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ミステリの祭典

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平均点:6.35点 書評数:221件

プロフィール| 書評

No.21 6点 行き止まりの挽歌
栗本薫
(2011/02/06 17:35登録)
新宿西署のはみだし刑事・梶竜介は、バンドマン殺しの容疑者として、被害者が想いを寄せていた暴走族の少女にアタリをつけ、執拗に自白を迫るが、暴走して捜査班をはずされる。一見、単純に見えた事件の裏には、暴力団と政治家の癒着があり・・・

昭和56年(1981)のノン・シリーズ長篇です。このところ栗本薫を読み返していたら、つい未読分が気になりだして、え~いこの機会にと手に取りましたの一冊。
物語は、捜査のパート(全体の2/3ほど)から、あるプロット・ポイントをへて、逃亡のパートに切り替わるのですが、悪徳刑事の捜査行を描く前段は、ダメダメ。
なんらの物証もなく少女を犯人と決め付け、いたぶり、あげくレイプするにいたっては、本を投げ出そうかと思いましたね。
まったく共感できないキャラクターに輪をかけて、刑事が日常、拳銃を携帯している(マンションの自室に持ち帰っている!)設定の非常識さ。
そんな本書を若書きの駄作から救い、忘れ難いものにしているのは、後半1/3の逃避行のシークエンス、あえていってしまえばラストシーンの演出(のみ)です。
主役を退場させ、“傍観者”にスポットをあててドラマを締めくくる、その手際。モノローグの一言一言が胸を打ち、「行き止まりの挽歌」というタイトルが、叙情味たっぷりの動かせないものになります。
ハードボイルドや警察小説というより、ノワール(当時、そんなジャンル区分はありませんでしたが)ですね、こりゃ。
背後の“悪”はそのままなので、梶のあとを継ぐ者を主役に、シリーズ化もできそう。ジェイムズ・エルロイなら、はなから新宿○部作構想でしょう。
できれば――とっかかりのバンドマン殺しの経緯は、犯人の告白をもっても釈然とせず(突発的な犯行と、事前に凶器を購入した行為の齟齬)、少し手を入れて欲しかったかな。
一筆書きの勢いと、細部の粗さ。栗本薫を採点しようとするとき、いつもこのへんの相克に悩まされますが、本書も例外ではなかったw

(付記)ひとまず、刑事を主人公にしたハードボイルドという観点から、ジャンル登録しました(2012・11・13)。


No.20 8点 ミステリマガジン2010年4月号
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2011/02/04 13:21登録)
特集は「秘密のアガサ・クリスティー」。
掲載された“幻の未訳2篇”、「犬のボール」と「ケルベロスの捕獲」は、それを収めたジョン・カランの『アガサ・クリスティーの秘密ノート』(クリスティー文庫)が刊行されたいまとなっては、有難味も失われてしまいましたが、真打はこちら。
瀬戸川猛資訳(松阪晴恵=補訳)戯曲「ホロー荘の殺人」です。

アンカテル一族が週末に集った、ロンドン郊外のホロー荘。
庭園に面した部屋(全三幕を通しての舞台)に銃声が轟き、一同が駆け付けると、医師のジョンが死に瀕し、そばには妻のガーダが拳銃を手にして立ち尽くしていた。夫の裏切りに気付いた、彼女の犯行なのか? ジョンは、最後の気力を振り絞り、ある一言を残すが・・・

探偵小説と恋愛小説の融合ともいえる、1946年の秀作『ホロー荘の殺人』を、著者が51年に劇化したもので、目下のところクリスティー文庫には未収録。
今回の採点対象に決定w
原作に関しクリスティーは、自伝の中で、「ポアロの登場が失敗の小説」「彼を抜きにしたらもっとよくなるのではなかろうか」と述べており、「ナイル河上の殺人」同様、ポアロをはずして脚色しています(パスカル・ボニゼール監督の映画版『華麗なるアリバイ』も、それを踏襲していますね)。
小説版のポアロは、事件(直後)の目撃者という役割を振られながら、探偵役としては機能しておらず、事件の推移と帰結を見守る人(大いなる父性を感じさせる、バイプレイヤーの一人)にとどまっているので、この修整は必然でしょう。
彼を積極的に謎解きに関与させる、という方向での改変は――まあ無理ですね。中心になる犯行計画の杜撰さは、本来、“名探偵”の前に持ちこたえられるものではありませんから。
戯曲版では、単純で幼稚な犯行(小説より、ひとつ小細工が増え、それが逆に首を絞める結果になる)が犯人像をきわだたせ、その人物が仮面をかなぐり捨てて生地をむき出しにするクライマックスは、迫力満点です。探偵役――と言えるかどうか? 手掛りを追う警察とは別に、被害者の遺志を理解することで真相を把握できた、本編の主人公――が食われているw
重層的な原作小説の、削られたエピソードの数かず(たとえば被害者の医師と、患者のお婆さんの交流、あるいは完成した彫像に致命的な欠陥を発見し、断腸の思いでこれを破棄する芸術家の挿話――じつはこれ、心理的な伏線だったりするところが、クリスティーの凄みなわけで――)に思いがいたるのは事実ですが、少数精鋭の愛憎劇として、演じ手を刺激する充実の脚本(ホン)に仕上がっていると思います。
うん、この舞台は観てみたい。


