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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1417 6点 時空犯
潮谷験
(2022/02/06 06:23登録)
(ネタバレなし)
 2018年6月1日の京都。35歳の私立探偵・姫崎(きさき)智弘は、40万円の先渡し金を受け取り、依頼人である60歳代半ばの女性科学者・北神伊織が指定した場所に来た。そこには旧知の警察官、合間や、かつて姫崎に恋焦がれていた娘・蒼井麻緒など姫崎以外に7人の老若男女が集められていた。その8人の前で、北神博士は、驚愕の現実を打ち明ける。

 評者は本作が初読み。タイムループを主題にした特殊設定パズラーで、中盤でのSF設定の枠が広がるあたりとか、いささかややこしい。
 が、多彩なキャラクターの会話形式で、SF設定や筋立て上のロジックのポイントをなるべくわかりやすく読者に伝えようとする配慮は実感するので、ストーリーそのものは意外にスムーズに読める。
 ただし先にレビューされたお二方のおっしゃる通り、肝心の謎解きにダイナミズムがないというか、すんごく地味なため、フーダニットパズラーとしていささか食い足りないのは間違いない。

 それでも最後に明かされる犯人の動機の真相は(中略)だし、そのあとのキャラクター描写などなかなか情感のある味わいではある。
 作者が登場人物の大半に対し、適度な距離感での愛情を込めている? そんな雰囲気もいい。特に<あのキャラ>が一番のもうけ役。
 これも7点に近い6点というところで。


No.1416 7点 ボーンヤードは語らない
市川憂人
(2022/02/05 20:45登録)
(ネタバレなし)
 短めの中編といえる短編が4本。それぞれ手強いかなと予期していたが、いずれもスムーズにかつ適度な歯応えで楽しめた。

 とはいっても各篇の芯となる大ネタは、ほとんどどっかで見たような読んだようなのばっかりで。
 この辺は70年代以降の都筑の諸作や、そのツヅキがホメたホックの秀作みたいな、モダーンディテクティブ調の作風であった(要はアイデアよりも、その謎の出し方と推理の過程の見せ方で勝負している感じ)。
 ただし2話の(中略)トリックだけは、妙に突出して、こっちを見てくれ(この作品はココを記憶してくれ)と、自己主張しているような気配があったが。

 ベスト編は僅差で第4話かなあ。


No.1415 6点 君が護りたい人は
石持浅海
(2022/02/05 06:35登録)
(ネタバレなし)
 茨城県つくば市のトレッキング(山歩き)・サークル「アンクルの会」。その一員である24歳の青年・三原一樹は、サークル仲間で同年の女性・成富歩夏(ほのか)のために、殺人計画を立てた。三原が狙う相手は44歳の市役所職員かつやはりサークル仲間の奥津だ。奥津は両親と中学時代に死別した歩夏を10年間も後見、経済的に支援していたが、その恩を売って彼女と無理やり婚約したのだというのが、三原が心に抱く奥津殺害の動機だった。そんな三原から、年の離れた友人として秘めた殺意を打ち明けられたのは、奥津の大学時代からの友人でやはり「アンクルの会」のメンバーでもある弁護士の芳野友晴。芳野は、奥津殺害を願う三原の決意が固いものとして説得をあきらめ、自分に累が及ばないように配慮しながら、三原の殺人計画の進行を見守るが。

 大きめの活字で二段組、新書版200ページ弱なのでサラっと読める。
 それでもリアルタイムでの三原の殺人計画の右往左往と、過去の回想シーンをからめたサークル周辺の人間関係や歩夏をとりまく経緯の叙述、その二つを交互にテンポよく語るストーリーの流れは、なかなか腹ごたえがある。

 なお物語の途中で、終盤にどういう方向のオチはつくかは大体読める? 自信が湧いたが、はたして実際にどうなったかは、もちろんナイショ(笑)。

 ただしラストの余韻というか、クロージングの演出は、ちょっとムリかとも思う。だって……(中略)。
 
 全体としては、1950年代頃の英国のミステリ作家連中あたりが、旧来の定型のフーダニットパズラーの枠から脱却しようと試みながら書いた、技巧派っぽい、一種のブラックユーモアミステリみたいで楽しかった。

 評点は、7点に近いこの点数という意味合いで。


No.1414 5点 見知らぬ人
エリー・グリフィス
(2022/02/04 18:56登録)
(ネタバレなし)
 2017年10月。英国のウェスト・サセックス。そこにある中等学校タルガース校の旧館はヴィクトリア朝時代の怪奇小説作家M・R・ホランドの屋敷だった。その周辺で、同校の40歳代の女性教師エラ・エルフィックが何者かに殺害される。さらにエラの僚友でホランド研究家の美人教師クレア・キャシディの周辺にも異常な事件が生じた。サセックス警察の女性捜査官でインド系のハービンダー・カー部長刑事は、同僚のニール・ウィンストン部長刑事とともに事件の真相を探るが。

 2018年の英国作品。2020年度のMWA最優秀長編賞受賞作品。
(どうでもいいが、2018年に刊行されてなぜ2019年度の受賞作品ではなく、さらに翌年の2020年度の扱いなのだ? どっかの国の「このミス」みたいに、年末の刊行物なんかは、運営側の都合や事情で翌年の扱いにズレこんでいるのか?)

 でまあ、評判がいいので読んでみたが……正直、ムダになげぇ(長い)! 
 登場人物もウザいくらいにモブキャラにまで名前をつけてあり(メモを取ったら120人以上の名前ありキャラがいた。本そのものの人物名一覧にあるのは30人弱だが)、作者が自分の創作物という箱庭の神になる作業を、読者不在で楽しんでいるようだ。

 ストーリーも面白いようなつまらないような、あるいはその真逆かどっちか本気でわからないレベルで微妙。特に一人称の語り手を章ごとに変えるのはいいとして、クレアが先に語ったのと同じタイムラインでの出来事をもう一度ハービンダー側から語りなおしたりする構成は、その狙いを一応は理解した上で、大した効果が出ていると思えない。『ジキルとハイド』とかの共通ネタなんか、たぶんもっと面白いドライユーモアに出来たはずと思うが。

 序盤の50ページを読んだところで一度中座し、残りは翌日にいっぺんに通読したが、これはイッキ読みするほど面白かったとかそういうのでは決してない。こんな、有象無象のキャラの名前をこまめに憶えてくれと読み手に要求してくるような作者本位な作品は、半ば以降で中断しちゃうと、もう何が何だか話の流れも人物配置もわからくなってしまうに決まっているから。
 だから無理やり、ほぼ徹夜して最後までいっぺんに読んだ。決してそれほど惹きこまれたから、ではない。

 んでウリの? 意外な犯人だけど、たしかに「意外」ではあった。ただこういう文芸設定で犯人のキャラクターを最後に明かしていいのなら、本当にいろいろできちゃうよね? という感じ。だって当人が(中略)とすればいいのだから。

