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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1819 5点 眠れぬイヴのために
ジェフリー・ディーヴァー
(2025/01/13 14:09登録)
リンカーン・ライム登場前の「初期」ディーヴァー作品。
これまで同シリーズをできるだけ発表順に、丁寧に読み継いできたんだけど、ここで少し時を巻き戻して過去作へ・・・
1998年の発表。

~記録的な嵐が近づく夜。精神病院を出た死体運搬車に積まれた死体袋を破って、筋肉隆々の巨漢が這い出た。彼の名は「マイケル・ルーベック」・・・俗にインディアン・リープ事件と呼ばれる凄惨な殺人事件の犯人だった。ルーベックは、裁判で自分に対して不利な証言をした女教師リズに復讐の鉄槌を下すため、脱走を企てたのだが・・・~

なるほど・・・
他の方のご意見と重なる部分はあるけれど、「ワンパンチ足りない」というのが最もフィットした感想。
「リンカーン・ライム」シリーズのクオリティや、そのジェットコースター=疾走感の強いミステリーに慣れてしまったせいかもしれない。
本作でも、ラストにはサプライズ感のあるドンデン返しが用意されてはいる。
ただ、長い長い物語を読まされてきたわけだから、これくらいのサプライズはまあ当然あるよなあー、という程度にとどまる。
そこは、もう、作者ですから、どうしてもハードルは結構高く設定されてしまう。そこはやむなしだ。

ストーリーは、複数の登場人物たちの視点をとおして、かわるがわる語られ、徐々に進んでいく。(実際はほぼ一日だけのお話だったわけだ・・・)
順番に語られるなか、読者は徐々に作者の術中にはまり、真相とは別の方向に導かれていく。そこはまあ当然。
問題なのは、事件のきっかけ、或いは大元になっている「インディアン・リープ事件」。
この事件の詳細がなかなか明確にならず、読者はモヤモヤ感を持ったまま終盤へ突入していく。おそらく、ここに仕掛けがあるのだろうという予想をしながら、真実が詳らかにされるのは、もう本当にラストの直前。
ここにきて、ようやく事件の全貌が明らかとなる。

まぁ長いよね。引っ張りすぎだろう。
壮大な真実が出てくるのを期待しすぎていると、ちょっと拍子抜けのような気にはなるかも。
そこは、まあ、まだまだベストセラー作家になる前の作品ということで・・・
やっぱり、全体としては、分量と面白さがアンバランス、ということにはなる。


No.1818 7点 沈黙の町で
奥田英朗
(2025/01/13 14:07登録)
皆さま、かなり遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。昨年は元旦から激動のスタートでしたが、今年は平和でのんびりした正月だったのでは?(私はいろいろありましたが・・・)
さて、毎年新年一発目に何を読もうかと思案するのですが、今年は本作となりました(本当は別の作品を予定していたのですが、理由あってこうなってしまった)
とにかく、まあ、単行本は2013年の発表です。

~北関東のある県で、中学2年生の男子生徒が部室の屋上から転落し、死亡した。事故か? 自殺か? それとも・・・。やがて、その男子生徒が同級生からいじめを受けていたことが明らかになる。小さな町で起きたひとりの中学生の死をめぐり、町に広がる波紋を描く。被害者や加害者とされた子の家族、学校、警察など、さまざまな視点から描き出される群像小説で、地方都市の精神風土に迫る~

新年早々、本当に重い話である。
本作の視点人物として登場する、いじめ・死亡事件の被害者、加害者の中学生、それぞれの親たち(特に母親)、校長をはじめとする教師たち、捜査を行う警察、事件を洗う検察官、そして取材する新聞記者・・・
多くの関係者がひとつの死亡事件により、さまざまな想いを抱き、悶々とし、そして行動する。
作者はまるでそういう実在の事件を見てきたかのように、神の視点ですべてを俯瞰する。
そう、まるでドキュメントのようなリアリティ、雰囲気さえ醸し出している。ただ、決してドキュメントではない(当たり前だが)。
それぞれの人物の心の中まで深く炙り出しているのだから・・・

本作では、中学生という時期の子供たちの特性についてもいろいろと考察している。
確かに。そういう時期かもしれない。加害者として描かれる中学生も、本来は明るく利発で、正義感の強い子だった。ただ、被害者の「空気を読まない」言動や周囲の雰囲気に吞まれ、やがて流されていく。

いやいや、全くミステリーの書評ではなくなっている…
あと、「母親と父親の違い」も浮き彫りになる。子を持つ父親の方は心して読んだほうがよい。ただひたすら、子供に盲目的な愛情を注ぐ母親と、どこか一歩引いてみている父親・・・。当然、夫婦間で諍いが生じます。「盲目的」ということに、作者がどのように見ているかということが気になるところではありますが・・・

そして、どうしても気になるラスト。ラストのラストでついに真相が露わになる。で、これからどうなるのか? 気になるではないか
不幸のどん底のように思っている母親たち、現実に打ちのめされる加害者たち。彼らはこれからどうなっていくのか?
バッドエンドもグッドエンドも用意されず、後は読者の匙加減でお楽しみください・・・ということ?
とにかく、「人間の業」というものを考えさせられる時間だったなあー
毎年のように起こるいじめを引き金とする悲しい事件。そこには様々な関係者の悲痛な思いまでもが渦巻いている。フィクションを超えた、作者のリーダビリティの高さを十二分に味わうことのできる作品。
(でも重~い気持ちになるよ)


No.1817 6点 月の夜は暗く
アンドレアス・グルーバー
(2024/12/31 13:37登録)
「夏を殺す少女」は確かに読んでいた。
ただ、明確に覚えているかというと、「うーん」・・・という感じではある。ヨーロッパ大陸に跨った作品だったよなあーって、曖昧!
そんな作者の長編を再度手に取った。2012年の発表。

~「母さんが誘拐された!」。ミュンヘン市警の捜査官ザビーネは、父親から知らせを受ける。母親は見つかった。大聖堂で、パイプオルガンの脚にくくりつけられて。遺体の脇には黒インクの缶が。口にはホース、その先には漏斗が・・・。処刑か、なにかの見立てか? ザビーネは、連邦刑事局の腕利き変人分析官とともに犯人を追う。そして浮かび上がったのは、別々の都市で奇妙な殺され方をした女性たちの事件だった。「夏を殺す少女」の作者が童謡殺人に挑む~

プロットや各種の道具立ては実に魅力的である。
なにしろ、童謡の歌詞のとおりの見立て殺人なのだから。国内の新本格やその後の数多の本格ものでもなかなかお目にかかれないテーマだ。
本筋とはあまり関係ないけれど、この童謡がなかなか残酷。よくもまあここまでやるなあーというほど残酷性が際立っている。もしかしてドイツの国民性?

