kanamoriさんの登録情報 | |
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平均点:5.89点 | 書評数:2426件 |
No.2406 | 6点 | 拾った女 チャールズ・ウィルフォード |
(2016/08/12 20:16登録) サンフランシスコ、夜。俺が働く安食堂にふらっと入ってきたブロンド女は、ハンドバックをなくし無一文だという。ホテルを世話した翌日、金を返しに来た女と再会した俺は、衝動的に仕事を投げ出し、その女ヘレンを連れ出して同棲を始める。だが、酒浸りの貧乏暮らしを続ける2人の胸中に、やがて死への抗いがたい誘いが---------。 いわゆる典型的なファム・ファタールものの恋愛小説です。主人公の”俺”ことハリーは、画家を目指すも挫折しその日暮らしをするダメ男で、”運命の女”ヘレンは、暴力的な夫から逃げてきた強度のアルコール依存症。八方塞がりの二人に未来はない。 はっきり言って先は読めるし、クライム・ノヴェル風の展開になるのもだいたい予想の範疇内ですが、本書のキモは「ラストの2行」で明らかになるある仕掛けです。たしかに、これは最後まで読むと、もう一度違和感があったところだけでも読み直したくなりますね。 ただ、”二度読み必至の恋愛小説”といっても、十年ぐらい前にベストセラーになった某国内ミステリのような、どんでん返しや構図の反転モノではなく、再読すると人物の言動・行為が別の意味を持ってくるという妙味です。解説の杉江松恋氏が書いているように、同じ50年代のアメリカの作品で同じアイデアの技法を使った有名作がありますが、伏線の置き方など、先行する本書の方が巧いかもしれませんね。 |
No.2405 | 6点 | プレード街の殺人 ジョン・ロード |
(2016/08/09 18:52登録) ロンドンのプレード街で突如として発生した謎の連続殺人。被害者は、青果商、パン屋、詩人、酒屋など、何の繋がりもないように見えたが、番号が入ったカードが事前に送られていたという共通点があった。警察は状況証拠から煙草屋のカッパードックに目を付けるが、彼にも6番目のカードが届く-------。 プリーストリー博士(本書の表記は”プリーストレイ”)が探偵を務めるシリーズの一冊。本書は、70作以上あるシリーズのなかの最初期の作品(昭和28年に森下雨村が翻訳)で、昔から、ジョン・ロードの作品の中では、典型的な”ミッシングリンク”ものとしてタイトルだけは有名な長編です。 前後編の2部構成になっていて、煙草屋のカッパードックと隣近所に住む薬草家の二人を中心に、街で次々と発生する殺人事件が語られる前半部は、それなりに面白く読めました。全く見えてこない動機の謎に加え、警察監視下の密室状況の殺人というハウダニットの興味まで用意した”謎の提示”に関しては申し分ないです。 ところが、プリーストリー博士が登場する後半部になると、おやおやとなってしまう。探偵だけが知る情報によって、キモの部分がスルスルと解けてしまうのでは、読者が謎解きに参加する余地がありません。本格ミステリとして成立している要素も残りますが、作者の狙いの方向は、どちらかというと名探偵対犯人というスリラー部分にあったように思いますね。 |
No.2404 | 7点 | 宇宙探偵マグナス・リドルフ ジャック・ヴァンス |
(2016/08/06 14:31登録) 白髪白髭の老紳士にして、宇宙空間を駆け巡るトラブルシューター、マグナス・リドルフの冒険&探偵譚、全10編を収録した連作短編集。 環境や文化・価値観が異なる様々な惑星を舞台に、ユニークな習性をもつ異星生物、種属が登場するSF作品集で、精緻で色彩豊かな異郷描写と併せて、悪人に対するリドルフ爺の意地悪で容赦ない”お仕置き”で終わるスタイルが特徴的です。また、エラリー・クイーン名義の代作(=昨年「チェスプレイヤーの密室」が訳出されました)を手がけたジャック・ヴァンスだけあって、フーダニットもの、密室殺人、アリバイ崩しと、謎解きミステリの要素を備えた作品も多い。 