パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:653件 |
No.633 | 7点 | ルパンの消息 横山秀夫 |
(2025/01/07 19:52登録) 十五年前に自殺と処理された女性教師の死は、実は殺人だという情報が警察幹部よりもたらされ、溝呂木刑事たちによる事件の再捜査が始まる。時効まであと一日。捜査の中で浮かび上がってくる重要参考人の高校時代には、ルパン作戦という名のもとに行われた期末テストを奪う計画があった。 物語は、今まさに時効を迎えようとしている現在と、重要参考人の供述によって明らかとなる十五年前が交互に描かれている。現在の部分は、迫り来る時効との戦いに挑む警察小説としての面白さが、そして十五年前の部分は、重要参考人・喜多、竜見、橘の高校生活が描かれ青春ミステリとしての面白さがある。さらにそこに昭和の未解決大事件、三億円事件が絡んでくる。 たった一日しかない捜査の時間、難航する取り調べ。そんな中、最後に事件は予想もつかない解決を見せることになる。時効直前という事件に三人の落ちこぼれ高校生のやり取りやその時代の雰囲気、ルパン作戦の内容とその実行、錯綜し複雑になっていく人間関係と、どれを取ってもいい味を出していて、デビュー作とは思えない出来栄えである。 |
No.632 | 7点 | 魔女の原罪 五十嵐律人 |
(2025/01/03 19:31登録) 和泉宏哉は、週に三回人工透析を受けている鏡沢高校の二年生。同校は校則のない自由な校風で知られている。校則がない代わりに法律がそのまま校内のルールとして適用され、違法でさえなければ何をしても許される妙な高校だ。夏休み明け早々、一年生の男子生徒がスーパーで母親に万引きを強要されているのを目撃、正義感の強い宏哉は校長に直談判するが、その生徒は自主退学してしまう。そうこうしているうちに、街全体が奇妙であることが分かってくる。そしてさらなる大事件が起きる。 宏哉は人工透析患者だが、父は腎臓専門医、母は臨床工学技士で、なぜか中世の魔女狩りを研究に勤しんでいる同級生の水瀬杏梨とともに自宅で治療を受けている。その水瀬がこのところ治療をさぼりがちだったことや、40年前にニュータウンとして建設された鏡沢町が古くからの住民と新住民との間に対立があることなどが並行して明かされていく。 物語のメインは、一見自由闊達な高校の秘密とその謎解きにあるのでは、と思わせたところで思いも寄らない殺人事件が起きる。ありがちな学園ミステリから家族、学校に地域までひっくるめた大胆にして緻密な謎設定に唸る。後半には意外な弁護士も登場し、リーガル色が強まっていく。そして本書で扱われているテーマがコロナとコロナ後の世界のあり方にもつながっていく。捻じれた発想の不気味さや、それがもたらす恐怖、あるいはその先に待つ惨事を絵空事としてではなく、明日は我が身として体感できる。前向きながらも議論がありそうな結末も味わい深い。 |
No.631 | 5点 | 祈りのカルテ 再会のセラピー 知念実希人 |
(2024/12/27 19:22登録) 医療国家試験に合格した新米医師は、二年間の臨床研修を経験することになっている。研修期間中は、内科、外科、小児科、産婦人科、救急など数カ月ごとにローテーション。幅広い知識と技術を身につけたうえで、将来の専門科を見定めるとともに、医師にふさわしい人格を育む大切な二年間となっている。そんな研修医・諏訪野良太を主役に据えた医療ミステリで、配属される科によって診療内容はもちろん、病院の裏側を覗き見するような楽しさが味わえる。 「救急夜噺」意識混濁状態で救急搬送された元ヤクザの秋田は、原因不明のけいれん発作を二度も引き起こす。強く入院を訴える彼は一体何を企んでいるのか。