No.19 8点 宝石 昭和30年6月増刊号
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2011/02/04 12:24登録)
<探偵小説全書>と銘打ち、日本人作家による名作短編の再録や、トリック課題小説の書き下ろし競作を並べるいっぽうで、「クリスティ研究」の特集を組んでおり、実作の目玉はなんといっても、そこに掲載された、クリスティーの戯曲「ナイル河上の殺人」Murder on the Nile (長沼弘毅訳)でしょう。
今回は、これに絞っての採点とします。

1937年の傑作『ナイルに死す』 Death on the Nile を、作者みずから48年に劇化したもので、クリスティー文庫未収録作品。
なぜ戯曲の訳題が「ナイルに死す」ではないかというと・・・当時、まだ小説版は未訳だったんですね(ちなみに『ナイルに死す』のポケミス初版の奥付は、昭和32年10月31日)。
しかし、こちらで先に「ナイル」を読んだリアルタイム読者は、不幸だったかもしれません。もちろん単体で見ても、メロドラマチックなミステリ劇の台本として、水準以上とは思いますが、本作をフルに楽しむには、あらかじめ原作を読んでいるに限るからです。

全三幕。場面は、遊覧船「ロオタス」船首の展望サロンに限定されています。
いささかレッドヘリングが過剰だった小説版にくらべると、登場人物は刈り込まれ(名前や設定の微妙な変更もアリ)、三件の連続殺人も二件に減らされています。
そして一番の変更点は、名探偵エルキュール・ポアロが登場しないこと。いちおう、原作のポアロの役どころを承知していれば、“探偵役”が誰か想像することはできるのですが・・・しかし原作のある設定を利用したミスディレクションが、終盤まで余断を許しません。
小説のストーリーを忠実に舞台に移植するのではなく、骨子は押さえながらも、どう変えて、驚きを付加するか――そこに、自作を脚色するさいの、クリスティーのミステリ作家魂を見ます(そのへんの意欲を買って、採点も1点アップとしました)。
幕切れの犯人の処理(死なせるか、生き抜かせるかの選択)は、戯曲版のほうが良いと思います。


No.18 8点 坊主斬り貞宗 人形佐七捕物帳
横溝正史
(2011/01/27 18:00登録)
春陽文庫の<全集>も、6巻目に突入。
収録作は――1.銀の簪 2.夢の浮橋 3.藁人形 4.夜毎来る男 5.離魂病 6.風流女相撲 7.坊主斬り貞宗 8.風流六歌仙 9.緋鹿の子娘 10.本所七不思議
前巻までは、各12話でまとめられていましたが、本書からは10話構成となります。これまでは、ヴォリュームのある中編サイズがひとつ入っていて、それが表題作、というパターンだったのですが、ここからは、トータルの話数が減った代わりに長めの話がもうひとつ増えた(この巻でいえば、7と10が中編サイズ)、とまあ、そういう違いですね。
セカンド・シーズンの開幕ですw
人形佐七ものは、戦前、戦中、戦後と書きつがれています。この<全集>では、それがシャッフルされているわけですが、本書の1~4は、戦後第一作から第四作までが順に並んでいます。
幕府の変革にともない、佐七を贔屓にしていた与力の神埼が失脚、十手捕縄を返上していた佐七が、神埼の復職に応じて復帰を果たすのが1。一の子分・きんちゃくの辰五郎が江戸に戻って来るのが2。そして、辰五郎の弟分の浪花っ子・うらなりの豆六も帰ってきて“ファミリー”が完全復活するのが3。
しかし本書のベストは、なんといっても戦前作品の5と8です。
佐七と生き写しのニセ者が暗躍、とうとう殺しの下手人として捕縛されてしまった佐七の無実の罪を晴らそうと、ファミリーが奔走する5は、シリーズ読者のツボを突きまくる展開がたまりません。ご都合主義を逆手に取った、快作。
いっぽう短編ミステリとして見事なまとまりを見せるのが8。限定された小グループ内の連続殺人をサスペンスフルに描き、解決までのプロセスも、海外古典を消化した本格ミステリの趣向も水際立っています。
表題作の7が水増しで面白みに欠けたり、巻末の10が投げやりな終わりかたで興をそいだり、と、長めの話がいささか足を引っ張っていますが、「離魂病」に「風流六歌仙」という、まったく別種のふたつの輝きが美しく、一読をお薦めしたい巻なので、ここは甘めに採点w


