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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.225 | 7点 | 崖- 井上靖 | 2017/07/17 23:01 |
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井上靖っていうと、三島由紀夫/大江健三郎/安部公房の側の人か、松本清張/司馬遼太郎の側の人か、って二択で見たら絶対松本/司馬側の人だ。映画TVの原作多数and新聞連載小説の帝王(27作もあるが本作もそう)として昭和の読者に愛された作家のわけで、純文学・大衆文学のカテゴライズが空しいタイプの作家である。とすれば、中にはミステリ、と言っていい作品だってないわけじゃない。本作なんて、殺人事件こそないが、それこそフレンチミステリにでもありそうな、読者の興味をそそって読ませる手法が完全にミステリな作品である(よく考えたら「黒いカーテン」だそういや)。
崖の下に倒れていた主人公は3年間の記憶を完全に喪失していた。本人の記憶では大阪の新聞社勤務のはずが、主人公を見知る人によれば銀座の画廊の主人だそうである....部分的な記憶が少しづつ戻ってくるのだが、セザンヌの贋作を売りつけた詐欺事件に関わっているらしい。果たして自分は詐欺をしたのだろうか? 誰に? そして何故自分が詐欺を? 贋作の行方は? こういう「謎」を動力として供給されて、すこしづつ真相が明らかになり、主人公を巡る女性たちの「哀しみ」が露になる...というページターナーである。まあ井上靖だから女性の造形がイイのは言うまでもない。連載中に読んでたらホント毎日真っ先に連載小説欄を開くんじゃなかろうか。記憶喪失なんて小説技法としてズルいよ、と思うくらいのハマりぐあいである。殺人がないために、うまくミステリのコンベンションも逃れることができてるし、ほぼ「独自の文学派ミステリ」という感じの読書感である。 井上靖って言うとね、商業誌初登場がどうやら新青年だったようだ(「謎の女」)。この人大学を出てしばらく懸賞小説荒らしみたいなことしてたようで、本人も「変格探偵小説」と自称しミステリとしか読みようのない「紅荘の悪魔たち」とかあるし、戦後だって2回ほど探偵作家クラブ賞の短編部門にノミネート(「死と恋と波と」「殺意」)されたこともあるくらいで、必ずしもミステリと無縁な作家ではない。「探偵作家になり損ねた作家」と読んでもいいのかもしれないね。実際の欠陥ザイルの問題に取材した「氷壁」を社会派ミステリで読むというのもアリのようだ。 |
No.224 | 8点 | 13の秘密- ジョルジュ・シムノン | 2017/07/13 20:45 |
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本書はショートショート的なパズラー「13の秘密」と、第一期メグレ物でもラストに近く、評者に言わせれば初期でも屈指の名作「第一号水門」の二本立てだが、この合本は誰得だと思う...特に「第一号水門」なんてパズラーマニアは読みどころが解らないだろうし、メグレファンだったらパズラー短編なんて退屈だ。しかも「13の秘密」は瀬名秀明氏によると、原著は図面入りで、だからこそレボルニュは「図面を見ろ!」と度々言うんだそうだ。そうしてみると、欠陥商品みたいなものである。
しかし、それを補って余りあるほど、評者は「第一号水門」が好きだ。8点の評点は「13の秘密」は完全無視で付けた点である。「第一号水門」の一番イイ点は、本作の中心人物デュクローに生彩があることである。日本で映像化するなら、緒形拳か山崎努か、といったあたりの、アクが強くて身勝手だけど憎めなく、ニッコリ笑われると許さないわけにはいかないような、オヤジの萌えキャラである。事件はこの運河で手広く商売をするデュクローが、刺されて運河に沈むが、命を取り留めて...というあたりから始まる。舞台からして、シムノンの船好きが全開で、河の風景や生業の描写がすばらしい。 で、このデュクローの魅力は、というと、要するに大人と子供がややバランス悪く配合されたところにある。裸一貫で商売に成功して、プチブルくらいに成りあがった男なのだが、そういうプチブルの生活に強い違和感を感じていて妙に子供じみた反抗をするわけだが、意外に状況を客観的に捉えるオトナの眼も欠かさない、リアルで複雑な、危うい人物として描かれている。本作だとメグレ第一期の終了間際ということで、メグレがあと数日で退職する設定で、それを見透かしてデュクローは高給でメグレを雇おうかと誘ったりする...しかしデュクローとメグレの「対決」は実に静かなもので、ほとんど裁かないメグレはあたかもデュクローの同伴者であるかのようだ。 たとえば「男の首」のラディックならずっとガキなわけであり、メグレは大人の余裕をカマして対決が盛り上がるのだが、本作はオトナ対オトナの静かな対決であり、共感とか哀歓みたいなものが強く立ち上る。ここらへんが本作の読みどころであり、分かりやすいエンタメ性からはズレてきている部分でもある....純文学的捕物帖みたいな雰囲気と言ったらいいのだろうか? |
