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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1845件

プロフィール| 書評

No.885 8点 コフィン・ダンサー
ジェフリー・ディーヴァー
(2013/06/09 21:52登録)
1998年発表のリンカーン・ライムシリーズの第二弾。
前作「ボーン・コレクター」事件から約一年半後、今回のライムの相手は史上最大級の殺し屋「コフィン・ダンサー」。

~FBIの重要証人が殺された。四肢麻痺の科学捜査専門家リンカーン・ライムは、「棺の前で踊る男(コフィン・ダンサー)」と呼ばれる殺し屋の逮捕に協力を要請される。巧みな陽動作戦で警察を翻弄するこの男に、ライムは部下を殺された苦い経験があるのだ。「今度こそ・・・」。ダンサーとライムとの知力を尽くした闘いが始まる。ライムは罠を張って待ち構えるが、ダンサーは思いもよらぬところから現れる。その素顔とは?~

これはさすがに世評どおりの面白さ。
正直なとこ、シリーズ初作の「ボーン・コレクター」は「それほどでもない」という感想だっただけに、二作目となる本作の充実ぶりには目を見晴らされた。
ポイントをまとめるなら、①読者を唸らせるプロットの出来、②登場人物の造形の見事さ、の二つかな。

まず①の『読者を唸らせるプロット』だが・・・
何よりも、「コフィン・ダンサー」の正体に仕掛けられた大いなる「欺瞞」には驚かされた。
「正体」については、冒頭からかなり明確に示されていて、そこに仕掛けはないはずと思いつつ読み進めていたのだが、「そうは問屋が卸さなかった」。
さすがはディーヴァー。これにはマイッた!
ライムVSダンサーという構図を明示していたところにも、作者の企みはあったわけだな。
(ただし、ラストの「もうひと捻り」にはあまり感心しなかったが・・・)

そして、②の『登場人物の造形』
「ボーン・コレクター」ではこなれてない印象が残ったライムやアメリアのキャラが本作ではかなり改善。
前作ではベッドから離れられなかったライムも、本作では車椅子を操るところまで回復、アメリアとの関係も進展してよかった(?)
しかし、何より本作では殺し屋「コフィン・ダンサー」と、殺し屋に付け狙われる女性・パーシーの造形が際立っている。
ダンサーはまさに史上最強・最悪の殺し屋だな。
(個人的には「新宿鮫」シリーズの『毒猿』を思い出してしまった)
そして、パーシーはデンヴァー空港への命を懸けた着陸シーン・・・。こりゃ実に映像向きの場面だろう。

ということで、書き出すと止まらなくなりそうな一大スペクタクル作品。
例によってまずまず長いのだが、ページを捲る手が止まらなくなる危険性大なので、ある程度一気読みすることをお勧めします。
(シャーロック・ホームズが現代の科学捜査の技術を得たら・・・こんな感じになるのだろうか?)


No.884 4点 樒/榁
殊能将之
(2013/06/09 21:50登録)
「鏡の中は日曜日」で登場した謎(?)の名探偵・水城優臣が再び登場する本作。
「樒」と「榁」の二つの短編からなる不思議な感覚の作品・・・。
なお、講談社文庫版では、「鏡の中は日曜日」に併録されているので便利!

①「樒」=『天狗を目撃したという宮司がいる荒廃した寺社で、御神体の石斧が盗まれた。問題の“天狗の斧”が発見されたのは完全な密室の中。おびただしい数の武具を飾る旅館の部屋の扉を破ると頭を割られた死体と脅迫状が・・・。悲運の天皇・崇徳院をめぐる旅の果てに事件と出会ったかの名探偵の推理は?』

紹介文を読むとガチガチの本格ミステリーとように思える。
確かに堅牢な密室は登場するし、天狗らしき人物まで目撃されるという不可思議な謎は提供されるのだが・・・
プロットは脱力系のもの。(特に「天狗」の正体。まさかね・・・)

②「榁」=①から16年後、再び同じ場所で密室が出現する。しかも、今回の探偵役は石動戯作・・・って、この展開は「鏡の中は日曜日」と同じじゃないか!
(水城優臣→石動戯作という探偵役のスイッチ)
でも、まぁそれほど複雑なプロットが用意されている訳ではない。密室も子供騙し。

以上の2作品。
ノベルズ版出版時は、「密室本」シリーズの一冊として発表された本作。
作品の質がどうこうというより、「形式」を合わせるために出された節(フシ)がある。
まぁ「鏡の中は日曜日」の余興として読むのが正しい楽しみ方だろうな。それ以外ない。
(改めて、作者の早すぎる死にはお悔やみを申し上げたい・・・)


No.883 4点 塔の断章
乾くるみ
(2013/06/09 21:49登録)
2003年発表のノンシリーズ長編。
最近「新装版」として講談社文庫より出されたものを今回読了。

~「お腹の子の父親はあなたよ!」・・・別荘の尖塔から転落死した美貌の社長令嬢・香織(かおり)。悲劇が起きたのは、ある小説のゲーム化を企画するメンバー八人が別荘に集まった夜だった。父親は誰か、彼女の本当の死の理由は? 激しい恋が迷い込んだ先の暗黒を描いた「乾マジック」が冴え渡る。謎解き恋愛ミステリー~

これは何なのだろうか?
もちろん作者の「狙い」は分かる。(最初は全然分からなかったが・・・)
時間軸を歪めたり、並行させたり、とにかく読者をけむに巻き、「謎」を提供しようという意図は理解できた。
でもこれは分かりにくいなぁ。

正直、いきなり始まって、いきなり終わったという感覚が強い。
そして、そんなに楽しめなかった、というのがトータルでの感想。
短いのはいいのだが、「恋愛ミステリー」と呼ぶにしては、登場人物の描き込みが甘くて、それぞれのキャラが腹に落ちる前にラストを迎えてしまったのが致命的。

などなど・・・ツッコミどころが多すぎる本作。
もう少しジックリ構えた方がよかったのかも・・・
評点低いのは仕方ないかな。
(「イニシエーション・ラブ」の出来には遠く及ばないのでは?)