 シリーズ化されるようだけど、次作が翻訳されてもあまり積極的には読む気はしない。先にヒトの評判を聞いて面白そうだったら、あるいは手に取るかもしれない。
 まあ今回も、面白いらしいとのウワサを認めて、この流れではあるが。 


No.1413 8点 エラリー・クイーン創作の秘密 往復書簡1947―1950年
伝記・評伝
(2022/02/03 08:26登録)
(ネタバレなし)
 アメリカの小説家&劇作家ジョゼフ・グッドリッチによって発掘、確保、編纂された1947~50年の4年間(さらにもうちょっと)の期間における、リーとダネイの創作討議のための意見交換書簡集。原書は2012年に刊行。

 この1947~50年の時期に生み出された新作長編は『十日間の不思議』『九尾の猫』『悪の起源』の3本で、これらのメイキングが本文の主眼(正確には『ダブル・ダブル』もこのシークエンスに該当するのだが、なぜかそれだけは関連の書簡が残ってないらしい?)。

 時代とともに形質が変遷するエラリイ(エラリー)・クイーンシリーズの新作、そのミステリとしての完成度を高めるための構想&意見交換、そして、より多くの収入を得るために雑誌掲載(連載)や映画化を視野に入れた、新作によるビジネス戦略など、作家コンビの思惟が実に赤裸々に語られるが、それらミステリファンの関心を募る案件と並行して、双方の家族のやリー&ダネイ本人のプライベートな生活や健康なども話題になる(が、しかし……)。

 ラジオドラマが終わって収入の減退を憂う話題とか、ダネイのみが実働する「EQMM」編集の話題とか、高級紙「コスモポリタン」の編集部がチャンドラーの新作『かわいい女』のクズみたいなコンデンス版(たぶんチャンドラー自身も消極的にダイジェストしたものとEQコンビは観測)を高価で買ったのに、こっちの『九尾』の新作原稿にはハナもひっかけてくれないととルサンチマンをぶちまけるあたりとか、それぞれ実に面白い。
 ちなみに前述の三長編のなかで最もメイキング事情が豊富に語られているのは『九尾の猫』で、それから『十日間』『悪の起源』の順番で紙幅を費やしている。各作品の幻に終わったタイトリングの中にも、なかなか味のあるものがあったりする。 
 なかでも『九尾の猫』のデティルを討議するあたりは本書の白眉で、特に被害者のジェンダーや人種にこだわり、意見を交換するあたりが圧巻。なぜそれでなくてはならないか、のロジックを表明しあう辺りは、正にクイーンのミステリ作中でのエラリイの推理シーンのごとしであった。

 20世紀最大のパズラー作家コンビの一時期の内実を明け透けに覗ける、限りなく興味深い一冊である。

 ちなみに『十日間』が「エラリイ最後の事件」として構想されていたであろう可能性~事実は、すでに評者をふくめて多くの読者が予見していたところだが、その発想が小説叙述役のリー側ではなく、プロット創案役のダネイの方から出ていたらしいのには、けっこう驚いた。
 もちろん作者コンビは、国名シリーズとハリウッドものを終えてライツヴィルものほかの中期路線に突入したなかで、探偵ヒーローのエラリイの扱いにはかなりセンシティブになっていた。
 だから評者などは、より自在な方向性でミステリ小説を書きたいリーの方が、使い込んだエラリイとお別れしたいと思っていたのだと、以前からなんとなく考えていたので。
 が、そもそもダネイが何を契機にエラリイを一度表舞台から降ろそうと思ったかは、本書のなかでははっきりと明言されていない。本書の直前の書簡集ほかの資料でも刊行されれば、その辺はさらに詳しく明らかになるのかもしれないが。
(まあ、当時にして「エラリイをシリーズ探偵として、ある意味、使い尽くしてしまった感」が作者コンビの頭をよぎっていたであろうことは、想像に難くない。)

 親切で丁寧な注釈もふくめてほぼ満足。

 あえて言えば、本文ページのそれぞれの肩の部分に書簡が出されたときの年月日が入っているが、その年月日のあとに(リー)(ダネイ)と常に一瞥しただけでわかるようにしてくれれば、さらに丁寧な編集であった(一冊の本を読む間には、何度か栞を挟んで中座することもあるので、また読み始める際、そういう配慮があると、現実的に便利なんだよ)。
 
 ところでスタージョンやデビッドソンたちの(遺族の?)ところには、ダネイとのやりとりの手紙とか、残ってないのかしらね。それはそれで読んでみたい。
 
 本サイトへの登録ジャンルは広義の「評伝」ということで。厳密には「ミステリ関連の資料」とかそういう項目を新設していただいた方がいいかもしれない。今後、機会を見て管理人さんに相談させていただこうか?


No.1412 6点 救国ゲーム
結城真一郎
(2022/02/02 07:07登録)
(ネタバレなし)
 加速する限界集落問題に呻吟する、202X年の日本。岡山県K市の北部にある過疎集落「奥霜里」で、元経産省官僚の青年・神楽零士の生首、そして胴体が別々の状況のなかで発見される。零士は6年前に官僚を退職後、単身で限界集落だった奥霜里(霜里)の地に活力を与えて復興させた、現代の奇跡の立役者だった。だが事件は多くの謎をはらみ、そして地元の容疑者たちには堅牢なアリバイがある、この殺人事件の話題で日本中が騒然とするなか、謎の仮面の人物「パトリシア」がネットにて、全国民に向けて、とあるメッセージを放った。

 2018年に新潮ミステリー大賞でデビューした作者の、長編第三作。
 評者はこれが初めて読む作者の著作だが、ほとんどまったく予備知識なしにページをめくり始めた。

 内容は、現実の日本がはらむ課題に問題提起する社会派ミステリっぽいが、それ以上に、どのような経緯で凄惨な事件は起きたか? なぜ首を切られたか? その前後の奇妙な状況は? そして鉄壁のアリバイは? ……など、もろもろの謎解きへと読者の興味を引き込んでいくガチガチのパズラーだ。

 特にアリバイ崩しに関わる事件現場(首切り関連もふくめて)のロケーションには運搬用ドローンや無人カー(除雪車)などの現代メカニックが重要な小道具として使われており(これはネタバレにならない大前提なので言っていいだろう)、本作をすでに高評している一部のミステリ作家や評論家たちからは「21世紀現代の『黒いトランク』」といった主旨の称賛まで受けている(!)。
(個人的には、最後まで読んでメイントリックの真相を認めると『黒いトランク』よりは、むしろ……『(中略)』みたいだ、と思ったが……。)
 
 歯応えのある謎解き作品だが、一方である種の方向にポイントを絞り込んだため、(中略)の部分はあえて犠牲にした印象もある。

 で、作中の重要キャラのひとりで謎のテロリスト活動家の訴える「地方を整理して都市圏に人口を密集させる日本全体の合理化構想」。
 メッセージそのものは真剣かつ重厚だが、理想論&強硬論をふりかざされても現実にすぐ何かができる問題でもなく、この辺の主題にマジメに付き合ってかなり疲れた。まあそういう種類の刺激を凡庸な読み手に与えることも、この作品の刊行意義のひとつなのであろう(評者の場合、このあと続けて、もうちょっとこの作品のそういった部分についてモノを言いたいけれど、それをやったら、なんか負けだという気もする~汗~)。
 しかし作者が東大出ということもあって、同じ出身の古野まほろのある種の側面あたりに、非常に近しいものを見やったりした。

