皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
|
---|---|
平均点: 6.40点 | 書評数: 1378件 |
No.1338 | 6点 | 銀のカード- ボアロー&ナルスジャック | 2024/12/12 10:42 |
---|---|---|---|
評者も年を喰ってきたわけで「あとはニコニコしながらあの世に行くのが仕事」なんて公言したりもするんだよ。そんな「老年」を扱ったのが、ボア&ナル最後の訳書の本作。結局ボアローの死去(1989)の後にナルスジャックがまとめたのか、共作名義で1991年まで本が出ていたりして、未訳が15冊もある。評者は後期ボア&ナル大好きだから、きっと気に入る作品もあるだろうな、と残念なところでもある。
あらすじなどは人並さんのご書評がよくまとまっているので、そちらに譲る。要するに、老いらくの恋とはいいながら、やっぱり肉体的には老いているために、エネルギー不足でなかなか「燃え上がる」とはいかない不倫の話。この不完全燃焼感の中で、主人公のエルボワーズは、愛人?のリュシイルが、自分にとって都合の悪い養老院仲間を事故に見せかけて殺しまくっているのでは?という疑惑に駆られる。だから結構初期っぽい心理主義に戻っている雰囲気はあるけども、恋にも疑惑にも主人公がのめり込まないあたりに、ヘンな新鮮さがある。 そのうち「あの世に行くよ~」と思っていたら、殺されたってどうということもない。そんな諦念がベースにもあるために、サスペンスならざるサスペンスと言った、独特な読み心地になっているわけだ。 だからミステリとしてはかなり「奇抜」な狙いだけど、「一発芸」に近いのかな。作者に覇気がある、とも逆説的にいえなくもない(苦笑) というわけで、今後もボアロー・ナルスジャックの単独作は拾っていきたいけども、とりあえずこの合作コンビとしてはコンプ。ベスト5は「悪魔のような女」「女魔術師」「思い乱れて」「呪い」「私のすべては一人の男」。 「死者の中から」「殺人はバカンスに」あたりがそれに続くかな。 今回コンプして「殺人はバカンスに」以降の後期作もしっかり面白いことが確認できたのがよかった。 |
No.1337 | 8点 | 殺人者の湿地- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/12/11 18:09 |
---|---|---|---|
わお!これは凄い。よくもまあこんな作品が長らく訳されてこなかったものだ。評者のガーヴ最終作で、こんなオタカラとブチ当たるとは思ってなかったよ。
評者未読の某日本作品とも同じネタ、とあとがきにもあるが、先日評者が書評した松本清張の某作とも、実は同じネタだったりするんだよ。振り返ればガーヴは1908年生まれ、清張は1909年生まれ。完璧に同世代の上に、ガーヴだって「社会派」と呼ばれる作品がいくつもあるし、ポリティカルスリラーもあれば、犯罪小説とパズラーを合体させたタイプの作品は両方とも得意技だ。いや、ガーヴってイギリスの松本清張かもしれないぞ! なおかつ、本作だと全体的な構図がとってもアイロニカルなもので、評者なんて大喜び! 攻防感のある「倒叙」かつ、視点を変えることで伏せた「意外な真相」。それこそコロンボ見て犯人を応援するような感情を、久々に味わった(苦笑) いや犯人サイコパスで悪い奴ヨ.... ガーヴって「ウェルメイド」にこだわった、評者に言わせれば「理想的な大衆作家」なんだけども、その根底にはしっかりとした「ミステリの素養」が潜んでいて、時折王道ミステリで勝負してくれる作家だと思う。今回本作で翻訳済みのガーヴの長編は全作書評できたことになるけど、実に楽しかった! 敬意をこめてベスト5〈順不同)。 「地下洞」「メグストン計画」「ギャラウェイ事件」「遠い砂」「殺人者の湿地」 けど、ガーヴって特にいうほど駄作がないのも凄い。しいて言えば「D13峰登頂」くらい? |
No.1336 | 7点 | 蠅(はえ)- ジョルジュ・ランジュラン | 2024/12/09 16:54 |
---|---|---|---|
異色作家短篇集といえば「奇妙な味」が売り物、というかその代名詞みたいなシリーズ。どうしても常盤新平趣味の英米作家中心になりがちで、フランスっぽい名前で興味がわくが、確かにフランス語作家、でもイギリス人でMI5勤務歴があるという困った作家(苦笑)
