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ミステリの祭典

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平均点:6.11点 書評数:745件

プロフィール| 書評

No.745 6点 悪の教典
貴志祐介
(2026/03/29 10:02登録)
私立高校で英語教師の蓮実聖司は、端正なルックスと爽やかな弁舌で、女生徒から「ハスミン」と呼ばれ慕われていた。しかし、その実態は他者への共感性を全く持たないサイコパスだった。蓮実は自分に不利益をもたらす者を冷酷に排除(殺害)していた。
本書では主に蓮実の視点で描かれている。圧倒的な悪のカリスマである蓮実の非常に論理的かつ合理的に排除を行う点に恐怖を感じる。特に学校という閉鎖空間での心理戦や、後半のパニック描写の緊迫感は圧巻。
救いがほとんどない、正義が機能しない、善悪の基準が揺さぶられるなど、この不快感こそがこの作品の核である。またグロテスクな描写や非道な展開が含まれるため読む人を選ぶが、善人の皮を被った怪物の思考を覗き見たい人にはお薦めできる。


No.744 5点 春のたましい 神祓いの記
黒木あるじ
(2026/03/24 08:35登録)
感染症の大流行と過疎化により、各地で祭りが行われなくなる。これまで祭りによって鎮められていた神々が怒り、妖怪めいた容姿と恐るべき怪異現象を示して暴れまわる。この事態に対処するため、祭祀保安協会が組織される。九重十一と八多岬が異変を解決し、荒ぶる神々を鎮め処分していく5編からなる連作短編集。
「春と殺し屋と七不思議」出羽原村に九重十一が訪れ、コロナで中断した村の祭りの復活を迫るが、村の廃校では不可解な怪異が起きていた。子供たちの視点で語られるミステリアスな導入と学校を舞台にした七不思議の怪異が展開される。
「われはうみのこ」海辺の町で大量の魚が打ち上げられる怪異が発生する。民俗学的な考察を交えながら、神事の由来と伝播を推理していく謎解き要素の強い一編。
「あそべやあそべ、ゆきわらし」雪深い限界集落に一人で住む老人・鉄吉を訪ねた九重たちは、彼が守り続ける古い屋敷と、そこに潜む「雪わらし」にまつわる秘密に触れる。過疎化という重いテーマと、老人の人生と信仰が織り成す哀愁と温かみが印象的。
「わたしはふしだら」アシスタントの八多岬が主役となる話で、巨大な異形の神「しどら」が登場する。八多の人物像や能力に焦点が当てられることで、バディものとして深みが増している。
「春のたましい」盲目の口寄せ巫女・キヨと関わる中で、九重自身の過去や存在意識に向き合う物語。103歳になる作者の祖母の実体験が反映された、壮絶だが達観した人生観が描かれ、物語全体に深い情感とまとまりを与える力作。
本作は単なる怪異退治ものではなく、コロナ禍や過疎化といった社会問題を、日本の深層に根ざす「祭祀」を通して描き出した風変わりな作品集。


No.743 6点 ぼくは化け物きみは怪物
白井智之
(2026/03/19 09:12登録)
奇想天外な設定と緻密なロジックが融合した5編からなる短編集。
「最初の事件」小学校で多数の死傷者を出した襲撃事件を、名探偵に憧れる小学生が解決しようとする。子供の無垢な視点と、背後で進行する残酷な世界の対比が凄まじい。
「大きな手の悪魔」圧倒的な力を持つ宇宙生命体が襲来し、滅亡寸前の地球が舞台。人類が切り札として投入したのはカリスマ性と言葉の力で他者を支配していた犯罪者の老婆だった。核となるアイデアは単純だが、手掛かりの隠し方が周到のため意表を突かれる。
「奈々子の中で死んだ男」裏社会の仕事で罠に掛けられ、遊郭街へ逃げ込むが、彼にあてがわれたのは遊女の死体だった。いくつかの先行作品に使われている趣向を舞台の特異性と結びつけることによって捻りを加えることに成功している。
「モーティリアンの手首」今を遡ること3万年前、先祖によって地球上から滅ぼされた異形の生物・モーティリアン。その化石を発掘して一獲千金を狙う彼らが遭遇したのは、切り離された手首だけが別の位置に埋められたモーティリアンの死体だった。過去に起こった事件を推理するという謎解き小説で、幾度となく描かれていたシチュエーションに奇天烈な味付けをみせた作品。
「天使と怪物」見世物小屋で暮らす異形の人々と予言者として崇められる「天使の子」の姉弟。天使の予言が的中する中で起きた不可能状況下での密室殺人。複数の推理が提示される多重解決に読み応えがある。宗教における奇跡の問題を予言の真実性を巡る考察として描き切っており素晴らしい。


