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ミステリの祭典

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金環日蝕

作家 阿部暁子
出版日2022年10月
平均点7.00点
書評数3人

No.3 7点 小原庄助
(2024/10/17 08:38登録)
森川春風は家の近所でひったくりを目撃し、犯人の男を追いかける。途中で少年の加勢もあったが男は逃走。しかし春風は犯人が落としたストラップに見覚えがあった。彼女が通う大学で開催された写真展で、数十個だけ販売されたオリジナルグッズだったのだ。ひったくり犯を一緒に追いかけた北原錬も関心を示し、ストラップの購入者を訪ねていく。
無鉄砲だが論理的に物事を考える春風と、論理的でクールな錬のコンビが実に魅力的。二人が学内の購入者を一人ずつ訪ねてストラップを持っているか確認していく過程は、まさに探偵小説の読み心地。だが、第二章で経済的な境地から詐欺に加担する理緒の視点に移ると物語の雰囲気がガラリと変わる。春風たちが遭遇したひったくり事件と、理緒たちによる詐欺事件にどんな関係があるのか。読み進めていくと中盤に度肝を抜かれた。予想もしなかった事実が明かされるのだ。
本書に登場する犯罪者は皆、複雑な事情を抱えている。苦境から抜け出すため、理不尽さに対する怒りのために悪を働く人々と、悪を働かずに済んだ人々との間に明確な境界線はあるのか。その危うさを突き付けてくる物語。魅力的なキャラクターが多数登場、時にコミカルな場面を挟みつつ、訴えてくるものは重い。

No.2 7点 HORNET
(2023/12/31 15:47登録)
 知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした大学生の春風は、その場に居合わせた高校生の錬とともに咄嗟に犯人を追ったが、間一髪で取り逃がす。犯人の落とし物に心当たりがあった春風は、ひとりで犯人探しをしようとするが、錬に押し切られて二日間だけの探偵コンビを組むことに。かくして大学で犯人の正体を突き止め、ここですべては終わるはずだった──。(東京創元社HPより)

 事件に出くわした大学生が、そこで知り合った高校生とともに素人探偵として事件捜査を始める―ここまではまぁありがちな話運びなのだが、物語中盤から繰り出されるひっくり返しに読者の意識も一転する。

 高校生離れした企みをもち、いくつもの顔を使い分けて器用に立ち振る舞う錬の姿にも脱帽だが、主人公・春風のそれも負けていない。2人のそれぞれの過去が明らかになるにつれ、複雑ながら精緻に組み上げられた物語の仕組みに感心する。
 初めて読んだ作者だが、ストーリーテラーとして確かな力を感じる良作だった。

No.1 7点 人並由真
(2022/12/27 05:20登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月の札幌。地元の国立大の文学部に通い、心理学を学ぶ20歳のバイト女子の森川春風(はるか)。彼女はある日、目の前で近所の老婦人・小佐田サヨ子が、長身の若者に荷物をひったくられる現場を目撃する。その場にいた高校生が犯人の行く手を塞ごうとするが、最終的に犯人には逃げられてしまった。犯罪者の報復を警戒し、この件は忘れたいというサヨ子を脇に、春風は現場の遺留品から、素性不明の犯人が同じ大学の周辺にいると見当をつけた。そんな春風に先の高校生・北原錬(れん)が、素人探偵の協力を申し出る。

 この作者は初読み。お名前は見たような見なかったような印象で、経歴を今回あらためて確認すると、デビューは2008年。主に自作のライトノベルや、他の作家の少女漫画、実写映画のノベライズなどで、すでに十年以上、活躍されているようである。
(代表作のひとつ『アオハライド』はテレビアニメ化もされているが、評者は未見。)

 今回、東京創元社から(叢書ミステリ・フロンティアの一冊ではなく)まったくの単行本書籍の形でミステリらしい長編が出たようなので、どんなものなのだろうと興味が湧いて、読んでみる。

 するとこれが仲々の読みごたえ。くっきり感の強い登場人物たち、二転三転する筋運び、そして文章のリーダビリティの高さ、さらに独特の主題(結構、普遍的なものだと思うが、ここでは書かない)を訴える物語の力強さに引き込まれ、400ページ弱の紙幅を3時間前後でほぼ一気読みした。
 
 ジャンル分けはしにくい(というかどういう方向の作品か言うと、ある種のネタバレになる?)作品だが、主人公たちもしくは大半のメインキャラクターが高校生か大学生で、しかもその年齢設定に沿ったミステリ・ドラマを見せるので、とりあえずカテゴリ分けは青春ミステリに。いや、ヒューマンドラマでも、そしてミステリとしては(中略)の分類でもいいのだが。

 文芸性の強い作品だが、随所にミステリとしての仕掛けはふんだんにあり、読者の方もそのいくつかは察せられるとは思うが、すべてを先読みすることは難しいだろうとは思う。ちょっとだけ、フランス・ミステリ的(具体的に誰のどの作品に似てるとかではなく)な技巧を感じさせる面もあった。

 全体的にかなり良く出来た作品だとは思う(特に人物描写の良さで、長らく読み手の印象に残りそうな場面場面の叙述とか、地の文での警句っぽい、ものの言い回しとか)が、最後の決着はおおむね了解できる一方、あれ、あの件は放置でいいの? と疑問が生じるようなポイントがひとつふたつあり、そこで微妙に減点。
 まあ作者の「そっちの方向」に持っていきたかった気分もなんとなく分からないでもないが、ソレはやっぱり(以下略)。

 昭和三十~四十年代、国内のミステリ文壇に少しずつ目立ってきた、当時の新世代女流作家、あの辺の勢いに通じるものも感じたりもした。佳作~優秀作。 

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