で本筋なのだが、主に三つのストーリーが冒頭から交互に進行していく。ただし、時間軸はねぇ。そこはいろいろと含まれているわけです。
プロットとしては、サイコ的な真犯人に焦点を当てたサスペンスの色合いが濃くて、フーダニットの興趣などは途中から放り投げられたようなところはある。というか、中盤にはほぼ特定されてしまう。
そこはある意味現代的にも見えるけど、個人的には残念な部分。

もう一つの読みどころが、主人公ザビーネとコンビを組むS.スナイデル(このSが大事らしい)。コイツが相当なクセ者。当初は交わることはないと思っていた二人が、徐々にコンビニなっていく過程もなかなか。

全体的には十分水準以上の面白さを感じることはできた。
でも、結構長いよ!


No.1816 6点 探花
今野敏
(2024/12/31 13:33登録)
ついに「隠蔽捜査シリーズ」もVOL.9となった。足掛け何年だろう?
長く続くシリーズというのは、やっぱり面白くて読者の支持も強いからだろう。本作についてもそれは同じ。私にとっても、続編が待ち遠しいシリーズとなった。もちろん竜崎伸也の言動が読みたいのだ。
単行本は2022年の発表。

~横須賀基地付近で殺人事件が発生。竜崎は、極めて異例ながら米海軍犯罪捜査局のリチャード・キジマ特別捜査官の参加を認め、そのまま日米合同捜査の指揮を執ることに。一方、八島圭介が警務部長として県警本部に着任。竜崎の同期で警察庁トップ入庁、決して腹の内を見せぬ男。八島には、前任地の福岡での黒い噂がつきまとっていた。さらに留学先のポーランドで息子の邦彦が逮捕されたとの一報が飛び込み・・・~

タイトルの意味は、中国の科挙制度でトップから三番目の成績の者のこと。竜崎が同期で三番目、つまり「探花」ということ。ちなみに、本作で竜崎の敵役として登場する同期の八島がトップ、科挙でいうところの「状元」(というらしい)。へぇ・・・

肝心の本筋なのだが、前作でも書いたと思うけれど、とにかくスムーズすぎ!
特段のピンチもなく、真犯人逮捕。竜崎の周りで起こった不穏な空気も、竜崎の手にかかれば、同期トップだろうが、日米地位協定だろうが、衆議院選挙だろうが、ポーランド大使館だろうが、無事に解決してしまう。
それはそれで、もちろんいいのだけどね。
本作が神奈川県警異動後、二つ目の事件でまだ慣れないと作中で何度も独白している。ただ、そこは原理原則を貫く男、竜崎伸也。
神奈川県警の猛者どもも、手の内にいれた感がある。

ますます「理想の上司」となった竜崎。もはや無双といってもいいくらいだけど、シリーズはまだまだ続きそうな気配で楽しみも続いていく。
(先日たまたま山下公園付近を歩いていて、左手にある大きなビルをみると「神奈川県警」の文字が! これが竜崎のいるビルかあ!ってフィクション通り越して感嘆してしまった。ある意味「聖地巡礼」・・・)


No.1815 6点 #真相をお話しします
結城真一郎
(2024/12/31 13:31登録)
「小説新潮」誌に断続的に掲載された作品をまとめた作者の処女短編集。
日本推理作家協会賞受賞はいうまでもなく、作者の名前を世に高めることとなった作品。
2022年の発表。

①「惨者面談」=昨今の中学受験戦争(?)は凄まじい。で、子供の成績を何としても上げようと親が雇うのが「家庭教師」。ということで、とある家庭を訪問した家庭教師派遣会社の営業マンが巻き込まれた事件。その家の母親の態度はどうみても「おかしい」のだが・・・。真相は二番底にある。
②「ヤリモク」=昨今、マッチングアプリを悪用した詐欺事件が急増しているというニュースを、たまたま昨日の地上波で見た。で、本作は「詐欺」ではなく「コロシ」である。問題は「コロシ」の理由なのだが、目的を達したはずの真犯人に待ち受けるのは思いがけぬ事実・・・だった。
③「パンドラ」=いつの世も「子供が欲しいのにできない」夫婦は存在する。そこで闇ルートに存在するのが「精子バンク」(闇ではないかもしれんが)。ここに登場する男性は、敢えて提供者であることを隠さずに提供し、成長した我が子(?)を前にして・・・。そこには予想外の不穏な結論も。
④「三角奸計」=コロナ禍で流行った「リモート飲み会」がテーマ。大学時代からの仲良し三人組が久し振りに飲み会を開催することに。リモートで。飲み会が進行するなか、徐々に妙な方向に話は進んで、ついに・・・どうなった! 「そこまでやるかな?」というのが正直な感想だが。
⑤「#拡散希望」=長崎市沖の島で成長している四人組の小学生。ある日唐突にそれはやってきた! その名もiphon7(7か・・・)。それを境に、四人組を取り巻く島の環境は変化していき、ついには殺人までも。真相は「いかにも今の時代!」的なもの。

以上5編。
またもや日本の最高学府出身のミステリ作家登場である。いったいどうしちゃったんだ! 最近の出版界、いやミステリー界は? 東大閥なのか?(一時は京大閥かということもあったけど)
それはさておき、いやいや、実にスキのない短編集である。
AIがミステリーを書くと、こんなふうになるのではないかと一瞬勘ぐってしまう。それほど高水準だということ。
きっちりと前フリが効いていて、短編らしいラストのツイストもあるし、流行りのテーマも取り入れている・・・
うーん。否定的な感想を書けない。
でもまあ、昭和を知る者としては、「スキのないのが弱み」とでも強弁しておこう。あまりに優等生すぎるのもどうなの?って、単なる「妬み」です。