サスペンス色が強めだが、少々強引か。お涙頂戴に持っていったような作者の思惑が感じられる。 「割れた鏡」美容手術を要求する女優・月村空良。すでに何度も手術を重ねているため、これ以上はリスクが大きいと先輩医師は判断するが、空良は一歩も引こうとしない。なぜ彼女は手術を強く望むのか。空良のあまりにも屈折した考え方に唖然。現実離れしすぎている。 「二十五年目の再会」患者の心身の苦痛を和らげ、最期を看取る緩和ケア科。諏訪野は顔見知りの患者・広瀬秀太の心の内に迫っていく。広瀬の過去を調べるが、それは諏訪野自身の人生にも大きな影響を及ぼす。 三編に通底するのは、家族愛。読後には胸に静かな感動が広がっていく。初めの二編が4点、最後の一編が7点でトータルで5点といったところか。 |
No.630 | 6点 | ダブルマザー 辻堂ゆめ |
(2024/12/23 19:22登録) 馬淵温子は、一人娘の鈴が駅のホームから列車に飛び込み自殺をしたため、深い悲しみに沈んでいた。遺品のバッグを調べていた温子は、見慣れないスマートフォンと財布を発見する。財布の中には、鈴と同じ年頃の柳島詩音という女子大生の学生証があった。連絡を受けて駆け付けた詩音の母・柳島由里枝は、馬淵家に飾られていた鈴の遺影を見て、あれは私の娘の詩音だと声を上げる。二人は瓜二つだった。 二人の母親が、死んだのは自分の娘だと主張し合うという、通常では考えられないシチュエーション。しかし鈴も詩音も二年ほど前、自分の顔が気に入らないといって整形手術を受けていた。温子と由里枝の胸にある疑惑が浮かんでくる。もしかして、どちらかの娘が二重生活を送り、二つの家庭で娘として振舞っていたのではないか。 二つの家庭環境は対照的だが、共通しているのは二人の母親とも娘としっかり向き合っていないし、父親も娘への興味が薄い。しかし二人とも自分たちの子育ては正しかった、と思っている点だ。母親視点のストーリーと併行して、鈴と詩音の高校時代を描いたパートも進行していく。物語が進むにつれ次々に新しい情報が開示され、事件の印象が目まぐるしく変化する。その構成の巧みさに思わず唸る。序盤は荒唐無稽の設定に半ば呆れていたが、徐々にあり得るかもと思えてくるから不思議だ。 ライフスタイルも性格も対照的な二人の母親が、娘の素顔を探るという辛い作業を通して、無二のバディとなっていく。いくつかの捻りを加えて予想だにしないその展開の皮肉な面白さ。ある情報を手掛かりに娘たちの足跡を辿った二人は、やがて慟哭の真相に辿り着く。二重生活が意味するもの、複数の手掛かりが一つに繋がり、人の心の複雑さを露にするクライマックスの展開には、ミステリの醍醐味に溢れている。恐るべきアプローチで真の家族のあり方を問いている衝撃的な物語。 |
No.629 | 5点 | 夜想 貫井徳郎 |
(2024/12/19 19:44登録) 妻子を事故で亡くし、絶望中の男・雪藤と不思議な力でその悲しみを感じ取った少女・遥。不幸という名の引力に誘われて二人は出会う。 遥の能力は何人もの人々を癒し、やがて信奉者が集まり教団を形作るまでになる。新興宗教を題材にした小説は多いが、中でもこの作品は人を救おうとする者が引き受けなければならない傷みがとても丁寧に描かれている。ヒロインを教祖に仕立て上げる宗教集団の顛末を追う部分で、極めてオーソドックスに語られこの物語の半分以上を占める。さらに二人の愛の間には「救いとは何か」という問いが常にある。 ある種の妄想に取りつかれた人物が、その妄想の逆転に立ち会わされる。雪藤はひたすら教団を維持し、教祖を盛り立てようとする。この不自然なまでの献身ぶりは何なのか。エンターテインメントとしての面白さと、傷ついた人間の再生のドラマが融合した後半の衝撃的な展開は圧巻。ミステリ的カタルシスをもって閉じられる結末には、本当の救いが訪れるため絶望の果ての希望が最も尊いのだという作者の思いが伝わってくる。題材としては悪くはないが、ミステリとしては弱い。 |
