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ミステリの祭典

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密室殺人ありがとう
日下三蔵編

作家 田中小実昌
出版日2021年09月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2022/02/16 03:59登録)
(ネタバレなし)
 カーター・ブラウンやA・A・フェア、87分署シリーズその他の翻訳で知られ、創作者、エッセイストほかのマルチ人間としても多大な業績を残した田中小実昌の、まだ本に一度もなっていない、雑誌に埋もれたままの広義のミステリ短編を12本集めた一冊。

 こういう、昭和期を主体に活躍した作家の未書籍化の中短編の発掘企画といえば、論創社のハードカバーかはたまたマニアックな同人出版あたりが専科だが、こういう風に一般書店に並ぶ文庫の新刊で出してくれるのはありがたい。功労者はおなじみの日下先生で、今回もありがとう。

 先に12編の広義のミステリと書いたが、マトモなパズラーや私立探偵小説などの類は一本もなく、よく言えばバラエティに富んでいるし、悪く言えば方向性のバラバラな作品群の集成。

 1971年から81年までの雑誌に掲載された作品が収録されたが、その大半はもっと前の時代の戦後すぐから昭和30年台~40年代の前半までを時代設定に置いたもので、それぞれの作品にはかなり奔放かつ勤勉な半生を送った作者自身の影が見える(ほとんど作者の分身みたいな、プロやセミプロの翻訳家のキャラクターが登場する話も多い)。

 そういう時代色の上で、話の方向は前述のようにかなり雑多な賑わいを呈し、人生の裏側を覗くような人間ドラマもあれば、昭和の裏面史を切り取るような逸話、さらには意外に正統的な? ゴーストストーリーめいたホラー(というよりモダンな怪談か)みたいなものまで語られる。

 ご存じのとおり、作者は文章は達者な御仁なので、日本語的に読みにくいなどということはまずないが、独特のペースの口上みたいなテンポはあり、それに合わないとちょっとキツイ部分もないではない。あと、話によって文章の重みがチェンジアップされるというか、雰囲気が変わるものもあり、それは続けて読むとちょっとペースを狂わされる感じもした。

 一本一本それぞれツマラないわけでは決してないが、他の作家といっしょにバラバラに一本ずつ雑誌で読んだときの方が楽しめるような雰囲気もある。
 
 まあそれでも、もう1~2冊、こういう初書籍化の形で個人短編集を組めるかもしれないとのことなので、ソレはそれでまた、期待しておきたい。

 最後に余談だが、田中小実昌の最初の翻訳本は、ポケミスのJ・B・オサリヴァンの私立探偵もの&幽霊探偵もの『憑かれた死』だったそうだが、本書中の収録作の中で、前述した作者の分身みたいなキャラクターがそのときの記憶を述懐。オサリヴァン当人と個人的に手紙をやり取りし、向こうから新刊までもらったエピソードなども語られている。たぶん実話であろう。本書はそういうミステリ翻訳家・田中小実昌の地の顔をちょっと覗かせてもらえる、そんな私小説っぽいというか、余禄的な愉しみも授かることのできる一冊であった。

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