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クリスティ再読さん
平均点: 6.38点 書評数: 1661件

プロフィール | 高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1621 6点 迷走パズル- パトリック・クェンティン 2026/07/26 15:12
実は評者初ダルース夫妻もの。いい機会だから、第一作から読んでやろうと予定していた。でもさあ、いきなりピーター君、アル中の治療で精神病院入院中なんだよ。そんなシリーズもの...あるんだなあ(苦笑)

精神病院といっても、かなり高級な部類で問題を抱えた金持ちたちのサロンっぽい雰囲気もあるような。あまり悲惨さを感じなくて済むあたりがいいところか。サナトリウム感覚といえばそうだろう。殺人予告のような不思議な声が患者たちの間で聞こえると持ち切り。妄想か、集団ヒステリーか?といったあたりのツカミは舞台設定ならではだ。隠し資産があると噂される投資家に焦点が?となるわけだが、この投資家のために父が自殺したことでうつ病になったアイリスと、ピーター君は出会ってしまうわけだ。こんなボーイミーツガールもあるんか(苦笑)

で殺人があり、アイリスに容疑がかかって、とアル中からも回復しつつあるピーター君が、院長リンツ博士の内命で調査に動く。なぜ犠牲者は拘束着を着ていたのか?とか、あまり大したネタではなくても、ギミック感あり。基本はフーダニットで、最後には医師と捜査関係者の立会いの下で、犯人指摘がちょいと「迷走」。

いや考えてみれば、ダルース君、探偵役みたいに動くけど、実はワトソンというかなんというかちょいと一ひねりなものだったりする。後年の「二人の妻を持つ男」みたいな「巻き込まれ形パズラー」といった企画を、1936年の本作ですでにやっている、というのが実は実はのPQの鋭いところだったのではないのだろうか。まあ、レンツ博士も次の「俳優パズル」に出るみたいだし、探偵役を固定するわけでもない、という独自のミステリ観がすでに本作でも現れていると見たら面白いのかな。

というわけでパズラーとしてはそう面白い、とまでは思わなかったけど、そういう後々のシリーズ展開を考慮すると、なかなか重要な作品になりそうな気がしている。順に読んでいく予定だから次の名作の誉れ高き「俳優パズル」は期待だな。

No.1620 7点 夢みる宝石- シオドア・スタージョン 2026/07/24 14:58
さてスタージョン。厄介な作家だなあ。うん、裏表紙のあらすじ紹介が全然あらすじ紹介になってないし、雪さんのご紹介もプロットの説明になっているか、というとそうでもない。次の長編「人間以上」だって、ピーキーな超能力を持ったミュータントたちが集まって「ホモ・ゲシュタルト」となる話、とまとめちゃうとこれも全然違う。

人類とは異常者に密着した概念である。異常者は人類の近くにあって人類に憧れ、常軌を逸した言葉で人類の仲間であることを主張し、矮小な手を人類にむけてさしのべることをやめない。

こんな小説。だからこそ、スタージョンがこの「異常者」の側に立って、読者を眺めやる「憧れ」の視線に感応するかどうか、がスタージョンを愛する資格めいたものになるような気もするんだ。そんな熱っぽい「他者」への憧れの感情。かなりいびつなボーイミーツガール。

まあ人間だって、人間じゃない何か(水晶人・クリスタライン)だって、いいじゃないの。みなそれぞれ人に言えぬ思いを抱えながら、人間らしいふりをしながらかろうじてサバイバルしているようなものなのだから。

No.1619 7点 屍海峡- 西村寿行 2026/07/22 19:12
「異形の社会派」と呼ぶに相応しい佳作だと思うよ。

確かに社会悪告発にはなっているんだけども、それ以上に中盤の鯔の大群が島に押し寄せて「幾千の雪洞が海に沈んだようになる」奇跡、というか生命の暴力的な宴というべきものの描写が、動物小説を得意とする作者らしいし、クライマックスのダイビングの描写も悍ましいと言えばそうだが、荘厳な非人間の世界でもある。この二つの場面に人間が手出しできな世界、そして西村寿行ならではのものを感じるんだ。

いや実は中学生の時に読んでいるんだね。だから公害問題のリアリティは今の比じゃないや。だからこの不吉な「青い水」の話はずっと記憶していたよ。そのくらいのインパクトがあったなあ。まあ例の「悍ましい凶器」もちゃんと覚えてた(苦笑)いやこれ、「変わった凶器」として殿堂入りしてもいいかもよ。

今回は変人刑事と公害Gメンとの間に期せずして生まれる友情とかおもしろがってた。けど西村寿行だから、敵役が異常な女好きとかハードバイオレンスの嗜好もすでに明白に出ているんだよねえ。
というわけで社会派からはかなりはみ出た「異形の社会派」という言い方がまさにハマる小説だと思う。

