home

ミステリの祭典

login
シーマスターさんの登録情報
平均点:5.94点 書評数:278件

プロフィール| 書評

No.138 6点 神のふたつの貌
貫井徳郎
(2009/09/13 23:56登録)
これはトリッキーな仕掛けがあるにはあるが、ミステリではないだろう。
では何なのか・・・これは「神とは何なのか」という人類の永遠のテーマの一つに対する、(恐らくキリスト教に強い関心を抱いている)作者なりの纏りのつかない考察の過程を記した書・・・・と言っても大ハズレではないかもしれない。
しかしキリスト教に対する冒涜になりかねない内容でもある。

ストーリーは、聖職者の家に生まれついた少年が「先天的な特殊な疾患」と「ある熱心な信者の独自の対神解釈」により自らの裡に育ててしまった狂気的な救済論から生じるラプソディを核とするものだが、構成に仏教的な輪廻を大きく絡めている点は興味深い。

ラストは・・・・良識ある読者の多くは眉をひそめるものかもしれないが、自分は・・・決して主人公に感情移入したわけではないが・・・あまり悲惨なものではなく清々しささえ感じさせるエンディングでホッとしたというのが正直な感想。作者もどう落とし前をつけたらいいのかわからなかったのではないか、とも思う。


No.137 6点 女王国の城
有栖川有栖
(2009/09/08 23:57登録)
本作は、(詳細はよく憶えていないが)青春の甘酸っぱさをもロジックで粉砕した「孤島」や、トリックとロジックの双方で奏功した「双頭」に比べると相当、いや少々トポロジー係数がダボリングしている感は否めない。(自分でも何を言っているのかよく分からないが、下の何人かの方の「無駄に長い」に同意)

いやいや、トリックもロジックも前3作に優るとも劣らずといえるものなのだ(と思う)が、toukoさんがご指摘のとおり水増し水増しのダラダラ展開のため、解決編に至るまでに「これはたった2日間の出来事だったのか」と経時感覚も麻痺するほどストーリーの全体像があやふやになっちゃんだよね。自分の頭では。
そして最終章では一転、江上の推論パズルがあまりにもピタピタ嵌るので、始めにトリックロジックありきでそれにフィットするように物語を構築するという、読者にはあまり感じさせないで欲しい「作り物っぽさ」も醸し出してしまったが濃密な有栖川ワールドを堪能できたことも確か。

なんだか、大量のカルピスをよくかき混ぜないで飲んだ後のような読後感だった。


No.136 6点 死の命題
門前典之
(2009/08/30 20:20登録)
バカミスの定義はよく知らないし、人によってニュアンスの違いもあるだろうが、限りなく現実性の低い現象や偶然や叙述が利用されるにしても(メタではない)ミステリである以上、構成の整合性と最低限の論理性は必須な筈だし、それらを保ちながら不可思議性や意外性が高いバカミスほど「利口なバカミス」となるのだろう。

それはともかく本作品のバカさ加減は半端ではない。
「雪密室と凶器」の真相には怒りすら湧いてこない。
プロローグの「虫」の正体には唖然を通り越して笑うしかない。
恐らくアンフェアな記述もあるだろうし、似た感じの前例がないわけでもないが、全体の構図も大いなる「バカ」である。

個人的には本作と藤岡真の『六色金神殺人事件』を、現代国内の「一読の価値があるバカミス」の双璧と称したい(一般的には「消失」あたりが最右翼かもしれないが、構成の妙においてはこの2作に敵うべくもない)が、寂しい哉、本サイトではどちらも未だ自分以外の書き込みがない。
入手困難かもしれないがコレ系が嫌いでない方は図書館を利用するなりして是非読んで感想を聞かせていただきたい。


No.135 6点 聯愁殺
西澤保彦
(2009/08/25 22:02登録)
この人の、「七回・・」を始めとするロジックのための妙ちくりんな設定の話はあまり好みではないし、(本作に近いタイプとされる)ビールの話も退屈だったので、本書を読むにあたり期待度を低め(4m10cm位‥イシンバエワ残念)に設置して挑んだのが功を奏したのか、個人的にあまり肌に合わない西澤作品にしては、いれ込めた話だった。

だけど所々ウソっぽい状況が鼻につかなかったわけではない。
たとえば新聞の投書欄に、投稿者の住所をフルで載せるなんてことがあるだろうか?