 力作だと思うし、骨太で真剣な一冊だとも認めるけれど、これで素直に7~8点もつけたくないなあ、というワガママな気分でこの評点で(汗)。
 たぶんこのあと、ほかの人がどんな評点をつけても、きっとそれぞれの高い低い点数に対して、評者は安心しちゃう。高い点をつけてくれた人は、オレのかわりに高い点をつけてくださった、という気分だし、逆に低い点なら、ああ、やっぱりこの作品に対してそんなに構えて評価せんでいいのだな、と気持ちが楽になるから。そんな感じの一冊じゃ。


No.1411 6点 作家の秘められた人生
ギヨーム・ミュッソ
(2022/02/01 09:06登録)
(ネタバレなし)

 2018年。地中海のボーモン島。「ぼく」こと、作家になるため2年間の小説修行(実作と出版社への投稿)を続けたが、成果が出せないフランス人の青年ラファエル・バタイユはボーモン島に赴き、そこに20年間隠棲するかつての大流行作家ネイサン・フォウルズとの接触を試みる。同じころ、女性新聞記者のマティルド・モネーもまた、ネイサンに会うために島に渡っていた。だがその島では、惨殺された女性の死体が見つかり、島は非常事態として海軍の管理下のもと封鎖状態に陥る。やがて秘められた奥深い真相が……。

 2019年のフランス作品。本邦でも人気作家となったミュッソだが、評者は読むのは本作が初めて。
 
 一人称の主人公ラファエルのパートは紙幅的には全体の半分弱で、あとはネイサンやマティルドたち別の主要キャラの三人称叙述が交錯する。
 多人数視点での叙述は下手に進めると、読み手の煩雑さを招くばかりだが、本作の場合はこなれた丁寧な訳文の良さもあってか、ストーリーをテンポよく起伏豊かに読ませる効果をあげている。
 本文300ページちょっとと短めの話だが、仕掛けがふんだんでしかも終盤のコンデンスぶりは、良い意味で旧来のフランスミステリらしいトリッキィさを継承した、21世紀の新世代作品という感じ。
 
 とはいえ全体の4分の3~5分の4あたりで、全体の構図が見えかけて、おいおいこれでこのまま終わるんじゃないだろな、と思ったら、大丈夫ちゃんと(中略)。
 まあ大筋は語られたとおりのものでよいのだろうが? さらにまたミョーなギミックめいたものもあり? その辺もまた本作の個性。
 細かいことを言えばちょっと作劇の進行の上で強引な感じの部分もないわけではないが、まあ……グレイゾーンか。
 
 余談ながら、小説家志望のラファエルがシムノンのファンであり、ほかの登場人物に『汽車を見送る男』(や他の数作)を勧めているのが楽しかった。まあ『汽車~』は、先にリュカの登場するメグレものを何冊か読んでもらってから読ませるのがベターだと思うけど。
 評価は7点に近いこの点数ということで。


No.1410 8点 忌名の如き贄るもの
三津田信三
(2022/01/31 06:26登録)
(ネタバレなし)
 これでシリーズのうちで読んだのは、長編と短編集あわせて6冊目。

 序盤の「早すぎた埋葬」ネタの逸話で盛り上げたのち、一転、中盤は手堅いが、やや地味目な感じ? と思っていた。

 が、終盤での二転三転……どころかそれ以上の、フーダニットパズラーの謎解きが鮮烈。実のところ、(中略)番目に名前があがったトンデモナイ犯人の設定は、こちらも予想はしていた(まあ結局は……なのだが)。

 で、本当の勝負所は、最後の最後の真犯人の判明と同時に明らかになる<あの構図の反転>であろう。
 思わず息をのんだが、まあこれはこれ以上書いちゃいけないね。
 
 ラストもコワイ。そっちの方向で、このシリーズの中でこれまでに読んだなかでたぶん一番怖い。
 当然、半分徹夜で、イッキ読みでした。


No.1409 8点 二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集
評論・エッセイ
(2022/01/30 07:30登録)
(ネタバレなし)
 上質紙にハードカバー、美麗なジャケットカバーつきの製本で、実に立派な装丁・仕様だが、昨年の11月に都内のマニア向け古書店「盛林堂」が自店オリジナル企画の叢書「盛林堂ミステリアス文庫」の一冊として刊行した同人書籍。

 内容は、かの故・瀬戸川猛資と、その盟友であった文筆家・松坂健が1970年代前半にミステリマガジンに書いていた国産、翻訳、未訳(当時の時点で)の原書などを対象にしたミステリ時評&紹介文を、それぞれの連載記事コーナーごとにまとめたもの。
 この時期のミステリマガジンがミステリファンとしての原体験ど真ん中だった評者にとっては待望の一冊であり、盛林堂の公式サイトでは発売の2~3ケ月前から購入予約を募っていたが、掲示を見て神速で予約の手続きをとった。
 現行のミステリ研究家諸氏や作家・山口雅也氏の寄稿、丁寧な編集(巻末の膨大な索引)、さらには松坂自身の書き下ろしエッセイなどもふくめて本文500ページ以上。頒価は一冊4000円弱だが、この中身からすれば全然高くはない。

 なお、予約期間を数か月もとっていたのだから、本サイトでも購入された方はきっと少なくないとは思うが、一方で買い逃した人、刊行事実を知らなかったミステリファンも意外に結構いるらしく、Amazonなどでも積極的に商品検索されている形跡があったり、ヤフオクで膨大なプレミア(すぐ5ケタ行く)がついていたりで「うーん……」である。

 内容に関しては「夜明けの睡魔」などに代表される瀬戸川節が大好きな方なら絶対に楽しめるはずの書評ガイド集で、松坂も盟友・瀬戸川との書き手の個性の微差などは確かにあるのだが、それでもほぼ同等のカロリーで熱くかつ軽やかに楽しそうに、それこそ「二人がかりで」ミステリ全般を語っている。
 もちろん時評という原稿の性格ゆえ、当時1970年代前半の時代と密着したもので、まだ健在だったクリスティーやロス・マクドナルドの新作がどのように当時のファンにリアルタイムで受容されていたかの、貴重な証言集にもなっている(ロス・マクの後期の諸作の、さらなる細かい変遷を観測するあたりなど、なかなか興味深い)。

 世代人ならノスタルジィも加味して楽しめるのは間違いないが、当時まだ生まれていなかった新世代のファンでも、ここで語られている作家や作品、またはミステリ全般に、いくばくかの関心があるのなら、たぶんいや確実に楽しめるのでないか。