No.223 | 5点 | ドラゴンの歯- エラリイ・クイーン | 2017/07/09 16:01 |
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本作はクイーン流の「映画小説」みたいなものだ。ベースはいわゆる「スクリューボール・コメディ」。戦前のハリウッドの都会的な喜劇、っていうとこのスタイルがメジャーだったわけで、監督としてはルビッチが代名詞なんだけど、実際にはキャプラ(「或る夜の出来事」。「スミス都へ行く」のジーン・アーサーのツンデレが特にそれっぽい)もそうだし、戦後までこのスタイルを引き継いだのがルビッチの弟子ビリー・ワイルダー(「アパートの鍵貸します」とかね)と言ってもいいだろう。またRKO時代のアステア&ロジャーズのミュージカルだってベースはこれだ。
ここらの映画に親しんでいると、この作品のテイストはごく自然に理解できるんだけど、ミステリマニア一般にそれを要求するのも何だよね...ボーがエラリーの名前を名乗って活動するとか、奇矯な億万長者の遺言とか、内緒の結婚式の治安判事の正体とか、ここらへんをスクリューボール・コメディらしいアイデア(変装とか身元を偽るとか実に演劇的な効果絶大なわけで)だと楽しむのが、本来の作者が想定した読み方のように感じる。 まああくまで「ミステリ仕立て」に近いところもあるから、ミステリ的な部分はそもそもあまり期待すべきじゃない。ヒロインへの襲撃とかキャラの入れ違いとかそういうプロットの部分での変化を、絵をイメージしながらロマンチックなサスペンス映画をのんびり楽しむような感じで読むべきだな。それこそ今ならボーとエラリーの関係をバディ的興味で萌えるのもありかもよ。 ある作家を「あるジャンルの巨匠」と扱っちゃうと、それこそ状況に流されていろいろ試行錯誤した「流行」の部分が後から見るとまったく見えなくなって、単に「つまらない駄作」という情けない評価に甘んじることにあるわけで、そういう面を特に本作とか否定できないわけだが、時代と背景の理解のための資料みたいに読むんだったら、本作でも十分お役に立ってくれる(クイーンが書いたからこそ、かろうじて訳されるわけでね)。 |
No.222 | 8点 | グリーン・サークル事件- エリック・アンブラー | 2017/07/02 23:30 |
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本作の原題は「レヴァント人」で、東地中海沿岸の住民の総称のようなものである。アンブラーというとギリシャ・トルコから中東方面にツヨい作家なんだけど、本作はそういう面の集大成みたいなところがある。
今回の主人公は「人間がマトモで有能なアーサー・シンプソン」といった感じの、シリアを拠点に同族経営の企業を経営するマイケル・ハウエル...名前こそイギリス人っぽいのだが、シンプソン同様教育こそイギリスで受けたがイギリス人の血は1/4ほどで、中近東のいろいろな民族の血が混ざりに混ざった、多面性のあるキャラで 彼が一人の人間ではなく、複数の人間からなる委員会なのだ。 この委員会のメンバーは、利に敏いギリシャ人の両替商・愚鈍を装う狡猾なアルメニア人のバザール商人・イギリス人の技師などなど、さまざまな血と要素をもった人間を自任し 雑種犬は時として、血統書付きのご立派な従兄弟よりも賢いところを見せる という矜持を持っている。国際情勢が大きな背景なんだけど、職業的スパイはほんの端役しか出ない作品で、それでもスパイ小説「らしい」のは、この「多重人格」な主人公キャラと、彼が強いられる面従腹背が、まさに「スパイ」なところにあるからだろう。ミニマルなスパイ小説と言ってもいいのかも。アンブラーの一番いいところは、こういう舞台、こういうキャラでも、一切エキゾチズムに堕しないところである。ポスト・コロニアルに耐えうる小説家なのがすばらしい。 主人公マイケルの本質はビジネスマンで、およそ肉体的冒険とかスパイとかテロには無縁な人間なのだが、従業員に紛れこんだパレスチナ過激派に脅されて、そのイスラエル攻撃計画に加担させられる。しかしマイケルはうまく面従腹背を続けつつその計画を探り、かつ防ごうとするのが大まかな筋立てである。対するのパレスチナ行動軍のリーダーも一筋縄ではいかない。結構ハイテクな攻撃手段を持っているし、凶暴性もあるがそれなりに鋭いために侮れない。マイケルは唯々諾々と従うように見せて、過激派を罠に導こうとするこの駆け引きが一番の読みどころ。で、クライマックスはこの「レヴァント人」というのが本質的に「海の民」であることを示すような、船のアクションで大団円となる。 本当に一気に読めるお手本のようなスリラーで、知的対決といた興味で読める。しかも発表直後にミュンヘンオリンピックのテロがあって、本作がそれを予感した..という評価があって2度目のゴールデンダガーを受賞している。しかしね、一番ショッキングなのは、本作で描かれた中東情勢って、ISが跋扈する今でも、本質的にあまり変わってないことなんだよね...何物にも縛られないアナーキーな海の自由民「レヴァント人」のあり方(ある意味これは伝統的な生き方)が、国籍・民族・宗教に縛られルサンチマンに満ち満ちた「近代的」なパレスチナ問題に対して何かヒントになるようにも感じられる。 |