個人的ベストは「ココドの戦士」か、SF的発想が光る「ユダのサーディン」。最初に置かれた中編の「ココドの戦士」は、シリーズの魅力を過不足なく備えた完成度の高い作品だと思います。 あと、「禁断のマッキンチ」と「とどめの一撃」は、ともに限られた集団の中から犯人を絞り込むフーダニット・ミステリで構成が似ている。容疑者集団が様々な特性を持つ異星人であることで、消去法推理がより効果的に使われているとともに、異形の生物を前にしての”名探偵、皆を集めてさてと言い”という構図がシュールですw 「とどめの一撃」はホワイダニットとしての意外性もあります。 密室殺人と意外な犯人ものの「呪われた鉱脈」や、数百万光年を隔てた壮大なアリバイ崩しの「数学を少々」、これも壮大な集団人間消失トリックもの「暗黒神降臨」は、SF的発想をトリックに活かした試みがミステリ読みにどのように受け入れられるか、読む人によっては微妙なところがあるかも。 |
No.2403 | 6点 | 大当りをあてろ A・A・フェア |
(2016/08/02 18:14登録) 実業家ホワイトウェルから跡取り息子の婚約者コーラが失踪した案件を引き受けたクール所長とラム君は、手掛かりの手紙の差出人ヘレンが住むラス・ヴェガスにやってきた。ところが、その女性ヘレンはカジノのスロット・マシンを不正操作して稼ぐ詐欺師で、やがてコンビを組む男がアパートの一室で射殺死体で見つかる---------。 大女バーサ・クールと小男ドナルド・ラムの凸凹探偵コンビ、シリーズの第4弾。 このシリーズは、探偵事務所の所長が巨漢だったり、女性にモテモテの若い助手の一人称で構成されているところなど、レックス・スタウトのネロ・ウルフシリーズといくつか重なる部分があるのですが、謎を解くのが助手(次作で共同経営者になるらしい)のラム君なのがいちばん異なる点でしょうか。今回もバーサは調査の金勘定に勤しみ ”ぼく”ことラム君がひとりで奮闘しています。 カジノの従業員でボクサーくずれのルーイがいい味を出していて、ラム君とヘレンの三人組がネバダ州の砂漠で野宿する場面は、本筋とさほど関係しないのですが、なぜか印象に残ります。ふたりの”その後”が示唆されるエピローグにはニヤリとさせられた。 謎解き面では、その人物の行動に不自然さを感じていたので、真相はある程度見当はついていたのですが、ラム君のある行為の理由は意外で、これはいかにもガードナーらしいやり方でした。 |
No.2402 | 5点 | 吸血鬼飼育法 都筑道夫 |
(2016/07/28 20:37登録) 渋谷に”faa”(ファースト・エイド・エージェンシー)という事務所を構える”なんでも屋”のトラブルシューター、片岡直次郎を主人公にした4編収録の連作中編集(初出時のタイトルは『一匹狼』)。 片岡直次郎が、のちに物部太郎の相棒として登場する「七十五羽の烏」以下の長編パズラー3部作とはだいぶテイストが違っていて、腕っぷしで難題を解決するハードボイルドというか、アクション・スリラー風の内容のものが多い。 警察に包囲された強盗殺人犯の脱出を引き受ける第1話や、強姦願望の男からの依頼を受ける第4話は、悪事にもためらいなく手を出しながら、当初の依頼内容から外れて、ストーリーがどんどん予想外な方向に展開してゆくプロットが面白いです。アクション・シーンで飛び出す”007”ばりのアイデアも凝っていて、「なめくじに聞いてみろ」ほどではないですが、それに近い味わいがあります。 ライフル男に女性とともにエレベーターに閉じ込められる第3話のみ”巻き込まれ”タイプのアクション・スリラーになっていますが、これは平凡な出来で読みどころが見当たらない。 吸血鬼の系譜だと信じる女性からの依頼で、夫の代役として新婚旅行に同伴することになる第2話が、編中ではもっとも謎解きミステリらしい構成になっていますが、真相に意外性はあるものの、ロジックや推理の要素は希薄でした。 |
