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ミステリの祭典

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Tetchyさんの登録情報
平均点:6.73点 書評数:1604件

プロフィール| 書評

No.724 6点 ミステリーが好き
アンソロジー(国内編集者)
(2010/03/25 21:59登録)
今もあるのか知らないが、宮部みゆきや小杉健治ら同年代の作家達が集まった雨の会のメンバーが短編を寄せたアンソロジー。
クオリティ的には中くらい。
「異説『羅生門』」が個人的にはよかった。


No.723 7点 競作 五十円玉二十枚の謎
アンソロジー(出版社編)
(2010/03/24 21:35登録)
若竹七海氏が書店バイト時代に遭遇した実際にあった不思議な事件(?)を当時新進気鋭の新本格ミステリ作家たちがこぞって真相を推理して短編に仕上げちゃうという、アイデア満点のアンソロジー。
ちなみに倉知淳氏のデビュー作も載ってます。
結局謎は藪の中という結果は残念ながらも、個人的には有栖川氏の短編が面白かった。
法月氏の作品は悪乗りしすぎだね。あの作品に挙げられた作品名と作者の元ネタがどれだけ解るかで、その人の本格ミステリ度が解る!?


No.722 7点 雨の殺人者
レイモンド・チャンドラー
(2010/03/23 21:24登録)
収録作は表題作、「カーテン」、「ヌーン街で拾ったもの」、「青銅の扉」、「女で試せ」の短編5編。

本作では『大いなる眠り』と『さらば愛しき女よ』というチャンドラーの2大傑作の原型となった作品が読める。長編と読み比べてどう変わったのか確認してみるのもまた面白いだろう。
従ってベストは「女を試せ」。次点は変り種「青銅の扉」か。

この東京創元社が編んだ短編集には抜けている作品もあり、これらを全て補完したのが後年早川書房から出た文庫版短編集である。ただあちらはこちらと区別するためか題名が原題のカタカナ表記であり、なんとも味気ない感じがする。チャンドラーの持つ叙情性は日本語の美しさと通じるものがあると私は思っているのだが、それが見事に損なわれている。
表紙も含め、チャンドラーのイメージに合うのはこちらの短編集なのだがチャンドラーの作品を網羅しようと思うと物足りない。チャンドラリアンにとって日本の出版事情とはなんとも具合の悪いことだろうか。


No.721 10点 待っている
レイモンド・チャンドラー
(2010/03/22 21:01登録)
収録作は「ベイ・シティ・ブルース」、「真珠は困りもの」、「犬が大好きだった男」、「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」、表題作の短編5編。
実にヴァラエティに富んでおり、収録作には外れがない。通常のプライヴェート・アイ物もそれぞれの探偵に特色があり、面白い(特に「真珠は困りもの」のウォルター・ゲイジが秀逸)。チャンドラーらしくない「ビンゴ教授~」もアクセントになっていて、全4冊の短編集の中でこれがベスト。チャンドラーも意外と手札を持っているのが解る作品集だ。


No.720 9点 事件屋稼業
レイモンド・チャンドラー
(2010/03/21 23:12登録)
収録作は「事件屋稼業」、「ネヴァダ・ガス」、「指さす男」、「黄色いキング」の短編4編にエッセイ「簡単な殺人法」。ベストは「ネヴァダ・ガス」、「簡単な殺人法」。

「ネヴァダ・ガス」は他の短編に比べ、いきなり毒ガス車で人が処刑されるシーンという読者を惹きつける場面から幕が開けるのがまず印象深い。この導入部はハリウッド・ムービーを想起させる。この時既にチャンドラーはハリウッドの脚本家として働いていたのだろう。

