人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.35点 | 書評数:2257件 |
No.1817 | 7点 | 没落 結城昌治 |
(2023/06/21 19:28登録) (ネタバレなし) 昭和37年8月(あ、『キングコング対ゴジラ』の封切りの月だ!)に刊行された、作者の初期中短編集。 4本の短編と表題作の中編、計5編のサスペンス編、クライムストーリーなどを収録する。 以下、備忘録がわりに、内容の紹介メモと簡単な感想。 ・「不倫」(オール読物 37年3月号) ……35歳の美人の社長夫人が、息子の家庭教師である28歳の青年と不倫。それをネタに謎の人物から大金を脅迫・要求されるが。 最初から巧妙な話術で、あれ、結城作品ってこんなに読みやすかったっけ? と、いきなり驚かされた。話の流れは一部読めるが、テンポの良さと最後までのストーリテリングが冴える秀作。 ・「犯行以後」(別冊小説新潮 36年10月号) ……情婦のOLが妊娠した、子供を生むというので、殺してしまった妻帯者の中年サラリーマン。その犯行の行方は。 目撃者に顔を見られたのでは? という焦燥と恐怖が読者にも伝わり、最後でう~む、というラストを迎える。もともとは日本版「EQMM」での新人賞でデビューした作者だが、いかにも翻訳ミステリっぽい仕上がりの一本。 ・「とらわれた女」(別冊小説新潮 37年1月号) ……テレビ番組のディレクター兼プロデューサーがコールガールを呼ぶが、その女はなじみの売れない女優だった。 ウールリッチのノワールサスペンスを思わせるようなムードの一編で、追い詰められていく主人公の緊張感が生々しい。最後のシャープなオチもなかなか、 ・「不在証明」(新気流 37年2月号) ……世間で話題になっている殺人事件。その最重要容疑者が獄中から存在を主張する、当人のアリバイを証明する人物。それは自分だった!? 掴みのよい設定で開幕し、これも好調な語り口で読ませる作品。最後の二重三重のオチは……ああ、なるほどね、という感じ。 ・「没落」(別冊文藝春秋 37年1月号) ……女性向け雑誌の、やり手の女性編集者が殺され、死体が路上で見つかった。事件は意外な? 展開を迎える。 巻末に収録の表題作。それまでの4本とは紙幅(ボリューム)も内容も明確にチェンジアップした作りで、最後にこれがきて軽く面食らった。 出版界周辺の群像劇をやや淡々と読まされ、これは最後にちょっとオチる出来のが来たかな? と思いきや、終盤の方で妙な方向にギアが入る。広義のミステリではあろうが、ラテンアメリカの短編小説みたいな歯応えのまとめ方。これはこれで面白かった……かな。 何十年も前に、SRの会の東京例会での会員間の古書オークションで、たしか誰も買わなかったので安く引き取って来た一冊だったと思うが、落札してみたら長編じゃないので、今まで放っておいたような記憶がある。 (巻頭の方の遊び紙が中途半端に切り取られているが、たぶん作者が為書き入りで献本を送り、受け取った側が礼儀として、そこを切り取って古本屋に売ったのだと思う。) 気が向いて書庫から取り出し、読んでみたら、前述のように表題作以外は軽妙ながらしっかりした語り口、最後の意識的なオチ、とまるでスレッサーの諸作。で、表題作は表題作で、これはこれで味があった。本との出会いなんて、偶然の縁も大きいが、これは何となく入手しておいて良かった一冊。 作者の初期短編は、また機会があったら楽しんでみたい。 |
No.1816 | 7点 | だからダスティンは死んだ ピーター・スワンソン |
(2023/06/21 09:05登録) (ネタバレなし) あらら……まんまと引っかかった(笑・汗)。 通例のこの手のミステリの作劇なら、後半の山場に据えるような場面を早々とまくって、どんどん前倒ししてくる。思えばそれ自体がテクニックだったのだな。80年代の某・技巧派系の海外長編ミステリを思い出した。 何のかんの言っても、スワンソンは『アリス』に続いて二冊目だが、こっちの方が面白かったかも。全体に(中略)な作品のムードも独特な感触で、地味にじわじわと染みて来る。 まあヒトによっては作者の(中略)は、怒ってもいい、とは思います。 あんまりものを言わない方がいい作品なので、これくらいで。 |
No.1815 | 5点 | 愛人関係 笹沢左保 |
(2023/06/19 17:26登録) (ネタバレなし) 大手商社「日興倉石」に勤務する23歳の美人OL・剣城夕子は、三百年近くも続く老舗の和菓子屋「夕月堂」の長女でもあった。夕子の父で夕月堂の当主でもある54歳の久太郎は、彼が眼をかけてる若手菓子職人・磯部達也と夕子が夫婦になって店を継いでくれることを望んでいた。だが夕子にはそんな気はまるでなく、それどころか彼女は別の部署の同僚で妻帯者でもある35歳の青年・伊集院夏彦に2年前に処女を捧げ、それ以来ずっと実家にも世間にも秘密の愛人関係を続けてきた仲だった。そんななか、夕月堂が同家とはまったく関係のなさそうな殺人事件に巻き込まれ? さらに夕子と伊集院の愛人関係にも、不測の事態が生じた。 日本でいちばん「愛人」というキーワードをタイトルに用いたであろうミステリ作家・笹沢佐保のラブロマン・ミステリの一冊。