パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:678件 |
No.678 | 6点 | 梅雨物語 貴志祐介 |
(2025/07/02 19:25登録) ミステリとホラーが融合した、緻密な論理と理屈を超えた恐怖が渾然一体となった3編からなる中編集。各作品は独立した物語だが、「罪」や「因果応報」をテーマにしているところが共通している。梅雨時に合わせて読んだのですが、今年は梅雨らしい日は、ほとんどありませんでしたね。 「皐月閣」元中学教師の俳人・作田慮男が、自殺した教え子の遺した句集「皐月閣」に秘められた謎を解く。俳句の解釈からロジカルに推理を展開し真相に迫る構成は知的興奮を呼ぶ。後半に入ると、叙述トリックを駆使した鮮やかな逆転があり印象的。 「ぼくとう奇譚」昭和11年の東京が舞台。高等遊民の木下美武が黒い蝶の夢に悩まされる怪異譚。夢の中の遊郭が次第に狂気じみた様相を呈し、因果応報の恐怖が描かれ生理的な不快感を呼び起こす。本作の題名は永井荷風の代表作「濹東奇譚」を想起させるが、なぜ「ぼくとう」となっているのかは終盤に明かされ、そのおぞましさは並大抵のものではない。 「くさびら」工業デザイナーの杉平が、自宅の庭がキノコに埋め尽くされていくことに恐怖を感じるようになる。一見するとキノコを題材にした不気味なホラーなのだが、濃厚な謎解きの要素が含まれている。キノコの増殖が象徴する「家族の喪失」と「罪の償い」がテーマで、不気味さの中に哀愁を感じさせるラストが印象的。精緻な謎解きミステリであり、底なしの怖さを味わえるホラーでもある。 |
No.677 | 5点 | 中途半端な密室 東川篤哉 |
(2025/06/29 19:25登録) 東篤哉名義で投稿された表題作の「中途半端な密室」を含むユーモアと本格ミステリを融合した5編からなる短編集。 「中途半端な密室」高さ4メートルの金網に囲まれているテニスコートで、刺殺死体が発見された。出入り口には内側から鍵が掛かっていた。とはいえ、金網を登れば出入りできる状況という不可能ではないが不可解な事件。一見、無関係な事件を結び付ける鮮やかさがある。 「南の島の殺人」柏原則夫がバカンス中の南の島で遭遇した殺人事件の模様を手紙で送ってきた。被害者は邸宅の庭で全裸の状態で撲殺されていた。地理的特性をトリックに昇華させる巧妙さが光る。 「竹と死体と」古い新聞記事で見つけた竹林での事件。自殺なのか他殺なのかを推理する。歴史的事象と意外性を上手く組み合わせている。 「十年の密室・十分の消失」過去に起きた密室事件と現在に起きた建物の消失事件を描いたもの。トリックのリアリティに疑問が残るものの、大胆な発想とスピーディな展開が楽しめる。 「有馬記念の冒険」競馬の有馬記念レースを軸にしたアリバイトリックが核となっている。当時としては新しいメディア技術をトリックに取り入れている。先進性は認めるが、トリック自体は陳腐。 |
No.676 | 7点 | スクランブル 若竹七海 |
(2025/06/26 19:19登録) 物語は高校時代の友人が再会した結婚披露宴(1995年)と、彼女たちの高校時代(1980年)とが交互に描かれながら展開していく。冒頭で「犯人は金屏風の前にいる」と示されるものの、最後まで誰が犯人か分からない仕掛けに惹きつけられる。消去法により次第に容疑者が絞られていくプロセスとなっており、緊迫感が盛り上がる。各章のタイトルは「スクランブル」、「ボイルド」、「サニーサイド・アップ」など卵料理にちなんでおり、「殻を破って成長する」というメタファーとして、少女たちの思春期の葛藤を象徴している。 