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[ サスペンス ]
わたしの愛した悪女
パトリック・クェンティン 出版月: 1962年01月 平均: 7.75点 書評数: 4件

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早川書房
1962年01月

早川書房
1981年01月

No.4 10点 shimizu31 2020/02/29 15:29
濃密な心理サスペンスが融合した本格推理の最高傑作の一つ

二十代から三十代にかけて3回は読んでいるがいずれも本格推理の最高峰の一つという高い評価だった。内容的にはかなり記憶していたので今回は登場人物の心理描写や行間から伝わる作者の思い等、細かい点に注意しながら読んだみた。結果はやはり推理という点では「二人の妻をもつ男」や「愚かものの失楽園」を上回る出来栄えで本格物の最高傑作の一つではなかろうか。

誠実だが内向的で優柔不断な青年社長アンドリュー・ジョーダンは「白バラのように」美しい妻モリーンの浮気疑惑に悩んでいた。原題である"THE GREEN-EYED MONSTER"とは嫉妬の感情を意味するとのことだが作中でもアンドリューが自分をオセロに例える場面(p29)がある。また、それはエメラルド色の目を持つモリーン自身も表わすという二重の意味になっている。

序盤でモリーンは何者かによって銃殺されてしまうがアンドリューは愛する妻を殺害した真犯人を追う中で妻を含め家族の真の姿を次々と知らされることになる。二転三転する犯人像とともにモリーンの自分に対する愛が本物だったのかあるいは裏切られていたのかという最も肝心な疑惑も二転三転していく。関係者との緊迫感あふれる会話劇の中でいつのまにかアンドリューの手元に些細な手掛かりが集まってくる。それが終盤で真相へと導いていくという展開は手に汗をにぎるサスペンスに満ちておりクェンティンならではのものがある。特に最終の第19~21章は劇的なクライマックスとなっており関係者が次々と集まってくる中で追い詰められたアンドリューが焦燥と苦悩の中で自問自答を繰返し二転三転しながら鮮やかに事件を解決する。

登場人物も個性的な面々がそろっている。主人公アンドリューは父の小さな板紙会社を継いだ仕事一筋の真面目人間。活発でパーティ好きのモリーンはアンドリューの前では貞淑な妻を演じているが陰では何をしているかわからない。アンドリューの弟ネッドは有閑階級の家を転々としている渡り者でにっちもさっちもいかなくなると兄に泣き込んで来るといった困り者。アンドリューの母ノーマ・プライドは四度も結婚して大金持ちになった貴婦人で新聞のゴシップ欄に出るほどの有名人。アンドリューの義父でノーマの現在の夫レム・プライドは俳優で堂々たる体躯の軍人タイプの美男子だがアンドリューの前ではいつもうしろめたい顔つきをする。モリーンの従妹で資産家サッチャー家の令嬢ローズマリーは最近ヨーロッパ(ローザンヌ)の花嫁学校を卒業したばかりだが度の強い眼鏡をかけており気の毒なほど不器量。ローズマリーの母でモリーンの叔母マーガレット・サッチャーはおしとやかでキリスト教徒的な慈悲心を持ちブリッジを趣味とする。マーガレットの夫ジム・サッチャーは莫大な資力を持つ上品な銀行家で工業設計にたずさわる。ローズマリーはマーガレットの連れ子でサッチャー氏にとっては義理の娘になる。アル中の元女優でモリーンを自分の無二の親友と称するルナ・ラ・マルシュ。モリーンの男友達でニヒルな皮肉屋ビル・スタントン。事件を担当するムニー警部は典型的な警官で大きな顔に小さな青々とした目が用心深く光る。

人物描写はいつもながら見事である。アンドリューと男性陣との会話では不甲斐ない男たちの生き様が生々しい迫力をもって描かれていく。女性陣も十分に現実感がありアンドリューを巡ってモリーン、ノーマ、ローズマリー、マーガレット、ルナの5人が登場するがいずれも男性から見た女性の理想像のある一面を体現しているようにも見える。それは行間から感じられる作者の想いとして各人への敬愛の念といったものが暗示されているような気がする。そういう意味では本作は大人の童話といった雰囲気もある。ムニー警部もアンドリューの目線では頭の固い俗物のように描かれているが作者の目線からは人間を審判する神のような超然としたイメージが感じられる。特に尋問の最後にアンドリューに手を差し出すシーン(p67)や第19章で深夜にも関わらず電話に即座に出るシーン(p197)は人間を傍らで常に見守っている良心といったものを象徴しているといったら読み過ぎであろうか。

