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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.1679 6点 高島太一を殺したい五人
石持浅海
(2022/12/04 08:41登録)
(ネタバレなし)
 講師たちの間柄がアットホームな職場。それが未亡人の塾長・高島多恵子が今まで築き上げた学習塾の評判だった。だが塾生のひとり、中学三年生の枝元絵奈は秘密の連続殺人犯であった。多恵子の息子で塾講師のひとり・高島太一は、家業の塾の生徒が殺人者という醜聞を秘匿するため、絵奈を謎の殺人鬼当人に殺されたように見せかけて殺害する。だがそんな太一の行為はほかの講師たち5人にも露見しており、彼ら彼女らはそれぞれ別個の思惑から、太一を殺害しようとするが、そんな面々が見たものは……。

 設定は、旧クライムクラブか1950年代のポケミスに散見した、当時の新時代の海外ミステリの波を思わせるようで面白かった。
 主人公の5人が何を認めて何をしようとするのかはナイショだが、そのあとの贅肉をそぎ落とし、ひたすらロジックを弄する作劇の流れもおもしろい。

 ただし弱点は、この物語の果て、やがて迎える終盤にサプライズを設けるなら、あの手しかないだろ、と思っていたら、まんまとその通りだったということ。
 正直、このオチは、大半の読者がヨメるのではないか。

 逆に言えば、あと、さらにもうひとひねりのツイストが用意されていれば、かなり高いコストパフォーマンスで最大級の効果を上げられたんじゃないかと思うんだけどな。

 佳作、にはなってると思う。


No.1678 6点
ビル・プロンジーニ
(2022/12/03 09:02登録)
(ネタバレなし)
「私」ことサン・フランシスコの私立探偵(オプ)は友人で元刑事のエバハートを仕事上の相棒に迎え、彼とともに複数の依頼を受けていた。そんなある日、設計技師の青年マイケル・キスカドンが、つい最近、実父の35年前の自殺を知った。その事実について調査を願いたいと申し出る。あまりに歳月が経っているため躊躇しかけたオプだが、キスカドンは当の父が著名なパルプマガジン作家のハーモン・クレインだったと説明。オプが探偵業界の中でも有名なパルプマガジンの収集家だと最初から知って、難しい案件を依頼にきたのだった。そんな依頼人の思惑にまんまと乗せられ、調査を開始するオプ。が、やがて白骨死体が予期せず発見される形で、過去の殺人事件が浮上してくる。

 1985年のアメリカ作品。他作家との合作編(向こうのレギュラー探偵との共演編)2本を含めて、オプシリーズ12番目の長編。

 巻頭でリスペクトの言葉とともにマクベインに献辞が捧げられているが、本作も本筋の事件を追うオプのメインストーリーと並行して、周辺キャラたちとの日常描写がふんだんに盛り込まれる。
 その意味でまさに87分署ものを連想させなくもない。

 ヤワい作りの多いプロンジーニのオプものにしては比較的、しっかりした方の謎解きミステリで、過去の作家クレインの死については閉ざされた室内での本当に自殺? まさか密室殺人? という方向に興味が誘導される。
 以前にも密室・不可能犯罪ネタを扱ったことのある本シリーズだが、今回の方が解決は、いくぶんマシになったような(それでも半ばチョンボな密室トリックではあるが)。
 
 というわけでストーリーそのものはそれなりに出来がいいし、作者が書き込んだメインキャラクターたちは相応の存在感だが、一方で送り手の興味のない登場人物は本当に影が薄い感じ。お話も作りは悪くないくせに、全編の緊張感が乏しいので、正直やや、かったるい。

 それでもちょっと余韻のある? クロージングを含めて、トータルとしてはまあまあの仕上がり。評価は佳作でいいんじゃないの。

【余談その1】
 中盤で、少し前から自分の事務所にエバハートという相棒を迎えたオプが、自分たちを同じサンフランシスコで1929年に活躍していたスペード&マイルズ・アーチャーと比較するのには笑った。いや、気分はわからないでもない。

【余談その2】
 オプと恋人ケリーが自宅で『ゴジラ対モスラ』なる映画のテレビ放映を観る場面があるが、正確にはそんな日本語表記される作品はない。1985年でまだゴジラVSシリーズも始まっていない時期の作品だから、これはフツーに『モスラ対ゴジラ』の方だな。


No.1677 8点 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件
白井智之
(2022/12/02 07:47登録)
(ネタバレなし)
 う~む。全体的にはもちろん面白かったが、自分の場合は下馬評の高さが期待を過剰に煽りすぎ、それゆえ読んでる間は、いまひとつ盛り上がらない感も……(汗)。
 ようやく本気で作品をスキになれたのは、最後の解決のくだりと、そのあとのエピローグの真相で、なのであった。
 ただし、前者の最大の大ネタはもちろん、後者のサプライズにしても、どこかで読んだような気がするのは、いささか歯がゆい。
 
 それでもトータルとしての加算で言えば、十分に力作で優秀作。
 その評価には、何ら異存はない。

 ちなみに最後のオチは、そういうことなのだろうと思って作者名と漢字一字を打ち込んでTwitterで検索したら、ああ、やっぱり……と腑に落ちた。
 すみません、自分はまだ(以下略)。

 7点にしようか8点にしようかギリギリ迷って、現状の気分でこの点数。

 それにしても今年の国内作品は豊作だのう。
 残りあとひと月、ダメ押しでどういう作品が出てくるか、楽しみではある。


No.1676 6点 密室演技
生島治郎
(2022/12/01 15:36登録)
(ネタバレなし)
 文庫オリジナル。1979~80年にかけて「小説推理」や中間小説誌に掲載された私立探偵・志田司郎主役編の短編を6本集めた連作集。

 以下、簡単に感想、あらすじなどのメモ書き。
(なおブックオフで買った本だが、目次の各編のタイトルの上下に鉛筆で、これは「裏窓」とか「大鹿マロイ」とかネタ元、または連想されるキーワードが書いてあるのには笑った。)

『過去との清算』……不動産業で成功している夫が悪い女に引っかかり、手切れ金を要求されているということで、その支払い役を司郎に願う妻が依頼人。短い尺数にテンポの良い展開が詰め込まれ、真相の意外性もなかなか。

『密室演技』……さる秘密を抱えて司郎に相談してくる、人気アイドル俳優が依頼人。密室殺人が生じるパズラー要素のある、本シリーズでのたぶん異色編。トリックはどこかで見たようなものだが、そういう意味で名探偵役を務める司郎の図が楽しい。

『目撃』……創作中の気分転換に、こっそり町の人々のプライベートを双眼鏡で覗き見する趣味がある若手推理作家の目撃したものは? これが『裏窓』(原作はウールリッチの『窓』だっけ)ネタの話。早めに犯人側のトリックを半ば明かし、後半は別の興味に誘導。

『歪んだ道』……姿を見せない謎の女依頼人がヤクザとの交渉を司郎に願う。『追いつめる』で重要な物語要素だった大物ヤクザ組織の浜内組が再登場し、志田司郎ファンには嬉しい一本。事件の意外性も結構な感じ(ただし、ある趣向から、先読みできる部分もある)。手元の古書の目次には本篇の上に「Good」と書き込まれていた(笑)。

『ねじれた女』……司郎が六本木の酒場で出会った美女は、さる秘密を抱えていた。あまり詳しく言えないが、ファンには、シリーズの中でもちょっと印象に残る話になるかもしれない。クロージングが読み手の情感を煽る。

『悪運に乾杯』……刑務所帰りの初老の男が、悪い男に騙されて覚醒剤中毒になっている娘を救ってほしいと依頼してくる。「大鹿マロイ」と目次の鉛筆書きにあったので、まんまの元カノを捜す話を予期していたが、だいぶ印象が違う。佳作。