No.742 5点 ミノタウロス現象
潮谷験
(2026/03/14 08:34登録)
世界各地に牛頭人身の怪物が出現するようになった近未来。人々が恐怖と混乱に陥りながらも徐々に順応しつつある中、市長に就任した利根川翼は、奇怪な事件に巻き込まれる。
市議会の開かれる議場に突如として現れた怪物、そして不可解な状況、異様な姿で殺害された遺体。自身を疑われることになった翼は、嫌疑を晴らすべく行動を開始する。市長として自らの志をいかに実現するのかと、怪物がどのように出現し、どのようにすれば退治できるかという謎の解明が中盤のメインとなっており、個性豊かなキャラクターが入り乱れ、パニック小説的な趣もある。
殺人事件の謎は一旦保留されて、中盤は怪物現象自体の解明に多くを費やされるところに不満はあるものの、最後には論理で真犯人を絞り込み作者らしさが出る。市長と秘書のバディものとしても読ませるし、政治、危機管理、世論といった要素を絡ませながらエンターテインメントとして仕上がっている点も評価できる。


No.741 9点 黒革の手帖
松本清張
(2026/03/09 09:02登録)
地味で目立たない銀行員だった原口元子が、横領をきっかけに銀座の夜の世界で、のし上がろうとする姿を描いたピカレスクロマン。
元子は、銀行員時代に記録していた裏口座や脱税の証拠を記録した黒革の手帖を武器に、不正している有力者たちを恐喝し勢力を広げていく。しかし、彼女が操っていたはずの男たちも策略を巡らせており、裏切りや罠によって元子は次第に追い詰められ、巨大な悪に飲み込まれていく。
元子は決して善人ではないが、後ろ楯も無くたった一人で男たちの権力社会に立ち向かっていく姿にかっこ良さを感じるし、悪党たちを翻弄するプロセスには圧倒的なカタルシスがある。また作者らしく、当時の銀行の仕組みや医師の脱税、銀座のクラブ経営の内幕が非常にリアルに描かれており、物語に深みと説得力を与えている。この成功と破滅の両方を感じさせ、緊張感が最後まで続き惹きつけられる。さらにラスト1ページで戦慄を覚えることになるという心憎い締め方。作者の最高傑作だと思う。


No.740 7点 目には目を
新川帆立
(2026/03/04 08:51登録)
かつて15歳で傷害致死事件を起こし、少年院で1年3カ月を過ごした少年Aが、娘を殺された母親によって殺害される。誰が殺された少年Aで、誰が少年Aの居場所を遺族に密告した少年Bなのか。元雑誌編集者の主人公が、当時少年院の同じ寮で過ごした6人に1人ずつ訪ね、取材していくという取材記の体裁で物語は進む。個性的な6人の少年時代の出来事や、彼らが抱えていた家庭環境の歪みが次第に浮き彫りになっていく。
証言の積み重ねによって人物像が少しずつ変化して見える構造は巧妙。少年犯罪、被害者遺族の感情、法と正義の限界といった重いテーマを扱いながら、後半に明かされる意外な真実やタイトルの真の意味など、ミステリとしての驚きも兼ね備え読み応えがある。個人的には救いのあるラストと思ったが、読者の倫理観によって意見が分かれる議論を呼ぶ作品と言えるだろう。