No.1618 5点 判事に保釈なし- ヘンリー・セシル 2026/07/22 12:47
評者ももう一つ何が面白いのかよく分からないヘンリー・セシル。
いや苦手作家とするほどには、嫌いではないのだが、どうもこの人のユーモア感覚・笑いのツボがよく分からない。

メルトン先生同様に、お堅い法律家が頭を打って、というのがこの作家の笑いのツボなんだろうか。本作でも判事が交通事故で頭を打ったことで、なぜか行きずりの売春婦と同衾しつつ職場にご出勤。でもどうも調子が狂っている。そのうちその売春婦が殺されて現場に行き合わせた判事が容疑者として逮捕。そして裁判という話。
この判事がタダの判事ではなく、高等法院判事だから、巻末解説を読むと最高裁判事クラスの要人レベルのようだ。だから殺人事件の裁判でも関係者はやたらと気を使っている。タイトルの「判事に保釈なし」も、最後無罪がほぼ明らかになっていざ無罪の言い渡しをしようという段に至るが、たまたまランチタイムを挟むことになり、その間「保釈しても問題ないけど、先例がないから」で保釈が認められなかったエピソードから来ているようだ。

う〜ん、そういうのを面白がる小説のようだ。
判事の娘とそれを偶然助けることになる強盗紳士ロウとが、この判事救出のために画策するわけだけども、捻った話のわりに面白みが感じられないんだよなあ。原文も「持って回った」ようなあたりにおかし味を感じさせるようもので、それを翻訳の工夫不足で隔靴掻痒の結果になったのだろうか。
これは素直に「ごめん」というしかない。

No.1617 6点 閃光の遺産- 三好徹 2026/07/20 10:33
今回本作を選んだのは、NHK土曜ドラマ・サスペンスシリーズの第一弾でドラマ化(1977)されていたのを覚えているからだな。松本清張シリーズが好評で、ミステリのドラマ化が企画の宝庫と認識されて、本作・「高層の死角」「轢き逃げ」「暗い落日」と4本連続して製作された。特に本作は松本清張シリーズでも大活躍の和田勉の演出だった。

で本作については、nukkam さんご指摘のように、松本清張が責任監修した読売新聞社「新本格推理小説全集」の書下ろし。「新本格」という言葉自体、実は何度も何度も繰り返し主張されてきた一種のバズワードだったわけだが、社会派がやや飽きられてきた状況で、パズラー要素を盛り込んだ社会派、というなかなかタイムリーな企画でもあった。清張自身は社会派・風俗派と本格を止揚しようという抱負を語っていたりもする。だから、本作でもリアル系アリバイトリックと、ちょっと感心するような犯人側工作がある。動機面も、原爆孤児の身元探索を扱いながらその裏面にある俗な問題がキーになっている。というわけで、松本清張の注文からすれば、百点満点に近い回答をして見せたんだとも思うよ。

なおかつ、ドラマとしては「本格」って映像化しづらいんだよね。社会問題や動機を掘れる方がドラマとしてはやりやすいに決まっている。まさにそういう注文にも本作はハマっているわけでもある。
(とはいえ、冒頭の行方不明の夫探しの件は、やや浮いているかな。ドラマでは改変されたみたいだ)

No.1616 7点 ママは何でも知っている- ジェームズ・ヤッフェ 2026/07/19 08:42
よく「安楽椅子探偵」と呼ばれる短編連作でも代表的なものの一つ。

ママは刑事の息子夫婦が金曜夜に訪れてくるのをもてなすが、息子が語る事件の相談を受けたら、いくつかの質問を挟みつつ、身近な人の例を引いて人間性について語りつつ、鮮やかに事件を解明してみせる..
そんな枠組みの物語。個人的には「ママが泣いた」「ママ、アリアを唱う」「ママは憶えている」辺りがいいかな。

興味深いのはこれがユダヤ系移民の話だということ。ママはイディッシュ語丸出しで、ママのさらにママが活躍した思い出話も含む「ママは憶えている」では、ポグロムをやり過ごすために戸棚に隠れていた、なんて話も出てくる。語り手の息子の妻は名門バッサ―女子大出身で心理学専攻だそうだが、ママの人生経験と観察眼には手も足も出ない。「ママは憶えている」がそんな家族の物語として、妙に心にしみるところもあるんだ。

で思うんだが、こういう「安楽椅子」系作品を書いて名を馳せた作家、ケメルマン・アシモフ・ヤッフェといった人たちは、すべてユダヤ系であり、発表舞台となったものEQMMで、仕掛人であるクイーンもユダヤ系、というのが興味深いところだ。クイーン自身も同趣向で「パズル・クラブ」作品を書いていたりするからねえ。とくにこの「ブロンクスのママ」は親子の親密さみたいなもの、家族の感情が大きなテーマになっていて、狭いコミュニティの感情みたいなものが、謎解きを越えた共通点になっているのかな?というような気がしなくもないんだ。

まあだから、安楽椅子探偵の元祖が「隅の老人」だザレスキー公爵だ、といったあたりは頭から追い出して、クイーンが仕掛人になったEQMMというコミュニティで育ったジャンルと捉えても面白いのかもしれないな。