No.221 | 9点 | シャム双子の秘密- エラリイ・クイーン | 2017/07/02 22:52 |
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皆さんあまり指摘しないようだけど、評者は本作はアンチ・ミステリだと思う。
全体的に仕掛けが素晴らしく成功していて、後期クイーンは本作を何度も模倣した感じの作品を書いているけど、それらは全然本作には及ばない出来だ。本作は「後期クイーン」の前哨戦かもしれないけど、見事にかみ合って後期クイーン的作品の頂点と言っていいだろう。クイーン作家論としても超重要作である。評者なんかミニチュアの「黒死館」だと思うよ... (アンチ・ミステリの論拠を説明しなきゃいけないから、アカラサマじゃないけど少しバレます) 後期以降定番になるダイイング・メッセージ物である。本作のアンチ・ミステリらしいところというのは、エラリーがダイイング・メッセージの象徴解釈を延々するのにもかかわらず、ダイイング・メッセージ自体が周囲の人々を惑わすための「アンチ手がかり」でしかない。エラリーも象徴解釈が大好きなためにそれに見事にひっかかるわけだ。本作は殺人が起きるまでクイーン父子が探偵だということが周囲に知られていないから、「名探偵をひっかけよう!」というものでもなく、真犯人から見たらターゲットへの「嫌がらせ」みたいなもののようだ。なのでエラリーは本当に黒死館風に「何もないところに空中楼閣を築く」ことになってしまう。後期に繰り返される「探偵の失敗」でも、本作のはアイロニカルな手ひどい失敗である。 犯人を導く真の手がかりは、象徴解釈ではなくて、意味を欠いた盲目なリビドーなので、これも一種の「アンチ手がかり」だったりする。がっかりする読者もいるようだが、評者は用意周到な狙いだと思うんだがどうだろうか? 本作と言えば山火事だけど、これはサスペンスを狙ったもの...と皆さんは読みがちだけど、山火事はすべての意味を焼き尽くしてすべて消し炭に変えてしまうカタストロフである。だから、ダイイングメッセージさえも、山火事は焼き焦がしてすべて意味を奪ってしまうものなのだ。しかし、アンチ・ミステリとして読むのなら、この山火事こそが、過剰な意味(しかも誤った解釈)から浄化して解放する契機だと読むべきなんだろう。そういう構図を見たら、本作は一個の象徴詩みたいなものだよ... エラリーは、この瞬間、いま一同の注意力が完全に奪われているとき、ほんのつかの間、一同が死から面をそむけているこの瞬間、彼らの上に天井がぐらぐらと、煙とともに崩れ落ちることによって死がもたらされ、なんらの警告も、苦痛もなく、生命が一挙に抹殺されることを、どんなにか熱烈に希求した。 探偵小説が死を扱う「非情さ」に「死を克服しようとする意志」を見るというのを確かカフカが言ってたように記憶するけど、目前に迫る全員の死を前にして、はかない抵抗ではあっても「個人の死」にこだわり続け、犯人を指摘しようとするエラリーの姿が実に尊い。後期みたいにめそめそしないのがイイな。 なので、本作をCCとかいうのはまったく見当はずれで、本作の素晴らしいところはそういうアンチ・ミステリな部分である。あなたはなぜミステリなんて読むんですか?と読後問いかけたくなるような名作だ。 |
No.220 | 6点 | ミス・ブランディッシの蘭- ハドリー・チェイス | 2017/07/02 22:25 |
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一大センセーションを巻き起こしたことで有名な作品なんだけどね....今読んでみると、アッサリした感覚が強い。誘拐と人質の横取り、さらに本線の探偵とは別口の、人質を奪って名を上げようとするチンピラ、と派手な殺し合いが続いてエグいバイオレンスの連続のはずなんだけど、どっちか言うと山田風太郎風のゲーム的な感覚が強く出ている。クールすぎてノワール、って感じじゃないな。大体、ヒロインのミス・ブランディッシからして、ストーリーの駒みたいなもので、名前すらちゃんと教えてくれてないよ...一切の感情移入を排した小説で「描かないのを察しろよ」といったハードボイルドの気取りの部分さえ抹消した「零度のスリラー」という雰囲気。
