そして、よみがえる世界。 |
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作家 | 西式豊 |
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出版日 | 2022年11月 |
平均点 | 6.50点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 6点 | 猫サーカス | |
(2024/11/02 17:25登録) 牧野大は、事故で首から下が不随になった脳神経外科医。医療テック企業・SME社が開発した脳内インプラントによって、介助用ロボットや仮想空間でのアバターのの直接操作が実現したため、牧野も高い手術が可能となっていた。彼はSME社からエリカという少女に視覚再建装置を埋め込む手術を依頼され、無事に成功させる。だが、同社の役員の一人が謎の死を遂げ、エリカは誰もいるはずのない場所に黒い影を目撃する。二〇三〇年代を舞台に、医療や仮想空間の技術が発達した世界を描いた小説である。序盤は専門的な説明が多いが決して難解すぎるということはないし、ひたすら謎が積み重なってゆく前半から、驚くべき事実が怒涛の勢いで明かされ、伏線が回収される後半へのギアの切り替えは鮮烈そのもの。医療の進化は人間にとって福音だが、今まで諦めていたことが可能になったからこそ、そこに望みを託した人々の思いもより痛切になるのだということを感じさせる事件の背景が印象的。 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2023/01/05 17:21登録) (ネタバレなし) 身体障害者のための介護技術と、日常の代替となる仮想空間の電脳世界が大きく発展した2036年。かつて理不尽な暴力によって首から下の機能を麻痺させた、元・天才的な外科医で42歳の牧野大(ひろし)は、かつての恩師である森園春哉から連絡をもらう。現在の森園は、現代日本でも屈指の電脳世界「Ⅴバース」を創造した大企業「SME社」に所属。Vバース内のアバターの住人は現実世界の人間と密接なリンクを行なっている。森園とSME社の要職たちの牧野への依頼は、Vバース内の医療施設「ホスピタル」に入院する、記憶と視力を失った16歳の少女エリカへの外科手術を願うものだった。 第12回アガサ・クリスティー大賞受賞作品。 昨年の受賞作(『同志少女よ』)が大反響な分、今年の受賞作は地味な印象だが、結論から言えばそれなりに楽しんだ。 内容は、昨今、隆盛の仮想空間もので、SME社のプロジェクトに関わった主人公・牧野の前に次第に隠された秘密が明かされていく。同時に関係者の現実世界での変死も発生。ミステリとしてはシンプルなものだが、一応、あるいはそれ以上に、フーダニットの興味も持ち合わせている。 読了後にトータルな視点で、物語の中での面白かった要素ひとつひとつを見つめ直していくと、どこかで見たようなもののパッチワークという感触もなくもないが、一方でそれらを丁寧に器用にまとめ上げている好編という評価は、したくなる。そんな作品。 (勝手な憶測ながら、受賞が決まってからさらに審査員や編集などの意見も取り入れ、伏線や前振りなどを練り上げ、完成度を高めたのではないか? という気もする。重ねて、評者の私的で勝手なイメージだが。) 仮想空間と人間の関係性を主題にしたリアルSF、オトナが読むジュブナイルのようとしては、なかなか面白かった。 弱点は前述のフーダニットミステリとしては、犯人がバレバレなこと(だって……)。ここらはもうひとひねり欲しかった気もするが、まあ際立った外道悪役キャラが作れてはいるので、そっちの成果を選択したのであろう。 昨年の傑作と比べたら気の毒だが、フツーに楽しめた。佳作の上から秀作の中のどこかに評価はおちつく。 |