No.1615 5点 殺人の棋譜- 斎藤栄 2026/07/17 14:35
将棋のタイトル戦と誘拐事件を並行して描き、容疑者追跡の中で巻き起こる殺人..とエンタメとしては決して悪くない。どうしても比較することになりがちな西村京太郎「天使の傷痕」よりも、派手なエンタメとして堂に入っているといえばそう。
身代金受け渡しでのセスナとVHF無線など、アウトドアな良さがある。

とはいえ、ミステリとして読むときには、登場人物が少なすぎることもあって、収まるところの予定調和に収まったようなある意味「詰まらない」ところがある。殺人の動機の推測はムリだよなあ。まあだから、本作の良いところは純粋にスリラーとしての面白さであり、狭義のミステリの面白さとはちょっと違う気がするんだ。

まあでもタイトル戦で三番勝負か。ミステリの背景で七番勝負したらダレるからね。

No.1614 7点 アウターレック- 小室孝太郎 2026/07/17 11:53
これ評者は思い出の作品なんだ。だから復刊ドットコムへの復刊リクエストもした結果、めでたく復刊..ではなく、少年ジャンプ連載でも本にしてもらえなかった因縁の作品。初の書籍化の近未来ディストピアSFである。

すでに書評がある「ワースト」は、10年に一度くらい復刊があったイメージもあるから、実はそうレアではなかったが、こっちはそもそも本になったことがない。だから評者も少年ジャンプで読んだキリ。それでも鮮明に覚えているもんだ。

今日は学校で認識番号を与えられる特別な日。やんちゃな少年タクロウが遭遇したのはこの国を統治する独裁者による洗脳教育だった...洗脳に抵抗したタクロウたちの前に現われたのは、反政府組織「地下党」の闘士アウターレックだった。このアウターレックに救われた少年たちは「地下党」に合流して地下のアジトに潜伏するが、地上では「地下党」をあぶり出すための罠が仕掛けられていた...

という話。でこの洗脳教育では、独裁者が縛られたレジスタンス女性の眼を杖で引き抜くなどサイケな洗脳映画を見せられる。またアウターレックは仕込み杖をメインウェポンとして警備兵などを斬り殺していく。そんなゴア描写は少年ジャンプの域を越えて手を抜いていない。アウターレックのデザインのモデルは明白に「時計仕掛けのオレンジ」のアレックス。「時計仕掛けのオレンジ」も暴力と暴力衝動の国家管理をテーマとしたディストピアSFだからねえ。まだ学生運動の余韻が残る1973年だから、独裁国家vs反政府ゲリラとの闘争の構図で描くのは時代のなせる業でもある。

本作は人気はあったんだが、編集部との対立で打ち切り。作者の小室孝太郎はそれに強く不満をもっていたことが、晩年の「つっぱりアナーキー王」でのインタビューにも窺われる。そこで小室が述べた対立内容への疑義も本書の編者解題では示唆していたりする。
まあそれでも、大団円とはいかないながらも一応の結末には到達して物語は終わっているか。
(ひょっとして高橋葉介の「クレイジーピエロ」は本作に影響を受けているのかな?)

No.1613 6点 天使の傷痕- 西村京太郎 2026/07/16 22:49
西村京太郎の出世作だけど、本作の乱歩賞以前にも新聞記者を主人公にした短編を書いてコンペに入賞している。それらは「報道被害」を扱ったものだから、本作のテーマとやはり連続しているんだよね。

ミステリとしてはハウダニットからホワイダニットに移る構成で、なんやかんや言って構成力とリーダビリティは完成されていると見ていい。ハウダニットの部分はあっさり。ミステリ的な仕掛けの部分はやや粗い印象。だからホワイダニットがキモの作品。

本作の動機、といっても狭い意味での動機は恐喝者の排除でしかないよ。その背景について、社会派的な問題意識がある、というタイプ。しかしね、その社会派的な問題以上に、先行する短篇と同じく「報道の倫理」の方が、今となってはずっと重要だ。woke の偽善と同じような問題で、当事者ではない、報道を含む「傍観者」が「正義感」を発揮して問題を利用する偽善に本来の焦点がある。
とはいえ、本作ではそれが追及しきれずにやや腰砕けている。「病める心」「美談崩れ」といった先行短篇の方がこの点ではよく書けていると思うよ。

(バレ)
そういや「典子は、今」の主人公は評者と同い年だよ。典子さんは熊本市役所に就職してその後も活躍されているそうである。同世代の災難には違いなく、評者にも世代的に他人事ではない想いもある。

No.1612 8点 パルプ- チャールズ・ブコウスキー 2026/07/16 15:10
ニック・ビレーンは史上最低の私立探偵である。
本人はスーパー探偵と称しているが、これほどいい加減な探偵は探偵小説史上類がない。