シャワールームでの殺人事件を中心に、弁当の盗難や体育祭での毒物混入などの小さな謎が絡み合う。主人公たちの「アウター」(高校から入学した外部生)としての疎外感や、友人との嫉妬、恋愛、家族関係や派閥争いが細かく描かれ、多感な年頃の複雑な心理描写も秀逸。少女たちの推理を通じて事件の真相に近づいていくが、最終的に意外な真犯人とその動機が明らかになる。ただ事件の真相よりも、彼女たちがどのように過去と向き合うかが焦点となっている。 本作は、単なる謎解きではなく、青春の痛みや成長を描いた作品で、作者の繊細な筆致で、少女たちの揺れ動く心情や時間の経過による記憶の変容が丁寧に表現されている。 |
No.675 | 6点 | 気分は名探偵 犯人当てアンソロジー アンソロジー(出版社編) |
(2025/06/23 19:14登録) 2005年に夕刊フジで連載された犯人当てミステリ短編を6人の作家が執筆したアンソロジー。 「ガラスの檻の殺人」(有栖川有栖)深夜の路上で起きた殺人事件。東西南北に伸びる道には、それぞれ人目があったが逃げる犯人は目撃されていない。驚きの真相のようなカタルシスはないが、解答の納得度は高い。洒落のきいた文章、会話が楽しい作品。 「蝶番の問題」(貫井徳郎)奥多摩にある貸別荘で五人の男女の変死体が発見された。その中の一人が、事件の一部始終を手記に書き残していた。探偵のキャラクターも立っているし、推理の論理も明快。 「二つの凶器」(麻耶雄嵩)京都理科大学で起きた殺人事件で、弟が容疑者とされたので助けてほしいと名探偵・木更津悠也のもとに訪れた。共犯者の裏切りと偽装がテーマ。情報量が多くて難解。 「十五分間の出来事」(霧舎巧)脚本家の大神は、新幹線の洗面室で気を失っている男を発見する。どうやら何者かに後頭部を殴られたらしいと判明する。軽快な会話と章ごとに新たな展開を告げる人物が現れるというテンポよく読ませる楽しい作品。 「漂流者」(我孫子武丸)浜辺で溺れて気を失っていたところを助けられた「私」。頭を打ち記憶喪失になった「私」の手帳には、殺人事件の顛末が記されていた。「私」が何者かが判明すれば殺人事件の犯人がわかるという仕組みが面白い。 「ヒュドラ第十の首」(法月綸太郎)染井霊園で殺害された蟹江のオンライン上に残していたプライベート・ログから浮上した容疑者は、ヒラドノブユキという同姓同名の三人だった。科学的トリックと伏線が光る作品。 |
No.674 | 6点 | 素敵な圧迫 呉勝浩 |
(2025/06/20 19:37登録) 社会の不穏さと人間の深層心理を鋭く描いた6編からなる短編集。 表題作は、狭いところで圧迫された感覚が好きな女性が、どうやら誘拐されている。なぜ誘拐されたのかが、彼女の性癖の来歴とともに丁寧に語られていく。主人公の語りが不穏で、理想の男性との関係が破滅に向かう展開は、ミステリとしての意外性と心理サスペンスが絶妙。 「ミリオンダラー・レイン」では、主人公が三億円事件に触発されて強盗を計画する。教育程度が低く、収入も低く、明日への希望を感じていない若者の、濁った日常意識の奥底からの反発精神が見もの。ラストでどんでん返しが待っている。実に皮肉な結末で、深い虚無感を覚える。 「論リー・チャップリン」は、息子から十万円を強請られた父親が、彼を論破しようと知恵を振り絞る話。現代の「論破文化」を風刺し、親子関係の歪みをコミカルに表現している。 「パノラマ・マシン」並行世界に行けるマシンを拾った男Fと、それに気づいた男Dが、こちらの世界での不満の捌け口として平行世界で好き勝手なことをする。最初から差している不穏の影が素敵。 「ダニエル・≪ハングマン≫・ジャービスの処刑について」は、ボクサーのスリリングな半生を描きながら大胆な仕掛けで幕を下ろす。読み終わってタイトルを見返すと誰しも感じるものがあるだろう。 「Vに捧げる行進」は、コロナ禍で人通りのない商店街のシャッターに落書き事件が続発し、それが多くの人に広まっていく。人々の閉塞感への反発を描いており、共同体の不気味さ、得体の知れなさが感じられる不穏な物語。 |