No.628 | 6点 | エンドロール 潮谷験 |
(2024/12/15 19:23登録) 新型コロナウイルス蔓延後の風景を反映させて描いた謎解き小説。学生が数年にわたって学習や部活動の機会を奪われるなど、若者たちもコロナ禍から大きな負の影響を受けたが、彼らに注がれる世間の視線は冷たかった。そんな社会に対し、若者の一部は自殺という方法で抗う道を選ぶ。彼らの中には、死ぬ前に自伝を国会図書館に納本する者たちがいたが、それは哲学者の陰橋冬の影響だった。支持者たちとともに集団自殺した彼の厭世的な思想は、若者の間にウイルスのように拡散してゆく。 この動きに対し、高校生にして新人作家の雨宮葉が立ち上がる。五年前に病死した彼の姉・雨宮桜倉はベストセラー作家だったが、その遺作「落花」の登場人物のモデルたちが陰橋の影響で自殺したことから、桜倉の想いが踏みにじられたと感じていたからだ。病状が悪化する中、特別な想いをこめて姉が執筆したはずの「落花」が、陰橋たちのせいで不吉な書物として受け止められている。葉はネットテレビで、自殺を肯定する「生命自立主義者」たちと議論で勝負をつけようとする。 こうして自殺否定派と肯定派、三人対三人の論戦が始まるのだが、ここから先の展開は前作「時空犯」同様、予測不能の振り回す展開でサプライズが多く、刻一刻と物語の様相が変化して驚かされる。かなりアクロバティックな論理に基づく謎解きだが、アクロバティックではあっても奇を衒いすぎた印象を受けないのは、現実の社会を襲った災厄を背景にすることで、登場人物ひとりひとりが背負う死生観に説得力が付与されているからだろう。一見違和感を覚えることなく読み逃してしまいそうな彼らの言動に秘められた真意が明かされる時、作中で軽く扱われている人物など誰もいないということが判明するのである。 葉をはじめとする登場人物たちが、最後に辿り着くのは絶望か、それとも希望か。謎解きの形式でポスト・コロナ社会における死と生を描くことに挑んだ意欲作。描かれるテーマは重いが、全体の雰囲気は暗くない。 |
No.627 | 5点 | 透明な螺旋 東野圭吾 |
(2024/12/11 17:27登録) 天才物理学者・湯川学が活躍するガリレオシリーズ第10作で事件関係者の人間関係や事件の背後に隠された謎を丁寧に描いている。 帯にも「誰も知らなかった湯川の秘密」と書かれているが、シリーズを通して謎だったガリレオの真実が明らかになる。湯川の過去が読みどころになっているが、それも物語のテーマとリンクしている。 プロローグは約50年前の男女のエピソード。そして現代に移り、南房総沖に浮かんだ男の銃殺死体が発見されたことから物語は動き出す。島内園香はアリバイもあり、疑われていたわけでもないのに姿を消したのはなぜか。地方都市特有の人間関係や、都会と違う捜査の進め方なども物語に深みを与える要素となっている。これまで冷静沈着のイメージだった湯川が、愛する者を守るという感情的な動機で行動する姿は新鮮で印象的。 物語の核心に迫るにつれ、大切な者を守ることは罪なのかという深淵なテーマが浮かび上がってくる。この問いかけが単なるミステリの枠を超え、読者に倫理的な考察をうながす。法と正義、愛情と責任の狭間で揺れ動く登場人物の姿は様々な感情を呼び起こし読ませる。とはいえ、ガリレオシリーズらしい鮮やかにトリックを解明するなど、ミステリ的興趣は薄めなので物足りなさを感じてしまった。 |
No.626 | 6点 | 盗まれて 今邑彩 |
