから、鳥瞰的に警察部隊を指揮して論理的に誘拐犯を追い詰めようとする警察担当者(なぜか階級が警部補だ。毎年1回犯行が繰り返されていたので、少女の生死よりも犯人を仕留めることが政治的に最優先)と、鍛えられたハンターの嗅覚によって子供を取り返すために追跡する父親の対立がポイントになる。しかし、いろいろと飛び入りの市民たちがいて、コイツらが結構状況をイイ具合に攪乱したり..とハラハラさせられることになる。
で映画だとニューヨーク中を駆け回ったけども、原作はセントラルパークが中心で何が潜むかわからないジャングルのように描いている。80年代には犯罪が多発して魔境みたいなものだったようだね。だから、本作ある意味戦争映画というか、「ランボー」の第1作みたいなニュアンスがあるなぁ。マッギヴァーンってそもそも昔から作品企画力みたいな能力は抜群の作家だったから、そういうあたりは衰えてない。

No.136 7点 雨の国の王者- ニコラス・フリーリング 2016/10/17 22:27
皆さんはボードレールの話ばかり引き合いに出すようだが、本作のポイントは、「マイヤーリンク(うたかたの恋)」を下敷きにしたロマン味なんだけどな...まあ日本だとヅカファンだったらマイヤーリンクをネタにした人気作が「うたかたの恋」と「エリザベート」と2つもあって馴染み深いんだけど、今さらダリュー&ボワイエがピンとくる人もほとんどいなかろう。創元の文庫の原型を作った世界大ロマン全集には入ってるんだけどね(訳文に日本ではなじみのある邦題の「うたかたの恋」という言葉すらないな...訳者大丈夫か?)。
で、本作警察小説とはいいながら、チャンドラー風の凝った描写の多い文学性の高いハードボイルドみたいな感じのもの。文章はなかなかいい。「九尾の猫」をやった直後でこんなことを言うのも何なんだけど、狙ったわけではないが本作は「後期クイーン的問題」の応用編みたいなものである。ただし、

おれは玄人なのだ。明敏な素人の探偵が活躍するのは、小説の中だけ。本当の警察官は頑固で強情で、鈍重で散文的で、しばしば低俗で心が狭く、ほとんどつねにけちなものだ

なので、素人味の抜けきらぬエラリーのように泣き言をいったりしない。評者は職人好きなので、背中で泣いてるこっちのがカッコいいと思うよ。

No.135 7点 九尾の猫- エラリイ・クイーン 2016/10/10 21:54
さて重要作。マンハッタンでの連続絞殺事件に、エラリーが市長直属の特別捜査官として挑む...という異例の話。今回、エラリーの立場はアマチュアじゃなくて、責任がある立場だ、というのがちょっとポイントのように思う。というのはやはり評者も例の「後期クイーン的問題」ってちょっと気にはなるんだよね。
クイーンの文章って結構クールな良さを評者は感じるんだけど、本作だと被害者たちが社会的にバラバラの階層に属していて、結果社会を俯瞰するような視点で書かれている。ある意味社会小説的な側面があるね。市民集会でパニックを起こした市民たちが暴動を引き起こすあたり圧巻だ。まあ本作の出版は1949年だから、マッカーシー旋風の直前くらいの、原爆スパイだ核戦争の脅威だとアメリカ社会がピリピリしていたあたりの描写なんだよね(もうすでに映画界の赤狩りは始まってる)。だからホントは本作は「ガラスの村」あたりと一緒に読むべき作品だろうな。
だから本作は警察小説みたいに読んだほうがいい。実際、読者による推理のポイントなんてほとんどない。アメリカ人って精神分析が好きだなぁ....(評者はキライだ)
でとくに「後期クイーン的問題」でも特に2番目の方の探偵倫理の問題なんだけど、これってどっちか言えばイギリス的なアマチュアリズムが前提になっているようにも思う。本作の場合って、エラリーは非公式な父親の顧問みたいな立場じゃなくて、市長直属の特別捜査官だから、異例ではあるが公式の立場だ。だからああいう泣き言を言うのは不覚悟なように思うよ。評者別な作品について、ハードボイルド性=探偵のエゴイズムの自覚、みたいなことを書いたけど、エラリーも自分のエゴイズムに気が付く...というような展開を望みたいところではある。

No.134 4点 教会で死んだ男- アガサ・クリスティー 2016/10/10 21:14
本短編集はハヤカワの独自編集のようだ。要するにクリスティ、何回も重複ありでアメリカでイギリスで短編集を出しているから、コンパイルの基準になるようなやり方がないみたいだ。だから本短編集は他の短編集から漏れたものをまとめたような感じのものだが...まあ所収の短編のほとんどは、創元だと「ポアロの事件簿2」に入ってるものなので、読んだ感じ「ポアロの事件簿1=ポアロ登場」の続編みたいな感じである。
実際収録のポアロ物は20年代のものばかりなので、「ポアロ登場」の続編で問題ない。出来も似たり寄ったり。ただ、後半「二重の罪」から少し面白くなる。「スズメ蜂の巣」はポアロにしては珍しく人情ものっぽい味がある。でファンジーか怪談か微妙な「洋裁店の人形」とかわりと面白い。まあ最後のマープルもの「教会で死んだ男」は腰砕けの失敗作だろうな。だからトータルの出来は「ポアロ登場」より少し面白いけど...というくらい。

キーワードから探す
クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1253件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(89)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(30)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(18)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
エリック・アンブラー(17)
アーサー・コナン・ドイル(16)
ダシール・ハメット(15)