No.17 5点 黒船屋の女
栗本薫
(2011/01/23 19:19登録)
夜の散歩が日課の、孤独な画家・寺島が、悲鳴を聞きつけ飛び込んだのは、凄惨な犯行現場――古びた洋館に押し入った浮浪者が、画商の主人を刺し、その妻を暴行している最中、刺された画商が刃物を拾い、浮浪者を後ろから刺し殺して絶命――だった。
生き残った女・紫乃は、竹久夢二の描く絵を思わせ、その退廃的な雰囲気で寺島を魅了するが、彼女のまわりでは、その後も次々と事件が起こり・・・

昭和57年(1982)のノン・シリーズ長編です。
高度経済成長下の日本を背景にしていますが、“現代”の事件から浮かび上がる、戦中・戦後の画壇の愛憎劇が作品のトーンを決定しており、ヒロインの肖像もあいまって、“時代物”のムードで染め上げられています。
現実とおりあえない主人公が、魅力的な“異界”と触れ合い、そこで生きたいと願いながら最後ははじき出される――栗本薫の王道パターン。
そして、見切り発車したストーリーを、イマジネーションと話術だけで引っ張っていくため、ミステリとして説得力に欠けるのも相変わらずw
一例をあげると、納戸でひとり絵に見入っていた主人公が、背後から殴られ、昏倒するエピソード。唯一の出入り口である引き戸をあけると大きな音がするはずなのに、そんなこともなく、犯人はどこから現れたのか? という一種の密室状況なのですが――いくらなんでもその方法では、気配で気付かれるでしょう? というか、そもそもなんでそんなバカな襲い方をする必要があるわけ?
いや~、この人の場合、いつも採点は悩ましいw
ヒロインの魅力が薄れていき、終盤、別なキャラクターに比重が移る、それにともなう逆転、芸術家ものとしての凄み――をひとまず評価しますが・・・“女”を描くはずが“男”の小説に着地してしまったのは、この作者の資質がどのへんにあるかを、如実に物語っていますね。


No.16 6点 ネフェルティティの微笑
栗本薫
(2011/01/18 17:30登録)
栗本薫がエネルギッシュに活躍していた、昭和56年(1981)――じつにこの年の著作、20冊!――のノン・シリーズ長篇です。

失恋の痛手を忘れるべく、未知の国エジプトへ渡った大学生・森岡秋生は、古代の王妃ネフェルティティを思わせる容姿の日本人女性・小笠原那智と出会う。
エジプト人と結婚しこの地で暮らす、那智の謎めいた魅力に惹かれていく秋生だったが、見学のため二人で訪れたピラミッドの中で、停電騒ぎの最中、那智は正体不明の男に襲われ、その犯人ともども不可解な消失をとげる。彼女は殺されたのか?
日本人留学生・佐伯の助けを借りて、秋生は謎の解明に奔走するが・・・

ピラミッドという密室、懐中電灯に浮かび上がる惨劇――道具立ては充分です。しかし、作者の自負(秋生いわく「すべて、理由なく、ミステリー・マニアのひねくりまわす無意味なパズルや、複雑な飾りものとしてだけつくりあげられた謎であるとは、ぼくには思えなかった」)とは裏腹に、不可能犯罪を演出する理由づけが弱いですし、血痕の問題等、齟齬も目につきます。
なにより犯行計画全体が、エジプトという国の(あくまで栗本ワールドの、異界としてのエジプトの)特殊性に立脚した、きわめて大味なものであるわけで――実際のエジプトにくわしい人がこのお話を読んだら、そのアバウトなエジプト観に腹を立てるんじゃないかな?
そういうわけで、作者の別な狙いがハウダニットとは別な部分のサプライズにある(栗本薫がクリスティーを好んでいたことがよくわかる)としても、これをミステリとして買うわけにはいきません。
けれども――例によって(デビューから数年の、この頃の栗本薫の)ドラマづくりと、それを生かす文章テクは、ホント、巧いんだよなあ。
クライマックスの祭りの場面の鮮やかさ。そのリズムとテンポ。喧騒と静寂。自由を求め飛び立った鳥と、あとに残された者の対比。
そしてエピローグ――余韻たっぷりに決めてくれます。作者のどや顔が見えるようですがw 心に残ります、ハイ。