(2024/12/07 19:21登録) 各編に英文タイトルがつけられており、前半の4編のタイトルは「CALL」で始まり、後半の4編のタイトルは「LETTER」で始まるという電話と手紙が物語の中で重要な役割を果たしている8編からなる短編集。その中から5編の感想を。 「盗まれて CALL IN EARLY SUMMER」新しく入ったアパートに自分のドッペルゲンガーが現れる。結末は予想がつきやすいが、もう一捻りがあるところが巧い。 「情けは人の・・・CALL IN AUTUMN」ごく普通の誘拐事件と思いきや、次々と事件の背後に隠されていた意図が明らかになり、二転三転していく。緊張感たっぷりのクライマックスから清々しい着地。 「ゴースト・ライター CALL FROM GHOST」ゴースト・ライターの夫が死んだ。締め切りに追い詰められた妻に一本の電話が。死者の霊が生者に乗り移るという超常現象を、アクロバティックな設定でオチが決まっている。 「ポチが鳴く LETTER IN SPRING」公園で知り合った老夫婦は、犬は好きだが飼えない異常な事情があった。深層心理ネタだと思っていたが、後半に明かされる真相には思わず感心させられた。 「時効 LETTER IN LATE AUTUMN」かつての同級生から送られてきた手紙は、十五年前の彼の犯罪を知っているというものだった。なぜ今頃。タイムスリップというSF的状況。オチはトリッキーとは言えないが、心温まるエンディングがいい。 |
No.625 | 6点 | 誘拐者 折原一 |
(2024/12/03 19:25登録) フリーカメラマンの布施新也が撮影したスクープ写真が週刊誌に掲載され、そこに偶然写っていた人物をめぐり、連続殺人が幕を上げる。そして殺人事件は、二十年前の乳児誘拐事件と深く結びついていた。 冒頭に出てくる月村道夫とは何者かという謎から始まり、布施に月村のことを問い合わせてきた女性の死、二十年前に起こった乳児誘拐事件とその顛末、月村と内縁の妻に忍び寄る謎の影など、いくつもの大きな謎と小さな謎を見せながら物語は進んでいく。 場面によって人称を変更しながら、新聞記事やレポート、手記、書簡といった形式を挿入するという多重視点、多重文体で作り上げられていて、登場人物がそれぞれの立場から事件を語るが、核心そのものに触れるようなことはない。二十年前の誘拐事件に端を発していることは見当がつくものの、具体的にどう結びつくのか分からない。この勿体ぶった描き方は作者らしくプロットは複雑である。 さらに連続して起こる殺人事件自体、首と両腕が切断されるという、おどろおどろしいバラバラ殺人だが、なんといってもその恐るべき殺人者の描写が秀逸。その正体は最後まで油断できないが、脅迫観念に取り憑かれ冷酷な殺人を繰り広げていく殺人者の姿は、なんともおぞましいものがある。二重三重のツイストを経て明らかになる犯人の正体は、繰り返して出されていた謎が伏線となっており着地も決まっている。 |
No.624 | 7点 | 四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝 |
(2024/11/29 19:19登録) 探偵のAI・相以と助手の合尾輔は、犯人のAI・以相が実施した「犯罪オークション」の落札者が以相の協力を得て起こそうとする復讐計画を阻止するべく、山奥に建つ洋館に向かう。それは風車・ソーラーパネル等が設置され自家発電によって動く奇妙な建造物であった。館の主は七年前に失踪し、明後日にはその娘が相続人となる状況下、四元館には思惑を抱えた親戚が集まっている。風車塔の傍らでは一年前に不審死が起こっており、相以は早速推理を巡らせるが、館の住人たちを認識した直後に銃声が聞こえ、その中の一人が命を落とす。 作中で輔のモノローグも示唆する通り、ミステリマニア垂涎のお膳立てが整った館もの。