でもね、サブカルの上ではこの表題作が映画「ハエ男の恐怖」「ザ・フライ」の原作、物質電送機に紛れ込んだ蠅と合体してしまうマッドサイエンティストの話として、極めて影響力の高い作品なんだ。語り口も巧妙で、頭と片腕が巨大ハンマーで潰れた状態で発見された死体から始まり、その妻が「アタマの白い蠅」を探すのはなぜ?という謎を絡めて、「変身の悲劇」を謳いあげる。単純なホラーという感覚でもなく夫婦愛の話でもあり、完成度が高く、ちょっと「おお!」となる。 同様にホラーに寄った作品だと、収録最後の「考えるロボット」。ポオが扱った「メルツェルの将棋指し」と同様なチェス・ロボットの謎だけど、その指し筋が死んだ友人にそっくりなことから、製作者のマッドサイエンティストの秘密を暴く話。SF発想のホラー、かな。 「彼方のどこにもいない女」は深夜の放送のないTVに現れる女に恋をした男の話。この女は長崎の原爆投下の中心にいたことで、次元の違う世界に転移してしまい、主人公はその女に会うために....とSF発想のラブストーリー。フィニイに似た感覚の話があるけども、フィニイの予定調和の甘さがなくて、何というか違和感の強い結末になる。不思議な作風だな。 暗い、というわけでもない。 たとえば「奇跡」なら、列車事故で足がマヒしたフリをして補償を得ようとするズルい男の策略と因果応報。「安楽椅子探偵」なら"おじいちゃん"と呼ばれる意外な探偵役の叙述トリック(風)。とか、「御しがたい虎」なら動物に催眠術をかけて遭遇した悲惨な話だし、「他人の手」なら自分のカラダが勝手に犯罪を犯すのに困惑する男。「最終飛行」ならコウノトリに導かれて事故を回避した機長...とこんな感じでバラエティに富んでいて、しかもそれぞれの完成度が高い。 ちょっとした異能作家、と呼ぶべき。 ポケミスでスパイ小説「魚雷をつぶせ」が訳されているので、近々やろう。 |
No.1335 | 7点 | 火神被殺- 松本清張 | 2024/12/06 10:30 |
---|---|---|---|
ヘンに党派的になって清張否定論をいう方もいるようだが、評者に言わせれば清張って結構なトリックメーカーであり、ロマンあふれるエンタメの書き手として、ミステリ界の巨人であることを否定するのはどうかと思うんだ。
と言いたくなるのは表題作の「火神被殺」って、清張らしいリアルなトリックとミスディレクションが炸裂した好編だと思うからだ。今のDNA鑑定になると問題もあるけども、ごく最近までは本作の秀逸なトリックはしっかりと通用し、それをオオツゲヒメの「食品起源説話」を巧妙に使ったミスディレクションで導いて、古代ロマンとトリッキーなミステリ、そして清張の出世作「或る『小倉日記』伝」で取り上げたような「ハンデを抱えた不遇な天才」を描いた秀作短編となったと思う。「清張ってどんな作家?」を理解するのなら、評者は一番に勧めたいくらいの短編。 続いて実話であっても不思議じゃないくらいのリアリティがある裁判モノの「奇妙な被告」。クリスティの「スタイルズ荘」でのアイデアをより徹底して扱うとこうなる、というのが面白い。 「葡萄唐草文様の刺繍」ならば、夫婦の感情の機微を浮気を隠す夫の心理から、殺人事件と絡めて描き出す。夫の疑心からの行動が回りまわって真犯人への因果応報となる皮肉。 「神の里事件」は忘れ去られたような田舎の神道系の新興宗教で起きた殺人を描いているけど、これはちょっと失敗作かな。ウンチク部分は興味深いが、殺人事件との絡め方がもう一つか。 「恩誼の絆」は「天城越え」と似た感じの、子供視点での事件を描いて、さらに大人になった後での「繰り返し」のような事件を扱う。昭和の庶民の生活という面で、評者はとても懐かしい。祖母の使っていた針山を思い出す。 名作目白押しの好短編集。ミステリマニアほど読むべき作品集だと思う。 (あと「火神被殺」だけど「火の路」で扱うゾロアスター教日本伝来説の萌芽みたいな話を取り上げている。古代史造詣は深いからねえ。こうしてみると「Dの複合」がいかに中途半端だったか、というのが悔やまれる) |
No.1334 | 5点 | 通り魔- エド・マクベイン | 2024/12/04 14:23 |
---|---|---|---|
87の2作目。「警官嫌い」でまだパトロール警官のクリング君が負傷する件から引き続く。キャレラは晴れてご成婚。この事件中は新婚旅行で最後の場面に顔を出すだけ。マイヤー・マイヤーは初登場だけど、ずっと87に居たような顔をしている。ハヴィランドとウィリスに出番が多い。
特筆はやはりクリング君。この話があの気の毒なクレアとの馴れ初め回。プライベートな関りで、私的に捜査してその中でクレアと出会って、イイ感じでデートもしちゃったりする。そして見事ラストでは刑事への昇進をキメてみせる。青春、だなあ。 メインは「クリフォードはお礼をもうします、マダム」とご挨拶な女性を専門に狙う強盗の話と、その犯行に見せかけた女性殺しの話。女性刑事アイリーン・バークが囮を買って出るエピソードあり。クレアとアイリーン、同じ作品で初登場するというのが面白い。マイヤー・マイヤーは連続猫盗難事件というジョークみたいな話の担当。 いやいや、結構とりとめがない...というか、シリーズ2作目なのに「肩の力が抜けすぎている」のが何か不思議。狙ってやったのなら、作者のヨミが深すぎるのかもしれない。 |
No.1333 | 4点 | 裸の顔- シドニー・シェルダン | 2024/12/03 11:09 |
---|---|---|---|
シドニイ・シェルダンって大昔はハヤカワで出てたんだよね。アカデミー出版で「超訳」をウリに新聞広告打ちまくって....でセルアウトしたわけだけども。
