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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.22点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.1048 6点 薔薇の名前
ウンベルト・エーコ
(2021/09/17 10:26登録)
 信仰についてディープなところまで潜った物語を読むと、浮世離れした発想の連続で、どの宗教であれ等しくカルトな面白宗教みたいに見えちゃうんだよね。


No.1047 8点 テスカトリポカ
佐藤究
(2021/09/16 11:56登録)
 小説には進化圧みたいなものがあると思う。特にジャンル性の強いタイプは、シーンが或る程度先へ進むと以前のレヴェルでは作品として成立しなくなる。逆に、優れた先行作品あってこそそれらのエッセンスを煮詰めたような、シーンの落とし子が生まれたりもする。それは必ずしも作家や編集者がその作品を読んでいなくとも一種の集合知のような形で直接間接に不可逆的な合意を形成し、エネルギーが飽和状態に達した時、そこにポテンシャルを持つ書き手がいれば何処からか這い寄って種を植え付けて行くのだろう。つまりその誕生は必然的と言えなくもないが、選ばれた側は大変で、物語を形にするまで解放してもらえず血を流したり胃液を吐いたりする。この作者はよく頑張った。
 小川哲『ゲームの王国』、伊藤計劃『虐殺器官』、首藤瓜於『脳男』、あたりの交点に生じた黒い塊が本作だ。“パクり”みたいなネガティヴな意味合いは全く無いので誤解無きよう。


No.1046 7点 バベル消滅
飛鳥部勝則
(2021/09/05 11:17登録)
 物語がどっち方向に向かうのかさっぱり摑めず手探りさせられる感じが面白い。“殺さざるを得ない状況”にも説得力がある。私もうっかり刺しちゃいそうだ。
 それだけに、叙述トリックやメタ構造を持ち込んだのは蛇足。何のエクスキューズも無しに犯人の独白が挿入されたり視点人物が替わったりする作例は幾らでもあるじゃないか。作者は“それはアンフェアだ”との意見なのだろうか?


No.1045 8点 死物語
西尾維新
(2021/09/04 11:40登録)
 アニメ化出来ない本を書いてやると言う意地が炸裂していますね。『掟上今日子の鑑札票』での“本なんて結局は、映画の原作だろ?”と言う辛辣な皮肉を思い出します。映像化圧力に対する、売れっ子の特権意識に基づいたレジスタンスってところでしょうか? 勿論それにはNG要素をただ突っ込むだけでは駄目で、“面白いのにアニメ化出来ないっ!”と歯嚙みさせるクオリティが無いと絵に描いた餅ですが、その点は撫子の体を張ったパフォーマンスでクリアしていますよ。絵には描けないモチーフですけどね。


No.1044 8点 黒死館殺人事件
小栗虫太郎
(2021/09/01 11:31登録)
 私はコレ、普通に楽しめた。何なら『紅殻駱駝の秘密』に比べて衒学のおかげで読み易くなった感さえある。私の推理――1.某が実は生きている。2.某が生前に仕掛けた精緻な罠による犯行。3.某の遺言に従っての殺し合い。
 フーダニットとしては割と平凡な点と、全員殺し尽くせなかった点が残念。作者は後年、自作品が“衒学的”と評されることを見越して弦楽四重奏団(魅力的な設定を生かし切れていない)を登場させたのか。
 台詞回しやそこから示される心情表現、或る種の整然さに則った人物の出入り、これはまるで舞台劇を見ているようだ。
 法水麟太郎とちゃんと会話している検事も捜査局長も同類。それどころか主要人物全員が事件を成立させる共犯者である。
 “ああ、僕の頭は狂っているのだろうか”――大丈夫だよ法水、君だけじゃない。


No.1043 5点 ペスト
アルベール・カミュ
(2021/09/01 11:30登録)
 人がバタバタ死ぬ阿鼻叫喚地獄絵図が繰り広げられると思いきや、非常に冷徹で整然たる物語。死臭が希薄で期待外れ。ペストと言う病をあまりリアルにイメージ出来ず。
 少年の死ぬ場面が一番良かった。新聞記者の試みた場当たり的でテキトーな脱出計画には脱力(あれはボられていただけでは……?)。
 舞台は少し昔のアルジェリア。医療体制がどんなものだったか知らないので、野蛮だと眉をひそめたり案外進んでいると目を瞠ったり。でも無知なのは現在の医療についても同じか……。