予想通りに殺人が発生するのだが、現場で相以が指摘する手掛かりは輔を困惑させるものばかり。さらに館の建造にまつわるエピソードが語られるなどが物語は重層性を帯びていく。 ここでいう重層性とは伏線が張られた様々な以相と言い換えても良い。それらが集合することで明らかになる最終局面の驚愕必至の真相は、このシリーズだからこそ書きえたネタであるだろうが、それもさることながら伏線ごとのキャラクターが濃いことを強調したい。AIの突飛な行動と推理に加え、全体を館ミステリのパロディ仕立てた趣向が楽しい。一見、奇抜さのない館が果たす役割は破壊力抜群で、驚きの後に笑いが出る愛らしいミステリである。 |
No.623 | 6点 | 公開処刑人 森のくまさん 堀内公太郎 |
(2024/11/25 19:30登録) 犯行声明をインターネット上で行い、私的制裁していく公開処刑人「森のくまさん」。捜査本部は血眼で犯人を追うが、それを嘲笑うかのように惨殺は繰り返され、世間は騒然となる。殺されたのは、レイプ常習犯やいじめを助長する教師など、人として許せない者ばかり。やがてネット上で「森くまウォッチャー」なる支持者が集まるようになり、「森のくまさん」に制裁してもらいたい者の名前を書く者まで現れる。 「森のくまさん」は被害者のために、自分が殺してあげるという歪んだ価値観を持っている。単なるシリアルキラーものに留まらず、ネット上でしばし観測される暴走する正義感を題材にしており、作中に出てくる「森くまウォッチャー」たちの掲示板への書き込みは薄ら寒いものを感じさせる。 インターネットならではの匿名性を利用したフーダニットものだが、犯人は分かりやすい。しかし、犯人と女子高生の結びつきを描き、結末のカタストロフへと進む筆運びは、なかなか読み応えがあった。かつて新本格ムーブメントで見られたような稚気あふれたミステリを書こうという気概も感じられた。 |
No.622 | 5点 | 残穢 小野不由美 |
(2024/11/21 19:31登録) 作者が綾辻行人の奥さんということを今頃知って興味を持ち読んでみた。 ホラー小説を執筆する作家の「私」は、怪談好きのライターの久保と知り合う。首都近郊にある賃貸マンションに引っ越した久保は、部屋で聞こえる奇妙な音に悩まされていた。怪異の原因を求めて、マンションを調べる二人。やがて調査はマンションの周囲一帯に広がり、時代も過去へと遡っていく。そして次々と明らかになる事件と怪異。自分をモデルにした「私」を語り手にすることで、本書は実話会談のスタイルを踏襲している。これが抜群に効果的。平山夢明や福澤徹三など実在する小説家も登場して、どこまでが作り物でどこまでが本物なのか惑わされて、より一層恐怖が染み入ってくる。作家の実生活に興味を引かれていると、いつの間にか時間と空間を超えて広がっていく怪異と向き合うことになる。 関係者に話を聞き、古い地図で土地の履歴を確認する。主人公たちの調査方法が、常識的なものだけに、そこから明らかになっていく怪異の不気味さが際立っている。また調査が進むにつれ、第三者の立場であったはずの「私」にまで怪異が忍び寄ってくる様子が恐ろしい。 さらに物語の途中で主人公たちが追う怪異が、連鎖の構図になっていることが判明するのだが、これが怖い。とはいえ、退屈と思ったことが多かったことも確かだ。結局のところ過去を振り返り、誰かに話を聞くということの繰り返しで、物語の起伏もそれほどなく終わりを迎えるところに不満が残る。 |
No.621 | 6点 | 首断ち六地蔵 霞流一 |
