人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2107件 |
No.1547 | 6点 | 伊豆七島殺人事件 西村京太郎 |
(2022/07/10 07:02登録) (ネタバレなし) 人類の未来の海中文明を展望し、そのための海洋開発実験を続ける大企業、新日本重工。同社は伊豆七島の一角・神津島の海中40メートルに居住空間「海の家」を沈め、海中生活の研究に勤しんでいた。だがその深さ40メートルの海中の施設内で、殺人が発生。しかも現場は広義の密室といえる状況だった? 業界誌「海洋ジャーナル」の青年記者・瀬沼は、成り行きそしてとある人物の請願を受けて、この事件の調査を独自に進めるが。 先日、刊行されたムック「西村京太郎の推理世界」をつまみ食い読みしていたら、本書の高評に遭遇。何より、海中の密室という特殊な趣向が良いとのこと。うん、ソレにはまったく同感。大いに気を惹かれる。 で、本作は、しばし気になる初期の西村作品の一本(それも完全なノンシリーズもの)で、まだ本サイトでも誰もレビューがない。じゃあ、と思い、読んでみる。評者は先日、ブックオフの100円棚で入手した光文社文庫版で読了。 本作の大設定といえる、海洋開発プロジェクト。これには相応の人間が関わっているみたいなので、それじゃ、かなりの頭数の登場人物が出て来るなと覚悟したが、実際にはそんなでもない。 同時に容疑者の方も物語の中盤には、片手の指で数えられるくらいに頭数が絞られる。そういう意味ではかなり読みやすい。 探偵役の瀬沼がトリックを暴いては、また次の障害や不可能性が沸き起こってくるその繰り返しで、このしつこさはなかなか良い。 一方で本作の弱点として、トリックに凝るのは良いのだけれど、作中のリアリティで言うなら、犯人はここまで(あれこれトリックの労を費やした)殺人をしないだろ、とツッコミたくなるところ。あまりに犯罪のコストパフォーマンスが悪すぎる。もっとシンプルに目的を果たすこともできたよね? その辺はホントに、リアリズムだのアクチュアリティだのに目をつぶった、お話フィクションの世界という感じであった。 そういったある種のウソ臭さをミステリの様式美として割り切れる人なら、それなり以上に面白い力作で佳作~秀作だとは思う。 ただ一方で、西村作品を百冊単位ですでに読んでいる人が、本書を初期作品ワースト10の一角に入れてたりする。もちろんその実際のところの判断基準は余人にはわからないんだけれど、本作の評価がヨロシクない人もいるという現実は、まあ理解できるような気もしないでもない。 評価は7点あげようか迷ったけれど、ギリギリのところでこの数字で。 前述のように、ミステリなんて(いい意味で)ウソ臭くていいじゃん、という向きの方なら、もうちょっとストレスを感じずに楽しめるかも。 |
No.1546 | 5点 | 遺書の誓ひ カルロ・アンダーセン |
(2022/07/09 15:45登録) (ネタバレなし) 英国の田舎町シェルムスフォードの周辺。そこにあるスタンフォード公爵家の別荘で、現当主のフィンスベリイ卿が何者かに殺害された。知己であるスコットランドヤードのケネディ警部から情報を得た「スター」紙の事件記者ベシィル・スチュアートは、友人でケネディも一目置く私立探偵ウィリアム・ハモンドとともに現地に向かうが、事件には思わぬ秘められた真実があった。 デンマーク出身の作者が1938年に著した長編ミステリ。 実作者かつ本作の翻訳者である吉良運平の旧訳2本(本作とデリコの『悪魔を見た処女』)が、今年になって論創海外ミステリ叢書で「吉良運平翻訳セレクション」の肩書で、一冊に合本した形(表題作はデリコの方)で復刻されたので、それで読んだ。 くだんの論創ハードカバー巻末の丁寧な解説によると、英米のミステリ界の繁栄を横目に見たデンマークの出版界が独自のミステリ賞を設け、その栄冠に輝いたのが本作らしいが、作中の探偵役ハモンドがシリーズキャラクターかどうかなどはわからない。 なお作者は1930年代から英国の企業の代理店の代表として働いていたようなので、本作の舞台が本国デンマークでなく英国なのもその、その辺と関係があるかもしれない? タイトルの通り、被害者の富豪が遺した遺書、さらにはその周辺に集う雑多な人間関係に踏み込んでいく物語だが、事件関係者への尋問が続く展開は良くも悪くも地味。 途中でストーリーが殺人現場である? 別荘を離れて、とある場所に移動してからは、事件の奥行きも覗けてきて少し面白くなる。 ただし謎解きとしては、(一応の手掛かりは設けてあったものの)かなり煩雑であまりカタルシスがない。その決め手になった手がかりも作中の人物ならともかく、読者の方では共通して情報を得にくい、ちょっと……という感じのものだ(これでもオッケーというパズラーマニアの人もいるかもしれないが)。 悪くはないが、全体的に華もなく、楽しみどころもゼロではないにせよそんなに多くはない一編。 英国ミステリのカントリーハウスものっぽい雰囲気は、よく出ているとは思うが。 |
No.1545 | 7点 | 俺ではない炎上 浅倉秋成 |
(2022/07/08 06:58登録) (ネタバレなし) その作品の作者ファンの視点で新作を褒める場合の常套句として「予想を裏切って期待に応えてくれた秀作」と、いうような言い回しがある。 つまり、今回もよくも悪くもいつもの作者らしい内容なんだろうなと予期していたら、意外に送り手の引き出しの広さで受け手の度肝を抜き、一方でトータルの充実度としては、従来と同等かそれ以上に確かな満足感を与える良作という意味だ。 そういう修辞を踏まえるなら、この作品はトータルとしては十分に<ただいま好調の浅倉秋成の新作>という期待には応えてくれたものの、一方で予想の方は、あんまり裏切ってくれていない、という感じか。 優秀作だった前作『六人の嘘つきな大学生』でまたひとつ評価を上げた作者の新刊として見るならば、とにもかくにもミスディレクションや小説上のテクニックが、前作と横並びすぎる(こう書いても、ミステリとしてのネタバレにはなってないと思うが)。 とはいえ<その辺>は恣意的にハズす訳にもいかないだろうし、ソコらは作者も編集者も苦労した上であれこれ採択したんだろうなあ、という感じ。 次の作品は高木彬光でいうなら『魔弾の射手』か『白妖鬼』レベルの、あるいは横溝なら『吸血蛾』レベルの、肩の力を抜いたズッコケ作品を書いてくれてもいいんだけれどね。その方が作家としては長持ちしてくれそうだし。 でもなかなかそうも、行かないんだろうなあ。 一編の作品としては十分に、面白かった&心に響いたけれど、いろいろとメンドクサイことをつい考えてしまった新作でありました。 |
