皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ ハードボイルド ] 眠れる美女 リュウ・アーチャーシリーズ |
|||
---|---|---|---|
ロス・マクドナルド | 出版月: 1979年01月 | 平均: 7.17点 | 書評数: 6件 |
早川書房 1979年01月 |
No.6 | 5点 | 雪 | 2019/10/13 15:52 |
---|---|---|---|
パシフィック・ポイントの海岸一帯を脅かす石油漏出事故現場で、リュウ・アーチャーは痛めつけられたかいつぶりを胸に抱きかかえた美女に出会った。鳥の死を見届け岩の上で泣きむせぶその女、ローレル・ラッソは事故を起こした石油会社の社長、ジャック・レノックスの一人娘だった。
彼女をアパートの自室に連れ帰るアーチャーだったが、ローレルは致死量の睡眠薬を持ってそこから姿を消してしまう。アーチャーは夫トムの依頼を取り付けると共にレノックス一族の協力を得ようとするが、やがて事故の始末に忙殺される父ジャックの元に、十万ドルの身代金を要求する電話が掛かってきた。 祖母シルヴィアの委託を受けて受け渡し場所に赴くアーチャーだったが、同行したジャックは彼を銃で脅したあと単独での取引を図り、逆に犯人に撃たれてしまう・・・ 『地中の男』に続くリュウ・アーチャーシリーズ十七番目の長編。ベトナム戦争終結の翌年、1973年の発表。それに加えて環境事故や沖縄戦から続く因縁を背景に据えた、どう転んでも明るくなりそうもない病めるアメリカの話です。 アーチャー物はずっと以前に代表三作を読んだきりなんですが、その一つ『ウイチャリー家の女』の一文 「この女のひと、いくつ?」「三十九か、四十です」 「命とりになった病気は・・・・・・?」「人生です」 これを読んで思わず「うわあああ」と、その辺を転げ回りそうになった記憶があります。素晴らしいんだけどイマイチ人気が出ないのも分かるなと。まあ人それぞれだからいいんですけどね。ン十年ぶりですがやはり苦手意識は変わりませんでした。この作者の魅力は一にも二にも暗い美しさを湛えた文章だと思うんですが、本作の場合それを通り越して形容詞とかもニューロティックになっちゃってるなと。あんま読んでて楽しくありません。中に一人だけ、前を見ようとしてる女性が出てきますけど。 「ロスマク作品中一、二を争う複雑なプロット」という評もありますが、それほどには感じませんでした。会話とか伏線は張ってありますが、ラスト近くの二転三転もどうにでもなるような気がします。かろうじて力技を成立させていますが、全盛期の『さむけ』『縞模様の霊柩車』などと比べるとトータル何枚かは落ちるでしょう。主人公の態度も好みからは外れるのでこの点数。この作品あたりのリュウ・アーチャーは、他者に良い影響を与える人間には見えませんね。 |
No.5 | 8点 | E-BANKER | 2019/03/10 21:40 |
---|---|---|---|
リュウ・アーチャーシリーズとしては最後から二番目に当たる長編。
1973年発表。要は晩年の作品ということ(だろう)。 原題“Sleeping Beauty”(そのまんまだな・・・当たり前か) ~流れ出した原油が夜の帳のように広がる海岸で、美しい女が鳥の死骸を抱いて泣いていた。女の名前はローレル・ラッソ。原油流出事故を起こした石油王のひとり娘だった。海岸で彼女を見かけたアーチャーは、その翳りのある美しさに心惹かれ自分のアパートに連れ帰った。しかし女は何も言わずに致死量の睡眠薬を持ち出して姿を消した。夫の依頼を取り付けたアーチャーは捜査を開始するが、両親のもとに身代金を要求する脅迫電話がかかってくるにおよび事件は深い傷口を見せ始めた。悲劇に弄ばれる人間の苦悩を浮き彫りにする巨匠の野心作~ 何とも救いのない話である。 プロットの主軸はやはりロスマクらしく家族の悲劇。 石油王・レノックス一族にとどまらず、レノックス家に関わることになった二つの家族も抗えない大きな渦に巻き込まれることになる。 いつの時代も、どこの世界でも男と女は決して相容れぬもの。それでも互いに互いを求めあう・・・ それが全ての悲劇の源流になってしまう。突き詰めればいつもそこに行き着く。 そんなことを読了して改めて感じさせられた。 物語は偶然原油流出事故を目撃したアーチャーが、美しい女性にひとめ惚れしてしまうことから始まる。 女性の自殺を心配するアーチャーが、彼女を捜索するうちに、事件は思わぬ広がりを見せる。そして開いてはいけない過去の悲劇にも・・・ 読者に対し、横へ奥へ世界を広げて見せる作者一流のプロット。 そして、今回はその回収ぶりも見事。終章、悲劇は想像以上だったことをどんでん返しの結末から知ることになる。 今回、アーチャーは惚れた弱み(?)か、いつも以上に積極的&献身的。食事を取るのも忘れるほど、疲弊した体を酷使し続ける。 でも、なぜ人はアーチャーに聞かれるとなんでもしゃべってしまうのか? 当たり前だろ!って、まぁそのとおりなのだが、何だか古いタイプのRPG(ドラクエ的なやつ)を思い出してしまった。(田舎の街の人々一人一人に主人公の勇者が聞きまわってる姿にアーチャーを重ねてみる・・・別に意味はない) いずれにしても、作者熟練の腕前を堪能させていただいた。晩年の作品でここまでのクオリティを見せられれば文句はない。 さすが!のひとこと。 |