と訳者あとがきに書かれている(苦笑)一時間6ドルの格安で雇えるよwでも依頼はひっきりなし。死の貴婦人(Lady Death)は、本屋に出没するセリーヌのそっくりさんを「なしくずしの死」のセリーヌかどうかの調査を依頼するし、わけのわからない「赤い雀」を探す依頼は入るし、ビデオカメラ片手に勇んで突撃した浮気妻の現場で失敗も繰り返せば、美人の宇宙人に付きまとわれる葬儀社社員の代わりに宇宙人を引き受けたり、とやる気ない一方実は実はの大活躍(笑)をしていたりする。まさにまさに私立探偵稼業に懐疑的なフィリップ・マーロウの後継者(大笑)。

歯。まったくなんてシロモノだ。人間、食わなくちゃならん。食って、食って、また食って。みんなそれぞれチャチで汚い仕事をしょいこんで、みじめったらありゃしない。食って、屁をこいて、ボリボリ掻いて、にこにこ笑って、祝日を祝って。

とシマらないことおびただしい(ホントはもっとオゲレツな卑語連発だが、ここでは自主規制)。確かに無頼を気取ったとしても、ハードボイルド探偵なんて大昔からパロディの対象にしかならない。そんなウンザリするような現実。アメリカの無頼派代表選手たるブコウスキーの遺作となった、まさに冗談で書いたようなハードボイルド私立探偵小説である。

まあだから、プロットはあってないようなもの。ハードボイルドで私立探偵小説であることはマギレもないが、ミステリかといえば大いに疑問(大苦笑)でも読んでいて抜群に面白いのは間違いない。

「お前、いったいどういう探偵だ?」セリーヌが言った。
「LA一の名探偵」
「そうなのか?LAってなんの略だ?」
「どうしようもないケツの穴(Lost Assholes)」

No.1611 7点 シシリアン- オーギュスト・ル・ブルトン 2026/07/14 16:01
映画「シシリアン」というと、1969年のドロン・ギャバン・ヴァンチュラのフレンチ・ノワールと、1987年のチミノ監督の「ゴッドファーザー」番外編みたいなシチリアの義賊を扱ったハリウッド映画があるけど、古い方の映画原作。でこれが、セリ・ノワールの大物作家でありながら翻訳困難が災いして訳書のやたら少ないル・ブルトンの数少ない翻訳書。

ブルトンだからね、当然主人公ロジェ・サルテは、二つ名は「五月の蠅(ムーシュ)」あるいは「金曜日のプチ・グロ」と呼ばれる暗黒街(ミリュー)で名を売ったギャングである。このムーシュはあえなくギャング特捜隊を指揮するル・ゴフ警部に逮捕されるが、取り調べの最中に護送車から脱走した。手引きをしたのはムーシュと以前組んで仕事をしたことのある「シチリア人」のアルド・マナレーゼだった。アルドは自身の一家総出でムーシュを匿うが、ムーシュの高額切手コレクションがその対価だった。表向きは家長のサルヴァトーレに率いられるイタリア人食料品店一家。妻マリア、長男アルドとその嫁ジャンヌ、長女テレーザと夫のルイス・ボルダン、次男セルジオ...彼らは鉄の掟のマフィアの一家なのだった。コレクションが惜しいムーシュは新しい仕事をマナレーゼ一家に持ちかける。フランスからアメリカに空輸される、展示会用の宝石装飾品輸送を襲おうという計画だった。サルヴァトーレはアメリカのマフィアとも深いつながりがあり、そして、マナレーゼ一家・アメリカのマフィアのビットリオ一家・フランス人ギャングのムーシェが組んだ大仕事が幕を開ける。ジャンボ・ジェットをハイジャックして工事中のハイウェイに着陸させて逃れようという計画だった!

こんな話。だから部外者ムーシュから見たマフィア、というのが作品価値。ホントに家族経営で、男も女も家長の権威とシシリアンの誇りと掟によって、強烈な団結心で動く「部族(クラン)」なのが興味深い。脱走囚ムーシュを追求するル・ゴフ警部らギャング特捜隊の追及と、進行するハイジャック計画を巡って話が進んでいく。まあ、ハイジャックも日本赤軍とか流行前だから、セキュリティ・チェックが甘々だったんだなあ(苦笑)。

言うまでもなく読みどころは、極端に短いマシンガン調の文章。

ル・ゴフとサルバトーレの視線が合った。ル・ゴフ。ブルターニュの生まれだった。神と神の教えは、生まれ落ちた時からの糧だった。石の柱に背をもたせかける。何世紀も、尖塔を支えつづけた石の円柱。背をもたせかけて、サルバトーレとマリアの姿を見送った。二人。進んで行く。老いたるシチリアの夫と妻。

これが「しっとりとした」最終場面。そういうあたりがセリ・ノワールという文芸のエクストリームな面白さになっている。前衛小説と呼んでもいいくらい。
(アラン・ドロンくらいサングラスの似合う俳優っていないな)