うんまあ何かご縁があったみたいで、本書を読むスケジュールに入れていた。昔読んだのかなあ、よく覚えていない。今回はポケミスを主に「超訳」とも比較。 精神分析医が何度も何度も命をつけ狙われ、間一髪で助かるか誤殺された死体が転がるか、の連続の話。実に達者な筆。イベントが連続するのを、スピーディに場面を転換しつつ、視点もこだわらずに切り替えて叙述。キャラもいろいろと味付けしていて、単調にならないように工夫。開始すぐに殺される主人公の受付嬢の前歴も、スラムの少女売春婦から主人公が善意で拾い上げた黒人女性だとか、話としては実に面白いけども、プロットの本筋とはまったく無関係。 で、肝心の本筋は単純。振り返れば一方調子のスリラー。叙述は上手でソツががなさすぎる。それだけならば「合わないなあ...」と評価を下げることはしないけど、主人公の設定から「フロイト精神分析」というものが、いかにロクでもないものなのかよく分かる。とくに専門知識を生かしたうまい逆転とかはない。 評者は昔から「エセ科学」であるとフロイト主義には悪感情を持っているんだ。 まあだから、紙芝居的な底の浅さが覗いてしまい、悪達者な筆とのコンビネーションにシラケた。すまぬ。 で「超訳」の話。日本人に伝わりにくいアメリカ文化のネタをカットしたり、トークにキャラらしい役割語を振ったりとか、そういうレベル。なら平井呈一とか都筑道夫だって充分「超訳」だよ。そもそもリーダビリティ絶大なシェルダンだから、そんなことしなくても敷居が低いと思う。「超訳」というネーミングが最大の「発明」だったようにも思う。 |
No.1332 | 6点 | 囚人の友- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/12/01 22:36 |
---|---|---|---|
ガーヴといえば毎回毎回「違う世界」を見せてくれて、舞台設定だけでも楽しさがある作家のわけだが、今回の主人公は保護観察司。刑余者の更生をサポートする役割の仕事。日本だと楠田匡介が保護観察司の兼業作家として「塀の中」の人々をテーマにした作品をたくさん書いたわけだが、イギリスの保護司も兼業が普通のようで、今回の主人公も獣医との兼業。
若い囚人テリーの出所が近づく。保護司のアッシュは初めて申込みのあった自動車修理工場に、テリーの就職をお願いした。しかし、工場主のウィンター夫妻の金庫がこじ開けられそうになり、その疑惑は刑余者のテリーにかかる。証拠がないまま疑いの目で孤立するテリー。さらに工場主の家が荒らされてウィンター夫人の絞殺体が見つかった。容疑はテリーにかかる....アッシュはどうする? という話。あまり「社会派」という感覚でもなくて、アリバイ崩しを中心にした日本では「本格」に入るタイプの作品。いやガーヴって「罠」とか「モスコー殺人事件」とか本格枠に入る作品がいろいろあるし、「ギャラウェイ事件」だってアクション味はあるにせよ、面白味は「本格」要素だとも感じる。 というか、日本の「本格」概念がヘンに歪んでいて、イギリスだと本来「スリラー」に入る作品が日本では「本格」扱いされている、という面があると思うんだ。クロフツなんて事実上「スリラー」作家だ、と捉えるのならば、ガーヴがその後継者的な立場にある、と見ておかしいわけではないのだ。 いや「トリックがある=本格」という乱歩が始めた「トリック至上主義」が日本特有なジャンル観なのであって、海外作品はそういうジャンル観で書かれているわけではない、という単純な事実が顕れている作品。 |
No.1331 | 6点 | すりかわった女- ボアロー&ナルスジャック | 2024/11/30 10:10 |
---|---|---|---|
人物の「入れ替わり」と言えばボア&ナル、ボア&ナルと言えば「入れ替わり」、って言いたくなるくらいに、ボア&ナル十八番の「すりかわった女」。
人並さんは他のフランス作家の例を引いておられるが、ボア&ナルが「入れ替わり」サスペンスのスペシャリストであることは、きっと否定なされないだろう(苦笑)なんだけども本作はボア&ナルの後期作。というわけで「入れ替わり」の表も裏も百も承知のボア&ナルによる「入れ替わり」正面突破の作品となる。 で本作の変化球は、入れ替わる本人のキャラ設定。野心によって強引になり替わるのではない。「ぼんやり娘」と呼ばれるくらいに、主体性がなくておとなしい女性がヒロイン。たまたま事故で助かり、ボケかけていた伯父の愛娘の死を受け入れられない気持ちからか、伯父の誤解に乗じてイトコと入れ替わる。夫は伯父の遺産相続で有利な立場になることから、委細承知の上。しかし、ヒロインは入れ替わったイトコが秘密裏に結婚していたことに気づく....「二人の夫をもつ女」になってしまったヒロインの運命やいかに? という話。本来の夫は結構頼りないし、秘密結婚の男は軽薄な色事師。だから後期ボア&ナルらしく、ヘンに喜劇的な雰囲気で話が進行していく。本人たちは大真面目なのには違いないが、客観的には喜劇みたいなもので、そういうシニカルさを楽しむ作品だと思う。 後期のボア&ナルの特徴って、本来悲劇的であるべき心理劇の枠組みの中に、「そぐわない」キャラを投入することで、悲劇を相対化してリアルでありかつアイロニカルな味わいを出す、ということなんだと思うよ。「皮肉な喜劇」が大好きな評者って少数派だと思うけどもね。 |