No.739 6点 いけない
道尾秀介
(2026/02/27 09:03登録)
各章の最後の1枚の絵(写真)によって真相が示され、読者が自分で謎を解くという参加型の要素が強い4編からなる連作短編集。
「弓投げの崖を見てはいけない」自殺の名所として知られる場所の近くで、交通死亡事故が発生する。この章の謎は最後に死んだのは誰なのかという点だが、読者をミスリードするトリックが仕掛けられていて真相は鳥肌もの。
「その話を聞かせてはいけない」クラスで孤立している少年がある日、殺人現場らしきものを目撃してしまう。少年は唯一の理解者である友人と共に真相を確かめようとする。現実と空想の曖昧さを巧みに扱っており、最後の写真で混乱を促す仕掛けとなっている。
「絵の謎に気づいてはいけない」新興宗教の女性幹部が首を吊って死んでいるのが発見される。自殺のような状況だが、捜査を通して真相が浮かび上がる。誰が誰を欺いていたのかという事実は衝撃的。人間心理の不可解さが際立っている。
「街の平和を信じてはいけない」これまでの3つの事件が起きた白沢市と蝦蟇倉市を舞台に物語の断片が一つに繋がる。最後の写真の意味を理解すると、このタイトルが持つ本当の意味が分かるようになっている。このタイトルは秀逸。


No.738 7点 正月十一日、鏡殺し
歌野晶午
(2026/02/22 09:22登録)
日常に潜む狂気や悪意、そして人間関係の歪みを鋭く描き出した7編からなる短編集。
「盗聴」予備校生の主人公が、謎めいた隠語交信を盗聴する。主人公はその言葉の正体と、その背後に隠された事件の真相を追う。ありふれた日常から少しずつ不穏さが滲む構成がいい。
「逃亡者大河内清秀」警察から逃げ続ける大河内清秀のこれまでの人生と、逃亡の果てに待ち受けていた衝撃の真実が明かされる。読者の思い込みを逆手に取った作者らしい巧みな構成が光る。
「猫部屋の亡者」猫を溺愛し、身勝手な振る舞いを繰り返す恋人を殺してしまった青年。しかし死んだはずの彼女の気配を感じるようになる。依存と執着がもたらす恐怖が描かれたイヤミス要素が強い作品。
「記憶の囚人」物語の主人公は、過去のある凄惨な事件によって精神を病み、記憶を失っている男。彼が必死に守ろうとしていた自己のイメージと客観的な事実の剥離が明らかになる。独特の雰囲気を味わえるが理解しづらい。
「美神崩壊」主人公は訪れたマンションで、美しかった彼女の顔が傷だらけになっているのを見る。美への執着や歪みがテーマとなっており、人間の本質的な醜悪さが美しさの対比で描かれている。
「プラットホームのカオス」中学生の問題児が、電車のプラットホームで事故に遭う。ゾワッとするような心理的恐怖と、人間の心の闇を覗き見るような感覚に陥る陰鬱さが漂う作品。
「正月十一日、鏡殺し」夫を亡くし険悪な仲の姑と同居する妻は、正月に限界が訪れる。嫁姑問題という日常的なテーマが最悪のかたちで結実するイヤミス全開の作品。


No.737 7点 ノッキンオン・ロックドドア2
青崎有吾
(2026/02/17 10:06登録)
不可能専門の探偵・御殿場倒理と不可解専門の探偵・片無氷雨のコンビが活躍するシリーズ第2弾で6編からなる連作短編集。
「穴の開いた密室」密室状態で死体が見つかるが、部屋の壁には大きな穴が開いているという奇妙な事件。密室だけど密室ではないという二重の謎が仕掛けられている。アイデアとしては面白いものの、構造は比較的シンプルで驚きはない。
「時計にまつわるいくつかの嘘」女性が殺害され、時計にまつわるアリバイや証拠が重要な鍵となる事件。一見確かな証拠と思えるものでも、嘘として働く可能性があるというテーマで、論理の裏返しによって真相が見えてくるのが爽快。
「穿地警部補、事件です」著名なニュースサイト代表が謎の死を遂げる。捜査の過程で、穿地警部補の家系が警察一家であるという背景が明かされる。この編は探偵コンビではなく警部補目線で描かれる。登場人物の内面や警察組織の心理も絡んでおり、シリーズ全体の人間関係が深まる点が魅力的。
「消える少女追う少女」トンネル内で忽然と女子高生が姿を消し、倒理と氷雨がその謎を追う。失踪というシリアスなテーマながら、心理と状況の交錯が巧妙。予想を裏切る結末で、心情や動機に考えさせられる印象に残る一編。
「最も間抜けな溺死体」IT企業の社長が、水の入っていないはずのプールで溺死体となって発見される。トリックの独創性が高く、軽妙だが論理的な構成で謎解きの面白さが際立つ。
「ドアの鍵を開けるとき」大学時代、密室状態のアパートで倒理が何者かに首を切られ重傷を負った事件の全貌が明かされる。倒理、氷雨、穿地、美影の4人を縛り続けてきた過去が解明され、切なさと苦味の残る結末で作者らしい青春ミステリに仕上がっている。