No.882 7点 殺しのパレード
ローレンス・ブロック
(2013/06/04 21:38登録)
2007年に発表された「殺し屋ケラー」シリーズの連作短編集。
本作でもブロックらしい軽妙かつ洒脱な筆致が楽しめる。

①「ケラーの指名打者」=今回のターゲットは大リーガーとのことで、ケラーは所属チームの試合を見るために、全米の各都市を行き来することになる。何の関係もない観客とケラーとの「噛み合っているようで噛み合っていない」会話が非常に面白い。
②「鼻差のケラー」=タイトルどおり、本編の舞台は競馬場。メジャーリーグに続き、今回は競馬場で何の関係もない競馬ファンの男と馬券談義を交わすことになる・・・。ケラーの馬券の買い方にはなぜか共感してしまう・・・(だから外れるのか?)
③「ケラーの適応能力」=本編はケラー・シリーズのターニングポイントとなる一編かもしれない。他作品に比べて分量も多いのだが、何より殺し屋としてのケラーの心境に大きな変化が訪れているらしい・・・
④「先を見越したケラー」=殺しを請け負ったケラーなのだが、何とケラーがデトロイトに降り立ったときには、すでに標的は殺されていた! という本シリーズのプロットを覆すような冒頭が衝撃的。そして、本編でもケラーは悩むことになる。
⑤「ケラー・ザ・ドッグキラー」=今回の標的は、タイトルどおり何と「犬」! 捻りすぎだろ!
⑥「ケラーのダブルドリブル」=別に標的がバスケットボールの選手というわけではない・・・(バスケットのシーンは登場するが)。
⑦「ケラーの平生の起き伏し」=殺し屋としてあってはならぬこと=『標的と仲良くなり、心を許してしまうこと』に陥ってしまったケラー。殺すべきか殺さざるべきか迷うのだが・・・ラストは本シリーズらしい。
⑧「ケラーの遺産」=自分が死んだとき、遺産(=ケラーの場合、収集している切手のことだが)をどうして欲しいか・・・
⑨「ケラーとうさぎ」=これは「おまけ」なのかな?

以上9編。
「訳者あとがき」に詳しくあるが、本作はニヒルで無感情であるはずのケラーの「心の揺れ」がテーマとなっている。
その原因は、『9.11』にあるのだが、殺し屋という自身の仕事に対しての「揺れ」を感じながらも、「プロ」として、そして何より「切手蒐集」のため(?)、仕事を遂行しようとするケラーの姿が非常に興味深い。
実に人間臭く行動する「姿」と、情け容赦なく殺害する「姿」に何の脈略もないように見えるのは作者の「故意」なのだろうが、その辺りのケラーの心理については、次作でも引き続き描かれることになる。

さすがに面白かった、というのが素直な感想。
(③~⑦が読みどころ。①②も面白いのだが・・・)


No.881 6点 嘘でもいいから殺人事件
島田荘司
(2013/06/04 21:37登録)
1984年発表のいわゆるユーモア(死語?)・ミステリー。
隈能美堂巧(くまのみどたくみ)、通称タックとターボのコンビが不可思議な事件に巻き込まれる。

~テレビ業界にこの人あり「やらせの三太郎」の異名を持つ軽石三太郎ディレクターと取材班が大胆なやらせ番組を企画して、東京湾に浮かぶ無人島に乗り込んだ。折からの台風接近で大きな密室となった島でスタッフのカメラマンが何者かに殺され、死体も消失してしまったのでサア大変(!)。根暗のパラノイア刑事が犯人探しに加わって、事件は意外な方向に・・・。恐怖と笑いの長編ミステリー~

島田荘司ってこんな作品も書いてたのね!
普通の方はそう思うんじゃないか。(個人的には再読なのだが・・・)
なにしろ主人公がヤラセ番組のスタッフ御一行という設定からして「軽~いノリ」が窺える。
登場する刑事・医師もまったく事件解決には貢献しないし、とにかくほとんどの人物は事件を引っ掻き回すだけの存在として登場する。

事件は首切り死体や人間(死体)消失など、いつもの「島荘節」全開。
特に、人間消失の方はありえない状況からの消失だし、それが「首切り」と有機的につながっている点がなかなか唸らせる。
事件現場に残された物証が探偵役となるターボが推理し、事件を解明するきっかけとなるなど、ミステリーファンにとっても十分に楽しめる内容だろう。

ただ、粗もかなり目立つ。
一番気になるのは、真犯人がアレとアレをアレに隠していたという場面・・・こりゃ無理だろ!
あと「動機」や事件の背景などは相当デフォルメされているが、その辺は確信犯ということなのだろう。

まぁ初期の「元気のよかった島荘」を味わうには適当な作品かもしれない。
粗には目をつぶって・・・
(猿島に建つお屋敷での密室殺人というと、折原の「猿島館の殺人」と完全に被ってるよなあ。こっちの方が先だけど)


No.880 8点 ルーズヴェルト・ゲーム
池井戸潤
(2013/06/04 21:34登録)
直木賞受賞作「下町ロケット」に続いて発表された長編がコレ。
もともとは熊本日日新聞など地方新聞数誌に連載されていたものを加筆修正し出版した作品。

~中堅電子部品メーカー・青島製作所の野球部はかつては名門と呼ばれたが、ここのところすっかり成績低迷中。会社の経営が傾き、リストラを敢行、監督の交代、廃部の危機・・・。野球部の存続をめぐって、社長の細川や幹部たちが苦悩するなか、青島製作所の開発力と技術力に目をつけたライバル企業・ミツワ電器が合併を提案してくる。青島製作所は、そして野球部はこの難局をどう乗り切るのか。負けられない勝負に挑む男たちの感動の物語~

うーん。なんでだろう?
いつもの『池井戸節』、「空飛ぶタイヤ」や「下町ロケット」と同じプロットのストーリーが展開されてるんだけど・・・
どうしてこうも感動させられるのか?