No.1814 6点 剣持麗子のワンナイト推理
新川帆立
(2024/12/05 14:12登録)
~亡くなった町弁のクライアントを引き継ぐことになってしまった剣持麗子。都内の大手法律事務所で忙しく働くかたわら、業務の合間に一般民事の相談にも乗る羽目になり・・・~
ということですでに地上波にも登場した弁護士・剣持麗子が巻き込まれる事件をまとめた連作短編集。
単行本は2022年の発表。

①「家守の理由」=初っ端は軽~いジャブといった雰囲気の短編。でも、連作の第一話としては、重要な部分も含んでいるから注意が必要!
②「手練手管を使う者は」=またもや事件に巻き込まれてしまう麗子&(相棒役の)黒丑。しかも今度はどう見ても、コイツしか犯人はいない状況。で、タイトルの意味は最後の最後で分かることに。
③「何を思うか胸のうち」=なぜか、麗子が所属する大規模弁護士事務所で開催される「大運動会」(!)が今回の事件の舞台となる。白熱の競技(→なぜかドッチボール)の後の更衣室で発見された変死体。死んだのは、最近転職してきた「細かくて、嫌われている」嫌な上司だった・・・
④「お月さまのいるところ」=これまでとちょっと舞台が変わり、今回は深夜の丸の内で事件は起こる。そして、またもや巻き込まれてしまう麗子。痴呆症の老婆に連れられてきたアパートの部屋には首吊り死体が・・・。最後には意外な真相が明らかになる。
⑤「ピースのつなげ方」=最後は連作の最終編らしく、これまでのつながりやカラクリが明らかとなる。いや、明らかになると書いたが、決してすべてが明らかになってはいない。これはシリーズ化への布石なのか? はたまた単なる消化不良なのか?

以上5編。
なかなかツボを心得た作品だと思う。飛びぬけて面白いわけではないけれど、連作の仕掛けといい、麗子のキャラといい、読者を惹きつける要素はいろいろある。
さすが、日本の最高学府出身者! 頭の出来の違いを感じてしまった。
総じて、器用な作家だなあーという感想。
シリーズ続編も読むでしょう。


No.1813 6点 サマータイム・ブルース
サラ・パレツキー
(2024/12/05 14:10登録)
アメリカが誇る女性私立探偵のひとり、と言っても過言ではない(?)ウオーショースキー(通称ヴィク)。
シリーズ第一作となる本作は、ハードボイルドを愛する者なら避けては通れない(かもしれない)。
1982年の発表。

~わたしの名はV・I・ウオーショースキー。シカゴに事務所を構えるプロの私立探偵だ。有力銀行の専務から、息子の姿を消したガールフレンドを探してほしいとの依頼を受ける。しかし、その息子はアパートで射殺されており、しかも依頼人自身も偽名を使ったらしい。さらに、わたしは暗黒街のボスから暴力を受け、脅迫された。背後に浮かぶ、大規模かつ巧妙な保険金詐欺・・・。空手の達人にして美貌の女探偵の初登場作品~

舞台はシカゴ、である。これまで、NY、LA、サンフランシスコなど様々な街がハードボイルドのなかの私立探偵が活躍する舞台となってきた。
個人的にはやっぱりLAが一番ハードボイルドの似合う街、という気がしているけど、シカゴもなかなか。
(日本だとどうしても「新宿」しか思い浮かばんが・・・)
全米第三の大都市である。本作で主人公のヴィクは、この大都市のなかを縦横無尽に走り回り、へとへとになりながら全力疾走する。作中で語られるとおり、元々は名門シカゴ大学を卒業し、弁護士となった才媛である。それがどう狂ったのか、貧乏暇なしを地でいく私立探偵稼業で生計を立てている。
ただ、やはり魅力的なキャラである。それは、もう、間違いない。美貌もさることながら、イタリア系移民で同じく逞しい女性だった亡き「母親」の影響を受けた彼女。
強いだけではなく、どこか刹那的で、助けてあげたくなる存在。そりゃーシリーズ化されるよなあー

で? 本筋は?
そうでした。うーん。いや、いいですよ。ヴィクが請け負ったのは、ハードボイルドの王道「人探し」。
探しているうちに、いやおうなく事件に巻き込まれてしまい、事件は当初の想像よりもどんどん大きくなってしまう。
事件の動機はいつだって「金」、そしていつだって「愛憎」。
敢えて苦言を呈するなら、暗黒街のボスなる人物。あまりに紋切型で、かなりチンケ(部下たちもまとめて)。
あくまで脇役の脇役だからいいけれど、そのあたりにも拘って欲しかったな。
事件の「カギ」となる保険金詐欺についても、カラクリは単純。でもまあそこはやむなしかな。
これなら続編も読みたくなる、ということは良かった。
(ラストの彼女の大立ち回り。映像的にも映えるね。前の書評といい、季節か感を無視したセレクトでスミマセン)


No.1812 6点 悪い夏
染井為人
(2024/12/05 14:08登録)
第37回の横溝ミステリ大賞受賞作。なのだが、横溝ミステリ大賞作品って、今まで読んでたかなぁ・・・?
鮎川哲也賞や江戸川乱歩賞に比べると、どうにも影が薄い気がしてしまう。
そんなこんなで作者のデビュー長編。2017年の発表。

~26歳の守は生活保護受給者(ケース)のもとを回るケースワーカー。同僚が生活保護の打ち切りをチラつかせ、ケースの女性に肉体関係を迫っていると知った守は、真相を確かめようと女性の家を訪ねる。しかし、その出会いをきっかけに普通の世界から足を踏み外して・・・。生活保護を不正受給する小悪党、貧困にあえぐシングルマザー、東京進出を目論む地方ヤクザ。加速する負の連鎖が守を壮絶な悲劇へと叩き落す!~

紹介文を参照しながら序盤を読んでいると、奥田英朗の「最悪」「無理」「邪魔」の三部作と似たプロットだなーと感じていた。主人公を含め何人かの不幸ごとを抱えた小市民たちが、それぞれに巻き込まれた事件、事故。当初はひとりずつだったものが、徐々に川の流れのように合流していき、何とも言えない偶然の結果、臨界点とでもいうべき”大クラッシュ”を迎えてしまう・・・そんな筋立て。