(2024/11/17 19:10登録) 豪凡寺にある六地蔵の首が何者かに切断され持ち去られる。その首が発見されるたびに、奇怪な殺人事件が起こるという連作短編集。オカルト現象の調査を担当している魚間岳士、霧間警部、豪凡寺の住職・風峰が推理合戦を繰り広げるという各話が、それぞれ幾通りかの推理がされる多重解決の構成となっている。 これでもかと言わんばかりのトリックと謎解きが詰め込まれており、ユニークな見立て、作者独特のギャグ、どう考えても実行は無理そうな物理トリックを受け入れることが出来るかで評価が分かれるのではないか。ラストは、どんでん返しも待ち構えており、伏線も巧妙に張られていることがよく分かる。以前の自分だったら、リアリティに乏しいと低評価にしていただろうと思える作品。今では、バカミスが受け入れられるようになったというよりも、どちらかと言えば好きになった。 |
No.620 | 4点 | クローズド・ノート 雫井脩介 |
(2024/11/13 19:18登録) 主人公の大学生・堀井香恵は、吹奏楽サークルでマンドリンを吹いていて、近くの文具店でアルバイトをしている。香恵は部屋のクローゼットから、前の居住者が置き忘れたノートを発見する。それは小学校教師の伊吹という女性の日記だった。初めは興味本位で日記を読んでいた香恵が、徐々に伊吹という女性に気持ちをリンクさせていき、日記は確実に香恵に影響を与え、時に励ましてくれる存在となる。 バイト先に万年筆を買いに来た気になる男性。友達が留学しているのをいいことに誘ってくるその彼氏。香恵がバイトしている文具店の万年筆売り場での蘊蓄は楽しいし、伊吹先生の日記により、それまで確固とした将来の目標を持っていなかった香恵の自分をしっかり見つめていくところがいい。ごく普通の女子大学生の香恵の現在の生活に伊吹先生の日記がどのように絡んでくるかは、途中で見当がついてしまうのがミステリとしては残念。伊吹先生の思いを自らの内に消化し、最後に笑顔を見せる香恵の姿が、なんとも清々しい。この作品は、恋愛小説として読んだ方が楽しめるかもしれません。 |
No.619 | 7点 | 死体の汁を啜れ 白井智之 |
(2024/11/09 19:16登録) タイトルからしてグロテスクな描写が満載な小説だろうと、覚悟していたためか思ったほどではなかった。 牟黒市という小さな港町が舞台。殺人の発生率が異常なほど高いこの町では、なぜか奇妙な死体が登場する事件は多発する。なぜ、このような死体が出来上がったのかという状況を解き明かすことが、謎解き小説としての核になっている。 各編で描かれる死体は、常人では想像のつかない異様なものばかり。一編目の「豚の顔をした死体」では、生きたまま頭の皮を剥がされた上に、豚の頭を被された死体が出てくる。どう見ても快楽殺人者の仕業にしか思えない状況だが、手掛かりを辿っていくと、そこには理にかなった人間の行動が隠されていることが分かる。表面上は奇怪で非合理的に見えるが、その裏には論理的かつ合理的な世界が広がっているのが分かる。 感心するのは、自然な感情の流れを謎解きパズルのピースとして巧みに利用している点である。「何もない死体」では、民家のガレージでギロチンで首と四肢を切断されたと思われる男の死体が描かれる。本作では死体以外にもおぞましい仕掛けが用意され度肝を抜かれるのだが、肝心な物理的な証拠のほかに、人間の意識を念頭に置くことで、初めて事件の全体像を掴めるようになっていることだ。最も戦慄的な死体が描かれる「死体の中の死体」も然り。狂気じみた謎が描かれるが、ここでも鍵となるのは登場人物たちの心理状態。「こういう状況ならば、こういう行動をとらざるを得ない」という思考の流れを丁寧に追っているからこそ、最後に明かされる真相は説得力を持つ。 |
No.618 | 5点 | 墓頭 真藤順丈 |