No.1330 | 6点 | 肌色の月(中央公論社版)- 久生十蘭 | 2024/11/27 07:49 |
---|---|---|---|
渡辺剣次「ミステリイ・カクテル」の中で「未完の悲劇」と題して、中絶したミステリ作品を回顧していた中に、久生十蘭の本作があるのが気にかかっていた。
本作を「婦人公論」に連載中に食道がんが見つかり、最終回原稿を待たずに死去。最終回は口述筆記をしていた妻により、聞かされていた筋をまとめて完結させた。どうやらタイアップで映画が同時進行していたようで、乙羽信子主演の映画の封切日が告別式だったそうだ。 声優の宇野久美子は、遺伝的な肝臓がんの恐怖におびえ、若いうちに自殺しようと考えて、誰も知らぬ湖で投身自殺するために失踪した。湖に向かう途中雨に降られ、声を掛けてきた車に乗せてもらい、車の男の別荘に泊めてもらうことになる。翌朝ボートを盗み、湖の中央で自殺するつもりだったが、ボートがない...男もいない。そうするうちに、男がボートを使って湖で死んだらしいと騒ぎになる。この男、大池は詐欺事件の犯人として追われていた男だった.. という話。「ゼロの焦点」とかそういう雰囲気の女性視点でのサスペンス。「ムードのあるスリラー小説を」という狙いで書かれたものだ。がんの恐怖におびえ自殺を考える主人公と、連載中にがんで死ぬ作家と、符合していて不思議だが、昔のことで「がん告知」は夫人の手記によればされてなかったようだ。ちなみにタイトルの「肌色の月」は、黄疸で月が黄色がかって見えるという症状を指している。 で、結局この大池の一家をめぐるいろいろな事件も絡んで、殺人容疑も落着して久美子は旅立つ....久美子は死んだはずの男を目撃した気がして振り返る。こんな結末。何か胸がつまるような思いがする。生と死の境を越えようとするときに、その境界が曖昧になるのかのような。 けして成功作とは思えないが、それでも独特の雰囲気のある不思議な作品。 評者は図書館の中央公論社単行本(S32)で読了。十蘭が最も愛した2作「予言」「母子像」を併録しており、これは長らく読まれてきた中公文庫版と同じ体裁。「予言」は貧乏華族の画家・安倍が不倫を疑われて、その妻の自殺から夫に恨まれ、安倍の新婚旅行中の死を予言される話...なんだが、意外な結末がある。 「母子像」はニューヨーク・ヘラルド・トリビューン主催の第二回世界短篇小説コンクールで第一席を獲得した有名作。サイパン島での邦人自決の話に取材して、生き残った母子の戦後を描く。銀座でバァを開業した母と、非行を繰り返す子。この子の母への屈折した愛情表現による自滅を、短い枚数に叩き込んで描く。工芸的というべき珠玉作。異色作家短編集にありそうな話だが、しいて言えばスタージョンに近い情念が感じられる。 |
No.1329 | 8点 | ハリー・ポッターと秘密の部屋- J・K・ローリング | 2024/11/26 16:04 |
---|---|---|---|
ハリポタ第二作。どうしてもイントロ的な内容が多くなる「賢者の石」とは違い、フルスペックのハリポタ。特に本作は謎解き要素が多く含まれていて、連続石化事件の意外な犯人とか、トム・リドルの謎、壁から聞こえる謎の言葉、そしてハリー自身が「自分が本当のスリザリンの後継者なのでは?」と疑惑に駆られるなど、ミステリ的な興味が濃厚にある。あれもこれも、いや実に伏線だらけ。
このシリーズは、単に「冒険」「ファンタジー」とも言えない、ジャンルミックス的な側面が強くあり、それがイギリスの伝統的なエンタメ書法のようにも感じられるのだ。本作だとミステリの「連続殺人モノ」的な趣向が効いている。その中で「操り」が真相にも含まれていて、この「操り」の真相がハリー自身とヴォルデモート卿との関係にも影を落としている。実際、ハリーとヴォルデモート卿が表裏一体の関係にもあるわけで、これがシリーズ終盤でも大きなテーマにもなる。 まあここではハリーが自分に対して持つ「疑惑」として、いい意味で「複雑性」のスパイスを加味しているようにも感じる。ハリポタの中でもまとまりのいい作品だろう。 |
No.1328 | 6点 | 鑢- フィリップ・マクドナルド | 2024/11/24 15:17 |
---|---|---|---|
軽快に進む楽しい古典。