 相変わらず、基本はやくざを相手に渡り合うトラブルシューター稼業の話が基本で、その上でそれなりのバラエティ感を抱かせるのは強み。
 大半のエピソードが仕事がない、金がない、という司郎のボヤキから開幕。この辺の人間臭さが(いささかテンプレで定番ながら)、志田司郎というキャラクターが長らく生島ファンから愛された事由ではあろう。

 いろんな長編ミステリの合間に、外出時の待ち時間や車内の読書用にもってこいの一冊であった。


No.1675 5点 幽霊は夜唄う
草川隆
(2022/12/01 07:32登録)
(ネタバレなし)
 1980年代半ばの東京。広告代理店の新卒社員・北川繁は、1960年代の懐かしのカルチャーに浸るのが趣味。そんな繁が古雑貨屋から購入した一枚のレコードは、1963年4月の本格デビューを目前に若死にした新人歌手・中谷ゆき(本名:山岸和子)の遺した楽曲だった。そしてそのレコードを聴いた繁の前に、生前の若いゆきの幽霊が出現。さらに彼女は繁の恋人の女子大生・原田昭子に憑りついて、夜の間のみ彼女の肉体を支配するが。

 1984年の書き下ろし長編。フタバノベルス版で読了。
 裏表紙には、幽霊のゆきが昭子の肉体を借りて再デビューしたのち、やがてゆきのおよそ20年前の死の真相を暴くミステリになる、といった主旨の内容紹介が書いてある。しかし実際に中身を読んでみると、犯人捜しのミステリ部は予想以上に浅く細く、これで「長編オカルト・ミステリー」を名乗るのはかなりスーズーしいんではないの? といささか呆れるほど。

 実を言うと読み始める前は、フィニイの『マリオンの壁』みたいな、幽霊、そしてもうひとりのメインヒロインの肉体を共有する三角関係ファンタジーなので、そんな設定の上で、本作本来の独自性を獲得するために、後半は謎解きミステリになるのだな? と一風変わった作りを予期していた。
 が、結局のところやがて暴かれるミステリ部分は正直、前述の程度のモノ。
 なんつーか、小学館か学研、旺文社の学習雑誌の別冊付録につく、若手作家の書き下ろしジュブナイルミステリみたいな感じだ。悪い意味で。

 作者自身が60年代カルチャーに興味があるっぽく、その辺を語るときは少し筆が弾むのは良かったが、芸能界の闇の部分は正にテンプレで書いた感じで、う~ん。
 古い少女漫画風のラストは、よろしい。
 
 評点は0,5点くらいオマケして、この点数で。
 まかり間違っても、ミステリとして、ちょっとでも期待して読んではいけない(そんな人はいないと思うが)。


No.1674 7点 シェリ=ビビの最初の冒険
ガストン・ルルー
(2022/11/30 18:43登録)
(ネタバレなし)
 たぶん20世紀の初め。フランスからギアナの流刑地カイエンヌに向かう、大型囚人護送船バイヤール号。その中には40人の女囚をふくむ800人の囚人がひしめき、さらに一部は家族連れで彼らの監視にあたる看守たちが乗船していた。そんな囚人たちの大半からカリスマ的な支持を受ける犯罪者は「シェリ=ビビ(大事な可愛い人)」の異名をとる青年ジャン・マスカール。もともとは肉屋の見習い職人で、地元の年上の令嬢セシリー・ブルリエに片想いの念を抱いていた。数奇な運命の繰り返しから闇の世界で一目置かれるようになったシェリ=ビビは、監房を脱出すると護送船上での反乱を開始したが。

 1913年に初出連載された新聞小説で、定本は1921年に刊行されたルルーの悪漢主人公「シェリ=ビビ」ものの第一弾。
 すでにルルーは1907年の『黄色い部屋の秘密』からルルタビーユものを始めており、そちらが軌道に乗ったなかで新しい主人公の活躍譚を求めて本作を執筆したらしい。

 今回はじめて日本には、ジゴマやファントマと並ぶ「フランスの怪人的悪人」として紹介(第一作が完訳)されたわけだが、シェリ=ビビのキャラクターは「怪人」というよりは、等身大の青年犯罪者という感じで、あえて言えば、おのれの内面について饒舌になり、読者に妙な親近感を抱かせるときのルパンに近い。

 殺人は行なうが、必要があればやむなくためらわず殺すものの、必要がなければ極力、殺傷はしないという線引きもかなりしっかりしている。
 たとえば評者が読んでみて、(最終的な倫理の善悪の枠内での是非はともかく)シェリ=ビビのあまたの殺戮で、その行為の原動が理解できないものは皆無だった。この辺は読み手と作品の距離感の上で、重要な要素であろう。

 物語はハイテンポに進んで退屈することはまったくないが、洋上の反乱劇の第一部と、後半、舞台を変えての第二部。本文一段組ながらハードカバーで通算500ページ以上のボリュームがあり、さすがに軽く疲れた。
 ちなみに本気で物語のサプライズを味わいたいのなら、国書の翻訳書のジャケットカバー折り返しのあらすじも読まない方がいい。中盤の大きなイベントを明かしてしまっているので。

 全体にお話作りは悪くないものの、主要登場人物のなかでしっかりキャラが立っているものと、けっこう悪い意味で記号的に語られて済まされてしまっているものが混在し、その辺はちょっとよろしくない。
 とはいえ印象的なシーンとか、ツボにハマるような細部の描写はなかなかなので、トータルとしては佳作~秀作。クライマックスの死闘のくだりも、なかなか迫力がある。

 なお本書の巻末の解説では触れられておらず、どっかネットで見聴きした情報だと思うが、シェリ=ビビはのちのシリーズのどこかで、我らがルルタビーユとも共演しているらしい(嬉!)。いつかその該当作だけでも翻訳してほしいものですな。


No.1673 6点 コンプレックス作戦
リチャード・テルフェア
(2022/11/28 07:11登録)
(ネタバレなし)
「私」こと諜報員モンティ・ナッシュは、DCI(対敵諜報部)のアメリカ本部に呼び出された。そこで上司テイラーと、3人の上院議員、下院議員から受けた説明によると、アメリカ国内で某国の戦略核兵器製造計画が秘密裏に進行しているらしい。その謎の計画の鍵を握るのは、ナッシュのかつての学友で、敵陣衛に洗脳された気配のある不動産業者ニック・トーマスだが、彼はつい先だって死亡したという。暗躍する敵の暗号名は「コンプレックス」? テイラーたちは無制限の費用と人員の人事権をナッシュに託し、最大特権の単独工作員(ソロ・マン)として事態の調査と敵の作戦の阻止に当たらせる。だが、いざ任務に就いたナッシュの前には、敵味方そして一般市民も含めて、死体の山が築かれていく。

 1959年のアメリカ作品。モンティ・ナッシュ、シリーズの二冊目。
 わずかな情報を探りながらナッシュが動き回るうちに、冗談のごとく人死にの描写が続出。
 80年代以降に書かれた、50~60年代スパイ活劇小説ジャンルを振り返ったブラックユーモアのパロディ作品のごときだが、そういう素性のものではなく、正に当該時期ど真ん中のその筋の一冊である。最終的にカウントされるナッシュの周辺で死亡する人間の数は20人近く。そのほとんどが一人ずつ死んでいき、そして最後には世の無常を嘆くナッシュの慨嘆でまとめる。
 いや、ここまで割り切った作りだと、ある意味、潔い。