光文社文庫版で読了。 二号や妾はパトロンからお金をもらうが、愛人は心身の純愛で結ばれているから高潔だとか、情人に奥さんと別れて私と結婚してほしいなどという女の欲求は、生活のために体を売る娼婦と同じだとかいうメインヒロイン(主人公)夕子の主張は、大昔に同じ作者の『愛人岬』で、似たようなヒロインの物言いを読んだような記憶がある。ぶれない笹沢ラブロマン。 ブックオフの100円棚で手にしたら、解説で武蔵野次郎がラストの意外性が印象的とか書いている。それで購入して読んだが、さほどでもない。犯人もストーリーの流れと登場人物の配置、さらには作者の手癖からおおむね予想がつくし。 ただし途中の細部での話の転がし方は、部分的には曲があってそこそこ面白かった。 窮状に陥った夕子のため、彼女が秘密にしていた愛人の立場を鼻白みながらも、剣城家の家族がほぼ一丸となるあたりは、この時期の笹沢作品らしい。不器用な家族の絆は、笹沢作品の底流にある文芸テーマのひとつだ。 評価はこれもまさに「まぁ楽しめた」なので、この評点。 |
No.1814 | 7点 | じゃじゃ馬 カーター・ブラウン |
(2023/06/17 16:20登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、ふだんはパイン・シティの保安官事務所に勤務するが、本来はシティ警察の殺人課の所属で、事務所には出向の身だった。そんなある日、古巣の殺人課から呼び出しがあり、殺人課の課長パーカーはウィーラーに、失踪した店員の娘リリー・ティールの行方を捜せという。なぜこの段階で殺人課が動く? と不審を抱くウィーラーだが、どうやらひそかにリリーが殺害されている可能性をパーカーは見やっているようだ。しかも本件には、市でも最大級の実力者の大富豪、新聞社と複数の放送局の所有者であるマーティン・グロスマンがからんでいるらしい? ウィーラーは、途中で捜査を中断した殺人課の同僚ハモンド警部の後を引き継ぐが。 ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第13長編。 これも大昔に読んで、まったく内容を忘れてたものの再読。 こないだ読んだ(再読した)第23作目『ゴースト・レディ』のレビューの中で、ウィーラーが殺人課出身だったという話題を書いたが、ちゃんとその文芸にスポットを当てていた作品がココにあった。やっぱ、しっかり記録を取りながら読まなきゃダメだな。 やっかいごとを押し付けられるために古巣の殺人課に呼び戻されたウィーラーは、市の大物(裏社会の荒事師まで抱えてる)を向こうにした、面倒が多そうな、ほとんど単独捜査をするハメになる(殺人課の部長刑事バニスターがちょっとだけ相棒になるのは、面白いといえば面白い)。 あまりネタを割ってはいけないが、今回のウィーラーは悪党側のハニートラップにハマってレイプ未遂犯の冤罪を着せられ、警官として失職してしまう(実績ある警官、そして広義のハードボイルド探偵としては、かなりうかつだ)。とはいえ殺人課や保安官事務所も意外に冷静で、ウィーラーが罠にはまった事実をちゃんとすぐに理解し、協力体制をとる展開も予想外で面白い。 さらに重要な証人の生命を守って悪党側と攻防戦を演じ、増援のため民間の私立探偵の協力を求めるリアリティも楽しかった。 (証人を守る攻防といえば、西村京太郎の秀作『札幌着23時25分』みたいである。) 終盤の意外な真相はやや唐突だが、サプライズ度としてはなかなか面白い。 ウィーラーの敵陣への潜入ぶりとかも含めて、全体的にB級ハードボイルドミステリ感の強い話で、読了後にTwitterで見たウワサによると、別の作家による代作の疑いの濃い一本だという? 多作のカーター・ブラウンの諸作は、一部がハウス・ネームの代作になってるらしい、というのはそういうことか。 いつものレギュラーヒロイン、アナベル・ジャクスンも一応は顔を出すものの、おなじみのツンデレコメディが皆無なのも、たしかに別作家っぽいかも。 なんにせよ、ウィーラーシリーズの中では独特の食感と歯応えがあった一本。評点はちょっとオマケして。 ちなみに原題は「The Bombshell」。爆弾ではなく、かわいこちゃん、とかの意味らしい。決して、ユニクロンによってサイクロナスに転生した、デストロンのカブト虫のことではない。 |
No.1813 | 5点 | 時計泥棒と悪人たち 夕木春央 |
(2023/06/16 05:26登録) (ネタバレなし) 『絞首商會』『サーカスから来た執達吏』に続く「大正ミステリー」シリーズ(最近、これが公称になったらしい?)の第三弾。ただし作中の時系列では、今回のこれが一番先で、このあとに『絞首』『サーカス』の出来事が続く。 (そういう意味では、これまで本シリーズに縁がなかった人も、こっからスムーズには入れます。) 事実上、『絞首』の主人公コンビが主役の連作短編(中編)集で、彼らを軸に全体の挿話を貫く物語の流れも、設定されている。『サーカス』側の登場人物は……たしかあの人だよな? 数年前に一度読んだきりなので、記憶がおぼろげだ。 チェスタートンを思わせる逆説ロジックを各編の基本とするなど、なかなか良いのだが、一方でお話の流れが全体的に淡々としすぎていて、正直、読んでいて眠くなった(汗)。 形質的にはキャラクターものミステリのスタイルで、その上での謎解きパズラーだと思うのだが、ぶっちゃけ、今回は、主人公コンビにも他のメインキャラにも、そんなに魅力を感じなかったし(個人の感想です)。 いや前述したように、反転する各編の真相など、ところどころ光る箇所はあったんだけどね。 次回のこのシリーズは『サーカス』側の女子チームの方を、メインにやってください。 |