No.1544 | 7点 | アリスが語らないことは ピーター・スワンソン |
(2022/07/07 15:19登録) (ネタバレなし) アメリカはメイン州ケネウィックの町。中堅規模の古書店を営む50台の男性ビル・アッカーソンの転落死が伝えられた。ニューヨークの大学で卒業間近だったビルの息子ハリーは慌てて帰郷し、ビルの後妻である30代の美しい継母アリスから事情を聞く。だがハリーはしばらく実家に留まりながらも、父の葬儀の前後から不穏な気配を感じた。一方で物語は、アリスの少女時代からの半生を並行して語り出してゆく。 2018年のアメリカ作品。 日本でも近年人気なような作者スワンソンだが、評者は初めて著作を読む。 ノンシリーズのサスペンスものだが、巻末の解説によると先行作『そしてミランダを殺す』と同じ架空の町ケネウィックを舞台にしているらしい。 各章の冒頭に「現在」「過去」の標記を設けて、ハリーの動きを主軸にした前者と、アリスの過去をメインとする後者が、ほぼ交互に並行した小説として語られる。 ちょっとあのビル・S・バリンジャーを思わせる趣向だが、向こう(バリンジャー)は表向きはメインキャラを共通させないような書き方という印象もあるので、似てるようで違う? かもしれない。 文庫版で400ページ以上とやや長めの作品だが、創元文庫としては文字の級数も大き目な方であり、訳文も平明で読みやすい。最後はちょっと疲れたが、それでも深夜から読み始めて朝には読み終えてしまった。 この作者を初読みなこともあって、どの程度にトリッキィなミステリ面での趣向を繰り出してくるか不明だったため、終盤でそれなりの大技にはまんまと引っかかった。 もちろんあまりここでは詳しくは言ってはいけない内容の作品だが、過去と現在の二つの時勢のストーリーの中核に最もいる登場人物がやはりアリスであることぐらいは、言ってもいいだろう。Amazonのレビューの中のひとつで、そのレビューのタイトル(感想記事の見出し)が言いえて妙である。 ラストも伏線というか、前もっての仕込みをムダなく回収している。 全体にソツなく、優等生的にまとめた感じの作品。 まあ、また、Amazonの一部のレビューにあるように、過去時制と現在時制の同一キャラクターの描写に断続感というか、同じ人物に思えない? ような箇所がまったくないというわけではないのだが、そこはグレイゾーンでギリギリ……という余地もある。 ちなみに本作は古書店の主人だった父ビルと息子で男子主人公のハリーがとも大のミステリファンで、我々にもおなじみの作者名や作品名がたっぷり出てくるのがとても楽しい。この描写がホントウなら、現在のアメリカでもちゃんと87分署シリーズは現役で読まれているようである(笑・楽)。 なおビルはリスト魔でもあり、趣味で「大学が舞台の犯罪小説ベスト5」なるものも作成(笑)。 作中でその作品名が羅列されているが、具体的には『学寮祭の夜』(セイヤーズ)『金蠅』(クリスピン)『失踪当時の服装は』(ウォー)『ニコラス・クィンの静かな世界』(デクスター)。邦訳があるこの4冊(評者はセイヤーズのみ未読だ)に、未訳のはず? のドナ・タートなる作家の「シークレット・ヒストリー」が挙げられて全5冊。 気になるので、この最後の一冊も、ぜひとも創元文庫で出してください。東京創元社さま(笑)。 【2022年8月30日追記】 上記のドナ・タートの『シークレット・ヒストリー』は1994年に扶桑社文庫から上下巻で邦訳刊行されていた。わ、恥。 さらに2017年には『黙約』と改題されて、新潮文庫にも入っていたらしい。機会があったら、どんな作品か、ちょっと覗いてみよう。 |
No.1543 | 6点 | 悪魔を見た処女(おとめ) エツィオ・デリコ |
(2022/07/06 05:51登録) (ネタバレなし) 1930年代のフランス。ピレネー山脈にある宿泊施設「泉ホテル」は、その日、ひとりの女性を新たな従業員に迎えようとしていた。ホテルに就職したのは、つい先までツールーズ地方の料理店「友の家」の女給だったマリイ・プーパン(愛称「ヌンヌー」)だが、人手が足りてきたので彼女は後見人の紹介で職場を変えたのだ。しかし実はマリイ当人は、6年間も暮らしたツールーズの町を離れることに乗り気でなかった。だがその山中の泉ホテルでその夜、とある常連の宿泊客が何者かに殺される事件が起きる。そんななか、ひとりの目撃者が「犯罪現場の周辺で悪魔を見た」と周囲の人たちに訴えた。 1940年のイタリア作品。 作者デリコ(デリッコ)のレギュラー探偵である、パリ警視庁機動捜査隊所属の首席警部(のちに警視?)エミイル・リヒャルド(エミール・リシャール)が登場する第8作目の長編ミステリ(らしい)。 1936年に開始されたリヒャルドシリーズが作者の本国イタリアではなく、フランス(主にパリ)を舞台としたのは、当時のイタリアがファシスト政権下にあり、国内を舞台にした新作犯罪捜査ミステリの執筆や刊行に制約がかかった現実ゆえの、回避策だったようだ。 評者は今回、今年の論創社の復刊を読むまで、本作の邦訳が「別冊宝石」にも収録(再録)されているのをまったく失念していた(現物は持っていたのだが)。まあ読みやすいという意味では、今年の新刊ハードカバーの方が俄然ありがたい。 山中ホテルの殺人事件に始まり、さらに縦横に物語がそして事件が、拡大・展開してゆく筋立ては、なかなか好テンポで楽しめる。 途中で物語が伏在していたサイドストーリーの方へ流れ込みかけ、その辺がメグレシリーズの某作品を連想させるのも興味深い。 (乱歩が本作を表してシムノンっぽい、と語ってる事由の一端はその辺にもあるだろう。) 最後まで読むとかなりトリッキィなアイデアを実は用いており、この辺を本当にきちんと、叙述やロジック、伏線などを整合させて仕上げれば結構な秀作になった、という思いもある。 が、残念ながら、できた実物は、そういったミステリとして練り込む方向に作者はあまり労力をかける気もなかったようで、単に、最後の最後に読者を驚かせて終わってしまっただけであった。 こういう内容なら本当は、読み手にサプライズを与えつつ、もっと感心させることも可能な作品を作れたと思うんだけれど。 それでも良い意味で作者のマイペースさを感じさせる、随所に味のある登場人物の描写(中盤で珍妙な隠し芸? を披露するワトスン役の医師ゲオルグ・ミルトンとか、リヒャルドの姉で妙に存在感のあるジュノヴィアとか)などは、キャラクターもののミステリとしての幅で楽しませてくれるようで悪くはない。ラストの数行の、事件終焉後のリヒャルドなりの優しさを感じさせる幕引きも、ちょっと温かい。 定型のリクエストではあるが、このシリーズの未訳のなかで他にも面白そうな作品がもしあったら、紹介してほしいとも思う。 |
No.1542 | 6点 | 名探偵と海の悪魔 スチュアート・タートン |
(2022/07/05 04:21登録) (ネタバレなし) 1634年。インドネシアのオランダ領バタヴィアから、アムステルダムに向けてガリオン船(当時の大型帆船)「ザーンダム号」が出航する。だが出航直前、ひとりの人物がこの船に呪いがかけられている旨の示唆を表した? その船内には、バタヴィアにて超人的な推理能力を発揮した錬金術師にして名探偵サミュエル(サミー)・ヒップスの姿があったが、しかし彼の待遇は客人でも乗員でもなく、何らかの罪状故にオランダへと護送される囚人としてだった。サミーの助手かつ友人だった軍人アレント・ヘイズ中尉は、可能な限りの便宜をサミーのために図る。そして出航した船の周辺では、死者の徘徊や幽霊船の出没、そして怪異な殺人事件までが続発する。 2020年の英国作品。 いわゆるジャンル越境ものの内容、そして二段組の活字ぎっしり400ページ以上の大冊で、国産のそこらの新本格ミステリ3~4冊読むくらいのエネルギーを消費した。それくらい全編フルスロットルな感触の小説。 それでもとにもかくにも何とか2日ぐらいで読めたので、ツマラナくはなかったが、海洋小説、オカルト風ホラー部分、そして謎解きミステリの興味が互いに主張しあって、読み手の側から見れば楽しみどころが相殺されてしまっている印象もある。 読み始める前は、この手のジャンルミックスものの長編として大好きなニーブン&パーネルの『ドリーム・パーク』とか沢村浩輔の『北半球の南十字星 (海賊島の殺人)』みたいなものを期待していたのが、そーゆー心地よさの方にはいかなかった。 (ただしあれもこれもと欲張った作者のパワフルさは認める。) あと、大ネタのひとつふたつ、たとえば<あー、このパターンなら、(中略)は(中略)なんだろう>とか、早々に読めてしまうのは難点。 まあフーダニット的な意外性はなかなかだと思うけれど、そのサプライズの度合いが作品の面白さにいまいち繋がらないのは残念。 ラストのクロージングは、この作品の大設定=17世紀の過去の世界が舞台、に似合った感じで良かった。 その辺の呼吸は、ちゃんと作者もわかってらっしゃるんだよね、という感じ。国産の冒険小説ミステリ作家でこーゆーものを書く人がもしいたとしたら、同様のまとめ方をしそうな印象もある、ある意味では王道の変化球だとも思うけれど。 |
No.1541 | 6点 | ランドルフ師と堕ちる天使 チャールズ・メリル・スミス |
(2022/07/03 06:35登録) (ネタバレなし) シカゴ市内のグッド・シェパード教会。そこで臨時主任牧師を務める、40歳の神学士兼哲学博士のチェサーレ・パウロ(「C・P」)・ランドルフ牧師。彼はかつて「コン(騙しの)・ランドルフ」と異名を取るトリッキィなプレイのプロフットボール選手であり、そしてこれまで成り行きから2つの殺人事件でアマチュア名探偵として手柄を立てた実績があった。そんなランドルフに、教会を運営する上層部から、とある依頼がくる。その内容は、テレビで人気を博す福音伝道師のプリンス・ハートマン博士が教会の宗派への入会を願っているので、その当人の適性を審議してほしいというものだ。くわえて教会周辺での人事問題にも煩わされながら、ランドルフはとりあえずハートマン当人に会いに行くが、そんな彼らの周辺で、思わぬ殺人事件が発生する。 1978年のアメリカ作品。 1974年から開始された、ハンサムな独身中年牧師ランドルフ師を探偵役に据えた都会派謎解きミステリシリーズの第三作目。 シリーズ第一弾『ランドルフ師と罪の報酬』は、本国ではあのJ・D・カーが毎号の書評役を務めていたEQMMの月評コーナー「陪審席」で賞賛。日本にもそんなカーの評価が、この作品の本編が翻訳紹介される前から伝わっており(70年代半ばのミステリマガジンに「陪審席」は毎月翻訳連載されていた)、同作が邦訳された際に相応の期待を込めて読まれたが、結局、わが国でのミステリファンの評価は、あんまり芳しいものではなかった。 評者も当時そのシリーズ1冊目だけ読んで、そこでシリーズとは縁がなくなってしまったが、このたび数十年ぶりにふと思いついて、未読のこの第三作を手にとってみる(シリーズ第二作『『ランドルフ師と復讐の天使』』はいまだに未読)。 で、読んでみると、お話のテンポはいい、登場人物も悪くない、というかイイ。 物語の前半、とりあえずキーパーソンの伝道師ハートマンが悪人か善人かはまだよく見えないうちに、それでも結構、現実的で調子がいい人物らしいとは判明。そのあたりの人物像が、当人の教会宛に送られてくる寄付への対応システムの人をくった叙述を通じて、なかなかユーモラスに語られたりする。 さらに中盤、ランドルフの恋人でテレビのニュースキャスターであるサマンサ・スタックが周辺の関係者から情報を得るため、ハニトラを仕掛けて結局はちゃっかりと逃げおおせる場面などもオモシロイ。 (あと印象的な場面というと、シカゴ市警の警部でランドルフと仲のいいマイケル・ケーシー警部補が、本筋とは関係ない雑多な殺人事件の現場にランドルフを付き合わせ、意外な鋭さを見せるところとか。) でまあ、これで肝心のフーダニットの部分がソコソコ決まれば、ミステリとしても佳作~秀作ぐらいにはなるんだけれど、う~ん……。その辺は、あらためてこの作品も、強引かつ雑な仕上げだね(汗)。 犯人の正体・設定についてのネタそのものは(よくあるものながら)もうちょっと面白く見せようもあったのに、コンナモンデヨカンベエイズムで済ませてしまった感じだ。 ほかの作家の作品、シリーズの一番近いところでは、デアンドリアのマット・コブものあたりかなあ。 結構その辺に似通うけれど、向こうよりはさらにお話のテンポはよく、一方でミステリとしてはやや弱い感触か。 ちなみにネットで情報を拾うと、本シリーズは全部で長編が6冊刊行。最後の一冊は作者の死去によって、やはり作家の息子さんが完成させたらしい。日本ではそのうちの3冊まで(本書まで)翻訳されて打ち止めになったが、まあ仕方ないか。これじゃミステリとしては、日本じゃウケなかったろうしな(汗)。 なんか、B~C級の都会派謎解き作品として、妙なほどに愛せる部分もあるんだけどね。評点はその辺を考えて。 |
No.1540 | 6点 | 天空の密室 未須本有生 |
(2022/07/02 16:04登録) (ネタバレなし) 令和X年。有人ドローン「エアモービル」の開発と本格的な商品化を目指す「モービルリライアント社(MR社)」の開発チームの面々は、試作三号機の完成までにこぎつけていた。そんななか、湾岸の35階建ての高層ビルの屋上で、トランクに入った女性のバラバラ死体が見つかる。だがそこは監視カメラと警報装置に守られた一種の密室だった。 初読みの作家だが、なんとなく名前がソレっぽいので新本格系の新人のお一人かと読む前は思っていた。やがてそれは勘違いで、だいぶ前に松本清張賞を受賞し、航空業界を舞台にした広義の連作ミステリシリーズでの著作も多い方だとわかる。 さらに評者が本作の読了後にTwitterを覗くと、作者ご本人がよく呟いており、新本格系の作りすぎたありそうもない世界はあまり好きでない旨の発言もされていた。う~ん。 実際、本作もその題名から、一人乗りの内部操縦型のエアカーが離陸したら、着陸するまでに中の操縦者が殺されているとかいった、ホックのサム・ホーソンものみたいなのを予期したが、死体が見つかる現場(広義の密室)が高所であることに、そういったケレン味的な方向での意味はない。 さらに本作の読みどころもフーダニットパズラーというよりは、エアカーの製作・開発を目指す主人公たちの「プロジェクトX」的なノリの企業群像ドラマ。ミステリはその付け足し……などでは決してないが、少なくとも作者の本当に書きたいものはそっちというより、航空業界への進出をはかる新勢力メーカーの奮闘譚という印象。 まあこれはこれで、まさに21世紀の清張か、はたまた梶山季之みたいな感じで新鮮に思えた(現行作品でそういう傾向のミステリ作品もなくはないのだろうが、評者はあまり縁がない)。 途中でこれはさすがにミスディレクションなんだろうな? と思いながら読んだ箇所もあったが、作者のミステリの作り方が我流っぽいので(勝手な印象ですみません・汗)、もしかしたら天然でやってるのかもしれないと、妙な緊張感のなかで読み進めた。なかなか滅多にない体験ではある。 トータルとしては、プロジェクトX風群像ドラマ>ミステリという前述の印象はそんなに変わらなかったけれど、まあこれはこれでいい。 たまにはこういうものも面白かった。 ちなみに被害者は最悪にイヤな人間で、久々に、殺されてザマアミロ、というフキンシンな感慨を覚えた(笑・汗)。まあ良くも悪くも、それだけわかりやすい明快なキャラクター造形ということだが。 評点はこんなものだが、悪い数字としてではない。 |
No.1539 | 6点 | デイヴィッドスン事件 ジョン・ロード |
(2022/07/01 05:57登録) (ネタバレなし) 英国の化学装置メーカー「デイヴィッドスン社」の現社長ヘクター・デヴィッドスンは、色と欲への執着が強い42歳の独身男。そんなヘクターは、自社の主力設計技師フィリップ・ローリーに、彼が考案した機器に対して常に30%のパテントを払う現在の契約に不満を抱いていた。ヘクターはローリーを強引に馘首し、さらにヘクターは、自分の秘書でローリーの恋人である女性オルガ・ワトキンスに手を出そうとする。ヘクターの従兄弟で会社の取り締まり役員の一人であるガイ・デヴィッドスンはヘクターに考えを改めるよう意見を述べるが、相手は聞き入れない。そんななか、そのヘクターが殺害されるが、関係者たちにはみなアリバイがあった。 1929年の英国作品。おなじみプリーストリー博士シリーズの長編第7冊目。 訳者の喧伝では、傑作、傑作との鳴り物入りだが、大ネタ(犯人の正体とその狙い)は評者にも察しがついた。 (たぶん翻訳ミステリになじんでいるファンなら、大方の読者が見当をつけられると思う。) で、まあアレよりはずっと後で、アッチよりは……(以下略。) それでも事件の組み立てそのものはなかなか面白い。 一方で20世紀後半以降の法医学なら、すぐに露見してしまうような、あるいは検視官や鑑識がソコを看過するのは強引なようなトリックという部分もあるのだが。 シリーズ第四長編『プレード街』の少し後の事件簿だが、この頃のプリーストリー博士はまだどこか若々しい感じがあって妙に新鮮に見える。 巻末の訳者の解説によると、今回の事件は物語世界の中でさる筋に遺恨を残し、次の第8長編まで影を落とすらしい。なんか面白そう。できれば続けて、そっちも読んでみたい。 傑作とも優秀作とも思わないけれど、佳作~秀作だとは思う。評点は7点に近いこの点数というところで。 |
No.1538 | 7点 | 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック 鴨崎暖炉 |
