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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:1177件

プロフィール| 書評

No.837 5点 見知らぬ人
エリー・グリフィス
(2021/09/12 20:48登録)
 バツイチで一人娘をもつ45歳のクレア・キャシディは、中等学校タルガース校の英語教師。ある日、同僚で親友のエラが殺害される事件が起きる。警察は内部犯を疑い、同校の教師や生徒を調べ始めるが、犯人はなかなか明らかにならず、そんな中第2の殺人が。事件現場に残されたメモや、関係者の言動にたびたび現れる、往年の作家・ホランドの作品「見知らぬ人」からの引用は何を意味するのか。女性刑事ハービンダー・カーは独自の感性から事件の真相を暴きにかかる。

 現校舎に住んでいたという地元作家の、代表作からの不気味な引用句、学校に流れる霊のうわさ、バツイチ女性の母娘関係、閉鎖的な教師の職場関係、などいろんな要素が織り込まれて退屈しない展開ではあるのだが、ミステリとしては平均水準かな。


No.836 8点 蝶として死す 平家物語推理抄
羽生飛鳥
(2021/09/11 12:23登録)
 時は平安時代末期。最高権力者・平清盛の異母弟である平頼盛は、朝廷の職を剥奪され、不遇をかこつていた。自らが率いる一家郎党を守るためにも、政界で再び浮上しなくてはならない。そんな折、清盛が都中に放った使いの者の一人が殺害されたとの報せが入る。一族きっての知恵者と言われる頼盛は、その下手人を突き止めることで、朝廷復帰への足掛かりにしようと目論むが―
 平家全盛の平安末期から、源氏によって滅ぼされるまでの時代を、類まれな頭脳を武器に生き抜いた、一人の平家武士の物語。

 史実を下敷きとし、当時の社会状況、文化風俗、武士の生き方を優美に描きながら、その舞台設定を生かした謎解きが巧みに仕組まれていて非常に面白い。謎は歌、香(こう)、薬などの時代的な道具立てにより彩られ、動機には武士の価値観が通底する。
 歴史ミステリの魅力を体感できる快作。


No.835 6点 死の黙劇
山沢晴雄
(2021/09/05 21:51登録)
 アマチュア作家としてミステリファンには知る人ぞ知る、という位置づけの山沢晴雄の本格ミステリ短編集。
 おそらく総作品数がそれほど多くないためだと思われるが、刊行された作品集ではかぶっているものが多い。私は「離れた家」を読んでいたが、表題作を含めた「砧順之介」シリーズの4作品はまるかぶりだった。といっても、読んだのが随分前だったので、普通に再読して楽しめたのだが。
 著者が生前好んで用いていたのが「手品文学」というように、とにかく謎解きを主目的としたパズラーにかなり特化している。トリック重視というよりトリック主体で、複雑に仕掛けた仕組みで謎解きを楽しむ「クイズ小説」といってもいいぐらい。その嗜好に当てはまる読者にはこのうえなく楽しい一冊になるだろう。
 「京都発”あさしお7号”」などは、全く離れた事象が次第につながっていく様相が非常に面白かった(偶然要素が強いのは目をつぶろう)。ただそのような趣向であるため登場人物がすべて記号的な存在で印象に残りにくく、誰が何の人だったか、短編でありながら何度も前のページを繰ることになったが。


No.834 6点 ナキメサマ
阿泉来堂
(2021/08/30 21:04登録)
 倉坂尚人のもとを一人の女性が訪ねてきた。女性は、高校時代に付き合った小夜子のルームメイトで、小夜子が帰郷したきり音信不通で帰って来ないので心配になり、一緒に来て欲しいという。尚人は迷いながらも「小夜子は今でも倉坂さんが好きなんだよ」という一言に魅かれ、彼女の故郷・稲守村に向かう。ところが小夜子はとある儀式の巫女に選ばれすぐには会えないと言う。村に滞在することになった尚人達だが、ある晩、神社を徘徊する異様な人影「ナキメサマ」と、人間業とは思えぬほど破壊された死体を目にすることになる…。第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞・読者賞受賞作。

 宗教的な儀式や、それに纏わる因習が根強く残る人里離れた村、という日本ホラーの舞台設定はどれだけ使われても飽きることはない。超常的な現象を是とした特殊設定も、本作がホラーであることを踏まえれば十分容認でき、その上でのミステリ(謎解き)も巧みに考えられていた。ただいかんせん、然り気なく示したつもりであろう伏線が結構印象深くて、ラストの「どんでん返し」が予想の範疇になってしまったのが残念。とはいえ、「ナキメサマ」を祀る所以や時差を惑わせる章立てなど、良く考え込まれた一作であることは十分に感じられ、それを堪能できた。


