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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
チベットの薔薇
ライオネル・デヴィッドスン 出版月: 2006年10月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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扶桑社
2006年10月

No.1 6点 クリスティ再読 2018/11/11 21:27
ライオネル・デヴィッドスンというと、イギリスでは巨匠、日本ではほぼ無名と彼我での評価に大きな差がある作家である。CWAのゴールドダガーの3冊はすでに評者は書いたけど、「CWAが選出する史上最高の推理小説100冊」というオールタイム・ベスト100でデヴィッドスンの「チベットの薔薇」と「大統領の遺産」の2冊が入っていたりする。受賞作でないあたりがお茶目だが、この人寡作で8冊しか長編がないのに、少なくともイギリス基準では最低でも5冊が名作ということになる。超打率としか言いようがない。
けどね、日本では本当にウケなかった。その理由は言うまでもなく、イギリス人らしいヒネりが利きすぎて、ジャンル感が明快でないとウケづらい日本ではダメ、ということなんだろう。実際本作はチベットを舞台にした大冒険ロマンなんだけど、かなり屈折している。
要するにね、「西欧人がアジアで冒険すること」に対する羞恥心みたいなものが、裏テーマの小説なんである。こりゃ日本の読者にはきっついなあ。チベットには「シャングリ・ラ」を発明したヒルトンの「失われた地平線」という古典があるんで、オカルトとないまぜになって、ユートピアへの憧れを掻きてる土地柄なんだが...実際大変キビシい風土の中で、人々は貧しい生活をし、中国の侵略と圧政もあって、なかなかお気楽にロマンを紡ぎ出す、というわけにはいかない。
本作ではライオネル・デヴィッドソンが出版社社員として、偶然入手した口述原稿を巡って、その真贋やフィクションか現実か、というややこしい問題を検討するメタフィクションの体裁をとっている。これはもう、西洋人がアジアを再度モノガタリの上で搾取する行為への、羞恥心を表しているとしか言いようがない設定だ。でそのオハナシの方はどうか、というと、チベットで消息を断った弟を探して、主人公はシッキム経由でチベットに潜入する。その時、チベットは不穏な予言で騒然としてた。ガイドと共に首尾よく弟の一行が過ごす、ヤムドリンの僧院にたどり着いた主人公は、予言された侵略者だとして捕らえられる。しかし、予言をうまく逆用して主人公は監視付きだが一応の身の安全を確保する...尼僧院長である「羅刹女」の運命の男(チベット密教の活仏だからね)として、弟一行と脱出の機会を窺うが、そのときチベットを制圧しようと中国人民解放軍が行動を開始した! 主人公は「羅刹女」とともに、弟一行を率いて脱出の旅に出た...
と、現実の1951年のチベット「解放」を舞台に、荒涼としたチベットの地での潜入と脱出の旅が描かれる。筆致はリアルだが、他の作品のようなユーモア感は薄くて、ハードボイルドなくらいにタイトな文章である。最後なんて悲恋で泣かせるよ。読んでいてやはりこの人、「アンブラーの弟子」みたいに感じる。評者がこの人好きなのはそんなニュアンスからかなぁ。
そういえばアンブラーも晩年「小説」という枠組みを信用しなくなって、「小説」のつもりで読んでいると、実はそれが主人公の特定の狙いがあって書かれた内容だった...という枠組みが浮かび上がる作品がいくつもある。そこらへんも共通する要素になるね。


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ライオネル・デヴィッドスン
2008年12月
大統領の遺産
平均:6.00 / 書評数:1
2006年10月
チベットの薔薇
平均:6.00 / 書評数:1
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