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ミステリの祭典

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黒の試走車
タイガー自動車

作家 梶山季之
出版日1962年01月
平均点7.20点
書評数5人

No.5 6点 パメル
(2024/08/20 19:25登録)
高度経済成長期に急速に需要を伸ばしていた自動車業界を描いており、タイガー・不二・ナゴヤの三社が開発競争でしのぎを削っていた。
タイガーの企画PR室は4人、不二の調査部第三課は16人、ナゴヤの企画室は35人の人員を擁している。その数字はそのまま、情報活動の優劣を示している。いずれのセレクションもライバル社の情報を収集したり、時には他社の宣伝活動を妨害したり、自社の情報漏洩を阻止することを主な業務としている。
彼らの業務が重要なのは、ライバル社の新車開発状況、新車の販売価格や販売開始時期などを事前に知ることが出来れば、宣伝・販売対策が立てやすくなり、販売競争を有利に展開できるからだ。主人公は、新設されたタイガー自動車企画PR室長の朝比奈豊。自分の業務にうしろめたさと嫌悪感を感じつつも、一人前の諜報マンに育っていくプロセスが丁寧に描かれている。
知的所有権が保護されている現在では、他社のデザインを模倣して製品化すると裁判沙汰になるが、この時代にはそのような行為は稀ではなかった。それには、模倣に対する意識が低かったことに加え、産業スパイの暗躍である。
極秘に展開される方法は、実に多様である。興信所、業界紙記者、料亭やクラブ、ごみの収集業者、病院など、何でも情報源にしてしまう。そうした新車開発の裏側で繰り広げられているメーカー同士のしのぎを削る攻防戦が、こんなことまでやるのかと、驚くような話が散りばめられている。

No.4 8点 斎藤警部
(2024/06/12 16:54登録)
「みなさーん、この一台のスポーツ・カーが誕生するまでに、どのような卑劣な敵の妨害や、悪辣なスパイ活動があったかご存じですか・・・・・・」

天上の、光り輝く友情と、地上の、さまざまなレベルとベクトルで複雑怪奇な断面図をいくつも見せる、裏切り合いと情報漏洩の宴。 景気の良いS30年代中盤の企業スパイ小説第一号だから、おそらくマスオさんも読んでいたと思われる。 無駄無くスポーティに展開する凡そ一年に渉る中期戦のストーリー。 登場する魑魅魍魎や良い人候補(?)は数え切れず。 お色気にはリミッターというよりコンプレッサーを掛け、内なるスケベに抑制を効かせミステリ興味を逸らさない意気込みが良い。 ストーリー混み合う中を疾走するリーダビリティには目を見張る覇気が息づく。

『さようなら。みんな、私のことを笑ってくれ。さようなら・・・・・・』

スパイ合戦仕掛け合いも最後の方になるともうグチャグチャのメチャクチャで、ご苦労さんだよ自動車業界ってな気分にズブズブと。。 主人公の造形も格好良いヒーローだったのがいつの間にかズブズブと間の抜けた俗物性に沈んで来たような。。と疑っちゃったりはしたものの、やっぱり分厚い中盤からの迫力と、じりじりと迫り上がる結末に架けてのスリルや佳し! 「真犯人」隠匿のノラリクラリと絶妙な技も、実に酒が進む大した珍味。 「殺し」のトリックそのものは、だいたい想像つく類の生活一口メモ殺人篇だけど、そこはそれがいいんだ。 「黒幕」の悪どさも終盤一気に炎を上げて、こりゃひでえや(笑)。 尺をたっぷり取った、映像と音声と匂いの浮かぶ、切ない意外性を秘めたラストシーン ・・・・ たまらんわぁ ・・・・ ところがその直後、またもや尺を取った、だが無駄のない強烈なエピローグのストマックブロー襲来!! この結末はやはり、社会派を出汁に使ったスペエスリラーならではの味わい。 いや、ひょッとしたらスペエ物の皮を被った社会派小説かもな。。 だとしたら作者も相当のスペエだな。。 全体通して、世の中如何にノラリクラリ戦法が有効かを説いている一篇のような、実はそれすら何かの隠れ蓑のような、訳知りの作者らしいタフネスと繊細さ溢れる名品でした。

「そう本当のことを言うなよ。いろいろと芸の細かいところさ」

各章タイトルに、自動車に因んだ漢字語にカタカナで当て字振り仮名(一つ例外あり)という趣向。これがまた良い。 例:運転手(ドライバー)
それと、たしか昔の映画じゃこんなややこしい(そして深い)ストーリーじゃなかったような。。 相当かいつまんだな。

No.3 8点 クリスティ再読
(2022/06/15 20:34登録)
昭和面白小説なら本作はいかが。

ミステリ系書評だとどうしてもエスピオナージュの変種として、「企業スパイ小説」を取り上げることになるのだけども、改めて読んだ感想としては、社会派ミステリ+経済小説、という読み方をした方がいいんじゃないか?とも思う。