(2022/06/30 05:28登録) (ネタバレなし) 殺人現場が「密室」であり、そしてその前提の上で殺人方法の説明や立証が困難な場合、容疑者は推定無罪とされるという法規が確立された、もう一つの日本。「僕」こと高校二年生の葛白香澄(くずしろかすみ)は、年上の幼馴染みの朝比奈夜月とともに、山中のホテル「雪白館」を訪れる。そこは7年前に他界したミステリ作家、雪城白夜が遺した施設であり、今なお解明されない密室の謎が残る場であった。そこで香澄は思いがけない人物と再会し、そして新たな連続密室殺人事件に遭遇する。 ……いや、得点評価だけで言えば、かなりの快作ではないでしょうか。 密室殺人なんて現実味がないという、それこそ何十年も前からの耳タコな物言いを一蹴する(ぶっとんだ/あるいはアホな)世界観の設定に始まり、怒涛のごとく放り込まれるネタとアイデアの数々。 その密室それぞれの解法はなんというか「トリック小説で何が悪い」と居直った、ある種の潔さのようなものまで感じます。 (最後というか、山場のトリックがそれまでのものに比して人を食ったように一転シンプルになる、お茶目な演出もヨロシイ。) 殺人の動機のこなれの悪さとか情報の後出しとか、最後まで放っておかれた細部の叙述とか、あちこち突いて引きずり下ろせそうな箇所は結構あるものの、いびつなほどに偏った方向に手間暇かけた、そんな執念を感じさせるパズラー。こういうものも、十分にアリだとは思う。 (トランプカードの含意の部分にエネルギーを使うあたりもかなり好み。) 合わない人がかなり合わないであろうことは理解しますが、自分は支持します。 (ただし良く出来た作品、だとは言いにくいけどね。) クセの強い玩具ばかりが詰め込まれた大きめのオモチャ箱みたいな作品、というのが、今のところいちばん合っている修辞のような気がする。 |
No.1537 | 8点 | オードリー・ローズ フランク・デ・フェリータ |
(2022/06/29 06:52登録) (ネタバレなし) 1974年秋のニューヨーク。広告業界で働く30代の青年ビル・テンプルトンそしてその妻のジャニスは、自分たちの娘で10歳の美少女アイヴィーの周辺に出没するひとりの中年男に気が付く。やがて男=エリオット・フーヴァーは、かつて成功した実業家だった己の経歴を記した書類を提示し、テンプルトン夫妻に信じがたい話を語り始める。その内容は、お宅の娘アイヴィーは、10年前に享年5歳で交通事故死したフーヴァーの娘オードリー・ローズの魂の転生だというものだった。エリオットの正気を疑うテンプルトン夫妻だが、かつて幼少時のアイヴィーに生じたある異変がふたたび顕在化しはじめる。そしてそれはまぎれもなく、炎の中で惨死した幼女オードリー・ローズの悲劇を思わせるものだった。 1975年のアメリカ作品。 『エクソシスト』(原作は1971年、映画は1973年)が火付け役となった70年代前半~半ばのモダンホラーブームの中で登場した一作で、怪異のテーマはズバリ「輪廻転生(リーンカーネーション)」。邦訳はロバート・ワイズ監督の映画化(1977年に公開)に合わせて刊行された。日本語版ハードカバーのジャケットにも、映画のスチールが(特殊な色味で?)使用されている。 前述のように1970年代の往時には、玉石混交、映画化されたものもそうでないものも、あるいは映画のノベライズなども含めて、実に多数のモダンホラーノベルが邦訳刊行された感触があるが、ふと思いついて、その中の面白そうなものを手に取ってみる。 そして輪廻転生という事象そのものは、たしかにオカルトでスーパーナチュラルな観念ではあるが、直接的な恐怖になるかというと必ずしもそうでもないと思うし、ある意味ではきわめて地味なテーマだと見やる。それだけにソレをどうやっていかに一冊の長編モダンホラーに仕立てているのかと、ある種の期待を込めて読み進めたが、うーむ、後半の展開はこれが非常に面白い。 ネタバレにならないように書くなら、非日常の事象と日常的な現実世界との接点をどのように語るかがポイントだが、たぶん当時としてはかなり斬新で鮮烈な着想を用意し、そのネタをかなりパワフルな筆力で消化している。 <輪廻転生>という現実? に作中の登場人物がどう向き合うのか? 中盤~クライマックスで描かれるのはある種の<対決ドラマ>であり、アクチュアリティのデティルを積み重ねながら独自の物語世界をを積み上げていく、その手際が実にいい。 もう、この時代のこの手のジャンルの作品をホメる際の常套文句なんだけど、正にキングやクーンツの先駆的な趣もある。 ラスト、物語のクロージングもどういう方向で決着するかはもちろん言えないが、独特の余韻と情感、そして(中略)があってかなりインプレッシブ。 ちなみに評者はワイズ監督の映画は未見だが、ネットの評判を覗くと必ずしも評価は芳しくないようで? 原作の本書が文庫化もされず、元版だけで絶版になったのはそのためだろうか? とも考えた。 まあ重ねて言うけれど、テーマそのものは悪魔の出現とか、人が次々と死ぬ幽霊屋敷とか、そういう意味でのハデなものではないので、多くの類作のなかに埋もれてしまっていたのだとは思う。 (かくいう評者自身、実際に読んだのは、邦訳が出てから45年目だ・汗。) いずれにしても、予期した以上に面白かった。『エクソシスト』の域までにはいかないが、結構いいところまで行っているとは思う。あまり語られない再評価されない作品ということで、評点は0,5点ほどオマケしよう。 |
No.1536 | 6点 | 炎舞館の殺人 月原渉 |
(2022/06/27 06:36登録) (ネタバレなし) 遅ればせながら、読み残していたシリーズ最新刊を賞味。 紙幅がそんなにないこともあって2時間ちょっとで読めるが、ケレン味の凝縮感だけ言えば、シリーズ最高ではなかろうか。 特に(中略)VS(中略)のあたりはある意味ボーゼンとした。 たしかにどこかで見たようなトリックは、新旧の作品を連想させるが、ちゃんと主要人物の大半が身体欠損者という設定とも密接に絡んでいるし、良好なアレンジは為されていると思う。 ただし犯罪計画の展望に関しては、nukkamさんのご指摘の通り。万が一名探偵の介入がなかったとして、この場をやりおおせたとしても、その先が見えないよね、これは。 その辺はちょっと見過ごせないのでこの評点で。 とはいえトータルでは結構、愛せる作品です。 シズカシリーズとしても、ある意味で、必読の一編でもあるし。 |