確かにそんな感じで物語は進行していく。ただ、奥田作品ではそれまで全く接点を持っていなかった人物たちが徐々に絡み合っていくのに対して、本作は普段からある程度「知った仲」、緩いながら同じコミュニティにいる人々であるのが異なる。
そして、最終的にはもの凄い「不幸」が待ってるんだろうなあーと予想しながら、その「臨界点」を待つことに。
で、迎えた終章。うーん。もの凄い「不幸」である。こんな偶然ある?っていうのは野暮なことで、これありきのプロットですから。

あとがきで、作者は「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」というかのチャップリンの言葉を引用している。なるほど、この言葉を下敷きに本作を書いたとすれば、なかなかに体現できている。
ほんと、デビュー作とは思えないほど滑らかな筆致と、読者を引き込む腕前である。
ただひとつ、難癖をつけるならば、中盤から終盤にかけての「加速感の不足」と「滑らかすぎる」ことか。まあこれも重箱のスミ的なものではある。
キャラも立ってるし、映像化向きなのも間違いなし。


No.1811 7点 卵の中の刺殺体 世界最小の密室
門前典之
(2024/11/24 13:43登録)
蜘蛛手啓司シリーズの六作目に当たる長編。
今回は「世界最小の密室」というそそられる惹句も付けられた大作。相変わらず少々ブッとんだトリックは出てくるのか?
単行本は2021年の発表。

~宮村は店舗設計を任されている「コルバカフェ」のオーナーである神谷から、龍神池近くの別荘にコルバカフェの社員たちとともに招待される。しかし、道路につながる吊り橋が斜面の崩落により落ちてしまう。山道を迂回すれば戻ることができることから、落ち着いていた一同だが、深夜密室状態の部屋で神谷が殺されていた!~

相変わらずの「大技」だなー、という感想。
いや、これは「いい意味」である。個人的に。もちろん、批判的にとるなら、「なんじゃこりゃ?」「大味なトリック」「こんな仰々しい仕掛けをして真犯人のメリットはあるのか?」「相変わらず偶然の連続じゃないか!」etc
こういう思いを持つ方もいらっしゃるに違いない。(むしろ大勢はこっちか?)

作者といえば「密室」は付き物、ということで、今回も登場します。数種類の密室が。
ただ、連続殺人の現場となる2つの密室(厳密には不完全な密室だが)。このトリックはあまりいただけない。
まあ現実性を重んじたというとそうだし、むしろ密室を目くらましにして、殺人の成立を優先するための方便とも取れる。
で、もう一つが、冒頭にも触れた「世界最小の密室」。
これはまあ・・・なかなかの怪トリック。真の犯人の企図により、こうなったということになるのだけど、実際にその光景を想像するとかなりシュール。生きたまま「卵」の中に閉じ込められた人の心情を考えると、心が極寒になりそうだ。

本作の序盤から中盤は「手記」で構成され、助手役の「宮村」と脇筋である「ドリルキラー」を追うライターの視点で交互に語られる。ミステリーを読み慣れた者にとっては、「手記」は必ず仕掛けが埋め込まれていると承知しているもの。
そこは作者も当然意識して読者の上を行こうとするわけですが・・・
本作の仕掛けは、うーん。どうかなあ? 蜘蛛手の解決編では当然、そこの仕掛け部分が明らかにされるわけで、最初は「えっ!」「そういうことか!」という衝撃はあったものの、段々不自然さの方が勝ってきたような感じは残った。

でも、まあ好きだな。こんなスケールの大きなプロット&トリック。偶然の連続でもいいじゃないか、犯人が斜面を〇〇を付けながら〇〇する!なんて、他の誰が考えるんだ!
今の本格ミステリーは特殊設定下でないと成立しないというのが多いなか、「特殊設定」ではなく「突飛な設定」でギリギリのミステリーを上梓し続ける作者には、やはり敬意を表したい。
(伏線があまりにあからさまなところはなかなか改善されないな)


No.1810 6点 生れながらの犠牲者
ヒラリー・ウォー
(2024/11/24 13:42登録)
ストックフォード警察署長フェローズを探偵役とするシリーズ長編。
今回もジリジリという展開にヤキモキされる読者となりましたが、さて真相は?
1962年の発表。

~自宅で寛いでいたフェローズ署長へ事件の報がもたらされる。成績優秀で礼儀正しいと評判の13歳の美少女バーバラが行方不明になっていると母親が電話をかけてきた。彼女が姿を消した前の晩、バーバラは生まれて初めてのダンスパーティに出掛けていた。だがパートナーの少年や学校関係者を調べても有力な手掛かりはつかめない。家出か事故か、それとも誘拐されたのか? 地道で真っ当な捜査の果てに姿を見せる誰もが息をのむ衝撃のラスト!~

なるほど。確かに「衝撃的」ではある。このラストは。
ただ、この真相に至るまでの過程が、もうジリジリというか、遅々として進まないというか、行ったり来たりというか、とにかくヤキモキさせられる。
真相が語られる終章のすぐ前まで、事件の目撃者が語っていたことが、つぎつぎと「嘘」「偽証」だと明らかになるという展開。
じゃあ、いったい何が真実なのか? 今更この段階になって「偽証」だなんて!
などという読者の心配をあざ笑うかのような、今さらの真相・・・

これは・・・普通ならまず最初に気づくか捜査すべきだったのではないかな?
明らかに態度がおかしかったのだから・・・。
フェローズも嘘や偽証をここまで暴く能力があるのなら、最初からコレにも気づくべきなのでは?などと考えてしまう。
まぁそれは言うまい。
ここまで迂回してきたのは、真犯人の「動機」に納得性をもたせる意味合いもあったのだろう。
確かに。終章で長々と語られる「背景」「動機」には胸をつかれるものがあった。
ただ、属性が属性だけにね。ある意味「禁忌」だよね。