また、なのさんが御指摘のように、「みんなで推理し合う」話なのに、あとからあとから「知らされていなかった事実」を次々出してくるのは如何なものかとも思うが、作者自身元々本作を「正統派の推理ゲーム」なんぞにするつもりは毛頭なく、この毒チョコ形式は「意外な真相」を際立たせるための手段でしかなかったのだろう。
ただ本作のメインテーマである「動機」はやはりスッキリしない。

それでもdeiさんやaoさんが仰るとおり、パズラー好きが楽しめる「語らいの一夜」にはなっています。国会答弁のような「ああ言えば、こう言う」、ロジックというよりコジッケな議論も多いけど。

味のある役者を揃えて映像化したら面白いだろーな。


No.134 7点 追憶のかけら
貫井徳郎
(2009/08/01 23:25登録)
あまり得意ではない旧字旧仮名遣いの作中作が始まるところで立ち止まり、パラパラと先のページを捲ってみて、それが300ページ近く続くことを知り心が折れそうになったが、案ずるより・・とばかりに意を決して取っ掛かると、これが悲愴な話ながら実に読みやすくて面白く、エンターテイナーとしての作者の懐の深さを改めて実感させられる次第となった。

かういふ文体で、斯くも読みゐらせるストオリイを書き綴るとは凄いぢやないか。

この人の作品は概して都合いい偶然が少なくないし、生臭いヒューマンドラマの割にはリアリティの薄弱さを感じさせるところがあったり、動機が今ひとつシックリ来なかったりすることがあるが、「読んでいて、いれ込めればそんなものはどうでもいいじゃないか」と思わせるだけの筆力を有する数少ない作家の一人だと思う。(少なくとも自分にとっては)

本作の構図は少し技巧に走りすぎたきらいはあるが、ラストは・・・・・どうにも文字が滲んでくるのを止めることができなかった。


No.133 6点 OZの迷宮
柄刀一
(2009/07/26 23:46登録)
タイトルに惹かれて何気なくアマゾン1クリしてしまったが、本文2ページ目の密室の図を見た瞬間、「この人の短編を何かのアンソロジーで読んだことがある」ことと同時に「それがやたらと理屈っぽくて退屈だった」ことを思い出してしまい、少々重い気持ちでこの短編集の幕を開けることになってしまった。

・『密室の矢』・・・「世界短編傑作集」とかに出てきそうな古臭いトリック。
・『逆密室の夕べ』・・・土日祭日が休みのスポーツクラブはないだろう・・それはともかく、この密室も焼き直しだし、ダイイングメッセージは屁理屈の鎧を幾重にも装甲していて作者以外の人間が解けるものではない。(まぁ、ミステリのDMは大抵そうだけどね)
・『獅子の城』・・・これも屁理屈満載だが、意外と意外な展開だったりする。
・『絵の中で溺れた男』・・・ミステリアスなタイトルを演出するために・・エッチラオッチラ
・『わらの密室』・・・これも屁理屈っぽさが鼻についたり、化石のようなネタが入っていたりするが、凝った構成でミスリードも巧い。ラストも予想外。
・『イエローロード』・・・事件の起承も探偵役の情報収集・推理もムリムリだが、彼が犯人に迫る方法、過程は面白い。
・『ケンタウロスの殺人』・・・ヘリクツ星人とムリムリ仮面のコラボ以外の何物でもない。
・『美羽の足跡』・・・ミステリとしては無茶苦茶だが、○○○(これは「あとがき」で明かされる)のエピローグのつもりらしいから読み流せばいいだろう。(しかし終わりの方の女児の話のような類にはマジで弱い)

本作の探偵役は実にユニークで、読み始めに予感したほど楽しめなかったわけではなく、作者が曲者であることもよく分かったが、全体的に文章が素人臭くて何ともギクシャクぎこちない。情景描写も独り善がりの感が強く、多くの読者にとってはハンプにしかなっていないと思う。少なくともこの人の長編を読む気にはなれんな、自分は。