No.1812 | 7点 | 私雨邸の殺人に関する各人の視点 渡辺優 |
(2023/06/15 05:54登録) (ネタバレなし) その年の6月下旬。SNSで「クローズド・サークル」ものミステリへの強い思い入れをぶちまけていたT大学ミステリ同好会の会員で、18歳の二ノ宮は、とある老人から「自分はかつて殺人事件が起きた屋敷の主である」とコンタクトを受ける。老人は、大企業「雨目石鋼機」の名誉会長で77歳の雨目石昭吉だった。かくして同じサークルの同性の会長・一条とともに、昭吉の所有する山間の館「私雨邸(わたくしあめてい)」を訪問する二ノ宮だが、そこには様々な成り行きから11人の男女が集結していた。そして殺人事件が起きる――。 2016年の『ラメルノエリキサ』で出会って以来、評者が著者の本を読むのは、これで三冊目。 自分の読んでないものも含めて、創作対象の裾野がかなり幅広い印象の作者だが、ウレシイことに今回は直球のフーダニットパズラー、しかもクローズドサークルものと来た。 さらにネタバレになるのでここでは言わないが、後半には、フーム! という感じの趣向まで用意されている。 いい意味で細かいトリックの積み重ねが小気味いいし、何より最大の眼目は……(以下略)。 後半のスリリングな展開(これくらいは言っていいだろう)を経て、事件の真相が開陳。 そのあとの味付けがちょっとフランスミステリめいていて、作品の方向性は少し違うものの、余裕が出てきた安定期の泡坂妻夫作品らしい雰囲気めいたものも感じたりした。 次回もまたパズラーかどうかはしらないけれど(なんかまた別の文芸ジャンルに行きそう)、こういう持ち味でまた新作を読ませてくれるならウレシイとも思う。 なお中盤で、ネタバレ……ではないにせよ、某クリスティーの初期作品について少し余計なことを言い過ぎてるので、ここだけは玉に瑕。具体名は出さないで、分かる人、当該作品をすでに読んでいるヒトだけピンとくるようにすれば、それで十分だったんでないの? |
No.1811 | 7点 | スターダスト ロバート・B・パーカー |
(2023/06/14 08:14登録) (ネタバレなし) 全米でも人気の美人スター女優ジル・ジョイスが主役の女医を演じる、医療ドラマ。恋人の精神科医スーザン・シルヴァマンがその番組のコンサルタントを務めてる縁で「私」こと私立探偵スペンサーは、やっかいごとの相談を受ける。実は主演のジルが、何者かから脅迫を受けているようなのだ。スペンサーは調査の依頼を受けるが、肝心のジル本人は情報の提供に消極的な一方、スペンサーに秋波を送ってくる、どうにもやっかいな当時者だった。やがて彼女の周辺で、関係者が射殺される事件が起きる。 スペンサーシリーズの第17長編。まったくの気まぐれ購入し、つまみ食いで読んだシリーズの途中の一冊だが、意外に面白かった。 評者にとってもはやスペンサーシリーズの価値は、敷居の低い(期待値も低い)なかで、いかにどれだけ得点してくれるか、だが、犯人の意外性(同世代の別のネオ・ハードボイルドミステリの某作品を想起したが)といいい、事件の陰影を通じて最終的に浮かび上がる人間関係の渋みといい、これは予想以上によく出来ていた。 まあ当方が思ったことも、思いつく前に言われてしまったことも、みんな大方はHM文庫版の解説(演出家の鴨下信一なる御仁が担当)で、無駄なくまとめてくれているので(笑・汗)、今回はあまり書くことはない。 『初秋』その他の(元)少年や、スペンサーの元彼女(だったよな? 記憶違いかもしれない)リンダ・トマスの名が出て来るのもちょっと嬉しかった。 まあ何はともあれ、今回はほんのちょっとだけ、あの(中略……さっきのネオハードボイルド云々のとは、また別の海外巨匠作家の名が入る)の諸作を想起させる犯人のキャラクターが応えた、ということで。 ひとさじだけオマケして、この評点。 |
No.1810 | 8点 | ホワイトデス 雪富千晶紀 |
(2023/06/12 19:38登録) (ネタバレなし) その年の二月。23歳の若手漁師が被害にあい食い殺されたのを皮切りに、瀬戸内海では6m以上の体躯を誇るホホジロザメ(異名ホワイトデス)が人間を襲ったり、あるいは危険に晒される事態が続発する。現在の瀬戸内海には三体のホホジロザメ「トール」「ロキ」「ヘラ」が迷い込んでおり、なぜか彼らは外洋に出ていこうとしなかった。漁を制限された漁師の間で不満が高まるなか、息子を殺された初老の漁師・磐井盛男は復讐を誓い、一方で海洋生物の保護を願う久州大学の女子大生・水内湊子(そうこ)は、ホホジロザメが近海に留まる理由にある仮説を抱く。だが、そんな間も事態は緊迫し、さらなる犠牲者を生じさせていた。 作者の先行作で、内陸の湖に巨大サメが出現した怪獣小説『ブルシャーク』の続編。