個人的には今まで読んだ作者の作品では上位というのが感想。
こういうのが作者の持ち味なんだろう、と好意的に解釈しました。


No.1809 5点 皇帝と拳銃と
倉知淳
(2024/11/24 13:40登録)
恐らく作者初の「倒叙ミステリー」の連作短編集。「ミステリーズ」誌に2007年から断続的に発表されたものをまとめたもの。
全編で探偵役となるのが、見た目がまるで「死神」を思わせる「乙姫警部」(見た目と名前のギャップが狙い?)
単行本は2017年の刊行。

①「運命の銀輪」=冒頭の一編は、まさに「これぞ倒叙ミステリー」と呼ぶべきもの。ひとつのペンネームでふたりの共作をしているふたりの男。徐々に仲が悪くなり、ついに殺人までに発展してしまう。完璧なアリバイトリックを構築したはずが、そこに現れたのが「死神」・・・ 「銀輪」とはもちろん自転車のことなのだが、それが死神の不審を買い、トリックが瓦解してしまうことに。
②「皇帝と拳銃と」=表題作となる作品だけあってよくできてる。マンモス大学で「皇帝」と呼ばれている大学教授。彼もまたアリバイを含む完璧な殺人計画をたて、実行に至る。だが、皇帝も「死神」の前では無力だった・・・。皇帝に徐々に迫っていく「死神」の姿が何とも印象深い。
③「恋人たちの汀」=人気の若手劇団プロデューサーが起こしてしまった殺人。冷静にアリバイトリックを構築したのだが、現場に残された「A4サイズの不審な跡」。これが「死神」の関心を惹き、アリバイはあえなく瓦解してしまう。とは言っても、このトリック自体、かなり危ういものだと思うが・・・
④「吊られた男と語らぬ女」=さすがに最後は変化球的なプロットを用意してきたな、という最終編。南青山の古びた雑居ビルで発見された男の首吊り死体。「死神」たち捜査陣は程なく女性容疑者を特定するのだが・・・。「死神」と毎回コンビを組む超イケメン・鈴木刑事はこの女性に恋心(?)を抱いてしまう・・・でもそこは全く発展せず。

以上4編。
よくできた「倒叙ミステリー」なのは間違いない。どれもフォーマットに則って、実に見事な手際だと思う。
最近「倒叙ミステリー」を読む機会が割と増えたような気がする。
もちろん刑事コロンボや古畑任三郎、はたまた最近なら「福家警部補シリーズ」が頭に浮かぶけど、フォーマットが定まってしまうと、どうしても同じような展開になるだけに、そこは魅力的な「探偵役」、そして魅力的な「真犯人」が必須になる。

そういう意味では、本作の「死神」こと乙姫警部はよくできた造形である。
犯行がうまくいき、一安心している真犯人のもとに突然「死神」が現れるのだから、映像化しても面白い素材だろうな。
まあ特別良くできてる、というほどではないけど、「倒叙」の良さ、面白さを味わうには打ってつけ、かもしれない。
さすが倉知淳。
(個人的ベストは②かな。③がやや落ちる。)


No.1808 7点 碆霊の如き祀るもの
三津田信三
(2024/11/03 13:50登録)
刀城言耶シリーズの第七弾。比類なき(?)人気シリーズとなった感もある本シリーズ。
相変わらずの「分厚さ」に心が折れそうになる、かと思いきや、スイスイ読まされるところも本シリーズらしい。
単行本は2018年の発表。

~碆霊様を祀る、海と断崖に閉ざされた強羅地方の村々。この地を訪れた刀城言耶は、村に伝わる怪談をなぞるように起きた連続殺人事件に遭遇する。死体に残された笹舟。事件の現場となった「開かれた密室」の謎。碆霊様が遣わすという「唐食船(からたぶね)」とは何なのか。言耶が真相にたどり着いたとき、驚愕の結末が訪れる!~

久し振りの「刀城言耶シリーズ」となった。他の方の書評を見ると、過去作(「首無」や「山魔」かな)と比べるとやや不満・・・的な意見が多そう。
うん。確かに頷けるところもある。でも、まあ充分だろう。作中に仕掛けられた滅茶苦茶な数の伏線を考えると、作者のスゴさを改めて感じることができた。
そして何より、本シリーズ名物(?)。真相解明前の「数多くの謎の列記」。今回はなんと、合計70個もの謎が提示される!(殺人事件だけでなく怪談の謎も含まれるが)
果たして刀城言耶は70個もの謎をすべて解明できるのか?ページ数も少なくなってきたぞ、とつまらない心配をしたりしながら読み進める私。
で、今回はいつもよりまして「行ったり来たり」が多い印象。真犯人が示されたと思いきや、「いや、やはり・・・」と言っては否定され、今度こそと思いきや「いや・・・」と否定される。
これを繰り返すこと数回。ついにたどり着いた真相! 多分、これが先の「不満」のひとつの原因なのかも。
要は、割と「陳腐」なのである。こういうプロットは他作品でも幾度かお目にかかってるし、割と「何でもあり」「トリック軽視」という感覚をもたらしやすいように思える。

例えば紹介文にある「開かれた密室」の謎。つまりは人の目ある状態の「密室」=「準密室」のことなのだけど、これは捨て筋の方が数倍魅力的に思えた(特に滝と洞窟なんて、なんて魅力的!)。
最終的にやや現実的な真相にもってきたのは何故なのかな?
で、問題の「終章」。もちろん「驚愕」といって差し支えないのだけど、なんとも「寓話」的な印象ではある。明かされなかった真相はいかに?