まあ、センセーションは本当は、初版にあった殺し屋スリムの残虐性描写とか、ライリーのマゾ、ミス・ブランディッシへのスリムの暴行とか、エグイ描写にあったようで、ここらが現行版ではキレイに消されていることにも上記印象の原因かもしれないがね。 アルドリッチが「傷だらけの挽歌」という邦題で本作を映画化しているが、評者は残念ながら未見。ただし、映画のラストでミス・ブランディッシは自殺してそれを探偵は見殺しにするというのを聞いている。映画は初版テイストを維持している感じだね、見たい。映画だと、ミス・ブランディッシの名前はバーバラだそうだ。 (追記:本作元ネタであるフォークナーの「サンクチュアリ」についても書いたので、そちらもどうぞ。この評の補足みたいなものかも) |
No.219 | 5点 | 黄色いアイリス- アガサ・クリスティー | 2017/06/28 22:48 |
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一言でいうと「既視感の強い作品集」ということになる。読む順ミスったかな。
「バグダッドの大櫃の謎」は「マン島の黄金」にもあるし、「クリスマス・プディングの冒険」にも中編化されたものがある...「マン島」のは同じ訳者(中村妙子)だけど、訳文が全然違う。「マン島」の方が後のようでこなれてるが、「黄色い」の方が雰囲気がクールだ。「あなたの庭はどんな庭?」は出だしが「もの言えぬ証人」(実際の事件内容は違う)だし、「黄色いアイリス」は長編化して「忘れられぬ死」だ。原型が一種の「歌ものミステリ」なのがツボ。「船上の怪事件」は「ナイルに死す」の原型だろうし、「二度目のゴング」は「死人の鏡」の表題作の原型...と、没バージョンばっかり集めたボーナストラックみたいな作品集である。 他の作品読んでたら、本短編集を積極的に読む意義は薄いけど、中期クリスティの舞台裏、ってあたりを感じるにはそう悪くない。 けどこれで短編集はほぼコンプ。特殊ネタの「ベツレヘムの星」が残ってるくらい。長編はまだ「未完の肖像」が残っているが、戯曲はあと3作(+α)。「さあ、あなたの暮らしぶりを話して」とかどうしよう? |
No.218 | 4点 | 心地よく秘密めいた場所- エラリイ・クイーン | 2017/06/25 22:40 |
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クイーン最終作品なのだが...何か読んでいて極めてよそよそしい。あれ、どうしたんだろう?と気になる小説だ。この事件にエラリイが引きずり込まれることになる父親との問答も、何か異化演劇風で「これはすべて架空のことなのだ!」と示そうとしているかのようだ。
最終的な被害者となる億万長者も何かそらぞらしいキャラだし、そのオブセッションである「9」でさえ、最終的にすべて意図的な「レッド・へリング」であることが示される....舞台装置の裏側はベニヤ板でしかないのだ。欺瞞に包囲されたエラリイは、9の象徴の飽和攻撃に押しつぶされるかのような惨めな失敗をする。後期エラリイはたびだび推理に失敗するのだが、その中でもおよそキャリアで最低のカッコ悪さでだ。作者クイーンがパズラーというもの、ミステリというものに、疑いを持ってしまったかのように。 本作はおそらく「最後の一撃」の書き直しみたいな面を持つのだろう。作者が設定する「謎」というもののこれ見よがしで不自然な部分だけが肥大し、探偵は解釈の多重性の中で途方に暮れるしかない。謎だけがそこにあって、真相は仮のものでしかないのかもしれない。もうちょっとズレたら、本作は前衛ミステリになるのかもしれないけど、そこまでの意義は残念ながら認めがたい。ヒロインの次のセリフは、エラリイへの慰謝か、それともクイーンのかなわぬ約束だったのか。 あなたはきっと、そのうちにほんとうの答えを考え出しなさるわ。 |
No.217 | 4点 | 最後の一撃- エラリイ・クイーン | 2017/06/19 23:35 |
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評者のクイーン読み順は結構ネラってこういう順にしているわけだけど、「ローマ帽子」直後に起きた設定のこの事件が、執筆リアルタイムの27年後に解決するというタイムスパンの長さが特徴の作品である。本作でクイーン合作は一旦引退となり、5年後の再開後もしばらくリーが執筆できないという状況を見ると、本作で「ローマ帽子」を回顧するのも、クイーンのキャリア全体に対するグランフィナーレめいた狙いがあったわけである。そういう大きな仕掛で見たときに、それなりに傑作とはいかなくても、クリスティで言えば「カーテン」みたいな問題作、みたいなものになって欲しかったんだろうな...しかし本作の知名度から分かるように、完全に外してしまっている。
