パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.13点 | 書評数:622件 |
No.542 | 7点 | 邪教の子 澤村伊智 |
(2023/12/16 06:56登録) 物語は、慧斗という女性の手記から始まる。少女時代、彼女が暮らすニュウータウンに引っ越してきた同い年の茜は、親が新興宗教に入信していて娘を学校に通わせない。その茜を助け出そうとする慧斗の懸命な行動が描かれる。慧斗の手記には違和感があり、真実が明かされる前から不穏な空気をまとっている。 二部構成のプロットで、中盤に捻りを加え、知らないうちに騙されてしまうミステリの魅力を、知らないうちにオカルト教団に絡めとられてしまう恐怖に重ねて描いているのが巧い。幸せそうなのに素直に受け入れられない恐怖がある。真実が明かされると手記の持つ意味がガラリと変わり物語がひっくり返る。 タイトルの「邪教の子」が意味することは。邪教の子とは誰のことを指すのか。どんでん返しが繰り返され、帯の惹句通り最後の最後まで気が抜けない作品。 |
No.541 | 5点 | ほうかご探偵隊 倉知淳 |
(2023/12/12 07:02登録) ジョブナイルミステリ叢書、ミステリーランドの一冊として刊行された作品で、子供向けではあるが大人でも十分楽しめる。 クラスで起きた、不用品連続消失事件。消えたものは、不細工な手作り招き猫、図工の授業で描かれた風景画、そして縦笛の真ん中の部分。加えて飼育小屋のニワトリまでもが消えてしまい、誰が何のためにこのようなことをやっているのかと謎は深まるばかり。江戸川乱歩の少年探偵団シリーズが好きな龍之介に誘われ、4人で探偵隊を結成する。そして消えた4つに共通点があるのではと推理を始める。 視点は子供だが、会話などに猫丸先輩シリーズを彷彿とさせる。プロットの運びや真相、伏線の張り方が「猫丸先輩の推測」に収録されている数編を思い起こさせるものがあるからだろうか。どこかほのぼのした、それでいて推理の過程をしっかり押さえていて、なかなか本格的。 視点を龍之介の友人に置くことで、子供の視点で物語は進む。本書はそのお約束がかなり効果的に使われており、実に巧い作品に仕上がっている。真相は、いささか拍子抜けする部分もありはしたが、子供に読ませたい作品であることは確かだし、それだけに止まらず、作者のファンならば読んで損はないでしょう。 |
No.540 | 7点 | 疑惑 折原一 |
(2023/12/08 19:16登録) オレオレ詐欺、放火、悪徳リフォームなど、テレビでよく報道されているような身近な犯罪がテーマの5編とボーナストラック1編の短編集。 「偶然」一人暮らしの老婆の元に、出ていった息子から電話が入る。切れ味より予定調和な意外さがあって巧さを感じる。 「疑惑」ひきこもりの息子が放火犯ではないかと疑う母親。細かいどんでん返しの連続で、オチは読みやすいが締め方が巧い。 「危険な乗客」夜行列車で乗り合わせた隣の席の女。怪しげな雰囲気の中、折原マジックが炸裂する。 「交換殺人計画」義理の父親を殺す計画を立てた男は、愛人にその計画を打ち明けるが。交換殺人をどう捻るかが話のキモだが、ラストは呆気にとられた。 「津村泰造の優雅な生活」引退して悠々自適の生活を送る津村泰造だったが、そこにセールスマンが来たことから話はややこしくなる。オレオレ詐欺や悪徳リフォーム業者がモチーフになっており、仕掛けられたトリックは一筋縄ではいかない。後味の悪さが印象的。 「黙の家」画家の石田黙の画をふんだんに使っている。沈黙のスピンアウト。 |
No.539 | 6点 | 祈りの幕が下りる時 東野圭吾 |
