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[ 本格 ] 盃のなかのトカゲ ジェイムズ・ピブル |
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ピーター・ディキンスン | 出版月: 1975年01月 | 平均: 6.50点 | 書評数: 2件 |
早川書房 1975年01月 |
No.2 | 7点 | 雪 | 2019/04/11 08:26 |
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元警視ジェイムズ・ピブルは旧知のギリシャ人大富豪アタナシウス・タナトスに雇われ、彼の愛人や腹心たちと机上演習で、迫りくる危機を検討していた。タナトスはカリブ海西インド諸島に浮かぶ島、ホッグズ・ケイを観光地化すると同時に、アメリカ向けの麻薬売買基地に仕立てるというマフィアの目論見を潰していたのだ。
タナトスさえ取り除けば、彼らは再び計画に取りかかることができる。大富豪は危険を感じ、信頼のおける部下を従えギリシャ南西岸沖、イオニア海の孤島ヒオスの別荘・ポロフィロコルポスに引き籠ったのだった。 暗殺のおそれは百分の一もないとピブルは判断していたが、それでも備えを怠ることはできない。奔放なタナトスは愛人トニーとの日々を楽しみ、水上スキーを縦横に操っていた。だがある日、スキーを牽引するボートの船外モーターが狙撃され、炎上沈没するという事件が起きる。ピブルはもう一度最初から可能性を検討し直さざるを得なかった。 この島には古代から続く僧院があり、ギリシャ酒ウーゾーを好む酔っぱらいの二人の神父と女性修道士が暮らしている。島の反対側の町には画家たちのコロニーがあり、別荘地に住む人々はタナトスに好意を抱いていない。トニーの正体は、アメリカ左翼の爆弾の女王アンナ・ラズロだ。あるいは、ポロフィロコルポスの廷臣たちの中に裏切り者がいるのだろうか? ピブルはヘリコプターで島を訪れた英国内務省捜査官バトラーの手からトニーを守ると同時に、タナトスに迫る危険を取り除こうとするが・・・ 「眠りと死は兄弟」に続くピブル警視シリーズ第5作。1972年発表。例によって話を進める気があるんだかないんだか分からない語り口ですが、エキセントリックな富豪タナトスの存在が物語の良い刺激になっています。といっても前作のように魅力たっぷりなだけではなく、気まぐれで癇癪持ちな部分が多々見られますが。筆力のある作家だけに、印象的なキャラクターの存在が作品自体の出来にも影響してくるのです。 構図としては何転かするものの基本はオーソドックス。読者に提示される見かけの真相もけっこう魅力的です。 これでプレミア付きHPB四冊は読了した訳ですが、どちらかと言えばピブルが免職になった後の後半二冊が好きですね。好みの順に 眠りと死は兄弟≧本書>英雄の誇り>ガラス箱の蟻 という感じ。到底一般向きではありませんが、先を急がずじっくり構えれば意外と楽しんで読めるシリーズです。 |
No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2018/07/17 23:57 |
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前作の「眠りと死は兄弟」が、ピブルの表象の中に浮かんでは消える解釈の万華鏡といった、「意識の小説」になり読みづらい作品になってしまった。それを反省したのか、「解釈の万華鏡」は変わらないが、ストーリーラインに動きがあって、ピブルもそれほど内省的ではない。イオニア海に浮かぶギリシャの島、イオス島の珍しい風物など開放的な印象があるから、まあそんなに身構えなさんな。
この島にあるボロボロの修道院には、2人の酔っぱらいの修道士が住んでいて、聖画を描く助手の女性(ギリシャ正教だしもちろんマズい)が居候していたりする..ピブルは「眠りと死は兄弟」で知り合った大富豪タナトス氏に声をかけられる。マフィアとの遺恨からタナトス氏の暗殺が計画されているらしい、との情報を得たのだ。ピブルはタナトス氏の警備顧問みたいな立場で、その側近グループと行動をともにすることになった。タナトス氏が水上スキーをしていると、急にモーターボートが炎上した!これは暗殺の企てか?島に身分を隠してイギリスの麻薬刑事が訪れている。それとも麻薬密輸ルートが関わっているのか? とディキンスンらしく、決定的な大事件が起こらないまま、最終盤になだれ込んでいく。フーダニットでもホワイダニットでもなくて、「一体何が問題なのか?」を「予感」するのが推理だ、という感覚的なミステリである。まあ本当に、捉えどころのない茫洋としたミステリだが、ピブルは今ある情報をいろいろと組み合わせ・組み替えて「何が問題なのか」を推理していく、その変転のさまがまさにミステリの精華でもある。 ちなみにタイトルの「盃の中のトカゲ」は、島の伝承にある一種の毒トカゲのことで、コップのミルクを飲み干すと、その底に毒のあるトカゲの死体が沈んでいるのを見つけて...という状況。裏切り者探しみたいな趣向もあるので、タイトルはちょっとした比喩でもある。 さてピブル物の残は3作目の「封印の島」(ピブルが警察をクビになるエピソードだ、楽しみ)だが、どうも未訳作品で最後のピブル物の「One Foot in the Grave (1979)」があるようだ。ピブルってどうも情けない印象があるのがナイスだ。Mr.ビーンみたいなキャラなんだと思う。 |