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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.1772 | 5点 | 不完全犯罪 鬼貫警部全事件(2) 鮎川哲也 |
(2024/01/28 14:02登録) どうせなら続けて読んでやれ!って考えて手に取ったパートⅡ。 今回も鬼貫警部“てんこ盛り”の作品集(←当たり前だろっ!)でしょうね。 出版芸術者編集により、発表は1999年。 ①「五つの時計」=これは、かなり手の込んだアリバイトリック。ただ、こんなややこしいことをやると、当然どっかから瓦解するのが必然、というわけでご愁傷さまです。 ②「早春に死す」=ある意味逆説的な真相。ただ、最初の監視員を騙すやり方が上手くいくとは思えないのだが・・・ ③「愛に朽ちなん」=一瞬、あの名作「黒いトランク」のプロットが甦る作品。なのだが結末は尻つぼみ。 ④「見えない機関車」=「へえー」っていう具合に作者の鉄道オタクぶりが窺える作品。②もそうだけど、時刻表トリックだけじゃないのね・・・ ⑤「不完全犯罪」=まさに”不完全”すぎる犯罪というしかない。こんな事件で多忙な鬼貫警部の手を煩わせないでもらいたいものだ。 ➅「急行出雲」=今度は列車の編成か・・・。手を変え品を変え、列車絡みのトリックをよく思い付くよなあー。「出雲」と「大和」のトリックは別作品(確か「砂の城」だったか?)でも使ってるから、2回は使えなかったんだね ⑦「下り“はつかり”」=鬼貫警部もので頻繁に出てくる「写真を利用したトリック」。この程度の写真トリックで鬼貫警部を騙そうと考えるなんて太え野郎だ!! ⑧「古銭」=これも実にあっけない幕切れとなる。チンケなトリックだこと ⑨「わるい風」=これも⑧と同様なのだが、もっと酷い。 ⑩「暗い穽(あな)」=これもちょっとした偶然であっけなくバレてしまう。しかも鬼貫警部ではなく丹那刑事に! ⑪「死のある風景」=長編化したものは既読。普通は短編よりも長編の方が面白そうだけど、これは案外短編の方がまとまっていて良かったように思う。アリバイトリックも気が利いてる。 ⑫「偽りの墳墓」=これも長編は既読。なので新鮮味はない。でも、これも短編の方がシンプルで良いかもしれん。 以上12編。 Ⅰよりも鬼貫警部がこなれてきた感じ。 まーあ、でもいい時代だったんだねぇ・・・。鉄道もいろんな列車が走ってて、いろんな路線も残ってて。日本という国がまだまだこれから成長していくんだというエネルギーを感じる。 あと、こうして改めて触れてみると、トラベルミステリー=(イコール)西村京太郎、ではなく、鮎川哲也なんじゃないか? (個人的ベストは・・・どれかな? 敢えて挙げれば④かな) |
No.1771 | 5点 | クラヴァートンの謎 ジョン・ロード |
(2024/01/28 14:01登録) つい先だって、やっとの初読みを終えたJ.ロードなのだが、息つく暇もなく二つ目の作品を手に取ってしまった。 特に意味はないんだけど、もう少し面白い作品があるのでは?という淡い期待があったのも事実。 1933年の発表。 ~久しぶりに老財産家の旧友を訪ねたプリーストリー博士だったが、孤高の隠遁生活をおくっていると思っていた彼の家には、あやしげな血縁者が同居しており、しかも主治医から、死は回避したものの彼に砒素が盛られた可能性があると告げられる・・・~ 「退屈派」・・・ ロードに名付けられた全くありがたくない形容詞。前作+本作の二作を読んで、「そこまで退屈ではない」という感想ではある。 ただし、「なにか足りない」。しかも重要な「何か」が足りない・・・ような感覚。 本作のテーマは「毒殺」と「不穏な遺言」だろうか。それと交霊会や怪しげなスピリチュアリズムなどという副菜も盛られている。 