というわけで、読書としては充分な満足感を覚えた。確かに「トリック」や全体的な「謎の構成の妙」では「首無」や「山魔」には敵わないけれど、ここまでの大作を遺漏なく作り上げる作者にはやはり敬意を表したい。
今回は殺人事件とともに、過去の怪談やその舞台となった村々そのものの謎についてもかなりの分量を割かれていた。賛否あるかもしれないけど、個人的には本シリーズの特徴として良かったのではと思う。
(なんか上から目線的でスミマセン・・・)


No.1807 6点 パディントン発4時50分
アガサ・クリスティー
(2024/11/03 13:48登録)
ミス・マープル登場作品としては七番目に当たる長編。
タイトルだけを見てると、クリスティもトラベルミステリー書いてたのか?と思ってしまいますが、さて・・・
1957年の発表。

~ロンドンのターミナル、パディントン駅発の列車の座席でふと目を覚ましたミセス・マギリカディは、窓から見えた光景にあっと驚いた。並んで走る別の列車の中で、今まさに背中を見せた男が女を絞め殺すところだったのだ・・・鉄道当局も警察も本気にはしなかったのだが、好奇心旺盛なミス・マープルだけは別だった!~

確かにこの導入部は実にそそられる。実に映像的でもある。
並走する別の列車のなかで、今まさに殺人が行われている現場を目撃するのだから・・・
今回のマープルは、ほぼ完全に安楽椅子探偵である。で、マープルに代わって、事件の中心となるクラッケンソープ家へ単身乗り込むのが、“スーパー家政婦”アイルズバロウ女史。

このアイルズバロウがなかなか魅力的に描かれている。美貌も家政婦としての能力も絶品という設定。クラッケンソープ家のすべての男性に言い寄られる、というオマケ付。この当りも映像向きな作品という気がする。
そして、彼女のマープルにも負けないくらいの好奇心が、思わぬ場所での死体発見という結果につながる。

この死体は「いったい誰なのか?」というのが前半の謎の中心。事件の動機は、大富豪であるクラッケンソープ家の相続問題に違いないという筋でストーリーは進んでいく。そして発生する第2、第3の事件。
でも、多くのクリスティファンは知っている。「いかにもの本筋」は決して「真相」ではないことを。
当然、私自身も思いました。「こりゃ、絶対疑似餌(ぎじえ)に違いない」。

で、やっぱりそうでした。最終盤で明かされる意外な真相、意外な真犯人。
ただ最初から動機は読者に対してあからさまに示されてはいた。そういう意味では「なーんだ」というべき真相なんだけど・・・
うーん。他の方も触れていますが、どうも真犯人の動き方が理解できない。
死体の隠し方もそうだけど、ここまで事件を広げる意味は殆どなかったように思う。特に真犯人の「属性」を考えれば、もっともっと効率的なやり方はあったろうに・・・
この当りがどうにもモヤモヤした感じが残ってしまう作品。そこが今一つ高評価につながってない原因なのかも。

ただ、セントメアリミード村という狭い田園ミステリーではなく、広い舞台でも活躍するマープルの姿は割と新鮮に映った(これ本来ならポワロ向きの事件ではなかったかな?)


No.1806 5点 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2
大山誠一郎
(2024/11/03 13:47登録)
「アリバイ崩し承ります2」ということで、地上波ドラマ化もされた前作に続く続編が早くも登場した感じ。
いつまでネタは続くのか、若干心配なところはありますが・・・
単行本は2022年の発表。

①「時計屋探偵と沈める車のアリバイ」=アリバイ崩しの常套手段といえば、それは「場所の錯誤」という訳で、これぞtheアリバイ崩しとでも評したくなる初っ端。このくらい警察も気づけよ!というのは野暮なのだろうな・・・
②「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」=今回の容疑者は、なんと政治資金パーティーに集まった500人もの証人がある、という設定。被害者の動きも大きなカギとなるのだが、ここの一工夫に作者の旨さを感じた次第。
③「時計屋探偵と一族のアリバイ」=今回は容疑者が従兄妹どうしの三人。いずれにも当然のようにアリバイありとの状況で、一度に三人のアリバイ崩しを依頼することに。逆転の発想が光るな。
④「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」=これはなかなかのテクニックが光る一編。ひとりの有力容疑者にふたりの被害者。ひとりの容疑者は当然同じ時刻にふたりの人間は殺せないわけだが・・・でも、かなりリスキーなトリックでは?
⑤「時計屋探偵と夏休みのアリバイ」=最終話のみ書下ろし。時計屋探偵が高校生の頃の事件。いわば、エピソード・ゼロ的なもの。ただ、期待したほどの大した仕掛けはなかった。

シリーズ前作。『「時を戻そう byぺこぱ』ではなく、『時を戻すことができました』」と書評で書いていたわけだが、あっという間に消えたねえ・・・ペ〇パ
いやいや、そんなことはどうでもよくて、本作である。
全体的には前作よりもレベルアップしたような印象を持った。まあワンアイデアなのは同じなのだが、見せ方が旨くなったということだろうか。最近のお手軽な地上波ミステリー系ドラマっぽさはやむを得ないのかもしれない。
これなら次作も期待できるかな。
(個人的ベストは②かな。他もあまり差はない)


No.1805 5点 友達以上探偵未満
麻耶雄嵩
(2024/10/06 14:18登録)
これは・・・麻耶雄嵩版のラノベなのだろうか・・・
なぜか三重県伊賀市を舞台にしたふたりの女子高生を主人公とした連作短編集。
単行本は2018年の発表。

①「伊賀の里殺人事件」=「犯人当て」の趣向も取り入れた一編目。「伊賀」といえば、当然「忍者」とそして「松尾芭蕉」。ということで、忍者と芭蕉のコスプレ(!)をするイベントで発生した殺人事件。なんと、芭蕉の俳句の「見立て殺人」などの要素も盛り込んでいるんだけど、メインテーマは「広義の密室」と作者お得意の「細かいアリバイ」。でも、うーん。そんなに面白くない、ような・・・
②「夢うつつ殺人事件」=今度の舞台は高校内の美術室。美術室内で部員の殺人事件が発生するんだけど、これにも「広義の密室」問題がある。①と同様、「犯人当て」の趣向はあるんだけど、最後はあまりにもアッサリと真犯人が指摘される。でも、うーん。そんなに面白くない。
③「夏の合宿殺人事件」=今回は打って変わって、ふたりの主人公の出会いから始まり、中学校の文芸部時代にあった夏合宿で発生した殺人事件が舞台。つまり「過去の話」である。合宿所建物のどん詰まりの部屋で発見された死体、となるとやはり今回も「広義の密室」がテーマとなる。今回は「もも」と「あお」の推理対決のすえ、思わぬ真犯人が指摘されることに・・・。でも、うーん。今回はマズマズというところか。