歴史に残る名エッセイは何かと問われれば私はこの「簡単な殺人法」を挙げる。これはチャンドラーが探偵小説に関する自らの考察を述べた一種の評論。論中で古典的名作を評されているA・A・ミルンの『赤い館の秘密』、ベントリーの『トレント最後の事件』、その他作家名のみ挙げた諸作についてリアリティに欠けるという痛烈な批判をかましている。
その前段に書かれている「厳しい言葉をならべるが、ぎくりとしないでほしい。たかが言葉なのだから。」という一文はあまりにも有名。
本論では探偵(推理)小説とよく比較される純文学・普通小説を本格小説と表現している。そしてこの時代においては探偵小説は出版社としてはあまり売れない商品だと述べられており、ミステリの諸作がベストセラーランキングに上がる昨今の状況を鑑みると隔世の感がある。

本書はこの「簡単な殺人法」を読むだけでも一読の価値がある。世のハードボイルド作家はこのエッセイを読み、気持ちを奮い立たせたに違いない。卑しい街を行く騎士など男の女々しいロマンシズムが生んだ虚像だと云い捨てる作家もいるが、こんな現代だからこそ、こういう男が必要なのだ。LAに失望し、LAに希望を見出そうとした作家チャンドラーの慟哭と断固たる決意をこのエッセイと収録作を読んで感じて欲しい。


No.719 7点 遠い約束
光原百合
(2010/03/20 22:58登録)
主人公吉野桜子は作者が光文社の『本格推理』シリーズに投稿していた時のペンネームである。
従ってこの吉野桜子作者自身を投影した人物であるのは想像に難くない。従ってその文章からは自身がようやく憧れのミステリ作家になれた歓びが満ち溢れているのだが、いささかはしゃぎすぎて苦笑を禁じえないのも確か。

ミステリとしての難度はかなり低いが、ミステリへの愛情はひしひしと感じられた。最後の大叔父の手紙には、胸を打たれた(こういうのにホント弱い)。

ミステリ好きな高校生が読むと堪らんのだろうな。


No.718 7点 赤い風
レイモンド・チャンドラー
(2010/03/19 22:54登録)
収録作は「脅迫者は撃たない」、「赤い風」、「金魚」、「山には犯罪なし」の4編が収められている。ベストは「金魚」、次点で「赤い風」となる。

正直、1作目の「脅迫者は撃たない」は十分に理解できていないほどの複雑さ、というよりもチャンドラー自身も流れに任せて書いているようで、プロット的には破綻しているように思われた。

「赤い風」もプロットは複雑な様相で物語が流れる。物語の終盤、マーロウの口から語られる事件の顛末は実にシンプルな物であることが解り、チャンドラーのストーリーテリングの妙味がはっきりとわかる。

「金魚」はこれぞハードボイルドだといわんばかりの作品。大人しい題名に舐めてかかると、かなりショックを与えられるハードな好編だ。

「山には犯罪なし」はもう典型的なチャンドラー・ハードボイルド・ストーリー。最後の結末はなんなのだろうか?ちょっと理解できない。

しかし短編でこれだけこねくり回したプロットを使うとは思わなかった。ただ中には果たして最初からこんな複雑な構想だったのかと疑問を感じるものがあるが。


No.717 8点 ワイルドファイア
ネルソン・デミル
(2010/03/18 21:39登録)
正に狂信者達の戦争とも云うべき皮膚泡立つ恐ろしい物語だ。

本作のタイトルとなっている「ワイルドファイア」とはレーガン政権時代に考案された対テロ報復作戦である。「全てを焼き尽くす燎原の火」という名のこの作戦はアメリカがテロを受けた際、自動的に核ミサイルが発動してイスラム諸国の主要都市―油田及び主要港湾都市を除いた―を襲撃するという物だ。そして本作で掲げられている<プロジェクト・グリーン>とは9・11同時多発テロを受け、アメリカが次のテロを受ける前に自身の手で核を自国のどこかで爆発させ、大義名分を得た上でイスラム諸国を襲撃するという、権力者達の狂った作戦なのだ。

さて作者は冒頭のはしがきでこの「ワイルドファイア」は作者の創造による作戦である事を述べているが、同時に類似の作戦は作られるべきだとも述べている。このコメントにはかなり幻滅した。結局デミルもアメリカ至上主義者の1人に過ぎないと解ったからだ。