(2023/12/04 06:52登録) 加賀恭一郎シリーズ第10作。 アパートで女性が殺されていた事件と河川敷でのホームレス焼死事件。それぞれ同時期に近い場所で殺された事件だった。今回の事件には、加賀の人生にとって重要な過去の出来事が大きく関わっている。彼が子供の頃に家を出ていった母親が残した謎のメモ。そのメモに書かれていたのと同じ内容が書かれたカレンダーが、殺人事件の現場となった部屋で発見されるのだ。 その内容が何を意味するのか。その謎を解き明かした時、事件が解決するとともに、加賀が母について一番知りたかったことも彼の前に現れる。加賀が日本橋署にこだわって異動してきたことも、どのような経緯で母と生き別れになったのかということも、シリーズを通しての謎が明かされスッキリする。 ただ本作は、ミステリとしては地味で派手な仕掛けはない。暗号らしきものが登場するが、暗号とは少し違った意味合いを持つので、謎解きに大きく関わってくるものの、そこに驚きがあるということはない。 縁もゆかりもないはずの人物が入居していたアパートの部屋で殺されていた女性から、少しずつ様々な人物をたどっていき、一本の線につないでいく地道な作業に執念が感じられ、大事なピースがはまった時には感動を呼ぶ。加賀恭一郎という男の謎と人間的魅力、物語全体を貫く切なさ。本作は、どんでん返しや大きなトリックを楽しむものではなく、人間関係のドラマで読ませる作品といえるだろう。 |
No.538 | 6点 | 鋏の記憶 今邑彩 |
(2023/11/30 06:58登録) 物に触れるとその物が持っている記憶が読み取れるという、サイコメトリーの能力を持った女子高生・桐生紫が活躍する4編からなる連作短編集。 「三時十分の死」財産家の叔父が亡くなり、莫大な遺産を相続することになった順平。しかし、伯父の死が殺人ということで嫌疑がかかってしまう。終盤に浮き彫りになる事柄への伏線の数々はお見事。 「鋏の記憶」紫は同居人である進介の同級生の二瓶に、漫画のアシスタントが休んでしまったため手伝いに駆り出される。紫はその部屋にあった鋏に触れると、血を流して横たわる幼児の絵が見えた。二転三転する展開は巧いが、サイコメトリーの能力が発端にしか絡まないというのは勿体ない。 「弁当は知っている」冴えない男に嫁いだ女性は、誰もがうらやむ美人。しかしある日、書き置きの手紙を残して失踪してしまう。彼女の前夫が刑務所から出所したため、復讐を恐れ逃げるが男は何者かに殺されていた。この作品は、犯人が誰かというよりも男の造形が面白い。サイコメトリーの能力で読み取った映像に哀しみを誘う切ない物語。 「猫の恩返し」小寺雅道は、怪我を手当てし住み着いた猫だけが心の拠り所だったが、いつの間にかいなくなってしまった。ある日、息子の小学校時代の同級生という人物がやってくる。その人物は何故か仏壇の場所を知っている。猫の化身なのか。猫の恩返しという「いい話系」で展開も巧く読ませる。独居老人と殺人事件を絡ませているが、そちらは蛇足。 |
No.537 | 6点 | 退出ゲーム 初野晴 |
(2023/11/26 19:08登録) 主人公の女子高生と幼馴染の男子高生が部活に関わる謎に挑んでいく4編からなる青春ミステリ。 「結晶泥棒」学園祭の開催が危ぶまれる事態が起きる。毒物を結晶化させたものが盗まれ、しかも脅迫状も送られてくるのだ。メインとなるべき盗難事件に関しては伏線の置き方が印象に残る。 「クロスキューブ」吹奏楽部存続のため、必要な人材をスカウトしようとする。入部の条件は、六面とも白色のルービックキューブの謎を解き明かすことだった。ルービックキューブに隠された謎の正体というよりむしろ、絵解きのシーンなどの個々の細かい描写が印象に残った。 「退出ゲーム」演劇部と吹奏楽部の二つの部が必要な人材を手に入れるために行った勝負は。作中人物にまで叙述トリックを仕掛けるという、叙述トリックという要素を考える上で興味深いものになっている。 「エレファンツ・ブレス」奇妙な枕に関するトラブルを解決する羽目になったのだが、だんだんと深刻なところに話が進んでいく。ひょうたんから駒ということわざがあるが、まさにその通り。 |
No.536 | 6点 | 片眼の猿 道尾秀介 |