No.15 5点 春宵とんとんとん 人形佐七捕物帳
横溝正史
(2011/01/12 10:03登録)
春陽文庫の<全集5>です。
収録作は―― 1.春宵とんとんとん 2.三河万歳 3.蝶合戦 4.女難剣難 5.まぼろし小町 6.蛇性の淫 7.猫屋敷 8.蛇使い浪人 9.狐の裁判 10.どくろ祝言 11.黒蝶呪縛 12.雪達磨の怪
今回は・・・ちと低調かな。
ミステリ的趣向に着目するなら、異様な凶器を取り上げた表題作の1と、足跡のない殺人テーマの12が、まあ印象に残るとはいえますが、全体に、あっけなかったり、焼き直しだったり、後味が悪かったり、といった話が目につきます。
“お色気”のサービスも、1の冒頭の、4ページにわたる書き込みが象徴するように、いささか過剰気味。
佐七のベスト10を選出するとき、挙げたい作が見当たりません。

ここまで5巻にわたって、60編(シリーズ全体のちょうど三分の一)を再読してきた中間報告をしておくと――
ベスト10候補は、「ほおずき大尽」(1巻)、「五つめの鐘馗」(2巻)、「雪女郎」(2巻)、「神隠しにあった女」(3巻)、「恋の通し矢」(4巻)あたりでしょう。
別格は、ともに1巻収録で、佐七の一番手柄「羽子板娘」と、恋女房・お粂との出会いの記「嘆きの遊女」。
個人的な“お気に入り”なら、「佐七の青春」(1巻)と「日食御殿」(4巻)です。


No.14 7点 そして誰もいなくなった(戯曲版)
アガサ・クリスティー
(2011/01/11 11:11登録)
クリスティーが、自身のはなれわざ的傑作を脚色した三幕劇(小説の発表は1939年、劇化は43年)で、早川書房のクリスティー文庫には未収録。
瀬戸川猛資訳(94年の大阪/近鉄劇場の公演用)を是非読んでみたいと思っているのですが、公刊されていません。私が目を通したのは、1984年に新水社から刊行された、福田逸訳(および「ミステリマガジン」1990年10月号掲載の麻田実訳)です。

ニセの依頼や招待状で、デボン州の海岸沖にある、黒んぼ島(黒人島)の屋敷に集められた十人の男女が、童謡「十人の黒んぼの子供たち」(「十人の黒人の子供」)の歌詞に見立てて、一人また一人と殺されていく・・・

英版の戯曲 Ten Little Niggers にもとづく翻訳のため、島の名前や童謡が、そういうことw になっています。
ストーリーは、結末の処理(ルネ・クレール監督の映画化で有名?)をのぞけば、原作に忠実w
場面は、三幕を通じて、屋敷の居間に限定されています。そこで、どう人物を登場・退場させ、あのお話を進行させていくか?
手際のいい脚色には感心しますが――ミステリ史上に残るファンシーなパズルが、表層的なサスペンスものに仕立て直された、物足りなさは否めません。
やはり、原作を傑作たらしめているキモは、読者がすべての“容疑者”の心理を覗き見ているにもかかわらず、そこに“犯人”を読みとることができない、という語り(騙り)の妙技なのだよなあ・・・
あと、サイコ・キラーの犯人が、最後の犠牲者を片づけたら(この戯曲版では、結局、失敗に終わるわけですが)、どう自身の決着をつけるつもりだったのか? そのフォローは、あったほうがいいですね。
原作は、ミステリ・ファンに限らず読書人なら必読ですが、こちらは熱心なクリスティー・ファンと、脚色に興味のある向きにお薦め、というところでしょう。

〈付記〉当初、本稿はサイトの意向により、小説版『そして誰もいなくなった』の書評カテゴリーに編入されていましたが、ルール改正にともない、同様の事情の江守森江さんの当該作品評と一緒に、「戯曲版」のカテゴリーへ移動となりました。(2018.7.26)


No.13 5点 魔都 恐怖仮面之巻
栗本薫
(2011/01/07 14:16登録)
久生十蘭からの、“魔都”つながり。
講談社の<創業八十周年記念推理特別書き下ろし>の一冊として、平成1年(1989)の6月に刊行された、ノン・シリーズ長編です。
じつは同年に作者が制作した(上演は8月)、同題のミュージカルの宣伝のために書き下ろしたw 一篇なのですが。

現実世界に絶望した、孤独な作家・武智小五郎が、深い霧の中をさまよい迷い込んだ、彼のインナー・スペース――それは明治四十七年(現実の明治は四十五年で終わり)の帝都。
その世界での彼は、数々の難事件を解決した名探偵だった。
そしていま、すべてが彼好みにデフォルメされた異世界で、友人である警視総監の依頼を受けた武智は、次々に街娼を惨殺していく猟奇殺人犯・恐怖仮面の探求にあたることになるのだが・・・