No.673 | 7点 | ウェディング・ドレス 黒田研二 |
(2025/06/17 19:38登録) ネタバレしています。 第16回メフィスト賞受賞作。幸せな結婚生活を目前にした祥子とユウ。しかし結婚式の当日、偽りの電話で呼び出された祥子は、二人の男にレイプされてしまう。さらにユウの事故死の知らせが、彼女に追い打ちをかける。ところが、死んだはずのユウが行方不明になった祥子を探していた。さながらパラレル・ワールドを生きるかのような二人は、再び巡り会うことができるのか。物語は祥子とユウの視点で交互に描かれながら進む。序盤から中盤にかけて、両者の描写に生じる矛盾やズレに強い違和感を覚える。物語の焦点が定まらない中、「僕」が目撃する密室状況での犯人消失の謎も絡み引き込まれる。 猟奇殺人事件や密室トリック、母親の遺したウェディングドレスに隠された秘密など、矛盾と混乱を広げた中盤から、それが一気に収束していく終盤にかけてのスピード感あふれる筆致は小気味よいものがある。特にアダルトビデオ「13番の生贄」との関連性や、過去の事件との因果関係が最終的に収束する展開は素晴らしい。 本作は本格ミステリの技巧を凝らした野心作であり、特に時間軸の操作や視点の欺瞞に特化した「名前」や「視点」を利用した叙述トリック作品として優れている。 |
No.672 | 5点 | 四日間家族 川瀬七緒 |
(2025/06/14 19:25登録) 物語は夏美が自殺を決意し、ネットで知り合った三人とともに車で山へ向かい、山中で練炭自殺を試みようとするところから始まる。四人はそれぞれに複雑な背景を持ち、当初は互いに反発し合う。夏美は「サークルクラッシャー」と呼ばれ、コミュニティを破壊してきた過去を持つ。長谷部は会社を倒産させ、借金に追われた元経営者。千代子はコロナ禍でスナックを営み、クラスターを発生させた責任を負っている。陸斗は謎めいた高校生で、冷静な策略家。 やがて、彼らのいる山中の近くに車が現れ、しばらくして去った後、森の奥から赤ん坊の泣き声が。赤ん坊を発見した四人は、自殺を先送りし小さな命を助けようと考える。ところが母親を名乗る女性が、SNSに赤ん坊を誘拐されたと投稿した動画により、誘拐犯の汚名を着せられる。 本作はSNS社会の危うさや「正義」の暴走を描きながら、人身売買組織の闇にも迫る。四人は単なる被害者ではなく、逆にSNSを利用して反撃するなど、知恵と機転で戦う姿勢が痛快。終盤の組織の正体が明かされる展開は、伏線が巧みに回収されている。 自殺という重いテーマを扱いながら、赤ん坊という「生の象徴」を通じて、人間の再生を描いた作品。本のタイトル通り、短い期間ではあるものの、疑似家族的な絆が生まれ、いくつもの逆転が起きるところに魅力がある。このように読ませはするのだが、後半の展開と結末は意外性がなく予想していた通りで、ミステリ的には物足りなさを感じてしまった。 |
No.671 | 6点 | 北斎殺人事件 高橋克彦 |
