地球0年 旧題『地球0年 日本自衛隊アメリカを占領す』 |
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作家 | 矢野徹 |
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出版日 | 1978年01月 |
平均点 | 8.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | |
(2022/12/28 05:57登録) (ネタバレなし) 197×年。陸上自衛隊情報部の馬場一平太三尉が機密情報を抱えてバンクーバーから日本に向かうなか、米国海軍の原潜「エンジェル・フィッシュ」号が核弾頭をロシアに発射。そしてロシアもほぼ同時にICBM基地から核ミサイルを放ち、一時間も経たぬ内に米ソそして中国は死の世界となった。日本にも横須賀など関東の米軍基地に水爆が落とされ、数百万の人命が失われるが、数億の国民が一瞬で消滅した三大国に比すればまだ軽傷といえた。核戦争の引き金を引いた人種として国籍を問わず白人への暴行や凌辱が日本国内で半ば是認されるなか、国連は各国に被災国への支援を要請。日本の自衛隊は、アメリカのカリフォルニア地域への派遣が決まる。荒廃した米国で被災者救助のための献身を行なうもの、困窮した弱者を相手に秘めた獣性を剥き出すもの、関東の壊滅で家族を失い、救助の名のもとに、原因となった大国国民への復讐に走るもの。日本人救助団の中にも、正邪の思惑が入り乱れる。一方で米国内でも実質的な母国占領に来た日本国民に対し、凶行的なゲリラ活動を起こす動きがあった。 作者・矢野徹の代表作のひとつで、昭和国産SF史上にその名を残す名作(最初の書籍刊行は1969年。その前に雑誌連載されている)。 主題というか構想はあらすじの通り、第二次大戦後の日本が事実上米国の占領下にあった現実を背景に、ならば第三次世界大戦(瞬時に終焉する、しかし膨大な人命が奪われる核戦争)のあとに、復興支援の名目で今度は事実上、日本がアメリカを占領したら、である。 早川文庫版の著者あとがきに書かれているように、作者は40~50年代から多くの欧米の第三次世界大戦SFを読破。その一本一本の設定や物語を、文庫版のあとがきの中でも紹介しているが、本作はそんな既存のテーマのなかに、さらに当時の当人なりの現実世界や自衛隊の稼働力などの調査結果を盛り込み、緊迫感のあるシミュレーションSFを展開している。 中盤からアメリカ支援に向かう主人公の馬場の動向を一応はストーリーの軸としながらも、ドラマの流れを追うカメラアイは実に自在に世界中を移動。基本的に冷えた筆致だが、日常の世界が瓦解した世界で理性のタガが外れる人間の心の闇の描写は予想以上にどす黒い。一部の叙述などは、まるで西村寿行である。 大設定からしていろいろと過酷な描写が前提となる作品だが、細部の苛烈さにおいても、あまり神経の細い人にはお勧めできないだろう。 とはいえ、良くも悪くも1960年代の、あまり長めに一冊のSFを書きのばせなかった時代の作品で、描く内容の要素は多いものの、その割に紙幅は短く、あっという間に読み終わってしまう(言い換えれば、ヘビーな世界から解放してもらえる)。逆に言えば物語のコンデンス感が、全編すごいが。 白人文明優位(というこの時代らしい視点)のタガが外れたとき、人間の獣性はどこまで暴走するか、倫理や理性はどこまで対抗しうるか、という主題も潜み、最後のビジョンは一抹の希望を示す……と思いきや、小説的に最後の一行はなんとも苦い。いや、あまり詳しくは書けないし、大局的な意味ではそこにあるものは変わらないんだけどね。 半世紀以上前に書かれた作品ながら、2020年代の今も、万が一、こういう事態になったときの思考実験として、作中の種々の事象の成り行きはすごくリアル。ごく一部の事柄については、もしかしたら人類はちょっとだけ利口になってるかもしれないが、大局ではさほど変わらず、哀しく切ない意味でのホンネの行動をとってしまうかもしれない。 そういう意味では、仮想SFのひとつの役割として、受け手の心構えを育てる面もある作品ともいえる? いや、教条的な目的で、この作品を読む人はそうはいないかとは思うが。 なお、大きな文芸として、読みながらそういうオチになるんじゃないかと半ば予想はしていたものの、ある部分がすごくコワイ。その辺は第三次世界大戦ものSFの多くに、そしてこの作品に、通底する要素というか、観念のひとつであろう。 まあ、期待通りの(というか部分的には、はるかに、予想していた以上の)作品ではあった。 なお、日本SFのオールタイム史をきちんと概観してゆけば、この作品の後継作的な内容の続く世代のSF作品なんかもどっかにあるんだろうな? 評者は寡聞にして知らないが、そういうのがもしあるのなら、どういう感じのものに仕上がっているのか、ちょっとだけ気になる。 |