No.1042 6点 妖精の墓標
松本寛大
(2021/08/31 10:09登録)
 既成の部品を組み合わせた新作、だけど設計図自体にも既視感あるなぁ、と言う感じ。悪くはないが、同系統作品の中で強くアピール出来る程ではない。登場人物が地味で紛らわしい。桂木のこだわりに共感しづらい。


No.1041 6点 発現
阿部智里
(2021/08/29 10:50登録)
 このように、比較的若い作家が“エンタテインメント+太平洋戦争”をバランス良く描いた作品は幾つか読んだけれど、(ネタが共通なので仕方ないとはいえ)感触的に似通った部分がありそこが物足りない。つまり“真面目に書かねばならない”と言う見えない制約のことである。
 それはそうと、本作はホラーの部分と現世の部分のつなぎ方が自然過ぎて却って違和感。と言うか結末で解説する某氏、自分は何も見ていないくせに理解力あり過ぎじゃない? 拝み屋にでも登場願うほうが良かったのでは。
 あと、この作者はそれほど個性的な文体だとは思っていなかったが、意外なことに何度も“八咫烏シリーズのリズムだ!”と感じた。


No.1040 7点 シンデレラの罠
セバスチアン・ジャプリゾ
(2021/08/28 10:52登録)
 前半。こんなのバレバレじゃん。
 と思っていたら後半、思いがけないところへ引っ張り込まれた。但し、こうなっちゃうと真相がどうでも意外性は無くなっちゃうんだよね。実際、最後の最後で“実はこっちでした!”と明かされても、伏線があるわけじゃなし、“ふーん”と思っただけだった。でも、時間が経ってみると、そこが本書の怖いところ。
 安部公房『他人の顔』と併読したらえらいことになる。


No.1039 5点 燃えつきた地図
安部公房
(2021/08/25 11:42登録)
 普遍的な主題なのかもしれないが手法が古い。なので“それはもう判ってるよ”と感じることも多かった。主人公が追い詰められる過程や立場が反転するポイントも、“探偵の苦悩”とか“覗くものは覗き返されるのだ”とかではなく、単なる不運に思えてしまう。私などよりも初々しい魂(“都会人の孤独と不安”なんてフレーズを陳腐だと感じないような)で読むべき作品なのだろうか。
 あの姉弟の組み合わせ(の噛み合わなさ?)や河原の暴動のエピソードはいいね。


No.1038 6点 ヴィンダウス・エンジン
十三不塔
(2021/08/25 11:41登録)
 自意識過剰っぽい、雰囲気作りが多少鼻に付く文章。虚仮威しかもしれないが下手ではなく、幻影のイメージ喚起力はなかなか。読んでいる間は目先の展開が面白かったが、さて振り返ってみると諸々良く判らない。特に主人公が寛解した理屈と、もう1人の回復者マドゥの存在感の薄さ。


No.1037 7点 異邦人
アルベール・カミュ
(2021/08/19 11:53登録)
 巻末解説では否定的だったが、私には“フランツ・カフカをポップにしたもの”に思えた。相手にとって“私”はただの通りすがり? ちょっと撃ち抜いてみただけで違法じゃん。
 語り手が自らの母親を固有名詞の如く一貫して“ママン”と呼ぶのがあまりにも強烈。原文を当たったわけではないが(仏語なのでどうせ読めないが)これは日本語訳独特の効果なのだろうか?
 主人公の行動からは母親に対する執着など感じられないが、それにそぐわない“ママン”と言う(“ママ”よりも)甘えたような呼称のせいで、“本人無自覚な依存がありママンの死をきっかけに決壊した”みたいにも読める(と、敢えて曲解)。
 裁判の場面は抑制の効いた諧謔が光る。結末も『審判』みたいだ。純文学的な“解釈”抜きでエンタテインメントとして読んでも面白い。
 ところで、第一部の2まで、記述者の性別が判らなかった(服装は絶対的な基準ではないとして)。叙述トリック?