No.2401 | 6点 | ハイチムニー荘の醜聞 ジョン・ディクスン・カー |
(2016/07/25 18:35登録) 妹2人を早く結婚させるよう父を説得してほしい-----友人のヴィクターからの奇妙な依頼を受けて、ハイチムニー荘を訪れた作家のクライヴは、ヴィクターの父親から、子供たちの中に昔自ら死刑に追い込んだ殺人犯の遺児がいるという、驚くべき話を聞かされる。クライヴがその名を尋ねたその時、書斎に銃声が響き---------。 ヴィクトリア朝の英国を舞台にした本格ミステリ。 ディクスン・カーの歴史ものは、時代背景やロマンス、風俗描写に重点が置かれた冒険スリラー色が強い作品も多いのですが、本書は(男女のロマンスはミスディレクションの道具になっていて)、フーダニットを主軸にした比較的謎解き要素が強い作品です。 メイントリック自体は、それほど新味を感じさせるものではありませんし、読み終えれば真相も意外と単純なものだったと分かるのですが、語り(騙り)のテクニックで容易に真相を見抜けなくなっています。読む人によっては、真犯人の隠蔽の方法がアンフェアとは言えないまでも、あざとすぎると感じるかもしれませんが、各章の終りで興味をつなぐ”引き”のテクニックをはじめとして、作者のストーリーテラー巧者ぶりを再認識させられる仕上がりだと思います。 なお、文庫版巻末の”好事家のための注記”のなかで、ウィルキー・コリンズ「月長石」の完全ネタバレがあるので、未読の人は注意が必要です。(ただし、クリスティの有名某作と比較したカーの「月長石」評は非常に示唆に富む分析だと思います)。 |
No.2400 | 6点 | 屍の記録 鷲尾三郎 |
(2016/07/21 18:31登録) 京都伏見にある老舗の造り酒屋・本間家に招かれた探偵小説作家の牟礼順吉は、旧友の新也から、社長である実兄が不可解な状況下で失踪した事件の相談を受ける。話を聞けば、本間家では日露戦争当時の三代目当主をはじめ、都合3件の失踪事件が発生しているという(表題作の長編)---------。 日下三蔵編”ミステリ珍本全集”の最終巻になった第12回配本は、短編「文殊の罠」などで知られる鷲尾三郎。本書には「屍の記録」と「呪縛の沼」の長編2本に、中短編4作品が収録されています。(ここでは表題作のみ寸評します) 「屍の記録」は、講談社が企画した書下ろし長編探偵小説全集の公募枠いわゆる”十三番目の椅子”を、鮎川哲也(中川透)の「黒いトランク」等と争った応募作を改題した作品(のちに「死臭の家」と再度改題された)。 地方にある名家の広大な敷地を舞台に、狐様の祟りという怪奇趣向を交えて、衆人環視下の人間消失という不可能トリックを主軸に置いた古色蒼然たる探偵小説です。現代的作風の”推理小説”「黒いトランク」とは、かなり対照的な作風なんですが、ひとつ珍しい共通点があって、「黒いトランク」では鬼貫がトリック解明に際して例えた”風見鶏のロジック”が有名ですが、「屍の記録」でも、順吉が人間消失トリックの真相に気付くきっかけが風見鶏なのです。これは面白い偶然の一致ですね。 その肝心のメイントリックの真相がかなり脱力感を伴うのがアレですが、過去の失踪事件にそれぞれ時代を反映する動機が隠されているのが面白いですし、古き良き探偵小説の雰囲気が十二分に味わえます。 |
No.2399 | 5点 | 崩れた直線 陳舜臣 |
(2016/07/18 09:24登録) ミステリ系の作品8編からなる短編集。個々の書誌データが掲載されていないのですが、”あとがき”の内容から推して昭和40年代の直木賞受賞前後の、作者が精力的に短編を量産していたころに発表された作品を収録したものと思われます。 表題作の「崩れた直線」は、作者の創造した名探偵、中華料理店主の陶展文が登場するやや長めの短編。身内が殺人事件に巻き込まれたことで展文が探偵に乗り出す。中国拳法の弟子である新聞記者の情報収集に依存する部分が目立ち、ダイイングメッセージの真相も含めて、読者が推理に参加できる形になっていないのが少々残念ですが、ファンなら十分楽しめる作品。 