No.1610 6点 消しゴム- アラン・ロブ=グリエ 2026/07/10 10:38
ヌーヴォーロマン、ということなんだけどもね。「嫉妬」と比べたら断然読みやすい小説。定型的なミステリのパロディと理解した方がいい。

というか、古典的なミステリの形式で探偵役の視線というのは、当然だけど登場人物たちの心理を透視するわけにはいかない。透視できたら一瞬で事件は解決だ(苦笑)だから、登場人物の外面も「もの」も視線に対して不透明な「もの」として現象せざるをえない。「もの」の表層に留まる視線の物語として、ミステリを再構成してみた、ハイブリッド小説と読むべきなんだろうな。「嫉妬」だと事実上の読み心地は三人称ハードボイルドなんだけども、本作は一人称ハードボイルドの世界だと思うんだ。

いや三人称で他の人物の心理描写もあるじゃん?という反論はあるだろうね。でもさあ、評者はあくまでヴァラスの固定視点で、その他の人物の主観描写は一部の例外(序幕と終幕のカフェ主人描写)を別にして、ヴァラスの想像に近いものとも感じるんだ。だからあれほどまでに首尾一貫していない。雰囲気的には90年代に流行ったサイコスリラー映画で空想妄想がいちいちリアルな絵で描写されるような感覚かな?

そして、まさに最初の探偵かつ最初の犯人であるオイディプスへの示唆が繰り返される。フィアリングの「大時計」みたいな小説じゃないのかな?

No.1609 8点 就眠儀式- 福島正実 2026/07/07 18:14
さて「就眠儀式」は木々高太郎・須永朝彦の他にもう2冊本がある。1冊は草野比佐男という農民歌人の歌集だが、もう1冊はお馴染み福島正実のショートショート集。でもこれ、ただのショートショート集ではない。福島正実の遺作集というかたちで死後に角川文庫で出版されたのと同時に、福島正実の葬儀の香典返しとして配られた非売品が存在する。内容は、冒頭の表題作は入院直前に書きあげて「ある社内誌」に掲載されたもの。それに続く24本は生前に作者自身が選んだ自選ショートショート集。後半25本の大部分は老人向け雑誌「ケア・ライフ」に発表されたものだそうだ。

心して読むべきショートショート集だ。評者ももう若くない(というか、福島正実は47歳で亡くなっている)。まさに「死の陰の谷を歩む」が如き作品集である。

一読して感じるのは、やはり星新一との資質の違いである。おなじSFショートショートでこれほど肌触りが違うか?というほどの違いがある。星新一は一種のモラリストであり、人間心理のアヤを突き放して、科学者的と言っていいほどに価値判断を離れて「非人情」に徹して描いている。福島正実は違う。より主観的であり、モラルに対して「でも!」という控えめな抗議の声を聞き取るべきだろう。そして星が世相に超然としているのに対して、福島は世相に対するひそやかな抗議の声としてショートショートが書かれている。オチとなるSF設定はその抗議の具現化というべきだろう。

星新一も何度も終末絵図を描いたものだが、福島だと終末の日の狂宴が実は

つい最近までの幻覚剤は、ありきたり他愛のないユートピア風の幻想ばかり見せるのでたちまち飽きがきてしまった。(中略)そうしたみなの要望に応えて出て来たのがいまの終末幻覚剤なのだ。

と「終末幻想は、きびしい現実が心に鬱積させた潜在意識」を解放するために働くという逆説をまさに示している。現実問題として、SFが志向する「未来学」の対蹠物は「終末論」に他ならない。だからこそ、SFと終末論はひとまわりして重なり合う。

しかし、そのSF世界の「終末論」とは、まさに死に向かう者の「自己の終末論」に反転する。冒頭の遺作「就眠儀式」はまさに自己の終末を「就眠儀式」として繰り返す話。「きれいに死ぬ」思いでこまごまとした身の回りを片付け、ガスホースを抱くことを自身の就眠儀式とする女、そしてそれを見抜くかのように「お願い、死なないでくれ」と詫びるように金を渡す男は、それを男自身の「就眠儀式」と捉える。

死んだ人は、生き残った者を軽蔑しているわ。

これがまさに終末論が作り出す透視図法なのである。

No.1608 5点 音楽- 三島由紀夫 2026/07/06 20:47
評者は精神分析嫌いを自認しているわけだけど、本作は三島が精神分析をネタにして書いた(というか組み立てた)エンタメ。そういや昔、荻野恒一「現存在分析」とか読んだことあったなあ。

「音楽が聞こえない」と不感症を訴える女性と精神分析医の攻防を描くわけだから、若干のミステリ的な興味があるのは間違いない。二転三転するから、プロット的にはアヤがついていてエンタメとしてはそう悪くはない。まあだけど、三島由紀夫的には「多分、できる」と思って抽象的に組み立ててみて、そこそこの出来で、「なるほど」とそこで興味を失って放り出したような印象。
要するに精神分析とか偉そうなことを言っても、セックスカウンセラーみたいなものなんだよ。ヒロインの男遍歴を、精神分析医が追いかけていくようなものだ。