(2023/11/22 06:53登録) ヨーロッパの民話に「片眼の猿」という話があるらしい。その昔、その猿は皆左眼だけしかない猿であった。ところがある日、両眼をもって生まれた猿が現れた。左眼しか持たない猿の集団の中で、いたたまれなくなり、ついには右眼を潰してしまったという話。 私立探偵の三梨は、盗聴専門という変わり種の探偵であった。彼の元に産業スパイを捜し出す依頼が舞い込む。三梨は着実に調査を進めていたが、そんなある日、知っている人に似た女性を見かけてスカウトする。相棒として調査を進めるが、そんな中殺人が起き、相棒が容疑者として挙がってしまう。 作者の作風は、どちらかといえばダークなサスペンスもの、またはホラー寄りのミステリというイメージがあるが、この作品は底抜けに明るい。プロットそのもの自体は、暗いものが流れているのだが。事件そのものは単純なものであるものの、思いも寄らないところへ転がっていくところに意外性がある。盗聴専門の私立探偵というのは面白い着眼点だ。音に着目し、そこに何かを仕掛けるというのは予想がつくが、小説ならではの仕掛けが仕込まれている。 外見ではなく、何を意識すべきなのか。人間の本質はどこにあるのか。人間にとって本当に大切なものは何か。その答えに三梨は持論を語る。仕掛けの一部は、容易に見当がつくだろうが全てを見破るのは困難だろう。その仕掛けが明かされるプロセスは「シャドウ」に近いテイストがある。 |
No.535 | 5点 | マーダーズ 長浦京 |
(2023/11/18 06:55登録) 総合商社に勤める阿久津清春は、柚木玲美がストーカーに襲われる場面に遭遇し助けに入るのだが、彼女は彼をわざと巻き込んだのだった。同じ頃、組織犯罪対策五課の則本敦子も彼女にリクルートされていた。 物語がどこへ行こうとしているのか、なかなかわからない。主要な三人組はいずれも後ろ暗いところがある。この訳あり三人組による未解決事件の捜査を中心に展開される。捜査の対象となるのは、殺人犯ながら誰にも知れず、一般社会で普通に生活している者。そして捜査の過程でも同じような未知の殺人者たちと次々に出会っていくことに。清純な美女ながら、目的のためには親しい人々の犠牲も厭わぬ肝の据わった玲美。品行方正な外見とは裏腹に冷酷でヤクザ相手にも動じず、武器も手作りでこしらえてしまう清春。庁内では浮いた存在ながら、捜査能力に長けたハードボイルドな則子。 そしてやがて浮かび上がる正義や善悪の在り方を問う主題。何が正しいのか、正しいことに意味があるのか。頭の中がかき回されながらも続きが読みたくなる。中盤まではスリリングな捜査劇が繰り広げられ、終盤は迫真のバイオレンスアクションで盛り上がり、クライマックスまで昇りつめる。徹頭徹尾、不穏な小説である。 |
No.534 | 5点 | フリークス 綾辻行人 |
(2023/11/14 06:52登録) サイコホラーと本格ミステリへの愛を感じる、精神病院に入院する患者が描かれる3編からなる中編集。 「夢悪の手 三一三号室の患者」精神病院に入院した母親を見舞う青年・神崎忠の視点で描かれる。ラストのひっくり返し方は作者らしく闇への愛を感じられる。己のアイデンティティを崩壊させる作品。 「四〇九号室の患者」芹沢園子は、何かの事故で大怪我を負い入院していた。しかし、これは医師らが説明した話で、彼女は自分が芹沢園子だと確信を持てなかった。二転三転する展開や、そこに至る伏線の張り方は見事。サイコとアイデンティティテーマの相性の良さが分かる。 「フリークス 五六四号室の患者」小説家の私は、精神科医の桑山から、とある小説を渡される。精神病院患者が殺人事件を扱ったものを書いた小説。作中作の容疑者全員フリークであるという、文字通りの異形のフーダニットでグロテスクな描写が多い作品。「どんどん橋、落ちた」の収録の幾編かを彷彿させるような構造。 |
No.533 | 7点 | 世界でいちばん透きとおった物語 杉井光 |