以上3編。
「麻耶雄嵩」・・・三重県上野市(現、伊賀市)出身。知らなかった。ついに生まれ故郷を舞台に作品を書いたわけか・・・。市長にでもタイアップを頼まれたのか?
まあそれはいいとして。本作。イタイです。麻耶雄嵩もいい年のオッサン。オッサンが女子高生コンビのミステリーを書くなんて無謀すぎる。③ではふたりの過去を描いて、人物面の肉付けを図ろうとしているけれど、特段成功していない。

①②③とも作者らしいロジックこそ盛り込まれているけれど、如何せん練りこみ不足、迫力不足、なにより作品としての熱量不足。まあライトなミステリーを目指しました、ということなら仕方ないけど、作者のファンは本作のようなベクトル作品は求めていないような気が・・・
作品ごとに思いもよらぬ趣向や仕掛けを産み出す作者なので、一概に否定する気はありませんが、本作を持ち上げる要素はない、かな。
ということで、「麻耶雄嵩」を欲している読者であっても、本作はスルーしてまったく問題ないでしょう。
(敢えていうなら③がベスト、ではあるが・・・)


No.1804 5点 εに誓って
森博嗣
(2024/10/06 14:17登録)
Gシリーズも四作目に突入。Φ→θ→τの次は「ε」(イプシロン)・・・
いったいこのシリーズにはどんな謎が仕込まれているのか? 今までにないスケールの大きささえ感じさせる。
2006年の発表。

~山吹早月と加部谷恵美が乗り込んだ中部国際空港行きの高速バスが、バスジャックされてしまった。犯人グループからは都市部とバスに爆弾を仕掛けたという声明が出される。乗客名簿にあった「εに誓って」という団体客名は、「φは壊れたね」から続く事件と関係があるのか? 西之園萌絵が見守るなか、バスは疾走する~

今回、本シリーズとしては一風変わった設定に見える。
紹介分のとおり、東名高速を走る高速バスがジャックされ、シリーズキャラである加部谷と山吹のふたりが人質となり巻き込まれてしまう。
で、終章前、くだんのバスがなんと谷底に落下してしまう! ふたりの運命は? っていう緊張感に包まれるわけなのだが、真相はいかに?という展開。

仕掛けそのものは、本シリーズらしからぬアナログ的なもの。それもそのはずで、仕掛けた方が真犯人側ではなく、〇〇の側だから・・・
普通のミステリーであれば多少のヤラレタ感はあるのかもしれんが、なにせこのシリーズ作品なのだからなあー、若干の拍子抜け感はある。
そして何よりも”ε”の謎。これは少しも真相に近づくことなく終了。ますます深まる「なぜ」の連続。真賀田四季の残像もチラついてきているので、まあ徐々に謎は解けていくのだろう(本当?)。
そういう意味でも、本シリーズはひとつひとつの作品が大きな「章」であるということなのかな。
とすれば、このモヤモヤ感も致し方なし・・・。でも、今後の展開が心配にはなる。


No.1803 4点 チェスプレイヤーの密室
エラリイ・クイーン
(2024/10/06 14:15登録)
「E.クイーン外典コレクション」と銘打って刊行された作品。
J.ヴァンス(個人的にはよく知らない作者だが)が代作者となる。原題は“A Room to Die in”
1965年の発表。

~父親の「自殺」で少なくない遺産を手にすることになったアン・ネルソン。現場は完全な密室状態であったという。しかし、あの父親が自殺するなんて考えられない。殺人であることを証明するためには、かの密室を破らなくてはならないのだが・・・~

作者名こそE.クイーンとなっているけれど、やっぱり「似て非なるもの」という読後感。
邦題では華々しく「密室」と打ち出されており、その名のとおり密室トリックも登場する。それらしい「挿入図」も出てくるし、材料は揃っているわけだけど・・・
うーん。でも本当に「一応」だよね。解説者はえらく誉めてはいるけれど、どうみても「パッとしない」し、「しっくりくる」ものではなかった。
(そもそもwhyが相当弱いし)

「犯人当て」の趣向としても、いいとこ二級品。
登場人物も少ないし、「いかにも分かりやすい」人物は真犯人でないはずなのが、割とそれに近い人物が結局真犯人だったりする。(ネタバレっぽいけど)

いいところは何かなあー? うーん。なんかある?
探偵役となるヒロインの造形くらいか。
やはり、クイーンの名は偉大で、所詮は代作者であったということなのか。
でも、外典シリーズではこれが一番との評もあるようなので、だとすると他の作品は手を出しにくい。
うん。ちょっと雑な書評だけれど、やむを得ない。


No.1802 7点 絶叫
葉真中顕
(2024/09/14 13:03登録)
本作の後、続編が発表されることとなる「女性刑事・奥貫綾乃」シリーズの第一作に当たる。
作者らしい重厚で奥行きの深いミステリーとなっているのか?
単行本は2014年の発表。

~「鈴木陽子」というひとりの女の壮絶な物語。貧困、ジェンダー、無縁社会、ブラック企業・・・。見えざる棄民を抉る社会派小説として、保険金殺人のからくり、孤独死の謎・・・ラストまで息もつけぬ圧巻のミステリーとして、平凡なひとりの女が、社会の暗部に足を踏み入れ生き抜く、凄まじい人生ドラマとして・・・~

やはり、この作者の作品は読者を強く惹きつける「熱量」、「パワー」を感じる。
前回は「凍てつく太陽」という超大作に心を打たれた私なのだが、本作でも作者の「作品世界」の渦に吞み込まれた気にさせられた。

何といっても「鈴木陽子」である。
本作は彼女の半生を綴った大河ドラマといってよい。ただし、彼女の姿、心の内は他者の目線で描かれる(いわゆる二人称)。
高度成長期という時代を過ごした幼年期。企業戦士の父親の姿は家になく、常に母親と接することとなる。しかし、母親は「息子=弟」にしか愛情を注がない、捻じれた性格を持つ女性だった。引き続き起こる弟の死、父親の浮気そして蒸発。
いつの間にか家庭は崩壊し、彼女は大人になり平凡な生活を営むはずだったのだが・・・