No.132 6点 天使のナイフ
薬丸岳
(2009/07/10 23:57登録)
(ネタバレあり)

ryoさんが言及されているようにテイストは「13階段」に似ていると感じたが、全体的な感想はりんちゃみ先輩さんとほぼ同様。

少年法というものが社会的にどのような存在で、被害者遺族・加害者とその家族・関係者達の人生に何をもたらし、どう影響するのかを様々な角度から生々しく映し出し、底深く問題提起するという点においては「さまよう刃」や「殺人症候群」以上の小説といえる。

ただ「普通の人」である主人公夫婦、二人各々の悲運度はちょっと現実離れの感が強いよなー
夫は、何百人に一人の人間が一生に一度遭遇するかしないかという悲劇に(全く別個に)二度見舞われて両親と妻を失った。
殺された妻も生前(夫とは別に、やはり別個の)二つの殺人事件に関わってしまっていた。
まぁ、「夫の両親の件」以外は本作の「種」だから「これを否定したらこの話はない」ことになるが、主人公である夫は更に三つの殺人(および未遂?)に巻き込まれることになる・・・・・・・・これが本作の「展開」なんだけどね。

ミステリとしても・・・
いろいろ繋がりすぎ。
「おぉ、そう繋がっていたのかぁ!」と感嘆する類のものではなく、話を纏めるための御都合感が否めないタイプのもの。

しかし何だかんだ言っても、ストーリーの牽引力は流石・・・読み物として「かなりのもの」と評価せざるを得ないだろう。

余談に近いが、始めの方での「貫井哲郎」の嫌悪感溢れる人物像に驚き、描写が進むにつれ辟易さえした。が・・・・・・・・


No.131 7点 歳時記(ダイアリイ)
依井貴裕
(2009/07/04 23:48登録)
(ネタバレの気配あるやも)

作中作形式を採っているが、話の筋は一見平易だし難しい言葉が多用されているわけでもない。
しかし、何となく胡散臭いストーリーテリング、マイペースで少しそらっとぼけた語り口、所々「何を言ってんの?」と首を捻らされる変な記述、誰が喋っているのか分かりづらい会話(警部が部下にも敬語を使ったりするため尚更)、更には内容とはいささかズレた情緒風味の章題・・・・・・・・「下手な都筑道夫」かと思いながら読ませられる。

ところが全ては「騙し」のためのテクニックだったんだねー

(自分のような)流し読みタイプが見破るのは容易ではないが、挑戦意欲の高い読者が舐めるように読めば、伏線がバラ撒かれている本作のトリックの看破は難しくないだろう。

だけど・・・・これは本作の少し前?に刊行された、ある有名作家の作品のパクリと言われても止むを得ないのではないか?(その辺の評価がどうなっているのかは知らないが)
でも、笑えたから良し。


No.130 6点 極限推理コロシアム
矢野龍王
(2009/06/26 22:25登録)
こういう、リアリティをシャットアウトしたソリッドなクローズドサークルは割と好きなので、それなりに楽しめました。
ただ、この手の作品に期待するゾクゾクドキドキを殆ど感じることができなかったのは残念でした。

また「真相」には文句ないしミステリ的には高評価に値するとも思うが、そこに至る「推理」たるや、マンハッタンや上海などの超摩天楼街の路地のドブ穴にホールインワンした稲妻の如き不自然極まりない天啓よろしい「ひらめき」以外の何物でもないところはチトきつい。

そして、出場選手も・・・
普通っぽい主人公、主人公とのロマンスがお約束の可憐な女性、圧倒的なガタイ男、知性派、エゴ派、オタクにオバサン・・・
既視感タップリですね。

解説の貴志さん、「しぶしぶ褒めている」のが行間に滲み出てます。


No.129 6点 七人の中にいる
今邑彩
(2009/06/20 23:27登録)
今邑氏らしい纏まりのいいサスペンスフル・ミステリー。

自分は彼女をソツがないとは思わないが、本作は彼女の「ミスがない」(そりゃー細かい事を言えばキリがないが)標準作のように感じた。
文庫で500ページ近い作品だが、中だるみを覚えることもなく読んでいる間ずっと楽しめた、といってもいいエンターテインメント性の高さも感じた。
ただし、ミステリとしての切れ味を出すためには、もう少し短い方がよかったかもしれない。
少しミステリを読み慣れた人なら終盤以前に「この流れなら犯人はコイツしかあり得ない」と読めてしまうだろう。(この辺の器用貧乏さが、この人が今一つメジャーに成りきれない所以の一つではないかと思ったりもする。ていうかまだ作家やってるのかな?)