No.1535 | 6点 | グランダンの怪奇事件簿 シーバリー・クイン |
(2022/06/26 15:51登録) (ネタバレなし) 吸血鬼、実体化する霊魂、ゾンビー、怨霊、人狼、異端者として惨殺された者の呪い……様々なモンスターや妖怪、死霊などを相手に活躍する、フランス人のオカルト探偵ジュール・ド・グランダンの事件簿。 作者シーバリー(シーベリー)・クイン(1889~1969年)はワシントン生まれのアメリカ作家。1917年に処女短編を書き、「ウィアード・テールズ」の創刊号(1923年10月号)から連載も開始した。 クインの看板作品で最大の人気キャラクターがこのド・グランダンで、「ウィアード・テールズ」の1925年に初登場。以降、のべ27年間にわたって92本の短編と1本の長編が書かれた大ヒットシリーズとなった。 本書はそのド・グランダンのデビュー作品「ゴルフリンクの恐怖」をふくめて10編の短編を収録した最初の短編集。1966年にアメリカで刊行された原書「Phantom Fighter」を作者の序文付きでそのまま訳出したもの。 思い起こせば評者が初めてド・グランダンに会ったのはミステリマガジン1974年7月号の「幻想と怪奇 オカルト探偵特集」でのこと。 ミステリマガジンは1970年前後からだったか? 毎年の7~8月号に、納涼お盆の意味合いで、そのシーズンに「幻想と怪奇」特集をやっているが、この時はちょっと趣向をこらしてゴーストハンターものの、あるいは広義のオカルト探偵といったシリーズキャラクターばかりを集めて特集を行なった。 その時の面子が、カーナッキにサイモン・アーク、ダーシー卿、ロン・グーラートのマックス・カーニイと、そしてこのド・グランダン(作者名シーベリー・クイン表記)であった。当時、子供だった評者はカーナッキとダーシー卿は名前は知っていたし、サイモン・アークの作者ホックにはもちろん馴染みはあったのだけれど、マックス・カーニイとド・グランダンに関してはまったく初見。 特にこのド・グランダンの掲載エピソード「月の光」は一応読んでみたが、いまいち面白さがわからなかったのをなんとなく覚えている。 (そー言えばその「月の光」はあれ以来読んでないな。いま読んだら、さすがにもうちょっと楽しめるだろう。) でまあ時は過ぎて21世紀。創元からはくだんのド・グランダンの唯一の長編までが翻訳紹介。日本でもそこそこメジャーになった? ド・グランダンだが、そーいえば15年ほど前にちゃんと一冊短編集が翻訳刊行されてるんだよなあ、仁賀先生、ありがとう、ということで思いついて読み始めてみた。 しかし最初に手に取ってから、読了までに時間がかかった(汗)。自分の記録メモを見ると、読み始めたのが今年の1月下旬で、たった10編のエピソードを消化するのに、ほぼ半年もかけている(大汗)。 いやこの手のバラエティに富んだモンスターや妖怪とのバトル事件簿ものは、特撮テレビの『悪魔くん』や『コルチャック』を含めて大・大・大好きなのだが、まったく同じようには行かなかった。 理由はいろいろとあって、基本的にお話の作りが事件の推移主体で少なくともこの初期編ではそんなにド・グランダンと相棒のワトスン役、医師トロウブリッジのキャラクター的な魅力が前面に出ていないこと(それでも本書の中盤からド・グランダンは、かなりとんがった性格が感じられたし、終盤に収録の話などでは結構、ハメを外したりしている)。あと一番大きい事由は、一本一本に結構な満腹感があり、サクサク読み進めるタイプの連作ではなかった、ということ。これはこれで仕方がない。 とはいえ最後まで読み終えてしまうと、ああ、もう終わりかとちょっと寂しさがよぎるのはいつものこと。 まあド・グランダンものは、雑誌やアンソロジーなどで読める、日本語にはなっているエピソードもそこそこあるみたいだけどね。 マイベストエピソードは、ビジュアルイメージ的に不気味な「死人の手」、語り口が効果的な「サン・ボノの狼」と同じく「フィップス家の悲運」、魔的なものの描写がなかなか恐ろしい「銀の伯爵夫人」など。 (実を言うと数か月前から読んでいたため、前半の収録作品は記憶と印象が相応に薄まってしまっている~汗~)。 もう1~2冊くらい翻訳短編集は出してほしい。ただし今度はもっと気軽に読める文庫みたいな仕様でお願いしたいところです。 |
No.1534 | 5点 | 名探偵は誰だ 芦辺拓 |
(2022/06/26 04:13登録) (ネタバレなし) フツーの犯人捜しではない? 探偵やら怪盗やら参事のあとの生存者やら……をそれぞれ捜す、7編のフーダニットパズラー……のハズなのだが、必ずしもその通りにはなってない。 季刊誌「ジャーロ」に毎号連載された連作短編を一冊にまとめた内容だが、途中で作者がネタ切れ、または飽きてきた感じがする。 第4話なんかは、この趣向を楽しめというより、(中略)の某人気エピソードのイタダキみたいだ。 全体的に思ったよりイマイチだったが、本書のメイキング事情を語るあとがきで作者が述懐していた<既存の短編を作者以外の筆で紹介されたら、まるで印象が変わり、のちのちまできっとこういう内容なのだろうとイメージが膨らんでいた作品は、実はどこにもないのだと、やがてわかった>という経験~それが今回の作品の執筆の原動になった~は、かなり普遍性がある話。評者なんかも身につまされるようで、作者のこの感慨は面白かった。 なおノンシリーズの連作集で、基本は毎回の登場人物も設定も変わる作品だが、最後の方に何か作者のファンにはわかるお遊びがあるらしい? そこまで年季の入った芦辺ファンでない評者には、イマイチわからなかった。たぶん本物のファンならわかるのであろう。 トータルとしての評点は、今回はこんなところで。 |
No.1533 | 7点 | 爆弾 呉勝浩 |