 とはいえ物語の前半、標的の周辺に接近するため、あるいは探りの手を入れるため、手段を択ばないナッシュの準備の段取りはなかなか面白い。なんたってアメリカを核兵器から守るためという大義があるので、政府の秘密裏の公認でやりたい放題。
 ギャンブル好きの目的の人物に近づくため、NY警察の上級職刑事の同伴付で刑務所から凄腕のイカサマギャンブラーを連れてこさせ、延々延々とカード賭博の特訓を受けるくだりなど、おお、さすがは『シンシナティ・キッド』の原作者! という感じ。最高潮のテンションである。
(コーチの任務を一通り終えて去っていく際の、教導役のベテランギャンブラーとナッシュとの間の妙な連帯感と距離感が、笑えて泣ける。)

 ほかにも初対面の美人エージェントを動員し、これまで任務のために男と寝たことがないという彼女に半ば強引にハニトラを指示するあたりのナッシュのワル? ぶりも印象的。その辺もみんな、アメリカ市民を守るためということで正当化だ。クレイジー。

 テンプレといえばソレ以外の何ものでもない作りかもしれんが、作者の自覚的な毒気もあちこちに透けて見えて、なかなか面白かった。
 といいつつどっかの局面で、DCI本部はナッシュのもとに増援をよこしてもいいんじゃないの? とも思ったが(なんせ、コトがコトだし)、その辺は結局は最終的には、現場判断のヒューマン・ワークということか(ん~?)。
 
 B級の枠は微塵も超えないけれど、微熱にうかされたような勢いでいっきに読める作品ではある。終盤のドンデン返しもパターンといえばパターンながら、このお話の作りには似合うサプライズ。
 
 ヒトによっては、くだらね~読み捨て旧作スパイ小説、と謗るだけの一冊かもしれんが、個人的にはちょっとあれこれ思ったり感じたりするとこはあった。
 佳作……という言葉は、なんか違うな。まあその程度には十分、楽しめた。 


No.1672 6点 シェア
真梨幸子
(2022/11/27 08:28登録)
(ネタバレなし)
 ユーチューバーとしての利殖に頓挫した40歳の喪女で処女の鹿島穂花は、相続した新宿区内の古い古い家をシェアハウスに改造して家賃を得ようとする。環境を整える一方、大手不動産会社「ガラスの靴」の斡旋で6人の同世代の女性入居者が集まってくる。……が。

 久々に真梨作品を読んだ。
 帯には「これぞイヤミス!」と惹句があり、今回もおなじみの? という作風を期待させた。
 が、実際の前半の感触は、人間悲喜劇みたいな味わいでちょっとニュアンスが異なる印象。とはいえ中盤~後半からは(以下略)。
 
 ミステリ的には大仕掛けのミスリードが露骨で、本サイトに集うような読み手ならまず最低限のラインは見破れると思う。
 ただしそのあとのくだんの案件の処理は、よくもわるくも「実は~だったのだ」的な、情報を後出しする作劇が基本となる。

 悪く言えば、作者が物語を組み立ててまとめる作業を勝手に進め、読者はそのあとをへいへいと言いながらついていくだけという思いだ。まあそれでもそれなりにパワフルに、いささかトンデモかつ悪趣味なドタバタ劇? をぐいぐい読ませてしまうあたりは、やはりベテランのお仕事であろう(と聞いた風なことを言うほど、評者はまだ実はこの作者の著作はそんなに読んでないのだが)。

 なんのかんの言っても、戦後昭和史を何十年単位で振り返る作業もふくめて、やがて凸凹したひとつの物語像が浮かび上がってくるあたりの感覚は、なかなか面白くはある。
 評点は7点に近いこの点数ということで。


No.1671 8点 殺しのフーガ
テッド・ルュイス
(2022/11/26 16:34登録)
(ネタバレなし)
「俺」こと38歳のジャック・カーターは、ロンドン暗黒街の大物レズ&ジェラルド、フレッチャー兄弟のもとで働く荒事師。だが今はひそかにジェラルドの新妻オードリーを寝取り、そして新たなボスのもとに鞍替えしようと画策していた。そんななか、故郷の町で不仲だった兄フランクが、崖から車で転落死したという知らせが入る。ジャックは、フランクの死に何者かの陰謀を感じ、そしてフランクの遺した16歳の娘(もしかしたらジャックがフランクの妻ミューリアルと不倫して生ませた子供かもしれない)ドリーンの周辺に何かトラブルの影を認め、町での調査を開始する。だが土地の悪事の根は予期せぬ形で表れ、さらにロンドンのボスたちはジャックの動きに牽制をかけてきた。

 1970年の英国作品。
 当時の英国のマフィア的なシンジケートに属するプロ犯罪者の主人公ジャック・カーターを主役にしたクライムノワール系ハードボイルド連作シリーズの第一弾。
(とはいえたぶん作者は、この時点ではシリーズものにする気はなかったことは、本作を通読すると物語の中身から窺える。ちなみに第二弾以降はまだ未訳だ。)

 現状のAmazonには書誌データの登録がないが、最初の翻訳『殺しのフーガ』は1973年に角川文庫から刊行。翻訳者は少し前に『ゴッドファーザー』の邦訳で稼いだ一ノ瀬直二。
 本作の映画化作品(邦題『狙撃者』)の公開に合わせて刊行されたが、原作の邦題は『殺しのフーガ』と洒落たものがつけられている。評者は実際にこの作品を読むまで、その『殺しのフーガ』の邦題の映画が存在し、それに合わせて原作の日本語タイトルも決まったのだと思っていた。
 近年、リメイク映画が公開され、そっちに合わせて原作の新訳も出たようだが、評者はそっちの現物は新刊でも古書でも見たこともない。 
 今回、評者は旧訳の角川文庫版で読了。
(少年時代の昔から、そのカッコイイ響きの邦題と、アンニュイそうに銃を持つ主人公らしき男のスチール写真が、気にはなっていたのだった。)

 冷酷な荒事師の主人公ジャックはヤリチン男で、過去の非行少年時代の回想もふくめて頻繁にエロでワイセツな叙述はあるが、思った以上にリアルタイムの濡れ場は少ない。一方でメインヒロインの一角といえる16歳の少女ドリーンはすでに処女も喪失しており、その辺も含めてセンジュアリティよりは、エロティシズムの過激さを成分とするノワール。
 実際にやがて露わになる事件の真相もたぶん原書の刊行時としては、かなりショッキングなハズだ。
 
 とはいえジャックは冷酷で殺人も辞さない荒事師な一方、なさぬ仲だった兄フランクや自分の実の娘かもしれないドリーンとの肉親の絆は重視するし、自分の作戦に巻き込んでしまって被害が生じた場合など、相応に相手に負い目を感じたりもする。
 その辺のキャラクター描写(というか性格設定)のバランス感に独特の味があり、なるほど読者から本書が好反応を得たというならシリーズ化もありうるだろうな、とは思う。

 田舎町の情景描写や、思いがあちこちに飛ぶ心象の叙述を地の文で長々と書き込みながら、一方で主要キャラ同士の会話が始まると今度はジャックの内面描写は抑え気味にしながら、ダイアローグだけで物語が進行したりする。
 つまり、かなりメリハリの効いた作りこみの小説で、巻末の訳者あとがきや表紙周りの文言では「ありふれた犯罪小説の域を超えさせた」とか「単なるスリラーでなく、文学作品」といった修辞が目につくが、なんとなく言いたいことはわかる。

 基本はドライで苦いノワール・ハードボイルド。
 そして、そこかしこに滲む妙な情感と、そこに身を預けようとしかけると、読み手をぞっとさせるバイオレンス&過激な描写との振幅で最後まで緊張感を維持させる秀作。

