home

ミステリの祭典

login
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖
「多田文治郎推理帖」シリーズ

作家 鳴神響一
出版日2017年12月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2023/05/02 16:32登録)
(ネタバレなし)
 のちに書家、戯作者、そして学究の徒「沢田東江」として大成する、現在は26歳の学識に富んだ浪人、多田文治郎。彼は、学友で今は浦賀奉行所の青年与力となった宮本甚五左衛門と再会する。甚五左衛門は、江の島周辺の離島、「猿島」こと豊島で起きた六人もの男女が殺害される事件を担当しており、彼は文治郎の明晰な頭脳を見込み、捜査への協力を願った。惨状の殺人現場からは不可解な謎が浮かび上がり、文治郎たちは現地で見つけた、被害者の一人が書き綴っていた手記から事件の真相を探るが。

 時代小説の形質で書かれた、フーダニットパズラー。
 あらすじを読めば大方察しがつくと思うが『そして誰もいなくなった』オマージュの設定。最後のひとりまで殺されたと思しき被害者の面々以外、事件前後に出入りした形跡のない? 島での不可解な連続殺人の謎が語られる。

 主人公の文治郎こと沢田東江は実在の人物で、wikiなどによると、江戸時代の書道家・漢学者・儒学者。洒落本の戯作者。享保17年(1732年)~寛政8年6月15日(1796年7月19日)の生没で、本事件は1758年の出来事のようだ。

 文庫書き下ろしオリジナルの作品で、帯には「密室殺人の驚愕トリック」とあるが、実はことさら密室を強調する殺害現場の類はない(クローズドサークルの島は、広義の密室といえなくもないだろうが)。
 むしろ、原典の『そして~』同様、関係者(被害者)の最後の一人まで「殺された」!? ありえない! 謎の方が面白い。
 中盤で現場にあった手記が発見され、文治郎たちがそれを読み、先に検分した殺害現場の情報と照応しながら客観性を検証していくあたりも、『そして~』のもうひとつ向こうへ探偵役が挑む、謎解きパズラーの興味が濃い。
(フィリップ・マクドナルドの『迷路』とかに通じる、書記や手紙の文面を、作中の探偵役と読者が同時に推理する面白さもあるだろう。)

 真犯人を特定するロジックはなるほど、と思える一方、凶器についてかなり楽しい(昭和的というか)アイデアのトリックが出てきて喝采をあげた。似たようなのはどっかで読んだ気もするが、これとまんまなのは見た覚えがない。実にウケた。
 後半3~4分の1が、「金田一少年」シリーズ毎回の終盤のように、犯人側の事情の開陳になってしまうのは、良くも悪くも別のジャンル(謎解きミステリというより人間ドラマ)に雪崩れ込んだ感じだが、まあこれはこれで。
 優秀作というには、ちょっとだけ足りない気もするが、十分に佳作~秀作。

 なお多田文治郎の事件簿はシリーズ化もされているらしい。またその内、読んでみよう。

1レコード表示中です 書評