本作の主人公は、息子を殺された漁師の盛男と海洋学者の女子大生・湊子の二人だが、前作の主人公格の一角で海洋生物学の准教授・渋川まりもメインキャラ(というか三人目の主人公)の立場で再登場する。 ちなみに前作の事件から一年半後という設定。 主役怪獣(内陸のサメ)の設定から始まって全体に独特の新鮮さを感じさせた前作に比して、正直、今回はどこかで見たような要素のパッチワーク感が濃厚。 ホホジロサメがなぜ近海に留まるのかの真相も、多面描写を駆使した群像劇風の作劇も、そして明かされる事態の真相も、それぞれ既視感が強い。 ただしその上で、読んでいる間は非常に面白く、その「読んでる最中の面白さと高揚感」にもしも等級があるというのなら、これは正に特Aランク。S級のオモシロさであった。 (もし楽しめなかった人がいたとしたら、どっかでこの作品の持つファクターに摩擦感を生じ、サメてしまった読者であろう。それは仕方ない。) 今回は良くも悪くも王道を狙った感はあるが、ボリューム感は体感として前作の3倍以上。 読後に作者のネットインタビューを読むと、まだまだこの路線は続けたいみたいなので、十分に準備を整えてからシリーズの第三弾が登場することを願う。 |
No.1809 | 6点 | リメンバー・ハウスの闇のなかで メアリ・H・クラーク |
(2023/06/09 07:44登録) (ネタバレなし) 幼い愛児ボビーを数年前に交通事故で亡くした、31歳の児童文学女流作家メンリー・ニコルズ。失意から一時期、心を病んだ彼女はその後、新たな娘ハナに恵まれ、弁護士の夫アダムと生活を立て直しかけていた。メンリーは療養と創作のために、アダムの故郷ケープ・コッドにある、18世紀からの伝承が残る屋敷リメンバー・ハウスを借りるが、そこではとある悲劇が、地元の話題になっていた。そしてメンリーは夫の留守中、ありえない怪音や今は亡きボビーの母を呼ぶ声を聴く。 1994年のアメリカ作品。クラークの第12番目の長編。 あいかわらずの凄まじいリーダビリティで、480ページの長丁場を3時間半で一気読みした。 なお登場人物は端役を含めて名前があるキャラだけで80人前後に及ぶが、一方で、物語は大体3週間の日数のスパンの事件だと、冒頭からわかっているので、読み進めるうちに、いま大体、どのくらいまで実質的に話が進んでるのか見やりやすい。その意味でも、物語の消化感は頗るよい。 大ネタはおおむね察しがつき、同時に誰が悪人なのかも推察できてしまうが、終盤まで部分的にホワイダニット系の謎は残り、その辺でのテンションはそれなりに。 読んでる間は楽しめたけど、良くも悪くも勧善懲悪の陽性サスペンススリラーである。ただし、職人作家としてのクラークの技量は、あらためて実感した。ミステリとしての技巧性や、志の高さみたいな面では、あんまりホメられんけど。 途中、話の底が見えるまではうまくいけば7~8点取れるかな、とも期待したが、評点はまあこんなもんでしょう。佳作、だとは思うけど。 |
No.1808 | 8点 | 彼女はひとり闇の中 天祢涼 |
(2023/06/08 06:28登録) (ネタバレなし) 「わたし」こと、慶秀大学商学部経営学科の女子大生・守矢千弦(ちづる)は、かつて幼馴染で親友だったが、歳月を経て再会したのちは距離を感じている同じ大学の女子・朝倉玲奈から、話があるとのLINEをもらう。だが千弦がその直後に知ったのは、何者かによって玲奈が殺害されたという現実だった。千弦は玲奈の周囲に怪しい影を認め、自分で事件を調べようとするが。 結論から言うと、非常に面白かった。 作者の持てるもの、全乗せ、の感もあった(あ、シリーズ探偵ものの要素はないか)。 ただし、読む人を選びそうな作品なのも確かで、ミステリにおけるそれぞれの読み手側の尺度が際立った人には、キビシイ評価を受けそうな気配も見やる。 一冊読み終えて、自分はミステリのある種の作法において、どういうのが許せて、どういうのがダメなのか、改めてちょっと考えたりした。最終的には、ストライクゾーンの広い自分を再確認するだけ、というところもあったが(汗・笑)。 あれやこれや十何冊読んできた天祢作品だけど、個人的にはかなり上位に来る一冊。 書き下ろしとは思えない、小刻みな推理ロジックの開陳の連続と、そして……のコンボもよろしい。 それでもまあ、繰り返すが、評が割れそうな作品でもある。 ほぼオールオッケー。私にとっては(笑)。 |
No.1807 | 7点 | ゴルフ場殺人事件 アガサ・クリスティー |
(2023/06/07 17:45登録) (ネタバレなし) 今回は、出先のブックオフの100円棚で見つけたポケミス版で読了。数十年ぶりの再読で、前回は創元文庫版だったような気がする。 犯人もトリックも大筋も忘れていたが、読んでるうちに一部の情報を思い出した。 本当に初期作、ポアロの第二長編ということもあってところどころ粗削りだが、その分、妙なパワーを感じて面白い。 はっとなったのは、のちのクリスティーの十八番となる、ミステリ的な趣向を早くもここで使っていたことで、その点では実は『スタイルズ』とはまた別の意味で、非常に重要な作品だといえよう。 ヘイスティングとシンデレラのラブコメ模様は楽しく、読後、試みにTwitterでこの二人の名前を同時に打ち込んでみると、ファンが結構、キャーキャー言ってるのがわかって微笑ましい。 そーか『カーテン』で、この二人が(中略)ということはわかるんだっけ。さすがに両作品の情報を、整理して記憶してはいなかった。 たしかに四十男と17歳の女子の恋愛というのはアレだね。赤川次郎みたいだ。 タイトルが地味な分、こーゆーものは面白いのだろう(面白かったはずだろう)と期待して読んで(再読して)、いろいろと楽しませてくれた作品。大きな記号的なトリックやギミックはないが、結構中身は濃い作品であった。 話の作りには、ドイル以前の時代の英国伝奇推理小説の主流を感じる。といってもこの作品が書かれたころには、まだホームズは現役だったんだよな。いろいろと興趣深い。 |