本作では所々にアンドリューの子供の頃からの母ノーマへの劣等感を克服できない心情が絶妙に描かれている。また他の人物と比べて如何にアンドリューが世間知らずの甘い性格であるかが強調されていく。第15章はネッド、ローズマリーとの会話の中でサッチャー夫人から電話がかかりムニー警部が明日アンドリューを逮捕する予定であることが告げられる。なすすべを失ったアンドリューは一人でわびしく自宅へ帰るわけであるがこの場面映画の一シーンを見るかのように各人各様の心情が鮮やかに浮かび上がっており感銘を受けた。特にセリフは少ないながらもアンドリューの絶望感の表現が見事である。

その不甲斐ないアンドリューが最終章で面目躍如の働きを見せるわけであるが、特に「警視庁の殺人課の者ですが・・」(p216)と言って電話をかけるシーンは拍手喝采であろう。アンドリューの最後のセリフはアンドリューの再出発を思わせるもので本作中の数少ない救いの一つになっているが同時に前述の作者の想いが感じられるところでもある。クェンティンの他の作品でも同様な想いが感じられるのであるが主人公の感情の記述の陰に隠されているものが多い。本作ではそれを隠さずに明示的に表わしたのではなかろうか。

本作で残念な点はモリーンは最終的に何を狙っていたのかがよく考えると矛盾している点である。モリーンの気まぐれな性格を考えると作者の意図はある程度想像はできるが、事件の経緯にも密接に関わる点であり作者の言葉として暗示する程度でもよいので示してくれれば完成度はもっと高まったと思われる。

No.3 7点 蟷螂の斧 2018/07/31 22:39
妻の浮気疑惑、その相手が弟ではないかと悩む主人公。題名「わたしの愛した悪女」からしてネタバレしています(苦笑)。題名通りに妻の過去が暴かれてゆきます。複雑な家族関係が巧く描かれていました。またフーダニットが前面に打ち出されており楽しめました。

No.2 7点 kanamori 2015/07/06 18:48
若い会社社長アンドリュー・ジョーダンは、2つの気懸りな私生活の問題を抱えていた。ひとつは美貌の妻モリーンの浮気疑惑、もうひとつは遊び人の弟・ネッドの金銭と女性問題。そんなアンドリュウーのもとに、モリーンの資産家の従妹がネッドと結婚すると宣言してきたことを契機に、ジョーダン家に悲劇が起きる--------。

良くも悪くもライトな感覚があったダルース夫妻シリーズとは違って、ウィーラーの単独作になってからは、家族内の問題から殺人事件が引き起こされるという内容の、一貫してシリアスなタッチの巻き込まれ型サスペンスになっています。
基本的には「わが子は殺人者」の焼き直しと言えなくもないのですが、被害者や主人公の立場を微妙に変えることで、ある程度マンネリ感を回避し、フーダニットの興味も持てるようになっていると思います。
また、晩年の作品に共通するのは、”悪女もの”でもあることで、本書はその典型と言えそうです。古いポケミスにも関わらず、翻訳が比較的洗練されていることもあって、最後の最後のどんでん返しまで面白く読めました。
ちなみに、原題の”The Green-eyed Monster(緑の目の怪物)”というのは、”嫉妬心”を意味する慣用句のようなもののようです。(そういえば、「思考機械」シリーズにも同じタイトルの作品がありましたね)。

No.1 7点 こう 2010/04/26 01:09
 パトリック・クェンティンお得意の家族の悲劇を扱ったサスペンスです。
 アンドリュウ・ガーヴ の某作品の様に今まで知らなかった人物像が明らかにされるストーリーですが描き方はこの作者らしくこってり描かれています。
 タイトルが露骨すぎ先入観が与えられるのが不満ですし元々の「The Green eyed monster」の方が秀逸なタイトルだと思います。ストーリーを読む限り主人公だけ知らないのはいくらなんでもおかしすぎる展開ではあります。本格的手がかりがあるわけではないのもいつも通りですがラストの部分はうまくまとめられていると思います。
 個人的にはパズルシリーズや 女郎ぐもを是非復刊してほしい作家です。


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