本作品は2時間、いや3時間ぐらいのドラマや映画に化しても、原作に忠実に作れば退屈とは無縁の目が離せない作品になりそう。(ミトコンドリアが逆立ちするほど安易なラストだけは少し手入れして頂いて)


No.128 6点 ガラスの麒麟
加納朋子
(2009/06/15 23:56登録)
読みやすくて面白い連作短編集ではある。
(神野先生の神がかり的な推理力、というより直感力は前提として認めるとして)ミステリ要素もそこそこのレベル。

殺人があるから「日常の謎」系ではないが、テイストは「空飛ぶ馬」と似ている。しかしこちらは正真正銘女性作家の手による女子高生や女性教師達が中心の物語であるから彼女達の描写にはより現実味が備わっている・・・・・んだろうね。

各短編が有機的に繋がり、全体として一貫性の高い仕上がりになっている点が本作の大きな特長と言えるが、何人かの方がご指摘のとおり最終話での纏め方は無理やりな感が否めないし、被害者、犯人、神野先生(何で急にまた弱くなっちゃったの?)の心情・行動も自分には理解不能。


No.127 5点 他殺岬
笹沢左保
(2009/06/08 23:44登録)
構成は割りとよくできていると思うが、偶然の貢献が多大な展開には引かされる。
また30年以上前の作品だから文体の古臭さは止むを得ないにしても、読み進むにつれ「これは2時間ドラマ向けのサスペンス以外の何物でもない」と感じてしまうのは恐らく自分だけではないのではないかと思う。
タイムリミットのある誘拐、痴情と怨恨、利権と画策、旅情、海に臨む断崖絶壁・・・
ご丁寧にたくさんのパトカーが岬に集結するラストシーンでは、脳内に「ハナミズキ」が流れてしまった。

〈痛かった一句〉・・・感傷は行動しない人間のためにある。


No.126 6点 六月六日生まれの天使
愛川晶
(2009/06/03 20:30登録)
素材は島荘の「異邦の騎士」と映画「メメント」を抱き合わせたような話だが、作者名を伏せて読んだら折原一が書いたとしか思えないんじゃないかなー
いかにも・・・の語り口、全体に何となくバカっぽい人物造形、露骨な性描写、そして何より捻くりまわし方がまるで「一」流。

二つの記憶障害が絡み合うためめめんとよりややややこしい展開ではあるが、途中で概ね「騙しの構図」は見えてしまう、ていうか結構露骨なヒントが多かったりする。 まあ、まあまあ。


No.125 7点 乱反射
貫井徳郎
(2009/05/27 23:05登録)
粗筋だけを追うと強引で御都合な展開だし、細部のリアリティ面での粗雑さも目立つ・・・が、そんなことは些細なものに感じさせる貫井氏らしい人間臭濃厚なストーリーテリングと圧倒的なリーダビリティで一気に読まされる作品だった。

本作はある幼児の死亡事故を巡る物語だが、様々な形で死亡の原因の一端を担ってしまった多くの「関係者」は皆「善良な一般市民」であり、事故後司直に委ねられた唯一の人物を除いた彼らの「行い」は、褒められたものではないが到底「死の責任」を問えるものでもなく、常識に悖るとは言えそれぞれの「行い」に至るまでのそれぞれの生活背景や人生の描写は、それが愚かしくも悲しいどこまでも普通な人間達の行為以外の何物でもないことを実感させる。

また、この幼児の死は一見数々の偶然が天文学的に低い確率で重なって生じた悪魔的に不運な現象のようにも映るが、現実の日常的な事故や事件も掘り下げれば無限の場合分けと無数の組み合わせの交点として発生しているのだろうし、結局、世の中の全ての事象は過去のあらゆる因子の乱反射が結ぶ必然の像であり、その運命から逃れることはできないのだろう。