No.1806 | 7点 | クローズドサスペンスヘブン 五条紀夫 |
(2023/06/06 07:02登録) (ネタバレなし) 首を切られた男は、気が付くとリゾートビーチと西洋館がある場所にいた。そして男の前には、すでに先にここに来ていた5人の男女がいた。彼らは全員、現実の世界で首を斬られて殺され、記憶を失くした状態でこの「天国屋敷」に来ているらしかった。誰が誰なのか? 事件の真相は? そして犯人はなぜ、一同を殺したのか? 殺人事件に関わって死亡した人間たちの残留思念が、いわゆる成仏できずに天国めいた場を形成。そこではその世界の条理に則したことは可能だが、そうでないことは許されない。 そんな特殊設定のなかで語られるフーダニットパズラー。 300ページない紙幅で、リーダビリティも高い内容なのでスラスラ読めるが、中味は相応に練られてはいる。 で、ネットでは一部、部分的にインチキとかズルではとかの声もあるが、評者的にはさほど気にならない。ただし真相が割れたのち、何人かの登場人物の言動に、そうなっちゃうのかな? 的な摩擦感を覚える箇所はあった。もちろん詳しくは言えないが。 器用に話を転がし、妙な抒情性の雰囲気の特殊設定パズラーとしてまとめてあるとは思うが、なんであそこで? 不自然やろ? 的にツッコム人は出そうだ。まあ、その辺は。 あと、世界観の設定が、話の都合に合わせ過ぎるとか感じる人もいるかもね。 ただし、それらの辺を考えても、得点的には十分以上に面白くはあった。 青臭い感じもあるが、それはこの作品の場合、魅力に思える。 |
No.1805 | 6点 | 北太平洋の壁 福本和也 |
(2023/06/05 14:55登録) (ネタバレなし) 1989年5月4日、ワシントンのシアトルで4人の日本人が射殺された。被害者はそれぞれ日本で純金売買投資にからみ、老人からあくどい詐偽を働いていた商社犯罪の中核らしい。シアトル警察の捜査で容疑者が浮上する。が、その容疑者当人は、すでに4月の末に日本に向かうヨットでの太平洋横断の航海に出ており、やがて日本に到着するはずだった。どんなに急いでも相応の日数がかかりアリバイは保証され、最短距離とされる北太平洋ルートなら、ぎりぎり引き換えしての犯行は可能だった可能性もあるが、その北太平洋ルートは荒海、濃霧などの超難関航路で、現実にはその航路もまた無理のはずだった? 太平洋航海を股にかけたアリバイ崩し、という趣旨の裏表紙での煽り文句が面白そうだったので、ブックオフの100円棚でしばらく前に文庫版を購入。今回読む。 当初から容疑者が絞られるアリバイ崩しものなので、フーダニットの興味は薄いハウダニットパズラー? それとも……とか、ちょっと期待して読む。 良くも悪くも通俗ミステリ作家としての実績が長い作者で、しかもたぶん現実にあった昭和末期の大手詐偽事件をネタにしているらしいので、ガチガチのパズラーという訳でもなく、読み物としての雑駁な要素も多い作品。 しかも主人公の探偵役はメインどころが二人登場し、ひとりは本庁二課のベテラン刑事・南郷だが、もうひとりは、大物ヤクザの息子(今は、父から受け継いだ組を表向きはクリーンな会社にしているが、実質的にはやっぱり裏社会の人間)で同時に国際線のパイロットでもある美青年・酒巻(新本格のキャラものみたいに、人物設定を盛りすぎである)で、その酒巻の設定をもとに、作者の十八番の航空ネタの話題も広がっていく。 ただし中盤以降もパズラーの本分をまったく忘れたわけではなく、途中で大ネタを明かし、謎解きものとしてはここで底を割って、あとは完全に通俗ミステリか? と思いきやそこでまたひっくり返し、広義の不可能犯罪パズラーの興味を煽る。あんまり詳しく言っちゃいけないけれど、この辺はなかなか面白かった。 とはいえ事件の真相に関しては、アレヤコレや……のパターンで、まあそっちでしょうね、という感じ。まあそれはそれで、それなりに楽しめた。全体としては佳作、くらいか。 なお思わせぶりに書かれたプロローグが(以下略)。これって、まったくの計算違いか構想の破綻の結果だよね? この部分は、カットしてもよかったのでは? |
No.1804 | 5点 | 群がる鳥に網を張れ ハドリー・チェイス |