今までのコーリーシリーズでは結末の付け方に消化不良感が残ったが、今回はカタルシスがきちんと得られた。それだけでもよしとするか。


No.716 6点 一年でいちばん暗い夕暮れに
ディーン・クーンツ
(2010/03/17 18:44登録)
クーンツの犬好きは非常に有名だが、とうとう犬をテーマに小説を著したのが本書。何しろ主人公はエイミー・レッドウィングといい、<ゴールデン・ハート>というドッグ・レスキューを経営しているのだ。このドッグ・レスキューとは、その名のとおり、ペット虐待が日常化している家庭などで育てられている犬を買い取ったり、繁殖犬として劣悪な環境で育てられ、生殖機能を酷使され、人間の愛情すら受け付けられなくなった犬を保護したりする職業だ。このような仕事が実在するのか、はたまた犬好きのクーンツの生み出した願望の産物なのか、寡聞にして知らないが。

ペット虐待と幼児虐待をテーマの主軸として、今回も狂える大人が敵として現れるのだが、徐々に盛り上げていった割にはその対決は呆気ない。
あと謎めいた存在を醸し出すゴールデン・レトリーバーのニッキーの謎が最後まで明かされないのも消化不足気味。


No.715 7点 ナイトフォール
ネルソン・デミル
(2010/03/15 21:33登録)
題名の意味は『黄昏』。物語の結末にあの事件を持ってきたこの作品にはそれがよく似合う。

1996年に起きたTWA800便の旅客機が墜落した事故の一部始終を収めたと云われるビデオテープの在り処とそれを撮った不倫カップルを捜し当てるのがメイン・テーマとなっているが、ジョンがカップルの片割れ、ジル・ウィンズロウに辿りつくのは下巻の中盤で、それ以降は派手派手しい争奪戦というより、宿敵ナッシュとの諜報戦となり、「動」よりも「静」の闘いといった展開で期待外れだった。

物語はこの後の展開を予告するような形で終わるため、非常に興味深い。どうも今作はその次回作のための長大なプロローグのような気がしてならない。でないと、あまりに単調すぎる。
次回作こそ、ベトナム戦争に区切りをつけたデミルが21世紀にして新たに出会った驚異に立ち向かう渾身の作品になるに違いない。


No.714 7点 ニューヨーク大聖堂
ネルソン・デミル
(2010/03/14 12:17登録)
ページ数の割には物語が雑だったという印象が残る。
実際、ニューヨーク大聖堂籠城事件をテーマとして扱った本書は上下巻合わせて約1,070ページもあり、下巻の350ページ目でようやく銃撃戦の幕が開くのだ。それまでは発端と犯人とネゴシエイター及びバークとの頭脳線を中心として物語が流れるのだ。これはアクション巨編としては読者にストイックさを要求する構成で、確かに途中、人質となったモーリーンとバクスターの数度の脱出劇が挟まれるものの、物語の持続性を保つのにはいささかエネルギーが欠けている。そういった意味でもエンターテインメント作家デミルとしての青さが目立つ。

そんな忍耐の読書の末に迎えるラストもただ何となく色々なことがうやむやにされた終わり方が非常に座り心地が悪い気持ちにさせられた。


No.713 9点 アップ・カントリー 兵士の帰還
ネルソン・デミル
(2010/03/13 19:56登録)
ポール・ブレナー心の旅路、この小説を一言で称するならばこれに尽きるだろう。帯に書かれている『将軍の娘』続編という謳い文句は全く正しくない。今回現れるポール・ブレナーは『将軍の娘』で登場した彼は別人のように精彩を欠く。作者自身がポールの人と為りを忘れているかのようだ。

ヴェトナムに訪れ、手紙の主を見つけ出し、真相を暴く、これだけの話に1550ページが費やされる。物語の骨子はこの事件だが、実は内容としてはヴェトナム戦争時代の兵士の回想、それもアメリカ側とヴェトナム側双方の苦い思い出がメインなのだ。
『誓約』でヴェトナム戦争の過ちを大胆に描いたデミルはこの作品を以ってヴェトナム戦争に対して総決算をつけたのだ。だからミステリというよりも冒頭で述べたような回想録というのがこの小説を評するに当たり最適だろう。もちろん冒頭のブレナーをそのままデミルに置き換えれるのは云わずもがなだ。