 もちろん個々の作品のレビューや関連作品の記述については、瀬戸川&松坂の嗜好の偏向や、それぞれの作品への踏み込みの深い浅いもある。中にはごく一部、客観的にみてもケアレスミスでしかない記述などもあるのだが(たとえば具体的には、ニコラス・ブレイクの『くもの巣』は「時代ミステリ」ではないぞ! なんで勘違いしたのかはよくわかるほど、あれはソレっぽい作品ではあるが、あくまで時代設定は原書刊行当時の1950年代)、そういった部分までも含めて、本当にミステリに耽溺していた同好の士の若き日の見識に触れられる、独特の充実感と快感がある。

 あとは斎藤栄の『紙の孔雀』などの、これはもはやミステリとはいえない、と憤怒する当時の瀬戸川の激昂ぶりを、本サイトでのkanamoriさんの比較的好意的と思えるレビューと比較してみても面白い。
 この二つのレビューの間には「新本格」「(中略)トリック」という二つの重要なキーワードの浮上が隔壁となっていることが、おのずと察せられる。同作を未読の評者などは興味を惹かれて、ネットで同作の元版の古書をあわてて注文してしまった。自分の感想が瀬戸川評に寄るか、kanamoriさんのものに傾くか、これから楽しみである。

 もちろん評者などはすでに一度、大昔に読んだ文章が主体だが、自分の記憶のなかに潜む、ある種の定型化した言い回しやフレーズなども、ああ、実はこの二人の時評の中のレトリックが源流だったのだ、と気づくことも少なくなかった。
 これから初めて、本書(に収録された文章)に触れる新世代のファンの方々も、きっとそれぞれ心のどこかにひっかかる記述を、多かれ少なかれ(たぶんそれなり以上に)見出せるだろうと予見する。これはそういう本。

 いっぺんに読んでしまうのがもったいないのでチビチビ読み進め、ひと月ほどかけて読了したが、最後の数十ページはもう、残った美酒を一気飲みしたい欲望に負けてひと晩で読み終えた。
 読み終わってみると、もっともっとこの二人の連載が「極楽の鬼(地獄の仏)」や「地獄の読書録」(の前半)なみの長期連載になってくれていたらなあ……とその短さを惜しんだりする。いやまあ、これからまたこの本は何回も読み返すだろうけど。

 末筆ながら、周知の通り、松坂健氏は本書の刊行直前、昨年10月にご逝去された。現在発売中のミステリマガジンでは、追悼特集が組まれている。
 同じSRの会員ではあったが、たぶん一度もお目にかかる機会はなかったなあ。あらためまして、心からご冥福をお祈りします。(文中・敬称略)


No.1408 6点 <羽根ペン>倶楽部の奇妙な事件
アメリア・レイノルズ・ロング
(2022/01/30 06:01登録)
(ネタバレなし)
 フィラデルフィア州。「わたし」こと20代半ばの若手女流ミステリ作家キャサリン・パイパー(愛称「ピーター」「ピート」「ピエトロ」)は、頭を悩ませていた。毒舌と陰口が不愉快な嫌われ者の人妻マーガリート・イングリッシュが、ピートの参加する土地の文筆家サークル「羽根ペン倶楽部」に再入会する気配があるからだ。かたや倶楽部周辺では、会の創設者の一角で新聞コラムニストの女性マーガレット(ペギー)・ヘールに、匿名の中傷の文書が送られてきて、しかもその複写がほかの会員たちにも送付されているようだ。ピートはイングリッシュ夫人と怪文書が関係あるのではと疑うが、そんななか2年前に自殺した倶楽部尾会員だった青年ティム・ケントについて、秘められていた事実が表面化してくる? 不穏な空気のなか、倶楽部の周囲では殺人事件が発生した。

 1940年のアメリカ作品。
 犯罪心理学者エドワード・トリローニとワトスン役の女性作家キャサリン・パイパーシリーズの第一弾。

 とりあえず翻訳紹介された作者ロングの著作3冊は、これでどれも読んだ評者だが、なかなか好調だった前2冊に続けて、今回もしっかり楽しめた。
 論創海外ミステリではじめて出会い、複数の著作につきあった作家はカーマイケルなど他にもいるが、ロングの場合はなかなか打率が高いというか、こちらとの相性がよろしい。

 解説で浜田知明氏が述べているように、小規模の謎を次々と投げかけては小刻みに真相やネタ割を語っていく作劇が、ストーリーに好調なテンポを獲得している。その辺はよろしい。
 とはいえ全体の紙幅がハードカバーで200ページちょっとと短めな割に、話の中心となる「羽根ペン倶楽部」の会員が12人というのはちょっと頭数が多すぎ、作者も持て余した感じもする。
 さらに犯人については、いかにも(中略)なことをするので、見当をつけたら当たり。フーダニットパズラーとしてはやや物足りない。

 とはいえ論創側のスタッフが謳う「B級アメリカン・ミステリ」としてのライトな楽しさは確かに全開で、トータルとしては前述のようにひと晩しっかり楽しめた。
 130ページ目でピートが探偵&刑事コンビをエラリイ&ヴェリー部長刑事に例えたり、映画版『影なき男』の謎解きシーンの演出を意識したりするのもゆかしい。

 なおこういう軽快な作風の作家なので、日本でこそまだマイナーだが、本国アメリカでは今でもペーパーバックとか、昔のベストセラーの古書とかが入手しやすいのだろうと思っていたら、巻末の訳者あとがきによると意外に稀覯本で、本作の原書も訳者がアメリカ旅行の際に僥倖でレアな古書を発見し、日本に持ち帰って版元に出版を打診したそうな。
 翻訳家がマイナーな作家に傾注し、未発掘の原書を見つけてこれは面白い、として、21世紀の本邦に、クラシックミステリを発掘翻訳紹介してくれるという経緯はまさに理想の展開だね。
 関係者のみなさん、頑張ってください。


No.1407 8点 ミステリアム
ディーン・クーンツ
(2022/01/29 08:54登録)
(ネタバレなし)
 余命いくばくもない老婦人ドロシー・ハメルの愛犬で、ゴールデンレトリバーの「キップ」。先天的に通常の犬とは違う資質を備えたキップはドロシーとの死別後、何かを知覚してある人物のもとに旅立つ。一方その頃、カリフォルニア州の一角にあるブックマン家では、高機能自閉症(特化した能力を持つ、自閉症)で大学生以上の天才的な頭脳を持つ11歳の少年ウッドロウ(ウッディ)が、ハッキングを通じてさる秘められた悪事に接近していた。だがそんなブックマン家に近づく、恐怖の影が……。

 2020年のアメリカ作品。
 邦訳も昨年に出たばかりで、評者にとっては久々のクーンツ、なんか面白そうなので、手にとってみる。

 ほぼ30年前の人気作『ウォッチャーズ』の系譜を継ぐ、スーパードッグからみのストーリーだが、世界観そのものは……これは読んでのお楽しみ?