後期らしく固執的なテーマがあるんだが、それが「12」というのがそもそも外す原因。12日間かけての12回の不吉な贈り物...というだけで、プロットが相当間延びしたものにならざるを得ない(6回くらいにしておけばイイのに)。読んでいて妙に弛緩した雰囲気が漂う。これがクイーンの同世代のアメリカ人だったら、作品の中で言及される出来事とか小説とかでノスタルジアに浸るとかあるんだろうけども、さすがに評者もそれはムリだ。(レックス・スタウトの処女小説は何か前衛小説みたいなものらしいね...) 真相もミステリとしてちょっと微妙。というのは「贈り物の秘密のメッセージが指し示す犯人像が、あまりに注文通りなので、エラリイはそれが自分に仕掛けられた罠なのか疑心暗鬼になって公表しなかった」という推理の経緯を、1930年篇でうまく示すのができていないから、1957年にそうだと言われても斜め上に滑った感じで...どうにも困る。で、そういう贈り物のメッセージなら「分かって分からない」ような絶妙なものでないとハマらないけども、実際はちょっと専門知識が要るようなものだからムリ筋としか言いようがない(そりゃ日本のやり方と共通した記号こそあるけどね)。 ホント言うとね....身元不明な被害者なんていうと、「これはJ.J.マック殺人事件かしら?」なんて評者は妙な期待をしてしまったのだ。グランフィナーレなんだから、何かメタなネタを仕込むとかしてもよかったのかもね(作者=犯人をしようとした、という説がEQFCに載ってる)。評者は(探偵)エラリイと(筆者)クイーンの違いと混同に関心があるから、本作で(探偵)エラリイが小説「ローマ帽子」を無邪気に書いたことになっていると、「何か仕掛けが?」とか勘ぐってしまうのだ... あと時系列だと「ギリシャ棺」が「ローマ帽子」以前のエラリイ探偵譚だけど、本作では忘れてるみたいだ。やれやれ。 |
No.216 | 3点 | 帝王死す- エラリイ・クイーン | 2017/06/12 00:14 |
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市民ケーンかハワード・ヒューズか、それともドクター・ノオか、というような超権力者「キング」の島の、超堅牢密室の事件なんだけど...こりゃ、ダメだ。SFかファンタジーか007かという事件の舞台、ライツヴィルでの過去の因縁、3兄弟の確執、密室謎解きが、てんでバラバラの方向を向いてる作品で、すべてにおいて中途半端。そもそもリーの小説スタイルはリアルな方に向いてるから、こういうファンタジーはダメだよ。
ま評者密室殺人嫌いを公言してるわけだけど、要するに手品はネタをバラさないからファンタジーが成立するのであって、密室のトリックをばらしてドラマがうまく動く長編作品なんてまずないと思うよ。 最後バタバタと死と脱出でオチが付くけど、苦し紛れにしかみえないや。とにかく小説としてこれはクイーン最低の部類。取り柄は密室のハッタリの見せ方がイイことと、密室トリックは小粒でも実行可能なことくらい。この人も国際政治ネタをリアルに描くことが無理な資質なんだね....(クリスティだと「死への旅」みたいなものか) |
No.215 | 7点 | ローマ帽子の秘密- エラリイ・クイーン | 2017/06/11 23:52 |
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あれ、皆さん評判悪いな...どっちかいうと評者本作は楽しんで読んだけどね。そういえば小学生高学年くらいのときに、人に借りて読んだ本だよ。内容は完全に忘れてたけど、エラリーの推理ほぼそのままに今回読んでて推理は的中。アンフェアというイメージはないよ。
「帽子を回収できた人が犯人だ」という命題自体は結構最初から明示されているわけで、誰ができるのか、マジメに考えれば結構明白だと思うんだがねぇ。まあ人の出し入れとかそう上手じゃないとかあるし、エラリーのキャラがあまり魅力的でないとか、特に前書きが後の作品との一貫性がないとか、いろいろろツッコミどころはあるんだけど...実は本作、クイーン警視の描き方の方に力が入っていて、パパ実に素敵。実質ダブル名探偵だと思うよ...そんなクイーン警視のカッコよさだけでも十分楽しんで読めた(評者オヤジ萌え傾向がある、あれ目が腐ってるのかな?)。なのでその分エラリーがイカスケない若僧だ。今読むとエラリーの書痴ぶり&ペダントリが身の丈に合ってなさすぎるのがわかる。 |
No.214 | 9点 | 愚者(あほ)が出てくる、城塞(おしろ)が見える- ジャン=パトリック・マンシェット | 2017/06/11 23:34 |
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「地下組織ナーダ」が良かったので、現行で手に入る本作を読みたくて読んだ。さすがに「狼が来た、城へ逃げろ」は読んでないんだよ。