(2023/06/05 04:24登録) (ネタバレなし) 保険会社「ナショナル・フィデリティ」の青年外交員ジョン・アンソンはやり手で高収入だが、一方で女とギャンブルが好きで支出も多く、いつも金策に追われていた。そんなアンソンは、40過ぎの園芸家フィリップ・バーロウの若くて美しい妻メグと、保険の契約の件で知り合う。ひそかに作家志望というメグは、夫殺しの女を主題にした創作の案を語るが、アンソンはそれが現実に、夫を殺して保険金をとろうと願い出る彼女の意思表示なのだと気づく。 1963年の英国作品。 本作の主人公アンソンが悪女メグとともに犯罪計画を企てるクライムノワール・スリラーだが、アンソンの勤務する保険会社の調査課長(不正な保険金詐欺がないか監督する)の中年男マドックスを主軸とする「マドックス・シリーズ」の一本でもある。 (同シリーズは大昔に『ダブル・ショック』を読み、それは今でも部分的に、結構内容を記憶しているつもり。) まぎれもないチェイス作品ではあるのだが、なんか話の題材というか主題がそれ以上にJ・M・ケインの諸作という感じのクライムストーリー。 話の流れは良くも悪くも、まあそうなるだろうな、とか、ああ、やっぱりね、なるほどね、という感じの展開が連鎖していき、退屈はしないが、さほどの緊張感も湧かない。 つまらなくはないが、良くない意味でこの手のものの定食という印象。 お腹はふくれるが美味かったかというと微妙な料理、みたいな手ごたえであった。 チェイスとしてはそこそこ、の方であろう。 評点は、正に「まあ楽しめた」なので、この点数で。 |
No.1803 | 7点 | 魔女の標的 平井和正 |
(2023/06/03 18:04登録) (ネタバレなし) たぶん(当時の)角川文庫のオリジナル中短編集。全部が広義のSF、またはホラー、ファンタジー。 表題作、『悪戯』『"女狼"リツコ』の三本の中編(または長めの短編)がハシラで、あとは長くても10ページちょっと~ショートショートの小品が8本。 ちょっと電車で出かけるので、車中のお供にと、大昔に購入したままで、少し前に自宅の奥から出てきたこれを手にとった。 表題作は、美貌の新任魔女教師が、主人公のいる学園を蹂躙する話。眉村卓の『闇からのゆうわく』によく似た設定だが、広い目で見れば漫画やドラマをふくめて21世紀の今ならあちこちにありそうな話。最後のメッセージ性というか主張は、この時期の平井らしい。 『悪戯』は、近未来の科学文明がいびつに進化した世界で、学生たちが新任の男性教師にあるイタズラを試みる話。1960~70年代の旧作だろうが、のちに出て来る某作品を想起させたりした。 『"女狼"リツコ』はもともとこれが目当てで購入(でもウン十年読まずに放っておいた・汗)で、少年ウルフガイ系の作品というから『博徳学園』みたいな、少年・明シリーズのパラレルワールド編だと思っていたら、嬉しいことに正編だった? 『狼の紋章』の直前の時期の世界線のエピソードとして、矛盾はないと思う。何か気づかない不整合があったら、教えてたもれ。 得した気分と同時に、さすがにこれはもっと早く読んでおけばよかったと軽く後悔。 残りの短編群は玉石混交という感じで、オチものらしいがそのオチがよくわからない話(『壁の奥の恋人』)がある一方で、21世紀の今なら「✕✕✕……」ものとして一言で片づけられそうな着想に真摯に純朴に向き合ってるなあと感慨を抱くような作品(『淋しい草原に』)などもある。ただ全般的に、昭和の旧作SF感は良くも悪くも……である。 ハシラの中編3本が得点を稼いで、それを何本か短編が応援して、この評点で。 |
No.1802 | 8点 | 悪の教典 貴志祐介 |
(2023/06/03 17:25登録) (ネタバレなし) ブックオフの100円コーナーに、新刊本みたいにきれいな帯付きの文庫本・上下2冊(2012年版の初版)があった。話題作としてタイトルくらいは知ってる作品なので、嗜みとして読んでみようと購入した。そこまでが、だいたい半年くらい前? の話。 で、今回読んだが、さすがに読了までは2日かかった。 とはいえ初日で約600ページ(下巻の半ばまで)読み進められて目の疲れを感じなければ最後までいっきに読了していたかもしれんかった。なるほど、リーダビリティは確かに申し分ない。 後半~山場にかけて、ハスミンのキャラクターは確かに転調した気配はあるが、もともと、そして最後でまた、己の足場を器用にずらすタイプのニンゲンなので、さほど気にならなかった。 山場の行為もなりゆき・プラス・試みてみたい己の関心の結果であろう。 文庫版のあとがきで三池監督が騒ぐほど、究極の自由を追ったキャラクターだともダークヒーローだとも思わないし、デスノートのニア風に言えば、ただの知能の高めのイカれた人間でしかない。そしてその上での何らかの接点は、たしかにどこかに覚えないでもないのだが。 お話は強烈な一方でまとまりがよく、最後のクライマックス、決着がどこでどうなるかについて、ミスディレクションを張りまくる作者のサービス精神には感嘆(感心でも感銘でもなく、感嘆)。 作風は相応に違うが、キングの一級作品に通じる量感はたしかにあり、それがそのまま読み手の快感になった。8点は妥当だとは思う。 |
No.1801 | 7点 | 決闘は血を見てやめる カトリーヌ・アルレー |