 個人的にはここできれいに? 終わった方が良かった気もするが、ジャック主人公のシリーズが続いちゃったんなら、それはそれで。
 ということでどっかから、続きの邦訳を出してくれ。


No.1670 7点 奔流の海
伊岡瞬
(2022/11/25 07:18登録)
(ネタバレなし)
 1968年の夏。静岡県の千里見町を襲った巨大台風は、未曾有の被害をもたらした。そんななか、赤ん坊を抱えた若夫婦は避難を試みる――。
 それから20年。千里見町のさびれた旅館「清風館」に、東京からひとりの大学生、坂井裕二が宿泊する。女将である母・智恵子とともに、旅館を切り回すバイト女子・清田千遥(ちはる)は、そんな裕二に次第に関心を抱いていくが。

 途中で一回、飲み物を取りに行ったくらいで、三時間前後でほぼ一気読み。
 リーダビリティの高い新刊には今年も何冊も出会ったが、これもまたトップクラスの一冊だとは思う。

 とはいえ何か物足りないのは、あまりにドラマのためのドラマとしてお話が進んでいくからで。大体、(中略)と思った(中略)がみんな(中略)。

 何世紀もあとに残るようなおとぎ話の大人向け版をじっくりと読まされた感じで、ミステリ成分は確かにあるけど、それはあくまでドラマに、小説に奉仕するように組み込まれている。
 あー、シドニイ・シェルドンあたりのA~S級通俗大衆向けエンターテインメントを、わさび醤油で煮込んだらこんな感じの作品になるかもしれヌ。

 ひとばんじっくり読めて楽しめたし、伊岡作品の系列では懐かしの『もしも俺たちが天使なら』みたいなティストも感じたりもしたけど(どこがじゃ?)、個人的にはこーゆーある種の優等生的な作品には、イマイチ思い入れが育たない面もある。
(というか、第二部の六章の最後では、小説のあまりに(中略)な作り方に、おひおひ……いとうホンネであった・汗。)

 イヤミや悪口でなく、中高校生の頃に出会っていたら、もっと素直にナチュラルに、受け入れられたかもしれんな。そんなことを思ったりする作品。

 これだけ不満タラタラ。でも一方で、力作だともいい作品だとも思うんだよ。
 自分に苦笑しながら(もしかしたらこういう作品をキライになりきれない己に酔いながら)、この評点(汗)。


No.1669 5点 夜の刑事
ルドヴィコ・デンティーチェ
(2022/11/24 08:20登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことステン(ステファーノ)・ベッリは、ローマ警察外人課の警部。だがその裏では、金のために事件のもみ消しやでっち上げも辞さない悪徳刑事だった。そんなステンの裏の顔を知った弁護士マッシモ・フォンタナが、ひそかに頼みごとをしに現れた。用件は二つあり、ひとつはもうじき成人する息子ミノが、ユーゴスラビア人の恋人エルヴィ・ルポヴィクと交際し、抜き差しならぬ状況になっているので対処してほしいということ。もう一つは、フォンタナの妻でミノの義母であるヴェーラが後援している映画業界人マルコ・ロマーニの身元を調べてほしいということだった。大枚の謝礼を受け取り、公務の陰で動き出すステンだが、そんな彼は思わぬ殺人事件に遭遇する。

 1968年のイタリア作品。
 邦訳は、フランコ・ネロ主演の映画公開にあわせて公開されたようだが、くだんの映画は観てない。
 なんとなくカッコイイ題名だけは、少年時代から気になっており、古書店の100円棚で出会ったポケミスを引き取ってきて読んでみる。
 なお現状でAmazonに書誌データがないが、ポケミスは1110番。1970年5月15日の初版発行。

 訳者の千種堅という人はあまり聞かない名だが、当然と言うかなんというか、やはりイタリア文学者らしい。全体的にヒドイ訳文ではないが、ところどころ固い言い回しは少し引っかかった。

 それ以上に気になったのは、場面場面に登場してくる劇中人物、特に女性キャラの固有名詞を意図的に曖昧にしている気配のある気取った叙述。
 具体的には「おれ」(ステン)が、誰かこれまですでに劇中に登場しているヒロインにまた出くわしたことはわかるのだが、名前をはっきり書かないので、一体誰と会ってるのかスムーズにわからない。地の文で髪の色とか目の色とかが描写され、人物メモを参照して、ああ……だな、とわかるとか、そんなことがしょっちゅうあった。作者は(もしかしたら訳者も)絶対に読者を振り回して面白がってるだろ? これ。

 お話の方もチャンドラーのツギハギ長編みたいに事件の軸がズレて次の案件にスライドしていくような作劇に加え、さらにストーリーの整理が悪いときのロスマクみたいなややこしい人物関係が用意されている。
(そのくせ、結構芯となる部分の「実はあの人物は、あの人だったのだ」は、かなり、わかりやすい・笑。)

 いずれにしろ、ジャンル分類でいうなら一匹狼のセミ・ダーティ刑事が主人公のハードボイルドだな。実質、やってることは私立探偵の捜査だが、関係者に警察手帳やバッジを見せて話をスムーズに進める一方、横の仲間の刑事連中との摩擦も相応にあって、その辺はまあ悪くない。

 情景描写の量感的な意味でのバランス、テンポの良さや印象的な場面の設置などの点では、米英のハードボイルドミステリをよく真似てあるとは思うのだが。
 
 そーゆー訳で終盤の方は錯綜する物語の真実を楽しむというより、ついていくだけで必死で、ひたすら疲れた(汗)。エンターテインメントとしては、あんまり高い点数はやれない。

 ただ、ラストの1ページだけはなかなかカッコイイ。
 具体的には言わないが、ビジュアル的にも鮮烈で、確かにハードボイルドしている。

 イタリアのミステリ事情なんて、21世紀の現在までほとんど知らない評者だが、本作の続編は書かれたのであろうか? 本当にちょっとだけ気になる。 
 評点は、まさに「まあ楽しめた」一冊なので、この点数で。


No.1668 6点 一千億のif
斉藤詠一
(2022/11/23 07:25登録)
(ネタバレなし)
 南武大学人文学部の三年・坂堂雄基は就活を控えて、企業とのコネがあると喧伝した准教授・有賀幸一郎のもとに足を運ぶ。歴史上のありえたかもしれないifの分岐について研究する有賀の研究室「有賀研」は、修士(大学院生)一年の女子・冬木小春のみが所属する弱小組織で、雄基は半ば強引にメンバーに加えられた。そんな雄基だが、実は彼の実家の坂堂家には、大きな、そして意外ないくつもの歴史上の秘密が伏在していた。

 タイトルと帯に書かれたあらすじから、文春文庫の某・海外長編作品のような、歴史の記録の向こうに現実の世界とはまた違うパラレルワールドの存在が透けて来るSFミステリだろうと予期していたら、まったく違った(笑)。
 スーパーナチュラルなことは基本的にほとんど起こらない、一応はリアルっぽい作品世界を舞台にした、広義の歴史探求ミステリ。

 全4話(第一話のみ雑誌に掲載され、あとは書き下ろし)の連作短編っぽい構造だが、軸となる大きな謎はなかなか全貌を見せず、最後のエピソードでようやく明らかになる作りでもあり、やはりどちらかといえば長編に近い。

 有名な、明治時代の(中略)消失の謎、さらには(中略)の行方を追う物語の主題など、なんやまったく某・先輩の乱歩賞作家の著作の世界やんけ、と思わされたが、さすがに少しはアレンジがされている。
 