本作でも、登場人物ひとりひとりは、悩み、喜び、悲しみ、そして話し合い、ひとつひとつ問題を解決していく。
でも必ずぶち当たる「壁」、そして最後に訪れる「歓喜」。
全てが予定調和、いつもの勧善懲悪なのに・・・それでも登場人物の姿に自身を重ね合わせ一喜一憂している自分がいるのだ。

思いもかけず指名された社長というポストに悩む「細川」、細川に社長職をさらわれた「笹井」、総務部長兼野球部長としてリストラと廃部の板挟みに苦悩する「三上」、そして野球部の面々・・・
みんなが己の矜持をかけ、与えられた立場で全力を尽くしているのだ。
その姿が心に染み入るのだろう。
まさに作者のいう「全てのサラリーマンへの応援歌」ということなのだろうし、青臭いのかもしれないが「オレも頑張ろう」という気にさせられた。

もちろん現実はこんなにうまくはいかないことばかりなのだけど、たまにはこういう男たちの「汗臭い」物語に浸ってみるのもよいのではないでしょうか。
エピローグはちょっと蛇足のように感じたけど・・・

ただまぁ、ミステリー的要素はほぼないということで、評点はこのくらいで抑えることに。
(因みにタイトルは、野球好きの元米大統領F.ルーズヴェルトが語った「野球は8対7の試合が一番面白い」との逸話に基づく・・・)


No.879 4点 珈琲店タレーランの事件簿
岡崎琢磨
(2013/05/29 20:41登録)
京都の小路の一角にひっそりと店を構える珈琲店「タレーラン」。恋人と喧嘩した主人公は、偶然入ったこの店で運命の出会いを果たす! 長年追い求めた理想の珈琲と魅惑的なバリスタ・切間美星だ。
ということで、「ビブリア古書堂」に続くシリーズになりそうな予感も漂う、シリーズ第一弾。

①「事件は二度目の来店で」=主人公・青山が、タレーランに通うことになった顛末が描かれるのが冒頭の本編。一応「謎」らしきものは登場するが、ほんの申し訳程度という感じ。
②「ビタースウィート・ブラック」=青山の従兄弟の美少女が登場。帰国子女の従兄弟に最近できた彼氏に浮気疑惑が発生。ブラックコーヒーが飲めないはずの彼氏がなぜブラックを飲んでいたのか、なんて・・・どうでもいい。
③「乳白色にハートを秘める」=ひょんなことから青山が知り合ったハーフの小学生。なぜか青山に会うたびに牛乳をねだる彼にはある秘密があった・・・。その「秘密」って、これがまた相当小さい! まぁいい話ではあるが。
④「盤上チョイス」=別れたはずの元カノが再び迫って来る・・・。しかも、追いつくはずのない距離から・・・なぜ? というのが本編の謎。京都の地理・地名に詳しくないとピンとこないように思えるが・・・
⑤「past present f・・・」=謎の美女にしてバリスタの切間美星の謎に迫るのが本編。京都の中心街で偶然出会った二人は一緒に居酒屋へ、そして青山へ誕生日プレゼントを渡すのだが、それは彼女が知るはずのない「欲しかったものだった」って、どうでもいい!
⑥「Animals in the closed room」=幻の珈琲豆“猿コーヒー”を味わうため青山の自宅を訪れたバリスタ。彼女へ渡したぬいぐるみのクマはなぜかズタズタにされていた。いったい犯人は? ということなのだが・・・。ここで問題の人物「胡内」の正体が明らかになる。
⑦「また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」=「胡内」にまつわる騒動に巻き込まれた青山はバリスタとの別れを決断するのだが、ここで何と「青山」にも大きな欺瞞が仕掛けられていたことが明かされる・・・。これは気付かなかった!

以上7編。
正直キツイ感じがした。
「ビブリア古書堂」とほぼ同ベクトルの作品だと思うが、ミステリーとしての出来栄えは遠く及ばないように見える。
それにも増して、何より登場人物たちの言動のひとつひとつが、読んでてキツイのだ。
バリスタ切間のキャラは受けそうだけどなぁ・・・。
(30超えた男が読む作品とは思えなかった。)


No.878 8点 ブラッド・ブラザー
ジャック・カーリイ
(2013/05/29 20:40登録)
2008年発表。カーソン・ライダー刑事シリーズの4作目。
「百番目の男」「デス・コレクターズ」「毒蛇の園」ときて、シリーズは更なる盛り上がりを見せているが・・・

~きわめて知的で魅力的な青年・ジェレミー。僕の兄にして連続殺人犯。ジェレミーが施設を脱走してニューヨークに潜伏、殺人を犯したという。連続する惨殺事件。ジェレミーがひそかに進行させる犯罪計画の真の目的とは何か? 強烈なサスペンスに巧妙な騙しと細密な伏線を仕込んだ才人カーリィーの最高傑作。ラストまで真相は分からない!?~

これは素直に面白い。
特に、事件にジェレミーの関与が明らかになる中盤以降は、まるでギア・チェンジをしたみたいに、物語に加速感がついてくる。
そして、深まる謎、カーソンが恋に落ちたNYの女性刑事が囚われ窮地に陥る、etc
そして、謎の中心がジェレミーの過去にあると判明し、浮かび上がるひとりの人物・・・
まさに、最初から最後まで気の抜けない展開が続いているのだ。

好みの問題もあるし、全作を読んだわけではないのでエラそうに言えないが、個人的にはJ.ディーヴァーやM.コナリーよりも「面白さ」は上に思える。
(何より、「長さ」がちょうどいい。文庫版で上下分冊というのは個人的に萎えてしまう・・・)