(2023/06/01 10:48登録) (ネタバレなし) 23歳のパリ娘で洋装店の美人店員パトリシア(パット)・ディメルジュは、アメリカ人の実業家で米国の外交特使を務める48歳の紳士クリス・メッシンジャーと知り合う。クリスは、パリ在住の間の秘書兼家政婦兼セックスフレンドとしてパトリシアと契約を結び、経済支援を初めとして優遇するが、他の男との浮気だけは認めなかった。そんなパトリシアはクリス不在中に暇を持てあまし、元学友で今は離婚女性のミッタから、評判のロシア人の女占い術師アラ・バリノフを紹介された。そんなバリノフが、パトリシアに告げた宣託は。 1973年のフランス作品。アルレーの第13長編。 愛人契約のようなものを結んだヒロインがやがて……の、マジメな艶談ドラマという感じでストーリーが展開。 フツーにぐいぐい読ませるが、犯罪性もミステリ味もほとんどなく、どこでミステリに転調するのだろ、と思っていたら、後半は結構サスペンス度が高くなった。 現実のすぐ隣で生じそうな人間模様で、その意味でのリアルでなかなかコワイ。(詳しくはナイショだが。) しかし最後まで読んで、けっこう驚かされた。いや、サプライズはあるだろう、とは予期していたが、また別の方向に行くだろうと考えていたので。 バカミス一歩手前の良い感じに熟した(腐った)どんでん返しで、こーゆーいかにもミステリらしい? プリミティヴな驚きが心地よい(早めに、先の驚きが分かる人は、何かしら、分かるかもしれんけどね)。 個人的にはアルレーの中では上の下か中の上。 2時間でサクサク読める、佳作~秀作であった。 なお本作は76年に映画化され、入手した75年初版の創元文庫の初版にも映画ジャケットがついてるけど、事情があって日本での公開はオクラ入りになったらしい。とりあえず、そこまで知っておいてください。 お蔵入りの事情に関しては、本作(原作)のネタバレになるかもしれんので、原作を未読の人は、あまり詳しく調べないように。 |
No.1800 | 6点 | メグレと深夜の十字路 ジョルジュ・シムノン |
(2023/05/30 16:03登録) (ネタバレなし) 少年時代に当時稀覯本のポケミスも古書で購入。しかし結局は今回初めて、長島版で読了。 評判が良いので期待したが、いささか複雑な印象。 初期編のメグレは、成熟期のメグレとはまた少し違う心構えや歩幅で楽しむものだ、ということはアタマでは十二分の理解していたつもりだが、本作の場合、それでもその初期編らしいミステリとしての練り込みぶりや意外なトリッキィさの部分が、若干、邪魔に思えた。 特に途中で起こる、さらなる事件の新展開など、違和感すら覚える。 いや本当はここで改めて、おお、メグレの初期編はこのくらいに幅の広がりがあったのだな、と感銘すべきところなのだろうが。 (いや『怪盗レトン』も『死んだギャレ氏』も大好きだよ。大昔に読んだきりだけど。) 結局、一番心に残ったのは、キーパーソンふたりの屈折した、しかしどこか(中略)な内面の実相であった。 ……しかしこれはたぶん誰が読んでも、同じような感慨を覚えるであろうことで、例えるなら24時間TVの手塚アニメ『バンダーブック』を観て、「一番心に残ったのは「過去は変えられないが、未来は今からだって変えられる」という一言でした」というようなアホな感想を語るようなものであろう(大昔、アニメージュの読者欄でそーゆー、誰に聞いてもまず出て来るであろう決まり切った述懐を平然と語る輩の無神経さに、めちゃくちゃ腹が立った覚えがある)。 閑話休題。 結局、本作は、メグレシリーズの大系を俯瞰するうえでは相応の意味がある作品ということになろうが、自分にとってはいささか摩擦感のある一冊であった(汗・涙)。 ただしエピローグはいい。シムノンらしい人間喜劇(といっていいのか)の刹那の一幕で、地味に心に染みる。 |
No.1799 | 8点 | 人狼部隊 イブ・メルキオー |
(2023/05/30 05:18登録) (ネタバレなし) 連合軍の侵攻を受け、陥落寸前の1945年4月のベルリン。ヒトラーは総統専用の地下室に要人を集め、かねてよりアルプスに建造を進めている巨大要塞に拠点を移す、水際の一大反攻作戦を語る。そのための主力となるのが、数年前からナチスドイツの最後の切り札として編成されていた精鋭殺人工作集団「人狼部隊」であった。そんななかドイツ国内に侵攻し、敵軍を解体・無力化しつつある連合国側、アメリカ軍防諜部隊の「ラースG-8」ことエリック・ラーセンは、とある動きを掴んだ。 1972年の米国作品。作者メルキオーの処女長編で、本国でかなりの反響を呼び、日本でも翻訳刊行当時、当時の海外ミステリ界、冒険小説ファンの間で、マイナーメジャー的に話題になった。 ちなみにタイトルだけ聞くと、当時まだリアルタイムで進行中の平井和正のアダルトウルフガイシリーズの一編のようだが、その平井自身もシャレで、アダルトウルフガイシリーズの後期作『人狼白書』の前半で、本作を劇中に登場させるお遊びをしている。 21世紀に入った頃から読もう読もうと思っていた作品だが、翻訳刊行直後に購入したハズの本が家のなかから見つからないいつものパターンで、今まで順延。近所の図書館にもないし、と思っていたら、ネットで珍しく比較的安値で古書を買えたので、ようやく通読した。 ナチス側の作戦というか計画の大ネタがもうひとつあり、邦訳書(ハードカバー)のジャケット折り返しのあらすじにも書いてあるが、一応ここでは黙っておく。 