富豪の未亡人で美術商でもある謎めいた女性ルー夫人の思い出が語られる「ミセス・ルーの幽霊」が編中のベスト。その過去のエピソードが、意外な形で現在の隠された犯罪に結びつく構成の妙を評価します。 そのほかでは、「縞の絵筆」や「闇に連れ込め」のようなトリッキィなものもありますが、作者と思しき「わたし」が、神戸の華僑社会で生きた印象深い人物の過去の物語を、当時を知る老人から聞くという構成の作品がいくつかあり、それらはミステリ要素があまりないです。 |
No.2398 | 6点 | 現代忍者考 日影丈吉 |
(2016/07/13 18:16登録) 新聞社の論説委員・江木は、向かいのビルの8階の窓から人が墜落するのを目撃するも、地上には死体や事故の痕跡が見当たらなかった。ところが後になって、そのビルの9階空部屋にダンサーの死体が出現、さらにはプレスビルの密室状況の控え室で、新たに殺害死体が発見されて--------。 どういうタイプの小説なのかを推測するのが難しそうなタイトルが付いていますが、あらすじ紹介のとおり、人間消失、密室殺人、幽霊殺人など不可能犯罪の興趣にあふれた本格ミステリです。「ささやく影」「ひらいたトランプ」「怯えるタイピスト」「闇からの声」「赤毛の男の妻」など、各章のタイトルが海外ミステリ作品から採られ、それに合わせた内容になっているのが洒落ています。 また、新聞記者コンビ、アメリカ人の探偵、所轄の警部と、探偵役を複数人置き、三者三様のアプローチで事件に対峙する構図も当時としてはユニークで(探偵役たちの推理合戦や多重解決ものでないのは残念ですが)、車椅子の腹話術師をはじめ他の登場人物も存在感があります。 完成度にやや難があるとはいえ、これだけマニア受けしそうな趣向を備えていながら、初出当時の評判が散々だったのが不思議ですが、作者に求められているタイプの小説ではないということと、人間消失や幽霊殺人が”トリックのためのトリック”だったり、密室のトリックが乱歩の通俗ミステリを思わせるバカミス的な道具立てなのが低評価の理由かもしれません。新本格を経た現在の読者には、それなりに受けそうな気がしないでもないですけど。 |
No.2397 | 6点 | 怪盗ニック全仕事(3) エドワード・D・ホック |
(2016/07/12 18:44登録) 泥棒にして探偵役、〈怪盗ニック〉ことニック・ヴェルヴェットが登場する短編87作品を発表順に収録する全集(全6巻)の3巻目。このシリーズは早川書房から日本独自編集で4冊出ていますが、この創元社版の3巻目は本邦初訳4作をはじめ、いままで個人短編集に未収録だったものが半数以上占めているのは嬉しい。 どのようにして盗むか(ハウダニット)の部分は、ややご都合主義が目立ち、手段もパターン化されていて、それほど力点は置かれていません。やはり当シリーズに一貫する魅力は、なぜ価値がないもの(あるいは奇妙なもの)を大金を出して盗ませようとするのか?という謎(ホワイダニット)にありますね。 シリーズも30話を超えると(本書には第31話から44話までの14作を収録)、新鮮なアイデアは少なく、マンネリを感じることは否めないのですが、往年のファンであれば、安心して楽しめる作品集です。本書では、恋人のグロリアの存在を活かすプロットがいくつかの作品で見られるのが、作者の工夫かなと思います。また、依頼された仕事が終わったあとに意外な展開をみせる作品が多いのも特徴的です。 収録作の個人的ベスト3は(再読が多いのですが)、「きのうの新聞」「感謝祭の七面鳥」「田舎町の絵はがき」あたり。また、「駐日アメリカ大使の電話」は、日本が舞台で、7月に皇居のそばで凧揚げをするシーンが出てくる異色作ですw |
No.2396 | 6点 | 虚構の男 L・P・デイヴィス |