(2025/06/11 19:13登録) 日本で最も有名といっていい浮世絵師の葛飾北斎の隠された秘密と、現代の殺人事件を絡めた二重構造の物語。 本作の核心は、「北斎が隠密だったのでは」という大胆な仮説。貧乏だと思われていた北斎が、実は金持ちだったかもしれないという仮説に始まり、引っ越しが多いことや、頻繁に画号を変えて名前を弟子に譲っていたのもアリバイ工作の可能性が高いという仮説が、次から次へと登場する。 物語は、ボストン美術館で起きた日本人画家殺人事件と、日本国内での北斎研究を巡る陰謀が交錯する。未発表の北斎作品を巡る偽画騒動や、美術商の策略など美術界の暗部が描かれる。 北斎の生涯に新たな光を当てる幕末の歴史ミステリと、美術史を掘り下げた知的興奮に満ちた作品。本作は「写楽殺人事件」のネタバレをしているので、読む予定のある人は、「写楽殺人事件」を先に読むことをお勧めします。 |
No.670 | 6点 | 出雲伝説7/8の殺人 島田荘司 |
(2025/06/07 19:39登録) 吉敷竹史シリーズ第二弾で、鉄道を舞台にしたトラベルミステリと神話を絡ませた本格ミステリ。 警視庁捜査一課の吉敷竹史は、帰郷も兼ねて山陰地方に旅行に出掛けたが、鳥取駅に到着した時に猟奇殺人事件の発生を知る。山陰を走るローカル線と大阪駅に、七つのパーツに解体された女のバラバラ死体が流れ着いたのだ。首はどこからも発見されず、指紋は硫酸で焼き消され身元を知るための手掛かりは完全に抹消されていた。しかも胴体の入っていた旅行バッグからは、なぜか大豆と麦が十数粒発見された。 本書の主眼はアリバイ崩しであり、犯人が誰であるかは、かなり早い段階で判明する。しかし、バラバラ死体を七つの路線に載せて山陰中に撒き散らすという作者ならではの奇想により地味な印象は受けない。ただこの作品において真の奇想と呼ぶべきは、昔の伝説や歴史が犯罪の形を借りて現代の日本に復活するという「八岐大蛇」と「五穀の起源」の見立てであるというところ。古事記の「ヤマタノオロチ退治」の解釈を巡る学術論が関わっており、神話と現実の犯罪が見事にリンクしている。犯人の動機には、学問的対立や女性同士の激しい確執が絡んでおり、作者らしい「怨念」をテーマにした心理描写が光る。 本書では事件関係者の多くが歴史学者だということもあって、記紀や古代史に関する知識が全編を覆っているが、それは単にペダンティックな彩りにとどまらず、異常な犯人像に深みを添える効果も果たしている。大学講師の波地由紀夫がラストで明かす真意が、この殺伐した犯罪の物語に大きな救いをもたらしている。アリバイトリック自体に無理はあるが、神話や歴史に興味ある人には十分楽しめるのではないか。 |
No.669 | 6点 | ダック・コール 稲見一良 |
(2025/06/03 19:30登録) 自然と人間の関りを深く描いた鳥にまつわる連作短編集で、「6つの夢」という形で展開される。各編独立しているが、野生の鳥や狩猟がキーワードとして繋がっており、プロローグとエピローグで全体がまとめられている構成となっている。 「望遠」三年がかりの記録映画のショットを任された若手カメラマンは、目の前に現れた幻の鳥にレンズを向けてしまう。心理描写を極力抑えた筆致で、主人公の行動を淡々と描いている。最後のシーンは、哀しくも一種の清々しさを感じさせる。 「パッセンジャー」山の中でサムは、大空を駆け抜けるハトの大群に遭遇する。リョコウバトの絶滅のことは聞いたことがあるが、このような強烈なワンシーンとして描かれると事実として実感する。結末は「望遠」と似た手触りがある。 「密猟志願」これまで消極的に生きてきた男は、密猟に愛着を感じ始めていた。そんな時に、一人の少年と出会う。このような経験が出来る人生というのも幸せなのかもしれないと思わされた。 「ホイッパーウィル」保安官のアルらと共に、脱獄囚を追って山中に入ったケンが見たものとは。