大半のナチス軍人の残虐ぶり、さらにそれと戦うために人間性を切り捨てていく一部の連合軍兵士の描写なども踏まえて、戦争のなかで剥き出されていく人間の獣性の叙述に、読む側もそれが他人ごとではないという迫真性でテンションが高まる(同時に胸糞が悪くなる)が、その時点ですでに作品世界のなかに引きずり込まれてしまっている訳で、少なくともこの作品には、世の中から高い評価を一般に受ける某・戦争冒険小説のような細部のウソはさほど感じなかった(それでも全くスキがない、というわけにはいかないが)。 何十年も読むのを待ち、どんな作品なんだろうという期待値があまりにも高まってしまったのは、本書の評価にとって不公平ではあろうが、その辺をさっぴいてもなかなか面白い。 ただし作中のメインストーリーがリアルタイムの時間の流れの上ではたったの二週間、特に4分の3くらいは三日間の出来事(これは目次からわかるのでネタバレにはならないな?)なので、お話は最高級にスピーディではあるものの、全体のボリューム感はある意味で弱いかもしれない。 逆に言えば数日間の時のなかで、かなり高密度の凝縮したドラマが語られるのであるが。 面白かったか? 秀作か? といえば文句なしにイエス。しかし優秀作か? と問われれば、少し逡巡した上でイエス。傑作か? と尋ねられれば、たぶん、メルキオーの諸作のなかでは、力作ではあるものの、まだ習作の面もあろう、という感じ。 処女作としては、フランシスの『本命』に近いけれど、決してマクリーンの『ユリシーズ』ではないのだな。いやまあ、それでも十分に大したものではあるが。 評点は0.2点くらい、ほんのわずかにオマケして。 |
No.1798 | 5点 | 昼と夜の顔 北村鱒夫 |
(2023/05/28 08:26登録) (ネタバレなし) 1960年代前半の東京。新橋駅西口に編集部がある二流芸能誌「ムービー・タイムス」の記者で30歳前後の佐塚茂は、ある日「多田」と名乗る60歳位の男からネタの売り込みを受ける。多田が持ち込んだ情報は、大手映画会社「国映」の人気時代劇青年スター、深沢圭吾の過去の女性スキャンダルにからむものだった。人気スターの醜聞ネタはいっとき、発行物の部数を増やすが、映画会社からは睨まれ、さらに万が一ガセネタならば購読者にそっぽを向かれる危険性があると判断した佐塚は慎重策をとる。多田の提示した情報は、圭吾の元内縁の妻で、今は薬物中毒のホステスという女・稲垣サチの存在であり、佐塚は多田の導きをもとに、まずサチの友人という女性・真田浮子を訪ねるが。 少し前に気が向いて、ヤフオクの「文学・小説カテゴリー」のうち「ミステリー」の項目の落札履歴を「落札価格の高い順」に検索。その検索当日の時点から半年以内の稀覯本そのほかが高価な落札順に出てくるが、その中に一冊、7万円以上の落札額(!)で、入札数ものべウン十件という、しかし作者名も書名も、評者の全然知らない作品がある。 なんじゃこれ? と思って、ネットで探すと同じ本が某所で3万円以上なら売ってるが、もちろんさすがに買う気はない。しかしタダなら読んでみたい、と思っていたら、あっという間に某経路から、すぐに借りられた(笑)。で、一読。 内容は上述のあらすじのごとくであるが、作者・北村鱒夫(きたむらますお)は裏表紙の紹介によると、1925年12月京都生まれ。中学卒業後、郵便局員を振り出しに鋳造工、水夫、ブローカー、雑誌記者、商業デザイナーなど十数種の職種を転業、そのかたわら「新日本文学」「群像」「宝石」に作品を発表、とある。まるでエヴァン・ハンター(エド・マクベイン)みたいな経歴だが、すまん、まるで知らなかった(汗)。 で、一読しての感想だが、スキャンダルに喰いつくやさぐれ芸能ジャーナリストの主人公の視点から入っていく導入部は、王道ながらそれなりに快調。文章もなかなか味があり、弱肉強食の芸能界のせちがらさを憐れむとも揶揄するともつかぬ随所のレトリックなど悪くない(もちろん昭和ティスト満々だけどな)。 キーパーソンとなる男優・圭吾、そしてその周辺の女性との関係性が少しずつ覗けてくる一方、主人公・佐塚自身の少しややこしい過去像なども見えてくる筋捌きなど、前半はそれなりに読ませる。 ただ正直、中盤からは、話の接ぎ穂をいささか強引に行った感があり、登場人物の煩雑化、ストーリーの焦点が定まらなくなってくるなど、次第にヤワになってくる。かなりノープランで書き始め、なまじある筆力で強引にお話を最後まで引っ張って、結局はあまり面白くないものができてしまった、というのが正直なところ。特に最後、3章にわたって延々と某・登場人物の述懐が続くのは、なにか軽い裏ギャグかとも思えた(いやまあ、作中の当人はシリアスな告白ではあるのだが)。 ぶっちゃけ、これに7万円払うヒトがいるんだから、いくら今の日本が不況だのビンボーだのと言っても、まだまだ余裕あるでしょ、というところ。 それとも格差社会の本当に一部の上流階級のみが、こんなもん買っているのか? こっちはタダで読ませてもらって、それなりの業界(映画業界)風俗ミステリだと思ってるからいいけれど、実際に大枚払ってこれ買って、読んだ人のホンネの感想を聞いてみたいもんである。 評点は0.25点ほどオマケ。細部には(小説として)いいな、と思うところもあるにはあった。 |