(2023/11/10 06:29登録) 大御所ミステリ作家の死後、彼の隠し子だった主人公・燈真が、生前最後に書いていた父の遺稿「世界でいちばん透きとおった物語」を探していく。それとともに自分と母を捨てた父親の本当の姿を知っていく。 燈真が周りの人たちに情報を聞き、父の謎を追う描写が丁寧で伏線回収も見事。繊細な心理描写が秀逸な切なくも温かな物語。小説の歴史に残る仕掛けが施されている。途中で仕掛けに気付いてしまったが、この本のタイトルの意味が分かった時の衝撃は凄まじい。何度もページをめくり直し、確認していくと同時に感動が沸き起こる。 以下少々ネタバレ 紙という媒体を活かした作品で、電子書籍化は不可能である。これこそネタバレを耳にする前に読むべき作品で、知ってしまった後では魅力は半減どころでは済まない。作者はもちろんのこと、編集者、校正者の手間と苦労が想像できる。ご苦労様と言いたい。思いつきそうで思いつかない、思いついてもやろうとしない。世界初の仕掛けなのだろうか。何でもそうだが、一番最初にやった人は偉いと素直に褒めたい。 |
No.532 | 6点 | 捜査線上の夕映え 有栖川有栖 |
(2023/11/06 20:09登録) 新型コロナウイルスが拡大した中で、火村英生と有栖川有栖が謎解きを興じる。大阪のマンションの一室で、ある男性がスーツケースに詰め込まれた状態で発見された。このマンションの入り口には防犯カメラが設置されており、このマンションに訪れた人物はカメラでチェックされるため、容易に犯人を特定できると思われたが、そうはいかない。死亡した人物の交友関係を洗い出していく中で、容疑者が複数浮かぶ。しかし、防犯カメラの映像やアリバイが障害になり絞り込めない。 一見、シンプルな事件であるが中々上手くいかない。ある切り口から論理を突き詰めていくのだが、パズルが上手くはまらない部分が出てきてしまう。これを埋めようとして、また別の切り口から推理を進めていこうという繰り返しが読ませる。語り口もいつも通りな軽妙なやり取りで楽しい。 後半になると、それまで描かれていた雰囲気がガラリと転調され、印象が変わる技巧が素晴らしい。またタイトルにもなっている夕日のシーンが印象的だが、そのモチーフの使われ方も随所に効果的に使われている。詩情や旅情という別の魅力もある。トリック自体には無理があるが、エモーショナルなミステリとして楽しませてもらえた。 |
No.531 | 6点 | ゴリラ裁判の日 須藤古都離 |
(2023/11/01 06:58登録) 主人公は、手話を使って人間と会話の出来る知能の高いゴリラのローズ。カメルーンからアメリカの動物園に移ったローズは、そこで出会ったオマリと夫婦になる。ある日、檻の中に侵入した人間の子供を助けるためという理由で、オマリは射殺されてしまう。ローズは人間に対し裁判で闘いに挑む。 ゴリラが裁判を起こし、人間を訴えるという突飛な設定からして、ワンアイデア小説なのかと思ったがそうではない。一旦、判決が出たところで過去へと遡り、カメルーンの自然描写、動物世界の厳しさ、ローズがジャングルに住みながら、人間研究員と交流を深めていく話や人語を習得するなど、渡米した経緯が描かれる。 ローズの一人称で語られており、ローズが人間の社会をどのように捉えるか、人間社会のはらむ矛盾が浮かび上がってくる一種の風刺小説の味わいがあるところが、ひとつの読みどころとなっている。人間と動物の権利を、両者の命の重さを分けるものは何かという問いに引き込まれていく。 人間側としては、人間の子供の命の方が大事と思えてしまうが、ローズ側がどのように裁判で闘っていくのか。裁判で議論を交わす中で、ローズをどのように勝たせるかという駆け引きにミステリ的な面白さがある。ゴリラも社会性を持つことが丁寧に描かれたからこそ、裁判を真剣に受け止められる。 ミステリとしては、あっさりとしているが裁判小説という形を通して、生命のあり方、自然界について、正義とは何かということを気付かせてくれると同時に考えさせられる作品となっている。 |