マンハントをモチーフにした欲望や軋轢、闘争を描いたハードな冒険小説。クライマックスは、美しく深い哀しみを宿した味わい深い作品に仕上がっている。 「波の枕」船の火事で、大海に投げ出された源三は陸を目指す。漂流中の男と亀の交流が幻想的に語られる。とてもファンタジー色が強い作品で、淡い恋を描いたラブストーリーとしても読める。 「デコイとブンタ」鴨猟に使われる模型=デコイが、一人の少年に拾われる。ジョブナイル風のファンタジーで、少年の陥る危機とそこからの脱出劇は、爽やかで美しい。 |
No.668 | 6点 | 夜の道標 芦沢央 |
(2025/05/31 19:39登録) 二年前に評判の良かった塾経営者が、なぜ殺されたのかという謎を中心にして物語は進む。 バスケットボールの才能に恵まれながら、父親から利用されている小学生、その彼に親愛の情を抱く同級生、地下室に正体不明の男を匿う女性、傍流に追いやられながら事件を追う刑事。この四人が視点人物となって群像劇を形づくっていく。 登場人物たちの複雑な心理描写、それぞれが抱える過去や葛藤が丁寧に描かれており、彼らの心情に深く共感させられる。児童虐待、障害者差別、貧困など現代社会が抱える様々な問題が織り込まれており、深い問いを投げかけている。単なるミステリとしてではなく、社会派小説としての側面も持ち合わせている。 予想を裏切る展開の連続で、結末で真実が明かされ各ピースが収まるところに収まり、納得感が得られる。タイトルの「夜の道標」とは、登場人物たちが暗闇の中で見つけようとする希望の光、あるいはそれぞれの人生を導く指針のようなものを象徴しているように感じた。 |
No.667 | 7点 | 神薙虚無最後の事件 紺野天龍 |
(2025/05/27 19:12登録) 作中作である謎解き小説の真相を複数の人間が推理する、いわゆる多重解決もの。語り手の大学生・瀬々良木白兎と彼の所属する名探偵倶楽部の面々は、ある一作の推理小説と出会う。それは、実在する名探偵・神薙虚無の活躍を記録し、ベストセラーとなるものの捏造の疑いをかけられて炎上して表舞台から姿を消したミステリ作家・御剣大、その最後の著作「神薙虚無最後の事件」であった。怪盗王の住まう城に呼び出された神薙虚無とその仲間は、密室状況で当の怪盗王・久遠寺写楽と思しき人物の死に遭遇する。完全に閉ざされ、何人も近づけなかったはずの状況は果たして誰が意図したものなのか。 提示される推理はどれも完成度が高く、強固な密室を推理でこじ開けようとする大学生たちの行動は、やがて人を不幸にするやもしれぬ真相、あるいはそうなることを阻止する推理といった対立軸をんはらんでいく。そういったところからも、推理や名探偵の在り方を問い直す作品でもある。作者がライトノベルの分野で培った明朗活発が推理に自由な広がりを与え、推理そのものが固有の意志を持つかのような読み心地が特徴的で魅力的。 |
No.666 | 4点 | ほねがらみ 芦花公園 |
(2025/05/23 19:41登録) 語り手の「私」は、大学病院に勤務する男性医師。ホラーマニアで、怪談蒐集を趣味とする彼が、これまで見聞きしてきた不気味な話の数々を紹介するスタイルで綴られる。 第一章の「読」は、漫画家の木村沙織が、オフ会で知り合った癖のある女性・由美子から提供されたという、四つの怖い話が収められている。一見独立しているように見えるが、実は互いにリンクしており、沙織もおぞましい怪異の当事者となる。 第二章「語」は、出版社に勤める友人の頼みで、「実話系怪談コンテスト」の応募原稿を読むことになった佐野道治。土俗的な恐怖を扱った原稿を読み進むうちに、怪異は取り込まれてしまう。 