結末は濁されたままで終わり、またブレナー自身の去就も詳らかにされないままヴェトナムを発つ辺りで物語は閉じられる。恐らくブレナーは二度とデミル作品には登場しないだろう。登場すればアメリカがどのような正義を行ったかが判るが恐らくはそこまでは作者は書くまいと思う。それが作者の、アメリカの良心だからだ。

旅は目的そのものよりも過程が大事、最後にデミルはブレナーの口からそう述べさせる。まさにこの小説の内容そのものを云い表している。


No.712 9点 王者のゲーム
ネルソン・デミル
(2010/03/12 23:15登録)
ページを繰る手が止まらないとは正にこのこと。デミルの面目躍如たる本作は一級のエンタテインメント小説だ。

しかしこのデミルという作家は生粋のエンタテインメント作家であり、ミステリ作家ではない、いやミステリ作家にはなれないのだろうなということ。はっきり云ってこの物語は転がし方次第では第1級のミステリに成りえたのだ。
暗殺者ハリールの動機をなぜ早々に第2章で明かすのだろうか?これを謎として持っていけば、第1級のミステリに成りえたのに。

しかし本作はデミル作品の中でも抜群の語り口の上手さが存分に発揮されている。皮肉屋コーリーのキャラクタ性が前作よりもさらに磨きがかかったことが特に大きい。

それだけにこの消化不良感が非常に勿体無い。
本当に勿体無い。
でも面白かった。


No.711 8点 プラムアイランド
ネルソン・デミル
(2010/03/11 21:50登録)
デミルの筆致は今回も絶好調で、その勢いはいささかも衰えも見せない。皮肉屋ジョン・コーリーの斜に構えた態度も『将軍の娘』のブレナーを髣髴とさせる好漢である。

ヒロイン、エマの造形が素晴らしい。このエマの登場で物語に活力が与えられ、彩りが加えられたように思う。

さて、筆致は申し分なく、物語の展開もスピーディーかつ起伏に富んでおり、しかもハリケーンの最中のボート・チェイスシーンもあり、アクションシーンも迫力があり、正に云うところなし、と云いたい所だが実は自分の中ではどうも納得しきれないものがある。
細菌兵器を作り出しているのではないかと噂される研究所プラムアイランドというモチーフを設け、そこに勤める研究所員の殺害で大量殺害できる細菌の国外流出を示唆し、FBI、CIAの介入による妨害もありながら、それらが物語の前半で解決し、後半の早々で実はキャプテン・キッドの宝にあるのだという事件の真相を明かすあたり、デミルの小説作法に疑問がある。
あくまでミステリ小説ではなくエンタテインメント小説の設定で物語を進めるのだ。

まあ、上の不満はデミルだからこその高い要求をしてしまうのだけれども。


No.710 5点 靴に棲む老婆
エラリイ・クイーン
(2010/03/10 21:42登録)
マザー・グースの歌に擬えた殺人事件。この童謡殺人というテーマは古今東西の作家によっていくつもの作品が書かれているが、クイーンも例外でなかった。
しかしクリスティの『そして誰もいなくなった』然り、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』然りと、他の作家たちのこのマザー・グースを扱った童謡殺人の作品が傑作で有名なのに対して、本書はクイーン作品の中ではさほど有名ではない。読了した今、それも仕方がないかなという感想だ。

真犯人の正体はなかなかに驚かされるものであったが、論理に論理を重ねていけばいくほど、創りすぎの感が否めないのが痛いところ。
ニッキー・ポッター誕生の作品と捉えればクイーンシリーズの世界に浸るためには避けるべきではない作品だろうけど。