本作のもうひとりの主役が刑事・奥貫綾乃。国分寺のマンションで一年間放置された死体として「鈴木陽子」と対面することとなる。それから、綾乃は陽子の人生を遡ることとなる。捜査を行うごとに判明する怪しく、不可解で不穏な事実、出来事の数々・・・
そしてついに明かされる、大事件の構図。

いやいや、本作のストーリーを要約しようと思ったけど、とてもじゃないが書ききれない。
まさに、どこにでもいる、平凡な小市民だったはずである。どこで狂ったのだろうか? 読者は遡りながら考える。なんとも救いのない、不幸な偶然の連鎖もあった。
でも、思う。誰にでも起こりうるのだ。ほんのちょっとした運命のいたずら、ほんのちょっとしたボタンの掛け違え、そんなささいなことで人生はどうにでも動いていく。そんなどうしようもない、人の性(さが)を作者は描き出す。それが読者の心に強く訴えてくる。

いかんいかん。すっかり独白のような書評になってしまった。
そうはいっても作者はミステリー作家である。ラストも間近になって、本作全体に仕掛けられた大きな欺瞞、策略が明かされる。なるほど、これがミステリー作家たる作者の矜持か。
そして、これがここまで「鈴木陽子」というひとりの女性にフィーチャーした大きな理由でもあるのか。いやいや、さすがである。
まあ、正直なところ、既視感はあるし、アノ作品とアノ作品をつなぎあわせたような部分も見え隠れはしているけど、それでも十分に面白いし、堪能させていただいた。もちろん続編も読むだろう。
(ラストシーン。ってことは、当然アノ人が・・・ってことだよね。名前からして・・・)


No.1801 5点 サーチライトと誘蛾灯
櫻田智也
(2024/09/14 13:02登録)
~昆虫オタクのとぼけた青年・魞沢泉。昆虫目当てに各地に現れる飄々とした彼はなぜか、昆虫だけでなく不可解な事件に遭遇してしまう・・・~
ということでシリーズ第一弾の連作短編集。
2017年の発表。

①「サーチライトと誘蛾灯」=探偵が殺される、という事件がいきなり発生。そこでちょっと意表を突かれた感じ。魞沢のキャラは最初から明確。
②「ホバリング・バタフライ」=とある田舎の環境団体をめぐる”いざこざ”が事件の背景。山中で珍しい蝶を探していた魞沢が何となく感じてしまったことが、事件解決につながる。
③「ナナフシの夜」=連作短編の王道とも言える”バー・ミステリー”。しかし、探偵役はバーテンダーではなく、あくまで魞沢。なんかよく理解できない男女の関係がねじれた結果・・・
④「火事と標本」=日本推理作家協会賞の短編部門の候補にもなった作。やっぱり出来は良いと思った。事件の構図は固まったと感じた矢先、魞沢の口から語られる別の推理。こういう「切れ味」が短編には大事なのだろう。
⑤「アドペントの繭」=教会での事件が舞台となる最終話。牧師の親と子の確執が事件の背景にはなっているんだけど、事件の真相はなんか取ってつけたようで腑に落ちなかったかったが・・・

以上5編。
文庫版あとがきで作者自身が語られているとおり、本作の探偵役となる魞沢泉(えりさわ せん)は、「亜 愛一郎」の生まれ変わりのような存在。作者と泡坂妻夫との不思議な出会いのエピソードについても語れらていたけれど、人生ってそういう不思議な「縁」があるんだなあーと感じさせられた。

ということなので、1つ1つの短編についても、亜愛一郎シリーズを彷彿させて、どこかのんびりして、どこか浮世離れしたような雰囲気がある。ただし、作中に必ず1つ大きな仕掛けが施されていて、最後に少しだけ唸らされることに・・・。そんな感じの作品が並んでいる。
でも、うーん。「読み応え」という意味ではどうしても薄味にはなるね。
それが特徴といえばそれまでだけど、”玄人受け”はするけれど、一般読者にはどうかな。もう少し刺激、サプライズ感は欲しいところ。
(個人的ベストはやはり④。①や②も良いのだが・・・)


No.1800 5点 サンセット・ブルヴァード殺人事件
グロリア・ホワイト
(2024/09/14 13:00登録)
某古書店をブラついて、なんとなく手に取った本作。当然予備知識なし。
とりあえず訳者あとがきを読んでみると、女性探偵ロニー・ヴェンタナ久々の登場とある。どうやらシリーズ四作目のようです。
1997年の発表。

~サンフランシスコの女性探偵ロニー・ヴェンタナは、二十年前に交通事故で両親を失った。命日の深夜、事故現場に詣でた彼女の前に、一台の車が現れ、男性の死体を投げ捨ててゆく。被害者の身元も不明で、なぜか警察は捜査に熱心ではない。ロニーは目撃者の少女マリーナとともに事件を追い詰めるが・・・~

予想よりは面白かった。(まあ期待の水準が低かったせいもありますが・・・)
なによりサンフランシスコである。作中でも触れているけれど、ハードボイルドの始祖ハメットが選んだ舞台である。それだけでも心踊るというもの。実際、本作でもサンフランシスコの街中を飛び回ることとなる。
主人公である女性探偵ヴェンタナのキャラもなかなか良い。四作目ということもあるのか、キャラだちにブレがなく、魅力的に描かれていると思う。

メインテーマとなる事件そのものは特段込み入ったものではなく、悪く言えば単純なもの。
真犯人も最初からみえみえのところはあるので、そこら辺りは「ご愛敬」という感じかもしれない。まあよくある展開なのだが、警察VSヴェンタナという構図のなかで、協力者たちのサポートを得ながら、徐々に事件の核心に迫っていく。
ただ、惜しむらくはそれほどのピンチシーンがなかったことか。
こういうプロットだと「お約束」のように、終盤の最初辺り窮地に陥る、なんていうシーンがあるんだけどな。
作品に緊張感を出すという意味でも、ここら辺りは改善ポイントなのかも(エラそうに書いてますが・・・)

トータルでいうなら、まあよくまとまっている作品。ただ、それこそコナリーのハリー・ボッシュシリーズなとと比べると「数段落ちる」のは否めない。
逆に言えば、軽く楽しめる作品には仕上がっているとも言えるかな。そこは好みの問題だろう。

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