これが増村保造監督で映画になっている。72年のATG。要するに「天使の恍惚」とか「曼荼羅」の頃だから、成人映画で事実上は文芸ポルノ。巨大なハサミに豊満なヌードの女性が悶える。そんな映画だけど、精神科医が細川俊之で明智小五郎っぽい。上から目線でなんか偉そうに追求するあたりに共通点がある、ということにならないかな?駄作は承知の上、大爆笑しながら鑑賞。増村保造っていろいろとヘンタイな趣味がある監督だなあ(苦笑)

No.1607 7点 花のない葬礼- レックス・スタウト 2026/07/06 09:59
論創社中編集「黒い蘭」をしたついで。「黒い蘭」には「献花無用」のタイトルで旧訳の「花のない葬礼」が収録されているのだが、この電子書籍では「イースター・パレード」との合本。で、「イースター・パレード」は論創社中編集では出ていないので、電子書籍でも取り上げる意味があるか。まあ評者が今回読んだのは「EQ No.57」なんだが、同じ大村美根子訳である。なので表題に反してここでは「イースター・パレード」だけの書評となる。

イースター・パレードといえばさあ、

On the avenue, Fifth Avenue, the photographers will snap us

ガーランド&アステアのMGMミュージカル映画だ。この映画のラストシーンで描かれるように、復活祭の日に華やかな帽子をかぶり盛装した紳士淑女が練り歩くイベントが背景となる。この歌詞がまさにその通りで、5番街には見物や写真を撮ろうとするカメラマンも押し寄せる...ウルフのライバルの蘭愛好家、バイノーが新たに作出した「ピンクフラミンゴ色のヴァンダ」という珍しいランの花を、バイノー夫人がつけてイースター・パレードに参加することを許した。ウルフはこれが羨ましくてどうしようもない。

グッドウィンさん、わたしはきみの好意にすがりたい

とランの奪取という内緒の悪事(笑)をウルフはアーチーに頼み込む。しかし、そのイースターパレードの最中に、バイノー夫人は毒針に刺されて殺された!毒針はカメラから発射されたのでは?

というなかなか派手な話。やや長めの短編、といったくらいのもので、中編かというと微妙。それでも関係者全員を集めた中で写真を使った謎解き。手がかり開示という面でフェアというわけではないが、それでもウルフ&アーチーらしい楽しさ全開のお話。まあウルフ&アーチーに今回は後ろ暗い経緯があるから、殺人事件捜査の依頼を受けても、内心四苦八苦するあたりが今回のギミックといった感覚で楽しい。蘭がらみの話なんだから、「黒い蘭」に入っていてもよかったのになあ。

No.1606 8点 須永朝彦小説選- 須永朝彦 2026/07/05 22:35
鳥兜、闘牛、熟眠(うまい)、インヘルノ、呪ひ、皮膚、笛、エヴァ、ヴァムパイア...

これが就眠儀式の呪文。

ミステリマニアにとって「就眠儀式」というと、木々高太郎のフロイト丸出しの短編だけども、別の「就眠儀式」、それも「耽美小説の聖典」とまで呼ばれるものがある。
60年代末〜70年代初頭に、ハマープロ「吸血鬼ドラキュラ」がきっかけとはなったけども、世界的な「吸血鬼ブーム」があった。日本ではそれがハイブラウな方向に逸走して、三島由紀夫・澁澤龍彦・種村季弘・平井呈一など錚々たる人々による「血と薔薇」などに結実した動きがあり、これが幻想文学の大きな分水嶺となっている。その一方で、幻想文学のもう一つの流れもこれに棹さしている。中井英夫・塚本邦雄といった方向性の俊英として登場したのが、この須永朝彦で、日本の吸血鬼小説の一つの典型となっているのが、このアンソロにも大部分を収録した「就眠儀式」である。
要するに「耽美」な方向性である。まさに「ポーの一族」の世界。この吸血鬼は、退治されるモンスターではなく、同性愛的に美青年を犠牲にしつつ時を超えて旅をする不死人である。

この須永朝彦の小説世界というのは、かなり極端なものである。濃密な文章の文庫3ページほどの掌編が多数を占めている。そして頻繁に和歌が添えられていたりして、あたかも「伊勢物語」のような歌物語を読むかのようである。しかし登場するのは古城・チェンバロ・金髪碧眼の美青年・吸血鬼・闘牛・天使といったバタくさいにも程があるロマンの華。吸血鬼をテーマとする「就眠儀式」、天使を主題とする「天使」も確かに「耽美の聖典」と呼ばれるに十分な内容である。