No.530 | 7点 | 逆転美人 藤崎翔 |
(2023/10/28 06:52登録) 美人に生まれたことで不幸に見舞われてきたシングルマザーの香織。娘の学校の教師に襲われた事件をきっかけに、美人であるが故にまるで自分の方が悪いかのように、嘘の報道や噂を払拭するために、これまでの人生を振り返った手記「逆転美人」を出版する。 どんな環境にいても、美人のために虐められる。一冊丸ごと作中作で、最初の200ページぐらいは、不幸に見舞われてきた人生の振り返りをするため、暗くて読むのに体力がいる。しかし、タイトルにある「逆転」の意味がな何なのかを知りたいという思いと、帯にある「ミステリー史上初の伝説級トリックを見破れますか?」という煽りに期待して読み進めていった。このトリックは、トリックのためのトリックではなく、上手く物語に溶け込んでいる。トリックを使う必然性がとてもユニークで面白いところも評価できる。しかし、このトリックは全く同じではないが、この系統のトリックは数作あるので、史上初や伝説級というのはいかがなものかと思った。 手記の最後に書かれている一文「どうか私がこの手記を出した本当の意味を、ご理解いただければと思います」で締めくくられている。つまり本当の意味は何なのかという仕掛け小説となっている。言い回しが変わっていたり、独特な表現方法だと感じていたことが、最後まで読むとその理由が分かる。 紙でしか出来ない捻くれた仕掛けが施されている。感想を書くのも非常に困る作品で、ネタバレを耳にする前に早目に読んだ方がいいという典型的な作品。作者は、元お笑い芸人だそうだが、お笑い要素は全くありません。 |
No.529 | 7点 | 女が死んでいる 貫井徳郎 |
(2023/10/24 07:21登録) ライトなミステリからサスペンス、社会派ミステリまで様々な味わいが楽しめる、どんでん返しが鮮やかな8編からなる短編集。 「女が死んでいる」お酒を飲んで酔った翌日、目が覚めたら部屋に見知らぬ女性が死んでいた。女が死んでいた理由には唖然とさせられた。 「殺意のかたち」公園のベンチで発見された男の遺体。その男が生前、お金を送っていた相手はすでに死んでいた。どういう関係だったのか。シンプルな中に意外性がある。途中で気付いたが、それまでは上手くミスリードさせられた。 「二十露出」ホームレスの臭いに悩まされる飲食店の店主二人が、ホームレスを殺そうとする。オチはあっと言わされた。 「憎悪」愛人契約を結んだ男の正体を探ろうとする女の話。主人公のラストに、ただただ哀れ。背筋が寒くなった。 「殺人は難しい」大好きな夫の浮気相手を憎み、今の生活を守ろうとして殺すことを決意する。NHKドラマ企画でコラボした作品。ネタは見抜くことが出来る人が多いのでは。 「病んだ水」浄水場を作ろうとしている会社の社長令嬢が誘拐された。犯人の指名で秘書が身代金を運ぶことになったが、その金額はたったの30万円だった。動機に繋がるある問題は、他人事ではないと思わされた。 「母という名の狂気」幼い娘に手をあげてしまう母親、それを疑い確信していく父親。最後に祖母の見た光景は、衝撃的なものだった。虐待者の狂気にゾッとし、やりきれない気持ちになる。読後感は相当悪い。 「レッツゴー」恋に奔放で、一喜一憂する姉を冷めた目で見ていた妹が、初めての恋に四苦八苦する。ほろ苦い青春の一ページという感じの心温まる物語。ミステリとしては薄味な恋愛小説。 |
No.528 | 5点 | 遠まわりする雛 米澤穂信 |