 しかし全体的になんというか、悪い意味でのジュブナイル作品か、あるいは赤川次郎のライトミステリを読んでるような印象の、あまりよろしくない軽さが全編につきまとっている感じであった。
 こーゆーものはキライでなく、むしろ好きな方なんだけど、なんか送り手がツーランクわざと落としてまとめてみた、ヤングアダルト作品のような印象が免れない。

 読後にネットで先に読んだヒト様のお声をうかがうと、古き良き冒険小説といった主旨でホメている方もいたが、評者とは「古めかしい」という部分の認識だけは共通する(汗)。
 悪口じゃなく、おっさんではなく、十代~二十代前半のあんまり小説をよまない読者向けの作品だったかもしれん。
 
 ただまあ、青春ミステリとして考えるなら、主役トリオのキャラクターはけっこうスキ。シリーズ化されるなら、それはそれで歓迎ではあるが、作者がそればっか書くようになったら困るしイヤだなあ、ともちょっぴり考えたりしている。


No.1667 7点 オデッサ狩り
テッド・オールビュリー
(2022/11/22 07:32登録)
(ネタバレなし)
 1980年、パリの一角。両親から愛情も得られず成長した27歳のドイツ女性アンナ(旧姓ボルトマン)は、優しくハンサムなユダヤ人の30歳の学者ポール・サイモンと結婚。彼の新妻として、ようやく幸福を掴もうとしていた。だがその幸せは、ある日いきなり夫ポールを爆殺され、妊娠中の我が子を流産させられたことで砕け散った。やがてアンナは、夫ポールがひそかに、ナチスの残党組織オデッサの活動を暴く運動に関わっており、それゆえに殺害されたのだと知る。ポール殺害の主犯格の元ナチス将校たちは4名。ポールの父で老富豪のピエールから託された生活の支援金を元手に、アンナは元CIAの戦闘教官ヘンリー(ハンク)・ウォーレスに接触。我が身に戦闘術を短期で叩き込みながら、4人の標的をひとりずつ抹殺していこうと動き出す。

 1980年の英国作品。オールビュリーの第16番目の長編。

 「スパイ小説」でもナンでもねえ、これはまちがいなくナチもの版『黒衣の花嫁』。
(というより、主人公の復讐の動機や事情が最初からわかってるのだから、むしろジェンダー違いのナチスもの版『喪服のランデヴー』か)。

 読み始めてすぐ、ソノことに気が付いて、ぶっとんだ発想というか、この趣向自体に大笑いした(ストーリーそのものは、まったくシリアスなのに)。
 いや、作者がどこまで本気でウールリッチを意識していたかは、ぜんぜん知らないが。

 アンナ(1953年生まれ)の父は、大戦時の戦傷で心がひずんでしまった人間であり、それゆえ娘に冷淡。そんななかで親から愛情を期待できないと幼心に察したアンナは心の逃げ場として一心に勉強だけはよくしており、かなりの秀才。しかし親の無軌道で大学を辞めさせられてしまった苦い過去がある。その辺の設定が、欧米のあちこちに散在する仇どもを追いかける際に、語学も堪能というキャラクター描写で活きて来る。さらにアンナがポールの死後に、改めて夫や義父たちユダヤ人の戦時中の悲劇を再認識し、そのショックと怒り、悲しみがドイツ国を狂わせた旧ナチス、今のオデッサ許すまじ、の義憤に変わっていく。
 いささか大味な気もしたが、まあ明快でよくもわるくもわかりやすいプロットではあろう。

 でもってアンナの復讐行のなかで出会った元CIAで戦闘教官のハンクが実質的なオトコ主人公になり、彼との関係性も後半の物語に深く関わっていく。
 
 そもそも復讐ものなんてのは、主人公がそれを遂行する叙述で読者にカタルシスを与える一方、その復讐成就の対価として支払わさせられる<なんらかのひずみ>を描くのが作劇セオリーだが、本作も後半のテーマは正にソレ。
 もちろんここでは具体的には(ハッピーエンドに終わるか否かもふくめて)書かないが、この作品はしっかりとそういった<復讐の対価>という主題に向き合い、なかなか余韻のあるクロージングまでを提示している。
(なんかちょっと、日本の民話というか、アノ昔ばなしを思い出すような締めであったけど。)

 先にも書いたように、全体に大味な感触もある一方、ところどころに小中のサプライズや、印象的な見せ場などを用意してあり、なかなか面白かった。
 ストーリーの流れが滑らかすぎてウソっぽい部分もなきにしもあらず、だが、エンターテインメントとしてはそれなりに楽しめる。

 佳作~秀作(……の一歩手前くらいかな)。
 でも評点は、これくらいあげたいんだよな。なぜか(笑)。


No.1666 6点 拝啓 交換殺人の候
天祢涼
(2022/11/21 08:00登録)
(ネタバレなし)
 職場のパワハラに心をすり減らし、退職した25歳の独身青年・秋本秀文。彼は無為に過ぎていく日々の中で絶望を感じ、神社の桜の木で首を吊ろうと考えた。そんな秀文が木の枝の周辺で見つけたもの。それはその木の枝で自殺を図ろうとする者の出現を見越して書かれていた「交換殺人」の提案書だった。秀文は、その書面の書き手と思える女子の存在を認め、とにもかくにも年若い娘に殺人をさせたくないと文書での交信を始めるが。

 1950~60年代の当時の新時代の海外ミステリにありそうな? 設定で開幕。なかなか洒落た序盤だと思いながら読み進めると、相手向けの書面を交わす二人の主人公の間になんとも奇妙な絆らしきものが築かれていく?
 もしやこれは新本格版『愛の手紙』(フィニイ)か⁉ とワクワクドキドキしながらページをめくると、段々と作者が仕掛けた物語の流れが見えてくる。

 で、まあ、トリッキィなのはいいんだけど、正直、ひとことで言えば世界が狭すぎるよね? これ。
 終盤のサプライズには確かに驚かされたが、数秒後に冷静に考えてみると、主人公と(中略)が(以下略)。

 人工的に組み上げたお話世界の居心地の良さはそれなりに認めるものの、今回はけっこう大きな部分で、無理筋を感じて仕方がない。
 まあ、そういう(中略)もあった世界での物語として納得、了承するしかないのではあるが。
 気恥ずかしさを意識して照れないようにまとめたクロージングそのものは悪くはないが、切れ味はあまりよくない。
 作者としては下位の方の作品で、佳作の中というところか。


No.1665 8点 幕が下りてから
ウインストン・グレアム
(2022/11/20 16:05登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのイギリス。「私」こと元医者で今は劇作家として活動する32歳のモリス・スコットは、創作を始めて6~7年の歳月を経て、ようやく欧州でこの分野での売れっ子といえる人気作家になってきていた。それもみな、7年前に添い遂げて以来、何度もくじけそうになるモリスを、資金面と前向きな言葉で支え続けた7歳年上の妻ハリエットの献身があればこそだった。だが近年は病身となったハリエットは持ち前の明るさを失わないものの、それでも愛妻の病気という現実はスコット夫婦の生活に薄暗い影を落としていく。そんなとき、モリスは、ハリエットの友人ファイヤール伯爵夫人の秘書である、20歳代初めの美しい英仏ハーフの娘アレキサンドラ(サンドラ)・ウィルシャーに出会い、彼女と互いに愛し合うようになるが。

 1965年の英国作品。
 近々、新潮文庫から旧作の発掘として、ウインストン(ウィンストン)・グレアムのCWAゴールデンダガー賞受賞作『罪の壁』が刊行の模様。1955年に初めてゴールデンダガー賞が設置された年の受賞長編で、受賞を競った相手が、リー・ハワードの 『死の逢びき』、マーシュの 『裁きの鱗(オールド・アンの囁き)』、マーゴット・ベネットの『飛ばなかった男』というクセのある? 作品ばっかなので楽しみである(おお! その三冊、全部読んでるぞ! と自分ボメ・笑)。