まず「不穏な遺言」なのだが、この種のテーマは古今東西であふれている。 「犬神家の一族」なんかがまずは頭に浮かぶのだが、その種の名作に比べて、活用方法?の中途半端さが気になってしまう。 遺言により血縁でない謎の人物が登場するのだが、その人物は直接というかまったく犯罪には関わってこない。 プリーストリー博士が2回ほど会って話すにとどまっている。中途半端。 「毒殺」についてもなあー。たまたま最近読了したバークリー作品も砒素による毒殺テーマ(偶然!)だったけれど、盛り上げ方でかなり劣後している。本作では一旦、優秀な検察医により毒殺が否定され、読者としては??が増してきていただけに、この解法はいただけない。これでは読者は蚊帳の外ではないか。 ついでにいうと、スピリチュアリズムも雰囲気作りには一役買っているものの、カーなどとは比べるべきもないというレベル。 ということで散々けなしてきてますが、書いてるほど悪いわけではない(どっちやねん?)。 最後まで読者の興味は引いてるし、この時期の本格としては及第点ではないかと思う。 ただ、続けて読みますか?と問われれば、「うーん。しばらくいいかな・・・」と答えるだろう。 察してください・・・ |
No.1770 | 6点 | 服用禁止 アントニイ・バークリー |
(2024/01/06 15:46登録) “迷”探偵シェリンガムもチタウィック氏も登場しない、ノンシリーズ作品。 英国伝統の田園ミステリーの体裁をとっているけど、この作者だからねぇ・・・一筋縄ではいかないはず 1938年の発表。原題は“A puzzle in poizon” ~わたしの仲間たちの中心的存在ともいえた友人が死んだ。病死なのか、それとも事故か殺人か。やがて、検死とともに審問が行なわれ、被害者の意外な素顔が明らかになり、同時に関係者たちも複雑な仮面をかぶっていたことを知るにおよび、わたしはとびきり苦い真相に至るのだが・・・。読者への挑戦状を付したひねりの利いた本格ミステリ~ いつものバークリーとはかなり肌触りの異なる作品で、他の方が書いているように、アイルズ名義の作品に近い感じを受けた。 真犯人候補たる主要登場人物は限られているので、読者にとっても犯人当てに挑戦することも可能ではある。 事実、終章前にはなんと「読者への挑戦状」までもが挿入される念の入れようだし・・・ ただなあー、純粋な意味でフーダニットが楽しめるかというとなかなか微妙。 確かにこの真犯人は「いかにも」真犯人っぽくはあるんだけど、伏線だっていかようにも取れる伏線だし、作者の匙加減ひとつの感が強い。 本作の「カギ」はタイトルどおり、「毒薬」=「砒素」。とにかく、どのように、どこで、だれが、砒素を飲ませたのか、あらゆる考察が行われる。このやり取りがなかなか冗長なのがしんどいところ。 もう一つは、登場人物たちの意外な素顔。仲の良い夫婦に思えても、一皮むけばすれ違いが浮かび上がる・・・というのがほぼすべての主要登場人物たちにあてがわれていく。この辺は作者の嫌らしい部分。 総合的にはどうかなあ?個人的にはシェリンガム登場作品の雰囲気の方が好きだが、決して本作が駄作というわけでもない。 一定の評価は十分可能だろう。 |
No.1769 | 5点 | 碑文谷事件 鬼貫警部全事件(1) 鮎川哲也 |