(2024/11/05 19:12登録) 双子の一方が死に、その死体を頭の中に入れたまま生まれたため「墓頭(ボズ)」と呼ばれた男。その男の数奇な生涯を語る物語。当時の医療では死体を取り出すことが出来ず、彼はその異様な容姿のまま世界を渡り歩く。だが際立った能力を持ち、またなぜか彼に関わった人が次々と死んでいき、破壊的なモンスターへと成長していく。 かつてボズと同じ施設で学び、ヒョウゴと呼ばれるボズに負けず劣らずの異能で特殊な人物が登場する。ボズは仲間を惨殺したヒョウゴと時に行動を共にし、時に距離を保ち、その様子が何となく、ある学園ものの壮大な後日談のようにも見えてくる。もう一つ特徴的なのが、全体としては手堅く唯物的に描かれているにもかかわらず、ボズの頭の中に死体に関わるところになると奇妙に唯心論的・想像的な記述が出て、物語は神話的なものに変容する。 その過程は陰惨な暴力に溢れているのに、不思議と静かな印象がある。ボズに旧来的な自己主張が薄いからだろう。激しい憎しみや恨み、疎外感といった分かりやすい情動によらず物語を進めようとする志向はいくつもの予見を裏切ってゆく。SFやバイオレンスアクションに哲学的詭弁と様々な要素があり、その過剰なほどの派手な演出は好みが分かれるかもしれない。 |
No.617 | 6点 | 瞬間移動死体 西澤保彦 |
(2024/11/01 19:19登録) 主人公の中島和義は、人気作家の中島景子と結婚してヒモ同然に日々を暮らしていたが、実は幼少の頃より密かに作家になる夢を抱いていた。しかし、その創作意欲を妻が心無い一言で否定したその時、和義は妻を殺す決意を固める。アリバイ工作は完璧だ。ロサンゼルスの別荘で妻が殺された時、自分は東京の自宅にいる。和義には、テレポーテーションの能力があるので可能なのだ。 だが、この能力にはいくつかの欠陥がある。まずテレポートするには一定量のアルコールを摂取しないといけない。下戸の和義は、テレポーテーションを試みる度に朦朧状態になってしまう。またテレポート先に行けるのは生身の体だけなので、衣服を身に着けることは出来ない。当然何も持って行けず、持ち帰ることも出来ない。加えて秀逸なのが、A地点からB地点にテレポートする時、B地点にあったものが何か一つ和義と入れ替わりにA地点に転送されてしまうこと。 和義の計画は思い通りに進まず、妻殺しの計画を断念した現場の別荘で見知らぬ白人男性の刺殺死体が見つかり事態は混迷の度合いを深める。殺人者になるはずだった和義は、奇しくも妻の妹と二人で謎めく殺人事件の探偵役を務めることになる。謎解きの面白さに加えて登場人物たちの異様な人間関係を通して、人の心の深いところにある欲望や浅ましさを描くところに作者らしさが発揮されている。 推理のルールは、テレポーテーションという突飛な能力であろうとしっかり固められている。非現実的な超常現象が存在するものと認められた世界で、しかし事の真相は地に足がついたロジックで詰め切られる。大胆な伏線の張り方や、終始コミカルながらドロドロしたところもあり、ほろ苦いストーリーも、まさに作者の真骨頂と言える。 |
No.616 | 7点 | ちぎれた鎖と光の切れ端 荒木あかね |
(2024/10/28 19:27登録) 島原湾に浮かぶ孤島・徒島の海上コテージを訪れた高校時代の仲良しグループを中心とする8人の男女。主人公は先輩の人生を破滅させた連中に報復するため、それも皆殺しするために毒物を忍ばせていた。偽りの友情を築いていたのもこの目的のため。しかし計画実行を目の前にして生じ始めた迷い。そんな彼をあざ笑うかのように殺人事件が起きてしまう。通信手段はない環境で次々と殺人は続く。被害者には、「前の殺人の第一発見者」という共通点があり、なぜか全ての遺体は舌が切り取られていた。犯人は誰でその目的は何なのか、果たして主人公は孤島のクローズド・サークルから生還できるのか。 第二部は、孤島の殺人事件から三年後。