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[ その他 ] スミスのかもしか |
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ライオネル・デヴィッドスン | 出版月: 1972年01月 | 平均: 9.00点 | 書評数: 1件 |
画像がありません。 角川書店 1972年01月 |
No.1 | 9点 | クリスティ再読 | 2019/06/22 13:32 |
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入手困難の本作、やっと読めました。入手困難だからって面白いとは限らない、なんて言ったけど、本作、荘厳な美しさがある大名作である。デヴィッドスンでも最高傑作じゃないかな。大きなこと言ってごめんなさい。けど、本当に凄くて、読み終わるのがもったいなく感じたほどだ。デヴィッドスンにハズレ無し。
パレスチナの峡谷に隠れ住むパレスチナ人の世捨て人ハムドは、奇妙な情熱を傾けて、ガゼルのつがいの世話をしていた。ガゼルは繁殖していき、百頭近い群れにまで成長してきた。ハムドはこの群れが「聖地」を荘厳する神聖な生き物であるという「ヴィジョン」に突き動かされていたのだ。近くのキブツに住む少年、ヨナタンは集団生活に馴染むことなく、妹が生まれることから両親からも放任されていた。近くを遊牧するベドウィンの少年、ムサレムはベドウィンの暮らしを守る曽祖父と暮らしながら、定住に心奪われる母との間での「ベドウィンの生き方」を巡る対立に悩んでいた....この二人の少年が、世捨て人ハムドと一緒にガゼルの世話をする、奇妙な「ゲーム」が始まった。二人の少年の間に生まれる友情と、増え続け300頭ほどにまで膨れ上がった群れ。折しも、キブツとパレスチナ人の間の緊張が高まり、この峡谷あたりでも軍事的な作戦が展開されるようになってきた。第三次中東戦争(六日間戦争)が始まった! 少年たちの友情と、ガゼルの群れの運命は? ....だからね、本作ミステリとはちょっと呼び難い。けども、どんなジャンルにも収まらない。ユダヤとベドウィンの二人の少年の対立と友情が読みどころだが、それでも客観的すぎる筆致から、ジュブナイルには絶対にならない。動物小説でも戦争小説でもないし、主人公もはっきりしないから、冒険小説でもない。しかしこれは極上のエンタメである。 イスラム教もベースはユダヤ教から育ったものだから、「沙漠の民」の共通する「ヴィジョン」があって、この二人の少年と世捨て人ハムドが共有するから、宗教を超えた「ゲーム」が成立する。このガゼルの群れは、実はこのヴィジョンに顕れるイスラエルを象徴する動物、絶滅したとされる「スミス・ガゼル」である。荘厳な宗教劇のような象徴性を背景にする話なのだ。 しかしこの仮初のエデンの園は、現実政治によって引き裂かれる。荒野を戦車が行き来することで、植生は踏みにじられ、地雷原さえ敷設される。「戦争」こそが実は最大の自然環境破壊なのだ。最後に訪れるカタストロフで、大いなるヴィジョンはタダの幻影に落ちぶれるかもしれないが、それでも最後に希望だけは残っている。 素晴らしく感動的。無理してでも読んで良かった!この感動を分かち合いたいから、ぜひぜひ復刻希望。 (デヴィドスンがピーター・ディキンスンと似てる?という書評を見たんだが、評者も両方大好きだから....で考えたら、いくつかあるか。 1. ジャンル分けが無意味なくらいに型にハマらない 2. バックグラウンドは文化相対主義。文化人類学興味がある 3. 対立する世界観を奇妙に融解させて相対化する方法論 4. チョイ役キャラにも人生を感じさせる書き込み 5. 衒学的で凝ったデテール うん、確かに共通点も多いか。けどもう二人とも評者未読がほぼない。何読めばいいかな?) |