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[ ハードボイルド ]
運命
リュウ・アーチャーシリーズ
ロス・マクドナルド 出版月: 1958年01月 平均: 8.33点 書評数: 3件

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早川書房
1958年01月

早川書房
1986年01月

No.3 9点 クリスティ再読 2018/05/08 10:28
いやこれヘヴィ級の名作だよ。ロスマク読んでて本作くらい感銘の深い作品も少ない。本当に1日の出来事か、というくらいに濃密な事件が立て続けに起きるが、その分全体から見るとシンプルで晩年のバロックで冗長なあくどさはないし、本当はアーチャー自身の「罪」が事件への微妙なきっかけを与えていることが最後に明らかになって、「探偵倫理」みたいなものからも非常に趣が深い。
また本作、「Yの悲劇」みたいなもので、幕開きにすでに死んでいる人物こそが、家族への「禍を告げる者」として実に甚大な影響を与えていることがある。

彼女の残した死の遺産を考えていると、彼女の運命の司(ドゥームスターズ)を信じてもいいような気になってきた。もし現実の世界に存在していないとしても、それはあらゆる人間の内部の海の深部から夜の夢のように優しく、はげしい力で潮を截ってあらわれるのだ。男と女はおのがじしおのれの運命の司であり、おのれの破滅をひそかに記す者であるという意味のなかに、おそらくそのドゥームスターズが存在する。

なので事件上の犯人にアーチャーは「俺は君を憎んではいないよ。反対だ」と告げるのだが、この事件の全体はアーチャー自身の罪さえも巻き込みながら、宿命論的ななりゆき、としか言いようのない暗澹とした結末を迎えざるをえなかったことの結論みたいなものだ。評者もアーチャー同様に、本当に犯人に何か萌えるものがあるなあ。この犯人が過ごした時間、「ぞっとする冷気に灼かれて横たわり、時計をみつめ、一晩じゅう時刻を打つ音を一つひとつ数えていた」時間というものが、それこそ「テレーズ・デスケールー」に近づいている感を受けるほどに、だ。
ただしこの地獄絵図は、やや明るい結末を迎える。家族の生き残りはこの事件ですっかりと悪因縁が落ちただろうし、アーチャー自身の有罪を証す人物にも救いがある。評者の好みからいくと、ロスマクは後期じゃなくて本作あたりの中期後半が全盛期じゃないのかなぁ、と思うよ。本作とか「ギャルトン事件」とかもう少し読まれてもいいんじゃないかしら。

ちょっと追記。本作の中田耕治の訳に不満を述べる人が多いけど、評者に言わせると、ロスマクは「ハードボイルドから徐々に独自のアーチャーの物語に移行していった人」なのであって、本作だとそういう移行の真っ最中の時点のわけだ。本作だとそれこそ「俺の拳銃は素早いぜ」なオスタヴェルトみたいなキャラもいて、アーチャーの殴り・殴られも何回か、ある。中田訳のアーチャーのイメージが、後期のアーチャーのイメージとズレているのは、リアルタイムでのハードボイルドの受容を証してるようなものだと思うんだが、いかがなものだろうか。まあ中田耕治って妙な意訳でスラングに置き換える傾向があるけど、適度な下品さってハードボイルドには必須なように感じるよ...

No.2 8点 mini 2015/12/28 09:58
私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第1弾ロス・マクドナルドの6冊目、今年の生誕100周年作家も年の締めくくりはやはりロスマクにしよう
今年の後半はちょっと多忙だったので思ってた半分も読めなかった、ロスマクとM・ミラーはそれぞれあと1~2冊は読みたかったのだけどまたの機会に

ロスマクは初期作は主に創元文庫で中後期は主に早川文庫と、文庫版で読めるものが多いが、「死体置き場で会おう」「犠牲者は誰だ」「運命」「ギャルトン事件」の4作はポケミスのまま文庫化から取り残されている
特に「運命」「ギャルトン事件」の2作は言わば作者のターニングポイントとして重要な作品だけに、文庫版しか絶対に読まない読者だと読まないままになってしまうのが惜しい
個人的には文庫版以外の版型には絶対に手を出さないという頑なな姿勢もどうかとは思う、ポケミスって海外では文庫版に相当するペイパーバックを模した版型なわけだから、ハードカバーなら敬遠する気持ちも分からなくはないが、文庫版の延長でもあるポケミス版だったら手を出してもいいのではと思うのだが
ただ早川もさ、後期作は殆ど文庫化しているのだから上記の2作位は文庫化すべきなんじゃないかなぁ