 とはいえ評者、肝心のグレアムの作品は、邦訳長編が(ヒッチコックが映画化した『マーニイ』を含めて)4冊もあるのに、まだどれも読んでない(汗)。

 つーか、気が付くとこの本サイトにもまだ作家名の登録もなく、旧世紀半ばに活躍した、レギュラー探偵も持ってない? 英国作家なんてこんな扱いだ? という感じだ(涙)。
 
 ということで、たまたま少し前に、古書市の帰りに少し離れた駅のブックオフの100円棚で買った本ポケミスを読んでみる。
 
 物語の前半はまだ青年といえるオトコ主人公を軸にした、三角関係の逆よろめきメロドラマという感じで進行。
 しかしモリス視点で妻のハリエットは悪妻でもなんでもなく、むしろ親の遺した財産を使って窮乏時代の夫婦の生活を支え、さらに劇が不評で落ち込むところを励ましてくれた基本的には良妻というところがミソ。とはいえ完全な聖女などではまったくなく、本当に普通の世間の夫婦のスタンダードイメージ程度には、夫とケンカもするし仲直りして愛らしいところも見せたりする。つまりは人柄的には本当にどこにでもいる、普通の、それなりによく出来た女性。

 とはいえ本作がミステリに転調するからには、この夫婦と愛人の娘、三角関係の一角がどこかで何らかの形で瓦解する流れに突入するのだろうな? と予期しながら読んでいくと……(中略)。
 かくして物語は、後半の二部に雪崩れ込む(ここまでは本レビュー内での言及、ご容赦を)。

 前半の積み重ねたジワジワ感を経たあとだけに、コトが起きてからの後半第二部の緊張感もまた格別で、なるほど筆力がある作家は、こういう(中略)なネタでもグイグイと読者を引き込むのだなと実感。
 作者が何をやりたい、というかミステリという枠内でどういう方向の小説を書きたいのかはおのずと見えてくるのだが、それを承知の上で確かにストーリーテリングは地味ながらうまい。
 ある種のグレイゾーンに置かれたメインキャラクターの心の変遷が渋い、しかしかなりのハイテンションでページをめくるこちらの手と目を捕らえて離さない感じだ。

 まあ意外に読み手を選び、ヒトによっては(中略)などとか片づけられてしまいそうな雰囲気もないではないが、評者的には予想以上に面白かった、というか読みごたえがあった。

 なお読了後にポケミス巻末の作品解説(編集部のH、とあるから太田博=各務三郎か?)を読むと「サイコロジカル・スリラーの傑作」と書かれており、う~ん、そのヒトコトで言いきられると何か大事なニュアンスを掬いきれない。7割は正しいが、あとの3割はどうだろ? という気分が生じ、その後者にどこまでもこだわりたい感じだ。
 
 またやはり読了後にネットの感想を探ると『(中略、本サイトにもそれなりのレビューがある文学史上に残る名作)』を思わせたという主旨の見識もあり、ああ、それはわかるよな……と実感。後半のメインキャラが、ある目的のためにあちこちを徘徊する図など、正にソレであろう。

 いずれにしろ、読んでよかった、という秀作~優秀作。
 これ一本だけでも、それなりに作家グレアムの実力はわかった気がする? まあ新作の前に一冊読んでおくと読んでないとじゃ、大違いだ。
 新刊『罪の壁』の刊行をそっと心待ちにしよう。


No.1664 7点 ロング・アフタヌーン
葉真中顕
(2022/11/19 06:30登録)
(ネタバレなし)
 中堅出版社「新央出版」の書籍部に勤務する30代半ばの女性編集者・葛城梨帆。2020年の歳末、彼女は一通の封書を受け取った。中には小説「長い午後」が同封されていたが、それは7年前に梨帆と縁があった小説家志望の中年女性・志村多恵の久々の新作であった。「長い午後」を読みふける梨帆は、やがて作品のなかに引き込まれていくが。

 3年前の『Blue』以来、久々に葉真中作品を読んだ。
 読者は主人公の女性編集者、梨帆の視点との同一化を求められ、さらに同時に小説家志望の女性、志村多恵の書いた二編の小説(本作の中の劇中作)である旧作短編「犬を飼う」と新作中編(短めの長編?)「長い午後」の内容に付き合わされることになる。

 ある種の技巧的な長編ではあるが、トリッキィというよりは独特のムーディさを感じさせる作品で、評者のか細いミステリ遍歴の中からあえて類似作をあげるなら、中期の泡坂妻夫の諸作にかなり近いのではないか。(あるいは日下圭介の作品あたりかも?)

 終盤まで読んで読者の受け取り方によって、物語の着地点が変わるような種類の作品という気もして、その意味ではなかなかユニークな作品(ミステリ)である。
 実際、読後にAmazonのレビューをざっと見ると「わけわからん」という声もあれば、「ひさびさに小説らしい小説を読んだ」と賛辞する人もいるようで、さもありなん、という感じ。

 ちなみに評者の場合は、巻頭の劇中短編「犬を飼う」(これは志村多恵が7年前に書いた作品)を読んだ際は(中略)という印象で、いささかヘキエキしたが、しかしそういう思いは先に小説の作中で一部の登場人物が先に代弁してくれて、それでこちらの荒んだ感情がかなり鎮まった。たぶんそういう流れも、作者の計算のうちなのだろう(笑)。
 それでそのまま、梨帆視点の現実のストーリーと、さらに新たに今回送られてきた新作「長い午後」を読むことになるが、気が付いたら長編一冊、二時間前後で読了。
 300ページ弱、一段組の本文で、紙幅そのものはもともとそんなでもないが、とにかく読み手を引き込む求心力は、かなりのものといえる作品だ。
(なおサイド部分? の叙述だが、2020年の出版界が舞台の作品だけに、コロナ禍の話題や、出版不況の中での送り手の生々しい現実、そして……などなど、その辺の雑多な? 興味でもなかなか読ませる。)

 秀作とも佳作ともダイレクトに言い難いが、いずれにせよ読んで良かった、面白かったとは思えるので、やはり良作なのではあろう。ある意味、読み手を選ぶ作品かもしれないが?


No.1663 7点 あの墓を掘れ
生島治郎
(2022/11/18 05:57登録)
(ネタバレなし)
 兵庫県警を退職し、妻子とも別れた「私」こと志田司郎は、東京に上京。安アパートで無為の日を過ごしながら、そろそろ何か仕事を始めようと考えていた。そんな時、兵庫県警の本部長で司郎の元上司だった草柳啓明から長距離電話で、失踪人を捜索する仕事の紹介がある。捜す相手の名は、天野コンツェルンの現社長・弥一郎の娘の真沙子。親から政略結婚を設定されていた真沙子が家をとびだしたようだった。だが司郎は、昨夜たまたま自宅の近所の酒場で出会った娘が、その当の真沙子だったのではと思い当たる。

 「週刊アサヒ芸能」1967年11月から翌年4月まで連載、6月に徳間書店から刊行された長編で、『追いつめる』に続く志田司郎シリーズの二作目。刑事を辞めて上京し、しかしまだ私立探偵として開業もしていない時期の事件である。
 評者はそれなりに長い付き合いのシリーズキャラクター・志田司郎だが、こういう境遇のシークエンスがあったことはこのたび初めて知った。今回は、一昨日、古書で入手したばかりの、集英社文庫版で読了。

 物語の序盤で出会ったメインヒロインのひとり、天野真沙子と短い縁で一度別れた司郎は、改めて彼女の周辺の人間関係からその足取りを追うが、事態はハイテンポで新たな局面を矢継ぎ早に迎えることになる。この辺は毎回の見せ場を作る雑誌連載作品らしい。

 で、このサイトでも何度もこれまで述べてきたように、評者は世評の高い『追いつめる』がそんなに好きじゃなく、その理由をあえて今の気分での言葉で整理するなら、作品全体のロマンや格調は確かに認める一方、どこか既存の海外ハードボイルドからの借りものっぽさが、かなり強すぎるからだと思う。その「どこか」については、実作を読んだ人には、もしかしたらわかってもらえるかもしれない?