しかし、70年代中盤に書かれたが、独立の単行本にはならなかった「聖家族」のシリーズがやはり一等地抜けている。


白系露西亜亡命貴族の息子だが宝石専門の盗賊となった父。その面影を子はバットマンに求める...いやこれは空想。現実の父は落雁が好物の俗っぽい俳人。母はいい年をして雛祭りに執着し、桃の花の淫蕩さに子は顔を顰める。そんな「聖家族」。このリアルと幻想の近親相姦劇。

この作家の描くものは、全てどこかしら「ありえなかった自伝」の面影がある。

(赤江瀑がアリならこの人オーケーじゃないかな?蘭をテーマにした「蘭の祝福」ではネロ・ウルフとか「大いなる眠り」が参照されるし、この本の最後「青い箱と銀色のお化け」は、あの世で乱歩生誕百年祭を、乱歩が谷崎潤一郎と佐藤春夫に祝ってもらう席に、稲垣足穂が乱入する戯作。皮肉な味に大笑いだが、乱歩の新進時代の先輩作家に対する愛憎が見えてミステリ史的にも面白い)

No.1605 5点 22世紀の酔っぱらい- フレデリック・ポール 2026/07/04 17:59
長く活躍したSF作家&編集者だそうだ(評者はあまり明るくない)。

22世紀。少数の大学人と多数の都市人が分離して暮らす世界。その大学で数学を教えるコーナットは理由不明の自殺衝動に悩まされていたが、間一髪で助かるのが続く。大学に蔓延する「自殺病」に感染したかのようなこの流行のさ中、学術調査隊が南海の孤島から原住民を連れ帰る企画にコーナットは参加する。しかし、その原住民たちが感染源となったと思しい天然痘が流行しはじめる....

いやいや、こんな筋書きだと、世界終末SFにしかならないんだけども、実は「軽妙なタッチで描くユーモアSF」ということになっている。確かに筆致は深刻ではないし、そのスリラー仕立ての異常現象の「謎」の解明も一応あったりする。

たとえばこの22世紀の大学で教えられている数学が、高校レベルの話(二項定理とかねえ)だったり、それを暗記用の歌で覚えるとか、何かバカみたいだ(苦笑)そして南海の原住民は、第二次大戦の日本兵の末裔とかそういう話で、家柄と立場によって、大尉・兵長・上等兵といった階級名がついている。また精神攻撃への対抗手段がとにかく酒を飲んで酔っ払うこととか、酔歩(ランダム・ウォーク)がちょっとしたキーになっているとか、そういう仕掛けがあったりする。

う~ん、マジメかお笑いかよく分からない奇妙な芸風。タイトルはソソるんだがなあ。こんな評価で勘弁して。

No.1604 6点 黒い蘭―ネロ・ウルフの事件簿- レックス・スタウト 2026/07/03 16:16
その昔「EQ」みたいな海外ミステリ雑誌だと、巻末ビッグボーナスと銘打って、ネロ・ウルフの中編がよく載っていたものだよ。適当な長さと貫目があって、お馴染みキャラでクオリティも一定しているわけだから、編集者はホント重宝したろうなあ。評者とかはネロ・ウルフ中編って親しみがあるよ。

だからネロ・ウルフ長編は未訳が山のようにあっても、実は中編の未訳はそんなになかったわけだ。ここにきて論創社で中編集が立て続けに出たことで、ほぼ未訳はなくなってきているんじゃないのかな。でその論創社の中編集第一弾である。

「黒い蘭」。フラワーショーに出展されたライバル蘭栽培家が出展した「黒い蘭」を、そのフラワーショーの余興舞台で起きた殺人事件解決にからめて、ウルフがせしめる話(苦笑)。どうしても「黒い蘭」が見たいウルフは、重い腰をあげてフラワーショーにまで光臨するのがギミック。150ページほどでやや長め。
「献花無用」。ウルフの親友でシェフのマルコの恩人にかかった殺人容疑を晴らすために、「友情の還付」としてマルコの依頼を受ける。チェーンレストランの未亡人経営者の夫に居座った男と家族の対立が、この事件の背景にあった...
「ニセモノは殺人のはじまり」。役者たちのために気前よく下宿を運営するハッティーが巻き込まれたニセ札事件は殺人に発展。ニセ札を追う財務省秘密検察局・クレイマー警部との三つ巴に介入するウルフ。

というあたりで、ウルフ&アーチ―の活躍を存分に楽しめる3作。長編だとさらに二波瀾くらいあるのだけど、中編はシンプルに事件に集中できる良さがある。ウルフものの良さはやはり中編に凝縮されているようにも感じるな。事件はシンプルでも、ウルフがやる駆け引きの妙が主眼になるから、その分「らしさ」はじっくり楽しめるというものだ。

今回どうかな、ハッティ―のキャラの楽しさが一番印象に残るから「ニセモノは殺人のはじまり」が一番いいかな。出来不出来の少ないシリーズではあるし、中編は特にそう。ならば、当時の読者が歓迎したのも当然というものだよ。