No.736 6点 しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人
早坂吝
(2026/02/12 08:46登録)
歪んだ正義感を持つ男が、一家三人を惨殺する「しおかぜ市一家殺害事件」が語られた後に、男女7人が迷宮状の建物の中で目を醒まし、デスゲームが強要される「迷宮牢の殺人」が描かれる。
主人公は名探偵の死宮遊歩。ゲームマスターの説明によると、いずれも未解決の凶悪事件に関わるとされる人物たちであり、各人に与えられた武器で殺し合い、生き残った者だけが解放されるという。真犯人は誰なのか、そして「しおかぜ一家殺害事件」と迷宮牢での出来事はどう結びついているのか。
序盤から散りばめられた違和感や伏線が、終盤に一気に回収され、事件同士の意外な関係性に驚かされる。一見ふざけたようなキャラクター設定がありつつも、中身はロジカルで緻密な本格ミステリである。仕掛けの多層性や読者の先入観を利用した騙しが冴え渡っている、


No.735 6点 撮ってはいけない家
矢樹純
(2026/02/07 09:33登録)
映像制作会社でディレクターを務める杉田佑季は、「家にまつわる呪い」をテーマにしたホラーモキュメンタリーの企画を託され、怪談が好きなADの阿南幹人と共に撮影予定地である山梨県の白土家を訪ねる。
二階へ上がってはいけない蔵、プロデューサーの息子が見る悪夢、半紙に記された謎の記号、奇妙な位牌やアルバム写真。撮影が進むにつれ、フィクションであるはずの脚本の内容が、現実の出来事と奇妙に一致し始める。
杉田は阿南と協力して白土家の複雑に絡み合った因縁を解きほぐしていく。この阿南のキャラクターが魅力的。阿南は変人ではあるが、オカルト知識と冷静な分析力で物語にロジカルな面白さを加えている。その過程で、物語全体に散りばめられた伏線が意外なところに回収される構成で、最後の一行まで気が抜けない怖さがある。
本作は実話怪談のようなリアリティと、綿密な謎解きを味わえるホラーミステリとして優れている。


No.734 6点 ブラックスワン
山田正紀
(2026/02/02 08:18登録)
物語は、東京・世田谷のテニスコートで白昼発生した凄惨な女性焼死事件から始まる。身元を調べた結果、18年前に突如として姿を消した亜矢子であることが判明する。
事件の真相を追う「現在」の時間軸と、当時の仲間たちが書き記した「過去の手記」が交互に差し挟まれる形で進行する。手記に記された微妙な食い違い、隠された愛憎、そして予期せぬ不吉な出来事が18年の時を経て、当時の若者たちの瑞々しくも残酷な秘密が解き明かされる。
誰が嘘をついているのか、どの記憶が正しいのかという疑念を抱かせながら、最後の一気呵成な畳みかけまでページをめくらせる筆力はさすが。単なる犯人捜しのミステリにとどまらず、若さゆえの過ちや自意識、男女の機微を繊細に描いた青春小説としても読ませる。ただ、登場人物の設定にやや苦しいように感じたのも事実。