同居する男を「兄」と呼び、疑似家族の関係を築いて暮らしていた横島真莉愛はある朝、ごみ収集の仕事中に遺棄されたバラバラ死体を発見してしまう。そして真莉愛は、徒島事件の再来と思しき事件に巻き込まれていく。真莉愛の物語が第一部とどのような形で結びついていくのか、第一部の視点人物の立ち位置の工夫、意外な人間関係の妙味、その技巧に感嘆させられた。 多重性を重んじるこれからの社会を見据えた視線が、作品全体の大事な屋台骨になっていることが分かる。憎しみ一色に塗りつぶされた状態で始まった物語が、行き着く結末「ちぎれた鎖」という言葉がネガティブからポジティブな意味に変化する様が素晴らしい。 |
No.615 | 7点 | 冬期限定ボンボンショコラ事件 米澤穂信 |
(2024/10/24 19:19登録) 間もなく受験も迫ろうかという高校三年生の十二月。そんなある日、小鳩常悟朗は正面から来た車に撥ねられ轢き逃げに遭う。病院のベッドで昏睡から目覚めた彼が知ったのは、入院とリハビリを余儀なくされ、大学受験が絶望になったこと。そして事件に居合わせた小山内ゆきが、轢き逃げ犯を探り始めているようだが、なぜか小鳩君が眠っている時ばかりに訪れ、短いメモを残すだけだった。やがて小鳩君は中学時代に体験した過去の事件の記憶を振り返り始める。それは小鳩君と小山内さんが出逢うきっかけとなった謎、二人が「小市民」を志す原因となった出来事。互恵関係という、恋愛関係でも友情関係でもない関係性がどう始まったかが分かるシリーズものとしての面白さもある。 小鳩君の入院生活を描く現在と、彼が回想する苦々しい過去。物語は二つの異なる時間軸が交互に綴られていく構成となっていて、かつてのトラウマを連想させるような事件が現在の二人の前に再び立ちはだかってくる展開が熱い。 一見どこか隙がありそうだが、足を使った地道な捜査で強固な不可能性が確かめられていく過程は魅力的。また、小鳩君と小山内さんのユーモラスで愛らしいやり取りなど青春小説的な爽やかさも味わえて楽しい。 そして過去の事件が辿った顛末に打ちのめされ、登場人物たちと同じ無力感に苛まれる暇もなく明かされて現在の事件に関する驚きの真相。全く予想もしない角度から仕掛けられていた騙りの手筋に思わず唸った。まさに「語り」と「騙り」の技巧が結集することで織り上げられた作品と言える。 |
No.614 | 6点 | 赤々煉恋 朱川湊人 |
(2024/10/20 19:31登録) 愛する者に向ける妄執ともいえる激しい執着の果てに、モラルの埒外に行ってしまった者たちの姿を、ホラーという意匠を用い、エロス溢れる筆致で描いた背徳の作品集。 「死体写真師」若くして病死した妹。美しかった生前の姿をとどめたいと考えた姉とその恋人は、死体を着飾らせてポーズをとらせた姿を撮影する写真師がいるという葬儀社を探し出し、目を閉じていることを除けば生きているような、ウェディングドレス姿の美しい妹の写真を残すことが出来た。退廃美に彩られた死体写真の鮮やかなイメージ、姉が最後に知ることになるおぞましい事実と直面する恐怖。背徳的でグロテスクな味わいのダークホラー。 「レイニー・エレーン」出会い系サイトで知り合った女とホテルに入った時、渋谷で死んだ同級生を思い出した男が陥った物語。 「アタシの、いちばん、ほしいもの」生きている時に得られなかったあるものを求め、自殺した少女の心が漂う物語。ただ悲惨なだけでなく、やるせない気分になる。 「私はフランセス」両親に遺棄され、過酷な人生を歩んだ女性が自分を大切にしてくれる男と出会い、やがて愛し合い同居する。だが男には奇妙な性癖があることを知る。究極のマゾヒズムが描かれている。 「いつか、静かの海に」少年が出会った青年が育てていたものに惹かれる幻想的な物語。 |