(2022/06/24 15:22登録) (ネタバレなし) 傷害と器物破損の容疑で逮捕され、野方警察署の等々力功刑事から取り調べを受ける、自称49歳の冴えない男「スズキタゴサク」。彼はもうじき爆発事件があると予告し、その通りの時刻に爆破事件が生じた。警視庁からも捜査一課特殊班捜査係の清宮と類家が野方署に赴き、改めて尋問が続くが、スズキがクイズ形式で情報を小出しにするなか、さらに次の爆弾が市民の被害を招く。この異常な事件の奥にあるものは。 腰巻にある千街晶之氏によるコピー「この作家は自身の最高傑作をどこまで更新してゆくのだろうか。」がなかなかインパクトある。まるで後期~晩年のロス・マクドナルドへの、アメリカミステリ文壇の評価だ(笑)。 で、評者がこれまで読んだ呉作品のなかでのベストは、文句なしに反転の強烈さと切れ味の鋭さが光る『ライオン・ブルー』(2017年)なのだが、これはそれに迫る手ごたえ。 実績の積み重ねで作者自身も5年前よりもずっと多くの支持者、ファンを集めていると思うので、たぶん本作は今年の話題作&優秀作として相応の評価を得るだろう。 どういう方向にストーリーが転がっていくかあまり書いてはいけない種類の作品なので、ここではそんなにものを言えない。 多様な種類やベクトルのギミックの仕込みも多く、心地よく読者を疲れさせながら、最後まで一気読みさせる秀作。 小説として叙述のこなれがちょっと良くない印象もないではないが、トータルとしての得点を考えれば十分にオツリがくる出来だ。 評点は、8点に近いこの点数ということで。 |
No.1532 | 6点 | 山峡の章 松本清張 |
(2022/06/23 17:57登録) (ネタバレなし) 日本橋の洋紙問屋社長の長女で女子大を出たばかりの娘・朝川昌子は、九州で一人旅をしていた。昌子は山道で、放牧中の牛に絡まられかけるが、そこを通りすがりの青年・堀沢英夫に救われる。堀沢と彼の親友という寡黙な若者・吉木と親しくなる昌子。昌子は帰京後も、経済計画庁の官吏であった堀沢と交際を続け、半年後に結婚した。そんななか、昌子の妹で積極的な性格の伶子は、姉の恋人の堀沢に、何か含むところのある視線を向けていた。かたや新妻となった昌子は偶然に新居のそばで、なぜか夫の親友のはずなのに挙式にも招待されなかった、あの吉木と再会するが。 昭和35年6月から一年半にわたり「主婦の友」に連載されたミステリロマン(連載時の旧題『氷の灯火』)。 またごく私的な話題で思い出ながら、本作品はあの「火曜日の女」シリーズの一編としてテレビドラマ化されたことがあり(1972年11~12月・全7回)、評者は大昔の少年時代にこの番組の冒頭だけ覗き、昌子役の大空眞弓が山道で牛についてこられて難儀したのち、堀沢役の男優に救われる場面をずっと記憶していた。 (牛につきまとわれるヒロインの窮地が端緒となるボーイ・ミーツ・ガール譚という、ある意味でぶっとんだ序盤のビジュアルが、よほど印象に残っていたのだろう。) ちなみに当時の新聞だかテレビガイドの類の情報誌だかで「清張は人気作家ながら、なぜかあまりテレビドラマ化されない」という観測がされており、その後20~21世紀のテレビドラマ史オールタイムを鑑みれば決してそんなことはないのだけれど、当時はとにもかくにもそういう見識を抱く向きもあったようだ。 しかし読みやすい作品である。 文芸誌ではなく一般総合誌に載った作品という大枠のなかで、当時の女性読者に向けて若いヒロインの動向に軸を置いた作劇がこの上なく明快。 しかし普通小説風の展開がミステリらしい方向に転調するのはかなりページが進んでからで、さらに事件の全貌もなかなか見えてこない。 読者がこの作品を読んで主人公の昌子の視点で追体験するのは、見慣れていたはずの日常が様変わりしていくそのモロさ、そしてそんな日常の世界の向こうに予期もしていなかった昏い現実があったという驚きと切なさである。 なお今回は、ようやく先にブックオフの100円棚で見つけた新潮文庫版で読んだが、表紙折り返しのあらすじは中盤のドラマの大きな転換ポイントはまだしも、終盤で明らかになるかなり大きなキーワードまで明かしているので、これから読む気のある人は、新潮文庫のあらすじは読まない方がいい。評者もできればココは予備知識なしで、十全なサプライズを愉しみたかったと心底思った。 少年時代から前述のような本当にちょっとした接点があり、それにようやっとカタをつけた一冊。今の感慨は、何よりまず「ああ、こういう話だったのね」である。 (もちろんここでは、はっきりとは書けないが、いろいろと、いかにもこの作者らしいネタであった。) ミステリというか、昭和の風俗やサブキャラクターたちの叙述も含めた昭和の読み物小説として普通に面白かったけれど、7点つけるほどではないな、ということでこの点数。フラットに見れば、佳作くらいか。 もちろん、色んな意味で、読んで良かったとは思っている。 |
No.1531 | 7点 | 女魔術師 ボアロー&ナルスジャック |
(2022/06/22 06:19登録) (ネタバレなし) 人気奇術師で旅芸人「アルベルト一座」の代表アルベルト・ドウ-トルと、その妻で美貌の女芸人オデットの間に生まれた男子ピエール。彼は少年時代を修道院学校の寄宿舎で送っていた。だが20歳のとき、父の死を契機に、母オデットが新たな代表となったアルベルト一座に参加し、芸人の道を歩み出す。一座にはヒルダとグレタという美しい双子の女マジシャンがおり、彼女たちは二人一役でステージ上では共通の芸名「アンヌグレイ」を名乗り、観客の前で<超人的な早着替え>などの芸を披露していた。ピエールはこの姉妹の妖しい魅力に惹かれていくが、当の姉妹はあえて双方の個性をぎりぎりまで秘め続け、まるで同じ性格と容貌の同一の娘が二人いるように見せかけて、ピエールを翻弄した。そしてやがて、ある事件が起きる。 1957年のフランス作品。(短めの長編『牝狼』もカウントして)ボワナロコンビの長編第六作目。 一座の代表で人気マジシャンだった父アルベルトは物語の本筋が始まる前に死んでしまい、これじゃ人名一覧に名前を並べる必要はなかったんじゃないの? という感じ。 さらにかつては美人だったが、今は50過ぎのデブ女になってしまった中年の母親オデットの悲哀なども語られ、なんかストーリーはミステリというよりは、小規模で落ち目の芸人一座のペーソス溢れる道中を主題にした普通小説という印象……と思っていたら、終盤の逆転で結構なサプライズを授けてくれた。 あまり詳しくは書けないが、これは後年の我が国の、某「幻影城」作家の作風の先取りであろう。 残酷で(誰にとって?)そしてあまりにも切ない動機が、胸にジワジワと染みてくる。 うん、これぞフランスミステリ。ボワナルコンビの諸作の中では、個人的にそれなりに上位に置きたい、そんな一編かもしれん。 |