推理の要素は皆無。武智は直感的に恐怖仮面のアタリをつけ、そこに論理の介在する余地はありません。
作者が書きたかったのは、結局、レトロな舞台で展開する、探偵と○○の恋なのですね。乱歩原作、三島由紀夫脚色の名篇『黒蜥蜴』、あのセンです。
しかし、いちおうは○人○役ないし○重○格という趣向を持ち込んでいるのですから、そこにもう少し説得力を持たせて欲しかった。その努力を放棄している点で、ミステリとしては失格。
いっぽうで――異世界への憧憬、そこでの冒険、そして現実へ帰還してからも消えぬ“望郷”の念を描いたファンタジーとしては、胸打たれるものがあります(採点はそちらのファクターによる)。
作者の生地がむき出しになって、読者に迫って来る感があり、正直、そこに描きだされた安っぽい明治のイメージが素晴らしい(自分も行ってみたい)とは思えないのですが、この頃の栗本薫には(ギリギリまだ)、そういう読者をもねじ伏せるだけの文章の工夫と、パワーがありました。


No.12 8点 魔都
久生十蘭
(2011/01/02 19:41登録)
昭和12年(1937)の「新青年」10月号から、まる一年にわたって同誌に連載された、鬼才の出世作です。十蘭は、戦後、とぎすまされた短編の完成度で名をはせますが、個人的にはこの頃の、自由奔放な書きぶりのほうが好きですね。

昭和9年(’34)大晦日の夜、三流新聞の記者・古市加十が銀座の酒場で意気投合した奇妙な男は、じつは訪日中の安南(現・ベトナム中部)国王だった。酩酊した加十は、王様の愛人が住むアパートに招かれるが、やがて愛人はベランダから墜死し、王様も姿をくらます。
事件が国際問題化することを危惧し、その隠蔽をはかろうとする(急場しのぎに加十を王様の替え玉にしたてあげる)上層部に対し、とことん真相を追究する、捜査一課の真名古警視だったが・・・
発端の殺人と失踪に、公園の噴水の鶴が唄いだすというマカフシギな謎が交錯し、じょじょに浮かび上がってくる事件の構図。王様と会見すべくフランス大使がやって来る、1月2日の早朝をタイムリミットに(元日を含む30時間ほどのお話)、帝都・東京の水面下で繰り広げられる、一代犯罪絵巻!

いまとなってはパラレル・ワールドのような「帝都」ですが、震災から戦争突入までのあだ花といっていい、爛熟した都市のイメージ(あたかも、ホームズのヴィクトリア朝のロンドン、ルパンのベル・エポックのパリのよう)を、講談調のリズミカルな文体で、著者は鮮やかに描き出していきます。
そして、謎解きの興味は終盤、失速しますが、カオスのようなアンダーワールドの物語を締めくくる、予断を許さないクライマックスが用意されています。
レオ・ペルッツの『最後の審判の巨匠』もそうでしたが、フォーミュラ・ノベルとしてのミステリを読みなれた読者に稀有な読書体験をプレゼントしてくれる、破格のエンタテインメントぶりを買います。


No.11 8点 最後の審判の巨匠
レオ・ペルッツ
(2010/12/28 14:37登録)
欧米で再評価の機運が高まっている、20世紀オーストリア文学の旗手が、1923年に発表した問題作です。

不可解な「自殺」が頻発する、20世紀初頭のウィーン。
主人公・ヨッシュ男爵は、知人の俳優・ビショーフの邸で、楽器演奏や雑談に興じていた。そのビショーフが、役づくりと称してこもった、密室状況下のあずまやから響く、二発の銃声。邸の主人は、「最後の審判」という謎の言葉を残して息を引きとった。
彼の「自殺」の原因と目され、当惑するヨッシュ男爵だったが、現場を調べた客の一人が、これは殺人だと言いだし・・・

あるミステリ的趣向を用いた作例として、その存在がマニアのあいだで伝説的に語り継がれてきたものの、いざ訳出されてみると、先行するイメージとのギャップ(クリスティと夢野久作くらい違うw)は相当なものでした。
ファンタスティックな謎解き&冒険譚として、一応の終結をみせたお話(訳者の言を借りれば、第一主題)が、末尾の「編者による後記」(同じく第二主題)で引っ繰り返される――のか?
ミステリ的には、後者で提示されるホワイダニットに惹かれるものがあります。が、それが真実だという保証はない。
ふたつの主題が並置され、両義的な、ループする幻想に読者を封じ込める試み、と見たほうがいいでしょう。
仕掛けは異なりますが、江戸川乱歩の傑作「陰獣」(が発表されたのは、五年後の1928年)の幕切れと余韻を想起させます。
広く一般にお薦めできる作品ではありませんが、異様な熱気をはらんだ、メタ・ミステリふう実験作(アントン・チェーホフの『狩場の悲劇』とは違った意味で、これもまた、外部からのミステリ・パロディの試みかもしれません。余談ですが、女性キャラの立てかたは、チェーホフのほうが一枚も二枚も上ですw)として、そのユニークネスを買います。