(2016/07/07 20:05登録) 住民わずか9人の閑静な小村で、毎日小説の構想を練ったり散歩したりして暮らすアラン。隣に住むリーから50年後の世界を舞台とする次回作のヒントをもらい気分も上々だったが、ときどき不可解な現象を体験したり、誰かから監視されているような感じが気になってきて--------。 国書刊行会の〈ドーキー・アーカイヴ〉という、ジャンルに拘らない”変な小説”ばかりを揃えた新叢書の第1回配本作品。読書メーターなどのミステリの感想で、「なにを書いてもネタバレになってしまいますが.....」で始まる寸評を時々見かけることがあって、「じゃあ何も書かないで!」と、ひとり密かにツッコミを入れていたりするわけですが、本書もそういう類いの小説です。 なにを書いてもネタバレになってしまいますので、本来、上のようなあらすじ紹介は余分かなと思いますし、ジャンル投票で〇〇に分類、特定してしまうと、中盤の展開の意外性を半減させてしまう恐れもあります。また「虚構の男」というタイトルも本書のキモの部分を暗示していて、勘のいい人にはネタバレになってしまいかねないので、本書の場合タイトルも表示しないほうががよかったかなと思いますw 冗談はさておき、第1章の牧歌的な雰囲気からは想像できない中盤以降のブッ飛びな展開の連続は(読者を選びそうな怪作とはいえ)個人的には楽しめました。色々なジャンルの混合型スリラーという点で、ジョン・ブラックバーンを引き合いに出しているのも分かりますし、不条理な世界に置かれた〇〇な主人公という設定でジョン・フランクリン・バーディンの某作も想起させます。翻訳にしては文章は読みやすく、(偶然か狙ったのかは分かりませんが)ある意味で今年(2016年)読まれることに意義がある作品と言えますね。 |
No.2395 | 7点 | 埋葬された夏 キャシー・アンズワース |
(2016/07/05 18:21登録) イギリス東部の海べり、リゾート・ビーチのある町で殺人事件が起き、16歳の少女コリーンが犯人として裁かれ療養施設に入れられる。そして20年後、新技術によるDNA検査によって新たな証拠が出てきたことにより、弁護士から再調査を依頼された元刑事の私立探偵ショーンは、悪徳が潜む町アーネマスを訪れる---------。 現代と過去の2つのパートが交互に並行して描かれる。 ショーンが地元新聞社の女性編集長の協力を得て関係者を訪ね巡り、事件を洗い直す私立探偵小説としての現代パートと、3人の少女を中心にした友情と愛憎関係、思春期ならではの心の葛藤を描くノワールな青春小説としての過去パート。この2つのパートのエピソードを交錯させながら、徐々に事件の背後にあるものを明らかにし、ゼロ時間に収斂させていく構成が非常に効果的です。 ”20年前の夏、この町で本当は何が起きていたのか?”という謎を中核に置きながら、読者に対して”誰が殺されたのか”を明示しない「被害者探し」の趣向も組み込み、さらには、当時の重要人物である残りの2人の少女は今はどこに?という副次的な疑問が終盤近くまで読者につきまとう、これらの重層的な謎がサスペンスを高めて、否が応でも読む者を駆り立てます。 過去の事件の真相自体は(途中からある人物の側からの視点が入ることもあり)予想の範疇を超えるものではありませんが、一応の幕が下りたあと、ラスト2ページで明らかになる事実が衝撃的で、これには心が震えるほどの深い感銘を受けました。ああ、そういう物語だったのか....と。 |
No.2394 | 5点 | 飛鳥高探偵小説選Ⅱ 飛鳥高 |