現在は普通にロスマク名義の「死体置き場で会おう」「犠牲者は誰だ」までは最初はジョン・ロス・マクドナルド名義とジョンが付いていた
ジョンを取った理由はジョン・D・マクドナルドという作家から紛らわしいとイチャモンをつけられたからだが、その辺の経緯は再三述べているのでここは簡潔に
原著では最初から今と同じロスマク名義で発行した最初の作が中期では珍しく創元文庫で翻訳された「凶悪の浜」で、名義変更後の2番目の作が「運命」なのである
ただし次の「ギャルトン事件」までは英版だけは当初はジョンが付いていた、ロスマクって名義の話をし出すと結構ややこしいんですよ

「運命」は次作「ギャルトン事件」と並んでターニングポイントと言っていい
初期と中期を分けるのがアーチャーが初登場する「動く標的」だとすれば、中期から後期への転換点に位置するのが上記2作辺りなのは間違いないと思う
この時期はロスマクとミラー夫妻の非行少女だった娘の問題で私生活が大変な時期だったのは有名な話で、この辺も語ると長くなるからここは簡潔に
この時期は作者自身も神経症に悩まされていたらしく影響が濃厚に表れている、「運命」は一歩間違うとハードボイルドと言うより精神分析小説である
正直言ってロスマクにしてはシンプルなのだが、その割にはプロット的に良く出来ているとは言い難い、はっきり言って欠点も多い、意外性とかだって無いに等しいしね
前半はまるで館ものみたいな雰囲気が退屈で退屈で読み進めるのにメチャ時間かかった、得意の地道な調査場面なんて大して無いんだもん、過去の事件の経緯を多少聞き込みする程度
後半になると物語は動き出すのだが、それでも他のロスマク長編に比べたらあまり面白くない、そうです全体的に面白くないんだ(苦笑)
この点数を付けたのはもう終盤の真犯人の告白部分である、これだけで高評価してしまった、真相判明(敢えて解明とは言わない)までの部分が1点、犯人の告白部分が7点という極端な配分としたい
犯人の告白で真相が判明するのは駄目で探偵役が推理して真相解明しているかどうかにこだわる読者がよく居るが、私はそう思ったことがない読者なんだよね
別に犯人の告白で真相が判明したって構わない、要は全体の話の流れと真相がマッチしているかどうかと真相の内容次第であると私は思う
「運命」はこの告白部分が感銘を受けるんですよ、プロットの拙さには目を瞑ってこの点数としたい

だがしかしこの点は言っておかないと、当サイトで空さんも端的に指摘されておられますが全く同感です、はっきり翻訳が良くない、一人称を”俺”と訳したり場面によって文章のトーンが違ったりと違和感ある
早川さん、この作こそは新訳で文庫化すべきでしょう

No.1 8点 2009/05/30 18:43
ロス・マクが内省的な傾向を深めていく最初の作品と評される本作では、心理小説的な側面が最初から明確に示されます。なにしろ、調査の依頼人からして精神病院を脱走して来た男です。
夜明け前、リュウ・アーチャーがその男に叩き起こされるところから話は始まり、翌日の朝までの出来事だけで小説は完結します。
謎解き面もきっちり構成する作者だけに、論理的に考えれば犯人は明らかですが、結末ではリュウがちょっと水を向けるだけで、絶望的な気持ちになっていた犯人の告白が、延々と始まります。さらに最後の2ページぐらいは、リュウのつらい思い出の独白です。もう暗澹たる気持ちにさせられる傑作です。
ただし、中田氏による翻訳は言葉遣いに不自然な箇所が散見されます。特にこのような文章を味わいたい作品では、気になって仕方ありませんでした。


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