 さて、シリーズ二作目のこちらは、けっこう乱暴というか雑な部分も多く、特に集英社文庫版の139~146ページの描写などは、これが本当にあの志田司郎? 当時の作者は「ハードボイルド」を勘違いしていた? いやもしかしたら、ここまで割り切って冷徹に考えていたのか? と相応のショックを受けた。いずれにせよ、良くも悪くも、安定してからの志田司郎では見られない叙述であった(詳しくは書かないが)。

 後半は事件のなりゆきから、(現実で事実上、トヨタの自治地区になっている豊田市みたいな)とある地方都市に司郎が乗り込んでいくが、それ以降の展開は終盤に至るまで、意外なほどに読み手(評者)の予想を裏切っていく感じでなかなか面白い。
 先に『追いつめる』を借りものとクサしたが、そういう意味ではこちらは色々と粗削りながら、作者のオリジナリティを感じる(もちろん、昭和の同時代のなんらかの作品や現実の事件から影響を受けていて、21世紀の今ではその辺が見えにくくなっている、そんな可能性は見過ごせないものの)。

 あと、思わず「うっ」と唸ったのは、集英社文庫版265ページの某メインキャラとの司郎の関わり。
 そうだ、自分が読みたい、出会いたい「ハードボイルド」の心というのは、こーゆーものなんだよ! という刹那の煌めきがある。これだけで、自分なんかはこの作品をスキになれる。
 志田司郎サーガにおいての、そして生島の多数の著作の、これはたぶんそれらの黎明期ならではの輝きなのだろう、という感じ。作者も主人公キャラクターもまだ若い、熟成してないときだからこそ、こういうのが似合う、ハマる感じだ。あ、もちろんここでは、その辺については具体的に書かないが。

 終盤に暴かれる事件の様相も、はあ、そういうビジョンのものを……といささか驚嘆。昭和の社会派ミステリを意識して取り込んだ気配はあるが、生島がこの時期にこういう文芸ネタに目を向けてるとは結構、意表をつかれた。
 クロージングはやや舌っ足らずだが、そこは却って余韻をもたらす効果を上げている。
 
 前半のうちは、もしかしたら、シリーズ前作の高評の上に胡坐をかいた悪い意味でのチェンジアップ編か? という思いもまったくない訳ではなかった(汗)が、全編を読み終えてみると、むしろシリーズ二作目という名探偵の事件簿連作のポジションを十全に活かした作品という気もする。 
 ただし完成したものはまとまりが悪い部分もないではないので、評点はあえてこの位で。でももちろん『追いつめる』よりはずっとお気に入り(笑)。

 志田司郎シリーズ、長編も悪くない。……というより、これはまあ、先に書いたとおり、シリーズ二作目でこんなのが来た! 的なオモシロさだという気もするけど。


No.1662 6点 赤虫村の怪談
大島清昭
(2022/11/17 14:46登録)
(ネタバレなし)
 愛媛県の山間にある「赤虫村」。そこは廃寺の周辺に現れる黒い顔面(というより無貌)の女性?「無有(ないある)」ほかいくつもの妖怪譚が今もひそかに確認される地だった。「私」こと女性怪談作家の呻木叫子(うめききょうこ)は、作品の取材のためその村の怪異の記録や噂を探求するが、その地で不可思議な不可能犯罪が続発する。

 帯にも堂々書いてあるし、読者も「無有」ってのはアレだね、と誰でも連想することからわかる通り、クトゥルー神話世界の世界観で起きる不可能犯罪パズラー。
 ただしこの小説の作品世界は、われわれ読者の世界とはまた別のパラレルワールドらしく、クトゥルー神話は少なくとも読み伝えられる文学の形では存在していません。
 主人公の怪談作家やその同業者たちが当然のごとく妖怪学や民俗学に詳しく、だったらそれっぽい名前の続発のなかで連想しないのはヘンだろと思っていたら、そもそもこの世界ではラヴクラフトやダーレスたちが存在しない、あるいはクトゥルー神話を書いていない、または書いていてもそうは人々に認知されてない、ようです。
 
 そんな妖しいものたちが跋扈する世界観のなかで、合理的に? あるいはやはり邪神やそのほかの異界のものがらみで? 不可思議な殺人が続発する。
 この趣向はなかなか楽しいと思うものの、呪いを受ける警察なども段々とオカルトの方を信じていき、不可能犯罪を暴こうとする意欲がいろんな意味で減退(身の危険を感じてこれ以上事件に介入したくなくなったり、神や妖怪の仕業じゃ手が出せないと思ったり)。
 読者の方も実はそのへんは同じで、不可能犯罪の謎解きに関しては、もっと「あやかしのものが確かにいる世界でも、これは人間の仕業では?」という作中人物の意識を固めるべきだったと思います(そうした部分が皆無とはいいませんが、演出として全体的に弱い)。
 なにしろ不可能犯罪の続発と並行して、怪異の情報もあとからあとから出て来るので、相殺感がたまりません。

 それでもトリックに関してはネタ的に楽しいもの(ミステリとして出来がいい、ではない)もあり、なかなかキライになれないけれど、終盤で明らかになる真犯人と密室トリックは、ふーん、そうなの、くらいであまりインパクトもサプライズもありません。あとの方のトリックなども、どちらかといえばチョンボでしょう。
 で、そのあとにつづく最後のサプライズに関しては作者の狙いはわかるものの、正直、あちこちの作品(国内ミステリが多い)で読んできたようなものですし、さらにキーパーソンのそれまでの存在感が薄いのであまり盛り上がりません。

 クトゥルー神話が伏在する世界での謎解きパズラーという大きな趣向そのものは、決してキライではないもの、全体的に随所の狙いの効果がいまひとつなのは残念。

【追記】
 作中人物や怪異のものたちのネーミングから、評者がもう少しクトゥルー神話に詳しく、神々たちやその眷属たちの関係性に知悉していたら、もうちょっと面白いものも見えたのかもしれない? そのあたりはファンの方にお任せしよう。


No.1661 8点 加賀美雅之未収録作品集
加賀美雅之
(2022/11/15 17:48登録)
(ネタバレなし)
 評者の場合、2013年に50代前半という若さでご逝去された作者のことは、亡くなられてから意識した。
 今からすれば苦笑ものではあるが、90年代後半から2010年代の前半くらいまでは、自分(評者)の年間のミステリ読書数は新旧作品あわせても、多くてもニ十冊程度。少ない年にはヒトケタの冊数しか読んでない時期もあったので、本書の作者・加賀美雅之先生のご活躍はまるで視界の外だったのである。
 最初にお名前が評者の気に留まったのはSRの会の会誌「SRマンスリー」のいつかの年(たぶん2014~15年くらい?)の年間ベスト発表号で、ベスト投票に参加されたどなたかのコメント「今更ながらに、加賀美雅之の早逝が惜しまれる」といった主旨の物言いであった。
 それから少しずつ、90~2010年代の国内ミステリの動向や歴史を探求してゆくうちに、この作者の高名と高評は自然と目についてくる。一時期は本サイトでも、代表作らしい『監獄島』が国内ベスト5にランクインしていたこともあり、そのときは目を瞠った。