(2024/01/06 15:45登録) 久々の鮎川哲也である。「鮎川哲也賞」受賞作はそこそこ読んでいたけど、肝心の鮎川作品はここのところ全く手に取ってなかったなあー、ということで既読作品も多いはずだけど、未読もまだまだ多いはず! 本作は出版芸術社が編んだ「鬼貫警部登場作」に拘った作品集の第一集。 ①「楡の木荘の殺人」=①と②は鬼貫のハルビン赴任中の事件(かなり昔ということだ!)。で、主題は当然のごとく「アリバイ」ということになるのだが、まあトリック自体はたいしたことはない。基本的な〇所の誤認を使ったもの。 ②「悪魔が笑う」=これもアリバイトリックなのだが、もはやトリックというほどのものでもない。ちょっと捜査すれば分かるでしょ!というレベルなのだから。鬼貫もまだ若い頃なんだろうけど、この程度ならすぐに推理できてしまう。 ③「碑文谷事件」=まさに“ザ・鮎川哲也”と呼びたくなる鉄道アリバイトリックもの。真犯人が弄したふたつのアリバイトリック。1つめの写真を使ったトリックはいくら何でもダメだろう。簡単な聞き込みで容易に瓦解するのだから。問題は2つめ。「しまだ」と「いわた」と聞いてもしかしてとは思ったけど、まさかその通りとは・・・ ④「一時10分」=これも鉄道を使ったアリバイトリックがテーマ。ただし、手近な「湘南電車」だし、これも実際に乗ったらすぐに判明する程度のトリックというのが辛い。電話のトリックもなあー、子供だまし。 ⑤「白昼の悪魔」=これは完全にタイトル負け。悪魔というほどでもない。鬼貫警部にかかれば、こんなトリックなんてあっという間に解決だ! ここでやっと丹那刑事が登場してくるのがうれしい。 ⑥「青いエチュード」=これもアリバイトリック自体はたいしたことはないが、味わいの良い作品。今回の鬼貫警部はなんだかカッコいい。 ⑦「誰の屍体か」=身に覚えのない郵便物が三人の画家のもとに届いた。中身はそれぞれ硫酸壜とヒモ、そして拳銃・・・。何となく引っ張り込まれるような冒頭から始まるある事件。死体の首がなかったために被害者が特定できないなか、若き美しい女探偵が登場する。ということで、起伏に富んで面白い作品。犯人がそこまでしないといけなかったのかは甚だ疑問だが。 ⑧「人それを情死と呼ぶ」=後に長編化されておりそちらか既読。そのときも高い評価はしていなかったのだが、原作の方も同様。しかもこちらは鬼貫警部が未登場なのでなおさら評価は下がる。アリバイトリックも「つまらない」のひとこと。 以上8編。 もちろん鮎川は大好きだが、本作を高評価するのはさすがに厳しい。 長編だと、いい意味で作者の遊び心が味わえるのだが、短編ではそれも難しいからねぇ・・・ まあでも、今さら鮎川作品を私ごときがどうのこうの批評すること自体が随分と失礼な話である。 ということにしておこう。 (個人的にはやっぱり③が抜けているとは思った) |
No.1768 | 7点 | 黒石 新宿鮫Ⅻ 大沢在昌 |
(2024/01/06 15:43登録) 少し遅くなりましたが、2024年、新年明けましておめでとうございます。今年は元旦からまさかの事態がつぎつぎと・・・ 画面から見ているだけで大変恐縮なのですが、被害に遭われた方の心中を察するといたたまれれない気持ちになってしまいます。 ですが、こういう時こそ、われわれは「己の本分」を全うすることがまずは大事と信じております。 ということで、新年一発目の作品は、ついにⅫ(12)まで進んだ「新宿鮫シリーズ」最新刊で、ということです。 単行本は2022年の発表。 ~リーダーを決めずに活動する地下ネットワーク「金石」の幹部、高川が警視庁公安に保護を求めてきた。正体不明の幹部「徐福」が謎の殺人者「黒石」を使い、「金石」の支配を進めていると怯えていた。「金石」と闘ってきた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、公安の矢崎の依頼で高川と会う。その数日後に千葉県で「徐福」に反発した幹部と思しき男の頭を潰された遺体が発見された。過去10年間の「黒石」と類似した手口の未解決事件を検討した鮫島らは、知られざる大量殺人の可能性に戦慄した・・・。どこまでも不気味な異形の殺人者「黒石」と反抗する者への殺人指令を出し続ける「徐福」の秘匿されてきた犯罪と闘う鮫島。シリーズ最高の緊迫感!