No.833 7点 死亡通知書 暗黒者
周浩暉
(2021/08/30 20:30登録)
 2002年、省都A市でベテラン刑事が殺された。刑事が追っていたのは18年前に起きた爆破殺人事件で、それは〈エウメニデス〉と名乗る人物による予告殺人だった。強引に捜査に割り込んできた刑事・羅飛(ルオ・フェイ)は、その爆破事件で恋人を殺された当事者だった。羅飛と事件の専従班とともに、さらなる犯行を食い止めるべく奔走するが――中国で圧倒的な人気を誇り、世界で激賞された華文ミステリ最高峰のシリーズ第一弾。
 
 
 〈エウメニデス〉の正体を追うのが当然物語の本筋で、その本筋に対する解答も(途中から予想はできたが)面白いながら、そこに辿り着く「2分間のズレ」の推理が秀逸だった。羅飛(ルオ・フェイ)を含めた登場人物の「イッちゃってる」感じも上手く使いながら、何度も読者の想定を覆すやり口はジェフリー・ディーヴァー的なストーリーテーリングの妙を感じるところもあった。
 唯一、中国作品に読み慣れていないので、登場人物の読み方がなかなか頭に入らず…続きを読み始める度に巻頭の登場人物表を見返していた(笑)


No.832 10点 忌名の如き贄るもの
三津田信三
(2021/08/23 22:15登録)
生名鳴(いななぎ)地方の虫絰(むしくびり)村に伝わる「忌名の儀礼」。8年前にその儀礼で九死に一生を得た女性・尼耳李千子と、言耶の大学の先輩が結婚することになった。二人の結婚を認めてもらうために、李千子たちの帰省に同行することになった言耶。奇しくも同じ時、虫絰村では李千子の腹違いの弟・市糸郎の「忌名の儀礼」が執り行われていた。ところが、儀式の途中に市糸郎が何者かに殺される。いったい、村では何が起こっているのか―

 刀城言耶シリーズの第11作目。
 終末にかなり近づくまで事件は1件のみで、途中も民俗学の薀蓄に多くを割き、第十五章「事件の真相」で語られる言耶の推理と真相もこねくり回したうえでの飛び道具のような着地で、正直残りのページ数を見ながら不安に思いながら読み進めたのだが・・・
 最後まで読んで、大満足!
 そういえばこうした手法こそ、三津田氏の真骨頂だった!!

 「本格ミステリ・ディケイド」(2012・原書房)というガイド本に挿入されていたエッセイで、三津田氏は、「(ミステリには)絶対に伏線は必要になる。にも拘らず伏線のない、または弱すぎる作品が増えている気がする」と、昨今(当時)のミステリ情勢に対してかなり辛辣な見解を述べ、本格ミステリの衰退に警鐘を鳴らしていたが、さすがその三津田氏である。
 上に描いた物語前半の展開も、そこに実は隠されていた伏線を最後に思い知らされ、その緻密な創作手腕に脱帽。
 シリーズ中でも強く印象に残る作品だった。


No.831 6点 復讐の協奏曲
中山七里
(2021/08/22 12:30登録)
 少年時代に幼女誘拐殺人を犯し、「死体配達人」として世を震撼させた経歴を持つ弁護士・御子柴礼司のもとに、800人以上の一般人から懲戒請求書が届く。それは〈この国のジャスティス〉と名乗る者が、ブログで世間を扇動したためだった。対して御子柴は、すべてに損害賠償を請求し、徹底抗戦することに。事務員の日下部洋子は膨大な事務作業に追われることになった。そんな矢先、ある晩洋子が会食した男性が殺され、洋子が容疑者に。洋子の弁護を引き受けた御子柴は、いつものやり方で弁護業務を進めていく。すると、今まで知らなかった洋子の出自が明らかになり・・・

 御子柴シリーズ第5作。今回は、これまで陰で御子柴を支えてきた事務員・日下部洋子が物語の核になる。また、金と名誉だけを求める外道弁護士・宝来兼人が御子柴の事務所を手伝うという副次的な要素も加わり、シリーズを通して読んできた者には楽しめる要素が多い。
 ただ、ミステリとしては仕掛け方がやや甘く、殺人事件の犯人と凶器のトリックはある、「苗字」が出てきたときにピンときた。そもそも前半で不可解な消え去り方をしているのに、それが放置されているのがひっかかっていたのですぐに分かってしまった。
 本シリーズが好きなので、御子柴の「御子柴らしさ」を読み味わうこと自体私は楽しいが。