 そういう意味で、加賀美雅之先生という人は、私にとってある意味で大きくすれ違ってしまったとても貴重で凄そうな作家、という強い思いがある。それゆえ遺された長編や短編集は少しずつ買い集めてあり、今もすぐそこにあるが、永遠にその著作がもう増えることはないのだと思うと、なかなか読めない。読むのがもったいない。
(いや、倉田英之の『R.O.D.』の中で登場人物が言う通り、本というものは、まず読み手に読まれてそこから存在価値が生まれるものだということは重々、わかっているのだが……。)

 そんなことを数年感じていたら、思いがけず未書籍化の、あるいは一冊の本にまとまっていない中短編ばかりを集めた本が今年出た! もちろん、これがおそらく最後の作者の新刊で、著書となるであろう(今後、新編纂の個人全集などが出る可能性はあろうが)。

 ならば加賀美雅之作品を新刊で読み、SRの年間・新刊ベスト投票にも一票を入れられる、自分にとって最初で最後の機会! これこそ神が与えてくれたチャンス! という思いで手に取った。

 ちなみにこれまでの述懐の流れで、大方、察してもらえるともらえるとは思うが、これがマトモに読む本当に最初の作者の一冊(なにかベルトランものの短編は大昔に一本くらい、どこかで読んだような気もするが、勘違いかもしれん)。
 ミステリや書物に妙な思い入れを抱く自分の性癖は十分に自覚してる(?)が、こういうケースもなかなかないことだとは思う。

 で、本書の内容に言及すると、10本の狭義~広義のパズラー中短編を収録。そのうちの大半が、作者の構築したパスティーシュ的な世界観によってカーのバンコランものの物語世界に繋がっていく趣向で、物語の舞台や時代、登場人物は変遷するが、何かしら既存作と接点のある連作になっている。ほかに純粋なバンコランもの、フェル博士もののパスティーシュや、作者自身が生み出した名探偵ベルトランものなども収録。
 一部のものを除いて不可能犯罪のトリッキィな作品ばかりで、感触でいえば昭和の「宝石」時代から新本格の時代にまで受け継がれていくような「パズラーの心」みたいなのが通底するようなのがとても愛おしい。
 機械トリックも多く、さらに「実は(中略)でした」パターンの趣向も多いが、作者自身もこういう形で作品集を組まれるとは予期しておらず、いずれもっと複数の中短編集にバランスよく配置する可能性もあったので、似た話が多いという文句は酷というものだろう。

 それぞれどれも楽しい作品ではあったが、個人的には巻末の最後の3本(アレキサンドラ、首吊り判事~、マールの追想)がお気に入り。特に収録作で最も長い『マールの追想』は犯人も仕掛けも先に読めるが、それでも作者のミステリ愛を改めて実感した好編。
 現在もご健在で国内ミステリ界の一角におられたら、たぶん青崎有吾の「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズとか横目に、俺も負けないぞとそっちの方面の健筆をふるわれたんだろうなあ、と夢想する。いやもしかしたら、青崎先生の「アンデッドガール~」の方が、加賀美パスティーシュ作品のスピリッツをどこか継承して生まれたものなのか……?

 企画に大きく関わってくださった二階堂先生ほかの関係者には、深く感謝。加賀美ビギナーの自分にもとても楽しい一冊でした。
 遺された著作は、改めまして今後、少しずつ楽しませていただきます。

 評点は企画に感謝の意味を込めて、この点数で。


No.1660 6点 マフィアへの挑戦 3
ドン・ペンドルトン
(2022/11/15 06:52登録)
(ネタバレなし)
 両親と妹をマフィアによって死に追いやられたベトナムからの帰還兵マック・ボランは「死刑執行人」として、全米いや世界中に伏在する犯罪組織との果てしなき戦いを続けていた。ボランはマフィアの大物ボスのいるロスアンゼルスに、ベトナムでともに死線を潜り抜けた9人の戦友を集めて「抹殺部隊」を結成。同地の激戦でボランは大事な戦友たちの大半を失ったが、逃げおおせた敵の大ボスを追ってカリフォルニアに向かう。そんなボランは、別のかつての戦友で優れた外科医であるジム・ブランツェンの手を借りて、すでに広く敵の犯罪組織の知るところになった自分の顔を整形。ベトナムで5年前に戦死した美青年の戦友フランク・ランプレッタのものに変えるが。

 1970年のアメリカ作品。ウン十年を経て、大昔に呼んでいたシリーズ第二巻の続きを読了(笑)。
 前巻のクライマックス、ボランの作戦を成功させるためあえてみずから貧乏くじを引く抹殺部隊の仲間たちの泣ける図や、次々とボランの視界に入ってくる仲間たちの最期の描写とかは、今でも割としっかり覚えてるのだな、これが。

 というわけで予想外にすんなり、この物語世界に帰還できた。(ソロモンよ、私は帰ってきた、というところか。)
 でまあ、ボランがシリーズ3冊目にして整形して顔を変える趣向は、序盤のシリーズ2冊目で顔を変えてしまった悪党パーカーの前例にならう感じ(向こうは1963年の作品でソレをやってる)なのだが、さすがにそれだけじゃ後進の作品は心もとないと考えたのかなんだか、別の見せ場や趣向もそれなりに用意している。
 第1作では家族の直接の復讐の対象にもけっこう冷静に引き金を弾いていたボランが、本作では側杖を喰って殺された者が出てしまった事態に心を乱され、初めて激情に駆られて敵を殺すとか、過去のベトナム戦争で善行を積んでいた事実(体を張って、戦火に巻き込まれかけたベトナム人の子供を救ったり)が語られるとか、のちのちの「フェニックス」路線に連なる、政府側のひそかな支援者の登場(になるのか?)とか。
 あと、せっかく顔を変えたということで、敵組織の懐に潜り込んでかき回すあたりは、良い意味でお約束の展開、というところ。

 憎いマフィアの連中でも、直接の銃の標的として抹殺していくばかりではなく、ときには同士討ちに誘導したり、あるいは今後の破滅の未来へと導いたり、割といろいろな料理法を(あれこれと、そのときそのときのボラン自身の内面を覗かせながら)見せていくあたりは職人作家という感じで飽きさせない。
 なかには敵の陣営ではあるが殺すまでもないキャラクターも登場してくるが、最終的にどういう扱いで終えるんだろと思っていると、意外にソノ辺は作者もちゃんと準備していたり、王道の大衆小説的な仕上げはさすが。いや、ホメてるぞ、念のため。

 思っていたよりも、結構オモシロかった。
 正直なことを言えばいささか雑なところもあるが(ボランは作戦遂行上、ひとつ大きなスキを見せているが、劇中でその件に関する反省などもないし)、まあ半世紀前のペーパーバック・ヒーローという前提から始めれば、なかなか悪くない出来である。
 評点は7点にはいかないが、この点くらいは確保ということで6点。

 さて次はそのまま『マフィアへの挑戦4』……と思いきや、そーではない! 創元文庫版の3と4の間に、のちの長期計画も考えず一冊だけお試しでポケミスで先に翻訳されてしまっていたマイアミ編『マイアミの虐殺』が入るので、ちゃんと順番通り読むのなら、まずはそっちからなのである。
 実は本作のラストの方で、予告編的にこのマイアミでの大敵の存在が匂わされているんだよな。このあともずっと、この手の読者向けの次巻へのフックが用意されているのであろうか。

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