精神病院に入院していたヒロイン・ジュリーは、大企業の経営者にその甥である少年の世話係に雇われた。しかしジュリーと少年はギャング4人組に誘拐されて...という話である。おもちゃ箱をブチまけたような死と破壊がジュリーと少年の後に残される、血なまぐさい童話のような作品だ。 まあヒロインが精神病院から直接雇われて...というあたりからして尋常じゃない(反精神医学とかそういうあたりの背景があるようだ)。本当に周囲からしたら大迷惑な破壊(逃亡するために積極的な人殺しさえしちゃう)の限りを尽くすことになるのだから、陰惨な話なのか...というとまったくそうじゃない。カーニヴァルめいた陽気さで派手な逃走劇を繰り広げるのだ! だから追う側のギャングたちが胃潰瘍に苦しんでたりするのにもバカバカしいような納得感がある。本作、ホント読んでいて昂揚する...ちょっと評者も野性の血が騒いじゃったようだ。 空気が澄みきって、すごくいい天気だ。撃ちあいのせいで家に帰るのが遅れたことを喜んでいた。耳に触るとひどく痛かったが、アルコールで消毒されるのはご免だ。それでまた、インディアンごっこに出発した。 本作は光文社古典新訳文庫なんてところから、1972年の作品だけど出ている。それにふさわしい、新しい古典の名に恥じない傑作である。邦訳全作読みたくなったなぁ。評者もインディアンごっこにレッツゴー。 |
No.213 | 6点 | メグレ夫人の恋人- ジョルジュ・シムノン | 2017/06/08 23:44 |
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メグレ親父は機嫌が悪いな...困ったものだ。
メグレ式ってのは考えない、というか考えていることを見せない。その代りに事件の感情的な理解の方にポイントのある捜査法だから、短編の場合にはそこまでの余裕がなくて...になりがちなんだけど、その代わりにメグレの感情自体がメインになるような書き方だってアリだ。「メグレの失敗」なんて事件の中心人物に対する感情的な反撥が小説の中心になってるくらいのものだ。また珍しくトリックのある「開いた窓」とか、やはり長編とは少々組み立てや小説としての発想が違うのが、短編集としてのバラエティになっている。 出来としては中編の「メグレ夫人の恋人」と「殺し屋スタン」が世評通り読み応えあり。個人的にはメグレ夫人のキュートさにちょっとヤられている。 |
No.212 | 7点 | 読者よ欺かるるなかれ- カーター・ディクスン | 2017/06/03 21:42 |
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パズラーらしいタイトルで、しかも不可能興味を前面に押し出した作品...なんだけど、どっちか言うと「パズラーマニアっぽい視点」でない見方をした方が面白いように感じた。
というのも、検屍法廷の皮肉な展開も楽しいが、真相自体のアイロニーを楽しむような読み方があるように評者は感じるのだ。で、HMによる締めの一言がやはり人を喰っている。 もっぱら国民に、健全な良識を植えつけてやるためさ...いまに戦争がもっと烈しくなってみい。あわてものは、街中を駆けまわって、やれ、敵の爆撃機の空襲だ、ロンドン中は火の海に化けそう..なんてことを言い触らして歩くじゃろう。 HM、政治家だなぁ(苦笑)。オカルトを利用したがる人々/それにダマされたがる人々というのはいつの世も尽きることはないわけで、そういう騒ぎの描写も本作の魅力の一つだろうと思う。犯行手段の医学的な真相はまあ、それしかないよね、というものだし、状況についてはこんなのわかんないだろ、というものなので、本作は「謎の提示」はハッタリ十分で非常に魅力があるけども、狭い意味のパズラーとしては若干ムリ感があるように感じる。それを補ってあまりあるアイロニカルな味の良さからこういう評価。 |
No.211 | 7点 | ヘラクレスの冒険- アガサ・クリスティー | 2017/05/28 23:11 |
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ヘラクレスの12の難行になぞらえたポアロ短編集なんだけど、実際にはパズラーありの、ロマンチックな恋愛ありの、ファンタジーな政治ものありの、冒険スリラー風のものありの、人情ものありの、バラエティ豊かな作品集という感じ。なので、本格、という感じでもない気もする。
けど、パズラーとしては「レルネーのヒドラ」がいい。ちょっとした会話から真相をポアロが気づくわけだが、初期の短編のようにネタだけな感じではなくて、いろいろと芸が細かいのを気づかさせる。短いのにうまく凝縮していてお手本級の短編。 あとは...そうだね、人情ものとして「ヘスペリスたちのりんご」がきれいにまとまっていて、小説として結構。ポアロもご宗旨はカソリックだった(「満潮に乗って」でカソリックの礼拝に行く描写があったね)。 最後の「ケルベロスの捕獲」も風俗描写を含め小説として実に楽しい。短編「二重の手掛かり」や「ビッグ4」に登場したヴェラ・ロスコフ伯爵夫人が再登場して、ヌケヌケとしたキャラの良さを発揮する。冒頭の地下鉄エスカレーターでの邂逅とかうまく内容にマッチしていていいな。ナイトクラブ「地獄」って遊びに行ってみたいよ。 というわけで、あまり本格本格してないキャラ小説として十分読んで楽しめる内容である。多少は出来不出来があるのはご愛敬(麻薬が便利グッズ過ぎるよ...)。 |
