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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 生ける屍 |
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ピーター・ディキンスン | 出版月: 1981年11月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
サンリオ 1981年11月 |
筑摩書房 2013年06月 |
No.1 | 7点 | クリスティ再読 | 2018/11/11 22:55 |
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別にテーマを絞る狙いがあるわけではないが、このところ「カリブ海」とか「文化的衝突」を扱った作品が続いている。そんな中でも本作は、ストリブリングの「カリブ諸島の手がかり」、とくにそのハイチ篇の「カパイシアンの長官」にかなり近い設定の冒険小説だ。
会社づとめの実験薬理学者の主人公は、半ば休暇くらいのつもりで、カリブに浮かぶ島に赴任する。そこは魔術による支配を行う独裁者の島だった! 殺人疑惑の罠にかかった主人公は、「人間の徳性を改善する」薬の人体実験を行うように独裁者に強制される... というなかなか悪夢のような話。評者大学は心理学科だったから、本書で扱われるネズミの迷路実験とか学生時代の実験実習でやってるんだよ。何か身に迫る思いだ(苦笑)。その時ネズミに情が移っちゃってね、本書で実験ネズミのクエンティンを主人公がマスコット化する気持ちが、わかる。主人公は腕のイイ実験家なので、その実験の腕を買われての人体実験なのだが、「実験」のウラも表も知悉した主人公は、実験のウラをかいて被験者の政治犯たちと脱出に成功する。この政治犯の反体制グループ、なんかジャマイカのラスタファリアンみたいだな。 主人公はもちろん冷徹な科学者なんだが、ヴードゥーな「魔術」を、ネズミのクエンティンを介して現地人たちにかけることができちゃうのだ! そこらへん意味不明で本人も当惑するあたりなのだが、心理学で言えば「刺激-反応」図式によって、たとえ内部の因果関係は不明でも、割り切って使っちゃうあたりが実は「科学らしい」。そうしてみると、「魔術」も「科学」も、実践面での違いも曖昧になってしまう。 もちろんタイトルの「生ける屍」はヴードゥー的なゾンビ(と簡単に暗示にかかりすぎる人々)に、あまりに冷徹な科学者でありすぎる主人公(本人は創造性はあまりないと自認するあたりが謙虚)を掛けているわけだ。しかし、本来のこの島での任務の研究も、実のところ会社と独裁者との駆け引きの材料としてなされているだけの無意味な研究なのだし、人体実験も強いられてやるだけで、実験としてマトモな手続きとは言い難いものだ。そうしてみれば本作で、有能な科学者の主人公がしているものは「科学であって科学でない」それこそ呪術みたいな「ヴードゥー科学」に過ぎない。としてみればそれが「魔術」とどう違うのだろうか? だからこそ主人公は「科学」の上でも「生ける屍」のようなものなのである。 作品的には展開も派手で、主人公=科学者もあるのか、文章も明快で読みやすい。主人公をハメた殺人に関する推理と真相もあるので、ちゃんとミステリ。ディキンスンでは「キングとジョーカー」と並んで入門にオススメ。 |