本作品の主旨が、日本人のモラル低下を嘆き「悔い改めよ」と啓発することにあるのかは分からない・・・・・・・・が、ラストは涙なしに読むことはできなかった。


No.124 6点 六色金神殺人事件
藤岡真
(2009/05/22 23:12登録)
これは壮大なバカミスか?・・・・あるいは本格か。
確かに単なるバカではなく、ミステリとしての仕掛けや伏線、それなりのロジックもあるから、まぁ「バカな本格」というところだろう。(てか作者がそれを意図したのは一読瞭然だけどね)
いずれにせよ本作を読みながら「推理してやろう」なんて気になれるのは、よほど伝奇やら古文書なんぞに興味が深い方だけだろう。いや、そうした人にとっては大傑作かもしれない。

またバカも一筋縄ではないが、どうせならもっとひっくり返してくれてもよかったのに。
本作の返し方は、割と古典的だったりするからね。
そして最後の大バカは、もはやミステリでも何でもない単なるメガギガ級のウルトラバカでしかない。

しかし読了してみると何がバカといって、こんな本を入手するのに2800円も費やした自分が一番バカに思えてくるのが悲しい・・・・・・・・・・・・・・わっ、今アマゾン見たら650円まで下がってる!地区商!句祖!亜穂!佐藤!鈴木!田中!


No.123 6点 トスカの接吻
深水黎一郎
(2009/05/13 22:25登録)
前作に続いて読んで、よーく分かった・・・この人はミステリを書きたいのではない、一般大衆を相手に独自の芸術論を披露したいがためにミステリを利用しているのだと。(もちろんココは(笑)をつけるところだよ)

ミステリとしては・・・トリックは決して低レベルなものではないが、前作以上に強引、御都合、後付け展開でとてもカタルシスを得られるものではない。また(前作でも感じたが)解かりにくいところは「図解」があってくれてもよかったのに・・・それとも意地でも文字だけで作品を完結させたいという信念でもあるのかな。

さて、この人はまだミステリを書き続けるのだろうか。それより例の演出を御自分でなさる方が・・・・・・・・そう簡単にはいかんか。


No.122 6点 エコール・ド・パリ殺人事件
深水黎一郎
(2009/05/05 21:16登録)
ミステリとしては・・・・・どうなんだろう。
(コンビニエントな点はともかく、「そんな人間」が突然変異の如くそんな風にするか?という点は全く納得できない。また〇〇〇〇。〇だから△△できないとか言いながら、それ以前に遥かに・・・なことをしているではないか)

美術館は割と好きだったりするが、絵に関する知識はほぼ皆無で当然美術書なんぞ1ページも読んだことはない・・・・が、本作の美術論(各章の冒頭)を読み本当にエコール・ド・パリの絵画を見てみたくなったことには自分でも少し驚いた。
この人、ストーリーの中での寄り道のしかたなどからも「高い評価を得る作品を書きたい」とか「読者を驚かせるミステリを書いてやろう」なんていう俗欲は微塵も頭になく、まさにエコールの画家たちのように「書きたいものを書きたいように書く」と純粋に自己表現の手段として文筆しているように感じられるのは、作者が専業作家ではないという予備知識がもたらす先入観によるところも多少はあるかとは思うが、一見「受け狙い」に見える前作すらも実は内面発現願望と湧き出でる発想の結集だった・・・とのたもうてもさほど主観的な見解ではないのではないだろうか。
また趣味っぽい話や専門的な薀蓄を好き勝手に書き混ぜながらも、目線は常に「現代の一般大衆」のそれに合わせてあるところなどからは、決してインテリが片手間に興趣半分で筆を執っているわけでもないことは十二分に窺われる・・・と言ってもよかんべな
まぁ、何はともあれチョビっと教養が広がった気にさせてくれただけでも作者に感謝ですね。


No.121 6点 ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!
深水黎一郎
(2009/04/24 20:47登録)
なーるほどね・・・

あっと驚くという代物ではないし、コレで読者を【犯人】にするのも当然無理な話だが、可能な筈もないのに古くから提唱されているこのテーマに果敢に挑み、具体的な形を呈示してみせたことは、それだけで十分評価するに値するだろう。