というのも、ミステリを語るうえで「読者論」というのも大変重要なものだと思うからだ。松本清張が王者として君臨したのは、ミステリの読者としてサラリーマン層を獲得したからなんだろう。だったら、サラリーマンの仕事をミステリの主題としてフィーチャーした作品、ということとなると、本作のような経済小説と合体した作品も新しい読者にウケるわけだ。

国家がバックの「スパイ小説」だったら、すでに組織もガジェットも揃った状態で、スパイが活躍するわけだが、本作はライバル会社の攻撃に自衛するために急遽編成された「産業スパイ課」といった組織「タイガー自動車企画PR課」の話。その立ち上げから描くために「手作り」感があって、これが面白い。同期のライバルの死の真相、自社の新作の高級車の「事故」を巡る陰謀と対処、情報漏れをしている個所の点検と対策、裏切り者探しといった「防衛」に関する話題から、積極的な攻勢に出て、ライバル社の戦略や新作のいち早い情報入手....合法から非合法スレスレまで手段を択ばない「スパイ活動」が描かれる。

なので実に盛だくさんな内容。ネタだけで十分におなか一杯。ドラマは面白いというほどでもないし、キャラは類型的。でもデテールの説得力がこの小説のキモであり、最大の存在価値。
評者が読んだ本書は、岩波現代文庫というのも、実にイレギュラーだけども、佐野洋の解説を読むと、昭和高度経済成長期のドキュメント、といった意味合いがあるようだ。

だったらさあ、「総会屋錦城」とか本サイトでやってもいいのかしら?

No.2 8点 人並由真
(2021/09/07 14:55登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代半ばの国産自動車業界は「タイガー」「ナゴヤ」「不二」の三大メーカーが熾烈な競争を続けていた。そんな1960年の10月上旬「タイガー自動車」の最新型モデルでユーザーの支持を得ていた「パイオニア・デラックス」が東海道本線の掛川駅周辺の無人踏切で停止し、列車事故を起こす。死者は出なかったが、パイオニアの運転手・芳野貫一はタイガー自動車が欠陥車を売ったと主張し、賠償金と鉄道会社からの請求の支払い代行を求めてきた。タイガーの企画一課長で、タイガー創業から生え抜きの35歳の柴山美雄はこの「掛川事故」を調べるが、その最中で不慮の事故死? を遂げた。それと前後して、柴山の大学時代からの親友で同期入社だった朝比奈豊は、タイガー内に新設された「企画PR課」のトップを拝命する。だが同課の実態は他社を相手にした産業スパイとしての間諜・防諜が主任務だった。朝比奈は上司の小野田部長の認可のもと、親友、柴山が何を追いかけていたのか、そして掛川事故の真相にも肉薄するが、やがて予想外の事実が次々と浮かび上がってくる。

 カッパ・ノベルス(1959年12月からスタート)黎明期の1962年に書き下ろしで刊行。元版は題名の「試走車」の部分に「テストカー」とのルビがふられていた。
 評者は今回、角川文庫版の重版(1980年の第10版)で読了。

 作者の商業作品としての処女長編小説で出世作だそうであり、こういうジャンルや時代色に特に抵抗がないのなら、たぶん最高級に面白い。
 評者も若い頃なら絶対に読む気にはならなかったとは思うが、これはこれで、この分野(昭和の企業経済ものミステリ)における名作なのであろうという構えでいたら、わははははは、一晩でいっき読み。たしかにメチャクチャにオモシロかった。

 主人公は全編を通して朝比奈だが、序盤のフックとなる「掛川事故」の真相は割と早めに明かされ、一方で、親友の柴山の死への疑念はその後も潜在し続ける。
 しかしこの作品、Wikipediaなどでは「経済小説」などとカテゴライズされているように、中盤からは、その柴山の案件はとりあえず保留。タイガーとライバル企業二社との次期新車計画を見据えた間諜&防諜戦の方が主題になる。この方面での物量感、あの手この手のせめぎ合いが、実に面白い。
 もちろんペーパレスの概念はおろか、シュレッダーの技術もまだ無かった(コピーは大企業には普及していたらしい)時代だが、その辺の昭和文化や風俗を探求できるというちょっと変わった余禄も楽しめる。
 産業スパイ戦争において、朝比奈が、企画PR課が、そしてタイガーそのものが最終的に勝利を納めるかどうかはもちろんここでは書かないが、その決め手となる逆転の方法もなかなか鮮烈(もちろん昭和30年代の作品という視座ではあるが、それでも作劇と演出がうまいので普通に乗せられてしまう)。
 その辺もふくめてこの作品は「誰が最後に笑うか」パターンの優秀作でもあり、ラストまで気が許せない。
 あー、面白かった。

 もろもろの昭和文化に関心があり、ミステリを楽しむストライクゾーンにある程度の余裕がある人なら、いつか読んでおいてソンはない名作だとは思う。

No.1 6点 江守森江
(2009/05/25 14:05登録)
もう古典扱いでもしょうがないかも知れないが、当時、松本清張とは違う切り口でベストセラーを連発した。
初めて産業スパイをテーマにした記念碑的作品。
今読んでみても色褪せていない。
田宮二郎主演の映画もある。

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