本作は、いつものアラバマ州モビールではなく、舞台を大都会NYに移している点も魅力のひとつ。
周りに味方がいない状況で、殺人鬼ジェレミーが実の兄だと告白できず悩むカーソンはともかく、NY市警のシェリーとアリス、そしてよきパートナー・ハリー刑事など、登場人物の造形も相変わらずウマイし、読者は事件の渦そして謎にすぐに巻き込まれていける。
敢えて苦言を呈するなら、真犯人ということになるのだろうが、「後出し」といえば「後出し」ではある。
まぁでもねぇ・・・無理やりドンデン返しのために、「まさかあいつが!」という人物を最後にもってくるよりは、こういうプロットの方がしっくりくる(ように思えた)。

まとめるなら、「お勧め」ということになるし、次作の発表が待ち遠しい作家&シリーズ。
評点としては、他作品との兼ね合いでこうなった。
(シリーズ未読の方なら、発表順に読むほうがベター。)


No.877 6点 今はもうない
森博嗣
(2013/05/29 20:39登録)
S&Mシリーズ第10作目の長編。
さすがにシリーズもここまで続くと「こう来るか・・・」という変化球が用意されている、のだが・・・

~避暑地にある別荘で、美人姉妹が隣り合わせた部屋でひとりずつ死体となって発見された。二つの部屋は、映写室と鑑賞室で、いずれも密室状態。遺体が発見されたときスクリーンには、まだ映画が上映されていた・・・。折しも嵐が襲い、電話さえ通じなくなる事態に。S&Mシリーズ・ナンバーワンに挙げる声も多い清冽なミステリー~

これは「プロットの妙」ということに尽きる。
話は、事件が終結した後、萌絵が犀川にその顛末を聞かせる、というスタイルで始まるのだが、実際の語り手は事件に巻き込まれたある男性の視点で、「手記」という形式で読者には示される。
まぁ、普通考えるよなぁ、ミステリーファンなら・・・
「手記」には何かの仕掛けが施されていることを!
その「仕掛け」は作品終盤に開陳されるのだが、なかなかの衝撃。
(ただし、この衝撃は本シリーズをある程度最初から読んでいることが条件にはなるのだが)
なる程ね。何となく「違和感」は感じてましたが、これは叙述トリックで多用される「手」だけど、使い方がうまいとこんなに綺麗に嵌まるといういい見本だろう。

そして、本作もうひとつの肝が「W密室」。
ただ、これについてはかなり微妙、というか正直納得できない。
仮設を立てては崩すという過程が繰り返されるところまでは好ましいのだが、その結果判明した解答がコレか?っていう感想になる。
あと、せめて現場の見取り図は欲しいなぁ。
(説明を読んでも、今ひとつ状況が腹に落ちてこなかった)
結局、密室は「添え物」程度のガジェットだったのだろう、本作では。
読者としては、どうしても本シリーズには「密室トリック」を期待してしまうだけに、やっぱり「ネタ切れ」かという感じにはなった。

ということで、紹介文にある「シリーズ・ナンバーワン」という評価には決してならない。
この程度の評価が妥当なところ。


No.876 7点 十二枚のだまし絵
ジェフリー・アーチャー
(2013/05/18 22:38登録)
1994年発表。
ストーリー・テリングの天才または魔術師とも言える作者の作品集。

①「試行錯誤」=ごく短い作品が並ぶ本作にあって、唯一まとまった分量があるのがコレ。図らずも獄中に入った男が「試行錯誤」した結果・・・なんで? という結末。
②「割勘で安上がり」=これは相当秀作というか、このツイスト感は素晴らしい。主人公の女性が読者に対してウィンクでもしている様が目に浮かぶようだ。
③「ダギー・モーティマーの右腕」=ケンブリッジが誇る伝説の漕ぎ手(ボートかな?)、ダギー・モーティマー。彼を顕彰して作られた右腕の像に纏わる一編。
④「バグダットで足止め」=これはサスペンス感のある作品。イラクからアメリカへ政治亡命した男が、飛行機の故障でバグダットにトランジットしなくてはならなくなった・・・さて!? これもオチが効いてる。
⑤「海峡トンネル・ミステリー」=これは作者らしい皮肉の効いた小粋な作品。
⑥「シューシャイン・ボーイ」=イギリス領のある小島の総統に就任した男。彼の元へ本国の貴族が訪れることになったことから発生するドタバタ劇を描く一編。オチが効いてるような素直に読めるような・・・
⑦「後悔はさせない」=生命保険に絡む騙し合いがテーマ。あまり印象に残らず。
⑧「高速道路の殺人鬼」=これも④同様、サスペンス感の高い作品。ハイウェイを走る女性を追い掛ける変質者&殺人鬼。逃げても逃げても追い掛けてくる・・・男。
⑨「非売品」=これはちょっといい話かな。才能のある人って、こういうチャンスをつかむってことかな。
⑩「TIMEO DANOS」=舞台はギリシャ。ギリシャの人って、こんなふうにいい加減なんだろうなぁ・・・
⑪「眼には眼を」=これは正直なとこ、オチがよく理解できなかったのだが・・・。結局どういうこと? イングリッシュ・ジョークか?
⑫「焼き加減はお好みで・・・」=これは何と、結末が4種類も用意されてるという趣向の作品。ステーキの焼き加減になぞらえ、レア・バーンド(黒焦げ)・オーヴァーダン(焼きすぎ)・ミディアムに分かれる。それぞれに見合ったオチが用意されているわけだが・・・

以上12編。
本作の原題は、ずばり「Twelve Red Herrings」。
つまりは、12作品全てがレッドヘリングを主題として書かれている。

相変わらず練られたプロットとリーダビリティは「さすが」という感じで、素直にお勧めできる作品。
まぁ、面白くないというか、よく分からない作品も混じってはいるが・・・
(面白いのは②④⑧辺りかな。あとはやっぱり⑫)