No.733 6点 どこまでも殺されて
連城三紀彦
(2026/01/28 09:27登録)
高校教師の横田勝彦は、「殺されようとしているので助けてください」というメッセージを受け取る。それをきっかけに、彼は教室の黒板やノートに記された「僕」の様々なメッセージを受け取るようになるが、その正体は分からない。やがて女子生徒の苗場直美と学級委員の橋本安彦の協力で「僕」探しの計画が立てられる。
何度も殺されるという非現実的な手記の内容と、現実に起きようとしている殺人予告。この二つがどう結びつくのか。調査が進むにつれ、手記に記された「殺された」という言葉の真意と、ある家族の歪んだ愛、そして衝撃の真実が浮き彫りになっていく。この「僕」殺しの謎解きゲームから、作者ならではの捻りの効いた仕掛けが愉しめる。
読者の思い込みを利用したトリックが仕掛けられており、構図がガラリと変わる展開に驚かされる。不可能興味で惹きつけ、最後は人間心理の不可解さと悲劇に着地させる作者らしい幻想味あふれた本格ミステリ。


No.732 5点 絵馬と脅迫状
久坂部羊
(2026/01/23 08:40登録)
医療の現場を舞台にした、現役医師である作者の真骨頂を味わえる6編からなる短編集。
「爪の伸びた遺体」誠心会総合病院の神経内科医・木瀬礼治は、新卒の研修医・塙亮二を見て驚く。七年前に自殺した幼馴染みとそっくりだったからだ。謎が謎を呼ぶ演出で、ゾッとさせられる部分もあるが、もうひと捻りほしかった。
「闇の論文」研究員の丸山真一が、癌の診断に行われる生研が癌の転移を引き起こす可能性について、マウスで科学的に実証したにもかかわらず、論文提出を認められないという。理想と現実のギャップに苦しむ登場人物の姿に、組織で働く者の悲哀を感じる。
「悪いのはわたしか」精神科医の深見百合のもとに「二度と人前に出られなくしてやる」という脅迫状めいた投書が届く。怪文書の犯人もエスカレートしていくあたりは典型的なサスペンスだが、犯人対被害者の構図は終盤、見事にひっくり返る。大技が鮮やかに決まるサイコロジカル・スリラー。
「絵馬」科学のみを信奉し、信心が全くない内科医の小栗は、病院近くの神社で心臓外科の長谷部秀雄の筆跡らしい絵馬を手に取り、落として割ってしまい、それをゴミ箱に捨ててしまう。極限状態における人間心理の変容が、滑稽かつ残酷に描かれたホラーミステリ。
「貢献の病」落ち目のベストセラー作家が原作のアニメ化の莫大な著作権使用料を巡って裁判に打って出ようとする。善意の裏にあるエゴや、社会的な有用性を求めすぎる現代人の脆さを突きつけている。
「リアル若返りの泉」元小学校の男性教諭がある朝、薄かった頭髪が増えているのに気づいたのをきっかけに若返りを始める。若返ることは本当に幸せなのかという問い掛け、欲望の果てにある虚無感を描いている。


No.731 6点 我らが隣人の犯罪
宮部みゆき
(2026/01/18 10:07登録)
日常の何気ない風景の裏側に潜む謎や、人間ドラマを描き出した5編からなる短編集。
「我らが隣人の犯罪」隣人の飼い犬の鳴き声に悩まされた三田村家。叔父の毅彦は犬を誘拐する計画を立てる。近隣トラブルという身近なテーマから始まり、ユーモラスなやり取りを経て、最後には社会の闇を暴く結末へ繋がる構成は見事。
「この子誰の子」中学生・サトシの家を赤ん坊を抱いた見知らぬ女性・恵美が訪れてくる。彼女は「この子はあなたのお父さんの子」と言い、そのまま居座ってしまう。血縁という重いテーマを扱いながらも、ラストは不思議と温かい余韻が残る。
「サボテンの花」定年退職を控えた小学校の権藤教頭のもとに、卒業を控えた6年生たちが「サボテンには超能力がある」という研究結果を持ってくる。一見すると微笑ましい子供たちの実験だが、その背後には大人社会の理不尽さへの抵抗や、恩師への深い愛情が隠されている。
「祝・殺人」結婚式場でエレクトーン奏者として働く女性が、ある披露宴で起きた不可解な事件に巻き込まれる。結婚式という「表向きの幸せ」の場で、人間のエゴや嫉妬が浮き彫りになる様子が皮肉たっぷりに描かれている。
「気分は自殺志願」売れない若手作家の「僕」は、老紳士から「自分を殺してほしい」という奇妙な依頼を受ける。生きることの虚しさと可笑しさを描き出しており、深刻な内容だが読後感は爽やか。