 実のところ、評者は『ウォッチャーズ』に多くのファンがいることは認めるものの、個人的にはいまひとつ思い入れがないのだけど、はたして今回はずっと楽しめた。
 終盤、残りページが少なくなるなか、まだ複数のかなりの事態が未解決のまま。これはどうすんだろ? 少なくとも<あの手>は使うだろうな、とも予想し、とりあえずソレは当たった。
 が、残りのあれやこれやの局面をまとめたり結着づけたりの手際がとにかく無手勝流かつパワフルで、その辺はじつにオモシロイ。
 個人的には、断続的に三件ばかり「アア、ソウクルカ」という感慨を覚えた。
 特にアウトロー連中への対処ぶりは、ブラックユーモア的な興趣でニンマリさせられる。
 
 あえて不満を言うなら、未来を展望するSFビジョン的なメインテーマが、本来はもっと物語の軸に据えられるべきところ、ちょっと中心からずれちゃったみたいな印象を受けるところで。まあ(中略)化したあのキャラクターの存在も、主題の対比になっているともいえるかな。
 あと、メインヒロインが風来坊的に現れた男性キャラを、非常事態のなかで緊張している割に、あまりに軽く受け入れすぎるよね。そこは気になった。

 というわけで個人的には、作品トータルの完成度はソコソコなれど、なんやかんやの得点の累乗で面白く読めた一冊。
 おおざっぱに言えば、いかにも実質B級の、大冊エンターテイメント(クーンツにはまだまだもっと長い作品があると思うが)。
 でもこれはこれで、色んな興味が満たされて、なかなか楽しかった。
 評点はちょっとオマケ。


No.1406 7点 悪の起源
エラリイ・クイーン
(2022/01/28 05:15登録)
 思うところあって、ウン十年ぶりに再読。
 もしかしたら『十日間』も『九尾』も読み返さなきゃいけないのだが、少なくとも本作などは特に、ストーリーも犯人も完全に忘却の彼方だったので(そういう意味では『十日間』と『九尾』の方は、さすがにいろいろと忘れがたい。特に前者)。
 とはいえ物語のモチーフと、作中のいくつかの名場面(室内を埋め尽くすたくさんの×××のシーンとか)などは、しっかり覚えていた。
 今回は少年時代に購入したポケミスを書庫から引っ張り出して、当時と同じ本をまた読む。




(以下、ネタバレあり)








 事件のモチーフが進化論(「種の起源」)だということは後半のサプライズの一環なのだから、この題名はそもそも不適だろ、とも思う。
 まあソコは作者コンビ、少なからぬ数の読者にも早めに見破られるだろうと踏んで、先にアイデンティティ保護を図ったか。本当の勝負所は、モチーフが判明したあとにあるのだ、ということだね?

 ハリウッド映画産業の衰退を背景に、第三次世界大戦に怯える当時の世相と、実際の朝鮮戦争勃発をほぼリアルタイムで取り込んだ作劇は、独特な作品の個性を感じさせる。
(マックとローレルの恋人コンビ、いいキャラだなあ。特に、なんのかんのいっても最後に出征してゆく前者。)

 エラリイの事件簿としては、直前に刊行された『ダブル・ダブル』を作中時間の順列から外して、『十日間』『九尾』の流れを受けたその二作の直後の事件っぽい。そこで今回は、エラリイの人間味を美貌の人妻との関係性で語るのにちょっと驚いた。
 ポケミス版142ページの描写や、同156ページ目のウォレスとの対峙を経たあとのシーンとかなかなか鮮烈だな。1940~50年代のハードボイルド私立探偵小説(あれやこれや)との類似性を認める。

 謎解きに関しては、エラリイがさっさと、冒頭で毒殺された犬の犬種を調べようとしないのに苛立った(さすがに前半の内から、なんか意味があるだろと察しがついたので)。
 この辺は冴えてる時のエラリイの捜査法を、今回は筋運びのためにあえて作者たちがルーズにしている感じ。

 二転三転するラストはまったく失念していたので、個人的には大ウケであった。しかしこれって、うまいことロージャーが勝手に死んでくれたから良かったものの、そのロージャー当人が生前に、実はウォレスにあれこれ入れ知恵もしてもらったのだ、とわめいていたら、ウォレスも色々マズかったんじゃないかい? 都合よく事態が流れてくれたからいいものの、余裕もってエラリイの作戦に付合って、その後も悠長にほっかむりしてる心境って……ちょっと作劇的に、人物描写的に無理があるよね?
 
 でもまあ(最後に殺人犯を看過? するという決断をさせちゃうことで)『十日間』以降のエラリイをさらに、シリーズものの名探偵としてアンダーなポジションにおいてやれ、という、作者コンビの残酷な邪念が覗けたような気もする。
 自分が生み出した可愛い名探偵ヒーローだからこそ、さらにイジメてやりたいらしい、この時期の作者コンビの屈折がじわじわ感じられるようでとてもステキ。
(そんな評者の読みが当たっているかどうかは、しらんが・笑) 


No.1405 9点 ユドルフォ城の怪奇
アン・ラドクリフ
(2022/01/27 06:21登録)
(ネタバレなし)
 1584年。フランスはガスコーニュ地方。知的で善良だが世渡りの下手な貧乏貴族ムッシュ・サントペールは困窮の中で、妻の実弟だが悪辣な性格の資産家ムッシュ・クネルに先祖伝来の家督の一部を売却する。その後、愛妻を熱病で失ったサントペールは、知性と感受性に富んだ美貌の一人娘エミリーとともに、傷心を癒す旅に出た。途上でエミリーは風来坊の若者ヴァランクールと知り合い、互いに恋に落ちるが、旅のさなかで貧困に苦しむ土地の人を救ったサントペールは路銀の予算が少なくなり、父娘はヴァランクールと別れて帰途についた。だがその帰路、山腹のルブラン城の麓でサントペールは病に倒れ、エミリーに謎の遺言を伝えてこと切れた。両親と死別したエミリーは、父の実妹でパリの社交界での名声を尊ぶ俗人の叔母マダム・シェロンに後見される。そして数奇な運命は、やがてエミリーをイタリア山中の妖しい古城ユドルフォ城へと誘ってゆく。

 1794年の英国作品。
 ゴシック怪奇小説の始祖とされるウォールポールの『オトラント城綺譚』(1764年)の30年後に、4冊の分冊形式で順々に刊行された同ジャンルの作品で、当時の大ベストセラー。ゴシックロマン黎明期に、このジャンルの魅力を一般読者に広く厚く浸透させ、多数の模倣作品を生み出した文学史上に残る名作とされる。
 翻訳は400字詰めの原稿用紙に直すと2500枚前後に及ぶらしい大長編で、書籍もハードカバーの上下巻の二分冊、合計の総ページは本文だけで優に1000頁を超えるもの。

 で、昨年、ついにコレが本邦で初めて完訳された(以前に抄訳めいたものはあったらしい)と、読書人たち&広義のミステリファンたちの間で話題になっていたので、ミーハーな評者もチャレンジしてみる(せっかく以前に、同じゴシックロマンの先駆『オトラント』も読んでいるということもあり)。