No.875 6点 殺しへの招待
天藤真
(2013/05/18 22:36登録)
1973年発表の長編。
氏の作品らしく、凝ったプロットが楽しい作品。

~「わたしはあなたがよくご存知のある男の妻です。ひと月以内にその男の死亡通知が届くでしょう。彼は実は殺されるのです。そして殺すのはわたしです・・・」。そんな殺人予告状が夫と四人の知人宛に送られてきた。受け取った五人の男は、自分が手紙の中の条件に合致しているのに衝撃を受け、疑心暗鬼になりながらも何とか対処の方法を得ようと知恵を絞る。果たして標的とされているのは自分なのだろうか? だが、事態は二転三転。ユーモラスなタッチで描く、捻りの効いたプロット!~

面白いプロットだと思う。
「手紙」がプロットの鍵となるミステリーは数多いが、本作のような“使い方”は今まで余りお目にかかってない(はず)。
五人の男が「真犯人」にいいように操られ、互いに疑心暗鬼に陥りながらも、犯人探しのために協力する。
「手紙」の内容は徐々にエスカレートしていき、ついに殺人事件が発生してしまう。
だが、殺されたのは五人の中のひとりではなく、ある人物だった・・・
ここまでが第一部。謎の導入部としてはほぼ満点で、読者は惹き込まれること請け合い。

警察&知人の捜査過程を描くのが第二部。で、これがちょっと惜しい。
前半でコンガラがっていた事件の糸が、徐々に解きほぐされていくわけなのだが、読んでてどこか腑に落ちないというか、ピンと来ない展開だった。
第二部のラストで、真犯人や事件の構図なども明らかにされるけれど、「これでは・・・」と思っていた矢先に冷や水を浴びせるのが「第三部」。
予定調和っぽいかもしれないけど、やっぱりこの手の「捻り」がないと、こういうプロットの作品は締りが悪いというか、納得できない。
そういう意味では、うまくまとめたという感じ。

とにかく、“真の真犯人(?)”が「手紙」を使った「動機」というのが本作の肝で、それが全てと言っていいかもしれない。
そのために作者が仕掛けた遠大なプロットに読者が付き合わされたというのをどう捉えるかで評価は変わってくるのだろう。
個人的にはその辺がちょっと微妙・・・
(夫→妻の関係に時代を感じるなぁ・・・。今は妻の方が強いのが普通じゃない?)


No.874 6点 十字屋敷のピエロ
東野圭吾
(2013/05/18 22:34登録)
1989年発表の長編。
東野圭吾が書いた「新本格ミステリー」とでも表現すればよいのだろうか? そんな作品。

~「ぼくはピエロの人形だ。人形だから動けないし、しゃべることもできない。殺人者は安心してぼくの前で凶行を繰り返す。もし、ぼくが読者のあなたにだけ、目撃したことを語れるならば・・・しかもドンデン返しがあって真犯人がいる・・・」。前代未聞の仕掛けでミステリー読者に挑戦する新感覚ミステリー~

軽いといえば軽いが、さすがは東野圭吾という片鱗は見える作品
・・・っていう感じか。
「ピエロ視点」という発想というか企みは斬新。最後まで素直にとっていいのかどうか迷わされてしまった。
叙述トリックというほどのレベルではないが、「ピエロの人形」だからこそというプロットを絡めてある点は評価できる。

そして、本作のプロットのもうひとつの鍵が「十字屋敷」。
要は「館」ものである。それも生粋の。
このメイントリックは個人的には大好物なのだが、同系統のトリックに何度も出会っているせいか、さすがにサプライズ感はない。
手練のミステリーファンなら、冒頭にある「十字屋敷」の図を見ただけで、「こういうトリックじゃないか?」と気付いてしまうだろう。
(「8の字」、「卍」、「十字」ときて、つぎは何か・・・? 「田」とかどう?)

こんなミステリーっぽいミステリーを大作家となった東野圭吾が書いていたということだけで、本作は価値がある。
ラストに事件の背景、構図が一気に明らかになり、さらにもう一段階、裏の構図を用意しているところなどは「策士」というべき手腕。
まぁ、それほど高評価はできないけど、それなりに楽しく読める作品には違いない。
(作者の「若さ」を感じる作品だな)


No.873 6点 キングの身代金
エド・マクベイン
(2013/05/10 23:34登録)
アメリカ警察小説の名シリーズといえば「八七分署シリーズ」。
その中でも一、二を争う名作といえば本作という方も多いのではないだろうか。シリーズ10作目にして初めて「誘拐」というテーマを扱った作品でもある。

~グレンジャー製靴株式会社の重役キングは、事業の不振を利用して会社の乗っ取りを画策していた。必死に金を都合し、長年の夢が実現しかけたその時、降って湧いたような幼児誘拐事件が起こった。しかも、誘拐されたのはキングの息子ではなく、犯人は誤って彼の運転手の息子を連れ去ったのだ。身代金の要求は五十万ドル。キングは逡巡した。長年の夢か、貴重な子供の命か・・・。誘拐事件に真っ向から取り組んだシリーズ代表作~

さすがに雰囲気のある作品だ。
本作が黒澤明監督の名作「天国と地獄」のモチーフとなったのは有名な話だが、本作のプロットの鍵となるが「誘拐対象の取り違え」だ。
文庫版あとがきを読むと、「誰を連れ去ろうとも誘拐は成り立つ・・・」という点に黒澤氏が大いに感化されたというエピソードが紹介されていて、当時はそれだけ斬新なプロットだったのが分かる。
ミステリー的な謎とトリックという観点からは特段見るべきものはないのだが、それでも「シリーズ代表作」として今でも語り継がれている理由は、「誘拐する側」「誘拐される側」の双方で繰り広げられる濃密な人間ドラマのせいに違いない。