No.830 7点 ボーンヤードは語らない
市川憂人
(2021/08/22 11:41登録)
 シリーズ初の短編集だが、全てフーダニットの本格ミステリで、短編であってもきちんと作りこんで質を落とさない作家さんだなぁと思った。
 どれも上質の短編だが、漣とマリアの出会いを描いた「スケープシープは笑わない」が、ミステリとしても印象に残った。
 「・・・は・・・ない」というタイトルの縛りがちょっと苦しくなってるかな?とも思うけど(「赤鉛筆は要らない」なんか特に)。


No.829 6点 五色の殺人者
千田理緒
(2021/08/22 11:30登録)
 第30回鮎川哲也賞受賞作。
 メイこと明治瑞希が介護士として働く高齢者介護施設で、利用者が撲殺される殺人事件が起きた。逃走する犯人らしき人物を目撃したのは5人。ところが、その人物の服の色について、「赤」「緑」「白」「黒」「青」と5人はバラバラの証言をする。一方、容疑者の中には職場の同僚・ハルが心を寄せている青年がいた。青年の無実を証明してほしい、とハルに泣きつかれ、ミステリ好きの「メイ探偵」が事件の真相を探り出す。

 目撃者が証言する服の色が全て違うという、単純で分かりやすい謎と、ライトな文体で非常に読み易い。「赤」「緑」ときたところで、まさか今さら海外古典に多用されたアレか?と訝ったがそういうこともなく、理論的に解き明かされていた。よい意味で複雑なひねりもなくオーソドックスで、平均的に面白かった、という感想。


No.828 6点 あと十五秒で死ぬ
榊林銘
(2021/08/15 21:53登録)
 タイトルが思わず読みたくなる引きがあってよいね。
 「15秒」を共通テーマにした短編集になっているが、書籍のタイトル「あと15秒で死ぬ」のは厳密には1編目の「十五秒」。これは発想といい仕組みといい、斬新かつ緻密で面白かった。
 「15秒テーマ」という縛りで短編を継ぎ足したという印象もあるが、ラストの「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」などは奇妙な特殊設定下でユーモアも交えながら、ロジカルに犯人当てがなされていて楽しかった。
 今後、どんな作品を書いてくれるのかは楽しみである。


No.827 5点 風よ僕らの前髪を
弥生小夜子
(2021/08/15 21:45登録)
 大学生・若林悠紀の伯父が何者かに殺害された。犯人が分からない中、妻である伯母はなんと、養子の志史を疑っており、悠紀に調査を依頼する。悠紀は従弟である志史の家庭教師をしていたことがあったが、確かに超然孤立した雰囲気に、何を考えているか分からないところがあった。誰にも心を許そうとしなかった志史の過去を調べるうちに、事件の背後にある切ないまでの志史の生きざまを知ることになる。第30回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。

 保護者に虐げられた子供たちの慟哭を描いた快作。ただ、昨今似たような雰囲気の作品があふれていて、こちらも慣れてきてしまっている・・・。
 十分によく描けた作品だと思うのだが。
 まぁ楽しめます。


No.826 6点 ストーンサークルの殺人
M・W・クレイヴン
(2021/08/15 21:22登録)
 イギリス・カンブリア州にあるいくつものストーンサークルで、老人が次々焼き殺される残虐な事件が発生。さらに3番目の被害者にはなぜか停職中の警官・ワシントン・ポーの名前が刻み付けられていた...。全く身に覚えのないポーは処分を解かれ、捜査に加わることに―英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールドダガー受賞作。

 猟奇的な連続殺人に、組織では浮いている(嫌われている)敏腕警官が立ち向かい、縦組織の頭の固い連中を出し抜いて真相を暴き出す―読んでいて楽しいしまぁ安心感はある。ただ、ちょっと最近の海外ものでパターン化しているのは否めないかな。