第三章「見」は、喘息の持病がある娘とともに田舎に移住してきたシングルマザー・鈴木舞花の手記。移り住んだ洋風館の家で、次第に奇妙なことが起こり始める。 不条理な呪い、伝染する怪異、土俗の闇と生々しい手触り。作品後半は、いわば考察パート。これらの記録を読み終えた「私」が、その背景にある真相を探っていくというミステリ的な展開になる。見え隠れしているのは、「橘家」という旧家の存在と、蛇にまつわる奇怪な伝説。 オチは、ホラーの手管としては割とよくあるという印象。途中からモキュメンタリーの描き方ではなくなり、ほとんど一人称の小説になったところが不満。 |
No.665 | 6点 | 占い師はお昼寝中 倉知淳 |
(2025/05/20 19:20登録) 大学に通うために上京した美衣子は、渋谷で占い師を営む叔父・辰寅のアルバイト助手として働くことになった。ところがこの辰寅は、怠け者で宣伝ひとつすることもなく寝てばかり。霊感のかけらもないが、特殊な才能に恵まれていた。辰寅のもとに、持ち込まれた奇妙な謎を、辰寅が聞いた話だけから解くという安楽椅子探偵ものの6編からなる連作短編集。 「三度狐」では、家の中から忽然と姿を消すゴルフクラブや本の謎、「水溶霊」では、ポルターガイスト、「写りたがりの幽霊」では、心霊写真、「ゆきだるまロンド」では、ドッペルゲンガー、「占い師は外出中」では、血まみれの幽霊、「壁抜け大入道」では、タイトル通り壁抜けする大入道といった具合。こういった不可能、怪奇趣味たっぷりの謎を臆面もなく解いていくところが痛快。 占い師ならではの人間の心理(願望や欺瞞)を探る描写が秀逸。人々が占いに求めるものへの洞察が、単なる謎解きを超えた深みを生んでいる。依頼者の些細な言動から真実を読み解く過程は、人間観察の面白さが凝縮されている。 そしてもう一つの魅力は、語り口の巧みさ。この作品では、アルバイト助手の美衣子の視点から物語られる。この美衣子がなかなかのキャラクターで、筋金入りの怠け者・辰寅に対して繰り広げるツッコミのテンポの良さが、展開に軽快感を与えていて実に小気味よい。ひとつひとつのトリックは小粒ながら、設定、キャラクター、文体が魅力的な作品。 |
No.664 | 6点 | ウツボカズラの夢 乃南アサ |
(2025/05/16 19:31登録) 主人公の斎藤未茉由は母親の死後、東京に住む叔母の鹿島田久子に引き取られることになる。都内の一等地で暮らす裕福な親戚の存在を知った未茉由は期待に胸を膨らませ上京するが、冷え切った夫婦関係や痴情のもつれ、親子間の行き違い、陰湿な争いなど決して幸福とは言えないものだった。未茉由はそんな中で生き抜くために、したたかにそして狡猾に立ち回ることを覚えていく。タイトルにある「ウツボカズラ」とは食虫植物であり、獲物を捕まえて養分を吸い取る性質がある。このタイトルに主人公の未茉由が周囲の人々を利用して生き抜いていく様を象徴していると言えるでしょう。 何気ない日常が巨大迷路のように襲いかかる恐怖。この作品は人間の欲望、嫉妬、孤独、そして心の闇をリアルに描き出している。登場人物たちの複雑な心理描写には、心を大きく揺さぶられた。また、格差社会、家庭内の不和、人間のエゴイズムなど、現代社会が抱える問題点を鋭く批判している作品でもある。特に富裕層の家庭で繰り広げられる人間関係の歪みは強い衝撃を与える。主人公の未茉由は決して共感できる人物ではないが、生き抜くための執念は、ある意味で人間の本質を突いていると言えるかもしれない。 |
No.663 | 7点 | メドゥサ、鏡をごらん 井上夢人 |
