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[ 本格 ]
眠りと死は兄弟
ジェイムズ・ピブル
ピーター・ディキンスン 出版月: 1974年03月 平均: 5.67点 書評数: 3件

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早川書房
1974年03月

No.3 7点 2019/01/31 21:04
 警察を馘になったピブル元警視は、妻の頼みを受けて療養施設「マクネイア」を訪れた。子供たちばかりを収容したこの治療院は、資金をいくら注ぎこんでもまだたりぬという代物なのだ。活動醵金は主に慈善活動。だがピブルの見るところ、資金繰りには意外にもかなりの余裕がありそうだった。
 「マクネイア」の子供たちはいずれも〈キャシプニー〉の患者である。虹彩のまわりに"キャシプニック・リング"と呼ばれる濃い緑色のくまができ、ハムスターみたいに太って動作はにぶく体温は低下し、一日に二十時間以上も眠り続ける。しかも特殊な治療を施さなければ発症後一年ほどしか生きられないのだ。
 ピブルは施設を訪れるやいなや彼らに出迎えられるが、唇から漏れる断片的な言葉から、子供たちが自分の思考を読んでいるのではないかと思い始める。さらに責任者ポジーことディクソン-ジョーンズ夫人のヒステリックな言動から、施設に漂う不穏な空気にも気付くのだった。
 1971年発表のピブル警視シリーズ第4作。テレパシーと眠り病という前情報から、「緑色遺伝子」みたいなSFなんじゃねーの?と、読む前は思ってました。読後感は意外に真っ当。わりとオーソドックスな作りです。
 ディキンスン作品ですから当然異世界観はあるのですが、舞台となる建物自体がある貴族の旧宅を改装したものですので、それも知れたもの。ひょんなことから臨時雇いとなったピブルが直面する漠然とした不安感を存分に味わうサスペンス系です。雰囲気的にはすごく良いですね。
 患者の女の子と三年ほど暮らしていた男が〈ペーパーハム事件〉と呼ばれる連続殺人の犯人で、物語の中途で脱獄したこいつが施設を襲うかもしれないとか、警察辞めてから入り浸ってたパブの飲み友達が医師として勤めてるけど態度が微妙だとか、他にも医者がいるけどどうもモグリらしいとか。合間には例の子供たちが手の中に隠した品物を当ててみせるとか、意味ありげな発言をするとか、うさんくさい要素には事欠きません。
 ただ文章がかなりひねくってる上に"意識の流れ"手法が用いられてて相当の難物。情景描写にピブルの思考が絡まって何が起こっているのかがちょっと分かり辛い。もちろんその中に手掛かりがこまめに配置されてる訳ですが。基本一本道ですね。最後までぶっ通しなんでそう心得てないとかなりキツいです。
 この人の作品は最初からミステリ要素を期待しないのがコツですね。世界観に浸りながら読んでると、ちゃんと驚かせてくれます。
 あとピブルと出資者の大富豪タナトスが、ハンバーガーとシャンペンで昼食にするところとか、理事のおばあちゃんとお茶にするところとか、本筋にはたいして関係ないけどすごく美味しそうです。いい小説はこういう所が記憶に残るんだよなあ。ディキンスンは三冊目ですが、今のところこれが一番お気に入り。クセが強いんで無理には薦めませんが。

No.2 4点 nukkam 2018/07/01 20:14
(ネタバレなしです) 1971年発表のピブルシリーズ第4作の本格派推理小説ですが個人的にはこのシリーズ、新作が発表されるたびに難解になっていくような気がします(私の理解力が退化してるのではという疑問については考えないようにします)。キャシプニーという丸々と太って1日に20時間も眠り、特殊な治療を施さないと死んでしまう架空の病気にかかった子供たちの施設をピブル(警察を退職しています)が訪問するところから物語が始まります。子供たちはテレパシー能力を持っているらしく、ピブルに対して予言のような不安のようなメッセージを伝えます。とはいえ犯罪が起きそうな雰囲気がないまま終盤まで引っ張る展開なのでサスペンスが生まれにくく、謎解きの面白さもほとんど感じられません。ハヤカワポケットブック版の巻末解説によると作者は「資金難に苦しんでいた施設が突然裕福になったらどういう影響を及ぼすか」、「弱い立場にある人間をいかにようしゃなく利用するか」という問題を追及しているようですが、クリスティ再読さんのご講評にあるように「ミステリ的興味だけで読んだらちょっと辛い」作品です(いや、ちょっとどころか相当辛かったです)。

No.1 6点 クリスティ再読 2018/06/17 10:23
ディキンスンの4作目だが、3作目の「封印の島」はポケミスでは出なかったので、ちょっと飛ばしている。またあとで「封印の島」は読むことにしようと思うのだが、ピプルは本作では警察をクビになっている。「封印の島」の事件でクビの経緯が分かるようなので、それはおもしろそうではあるな。
で本作、タイトルがいい。キャプシニー(眠り病)という奇病の子供たちを収容する施設をピプルは偶然訪れる。キャプシニーはダウン症をモデルにした遺伝子の病気のようで、知恵遅れと動作の緩慢、低体温、傾眠を特徴とする症状があり、ほっておけば眠りのうちに死に至る。しかし、ピプルはこの子どもたちがテレパシーの能力をもつことに気づき、子どもたちが示すおびえが、この施設の管理者であるジョーンズ夫人の身の危険を示しているように感じた...テレパシー実験のためにピプルはこの施設に雇われることになった。
と実際に事件が起きるのは残り1/5ほどになってからで、ディキンスンの独特の文章による、不思議世界の描写が続く。ミステリ的興味だけで読んだらちょっと辛いだろうな。「ガラス箱の蟻」や「英雄の誇り」は本作ほどには難解ではなかったが、本作だとピプル視点での内的な独白の中で、デテールがさまざまに解釈されて万華鏡のように「絵面が切り替わる」さまを楽しむことが必要だ。ピプルが得た情報が、ピプルの推理の中で、さまざまに組み合わさって思いもかけない解釈を引き出して、絵面を切り替えていくのだから、これはこれで「ミステリ」だと読むこともできるけども、ピプルの主観と、凝ったデテールの間で、何が現実で何が解釈なのかが結構曖昧になって、なかなか読むのがシンドイ作品ではある。
前衛小説風の作品であるが、ミステリって言えばミステリに違いない。雰囲気は素晴らしい部類だと言えるし、クリスティの晩年の「親指のうずき」とか「象は忘れない」みたいな「何が問題なのか」を探すミステリの到達点みたいなもの、として捉えるのがいいのではなかろうか。事件がなかなか起きないのって、イギリス教養派パズラーの定番かもしれないよ。


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ピーター・ディキンスン
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