 捜査本部がパーコンテンション・ポイントを「5」と読み違えていることを、手紙によって指摘してくる時点で警察内部犯であることに気づかなきゃいけないのでは?本編では主人公・ポーをはじめ、まったくそのことに触れていない。そのこともあったから、真犯人は意外なようで「意外さを狙えばまぁこの人だろうなぁ」という予感はあった。
 だから犯人が誰かというよりも、過去に何があったのか?という真相の方が興味深く面白かった。偶然にすぎる糸の手繰り方はついていけない感もややあったが、ポーとティリーの親交を深める様が好ましく、読み進める面白さをかなり担っていた。
 結論として、シリーズ続編が続いているそうなので読みたい。


No.825 5点 ファミリーランド
澤村伊智
(2021/08/12 21:06登録)
 すべて、情報技術が現在よりさらに進化し、老若男女すべてがタブレットでアプリを駆使するのが日常の、近未来を舞台にしたSF短編。

「コンピューターお義母さん」…アプリで嫁の行動を逐一監視し、あげくの果てには性生活まで把握する姑。最後は大団円と思いきや…
「翼の折れた金魚」…薬を使って計画出産をすることが「通常」として常識化され、自然妊娠・出産が「異常」として差別される世の中。
「マリッジ・サバイバー」…婚活成就後もサポートすると評判の婚活サイト。待っていたのは配偶者を徹頭徹尾監視するシステムと、「それが普通」という規範。
「サヨナキが飛んだ日」…家庭の医療ケアを全て行う「サヨナキ」を常備するのが常識となった世界。それに強い違和感と感じる母親と、受け入れている娘。
「今夜宇宙船の見える丘に」…介護する側の負担を考え、要介護者に非人道的とも思える処置が許された世界。
「愛を語るより左記のとおり執り行おう」…葬儀も全てヴァーチャルで行われることが常識となった世界。そこに「昔のやり方でやってくれ」と強硬に言う死期間近の老人が表れて…

 各短編はそれぞれ短編として楽しむには十分の仕上がり。それより、各編のタイトルや、登場者の名称などで、特に一貫性もなく昭和~平成風俗が取り入れられているのが気になる。巻末の〈参考・引用 文献・資料リスト〉の反映先を探すことの方に気がいってしまった。


No.824 7点 兇人邸の殺人
今村昌弘
(2021/08/11 17:17登録)
葉村譲と剣崎比留子は、とある企業に依頼され、テーマパークに隣接する異形の館「兇人邸」へ行くことになった。邸には、2人にも因縁深い戦後の極秘組織「班目機関」の重要資料があるという。さらにそこでは近年、テーマパークの従業員が何人も行方不明になっているとのこと。真相を暴き、資料を回収するために兇人邸へ赴いた葉村らだったが、そこで待っていたのは、とてつもない怪力をもったモンスターだった――。
 班目機関の研究によって生まれたモンスター、閉ざされた空間内で繰り広げられる惨劇、という点で1作目に似た雰囲気の本作。邸の間取りが複雑なうえ、その間取りがアリバイや犯行の可不可に絡んでくるので少々読むのに手間取った。そうした間取りや、モンスターの性質など、数々の特殊条件が設定されていることから、それを生かしたロジックで推理を展開していく手法は本作者の特徴か。
 多少の複雑さはあったが、論理的な推理を組み立てて犯人を明らかにしていく点ではよい意味でオーソドックスで、本格ミステリを安心して楽しめた。


No.823 8点 六人の嘘つきな大学生
浅倉秋成
(2021/08/11 16:58登録)
 就活中の大学生・波多野祥吾は、大人気IT企業「スピラリンクス」最終選考に残った。最終選考の課題は、祥吾を含めた残った6人でのディスカッション。「全員合格もある」という人事部の言葉を受け、皆で内定をとろうと協力する6人だったが、試験日前日、突然会社から連絡が。それは、急遽採用が「1人」になり、ディスカッションの課題が「自分たちで1人の内定者を決めること」になったという衝撃の知らせだった。突如「ライバル」になってしまった6人。試験会場で待ち受けていたのは、6人の過去の罪を告発する怪文書だった――。
 告発文を仕掛けた「犯人」は誰なのか?限定された空間で繰り広げられるフーダニットの面白さもさることながら、物語には「わずかばかりの筆記と、数十分の面接、ディスカッションで人の本質など見抜けるのか?」逆に「パンフレットや表向きの説明だけで、企業の何が分かるのか?」といった、「就活とはいったい何なのか?」を問うテーマ性がある。
 試験当日のディスカッションで互いの信頼が揺らいでいく様子と並行して、「合格者」が数年後に関係者にインタビューする様が描かれていく。最後に明かされる真相も見事で、とても楽しめる一冊である。