「それには、お答えしかねますねー素人探偵組合の規約に反しますんでね」 「これは、ドイルの生霊が教えてくれたんだぞ、きっと」 何というのかな、ミステリ処女作らしいちょっとした稚気が好ましく感じられるんだよね。偉大なホームズというモデルがあるわけだから、黄金期作家と言うのは多かれ少なかれ、ホームズに対するファンアートの側面があったのでは?なんて想像してしまう。稚気には愛情と含羞の両方が含まれているわけで、それが節度と客観性・過剰にならない自己省察を備えているのならば、後世から見ても「ほほえましく」感じてしまうよ。 スーパーマンのゲスリン大佐。いいじゃないの。ファイロ・ヴァンスみたいな嫌味もないし、素敵な青年紳士じゃない。諜報活動での功績から「大佐」と呼ばれて困るのも、かわいいな(苦笑)で、恋愛も3組成就。スクリューボールコメディ風の楽しさがある。まあ「トレント最後の事件」ほどには小説の根幹部分にはならないけど、そう邪魔な恋愛要素というほどでもない。 現場の人の出し入れが煩雑になりすぎていて、アリバイトリックのタイムテーブルがキツキツなのは危ういが、それでもこのトリック、笑える。許す! 総じて若々しく軽快で楽しいエンタメ。カットバックなどうまく使って、いい意味で映画的。 (そういえばポケミスではNo.248「鑢」、No.249「トレント最後の事件」と連番なのにも面白味) |
No.1327 | 6点 | 暗い燈台- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/11/22 23:14 |
---|---|---|---|
ガーヴの中でも冒険小説色が強い...というか、凶悪な青年ギャングによって占拠された、僻地の灯台の職員たちのサバイバルの話。だから細かく言えばミステリというよりも冒険小説だと思う。
まあガーヴ、冒険小説味のあるミステリが主体だけども、時折「冒険小説」以外の何ものでもない作品を書いたりもする。「レアンダの英雄」なんてそうじゃない? でも、ガーヴらしさ、というのは善人が不意に悪人たちに脅かされる話、という面で一貫していると思うよ。「黄金の褒章」とか「道の果て」とか、そういう話で、とくに「道の果て」の人より自然が好きなネイチャー指向がしっかりと出た作品だとも感じる。 灯台という閉鎖空間の中に、ギャング3人+そのスケ vs 灯台職員3人という構図だから、「狭苦しい孤立した環境」での闘争が主眼。まあそりゃさあ、そういう閉鎖空間に慣れている灯台職員と、慣れてなくてすぐにイライラしだす町育ちのギャングじゃあ、最初から勝負は見えてるよ(苦笑) ギャングたちは自滅するのが当然というものだ。 (執筆が後の「罠」の翻訳が先にはなるため、本作がポケミスで翻訳が最後のガーヴ。今のところ訳された最後に執筆されたガーヴ作品は、創元の「諜報作戦/D13峰登頂」。これはガチの山岳小説だから、未訳のガーヴって冒険小説のウェイトが高いのかしら...後期の未訳作は9作ほどあるみたいだ。1978年まで書いているんだもんねえ) |
No.1326 | 8点 | 証人たち- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/22 11:18 |
---|---|---|---|
シムノンのロマンの中でも、上位に位置する傑作じゃないかな。
ガチンコの裁判劇なのだが、まずは裁判長が主人公、という面でも異色中の異色だと思うよ。弁護士が主役の裁判劇なら描きやすいのもあって世の中に氾濫しているし、検事でもいろいろある。裁判では受動的な役割である裁判官をメインに据えて、「人間を本当に理解できるのか?」「理解したとしても、誤解ばっかりで他人をこういう人と決めつけていないか?」といったテーマを深掘りしている。 その中には主人公の裁判長の妻との関係も含まれている。主人公自身の過去の軽い浮気の話も、その裁判を傍聴する黒衣の女性によって、たびたび主人公の意識に登る。また、ベッドに寝たきりとなっている妻が「意図的に自分を困らせるためにそうしているのでは?」という疑惑もあれば、またこの裁判の被告が、妻のご乱行に怒って殺したのでは、という裁判の行方を自分の妻の引きこもりのきっかけとなった妻の浮気話と、主人公は重ね合わせずにはいられない。 こんな2日間の裁判が、妻の求めによって深夜薬局に妻の薬を買いに行かされ、その結果風邪をひいた主人公の前夜の話から始まっていく。裁判も行方も気になるが、妻との関係にも懊悩するさまが、熱に浮かされた主観の中で丁寧に描かれる。シムノンって一時的な病気・体調不良をちょっとした「きっかけ」につかうのが実に上手だと思うよ...メグレが酷い風邪を引いたのが印象的な短編もあれば、「ビセートルの環」のように入院生活をテーマにしたロマンもあるしね。 (バレかな?) まあそういう小説だから、この事件の真相について、ちゃんと解明されるわけではない。アメリカを舞台にしてアメリカで書かれた「ベルの死」に続いて、同様のテーマをアメリカ時代最後に書かれたと目される本作が扱っている、ということにもなるだろう。 |
No.1325 | 5点 | クロイドン発12時30分- F・W・クロフツ | 2024/11/21 11:58 |
---|---|---|---|
評者クロフツは苦手だけど、嫌いではない。だから本作とスターヴェルくらいはあとやりたいと思っている。