No.730 6点 踊る手なが猿
島田荘司
(2026/01/14 08:44登録)
さまざまなジャンルの作品が楽しめる4編からなる短編集。
「踊る手なが猿」地下街の喫茶店で働く亀永純子は、向かいにあるケーキ屋のガラスケースにある猿の人形が気になっていた。純子が目にするたびに赤いリボンの位置が移動していたのだ。リボンの動きという違和感が思いも寄らぬ秘密へと繋がっていく構成は、作者の独特な発想力が光っている。最後のページの台詞で、人間心理の不可解な深淵をのぞかせている。
「Y字路」三田瑛子は自宅マンションに帰ると、見知らぬ男性の死体が転がっているのを発見する。婚約者と相談の上、事故を装う計画を立てる。玉の輿への執着から視野が狭くなった主人公の心理描写と、その哀れな運命が印象的。
「赤と白の殺意」主人公の「私」は、ある心理テストをきっかけに、自分には殺人の記憶が抑圧されているのではないかという疑念を抱くようになる。物足りなさはあるが、過去のトラウマと向き合う主人公の心理描写には独特の緊張感がある。
「暗闇団子」武士の身分を捨てて加賀から江戸へ出てきた若者と、吉原の花魁との悲恋物語。ミステリというよりは、江戸の下町を舞台にした純粋な恋愛小説として読ませる。作者の時代考証の丁寧さと人情描写の巧みさが存分に味わえる。


No.729 5点 キツネ狩り
寺嶌曜
(2026/01/08 09:13登録)
バイクの事故で婚約者を亡くし、同乗していた自身も右眼を失明するという重傷を負った女性警察官の尾崎冴子が主人公。その尾崎が、かつての事故現場を訪れたところ、フラッシュバックのような現象に襲われ、自己の再現映像を目にする。彼女と弓削拓海警部補と、深澤航軌警視正の三人は、継続捜査支援室というチームを結成し、この能力を活用した捜査を始める。
深澤は尾崎に未解決の一家四人惨殺事件の再捜査への協力を要請する。尾崎の能力は親友の担当医を含めた4人だけの秘密なので、尾崎がつかんだ情報に添うように搦め手を使いながら捜査を誘導していく工夫が読みどころ。
尾崎の能力には、見えるだけで過去に干渉できない、証拠として法的に扱えない、使用には肉体的・精神的負担が伴うという強い制約が設けられており、この制約により主人公たちは能力で得た現実の警察手続きに、どう落とし込むかという知恵比べを強いられる。これが設定の荒唐無稽さを抑制し、独特のもどかしさと緊張感を生み出す最大の魅力となっている。
傷を追いながら強く立ち向かう尾崎、元上司の弓削、策士の深澤、そして犯人の不気味さと人物造形が素晴らしい。作者はグラフィックデザイナーという経歴もあり、文章は映像的なので特殊能力をもう少し活用して手直しすれば、ドラマや映画化しても面白いと感じた。


No.728 8点 双月城の惨劇
加賀美雅之
(2026/01/03 09:21登録)
舞台は第一次大戦後のドイツで、ライン川流域の古城「双月城」。城主は美しい双子の姉妹のカレンとマリア。語り手であるパトリック・スミスが城を訪れた直後、満月の部屋で首と両手首を切断された死体が発見される。部屋は完全な密室状態だった。その後も第二、第三の悲劇は続く。
古城を舞台にしたゴシック調の暗鬱で神秘的な空気を醸成し、この世界観が事件の不可解さを増幅し、戦慄と没入感をもたらす。また密室トリック、首無し死体、双子姉妹、古城の伝説など古典的ガジェットを徹底的に活用しており魅了される。特に「満月の部屋」のトリックは、城の建築構造と心理的ミスリードが融合され完成度が高い。
パリ警察の予審判事・ベルトランの冷徹な推理力とその知性とカリスマ性が物語に緊張感を与えている。また甥であり助手のパトリックが語り手となる構成により、ベルトランの神秘性が際立つ一方、人間味も描かれる。この人間関係性が魅力的。
カーの贋作として構成され、バラコンの事件として書かれたらしいが、見事に怪奇的な作風を醸し出している。物理トリックや偽装など、多重の謎を層状に配置し、解けたつもりでも何度も裏切られる仕掛けが特徴的で、不可能犯罪の連打は板についた筆致である。本作は古典的ミステリの様式美を味わうべきであり、完全な論理的整合性を求める人には向いていないかもしれない。