 しかしまあ、手に取って驚き! 初版から二か月でもう再版でしたよ、奥さん。この出版不況の時代に、合計8000円前後の二冊本が! なんのかんの言って、日本の文化度はまだまだ高いよね(笑)。

 で、評者自身もページを開いたら憑りつかれたように読み進め、実質二日半でイッキ読みです。
 いやもう、メ・チャ・ク・チャ・面白い! ゴシックロマンの始祖がどーのこーの言うよりは、もはやキングでクライトンでシェルドン、<あのクラスの作家たち>の脂の乗り切った時期の諸作、そういった最強クラスの作品のリーダビリティに匹敵する。
 
 日本語としてこなれきって平明な、しかして雰囲気のある訳文も素晴らしいが、やはり次から次へと事件を起こし、読み手を飽きさせないページタナーの大冊クラシックという作品の中身そのものが最強である。
 オカルトホラー&幻想ショッカー的な描写を随所に挟み込みながら、主人公の少女エミリーの変遷をメインドラマに据えて、鮮やかなストーリーテリングぶりを発揮する。
 もちろん、ソレらの怪奇要素、ミステリ的な謎の数々が最終的にそれぞれどーゆう真相や作中の秘密に至るかは、ここでは書かない言わないが、叙述の視点を器用に自在に細かく切り替えながら「(とにかく)何かが起きたのだ」とか「何らかの怪異があるらしい?」とか、読み手の興味を飽かさず繋いでいく作法は、あざといまでの勢いがある。
(あとあんまり詳しく書けないが、下巻の中盤、サブストーリー的な方向に物語の流れの舵が切り替わったと思ったら、さらにまたドラマの主流の方に転調するあたりとか、ウマイ、と唸らされた。)

 なお本作は大部の作品だけあって登場人物はさすがに多く、名前が出たキャラだけで総勢80人前後になるけれど、それらのキャラクターについて、髪の色がどーのとか、眼の色がどーのとか、その手のビジュアル的なことはほとんど叙述していない。なんかこの辺は、のちのフレデリック・フォーサイスの『悪魔の選択』みたいに、膨大な頭数のキャラクターを割り切って合理的に捌いて使う、思いきりの良さみたいなものを感じさせる。

 とはいえ、だからといって登場人物たちに血が通ってないわけでは決してない。良い意味での大衆小説として、善人は善人らしく、悪人っぽいけど結局は悪人になり切れない人もまたそんな微妙なキャラらしく、的な厚みは、小説のうま味として必要十分以上に、ちゃんと書き込んである。当初は凡庸な役割キャラかと思ったら、妙に印象的な芝居をしてきたり、とかの興趣も多い。
 何しろ、味のあるサブキャラクターがいっぱいだ。ちょっとしか出てこないけれど、偏屈そうに見えて実は本当にいい人の、アマチュア植物研究家ムッシュ・バローなんかすんごく萌えキャラ。
(あと何人か、もうけ役やおいしい役回りのキャラクターの名前をあげたいが、ネタバレになりそうなので、残念ながら割愛)。
 ……あ、エミリーが亡き父から受け継いだ愛犬マンションの描写だけは、いろんな意味で雑だったな。作者が途中で、その存在を忘れちゃった感じ(涙)。
  
 全体としてはとても満足。まあもちろん、二世紀以上前の古典として割り引く部分もそれなりにあるけれど、その辺の時代性を相殺しても十二分以上に楽しめた。あんまり後味についてどーこー言っちゃいけないんだけど(ホラーやサスペンスの場合、ネタバレになりかねないから)、すごく心満ちた思いで本文最後のページを閉じている。
(もしも2020年代の現在でも、日本アニメーションが全4クールシフトで「世界名作劇場」を製作放映していたら、これを原作にしてほぼ忠実に映像化すれば、絶対に面白いものができるであろう(よほどスタッフがハズさない限りは)。そんな感じである。)

 なおゴシックロマン分野に本格的に取り組んでない評者としては、これといい『オトラント』といい、なんで英国作品で物語の舞台が他国なんだろ? という素朴な? 疑問があったりする。この辺は本ジャンルの作品の数を読んでいけば何となく見えてきたり、実感したりするのかね。ある種の異国性は、この分野の本来の必須要素なのかとも思うが。

 ……で、本作への返歌がジェーン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』ですって? 下巻の解説を読んで改めて意識した(そっちは本サイトでもすでに、弾さんとおっさん様のレビューがあるね。さすが!)。原典のこっちを先にきっちり読んだことだし、そちらも近くチャレンジしてみることにしよう。


No.1404 7点 アンデッドガール・マーダーファルス3
青崎有吾
(2022/01/25 05:13登録)
(ネタバレなし)
 美麗な生首だけの不老不死の女性探偵・輪堂鴉夜(りんどう あや)は、敵対する闇の犯罪組織「夜宴(バンケット)」の次の動きを察し、仲間とともにドイツに向かった。一方、保険機構の武闘派集団で、人外の怪物退治を旨とする「ロイズ諮問警備部」の面々も、シャーロック・ホームズとの対面ののち、鴉夜たちと同じ目的地に赴く。現地=ドイツの山村ホイレンドルフでは、謎の人狼による連続少女殺人事件が進行しており、今また新たな犠牲者が!?

 シリーズ3冊目。
 特殊設定パズラーの興趣がすっかり失せてしまった前作(シリーズ第2作)は、いっきに内容がトーンダウンした感じでかなり失望させられたが、しかしこの今回の最新作は完全に復調!

 オールスターものとしては新参戦してくる有名キャラがそんなに多くないのがちょっと寂しいが(とはいえ中盤と終盤に、結構な大物と知る人ぞ知るマイナーメジャーキャラが用意されている)、それでも交錯した人物配置の上でのおなじみの悪役怪人連中を迎え撃っての伝奇活劇アクションは、なかなかの読み応え。
 そしてそれ以上に、人外の存在が跳梁跋扈するこのモンスターワールドならではのロジカル・パズラーが十分に楽しめる。犯人の意外性も、さらにそれが判明したのちに明らかになる事件(事態)の真実もサプライズ十分。特に連続殺人のなかに隠されていた(中略)には「おお!」と唸らされた。
 特殊設定パズラーとしては、これまでの3冊の中で文句なしにこれがベストであろう。

 一方でおもちゃ箱をひっくり返したような世界観はさらに広がっていく感じで、ラストに出てきた新規キャラクターの素性は評者には不明。人によってはキーワード(というかちょっとだけ出てきた人物名)で察しがつくのだろうか?
 次回もこのテンション&方向性で進行してもらえれば、ウレシイ。
 あー、できれば、もうちょっと、この時代&世界観設定ならではの「ホームズのライヴァルたち」の客演を期待したいところではありますが(笑)。  