No.1603 5点 マークスの山- 高村薫 2026/07/01 15:32
大変な力作だとは思うんだ。
でもねえ、複数の小説を無理に合体したような不思議なところがどうにも気になる。直木賞の選評でも「選考委員が異口同音に言ったように、欠点の多い作品だった」と実際言われている。連続殺人を行ったマークスの活躍っぷりが超人的でもあるし、また動機も今一つ納得いかない。いや評者、異常心理ものにリアリティを感じない傾向もあるよ。

あと、捜査陣の仲の悪さ!こんなチーム、ホントにあったら、空中分解するよ...というか、合田雄一郎が神経質になり過ぎていて、被害妄想に陥っているんじゃなかろうか(苦笑)実際の捜査が複数の組織の寄り合い所帯で行われているんであろうことは、確かに本作の描写の通りなんだろう。普通のミステリではそこらへんを余計なノイズとして切り捨てて、シンプルに機能ベースで抽象化して描いているのであろうことは、「小説のウソ」として許容すべきなんだと思うんだ。事件の背景には、宮家との縁もある名家からの圧力がかかったり、作中であまりツッコまれない建設会社の不正行為を巡る地検特捜部との対立やらがあるようだけども、これがこの小説内で機能しているか、というと違う。

社会派、というにはどうも焦点が絞り切れていないんだな。だから、刑務所と精神病院を行ったり来たりする異常者マークスの、わけのわからない犯罪に警察が振り回される小説、という印象が掛値のないあたりではないか。いやマークスがしたいのは復讐?いやいやタダの恐喝?目的も絞られていないが、妙に「ツイて」いてこれだけの捜査を掻い潜って逃亡してしまう。狡猾というわけでもない。だから直木賞の選評で井上ひさしが

この作品で作者は、真知子という善悪をはるかに超えた「人生の泥と涙にまみれて人を愛する女」を創造し、読者との関係をしっかりと付けた。彼女の愛は、推理小説だの警察小説だのといった狭い枠を越えて、はるか普遍の愛にまで達している。

というのは、何かピントのハズレた感想のように感じるんだ。いや、全体的にヘンな迫力があるのは事実で、キャラの書き込みが鬱陶しいくらいに細かい。だから「人間が描けている」という決まり文句を介して、批評家が食いつきやすいんだ。

ドライサーとヘミングウェイ、どっちが人間が描けているか、といえば評者は断固ヘミングウェイだと思う。だから本作を「ハードボイルド化」したあたりに、新しい警察小説が登場してくるのかもしれないな。

No.1602 6点 離愁- ジョルジュ・シムノン 2026/06/28 14:04
さてシムノン未読も少なくなってきたが、本作は映画はトランティニャンとロミー・シュナイダーで有名作。評判がいいので思わずDVDをゲットしたので、のちに追記することにする。ミステリ色はかなり薄いけど、ラストシーンを深読みすると、ひょっとしてミステリかもしれない。

1940年5月、ドイツ軍はオランダとベルギーの国境を越えて、フランス国内に殺到した。ベルギー国境近くの町フュメイに住むラジオ商マルセルは、妻のジャンヌと娘のソフィーを連れてフランス南部への脱出を図る。しかし、妻子は女性用の客車に、マルセルは有蓋家畜車両に分乗することになる。軍事輸送をやり過ごす待機や敵機の空襲などを経て、車両は繋ぎ変えられて、マルセルは妻子とはぐれてしまう。マルセルが乗る車両に後で乗り込んできた女性、アンナとマルセルは男女の仲になってしまい、逃避行を共にする。フランス中西部のラ・ロシェルに到着した二人は....

シムノンはこの開戦の段階でラ・ロシェル近辺でベルギー難民の受け入れの公職についていたりするから、シムノンの実際の見聞ベースの話である。とはいえ、戦争小説であるか、というとずいぶん違って、たまたま同じ車両に乗り合わせて極限状態を共にした男女の結びつきの話。あえて「恋」とか呼びたくない。マルセルには逃避行で生き別れた妻子があり、それをラ・ロシェルでは探すのが仕事。アンナはユダヤ系チェコ人亡命者のようで、侵攻までは監獄にいたらしい。そんな男女のたまたまの遭遇と関係をえがく、けっこう機微の微妙な小説。まあシムノン、こういうあたりは親切に説明したりしない作家だからねえ。

恋でもない、不倫でもない、アヴァンチュールでもない、買春でもない、運命でもない、苦難を乗り越えた者の同志的結合でもない、憐みでもない、そういう説明しがたい男女関係だ。だから小説のラストシーンはある残酷な真相をそれとなく示している。映画は結末が違うようなので、それを楽しみにしよう。

追記:映画見た。反戦メロドラマという結末。映画だったらこれが正解だというのはよくわかる。余計なことだが、小説では主人公の母は第一次大戦の対独協力者として坊主頭にさせられた描写があるんだ。シムノンの戦時中の行動が、戦後の一時期アメリカ移住した原因にもなっているわけで、シムノンは相当屈折しているよ。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.38点   採点数: 1661件
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