(2016/06/30 21:06登録) 主として昭和20年代から30年代に、雑誌「宝石」を中心に作品を発表した兼業作家・飛鳥高の作品集。2巻目の本書は、長編の「死を運ぶトラック」を目玉に、昭和30年代後半に発表された短編10編が収録されています。初期作の「犯罪の場」のようなトリッキィなものはなく、通俗的で社会性を持った作品が多い。 「死を運ぶトラック」は、昭和34年発表の長編第2作。「幻の女」タイプのアリバイ奪取の趣向が前作に続いて再び使われていたり、殺害トリックの解明が伏線なく唐突になされていて、謎解きミステリとしてはあまり高い評価はできませんが、松本清張ばりの社会派要素を背景にした一人の刑事による捜査小説として読めばそれなりに面白い。もう一人の主人公である元やくざのトラック運転手の存在が、最後に意外な形で効いてくるのも良。抒情性とアイロニーという作者の持ち味がよく出ている作品。 短編では、盗みに入ったアパートの部屋で死体を発見した泥棒が、現場の状況からロジカルに犯人像を推理する「鼠はにっこりこ」が良い。途中までの展開は、ローレンス・ブロックの泥棒バーニイ・シリーズを連想させる軽妙さがありますが、結末の後味の悪さは好みの分かれるところかも。 そのほかでは「大人の城」「猫とオートバイ」が印象に残った。ともに、ちょっとした不良少年を主人公にしたクライム・ストーリーで、この時期の作風を代表するような作品といえそうです。 |
No.2393 | 6点 | 闇と静謐 マックス・アフォード |
(2016/06/28 18:24登録) BBC放送局の開局記念式典に招待されたジェフリーとリード首席警部は、ラジオドラマ「暗闇にご用心!」の生放送中に、照明を消したスタジオ内で新進女優が急死する事件に遭遇する。スタジオは鍵がかかっており、殺人だとすれば中にいた6人の俳優スタッフが容疑者となるのだが---------。 素人探偵ジェフリー・ブラックバーンが登場するシリーズの第3弾。 2部構成になっており、前半部の第1巻は死亡した女優メアリ・マーロウの過去と、彼女の死因を巡る考察で終始しており、ややテンポの悪さを感じるものの、犯行方法が判明することによって起きる構図の逆転(解説では”容疑者のダイナミックな転換”)という最後の引きで一気に盛り上がります。物語中盤でのこのような形の反転は、あまりお目にかかれない趣向だと思います。 後半に入り、”誤った推理”によって犯人像が二転三転するプロットになり、個人的には「ギリシャ棺の秘密」を想起したのですが、本書には国名シリーズのほとんどの作品と重なる要素がある、と指摘した大山誠一郎氏の解説を読んで”目から鱗”。クイーン作品との類似点を一つ一つ採り上げ、鮮やかに分析したこの解説は圧巻で読み応え十分です。邦訳第1作の「魔法人形」が出たときには、作者をディクスン・カーに例えていたのですが、もはや”豪州のエラリー・クイーン”と称する方がいいように思いますw 殺人方法やアリバイ工作にはツッコミどころがあり、クイーンの国名シリーズと比べてロジックの緻密さに物足りなさを感じますが、邦訳3作の中ではまずまずと言える出来栄えかなと思います。 |
No.2392 | 6点 | 殺人交響曲 蒼社廉三 |
(2016/06/24 18:56登録) 日下三蔵編”ミステリ珍本全集”の第11回配本は、戦記ミステリ「戦艦金剛」で知られる蒼社廉三。本書には「殺人交響曲」「紅の殺意」の長編2本に、単行本初収録になる中編ヴァージョンの「戦艦金剛」、ほか4篇の短編が収録されています。 表題作の「殺人交響曲」は、楽団のバイオリン奏者が轢き逃げ事故を装い殺され、その現場で拾った謎の楽譜3枚を巡って、4組の男女がアレコレ暗躍するといった音楽ミステリ。人間関係がかなり錯綜しており、その人物相関図を整理するだけで大変。また、明確な主人公が置かれておらず、どの人物に焦点を絞って読めばいいのか分からないことが、リーダビリティを下げているように思います。後半になって、ようやく連続殺人が起こり、本格ミステリらしくなるのですが、全般的に通俗スリラー色の強い作品でした。 中編版の「戦艦金剛」は、長編版ではやや冗長に感じられた戦局情報が最低限に抑えられており、戦艦の砲塔内での密室殺人を中核に置いた端正な本格ミステリになっています。 短編は意外なことに全てSF小説。「地球が冷える」と「地球よ停まれ」は、暗黒星や彗星の接近による人類の終末危機、「大氷河時代」はタイムスリップもの、「宇宙人の失敗」は宇宙人侵略ものと、いずれもテーマ自体は定番で新味はないのですが、素朴な味わいがあってそれなりに楽しめました。 なお、「紅の殺意」は別途改めて寸評したいと思います。 |