No.1403 8点 ある詩人への挽歌
マイケル・イネス
(2022/01/24 04:25登録)
(ネタバレなし)
 1918年の歳末。スコットランドの古城エルカニー城では、学識があり詩集の著作もあるが、ケチで横暴な60歳代の城主ラナルド・ガスリーが、いささか常軌を逸した言動を見せていた。その奇矯が城下の村人たちの噂になるなかクリスマスの夜に、二人の若い男女が、成り行きから城の客として迎えられた。だがその夜、城では悲鳴とともに思わぬ惨劇が生じる。

 1938年の英国作品。
 旧訳ももちろん持っていて側にあるが、このタイミングなので折角だから刊行されたばかりの創元推理文庫の新訳で読んだ。
 これで『学長の死』『ハムレット』と、アプルビイものの初期長編3本を順番に読破だが、結局、これが一番面白かった。

 魅力というか楽しみどころに関しては、すでに本サイトでみなさんにあらかたそのポイントを言われてしまっているが、思っていた以上にドイルでチェスタートン。自分の場合は、まずその感慨が先に来た。
 (中略)の切断のくだりなど、情報が後出しじゃない? と細かい文句もないではないが、作者的にはちゃんとあの文芸設定で布石を打っていたのだろうから、不満を言ってはいけないか。いや、得点的に見ればまったくアリではありますが。

 本サイトでは読みにくいと悪評の序盤も、新訳のせいかほとんどストレスを感じない。ちなみに今回の新訳は話者が交代するたびにちゃんと一人称を差別化する工夫を施しており(「わし」→「僕」→「私」→「僕(最初とは別人)」……など)、その辺の気配りも実に良い。教養文庫版はこの辺はどうだったのかな?
 おかげでスラスラ読めたし、終盤の情報密度のコンデンスぶりも快感。

 個人的に、読み進める際に(中略)を作っていたおかげで、大ネタのひとつはハハーンと予想がついてその辺は当たったが、さらに波状攻撃してくる細かい文芸の仕込みにはシビれた。英国の先駆の二大作家ばかりか、本邦の戦後ミステリのあれやこれやまで想起する。

 イネス面白い、改めて本気でそう思う。次作4作目もこのノリみたい? なので、このまま続けてシリーズを読めるのが楽しみ。


No.1402 6点 ロンリーハート・4122
コリン・ワトスン
(2022/01/23 05:09登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の後半。イングランド中部のフラックス・バラの町で、オールド・ミスのマーサ・レキットが失踪した。さらにその二か月後、未亡人リリアン(リル)・バニスターも、行方不明になっているようである。地元警察の警部ウォルター・バーブライトは、居なくなった女性たちと土地の結婚相談所「ハンドクラスプ・ハウス」との接点を認めるが、一方でロンドンから来た中年~初老の女性ルシーラ(ルーシー)・ティータイムもまた、くだんの結婚相談所に接触を図っていた。

 1967年の英国作品。
 評者は、数年前に翻訳された創元のワトソン(創元はワトスン表記)作品は『愚者たちの棺』の方のみリアルタイムで読了。そちらは正直、面白いようなイマイチのような感触だったが、今回はソコソコ~なかなか楽しめた。

 全体の3分の2~4分の3くらいまで読み進んでも、犯人当ての謎解きミステリぽくないので、これはパズラーじゃないだろ、いささか変化球の警察小説? かと思っていた。そしたら終盤でいきなり、結構な(中略)とともに、パズラーらしくなる。なるほどね。

 ネタバレになるのであまり詳しくは書けないが、ある種の仕掛け+全体の作劇の構成そのものを機能させた合わせ技の作品で、こういうのは好み。
 
 でまあ、nukkamさんのおっしゃるとおり、ラストの部分はすんごく舌っ足らずである。ただまあ、こっちで想像すれば、たぶんそうだったんだろうな、という犯罪の組み立てはなんとなく見えてくるとは思えるし、ソレが正解なんでしょう。だから、たぶん。
 
 原書の刊行時期が、映画の人気を下地にした007ブームの最盛期、スパイものの隆盛の頃合いのため、英国で秘密諜報部員タイプの男がモテる、という趣旨の時事ネタがあるのには笑った。本文中に「ボンド・シンドローム」なる言葉が出てくる。英国の推理文壇全般が、大きく関連のムーブメントに巻き込まれていた気配が読み取れる。

 ちなみにそもそもこの本は、もともと読まずにパスしようかと思っていたのだった。(創元の先行分がイマイチぽかったので。)
 が、先日、70年代前半の「ミステリマガジン」誌上の、未訳の原書紹介コーナーにて、松坂健氏が本作を(もちろん英文で)読み、ホメていたのを再発見。じゃあ、読んでみようかと手にとったのだった。
 うん、面白かったです。松坂さん、ありがとう。

 評点は7点に近いこの点数ということで。

【2022年5月11日】
 一部、本文を改訂しました。


No.1401 5点 きみがいた世界は完璧でした、が
渡辺優
(2022/01/22 07:11登録)
(ネタバレなし)
 「俺」ことゲームヲタクの青年・日野春人は、工学部情報工学科の大学二年生。太目で冴えない外観だが、笑顔には自信がある。そんな日野は、所属するサバイバルゲームの新部員となった後輩・宮城絵茉(「エマ」)に心を奪われてしまう。エマはセミプロでサバゲー雑誌のモデルなどもする美人で、そして日野の好きな異世界ファンタジーゲームのヒロインにそっくりだったからだ。エマに二回も告白しては玉砕する日野だが、そんな彼はエマのSNS周辺に出没する謎のストーカーの気配を認めた。日野は友人たちの力も借りて、そのストーカーの正体を暴こうとするが。

 6年前の処女作『ラメルノエリキサ』以来、久々にこの著者の作品を読んだ。今回は処女作以上に普通の青春ミステリっぽいが、とりあえずは謎のストーカー探しのフーダニット? の謎? と、何か事態の奥にあるのであろう主題またはメッセージを探りながら読み進める。

 ……しかしながら、最後まで読むと存外に他愛ない話で、最後のサプライズ? も、はあ、そんなもんですか、という感触。ただもしかしたら、そこがこの作品の肝だと、作者の方は思ってるのかもしれない。

 でもこれって、例えるなら、タイトルマッチを喧伝したボクシング試合に観客を集めておいて、いざゴングが鳴りかけた瞬間に一方の選手がリングから駆け下りてそのまま逃亡し、どうです、滅多に見られないモノを見られたでしょうと、事態をお膳立てしていたプロモーターが得意がっているような、そんな感じの作品でもあった。まあいいけど(←よくねーよ)。

 ただまあ、一流半~二流の青春小説と思って読むならば、ソコソコ嫌いではない。まあマトモなミステリと思って読まないことだけは、オススメする。


No.1400 5点 むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。
青柳碧人
(2022/01/22 06:45登録)
(ネタバレなし)
 今回は5本のエピソードを収録。
 全5編は一貫してゆるやかに世界観の連鎖があり、特に最後の二つは前後編的な構成になっている。