(2023/10/19 19:08登録) 古典部の面々が登場するシリーズ4作目。日常のちょっとした謎を解き明かす7編からなる短編集。 「やるべきことなら手短に」学内の幽霊騒ぎの真相は。普通に事件を解かせると思わせておいて、捻るというところは巧い。 「大罪を犯す」普段怒らない千反田が、数学の授業中に怒ったという。理由はかなり理路整然としていて、説得力がある。 「正体みたり」合宿で訪れた民宿で見た幽霊の正体は。幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったものであるが、こういうアプローチとは思わなかった。旧家の一人娘としての苦悩が仄かに垣間見える。 「心あたりのある者は」成り行きで推理ゲームをすることになったホータロー。そのゲーム対象になったのは、校内放送だったが。ケルマンの名作「九マイルは遠すぎる」を意識している割には物足りない。 「あきましておめでとう」初詣で神社に行ったホータローと千反田は、一体どうしたことか蔵に閉じ込められてしまう。清く正しいジョブナイル冒険小説の味わい。 「手作りチョコレート事件」バレンタインデー当日、伊原の手作りチョコレートが忽然と消えてしまう。キャラの内面に踏み込みつつ、それが意外性に繋がっている。 「遠まわりする雛」生きひな祭りという祭りで、千反田が豪奢な格好で街中を歩くのに傘持ちという助手を頼まれたホータロー。コース上にある橋の工事は、祭りの日は工事を外すように手回ししたはずなのに。連作の締めとして、ある意味これ以上ないものに。新たな関係が予感する終わり方。 |
No.527 | 5点 | リミット 野沢尚 |
(2023/10/14 19:14登録) 幼児誘拐事件を担当することになった警視庁捜査一課・特殊捜査係の有働公子。だが、この事件はただの誘拐事件で終わることはなかった。公子の息子・貴之までも誘拐され、身代金の運搬に公子が指名される。息子の誘拐は、周りの捜査員に言うことが出来ない。なぜならば、犯人側の人間が捜査陣の側にいると思われるからだ。一人の女刑事が、果たして犯人グループを摘発し、息子を助け出すことは出来るのか。 捜査陣の中に犯人グループの共犯がいる故に周りに助けを求めることが出来ないという、警視庁VS一介の女刑事という構図を成立するための設定は巧い。誘拐犯グループを追いかける追跡者であり、身内である警察から追われる逃亡者でもあるこの物語は、前半から中盤は誘拐ものの警察小説のような状況から、やがて公子の裏切りに端を発する逃亡サスペンス、警察における組織の縄張り争い、後半に入ると一気呵成に行われる解決。逃亡もののタイムリミットサスペンスとして読ませるが、個人的には最初の1/3の誘拐もの警察小説の部分を突き詰めて欲しかった。 意外な黒幕は、ミスディレクションが効いていて、ギリギリまで分からない。だが、黒幕を暴くところは少々おざなりで残念である。黒幕と公子の対決は、もう少し書き込んで欲しかった。 |
No.526 | 6点 | 犯人に告ぐ 雫井脩介 |
(2023/10/09 06:26登録) 六年前に誘拐事件を解決できず、その責任を負わされ左遷されていた警視・巻島史彦が難航する連続殺人事件の捜査に呼び戻される。 巻島はバッドマンと名乗る殺人鬼に対抗するため、テレビ番組に出演し犯人に語り掛けると見せかけて、あぶり出そうという劇場型捜査を試みる。始めのうちは、視聴率を稼ぎ持ち上げられるが、やがて批判されマスコミから叩かれる。捜査班内にも他局に情報をリークする者が出て四面楚歌となる。 バッドマンをあぶり出すための作戦や、その一つ一つに費やされるディテールはもちろんのこと、忘れてはならないのはキャラクターの魅力である。クールで超然とした巻島を筆頭に、権威主義の俗物に見えるが、それだけではなさそうな上司、県警本部にいる裏切り者、コミカルな役どころの若い刑事、公正を装いつつ巻島に絡んでいくニュースキャスターや、視聴率を稼ごうとする他局番組のえげつなさもよく描けている。そういう意味では本書は、純粋に犯罪捜査を追う警察小説ではなく、マスコミやテレビ局のいやらしさが盛り込まれた業界小説でもある。 ようやく手掛かりを掴み、バッドマン逮捕を目前にした大詰めに、巻島はある人物に呼び出される。六年前の事件についてだ。ラストでこの二つの事件を交錯させたのは、興を殺ぐ結果になった感じがして残念。奥行きを持たせたかったのだろうが、個人的には好みではない。 |