No.2391 | 7点 | ルーフォック・オルメスの冒険 カミ |
(2016/06/22 18:18登録) フランス製のシャーロック・ホームズ・パロディ。名探偵ルーフォック・オルメスが、奇想天外な34もの怪事件を、あれよあれよと謎解いていくユーモア連作短編集で、74年ぶりの新訳完全版です。各話とも10ページほどの掌編で、演劇シナリオ風になっていることもあって、カッパえびせん並みにサクサクと読めます。 ギロチン台やボートが空を飛び、運河の水の中を自転車が走る。巨大な赤ん坊が人を襲い、人体の中から骸骨だけが盗まれる------ありえない奇想とナンセンス・ギャグに溢れた、これぞバカミスの聖典と呼ぶにふさわしい作品集です。これらの数々の奇想の連打で連想してしまうのは、われらの島田荘司センセーです。これまで島荘が信者から”本格ミステリ界の神(カミ)”と崇め奉られているのが個人的にはピンとこなかったのですが、なるほどダブルミーニングだったのですねw 当シリーズで感心したのは、ありえない馬鹿馬鹿しい設定にも関わらず、それを前提にしたそれなりにロジカルな推理が展開されるところで、とくに第2部に入り、宿敵〈怪人スペクトラ〉との知的闘争編はミステリ的にも面白い作品が多い(ような気がする)。なかでも、怪人の脱獄トリックを扱った「トンガリ塔の謎」と、おバカすぎるトリックが炸裂する「血まみれの細菌たち」がお気に入り。で、一番笑えたのは「死刑台のタンゴ」かな。 「機械探偵クルク・ロボット」と同様に、そのまま日本語にすると分かりずらいギャグを、大胆にアレンジした翻訳の高野氏の功績も素晴らしい。また、氏が本書のナンセンス・ギャグの本質を、古典落語の滑稽噺(「頭山」や「粗忽長屋」)の近似だと見たのは慧眼だと思いますね。 |
No.2390 | 6点 | 家庭用事件 似鳥鶏 |
(2016/06/20 23:29登録) 市立高校に通う”僕”こと葉山君が関わった”日常の謎”を、伊神先輩が快刀乱麻を断つ推理で謎解いていく〈市立高校シリーズ〉(と、称するらしい)の連作短編集。 1話目の「不正指令電磁的なんとか」では、パソコン内のワープロ文書が、プリントアウトされたとたん内容文言が入れ替わる、という摩訶不思議な謎が提示されるが、真相が明かさせると特殊知識に依存しただけのトリックという感もあります。次の「的を外れる矢のごとく」は、学校内の弓道場から的枠が盗まれた事件の犯人探し。動機の隠蔽とさりげない伏線が巧いと思うものの、編中ではあまり印象に残らない。 「家庭用事件」では、葉山君と妹の亜理紗が暮らすマンションの部屋が原因不明の停電に見舞われる。これは小品ながら、意外な真相を導き出す伊神先輩のロジック展開にキレがある。 「お届け先には不思議を添えて」は、宅配便で出したダンボールの中身が入れ替わるという不可能興味が強烈で、複数の仮説とロジックが展開される編中で最もパズラー志向が強い作品。ただ、アンソロジー『放課後探偵団』で読んだときには犯人の意外性もありましたが、この連作の中に入ると「またか!」となってしまいますねw で、最終話「優しくないし健気でもない」が、他の作品とまったく手触りの異なる問題作。これは先入感なしに読むのがベターだと思いますが、熱烈なシリーズ愛好者ほど受ける衝撃が大きい、とだけ書いておきます。 |
No.2389 | 6点 | 灯火が消える前に エリザベス・フェラーズ |