No.10 7点 青い外套を着た女
横溝正史
(2010/12/25 17:52登録)
春陽の、じゃない、角川文庫の昔懐かしの黒背から、整理番号:緑304-60 です。

雪の降りしきる、クリスマスの夜。横浜の、波止場近くにある酒場にやって来た、二人の男――緒方と親友・栗林。ともにある劇場の演出家同士だが、うち緒方は、失恋で傷ついた心を癒やすため、今晩、ヨーロッパへ向けて船出することになっていた。しかし栗林に誘われ、途中、立ち寄ったその酒場が、五年前の同じクリスマスの晩、たまたま彼が酔っぱらいに絡まれた花売り娘を助けた店であったことから、お話は意外な展開を見せていく・・・

正史が聖夜に贈る、ハートウォーミングな珠玉作「クリスマスの酒場」ほか、昭和十年代前半に雑誌掲載のまま埋もれた短編を中心に、中島河太郎氏がまとめた全九編を収録。
怪談あり、謎解き(名探偵・由利麟太郎登場の「木乃伊の花嫁」)あり、コントあり、ちょっといい話ありの、まさに横溝正史ヴァラエティ。
完成度はさておき、正史のさまざまなストーリー・テリングの見本帳を見る楽しさがあります。
おおらかな世界で、ひととき浮世を忘れたい向きは、是非どうぞ。かなわなかった恋が世代を超えて成就する、「仮面舞踏会」(例の長編とは関係ありません)の古風なロマンティシズムとか、たまりませんよ。
クリスマスなので、点数も一点オマケw


No.9 7点 好色いもり酒 人形佐七捕物帳
横溝正史
(2010/12/23 07:00登録)
春陽文庫の<全集4>、今回の収録作は――
1.日食御殿 2.角兵衛獅子 3.呪いの畳針 4.花見の仇討ち 5.艶説遠眼鏡 6.水芸三姉妹 7.たぬき女郎 8.好色いもり酒 9.敵討ち走馬灯 10.恋の通し矢 11.万引き娘 12.妙法丸
ほぼ同時刻に二つの場所でおきた、毒酒さわぎの顛末を描く表題作8も悪くありませんが、同じ毒殺ものなら、衆人環視下の弓勢くらべというセッティング(師弟対決の場でいっぽうが死に至るが、本当に狙われたのはどちらか?)が魅力的で、三角関係の悲劇が胸を打つ、10を推したいですね。マジに本格ミステリとして注文をつけるなら、“殺人予告”の必然性と伏線の張りかたに、あとひと工夫、必要ですが。
設定で度肝を抜かれるのが1。ときの将軍・徳川家斉公じきじきの依頼により、佐七が隠密殺しの下手人と消えた密書の行方を追う、タイムリミット・サスペンスw です。
基本的に、金田一ものの「黒蘭姫」なのですが、ユニーク過ぎる“手がかり”が強烈な印象を残すのが11。
語り口の工夫を買いたいのが、詐欺をたくらむ小悪党たちのエピソードが、計画の破綻から、後半、佐七側のストーリーに移行する12ですね。炸裂するおバカなトリックを笑って許せるようなら、あなたは佐七上級者w
とまあ、この巻は、きわだった一篇こそありませんが、ヴァラエティに富み、読後感を語り合いたいような作がいっぱいです。収録作全体の水準は、ここまでで一番といっていいでしょう。


No.8 4点 四枚のクラブ一
S・A・ドゥーセ
(2010/12/20 15:07登録)
タイトルは、四回にわけて被害者に送られてきた、脅迫状としてのトランプのカード「クラブのエース」の意。
1918年に刊行された、著者の第五長篇ですが――
金持ちから盗んで貧乏人に与える、義賊きどりの青年(いっぽうで探偵の才もあり、幾つかの難事件を解決して警察の信任を得ている)と、カナダからスウェーデンにやって来た弁護士(もとロンドン警視庁の刑事)が、微妙な対立の構図をとりながらも、遺産相続にまつわる入り組んだ謀略と死体消失の謎に挑む、異色のストーリー。
小説全体の趣向は、ドロシー・L・セイヤーズの作品Sとか、栗本薫の作品T3とか、乱歩中編のNとか・・・ある種のミステリ的遊びの先取りではあります(古風な作家だとばかり思っていると、ときにオヤッというアイデアを盛り込むんだ、この人は)。
また事件の核心を見れば、失敗に終わった『スペードのキング』の改良版と言えなくもない(例によって、実はそっくりさんがいました、とか、ある人物は――ストーリーの都合上――急に病気で死にました、とか、臆面もないところはありますが)。
しかし、真犯人以外の人物の動きを錯綜させることで、真相をカモフラージュするのがドゥーセの十八番とはいえ、今回はちと、ゴタゴタ盛り込みすぎましたね。中だるみがひどく、ラストのサプライズも不発気味。
導入部で意味ありげに描かれた、義賊青年のアウトローぶりが、肝心のお話にほとんど反映されないで終わるのも、なんだかなあ~ですね。すわ、ドゥーセ版ルパンの創造か、こりゃ怪人対巨人か、と期待したのに、不完全燃焼でした。
ストックが尽きたので、この作家に関しては、ひとまずここまで(もしテクストが入手できれば、ファースト長篇の『生ける宝冠』は、いつか取り上げたいですが)。