特に、キングと妻との間のやり取りは強烈だ。
長年の苦労で手に入れた大金を手放すかどうか、ギリギリのところで悩む主人公、「払わない」という答えに激怒する妻・・・
そして、誘拐犯の側でも罪の意識との葛藤が始まっていく・・・
やっぱり、盛り上げ方の手練手管は見事という他ない。
誘拐犯・サイの最後の「プライド」にも心を動かされた。

ということで、やはり水準以上の作品だとは思うが、評点としてはこんなもんかな。
シリーズ初読なので、評判のいい作品は続けて読んでいきたい。


No.872 7点 奇術探偵 曾我佳城全集 秘の巻
泡坂妻夫
(2013/05/10 23:32登録)
1980年の初出以降、20年にも渡って「小説現代」誌に随時発表されたのが「奇術探偵曾我佳城シリーズ」。
それをまとめたのが「奇術探偵曾我佳城全集」。
本サイトでは「全集」としてアップされているが、文庫版を愛読する読者としては、講談社文庫として分冊された「秘の巻」「戯の巻」の順に書評していきたいのでご容赦願います(分量も多いので、分けた方がいいように思えるし・・・)。

①「空中朝顔」=シリーズ初編は、まるで一枚の絵画を想像させるような芸術的作品。空中で咲いた朝顔を見つめる曾我佳城の姿というだけでシリーズファンには堪らないのではないか。 ミステリー的には?だが・・・
②「花火と銃声」=これは実にミステリーっぽい趣向溢れる作品。特に「銃痕」の取り扱いは「さすが」と思わせるし、伏線の張り方はやはり職人芸だろう。
③「消える銃弾」=舞台上の人間に向かって撃った銃弾が見事に消える(!)・・・はずが、消えずに発生した殺人事件の謎。ミステリーとしての仕掛け自体はやや拍子抜けだけど。
④「バースデイロープ」=ロープを使ったマジックは高等技術が必要(by曾我佳城)とのことだが・・・。結び目にこんなに種類があるのは初めて知った!
⑤「ジグザグ」=テレビではよく見るマジック・・・三つに分かれた箱に人が入り、胴体部分を横にズラす奴(伝わってるかな?)。もちろんタネも仕掛けもあるマジックなのだが、本当に胴体部分だけが抜かれた死体が発見されるのが本編の事件。でもこの程度の動機でここまでやるかなぁという疑問は残る。
⑥「カップと玉」=「カップの玉」のマジックに絡め、徹底的に暗号に拘った作品。暗号そのものはポーやホームズの時代からある古いタイプのものだが、こういう手の作品は個人的に大好き。
⑦「ビルチューブ」=事件の真の構図をうまく隠したまま、ラストに伏線を全て回収して収束という実に短編らしい好編。作中に出てくる紙幣の焼失と出現のマジックは不思議だ。
⑧「七羽の銀鳩」=マジックで使うはずの銀鳩が別の鳩にそっくり入れ替わる・・・という風変わりな謎を扱う本編。事件の舞台をよく読めば、作者の狙いはすぐに読めるかも。
⑨「剣の舞」=プロットとしては④と同趣向。別視点として書かれている登場人物がどのように事件の本筋に関わってくるか・・・ということなのだが。ミステリー的にはあまり成功してないように思える。
⑩「虚像実像」=映像技術を使った大掛かりなマジックを演じる男がショーの途中に舞台で殺害される・・・。マジックのカラクリそのものが面白い。
⑪「真珠婦人」=昔、こんなタイトルの昼メロがはやりましたなぁ・・・(原作は大作家ですが)。作中の「パン時計」のタネってどうなってるのか?

以上11編。
さすがの一言。奇術とミステリーの融合なんて、国内では作者の右に出る者はいないでしょう。
本作は主人公・曾我佳城の魅力も相まって、実に楽しい読書ができる。
ミステリーとしての観点からでは、各作品にレベル差はあるのだが、紙上で奇術を味わうだけでもよしとしよう。
下巻である「戯の巻」へつづく・・・
(好みは②や⑦辺りかな。暗号ものの⑥も好きだ)


No.871 5点 三角館の恐怖
江戸川乱歩
(2013/05/10 23:31登録)
ロジャー・スカーレットの「エンジェル家の殺人」を乱歩が翻案したことで有名な作品。
明智小五郎を彷彿させる名探偵・篠警部とワトスン役・森川弁護士のコンビが事件に挑む。

~一月下旬の寒い午後、森川弁護士が雪道を急ぐ。目指すは三角館と呼ばれる河畔の西洋館。右に兄の健作、左に弟の康造、正方形の敷地を建物ごと対角線で二分し双生児の兄弟が住まう。長生きした方に全財産を譲るという先代の遺言に端を発し、日がな相手を蹴落とさんと骨肉相食む四十年余。命旦夕に迫る健作は、弁護士立会いの下どちらが先立っても遺族が平等に相続する契約を結ぼうと図るが、康造は即答を避ける。その夜、康造が射殺されるという望外の事態が起こる!~

さすがに面白い。
本作は「犯人当て」として、一般読者から真犯人の名前を動機付きで送ってもらうという趣向のもとで出版されており、読者への挑戦や幕間での作者からのヒント提供など、本格ミステリーとしての面白さを追求した作品と言えるだろう。
何より「舞台設定」が光る。
建物の真ん中にあるエレベーターで二分された奇妙な「館」、いがみ合いながらも愛憎渦巻く二つの家族、謎の帽子男・・・もう本格好きには応えられないガジェットが満載(!)
エレベーターを使ったトリックや意外性のあるフーダニットもきれいに嵌っていて、水準以上の出来ではないか。

ただなぁ・・・
本作の致命的な欠陥は、これが完全なコピー作品ということに尽きる。
「エンジェル家の殺人」も既読だが(書評NO.599)、ミステリーとしてのプロット、トリックその他についてはほぼそのまま借用と言っていい。創元文庫版巻末解説で、小森健太郎氏が「原作を分かりやすく、面白くしている・・・」とフォローしていて、それはまあそのとおりだけど、ここまでいくと「翻案」というレベルではなく、「翻訳」といっても差し支えないように感じてしまう。