No.1036 4点 女王蜂
横溝正史
(2021/08/19 11:52登録)
 長い。地味。アイデアがどれも中途半端。
 家庭教師の神尾秀子先生はキャラが立っていて素敵。私には彼女が主役に見えた。
 それに比して、大道寺智子の美貌は全くイメージ出来ないし、東京に出ていきなり弾けてコケティッシュな娘に変貌したのも伝わって来ない。花婿候補があからさまに噛ませ犬なのでつまらない。文彦があれで満十五歳……まぁ年齢で人を測るのは止めておこう。
 今一つな割りに読み易いところは横溝マジック?


No.1035 7点 雲の中の証人
天藤真
(2021/08/12 11:33登録)
 創元推理文庫版で。
 ミステリ的なネタとしては事前に読めてしまうものが散見される。しかし書き方が巧妙なので、その行動は間違いだと判っていても語り手に絆されてしまう。参ったネ。
 表題作の主人公、探偵社から弁護士のところへ出向して自腹で調査させられる、との設定が良く判らない。最後までずっと気になった。


No.1034 7点 正月十一日、鏡殺し
歌野晶午
(2021/08/12 11:32登録)
 前半は“リミッター装着済み”って感じで、特に「盗聴」は物足りない。後半はそれを解除、「美神崩壊」は十年後も夢に見そう。
 “作風のヴァリエーション”ってことではあるが、こんな風に明確に並べてしまうと、後半を引き立たせる為に前半を捨て駒にしたように思えてしまう。と言うか、私に対してはそのように機能した。


No.1033 6点 レッド・ドラゴン
トマス・ハリス
(2021/08/05 10:03登録)
 例えばジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムは、ハンディキャップがあっても取替えが利かないんだなあと思わせる能力を具えているが、こちらのウィル・グレアムは? 組織がぼんくらだから相対的に有能、と言う程度に見える。爪を隠しているのか。寧ろ、身軽に動けるポジションを彼に与えたクロフォードの采配の勝利か。
 中だるみ、と言うより全体的にたるんだ感じで、勿体振った書き方がスピード感を損ねていると思った。雑誌の配送スケジュールの件とか、色々と面白いアイデアが盛り込まれてはいる。


No.1032 10点 さよなら妖精
米澤穂信
(2021/08/03 13:05登録)
 大好き。三読目。
 墓地や白河さんの名前についての件は、謎解きとして納得感が無く、物語の中で据わりが悪い気はする。消去法推理の最後の決め手に、調べれば判ることを推理で求めようと言うのも奇妙。
 でもそのへんは本作の本質ではないし、ケチを付けても評価は揺らがない。

 新装版に追加された短編は、無難であまり意味がないと私は思う。


No.1031 7点 さらわれたい女
歌野晶午
(2021/08/03 13:02登録)
 ネタバレしつつ揚げ足取り。
 部屋の借主である会社A。その関係者Bさん。Aと契約している会社C。そこに勤めるDさん。
 しかし、Dさんの本作品に於ける役割は、Cの社員ではなく“Bさんの愛人である”ことだ。
 Dさんが別の仕事をしていれば、便利屋が糸を辿ってもDさんに出会うことはなかった。この出会いで真相に気付いた。
 つまり、結末から逆算して、手掛かりになるように作者が人物を配置しているのである。ちょっと露骨じゃないかなぁ。確かに、手掛かりをきちんと用意するのは大事だけど。


No.1030 6点 幻惑密室
西澤保彦
(2021/08/03 13:01登録)
 再読。神麻さんのキャラクターしか覚えていなかった。
 『幻惑密室』と言っても、いわゆる密室モノじゃないね。寧ろクローズド・サークル?
 超能力に関する、妙にキッチリしたルール。これは“作品世界全体が仮想現実。人類が意識をデジタル・データ化して巨大なサーバーの中へ移住した未来の話”と言うメタ設定があるに違いない。


No.1029 6点 無関係な死・時の崖
安部公房
(2021/08/03 12:59登録)
 この人の短編は言うほど鋭くなくて玉石混交に感じるな。
 ミステリ的なオチでは「誘惑者」「なわ」。SF的展開の「人魚伝」。
 安部公房は戯画的に描かれる諸々の“営み”が肝だと思っていたが、特に面白い前記の作品は、顔のある人物のキャラクター的な深み(褒め過ぎ?)がポイント。自分がそのポイントに惹かれたのも意外だ。

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