No.7 4点 スペードのキング
S・A・ドゥーセ
(2010/12/17 20:39登録)
病膏肓の、S・A・ドゥーセ探訪。今回は1915年の作で、『夜の冒険』と『スミルノ博士の日記』のあいだに位置する、第三長篇です。
『夜の冒険』を評したさい、軍事機密をめぐるスパイものの要素があることを指摘しましたが、本作はそのセンを伸ばした、名探偵レオ・カリングV.S.スパイ組織「土龍(もぐら)」の、純然たるスリラー篇。
密室からの機密書類紛失やら、運び去られた死体の謎やら、探偵小説っぽい要素は残存していますが・・・ストーリー自体は一言で言って、古色蒼然、かな。主役のはずのカリングも、病み上がりという設定のせいか、どうもパッとしない。
じつは最後まで読むと、事件を終息させる陰の主役が、別に存在していたことが分かります。カリングのはからいで、その人物が愛する娘とハッピー・エンドをむかえる終盤の過程には、落語的な味わいがあり、そこだけですね、面白かったのは。


No.6 6点 地獄の花嫁 人形佐七捕物帳
横溝正史
(2010/12/16 20:44登録)
春陽文庫の<全集3>です。収録作は――1.恩愛の凧 2.ふたり市子 3.神隠しにあった女 4.春色眉かくし 5.幽霊の見せ物 6.地獄の花嫁 7.怪談閨の鴛鴦 8.八つ目鰻 9.七人比丘尼 10.女易者 11.狸の長兵衛 12・敵討ち人形噺
海で釣られた魚の腹の中から、紙入れにしまわれた不審な(殺人を暗示する)手紙が見つかった!? という表題作6が典型的なのですが、今回は、導入部の無類の面白さにくらべて、ミステリ的にはやや尻つぼみ、という話が目につきます。
そんななか、怪談めいた出来事が繰り返される趣向と、婚礼を終えた新郎新婦が離れ座敷で死骸になり加害者が消失する、『本陣殺人事件』の試作的シチュエーションが印象的なのが7。
しかしこの巻の白眉は、人情噺の系列で、入り組んだ人間模様の決着に作者のストーリー・テリングの才が発揮された、3でしょうね。
刀屋の手代が、ある夜、真っ暗な舟の中で“買った”女は、悪人にかどわかされた、主人の姪だったのか?
舟の中に忘れられた刀、という小道具が最後に意味を持ってくる、そのへんの巧さは、さすが正史。ときにサービス過剰になる“濡れ場”も、きちんとストーリーに即しています。これを表題作にして欲しかったなあ。


No.5 7点 遠眼鏡の殿様 人形佐七捕物帳
横溝正史
(2010/12/14 19:45登録)
春陽文庫の<人形佐七捕物帳全集 2>です。
<全集>と銘打っていますが、編年体の構成ではなく、どの巻も、正月・春・夏・秋・冬と、事件の背景が一年を通して移り変わっていくように、歳時記ふうに編集されていますから、巻数に関係なく手にとっても、問題はありません。
収録作は――1.屠蘇機嫌女夫捕物 2.福笑いの夜 3.雛の呪い 4.すっぽん政談 5.五つめの鐘馗 6.遠眼鏡の殿様 7.白羽の矢 8.猫姫様 9.たぬき汁 10.冠婚葬祭 11.どもり和尚 12.雪女郎
表題作の6は、逢引きの現場に射かけられた矢がのちに凶器に使われる話で、金田一ものの短編「猟奇の始末書」の原型なのですが・・・設定のわりにミステリ的工夫が乏しいのを補う、作者のサービス精神(愛欲シーンw)が裏目に出て、どうも後味が良くありません。
大人の“お色気”は、シリーズの特色のひとつですが、親分とあねさんのお約束の喧嘩から、意外すぎる展開を見せる5のように、ユーモアと一体になっているとき、もっとも効果をあげていると思います。
集中の傑作は、これまた佐七ものの特色のひとつである怪奇趣味(死者の復讐、人間ばなれした凶行)と、余韻を残す人情噺のバランスが良い、12でしょう。
シリーズ自体のベスト10にも入れたい、この「雪女郎」がトリをつとめていることで、点数も一点アップ。