No.4 | 5点 | クリスティ再読 | 2018/11/11 21:50 |
---|---|---|---|
皆さん高評価だけどねえ、評者はロスマクの老化みたいなものを強く感じたな。どうも比喩が説明的で、しかも何回も繰り返していたりする。
彼のいったことは嘘ではない。しかし、彼は、真実を語っている時ですら、非実在の人間のような感じを与える。私たちは座ったまま、たがいに顔を見合っていた。非現実感がしだいに二人の間に広がり、やがて、広大な都市から無限の海を越えて沖縄から過去の戦争にまで及ぶ汚染のように宙に浮かんでいた。 くだくだしく、言わでもがなな比喩のように評者は感じる。過去の殺人とそれが子供に与えるトラウマ、誘拐か微妙な失踪、石油王とそのバラバラな家族たち...とロスマク定番の要素がこれでもか、と出てくるマニエリスムに、今回は原油流出事故による海洋汚染と、油に汚れた海鳥を抱えたヒロイン..という要素を付け加えて新味にはしている。けどね、この登場が印象的なヒロインが失踪の後、ホント最後まで出てこないのは作劇としてはどうか、という気がしないでもない。イイのは本当にヒロインが出る冒頭とラストだけ。 あとは精神的なバランスの崩れたいつもの人々が、ヒステリックに振る舞ういつもロスマク。そのわりに、問題の3家族の関係が、中盤になるまではっきりしないとか、実際のところ複雑に見えるのは、情報の出し惜しみをしているだけで、内容的な複雑さではないと思うんだよ。長い割に内容が薄い印象。 あとねえ、アーチャー今回とある関係者の女性と寝るんだけど、どうも同情心から寝てるようにしか思えない。そういうオトコは評者はイヤだな。「別れの顔」から後はイイ作品ってないように思うよ。 (シルヴィア・レノックスって名前、よく付けたなあ...と評者呆れていたんだが、皆さん気にならないのかしら??) |
No.3 | 8点 | 空 | 2015/03/03 21:48 |
---|---|---|---|
冒頭の、本作の悲劇的ヒロインとも言えるローレルが石油まみれになったカイツブリを抱いているシーンが印象的です。そのカイツブリは水鳥の一種ということしか知らなかったので調べてみたら、湖や沼地に生息することが多く、見た目にはカモ系みたいですが、動物学的にはフラミンゴに近いそうで。
ローレルの失踪事件が誘拐事件らしき様相を呈してきて、さらに一見無関係な人物の死へと続いていくストーリーは、ロス・マクらしい複雑な人間関係を少しずつ暴き出していきます。偶然と思われていた複数の出来事が必然的なつながりを持つことがわかってきて、過去の事件が明るみに出てきて、と疑問の多い事件を収束させていく手際はやはりうまいものです。そして最後には疑問を抱く暇もないほどの連続どんでん返し早業で締めくくってくれました。そんな意外性を出す技巧が悲劇性を損なっていないところ、さすがです。 |
No.2 | 9点 | Tetchy | 2009/05/30 23:36 |
---|---|---|---|
冒頭、あまりにもロマンティックな展開に面食らった。これはロス・マクではなくてハーレクインかと思ったほどだ。
とはいえ、このような幕開けは嫌いではない。寧ろ従来のハードボイルド探偵小説物の定型を破る斬新な導入部と評価できる。 この、石油が海へ流出するというシーンから始まる本書は従来探偵事務所に依頼人が来て仕事を依頼する定型から脱却し、自らをいきなり事件の渦中に飛び込ませ、依頼人を得るというまったく逆の手法を用いている。これは常に傍観者たる探偵を能動的に動かそうとした作者の意欲の表れではないだろうか? したがって本作ではアーチャーは本作の中心となる女性、ローレルに好意を抱き、家に誘う。さらに珍しいことに事件の関係者の一人と一夜を共にしたりするのだ。 しかしやはり中盤以降は従来の観察者及び質問者のスタンスに回帰し、ある意味、試みは半ばで費えてしまう。物語中、登場人物に「そんなに質問ばかりして嫌にならない?」とアーチャーに尋ねさせている所は非常に興味深い。 しかし今回も登場人物に対して容赦がない。誰一人、どの家族として倖せな者が出てこない。常に何らかの問題を抱えており、陰鬱だ。 チャンドラーは時には非常に印象的な女性を登場し、物語に一服の清涼剤をもたらしたりしたのだが、ロス・マクは常にペシミズムに満ちている。 またモチーフとなる石油の海への流出が物語の進行のメタファーとなっているのも上手い。ただ『地中の男』の山火事と違い、本作の中ではそれは解決しない。これも真相は判明するものの、事件そのものが解決しないことのメタファーなのだろう。 |
No.1 | 8点 | ロビン | 2008/10/09 04:03 |
---|---|---|---|
石油が漏出した海岸でアーチャーが心惹かれて出合った女性が、彼の家から致死量の睡眠薬を盗んで失踪。彼女は石油流出事故を起こした石油王の孫であることが後に判明。夫から失踪した彼女を探す依頼を受けたアーチャーは捜査を開始。しかし、彼女の両親の元に、彼女を誘拐し身代金を要求する脅迫電話がかかってくる……。
お得意の家庭内悲劇と、石油漏出という社会的悲劇が混ぜ合わさって、前者の悲壮感を盛り上げている。 本当に二転三転するラストの真相は、複雑なプロットのわりには分かりやすいものだったけど、最後の最後まで転がるので油断できません。 ロスマクの作品を読んでいると、法月さんはクイーンよりもこっちのほうの影響を強く受けているんじゃないかな、と思わずにはいられない。 |