それにアレは特殊な能力なんかにせずに、極度の〇〇〇ということだけにすれば「本当にあり得る話」になると思うんだけどな。
つまり「貼り出し事件」のように「△△れている時間に・・・する不思議な現象」ではなく「今(あるいは今日)△△れていると思うと・・・」だけでいいんじゃないか、ということですよ。

「博士の専門的な話」(読み流していいでしょう)以外は全体に読みやすい文章で、描写スタイルなども含めて個人的には好感がもてる作品。(ただ本当に、アンフェアな記述はなかったかな?)


No.120 6点 『ギロチン城』殺人事件
北山猛邦
(2009/04/19 20:34登録)
現実味皆無の城と浮世離れした住人たち、唯我独尊の探偵とワトソン的なその相方、スポンスポンと人の首が刎ねられズブズブと刺し殺されていく展開・・・・
そう、teddhiriさんが仰るとおり「翼ある闇」を彷彿させるテイストで話は進む。(それは別としても、この人なんとなく「麻耶寄り」だよね)

だけどメイントリックはちょっと苦手だなー。こういう「仕掛け」は今時流行らないんじゃないのかね。
無⇔有を可能たらしめる、その「使い方」は面白いけどね。

フーダニットに関しては・・・ミステリとしてはいささかカタルシスに欠けるが、その特異性は単なる「驚き」のみならず哲学的な様相すら帯びてくる。登場人物の多くが記号化された設定などからも、本作を読むとこの作者は単なる物理トリックオタクではなく「人の存在」に関する独自の意味論を内包している気がしないでもない。 


No.119 6点 ネクロポリス
恩田陸
(2009/04/08 22:30登録)
年一度の「ヒガン」に死者と生者が訪れ様々にコンタクトするアイランドが舞台となるファンタスティック・ミステリ。

取りとめもない変事が思いつきのように無秩序に起きながらダラダラ進む冗長な話とも感じられるが、自分は本作の「雰囲気」に浸れたので読んでいる間は楽しめた。

薄い雲に覆われた静かな白い昼、そして灯火と酒と語らいの夜・・・・
少しゴシック調のボサノヴァが脳内に流れ続けているような読中感とでも言おうか・・・・
(まあ雰囲気に浸れるどうかは個人の感性だからね・・・自分が京極作品に浸れないのと同様に説明できるものではないよね)

惨い殺人や人間消失や壮絶な霊現象など、かなりおぞましかったり恐ろしかったりする事象も多いが、自分は何となくディズニーのアトラクションを回遊するのと近い感覚でストーリーを味わえた・・・・ホーンテッドマンション、ピーターパン、スノーホワイト等々・・・・
後出しジャンケンのように次々出てくる珍妙な行事は御伽噺の世界だし、来訪者達が三々五々ヒルトップでの集会に向かう情景などもメルヘンチックな印象だし、彼らの抗議デモなんぞも壮観なスペクタクルとなり遊興と化すものになっていく・・・

「真相」は正直どうでもよくなってくるが、映画じみた華賑なエンディングは、これだけ訳の分からないことが盛りだくさんの物語を通ってきた後だと気持ちいい。その直後(エンディングの直後というのもおかしな話だが)の、広大な星空の下に静かに座している「本作のキーパーソン」に、主人公が自分の考えを語りかける件(くだり)も清々しい。
そこで終わり、あるいは(実際付けてしまっている)エピローグでは現実的な情景に回帰してフェイドアウトという形にすればいいものを、妙なシーンを付け加えることによって折角のいい感じを無意味に損ねていると思う。何でこんなことすんのかね、恩田先生は。

何はともあれこういう小説は、エーゲ海に浮かぶ、統一色のレンガの建物が丘の斜面を埋め尽くす島のバルコニーのリクライニングチェアで、ワインクーラーに入れたシャルドネのボトルとグラスをサイドテーブルに置いて、少し不思議な色の空と海を臨みながら時を忘れて気の向くままに読み耽りたいものである・・・・・・・なんてね。

278中の書評を表示しています 141 - 160