No.709 10点 超音速漂流
ネルソン・デミル&トマス・ブロック
(2010/03/09 21:56登録)
素直に傑作と認めたい。
ハリウッド映画好みの人物設定が眼前としてあるのは否めないし、また彼らがこういったパニックストーリーにそれぞれ有機的に機能するように計算された配置を成されているのも盤上の将棋の駒のような動きをしているような感じもするが、これほど読者を楽しませるのにあれやこれやと試練を畳み掛け、葛藤する人間ドラマを盛り込んでいるのは正直素晴らしい。亜宇宙空間での事故に関する良質なシミュレーション小説としても評価は高いだろう。

なんせ今回ほどストーリー紹介の不要な小説も珍しい。
最高水準のジャンボジェット機が空軍の訓練ミサイルのミスショットにより風穴を空けたまま、素人パイロットの操縦でサンフランシスコへの帰還を目指す。
このたった2行で十分だ。おそらく今後この小説のストーリーは忘れないだろう。久々ページを繰る手がもどかしい小説を読んだ。


No.708 6点 スペンサーヴィル
ネルソン・デミル
(2010/03/08 22:03登録)
世間一般では「デミルのハーレクインノベル」と評されている一種の恋愛物。
退役軍人として故郷スペンサーヴィルに帰ったキースとかつての恋人アニーとの変わらぬ愛情とそれを陰湿な嫌がらせで阻む彼女の夫、狂気の悪徳警察署長バクスターとの戦い。今回は物語としては非常にシンプルである。

主人公キースは優秀な国家安全保障会議の一員まで務めた凄腕のくせに、一介の田舎悪徳警察署長に手玉に取られるのがなんともアンバランスだった。
最後のアニー奪還劇がなかったら、もっと点は低かった。


No.707 8点 将軍の娘
ネルソン・デミル
(2010/03/07 14:31登録)
デミルの作品がアメリカで受ける。これはよく考えたらすごいことだと思う。
自身ヴェトナム戦争を経験し、その時の軍隊経験を基に軍隊を舞台にしたミステリを物しているが、軍隊に向ける眼差しの厳しさは半端じゃない。

最後の結末の処理はデミルが最後に米軍に対して行う慈悲なのか、それとも彼自身、軍を最後まで貶めることが出来ない制約を課しているのか、もしくは呪縛があるのかは判らないが、これが不服である。よってこの点数にしておこう。


No.706 10点 チャーム・スクール
ネルソン・デミル
(2010/03/07 00:57登録)
タイトルの意味は「花嫁修業学校」。しかしこの穏やかなタイトルとは裏腹に内容は骨太の大傑作。ロシアという閉鎖的な大空間においてありとあらゆる人々の人生が錯綜し、壮大なる絵画を描く。

デミルは登場人物一人一人に哲学をしっかりと設定する。そして彼らがその己の規範に従い、時には呪縛を感じながらも行動する。一人一人が脈打つ実在の人間のようだ。この小説は単なるエスピオナージュ、スパイ小説ではない。人生讃歌である。誰一人として単なる主人公の引き立て役の駒で終わっていない。そういっても過言ではないだろう。特に最後に杓子定規な正義が成されなかった点。ここに人生を生きることの難しさとデミルのアイロニーを感じた。


No.705 8点 変身
東野圭吾
(2010/03/04 22:09登録)
切ない。なんとも切ない物語だ。
脳を移植された男が次第に移植された脳に支配され、性格を変貌させていく。
プロットを説明するとたったこの一行で済んでしまうシンプルさだ。しかしこのシンプルさが実に読ませる。この魅力的なワンアイデアの勝利もあるだろうが、やはり名手東野のストーリーテラーの巧さあっての面白さであろう。

確かに科学的根拠としてこんな事が起きるのかという疑問はあるだろう。出来すぎな漫画のようなプロットだと思うかもしれない。しかしそんな猜疑心を持たずに本書に当って欲しい。

自己のアイデンティティへの問い掛けから最後は人生について考えさせられる本書。物語の閉じられ方がそれまでの過程に比べ、拙速すぎた感が否めないが、ワンアイデアをここまで胸を打つ物語に結実させる東野の物語巧者ぶりに改めて畏れ入った。

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