で倒叙有名作だから、本作をやらないというのは評者的にもありえない。昔読んだ時もフツーに流した作品。今回の再読では「意外なくらいに倒叙じゃないんだ...」というのが一番の感想。 要するに「倒叙と犯罪心理小説とどう違うか?」というのは大きなテーマだと思っている。本作だと「犯罪心理小説」のウェイトが思っていた以上に強い、というのが結論で、犯人のスウィンバーンの犯行に至る経緯がクロフツらしく事細かに叙述される。 玄関ホールから響く足音は『運命』そのものの歩みに聞こえた。さあ、今こそ度胸と自制心を示す時だ。少なくとも予備知識は頭に入っている。ピーターから話を聞いていて本当によかった。あそこでピーターに会っていなかったら、このありがたくない来客に不意を衝かれていたはずだ。うっかりぼろを出してもおかしくない。今その心配はない。備えはできている リアル、って言えばそう...なんだけども、何したこう思ったを丁寧に全部描きたがるクロフツの良いとこ悪いとこ全部出ている文章だと思う。書けば書くほどキャラの個性が潰れていく。 逆に耄碌のあまりに不条理な対応をして結果として殺されるアンドルー伯父が、スウィンバーン視点だからこそ「老害...」と妙な個性が出てくるのとは対照だと思うよ。いやその点犯人に評者は同情しちゃう。 逆に詳細な描写に魅力があるのは、モーター工場のデテールやら、経営者として従業員の身を思いやるあたりで、そういう良さとキャラの平板さとが、ひっかかりのない「読みやすさ」につながっているのかもしれない。 まあ法廷場面もその後の反省会にも、とくに意外な話が出るわけではない。「盲点!してやられた!」というような、ミステリとしての意外性がなく、「倒叙」らしいスリリングな攻防感が全然でていないことにもつながる。 タイトルの「クロイドン発」って、そんな突発事件で行動がシビアになっている状況でなければ、実はバレなかったのかも?と勘繰りかねない「犯人の不運」を示しているのかもね。平凡に企まれ、平凡に露見した気の毒な「実話風殺人物語」のようにも感じてしまう。 いやさ、冒頭の飛行機旅行の10歳の少女ローズ視点、これ描きようによっては絶対に魅力的になるものなのに、この子その後どこに消えたんだろう?これが最大の残念ポイントかもしれない。 |
No.1324 | 7点 | 死んだギャレ氏- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/20 11:10 |
---|---|---|---|
国立国会図書館デジタルコレクションにて。
ロワール川沿のホテルで起きた事件に急遽駆り出されたメグレ。被害者は行商人という触れ込みで、クレマンという名を名乗って何度も泊まっていたが、実はエミール・ギャレという本名で勤め先も偽装だった。格式を見せつけようと虚勢を張るが、貧相さを隠せないギャレとその妻。人生の失敗者にしか思えない、偽りだらけの人生の男のどういう「嘘」が事件を導いたのか? こんな話。メグレ物第二作と呼ばれるけども、創元文庫の裏表紙の作家紹介では「最初の推理小説」と書かれている。まあ気持ちはわかるんだよね。「怪盗レトン」ってメグレらしくない。「レトン」以前にも脇役メグレの登場作が存在するようで、その延長線で書かれたような印象が今となってはある。ならば本作が「メグレ第一作」。あらすじをまとめたけど、これなら普通にメグレ、でしょ。 そもそもあの男は何ごとかを待ちもうけることに、その生涯のすべてを送ってきたのではなかろうか?....。ごくわずかのチャンス....それさえなかったんだ! こんな人生とミステリらしいトリックとが融合している。まあ、トリックがあるメグレ、として変に有名な作品かもしれないけど、トリックの扱いで小説としての深みを増すという佳作だ。 入手が難しい作品なのが本当に勿体ない。一部の本格マニアのシムノン敬遠も、本作が読みやすければ解消するんじゃなのか?と思うくらい。おすすめ。 (個人的にはフランス王党派の消長というのも興味ある。今はブルボン本家は断絶していて、オルレアン家vsスペインブルボン家vsボナパルティストで復辟運動が細々と続いているそうだ) |
No.1323 | 6点 | ひそむ罠- ボアロー&ナルスジャック | 2024/11/19 10:51 |
---|---|---|---|
シムノン風味のボア&ナル。
そう思うのは「裏切り」の感情に悩まされ、本人から見ればある意味「不当に」出世したという爆弾にも似た思いを抱えながら、危うい成功生活を送る男が主人公なあたり。いや本作の主人公って実に善人なんだよね。そして腐れ縁の果てに殺されることになる男も、だらしはないが悪人とも言いにくい。そんな悪のない「不運」としか言いようのない世界。 まあ後期ボア&ナルって、冷徹に殺人を企む殺人者の登場率が下がってきて、わけのわからない状況で、嫌々殺人に手を染めるとか、そういうリアルさが主眼になってくる。けど、プロットの仕掛けはしっかりあって、うっちゃりを食らわすのもお約束。評者は後期の方が好感を持てるなあ。今回はリアルなフランス戦後政治が背景にあって、ミステリとしては弱くても、大河ドラマのような読み心地。 ドイツ占領中の暗い夜で、学校教師の主人公プラディエは襲撃を受けた男プレオーを偶然助けた。プレオーは対独協力者と噂され、この襲撃もレジスタンスによるものらしい。