No.525 | 7点 | 安達ヶ原の鬼密室 歌野晶午 |
(2023/10/05 06:47登録) 「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」いきなり可愛らしいイラスト付きの子供向けと思われる物語が始まる。(全てひらがなとカタカナで)二人の子供は井戸に大事なオモチャを落としてしまう。 「The Ripper with Edouard -メキシコ湾岸の切り裂き魔」メキシコに留学中のナオミが、歓迎パーティで酒を飲み記憶を飛ばした最中、死体の発見者になる。この事件に深入りしていくが。 「安達ケ原の鬼密室」8月15日の敗戦を先に控えた8月のある日、疎開先から少年が脱走し、何日か歩いた末に疲れ果て倒れたところを屋敷で保護され看護を受ける。そして次々と起こる惨劇に巻き込まれる。途中で現代に移り、そこでも事件が起きる。 表題作の後に他の二つの解決編が収録されているという変わった構成。 以上の四つの事件が絡んでくるが、トリックは共通していて、ある力を利用しているところにある。その力のトリックに既視感はあるが、あるものを使い時限装置に仕立て上げ、工夫している点は評価していいのではないか。また、屋敷の構造を鮮やかに説明するトリックや、叙述トリックも見事にはまったりもしている。メイントリックの●●の痕跡は絶対に残るはずなので、多少腑に落ちなく気になったところだが、屋敷を作った理由自体は納得できるものだった。 |
No.524 | 7点 | 婚活中毒 秋吉理香子 |
(2023/09/30 19:10登録) 婚活に伴う切実さをリアルに描きつつ、ブラックな味わいたっぷりの4編からなる短編集。 「理想の男」結婚相談所に登録した沙織。相談所から理想の条件に合う男性を紹介されるが、彼が今まで付き合ってきた女性が全て亡くなっていたことが分かる。彼の本性が明らかになると思いきや、まさかのオチに思わず唸った。 「婚活マニュアル」圭介は、気軽に婚活出来そうな街コンに目を付ける。そして初心者向きというBBQ街コンに参加する。ある女性と付き合うことになるが、女性たちの策略に踊らされる結果に。計算高い女の怖さが実感できる。 「リケジョの婚活」テレビのお見合い番組「ミッション縁結び」に出ていた、次回参加者男性に一目惚れした恵美は、その男性目当てに参加を決意する。シミュレーションし分析、修正を繰り返すデータ主義にゾッとさせられる。 「代理婚活」益男の息子・孝一は、恋愛に興味がなさそうで、それを心配して息子に代わり妻と代理婚活に参加するが、あろうことか益男は、相手の母親に心を奪われてしまう。本質を見抜くしっかりした息子に拍手。ホッとするオチ。益男にはいい薬になったのでは。 本音と建て前、理想と現実、計算と打算が暴かれる。いずれも皮肉な結末だが、考えさせられる部分もあり、イヤミス好きな人には特にお勧めしたい。 |
No.523 | 6点 | クレイジー・クレーマー 黒田研二 |
(2023/09/26 06:29登録) 転職して大型スーパーに勤めている袖山剛史は、異例の昇進でエレクトロ課のフロアマネージャーになったはいいが、万引き犯(通称マンビ―)と執拗なまでに絡んでくるクレーマー(岬圭祐)に悩まされていた。マンビ―は大胆にも自分の仕業であることを証明するメモを残し家電を盗んでいくし、クレーマーには狂気すら伺えた。そんな袖山の唯一の安らぎが恋人の存在だった。だが狂気に駆られたクレーマーは、その恋人に魔の手を伸ばす。 店側対愚客のコンゲーム的なバトルと思って読んできて、惹句通りのサイコサスペンスかと思いきや、意外な真相が待ち受けており、そこに本格魂を感じて嬉しくなる。伏線の張り方やミスリードも巧く、実に気持ちよく騙された。ワントリック一発勝負のある作品との類似性を指摘する向きもあるかもしれないが、衝撃度はある作品の方が軍配は上がるが、アプローチの仕方は本書の方が巧いのではないか。またクレーマーの人物造形も秀逸である。 |