No.210 | 8点 | シルマー家の遺産- エリック・アンブラー | 2017/05/28 22:39 |
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評者、カッコイイことは苦手だ...だからアンブラーに共感するのかもね。
というのも、本作って例の名作「ディミトリオスの棺」の書き直し、といった雰囲気があるからだ。「ディミトリオス」は結局、動乱の裏に蠢く悪の天才の姿を描いちゃったことになって、ある意味とてもカッコイイのだ。で、本作はそれを反省した感じで、同じく一人の男をヨーロッパを駆け巡って足跡を追う小説でありながら、その男、フランツ・シルマー軍曹は特異な状況にはあるが、悪の天才でも英雄でもない。 話はアメリカで身よりなく亡くなった老女の遺産の受取人を探すべく、法律事務所の若き社員ケアリは、ヨーロッパの従弟の行方を追うところから始まる。この従弟は既に亡くなっていたが、その子孫に受取資格があることが判明する。しかし第二次世界大戦がドイツ人の運命を大きくシャッフルした時期に重なっていて、唯一の生きている子孫と思われたフランツ・シルマー軍曹はギリシャからドイツ軍が撤退する際の混乱の中で行方不明になっていた.... (以降ネタバレ) でまあ、フランツは生き延びて、ギリシャの左翼パルチザンの側についてゲリラとして山中に潜伏していたわけだ。要するに旧日本兵が敗戦後にインドネシアやベトナムの独立運動に協力したのと似たようなものなんだが、シルマー軍曹は負け組の左翼ゲリラだから、負けが見えてほぼ山賊みたいなものに成り下がってきている状況だった。こんな状況でケアリと直接会談することになる。 本作の一番イイところは、冒頭に述べられるシルマー家初代のフランツ・シルマー軍曹の話が、玄孫のナチからギリシャ左翼ゲリラに鞍替えしたフランツ・シルマー軍曹の話と何となく重なるあたりである。初代はナポレオン戦争の敗戦の中で軍隊を脱走し、彼を匿った農婦と結婚して子孫をドイツとアメリカに残すことになるのだが、こういうエピソードがヨーロッパの庶民の実像を捉えていて非常に印象深い。でやはり現代のシルマー軍曹も決してカッコいい存在ではなく、ましてやうまく勝ち馬に乗ることができたわけでもないが、それでもしたたかに生き抜くことには長けている。なので、現代のシルマー軍曹はケアリが提供したナポレオン時代の高祖父の話に感銘を受ける。 わたしの本当の遺産とは、あなたがわたしにお示しくださった、わたしの血統とわたし自身に関する知識です。多くのことは変りはて、エイラウの戦いも遠い昔のことですが、長年月にわたって、手と手は結び合い、わたしたちは一体なのです。人間の不滅性はその子供たちのなかに存在しているのです。 20世紀的であるのと同時に、ヨーロッパ庶民の精神史みたいなものを覗かせるこのフランツ・シルマー軍曹の姿が実に秀逸。すばらしい。 |
No.209 | 5点 | 法の悲劇- シリル・ヘアー | 2017/05/28 21:52 |
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本作、およそ日本人向きじゃない。
イギリスの巡回裁判というなじみのない制度が舞台の上に、イギリスの慣習法ベースの法体系もよくわからないしね...さらに言えば、英米の法曹界というものの歴史と伝統感みたいなものが、一番の読みどころ、楽しみどころだと思われるのだが、ここら法律とかあまりマジメに捉えなくて、法へのリスペクトを欠いた日本人だと、楽しみづらいだろうなぁ。だから本作のアイロニーやウイットはまず日本の読者には伝わらないと思ったほうがいいです。 その上、話の焦点となる判事とその妻に好感を持ちづらいんだよね。もちろん巡回裁判が一種の大名行列みたいなもので、これに対する批判めいた視点が作者にあるようだ。判事の判決もかなり気まぐれでヤナ奴感がかなり高い...そういうわけで460ページ中400ページになるまで殺人が起きず、巡回裁判中に判事が起こした交通事故と判事への脅迫・嫌がらせめいた襲撃などが、結構地味に続くので、ここらを少々我慢して読む必要がある人が多いだろう。 それでも最終4章の殺人から真相解明に至る怒涛の流れは迫力あるし、真相がしっかりと、かつトリッキーに小説のテーマになっているあたり、小説技術として見習うべきところがある。 |
No.208 | 6点 | ゆがんだ罠- ウィリアム・P・マッギヴァーン | 2017/05/28 21:30 |
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本作だと「殺人のためのバッジ」の翌年の作品なので、そろそろ脂がのりだした頃のマッギヴァーンである。まだいろいろと試行錯誤している感もあるが、本作だとハードボイルドに入れるのはかなり無理がある(まそもそもこの人の文章はハードボイルド文でもないし)。評者は本作のカテを「本格」にしちゃったけど、許してもらえるのではないかと思う。そういう作品。