危うさを感じながらもプラディエはプレオーに友情めいたものを感じる。プラディエは家庭教師として有力者のマダム・ド・シャルリュスのシャトーに通い養子のクリストフの勉強を見るのだが、このシャトーが実はレジスタンスの隠れ家であることを知る。さらに、プレオーはマダムの前の夫でもあり、マダムに恋するプラディエは、プレオー暗殺の命を受けた....優柔不断なインテリのプラディエには荷の重い仕事でもあり、結局プレオーを殺さずに済むが、運命の悪戯でプラディエは、プレオー暗殺者としてレジスタンスの英雄に祭り上げられた! 戦後には政界の有力者として日々を過ごすプラディエは、クリストフが士官として従軍するアルジェリア戦争と、それに伴う政界の動揺に心も揺れるのだが.... というあたりの設定の話。第二次大戦でドイツに占領されたフランスには、ヴィシー政府などの対独協力者を追求する元レジスタンス、という構図で戦後処理があったわけだ。これ結構フランス人にとってトラウマ的でセンシティヴな出来事でもある。対仏協力をした女性が髪を丸坊主にされてリンチされたとか、そういう話もあるもんなあ。さらにこの小説に背景にはアルジェリア戦争があり、ドゴールの下で戦った元レジスタンスがフランス軍の中枢を占めている事情もあって、政局が不安定になり短命政府が続く政情。その中での左派政治家としてのプラディエの苦闘が描かれている。この状況は結局はドゴールが収集することとなり、アルジェリア独立を受け入れて第五共和政が始まるのだけど、「親分のドゴールに裏切られた!」と恨む軍人たちが暗殺を策謀する(「ジャッカルの日」)といったあたりが頭に入っていると、この話の連続性が理解できてリアルに受け取られるだろう。 |
No.1322 | 8点 | 鼻行類- ハラルト・シュテュンプケ | 2024/11/18 09:04 |
---|---|---|---|
ミステリかといえば怪しいが、サイエンス・フィクションには間違いないので取り上げようか。評者も大好き、ファンが多い本。
たくさんの鼻で立ってゆったりと ナゾベームは歩く 自分の子どもたちを引き連れて とドイツのユーモア詩人、クリスチャン・モルゲンシュテインが描いた詩から発想し、生物学者が「鼻で歩く哺乳類」というアイデアで作り上げた生物についての、系統的なパロディ学術論文である。太平洋の孤島ハイアイアイ群島で独自の進化を遂げた哺乳類である。その環境に適応して多彩な形態と生態をもち...いや奇想天外な形態と生態を誇る。 ・大きな耳を羽ばたかせて飛行するダンボハナアルキ ・鼻汁を滴らせて釣りをする川辺に佇むハナススリハナアルキ ・鼻で飛び跳ねるトビハナアルキ ・四本の丈夫な鼻でのし歩くモルゲンシュテインオオナゾベーム などなど、奇抜な生物が一つの進化系統として学術的に詳細に記述されていく。 中には哺乳類でありながら固着生活を営むもの、さらには寄生生活を送ってプラナリアと誤解されるような退化を遂げた鼻行類も存在する...それらがこの島では系統的に残されているために、プラナリアから空飛ぶダンボまでを、連続的にたどることのできる「同じ形質」の多彩な適応として描かれて読者を説得するのである! まさに「手の込んだホラ話」として、SFとしか呼びようがない(苦笑) 実はこのハイアイアイ群島は戦時中に日本軍の捕虜収容所から脱走したスエーデン人によって発見されたそうだ。まさに日本の近海に存在する....のかもよ。ただし秘密の核実験に伴う事故により、ハイアイアイ群島は消滅し、鼻行類は絶滅したとされている。一部の標本が博物館に残されている、という話はあるようだ。 |
No.1321 | 6点 | 化石の荒野- 西村寿行 | 2024/11/17 14:06 |
---|---|---|---|
評者の世代といえば「西村寿行」と聞いたら、原作映画がコケにコケた作家、というイメージが強いんだ(苦笑)でこれは角川映画の神通力をもってしても、どうにもならなかった西村寿行。評者ご贔屓監督の一人である長谷部安春が監督し、渡瀬恒彦が主演で、ヒロインが浅野温子。それでもコケるものはコケる。
ワンマンアーミー風の刑事が殺人容疑の罠にハメられて、米軍謀略機関・自衛隊空挺団・与党政治家の私兵の3つ巴の争いの果てに、自身のルーツと終戦の混乱の中で隠匿された秘密が明らかになる...そんな枠組み。で、西村寿行らしく、四国鋸山、八ヶ岳、大雪山と山岳アクションが連続する。キャラとしては先天性痛覚脱失症で「痛み」が理解できない米軍のエージェント山沢と、主人公のライバル的立場の政治家の息子との対決にウェイトがある...全体の構図を一言で言えば「因縁ハードボイルド」ということになって、湿度が高すぎる。 まあそれでも、米軍謀略機関とかSFチックなニュアンスも感じる。エンタメとしてはツルツル読めて普通に面白い。 で映画は出来が残念でも有名。う~ん、役者は豪華なんだよね。グラサンの渡瀬は大門団長みたいだし(当たり前)、痛みが理解できない山沢がジョーの弟郷鍈治(ご贔屓)、でも痛覚脱失症の設定はなし。 公開後にプロデューサーにあるまじきくらいに角川春樹が作品をコキ下ろしていることもあるし。どうも全体の流れからすると、「野性の証明」みたいなのを角川春樹は狙った印象だけど、監督の長谷部はヘンにパロディックに「外した」感覚を出しているところもあって、それが忌憚に触れたのかな。全体にノリの軽さみたいなものを感じるから、原作との相性もあまりよくはなかろう。脚色もお金かかりそうなところを微妙に外しているしなあ。 まあ、西村寿行の本質に、情念によって支えられてはいるがファンタジーなコアがあり、それを映画というモノで語るリアルの世界に落とし込むと、安っぽくなるという回避不能な大問題があるのかなあ。 というわけで、しばたはつみの主題歌の熱唱っぷりが心に痛いぜ。名曲だと思う。 |