No.4 5点 夜の冒険
S・A・ドゥーセ
(2010/12/12 20:17登録)
埋もれた作家発掘シリーズw 、S・A・ドゥーセ第二弾。実際に、1914年に刊行された作者の第二長編です。
『スミルノ博士の日記』には、戦前(抄訳)の小酒井不木訳と、戦後の宇野利泰訳がありますが、こちらは(複数のテクストが存在するにせよ)小酒井訳のみです。
『スミルノ』は、ひとまずプロットの工夫で記憶に残りますが、あれだけを読んでも、名探偵レオ・カリングの人となりや、ドゥーセという作家の芸風は、つかみにくい。
その意味で、軍事機密をめぐって売国奴が蠢き、複数の人物の思惑が交錯するストーリーを、愛国主義の権化カリングがさばく本編を読むと、ああ、ドゥーセってこんな作家だったのね、と実感できます。
時代がかったスパイものの要素はあっても、いちおう、本格ものとして(英米の“黄金時代”以前のレヴェルではありますが・・・)収束するのはマル。しかし、なんだか人物整理の悪いアガサ・クリスティー、みたいな感じ。
個人的に興味深いのは、椅子に縛り付けられ放置された男が、(別人に)殴り殺され、おまけに刺されて発見される、謎の提示。横溝正史の『犬神家の一族』の“あの”シチュエーションの発想源はこれか、と思いました。
ひとまず横溝ファンなら、話のタネに一読の価値あり、です。


No.3 6点 ほおずき大尽 人形佐七捕物帳
横溝正史
(2010/12/10 14:42登録)
横溝正史ファンに、もっともっと読んで欲しいのが、人形佐七のシリーズ。岡本綺堂の半七ものが、捕物帳の“正装”だとすれば、こちらは“着流し”の親しみやすさがあります。
全180編と結構な数ですが、春陽文庫版14冊と、出版芸術社の<横溝正史時代小説コレクション 捕物篇>2冊を合わせれば、完全制覇も可能。
春陽の一冊目から(不定期ではありますが)順番にとりあげていきます。
『ほおずき大尽』の収録作は―― 1.羽子板娘 2.開かずの間3.嘆きの遊女 4.音羽の猫 5.蛍屋敷 6.佐七の青春 7.ほおずき大尽 8.鳥追い人形 9.稚児地蔵 10.石見銀山 11.双葉将棋 12.うかれ坊主
レギュラーキャラクター(佐七ファミリー)が揃っていく過程を楽しめる、入門編ですね。
過去、アンソロジーに採られることが多かった1は、トリッキーな趣向はあるものの、シリーズの基本が定まる前の話なので、けして代表作ではありません。
同じく海外ミステリの応用として知られる、表題作の7は、後半の展開に難がありますが、前半の緊張感はマル。
個人的なお気に入りは、夫婦喧嘩ものw の代表作といっていい6ですね。
でも、佐七の傑作、秀作が出てくるのは、まだまだこのあとです。


No.2 7点 狩場の悲劇
アントン・チェーホフ
(2010/12/09 14:51登録)
2010年、生誕百五十周年を迎えた、ロシアの大作家チェーホフの、唯一の長編にして、なんと探偵小説。
でも別に、かしこまることはないんです。チェーホフが“文豪”になるまえ、まだA・チェホンテなんてペンネームでユーモア短編を量産していた頃、新聞に連載(1884-85)した、いわば探偵小説パロディなんですから。
と書いたそばから、こんなことを言うのもなんですが、ストーリー自体は、退廃的な貴族の領地を舞台に、美しい森番の娘をめぐって繰り広げられる、愛と憎しみのドラマ――情景描写の鮮やかさと心理描写の深さは、さすが後年あるの筆力を思わせ、事件発生までの長丁場を飽かせません。ところが・・・
じつはこの作品、探偵小説として、かなり大きなトリックを用意しているのですが、作者自身が、終盤、本文におびただしい註釈をつけ(翻訳によっては、この註をバッサリ削ってしまったものもあるのですが)、ある登場人物の言動が怪しいことをほのめかし、意外性の効果を減殺してしまうのです。パロディの毒で、探偵小説を解体するかのような、それはシュールな試みなのですが・・・
それまでのシリアスなストーリーと、パロディ的趣向が水と油なんだよなあ。
結果として、一個の小説としては、虻蜂取らず。しかし、成功作とは言えなくても、何人かのキャラクターは、読後も長く残像を残し、忘れ難い作品ではあります。

(付記)「パスティーシュ/パロディ/ユーモア」とするには、シリアス展開が強すぎるため、恋愛サスペンスといった側面から、ジャンル登録しました(2012・11・13)。

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