 で、内容的には、日本昔話ミステリの前作(本シリーズの第一弾)『むかしむかしあるところに、死体がありました。』よりも一本一本の作りこみ度、練りこみ度は増しているのだけれど、それらの大半が、深化のための深化、続刊ということでレベルを上げなければいけないというプレッシャーにとらわれた感じであまり面白さにつながらない。要するに全体的にゴチャゴチャしすぎ。
(ちなみに、評者は昔話ミステリシリーズの第二弾『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』はまだ未読です。)

 中では「竹取物語」ネタの第一話が、比較的マシか。あと、第2話は謎解きミステリの部分よりも、導入されたある種のSFギミックの効果の方が面白かった。
 最後の前後編なども、狸が変身したらその姿になれども、その変身した対象の固有の能力までは使えない、というロジックなんか割と楽しいと思うのに、解決は悪い意味でその先へその先へ行き過ぎた感じであった。

 作者的には前作の完成度ではユルかったという反省があるのかも知れないけど、前のは「浦島太郎」ネタを筆頭にシンプルかつ意外な真相(発想)で、そこが楽しかったんだけれどな。
 ただまあAmazonなんかのレビューを読むと「昔話ミステリ」シリーズ3冊の中では、今回がいちばんシンプルで面白かったとか、評者と真逆の感想を述べている方もいるし、もしかしたら読み手との相性もあるかもしれない。


No.1399 5点 ベッドフォード・ロウの怪事件
J・S・フレッチャー
(2022/01/20 06:33登録)
(ネタバレなし)
 1923年10月のロンドン。20台半ばの青年でクリケットとラグビーの選手であるリチャード(ディック)・マーチモントは、親代わりの叔父で独身の弁護士ヘンリー・マーチモントと、ロンドン法曹界のメッカといえる地区「ベッドフォード・ロウ」にある法律事務所で対面する。そこでヘンリーは甥に向かい、かつて25年前にロンドンの経済界を騒乱させ、多くの者を経済的に破綻させた男ジェイムズ・ランドことジョン・ランズディルが久々に姿を現した、今夜、正式に彼と対面するつもりだと告げた。しかしランズディルの名を聞いてリチャードは、心の中で驚く。それは、リチャードが最近恋仲になった南米出身の若い娘アンジェリータの苗字と同じだったからだ。リチャードはその事実が何かの暗合かどうか判然としないまま、一旦、叔父のもとを退去する。だが間もなく、ベッドフォード・ロウでは予期せぬ殺人事件が起きた。
 
 1925年の英国作品。
 
 ……うーん、話のテンポがいいのは好ましいのだが、一方で内容に何ら外連味もなければ、読みごたえを感じさせる要素もなく(あるいはかなり希薄で)、作中の事象がどんどんリズミカルに羅列されていくだけ、という感じの作品。

 犯人捜しの要素も、終盤ギリギリまでフーダニットの興味を引っ張る作劇もちゃんとあつらえているのだが、何だろうね、このストーリーの薄っぺらさは。

 巻末の解説では、横井司氏がかなり丁寧に、本作の構成要素を腑分けして、そのファクターの意味するところをそれぞれ語っている。その記述を読むと、うんうんそうだねと思うものの、気が付くとそれらはみんなミステリ史上の里程的な後先(あとさき)の話題とかが大半で、つまりは文学史的な分析になっていても、だからこの作品は面白いのだ、という主張や読者への求心には、あまりなっていないような……。
 あ、20世紀初めの英国の風俗描写としての楽しみどころは、確かにちょっぴりはあるかも。

 時間つぶしにはなるかとは思うが、謎解き、あるいはサスペンス、捜査ものミステリ、それぞれとしての楽しみを与えてくれる一冊かというと、正直どうなんだろうね、という感じ。
 もしかしたらこーゆーのを、本当の意味での「凡作」というのかもしれない(汗)。


No.1398 6点 なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?
アガサ・クリスティー
(2022/01/19 07:10登録)
(ネタバレなし)
 第一次大戦後の英国。ウェールズ地方の小さな海辺の町マーチボルト。身体上の理由から海軍を退役させられた20代後半の青年ロバート(ボビイ)・ジョーンズは今後の進路も決めかねて、無為な日々を送っていた。そんなある日、友人の中年の医師トーマスと崖の上でゴルフを楽しんでいたボビイは、崖下に重傷の男性を見つける。トーマス医師が人を呼びに行く一方、その場で危篤の男性を見守るボビイは、その相手から謎の末期の言葉「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」を聞いた。この件に関心を抱いたのは、近所の伯爵令嬢でボビイの幼馴染フランシス(フランキー)・ダーヴェントである。若い二人は死者の検死審問で覚えたさる疑念から、さらに事件に深く介入していくが。

 1934年の英国作品。
 作品の素性(クリスティーの著作における順列など)はすでに本サイトでもみなさんが語ってくれているとおり。
 評者は小学校の高学年、図書館で本作のジュブナイルリライト版(たぶん偕成社の「すりかえられた顔」)を読んだきり。冒頭のダイイングメッセージの謎とラストシーンの雰囲気以外、まったく中身を忘れていたので、懐旧の念も込めて読んだ。
(で、やっぱり中身は、ほぼ完全に忘れていたね。)

 事件からみの重要人物が(中略)など、あまりに無警戒ではないか? その辺はイクスキューズが欲しいよな、という不満が早くも前半で芽生える。さらに犬棒式に主人公コンビが動けばヒットする作劇もイージー。
 途中までは、なんだこれは、赤川次郎の手抜き作品の先駆か? という気分であった(……)。

 とはいえ見せ場の多い筋立てはさすがに退屈さとはまったく無縁だし、黒幕(の中略)の正体も早々とわかるが、それでも後半、それなりに事件を作りこんであるのは認める。
 まあ主人公たちのピンチの際、デウスエクスマキナとしてあまりにも唐突に再登場する某サブキャラの運用は、あっけにとられつつ、その力技めいたダイナミズムの程に、ケタケタ笑ったが。

 あと『秘密機関』といい、これといい、この時期のクリスティーって実はかなり潜在的に<密室殺人>に執着している気配があるよね。結局は「そんなハイレベルなものは作れない」と、いつも早めに悟っちゃうのか、すぐにネタを明かしちゃうけれども。

 終盤、第34章でのあのキャラクターの物言いは印象的であった。こういうタイプの登場人物の造形にこだわるクリスティーの偏向が伺える。もしかしたら、今後のスパイスリラー路線でのレギュラーか、毎回の悪役たちの向こうにいる影の人物として運用したかったのか、などとも考えてしまった。モリアーティかのちのニコライ・イリイチの小粒版みたいなキャラが欲しかったりして。

 みなさんがおっしゃるようにダイイングメッセージの扱いはアレだし、悪役側の動きも振り返るともうちょっとシンプルにできなかったのかな? とも思うが、まあまあ佳作ではあるでしょう。主人公コンビがもうちょっと、魅力的ならなお良かったけれど。

 しかし本作のみならず他の活劇ものまで含めて、頭を殴られて気絶~場面転換、の多用ぶりはクリスティー、いささか安易だ(笑)。

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