本作の舞台は50年代のアメコミの舞台裏である。これだけでも読む気がかなり起きる舞台設定だが、日本の漫画と違って、映画並みの分業体制で、全員組織の歯車として作っているあたりが非常に興味深い。漫画部門の編集長として新たに異動させられた主人公が、所属の人気女性漫画家殺しの濡れ衣を着せられかけて、その真相を探る、とまとめればその通り。でだけど、いろいろとフックが利いている。主人公の編集長は戦争中に「自分が上官をわざと撃ったのでは?」というトラウマとなって重度のアル中で、泥酔から醒めると手が血だらけで....とひょっとして女性漫画家殺しも自分がやったのでは?とかなりかねない。冒頭がこの「醒めてみれば血だらけ」で、話は過去に戻って漫画編集部の人間模様を丁寧に描写していくことになるので、実際に殺人が起きるのはほぼ真ん中あたりになる。 タイトルの「ゆがんだ罠」はやはりそのトラウマを利用して主人公に罪を被せようとする罠と、主人公と真犯人の心理的対決、というあたりから来ているのだが、こういう心理主義が今読むととても古臭くなっているな。そのかわり、本作はパズラーとして結構フェアプレイだ。本作とマクロイの「幽霊の2/3」が結構似てるんだが、「幽霊の2/3」がパズラーファンに人気だったら、本作でもパズラーで問題ないように感じる。本作だと美点も欠点もそれぞれ...なんだが、もう少しするとこの人一枚皮が剥けた感じになるので、そう悪くはない模索中の一品、といった感じである。 |
No.207 | 6点 | メグレと死者の影- ジョルジュ・シムノン | 2017/05/20 22:44 |
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初期のメグレ物というと、創元で翻訳が出て、この中でラインナップに残ったものと残らなかったもの、残らなかかったものでも河出の50巻のシリーズに採用されたものとそうでないもの...とその後の運命がいろいろある。本作は創元で「影絵のように」のタイトルで出た後、河出で「メグレと死者の影」と改題して出ている。まあ河出は中期以降のタイトルに合わせて、全作「メグレ」という名前を入れたタイトルにしたためこういうタイトルになったわけだけど、本作の原題は「L'Ombre chinoise」、直訳すれば「中国の影」、実際にはこれは熟語で影絵遊びとか影絵劇のことを指すので、河出の訳題も創元のも意訳に近いが、創元の方が明らかに趣のある良いタイトルである。内容的にも、死者のシルエットが時間がたっても動かなかったので見たら殺されていた、ということと、呼ばれたメグレが目撃した被害者の元妻が再婚した夫を責めるシルエットの両方を指しているので、評者は「影絵のように」を強く推したいな。この2つの影絵がある冒頭の場面が本当に雰囲気があって、いい。
本作とか文庫で160pくらいのものなので、作品が「ある一つの感情」だけで構築されているようなものである。本作だと機会を逃した落胆と自責が他人に向かう後ろ向きでどうしようもない性格がテーマになっている。それに操られる人間の姿も、それ自体がもう過去の取り返しのつかないことなのだから、やはり「影絵のよう」だ...というわけで、本作もショートドリンクのような味わい。キュッと読んでシンプルな感情の悲劇を味わう。それも人生。 |
No.206 | 7点 | 悪の起源- エラリイ・クイーン | 2017/05/17 22:47 |
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冒頭から「ハリウッドを殺したのは誰か?」なんて洒落た仕掛けをしてることからも窺われるように、本作リキはいってる。文章もかなりこってりと凝っているし、後期だとかなりの力作になると思うよ。
で、だけど、早い話タイトルがかなりのバレなので、見立てというか犯人の狙う絵の意味は、わりと見えやすいと思う。しかし、どっちか言うとネタがバレているからこそ、本来の事件の狙いが何なのか読めなくなる...というのがミステリとしての狙いのような気がする。絵が何なのかわかれば、事件が解る、というものではないんだな。なので、絵が「狙いは×だろ?」という感じでシラけることなく、殺人らしい殺人がなくても、サスペンスをうまく持続することに成功しているように思う。全部目くらましなのでは?という疑惑を最初から捨てれないので、どう展開するかを注視しつづけなくれはいけないからね。 後期クイーンらしく、二枚腰の真相のひっくり返し方とか手慣れた感じでもある。評者この真相(というかオチ)は結構気に入っている。幕が閉じてから、が気になるようなタイプの作品である。ロジャー・プライアムの性格を念入りに描写しているからこそ、ありそうでなさそうな、こういう犯罪が「それでもありか?」と思わせる。派手じゃなく分かりづらいが、狙いが成功している作品だ。 |