(2025/05/12 19:28登録) 小説家の藤井陽造は、「メドゥサを見た」という言葉を残し、自らコンクリート漬けになるという奇妙な方法で命を絶った。彼の娘・菜名子の恋人でフリーライターの「私」は、藤井の残したメモ帳を手掛かりに調査を続ける。メドゥサとは、美女であったが故に妬まれ、蛇の頭髪を持つ恐ろしい姿に変えられたギリシャ神話に登場する怪物の名前である。 「私」は化学工場で起きた事故、その事故で負傷した高瀬充、「石町」という町と藤井の行動を辿りながら、彼の死の真相を追うようにミステリ的に展開していく。しかし、その一方でホラー的シーンがところどころに挿入され、ミステリとホラー、さらには心理的サスペンスを融合した独特の世界観を持っており強烈な印象を残す。 そして突如、物語世界が反転する。反転した世界でもさらに世界が崩壊していく。時系列や人間関係が混乱し、「何が真実か」を見失うような構成が特徴的である。ホラー的な不気味さや自己認識の崩壊をテーマにした実験的な作品で、叙述トリックを用いての読者の認識を揺さぶる手法が効果的。鏡に映るものは、必ずしも真実とは限らないというメッセージは、現代社会に生きる私たちにとっても示唆に富んでいる。 アマゾンなどのレビューを見ると、結末がスッキリしないという意見が多いようだが、この未解決感こそが作品のテーマであり、現実と虚構の境界が溶けていく恐怖を体感させる仕掛けとなっているので、個人的にはこの終わり方が気に入っている。 |
No.662 | 6点 | 名探偵 木更津悠也 麻耶雄嵩 |
(2025/05/08 19:15登録) 香月実朝が木更津悠也を「名探偵」として演出するために、自らの優れた推理力を駆使して事件の真相を解き明かす4編からなる短編集。 「白幽霊」戸梶産業の社長・戸梶康和が自宅で殺される。康和の長男の未亡人・美智子が容疑者となる。最後の視覚的な効果にインパクトがある。 「禁区」御殿通りに白い服装の若い女性の幽霊が出ると聞き、牧園知耶子は失踪中の坊津夏苗が化けて出ているのではと考える。白幽霊と呼ばれる存在をギミックとして使い、幽霊すらも生かしたロジックを組み立てていくところが巧妙。 「交換殺人」平山勝は酔った勢いで見知らぬ男と交換殺人の約束をし、しかも自分が殺すはずの男が殺されたというのだが。終盤に明らかになる構図が素晴らしく、長編で読みたかった作品。 「時間外返却」鉄道展望ビデオがきっかけで、橘鈴子の死体が発見される。木更津の告白は衝撃的で、物語全体の印象を大きく変えるものを持っている。 |
No.661 | 6点 | 記憶の中の誘拐 赤い博物館 大山誠一郎 |
(2025/05/03 19:20登録) 警視庁付属犯罪資料館「赤い博物館」を舞台に、冷徹な天才探偵・緋色冴子と助手の寺田聡が未解決事件の真相に挑む連作短編集シリーズの第二弾。冴子は証拠品の声を聴き、当時の関係者に新たな問いを放って真相を見抜いていく。 「夕暮れの屋上で」卒業式前日の放課後、校舎の屋上で少女が殺された。教室のワックスがけをしていた清掃業者が「先輩のことが好きなんです」という声を聞いていた。青春の切なさを味わえるが、真相は予測がつきやすい。 「連火」住人に「火事だ逃げろ」と電話する連続放火魔。「現代の八百屋お七」という斬新な設定。犯行の背景に潜む悲劇性に共感するが、動機にリアリティがない。 「死を十で割る」10個の部位に切断されたバラバラ死体。その死亡推定時刻と同じ頃に、被害者の妻が電車に飛び込み自殺をしていた。切断理由に驚き。解剖学の知識を応用したトリックに感心させられた。 「孤独な容疑者」殺された被害者は、同僚に高利貸しのようなことをしていた。残されたダイイングメッセージは偽装である可能性が高いと見られたが、その後浮かび上がってきた容疑者にはアリバイがあった。典型的な倒叙ものと思わせてのラストの捻りに唸らされた。油断ならない作品。 「記憶の中の誘拐」幼い頃に誘拐された記憶を持つ少年。誘拐犯は彼を捨てた実母と見られたが、犯人は土壇場で身代金の受け取りを放棄していた。あるものの臭いが苦手という情報だけで誘拐事件のからくりを見抜く冴子の推理に脱帽。 |