No.822 4点 最後の一撃
エラリイ・クイーン
(2021/08/11 16:40登録)
 クリスマス休暇の12日間、毎晩謎の人物からプレゼントとカードが届けられ、その内容が次第に不穏なものになっていく・・・という展開自体は面白いのだが、なんといっても結末が△。隠れた双子の存在という明らかに「偽」と分かる誘導もあざとかったが、最大の謎であるカードに隠されたメッセージについては、あまりにも凝りすぎている上に、知識に拠るところが大きすぎて…。こういう「分かる人は分かる」みたいなのじゃなく、「気付いてみれば、誰にも分かるはずだった」盲点を突くのが本式じゃないかと思うのだが。


No.821 6点 オクトーバー・リスト
ジェフリー・ディーヴァー
(2021/07/31 22:15登録)
 ガブリエラは、秘密のリスト「オクトーバー・リスト」と多額のお金を引き換えにと、娘を誘拐された。警察には真相を通報はできない中、協力してくれる仲間と誘拐犯との交渉に。しかし物語は最終章から第1章へ逆をたどっていくという前代未聞の構成で、本事件の真相が時間軸を遡って次々に明らかにされていく。そして最後の(?)第1章―「そういうことだったのか!」
 試みとしては面白いが、通常のミステリにおける推理もいわば「起こったことを逆に辿って真相にたどり着く」過程を描いているわけで、それを「推理」ではなく純粋な「種明かし」にしているだけとも言える。細かい展開においていつも結果が先に来て、そこまでの過程がそのあとに描かれるので、単純に読みにくさもあった。
 とはいえラストでは、冒頭から見えていたものが全く違った意味をもつように覆され、巧みな仕掛けは作者らしさを感じた。


No.820 6点 死んだレモン
フィン・ベル
(2021/07/31 21:49登録)
 交通事故により下半身の自由を奪われ、車椅子の身となったフィン・ベル。物語はフィンが、崖で宙づりになっている絶体絶命の現在から始まる。そこから、人生をやり直すつもりでこのニュージーランドの片田舎にやってきた数か月前からの回想が描かれ、過去の事件に巻き込まれていったストーリーが展開される。
 田舎の漁村という閉鎖された人間関係の中で、昔起きた幼女誘拐殺人事件。真犯人は囚われないまま現在に至り、村人はそのことから目を背けるように生きているが、村人と交わりのない変人、ゾイル兄弟の仕業だと皆が思っている。そんなゾイル兄弟の隣人となった主人公は、その理不尽な振る舞いが許せず、村人に止められつつも戦いを挑もうとする。
 牧歌的な舞台で繰り広げられる陰湿な探り合いは、往年の海外ミステリの雰囲気に似ていて興趣深かった。真相がどうなっているのか皆目分からないまま進んでいく中盤は少し退屈だったが、そのぶんラストへの期待は高まり、それなりの意外な真相が用意されていたのでまずますの読後感だった。


No.819 6点 神の悪手
芦沢央
(2021/07/22 17:35登録)
 棋界を題材にした短編集。この人にはこんな引き出しもあるのか、と感嘆した。
 正直将棋には全く詳しくないので、詳しい人のように将棋的に楽しめたわけではないが、一つ一つの「手」がそんなに分からなくても十分楽しめる。それは言い換えれば将棋の仕組みが謎に絡んでいるわけではないということなので、将棋好きな人には不満な点になるかもしれないが(特に「弱い者」「ミイラ」などは。)
 ラストの「恩返し」は駒師の話で、個人的には面白かった。


No.818 8点 invert 城塚翡翠倒叙集
相沢沙呼
(2021/07/22 17:24登録)
 2019年のミステリ界を揺るがせた名作「medium」の美少女霊媒探偵・城塚翡翠再びの登場。今度のは犯行場面が先に描かれる倒叙式の中編3編。翡翠が犯人を追い詰めていく過程で、何を手がかりにしてどんな推理をしたのか、読者は推理させられる。
 2作目にしていきなり「警部補 古畑任三郎」のオマージュになっていて笑えた。「よろしいですか、よろしいですか」といった語り口調もおそらく意識していて、読んでいるうちに頭の中で田村正和の声が重なって聞こえてきた(笑)
 犯人が遺した微細な手がかりや、綻びをとりあげ、ラストで論理的に追い詰めていく展開は見もの。とはいえ今回はオーソドックスな倒叙モノか、と思わせておいて…読者をあっと言わせる仕掛けは健在だった。

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