No.1530 | 6点 | レオ・ブルース短編全集 レオ・ブルース |
(2022/06/21 18:55登録) (ネタバレなし) nukkamさんのおっしゃる通り、大方がショートショートのフーダニット(あるいはハウダニット)パズラーで、感触で言うとホックのサム・ホーソンものかレオポルド警部ものをさらにコンデンスにしている感じ。 遠出した際に電車の中で読むには、これほど重宝する一冊はない。家の中でも、旧式のパソコン(サブ機として常用)を立ち上げて管理ソフトがメモリーチェックするまでの合間にも一編読める(笑)。 特に楽しかったのは、屋敷の敷地内から忽然と自動車が消失する『跡形もなく』。真相は(中略)だがゾクゾク感では随一であった。 後半の『ありきたりな殺人』は素で読んで、先にまったく同じ話が載ってる(~を読んでる)ので、怪人二重掲載かとビックリしたが、解説をあわてて読んで「ああ、そういうことね」と得心。 とはいえこーゆーのは、巻末にボーナストラックという名目で、オマケ扱いで載せればいいんでないの? とも思ったりする。まあただでさえ凝った一冊なんだから、さらにややこしい編集にしたくなかったのかもしれんが。 期待通りに楽しい一冊で、7点に近いこの点数ということで。 (しかし作者には、キャロラス・ディーンの主役編の短編も書いてほしかったよねえ。) |
No.1529 | 7点 | 呪殺島の殺人 萩原麻里 |
(2022/06/21 05:33登録) (ネタバレなし) 穢れた呪術者の伝承が残る赤江島、別名「呪術島」。そこにある屋敷で目を覚ました僕は、断筆宣言した人気女流作家・赤江神楽(かぐら)の死体とともに密室の中にいたが、これまでの記憶を失っていた。果たして彼女を殺したのは自分なのか? 学友で民俗学研究家の女子・三嶋古陶里(ことり)の語る事件の真実とは? コテコテの新本格パズラー(連続殺人フーダニット)で、嵐の中の屋敷パターンのクローズド・サークルもの。文章は平易だが、級数が小さめの本文で360ページの紙幅はけっこう読みではあった。ミステリと関係なさそうな部分で描写が過剰すぎる印象もあるが、その中に伏線や手掛かりは散らばしてあるので文句は言えない。 手数は多い作品で作者の奮闘は十分に感じるが、その多くがどこかで見た読んだようなギミックであり、全体的に既存の新本格のパッチワークめいた感触が強い(ということで、その辺の「ドコカデヨンダヨウナ……」感が強い人には、厳しめの評価を食らうかもしれんな、コレ)。 なお昨年の暮れに三嶋古陶里が探偵役のシリーズ第二作『巫女島の殺人』が登場し、シリーズの公称は「呪殺島秘録シリーズ」と決まったようだが、そのタイトリングの仕方も、超メジャーな新本格の<あのシリーズ>に倣うもの。 (まあミステリ的なネタバレとはまったく思わないが、この辺はあんまり詳しく言わない方がいいかもね。) 評者はその第二作はまだ未読だが、たぶんシリーズを読む順番としては、絶対にこの第一作からの方がいいだろう。 前述のように新本格パズラーとしての新鮮味はあまりないのだけれど(二つ目の死体が登場するくだりは、ちょっと意表を突かれたか)、作者の奮闘は認めたい力作。『巫女島』も近々、読むでしょう。 評点は0.25点くらいオマケ。 |
No.1528 | 7点 | ノー・マンズ・ランド モーリス・ルブラン |
(2022/06/18 06:32登録) (ネタバレなし) その年の5月。英仏を繋ぐドーヴァ―海峡では不可解な異変が続発していた。水柱が竜巻となり、大型客船の数百数千の人命を犠牲にした。やがて自然の大異変は、英仏海峡をまたぐ幅100キロメートル以上の地盤の隆起として具現。英仏は完全に徒歩で縦断できる陸地となった。そんななか、最初に英仏を縦断したフランス人の29歳の若者シモン・デュボスクは、悪漢の手に落ちた婚約者イザベルを救うため、無数の無法者の天国と化した新たな大地を行くが。 1921年のフランス作品。 当然、創元文庫版で読了。 大地が失われる『日本沈没』とは逆の発想で、英仏海峡の海底が地殻の変動によって隆起。新たな陸地が生まれる話。 とはいえ新たな大地の誕生そのものは、その現象が起きて落ち着いたのちはもはやクライシスやサスペンスのネタにならないので、中盤からの物語は新天地出現の混乱のなか、略奪など蛮行を働く無法者たちが集う世界での、主人公たちの冒険行に切り替わっていく。 (要は、関東地獄地震後の『バイオレンスジャック』である。) あと一歩エロ描写に踏み込めば西村寿行の世界だという感じに、ルブランらしからぬ? 残酷で野卑なバイオレンス描写が続出するが、一方で最後までとことんマジメな主人公シモン、そして彼にからむメインヒロインやサブキャラクターたちの叙述がルブランらしくて良い。良い意味で、前世紀初頭のオトナのおとぎ話である。 もちろん決して推理小説じゃないんだけれど、中盤などちょっとしたサプライズめいた味付けに、広義のミステリのテクニックを動員してるのも楽しかった。 (とはいっても、こーゆー風に神の御業で二つの国がいきなり繋がったら、そこで最初に生じるのはまともな経済活動や文化のより活発な交流なんかではなく、無法な犯罪行為だという大枠の文芸は、フツーにドライで冷めたルブランのケンゼンな人間観を如実に示していてステキ。) なお巻末の訳者あとがき、うん、ヒロイン観に関しては全く同感ですね(笑)。 |