No.1320 | 6点 | 運河の追跡- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/11/16 13:26 |
---|---|---|---|
ガーヴでも「ツートップ」と併称される「メグストン計画」「ギャラウェイ事件」に挟まれて刊行されたはずなのに、なぜか邦訳されなかった作品が、論創社からやっと2014年に出版された。
不思議といえば不思議。まあ後半がイギリスの運河を舞台の追いかけっことなるので、運河や閘門・主人公たちが使う「ナローボート」と呼ばれる個人でレンタル可能なボートなどの、特殊な知識が翻訳に必要だった、というような事情で敬遠されたのかもしれない。ガーヴってそういうデテールの作家だもんね。 ただし、今改めて読むことになって、良かったのかな?と思うこともある。本作の悪役は会社経営者の夫。優秀なセールスマンだが、モラルを欠いた行動をためらわない傾向があり、妻で主人公のクレアは常々危うさを感じていた。社員に対するあまりの仕打ちに憤慨したクレアは、一歳の娘を連れて別居するが、縒りを戻したい夫はなんと娘を誘拐して取引条件にしようとする... もう典型的なモラハラ夫というか、ガチのサイコパスなんだよね。確かに優秀なセールスマンで...とかリアリティがありまくる。そして離婚調停のコジレから娘を誘拐とか、離婚後共同親権問題が今話題になっている状況とか考えると、70年ほど前の外国の話でも、妙なリアリティが今になって出てきたようにも感じる(苦笑) でこの夫は別件もあり逮捕されるのだが、娘の行方だけはガンとして口を割らない。サイコパスらしい意地の張りっぷり。で、クレアと付き合いのあるカメラマンが娘の行方を追って、運河地方を借りたナローボートで駆け回る話。 まあ「ボートの三人男」とか有名なユーモア小説もあるし、ガーヴでも「カックー線事件」がやっぱりボートの探索行の話、またセイヤーズも「学寮祭の夜」でもボートの大きなエピソードがあるし、クリスピンの「消えた玩具屋」もボート遊びが追っかけのテーマになっている。意外にイギリス・ミステリではポピュラーな話題のようにも思うが、どうやら本作の運河地方は、イングランドとウェールズの境界の北部あたりらしい。おそらく「カックー線」「殺人者の湿地」といった話はイングランド南東部の話で方向違いのようだ。イギリスのボート文化は地方色がいろいろあるんだなあ。 まあ、遊びじゃなくて「川上生活者」ともなると少ないのかもしれない。 逆にシムノンにも初期が特に「川上生活者」の話が多い印象があるね。放浪者気質のアウトローに憧れる気持ちがテーマかもしれない。 でも読者は土地勘があるはずもないから、地図とかサービスしてほしかったな(苦笑) |
No.1319 | 5点 | Dの複合- 松本清張 | 2024/11/15 23:27 |
---|---|---|---|
中学生の頃に入院したことがあって、その時に誰だかが入院お見舞に持ってきてた本。清張にしてはバリバリの駄作なのが、何か懐かしい。
民俗学ばかりで書いたのでは現代性がない。少なくとも殺人事件がはいれば、現代の古代とのつなぎになるというのだった。いくら旅好きな読者でも、古臭い話ばかり聞かせられていれば縁遠くなる。やはりこういう紀行にも、ナマな事件が挿入されないと読者の共感を呼ばないというのだった。 と主人公の作家先生、伊瀬は旅行編集者の浜中に引きずり回されて、浦島伝説・羽衣伝説、そして一年前に死体を埋めたという投書から始まる殺人事件も含む「殺人紀行」に付き合わされるという話。清張といえば邪馬台国論争の一方の旗頭を務めるくらいに古代の伝説・考証・神事など大好きだし、「点と線」だって交通公社の宣伝誌「旅」連載だし...と、「本格古代ロマン旅情ミステリ」とでもいうべき作品のわけである。いやちょっとメタ入ってる? というわけで「ちょっとメタ入ってる」あたりが、一番シラケるあたりかもしれない。作為がありすぎて、引き回されるのが最後の方は鼻につき始めるし、実はかなり狭い人間関係の中で企みが張り巡らされることもあって、ロマンのスケールとミステリのスケールが釣り合っていない。 まあでもサヴァン症候群ともいわれる数字狂の女性は、「点と線」に登場する「影の犯人」を連想させる。本作だとずいぶん薄幸という印象になるけどもね。 |