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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
大統領の遺産
ライオネル・デヴィッドスン 出版月: 2008年12月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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扶桑社
2008年12月

No.1 6点 クリスティ再読 2019/02/24 11:27
本サイトでも今のところ評者くらいしか、デヴィッドスンを好きで取り上げる書評家はいないようだが、CWAゴードダガー3回+生涯功労賞のダイヤモンドダガー受賞、と英国趣味なヒネリが合うんだったらこれほどナイスなスリラー作家はいない。あと「極北が呼ぶ」はやろうと思うんだが、さすがに「スミスのかもしか」は誰か本を持ってる奇特な方にお任せしたいとおもう...探してはみるけどねえ。
受賞が証明するハイクォリティが、なぜ日本でウケないのか、というと、ヒネリ具合が一風変わっているのと、イギリス流のユーモアとウィットがありすぎる会話(行間を読まないと理解できないことがある...)、事件の背景がほぼ日本人に馴染みのなさすぎる世界だ、というのがあるだろう。今回は、イスラエル建国の父で初代大統領のハイム・ワイツマンが「石油の農産物からの合成」を若い日に研究し成果を挙げていた?という根拠を掴んだワイツマン書簡編纂に携わる歴史学者が、この発見を巡ってスパイもどきの陰謀に巻き込まれる話。「シロへの長い道」同様に、半分以上舞台はイスラエル。最後は十字軍が築いた海沿いの城塞を舞台の逃亡劇で、少しだけアクションがある...主人公を監視しているような謎のインド人研究者、敵に内通しているのは誰か? アラブ諸国or石油会社がウラで手を引く襲撃をかいくぐり、合成法の手がかりを追って主人公はイギリスとイスラエルを往復する。
というと、凄くエンタメした話に見えるんだけど、デヴィッドスンなのでリアルで地味。ただしキャラ造形などに工夫があって、エンタメらしくないエンタメである。ワイツマンの石油研究の手がかりだって、死の床のワイツマンの口述筆記が、筆記者がちゃんと聞き取れず理解できなかったコトバから、その辻褄をいろいろと解釈して「暗号解読」するようなものだから、パズル的な面白さだってあるんだけどねえ。
・主人公の父は元ソビエトの高官だが、モロトフ失脚でイギリスに亡命し、主人公は少年時代にピオネールに入ってたプロフィール
・ワイツマンの私室だった部屋で、嵐の番に主人公が「ワルキューレの騎行」をハミング(イスラエルではヴァーグナーは御法度)
・カイザリアのローマ式円形劇場遺跡での戦没者追悼記念日があって、オケの指揮はズービン・メータ、ゲストのソリストがバレンボイム、メニューイン、スターンと超豪華(ゾロアスター教徒の指揮者のメータを除外して、豪華ユダヤ人演奏家なのが面白い)
こういうデテールの面白みでついついページを繰ってしまう小説なんだが、読み手への要求もかなり大きい。変な比較だと思うが、デテールを愛でる小説というと、小栗虫太郎とか中井英夫みたいな小説なのかもしれないや。まあそれでもこの人、独特のヒューマンな味もあって、そういうあたりも面白い。石油合成法に一番肉薄した重要書類を保存していたオールドミスから、亡き婚約者の遺品である書類を主人公が譲り受ける。

その時、彼女が紅を引き、ハンドクリームを塗ったのは、わたしのためだけではないと、気づいた。それはいわば、聖なる儀式のようなもので、この場にいるジャック・ボトムリーの亡霊に別れを告げている証だった。

このオールドミス、ほんのチョイ役なんだけど、ここまでナイスなデテールが用意されている。贅沢といえばこれ以上のものはなく、小説技巧の冴えではトップクラスの大作家なんだとは思うんだけどね....それを玩味できる読者を選びまくるのが、なんとも残念なあたりでもある。


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