(2016/06/18 22:55登録) 戦時下、灯火管制が敷かれたロンドン。刺繍作家のセシリーが主催するホームパーティに招かれたアリスは、初対面のセシリーの友人たちの間のギクシャクした雰囲気が気になっていた。やがて、いつまでたっても姿を現さない招待客の一人、劇作家のリッターが、間借りしている最上階のフラットで撲殺死体で発見される-------。 論創社から出たエリザベス・フェラーズ今年2冊目のノンシリーズ作品。 先に出版された「カクテルパーティー」と比較すると、ホームパーティでの殺人で幕を開けるところは似ているといえるのですが、錯綜した謎解きプロットの「カクテルパーティー」に対して、本作の構成は非常にシンプル。 目撃者の証言と凶器の指紋によって、被害者のリッターと一時不倫関係にあったジャネットが早々に逮捕され、裁判で死刑が宣告される。本書の大部分は、ジャネットの犯行に納得がいかないアリスが、パーティ参加者の男女を訪ね歩き、リッターとジャネットの”実像”を浮き彫りにしようとする数章で占められています。この巡礼スタイルでの関係者との問答パートが、地味でやや退屈に感じる部分もあるのですが、終章近くになって、アリスと夫のオリバーの推理のディスカッションから、盲点を突く真相に至る流れでようやく盛り上がります。戦時下ならではのトリックという点では、「爬虫類館の殺人」を連想する読者も多いのではないでしょうか。 |
No.2388 | 5点 | 本郷菊坂狙撃殺人 梶龍雄 |
(2016/06/16 18:20登録) 本郷の菊坂通りにあるホテル4階の一室で自殺をしようとしていた登志子は、窓から狙撃事件を目撃する。ライフルの本来の標的は現場近くにいた少年だったのではと推測した彼女は、その少年が暮らす名倉邸にメイドとして潜り込むが、少年の飼い犬が轢殺される事件につづき、邸の主人がライフルで射殺される---------。 お屋敷ものの本格ミステリという定型の枠組みのなかで、本作はちょっと思い切った試みがなされていて、そのアイデア自体は面白いと思います。エラリー・クイーンの某作を連想する読者がいるかもしれません。ただ、肝となる隠されたモチーフが、たいていの日本の読者は知識として持っていないと思われるので、こんなに多くの伏線がありましたよと解決編で説明されても、素直に感心できないのが残念なところです。また、”それ”を利用して密室からのライフル銃を取り出すトリックは、さすがに無理があり、万事都合よすぎるように感じてしまいます。 探偵役が自殺志願の若い女性という設定が変わっていますが、単に奇をてらっただけではなく、ラストでちゃんと意味を持たせているのはさすがと思わせます。ヒロインと刑事との関係がもう少し書き込まれていれば、ラストシーンがより映えたのではとも思いましたが。 |
No.2387 | 7点 | 呪われた穴 ニコラス・ブレイク |
(2016/06/13 18:56登録) ドーセット州の村で、複数の住人たちの秘密を暴く匿名の手紙が配達され自殺者まで出ていた。その村にある館に息子たちが住んでいる資本家アーチバルド・ブリック卿は、探偵のナイジェルを雇い事件の真相解明を依頼するが、ナイジェルが調査を進めているさなか、石切場の穴底でブリック卿が変死体で発見される----------。 これは傑作。英国の片田舎を舞台にした匿名の中傷の手紙を発端とするミステリといえば、アガサ・クリスティ「動く指」、ジョイス・ポーター「ドーヴァー③誤算」wなどが思い浮かび、さほど新味はありません。脅迫の手紙を受け取った当人や関係者をナイジェルが一人一人訪ね、手紙の犯人を特定しようとする第1部は地味な展開なのですが、そこからブルック家の兄弟と、近隣のリトル・マナ荘に住むシャンメール姉妹の複雑な関係や、過去からの因縁という事件の背景が徐々に見えてくる構成が見事です。なによりも、車椅子の姉セランディンをはじめ主要人物の造形がしっかりと書き込まれているのが本書の強みです。 第2部に入り、本格的に殺人事件のフーダニットが謎解きの中核になるわけですが、犯人の工作以外に、複数の第三者の善意と悪意による行為が巧妙なミスディレクションになっており、かなりあからさまな手掛かりがありながらも、真相は見抜けにくくなっています。 ナイジェルが事件を再構成しながら推理を開陳するシーンに併せて、村の容疑者たち各々の密かな行動がカットインで描写され悲劇に至るという、終幕の演出もドラマチックで効果絶大です。 |