まぁ、旧作品を下敷きした作品というのはよくあることだし、今更、翻案の善し悪しを語っても仕方がないと思うが、さすがに高評価するのちょっと憚かれる気がするので・・・この程度の評点に落ち着く。
(面白いのは確かですよ、とフォローしておく)


No.870 6点 死が二人をわかつまで
ジョン・ディクスン・カー
(2013/05/03 17:57登録)
1944年発表。
ラジオドラマのシナリオとして書かれた短編「ヴァンパイアの塔」を原型として、長編に焼き直したのが本作。

~雷鳴とともに、劇作家ディックは幸せの絶頂から不幸のどん底へと叩き落とされた。婚約したての美女レスリーと訪れたバザーの会場で、婚約者の正体を教えようといった占い師が銃弾に倒れたのだ。撃ったのはレスリー。ディックは彼女が三人の男を殺した毒殺魔だと知らされる。婚約者への愛と疑惑に揺れるなか、密室での不可解な毒殺事件が新たに発生。名探偵フェル博士が真相究明に乗り出す。カー中期の代表的傑作~

本作の印象を一言で表すなら、ズバリ「龍頭蛇尾」ということになる。
とにかく冒頭から序盤での謎の提示は魅力的だ。
婚約者の女性が実は毒殺魔(何とワクワクする響きだろう!)だと知らされた当夜、実際に毒殺事件が発生するのだ、しかもお約束の「堅牢な密室」で・・・
この辺りまでは、「いかにもカー」らしいケレン味に溢れた展開で、読者の心を惹きつけずにはおかない。

ただし、そこからがいけないのだ。
フェル博士が登場するやいなや、「毒殺魔」の正体が明かされ、何だかミステリーとしての勢いが失速してしまう。
真犯人自体はまずまず意外性もあり悪くはないけれど、動機や事件の背景など、いわばミステリーとしての補強部分が実にあっさりで納得性が薄い・・・この辺がどうしても「薄っぺらい」印象を残してしまう原因になっているのだろう。

密室トリックは古き良き時代を感じさせる・・・っていう感じ。
正直、説明文のみでは今ひとつピンとこないトリックなのだが、今回の密室は“How done it”よりも“Why done it”に重点が置かれているのがミソ。毒殺魔に関する何気ない条件(エピソード?)のせいで、真犯人が密室を構成せざるを得なくなる、という設定がさすがにウマイ。銃弾の使い方もさすがに老練さを感じさせるプロット。

ということで、ちょっと惜しいなぁという水準になってしまった感がある本作。
他の代表作と比べれば一枚も二枚も落ちるという評価は止むを得ないかな。
(若竹七海氏の「文庫版あとがき」もなかなか面白くて楽しめた)


No.869 6点 神津恭介、密室に挑む: 神津恭介傑作セレクション1
高木彬光
(2013/05/03 17:53登録)
「宝石」や「新青年」誌に掲載された「神津恭介」登場作品をまとめた短編集。
テーマはズバリ「密室」ということで、ミステリーファンの心をくすぐる作品なのは間違いない(だろう)。

①「白雪姫」=いわゆる「雪密室」に双生児というミステリーに付き物のガジェットを絡めた作品。何よりスゴいのが密室トリック。ここまで「密室トリックらしいトリック」に触れたのはもしかすると初めてかもしれない・・・
②「月世界の女」=あるホテルのロビー、衆人環視の環境でひとりの美女が煙のように消えてしまう・・・というのが本編の謎。登場人物などの設定を考えれば、自ずとトリックは見えてしまうのが難。ワトスン役の松下研三が右往左往するさまがなかなか愛おしい。
③「鏡の部屋」=これも密室からの人間消失がテーマ。鏡が登場する時点で、トリックの方向性は分かってしまうのではないか? いわゆる奇術師のトリックだな。
④「黄金の刃」=“四次元の男”を名乗る男が登場。要は密室とアリバイトリックの合体技に挑んだ作品なのだが、それほど出来のいい作品とは思えなかった。
⑤「影なき女」=なかなか趣向を凝らした作品。連続殺人事件のなかで、“影なき女”が共通して登場するのだが、この使い方に旨さが出ている。神津恭介は途中から登場し、快刀乱麻の如く事件を解決。
⑥「妖婦の宿」=「犯人当て」を主眼として書かれた作品。ある登場人物を視点人物として配したことで、ある大トリックをうまい具合に隠すことに成功している・・・って今時ならよくあるプロットではあるのだが。

以上6編。
密室括りとはいっても、典型的な「密室殺人」を扱っているのは①くらいで、あとは人間消失など広義の密室というべき作品が並んでいる。
まぁ、今現在から見れば古臭いという感覚になるのは否めないが、それでも流石に大作家だけのことはあって、バリエーションにとんだ密室トリックを味わうことができる。
そういう意味では、なかなかお得感のある作品集。
(個人的ベストは⑤か①。あとは横並びかな)


No.868 6点 七十五羽の烏
都筑道夫
(2013/05/03 17:51登録)
1972年発表発表。「黄色い部屋はなぜ改装されたか」にて主張したロジック中心のミステリー観に基づき、実験的に創作したのが本作。
サイキック・ディテクティブ(?)物部太郎と助手・片岡直次郎のコンビで贈る長編シリーズの第一作目。
今回は光文社の都筑道夫コレクションシリーズで読了。なお、本書には「なめくじ長屋シリーズ」や「退職刑事シリーズ」、「キリオン・スレイシリーズ」の代表作まで収録というおまけ付き。