No.660 | 8点 | 凍てつく太陽 葉真中顕 |
(2025/04/28 19:27登録) 舞台は昭和二十年の北海道・室蘭。特高警察の刑事・日崎八尋が、軍需工場関係者の連続毒殺事件に巻き込まれ、冤罪で網走刑務所に投獄される中で真相を追う物語。 特高警察や軍部の横暴が、正義の名の下に正当化されている様子、アイヌ民族・朝鮮半島出身者への差別、陸軍の軍事機密「カンナカムイ」を巡る陰謀など、戦時下の複雑な社会構造が背景にある。特に、アイヌ出身の主人公が「皇民化政策」の中でアイデンティティの葛藤を抱える描写は、歴史の中の暗部を浮き彫りにしている。 当時の北海道の労働環境や、濡れ衣を着せられての投獄、そして脱獄、思わぬ人物との出会い、網走刑務所の脱獄王・白鳥由栄の史実を織り交ぜた描写がリアリティを生んでいる。軍の陰謀、血文字の暗号、登場人物の過去が複雑に絡み合い、最終盤で一気に収束する構成が光る。戦争という特殊な状況のもとで生まれたトリックに、作者のミスリードが加わってラストは全く想像もしていなかった事実が明らかになる。 単なるミステリを超え、戦時下の「人間の尊厳」を問う作品で、戦争の愚かさや差別の根深さを痛感させられる。作者の筆力で、暗い時代の中でも希望を失わない人物像が力強く描かれ、読後には歴史から学ぶべきことを強く考えさせられた。重厚で骨太という評判通り、民族、国家、人間といったテーマが掘り下げられており、社会問題への問題意識を同時に喚起する一冊となっている。 |
No.659 | 6点 | ツミデミック 一穂ミチ |
(2025/04/24 19:40登録) 第171回直木賞受賞作で、コロナ禍という異常な状況下で直面する倫理的ジレンマを、ミステリと人間ドラマの両面から切り取った6編からなる短編集。 「違う羽の鳥」繁華街で客引きのバイトをしている主人公に話しかけてきた女性が、中学生時代に死んだはずの同級生の名前を名乗る。救いのないようでいて、かすかな光を感じさせる。 「ロマンス☆」近所でイケメン配達員を見かけたことから、彼が来ることを期待してフードデリバリーにはまる女性の話。破滅に向かっていく恐怖が味わえる。 「憐光」幽霊となって故郷に戻ってきた女性が、意外な真実を知る。語り口が魅力的な悲しい物語。 「特別縁故者」失業中の調理師の男が一人住まいの資産家老人に料理を届けるようになり、特別縁故者になる期待を抱くが、意外な成り行きが待っている。主人公の内面の変化と社会の歪みを絶妙に表現している。 「祝福の歌」母が一人で暮らすマンションの隣人の様子がおかしいという話。隣人の謎と同時に、主人公が自分に関する秘密を知る展開に胸を打つ。 「さざなみドライブ」ネットで繋がり集団心中のために集まった男女数人が、山中に向かう車内で自殺を望む理由を語り合う話。パンデミックの影響で人生を壊された人もいる中、主人公の動機があまりにも意外。 作中には、日本の4人組ロックバンド・スピッツの楽曲を連想させるタイトルや台詞が散りばめられているので、ファンにとっては嬉しい仕掛けではないだろうか。全体的に「罪とは何か」という問いを投げかけながら、最終的には人間の再生可能性に光を当てる構成になっている。 |