No.727 6点 密室法典
五十嵐律人
(2025/12/28 08:04登録)
霞山大学のロースクールに進学した古城行成と自称助手の戸賀夏倫、そして新メンバーの矢野綾芽を交えた3人が様々な法律が関わる事件や謎を解決していく4編からなる連作短編集。
「密室法典」模擬法廷と呼ばれる教室で、恐竜の着ぐるみを着用したロースクール生が意識不明の状態で発見された。なぜ密室を作るのかという動機の部分に現代性を反映させている。作者の弁護士ならではの法律知識が活かされている。
「今際言伝」美容整形クリニックの創始者である祖父が亡くなるが、矛盾する2通りの遺言書を作成していた。さらに故人は便箋を握っており、そこには奇妙な図形が書かれていた。遺言、相続という法律問題を深く扱った社会派の一面とダイイングメッセージのミステリが結び付いた作者らしさが光る。
「閉鎖官庁」矢野綾芽は、就職活動で各省庁の面接を受けていた。そこで出会った高校時代のクラスメイトから失踪宣告にまつわる法律相談を持ち掛けられる。失踪宣告や相続手続きの猶予期間といった具体的な法律知識が、登場人物の切実な動機と深く結びついている。爽やかでありながらビターな後味。
「毒入生誕祭」コンセプトカフェで働く夏倫は、同じキャストのノエルの生誕祭を手伝うことになる。そこでシャンパンタワーを注文した客が嘔吐し救急搬送されてしまう。事件の真相は分かりやすく、叙述トリックとしての驚きもなかった。


No.726 5点 サンタクロースのせいにしよう
若竹七海
(2025/12/24 17:03登録)
クリスマスにあわせて読んでみた。
ユーモアとほろ苦さが絶妙にブレンドされた7編からなる連作短編集。
「あなただけを見つめる」彦坂夏見から、友人の松江銀子が同居人を探しているという電話があった。料理さえしてくれれば家賃は要らないという好条件だったので同居することになったのだが。不気味な老婆の幽霊を登場させるが、別のネタに繋げていくところが巧み。
「サンタクロースのせいにしよう」クリスマスイブの夜、近所のうるさ型の鈴木さんが、ゴミ捨て場から死体を発見したと大騒ぎになる。コミカルな展開と巧みな仕返しに爽快感を覚える。
「死を言うなかれ」銀子が姉の沓子から聞いた話。沓子の隣の家に住むおばあさんの庭から、チューリップが球根ごと無くなったというのだ。柊子と曽我竜郎との推理合戦が楽しめる。最後に明かされる真相とタイトルとの響き合いもいい。
「犬の足跡」最近立て直した山岡さんの家のガレージのコンクリートに犬の足跡が残っていた。コミカルな導入から一転、人間の孤独や切なさが描かれている。
「虚構通信」銀子の妹で女優の卯子が自殺。そんな時、柊子に夏見の友人・内気田しのぶから電話が掛かってきた。彼女は香港で卯子に殺されかけたことがあると語る。サスペンスのテイストを持った作品。作者らしい「毒」や「苦み」が強く表れている。
「空飛ぶマコト」柊子は台湾行きの飛行機の中で喧嘩する奇妙なカップルの会話に興味を惹かれる。少々、作為性が強すぎる感がある。
「子どものけんか」柊子と夏見、竜郎の三人で出掛けた公園の花見で、竜郎の大事なビデオカメラが壊されてしまい、夏見と竜郎は険悪になる。誰が壊したのかよりも、どのように対応するかという点にウエイトが置かれている。そして事件を通じて、新たな一歩を踏み出そうとする姿は清々しいものがある。

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