~平将門の娘・瀧夜叉姫(たきやしゃひめ)の祟りで伯父が殺されます・・・まったく働く気のない心霊探偵・物部太郎のもとへ依頼人が来た。実際、殺人事件が発生し、何の因果か難事件に巻き込まれてしまう。立ち塞がるいくつもの謎。名コンビ・片岡直次郎を助手に、太郎はその真相を推理する~

「前評判」というか名前だけは以前から何度も目にしていた本作。
さぞやロジカルでこれぞミステリー(!)とでも言いたくなる作品なのだろうと予想していたが・・・
何だか「無味乾燥」だなぁーという読後感になってしまった。

倉知淳の「星降り山荘」の影響もあり、各章前の「注意書き」が有名になったが、それ自体にミス・ディレクション的趣向のあった「星降り」と比べ、本作ではそれほどの効果はないように思える。
そして、本作の眼目であるはずのロジックなのだが・・・
中盤で「容疑者一覧表」を付して、動機やアリバイなどをひとりずつ検討→消していく、というやり方はまぁいいのだが、真相が解明された後も、何かモヤモヤした感覚が残ってしまったのはなぜだろう?
多分、ロジック一辺倒となってしまったばかりに、動機の不自然さやトリックのショボさにどうしても目がいってしまうからなのだろうねぇ。
(特に密室を持ち出しながら、この解法ではなぁ・・・)

これまで作者の作品を読んでるときも、どうも相性が悪いように思えていたけど、本作でますますそう感じた。
時代性もあるし、玄人ウケするのかもしれないけど、個人的にはそれほど魅力を感じない。
(登場人物に魅力を感じないというのも、「相性が悪い」原因なのだろう。本作の物部もそう、退職刑事やキリオン・スレイもそう・・・)


No.867 5点 ルパン対ホームズ
モーリス・ルブラン
(2013/04/27 22:19登録)
「世紀の大怪盗アルセーヌ・ルパンと史上最高の名探偵シャーロック・ホームズの対決」と聞くと、やっぱり興奮する(?)わけですが・・・
今回も新潮文庫版を読了。堀口大學の翻訳はやはり格調高いなぁ(読みにくいとも言えるが・・・)
本作は中編的分量の①と短編②の二作品で構成。

①「金髪婦人」=ある古道具屋に並んでいるなんの変哲もない古机。この古机をめぐる盗難事件からスタートする本作。途中、殺人事件までも挟み、事件のあちこちに登場するのがタイトルにある「金髪婦人」。やっぱり、ルパンの冒険譚には彼と美女との恋愛が絡んでくるのがフランス人たる作者らしいのだろう。ホームズはガニマールまで従えてルパンと対峙するが、どう見てもルパンに押されてる感じ。まぁ最後は一応「痛み分け」という形で決着は付くのだが・・・。
②「ユダヤのランプ」=①の解決後、一定の期間経過後に発生したのが、「ユダヤランプ」をめぐる盗難事件。ホームズがパリへ向かう前から、ルパンの影につきまとわれることになる。脅迫状のからくりに気付いたホームズが真相に肉薄するのだが、ラストにはドンデン返しが待ち受けている。そして、今回も結果は痛み分けということに・・・。子供に教えられるホームズの姿がある意味微笑ましい。

以上2編。
他の方の書評にもあるとおり、ホームズについてはコナン・ドイルからの抗議を受け、原文ではHerlock Sholmesとなっている。ただし本作では、その正体が明白なのでシャーロック・ホームズとしますという旨が冒頭に堂々と書かれてある。
(なぜかワトスンはウィルソンのまま表記されている。どうせならワトスンと書いちゃえばいいような気が・・・)
対決というのは、いわば「ファンサービス」というようなものではあるけど、エポック・メイキングであることには違いない。

でも、ミステリーまたはスリラー・サスペンスとしての出来そのものは誉められるレベルとは言い難い。
視点人物が等分に分けられたせいか、どうも煮え切らないプロット&ストーリーという読み応えなのだ。
はっきり言えば「中途半端」の一言だけど、まぁ本作はそんなことで評価云々というべき作品ではないのだろう。
ミステリーとしての歴史的価値を若干プラスして評価。
(シャーロキアンには我慢ならない表記が多いと思うのでご注意を!)


No.866 5点 刺のある樹
仁木悦子
(2013/04/27 22:17登録)
1961年発表。「猫は知っていた」「林の中の家」に続く長編三作目が本作。
本作も雄太郎&悦子の仁木兄妹シリーズ。

~ミステリーマニアの仁木雄太郎、悦子兄妹の下宿に、ひとりの紳士が相談に訪れた。このところ不可解な出来事に次々と見舞われ、命を狙われているのではないかと怯えているらしい。二人が調査に乗り出した矢先、紳士の妻が何者かに絞殺されるという事件が起き・・・。息もつかせぬ展開、二転三転する推理合戦の行方は?~

作者らしい「雰囲気のいい」作品。
陰残な殺人事件と狡猾な真犯人など、普通ならドロドロした話になるに違いないプロットなのだが、作者の手にかかるとなぜだかほんのりした雰囲気が醸し出されるから不思議。
それもこれも、仁木兄妹のキャラクターが効いているのだろう。
その辺は、巻末の「作者あとがき」でも窺い知ることができる。
(本作はポプラ社のピュアフル文庫にて読了)

ただ、ミステリーとしてのプロットそのものは単純かなぁ。
最初からどうみても怪しい奴がいるし、伏線も“ある人物”をかなりあからさまに指し示しているとしか思えない。
これは「意外な真犯人」でも用意されているのか、と思っていたが、そういうわけでもなく解決・・・といった具合。
アリバイトリックに(当時としては)やや斬新な趣向が取り入れられているところが救いか。
ラストの捻りは後味が悪くなるだけのように思えるし・・・

ということで、トータルでは水準級という評価が適当かな。
時代性から見れば、大いに評価していいのかもしれないが、「猫は知っていた」などと比べるとやっぱり落ちる。

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