~ シリーズ12作目でこの面白さなら十分合格点、そういいたい気持ちはある。 本作は、前作(「暗約領域」)と深いつながりがあり、特に前作でもキーパーソンだった「新本ほのか」(またの名を「荒井真梨華」)は本作でもまた、事件のカギを握る存在として鮫島の前に現れることになる。 そして、何より本作最大の謎は、「異形の殺人者」=「黒石(ヘイシ)」とそれを操る「徐福」の正体、ということになる。殺人者に関しては、これまでもⅡの「毒猿」やⅥ「氷舞」での美しき殺人者など、謎に満ち魅力的なキャラクターが登場していた。 始まってすぐに「黒石」視点でのパートが少しずつ挟まっており、それを読み進むごと、読者もその不気味さを徐々に理解していく・・・そんな効果を狙ってのことなんだろう。(ただ、ちょっと書きすぎの感はあって、終盤はかえって「不気味さ」の興を削いでいたが) 事件は鮫島と新パートナーである矢崎、そして桃井の後任である阿坂課長、薮たちの捜査により、徐々に詳らかにされていき、「金石」の幹部である「八石」の正体が判明するとともに、ついには「徐福」と「黒石」の正体も姿を現していく・・・ ただ、徐々にページ数が少なくなっていくなかで、まだ対決シーンが始まっていないじゃないか!と思っていた矢先、突然に訪れたかの「ふたり」との遭遇、そして急展開ともいえる終幕・・・ いやいや、早仕舞いすぎでしょー もう少し味わいたかったよー。鮫島と「徐福」そして「黒石」との対決。この辺りが、他の方の書評でも不満として見られるのかなとは思った。 まあでも、シリーズ第一作の発表が1991年だから、足掛け30年が経過。作品の世界では恐らく鮫島は10歳程度しか加齢していないように見えるけど、それでも40代半ばではあるだろう。 先に触れたⅡ「毒猿」ラストの名シーン。新宿御苑内での「毒猿」との戦慄の対決シーン。そのときは鮫島も30代前半。体力も気力も充実していた頃だろう。それを本作でも再現すること自体が無理筋なのかもしれない。 フィクションの世界だって加齢するのだ。それこそが30年も続いてきた本シリーズの強みであり、弱みなのかもしれない。 でも、本作では阿坂の口から鮫島のチーム力についての言及がある。いつもひとりで闘ってきた鮫島だったはずだが、本作では矢崎も薮も阿坂もそれぞれの「本分」で力を発揮する。 そうだ、40代も後半を迎えた(合ってる?)鮫島にとっては、「チーム」で闘うすべを痛感した本作だったのではないか? いかんいかん。何だかフィクションかノンフィクションか分からないような書評になってしまった。 でもいいのだ。私も鮫島に習って、決して現実に目を背けないようにしたい。そう強く思った新年一発目となった。(何だかよく分からん書評ですが・・・) |
No.1767 | 6点 | ハーレー街の死 ジョン・ロード |
(2023/12/09 13:55登録) J.ロード。生涯で147作ものミステリーを残したものすげぇー多作の作家。 ただし、巻末解説の新保博久氏によれば、ロードは「ワンアイデアだけで長編を紡げる剛腕作家」ということ(らしい)。ということで、代表作のひとつとされる本作を読んでみることに。 1946年の発表作品。 ~ロンドンのハーレー街にある診療所で医師の変死体が見つかった。死因はストリキニーネによる毒死。検視審問では、目撃者の証言と動機の不在から他殺でも自殺でもなく事故死の評決がくだった。だが何か気になる。プリーストリー博士の書斎に集まるメンバーは捜査と推理を始めた。そして博士は事故でも自殺でも他殺でもない「第四の可能性」を示唆するのだった。意外な真相が待ち受ける本格派の巨匠ロードによる最高傑作!~ 他の方々も書かれてますが、本作のメインテーマである「第四の可能性」。これは確かに微妙。 そんなに大上段に構えるほどの新機軸には思えないし、探偵役のプリーストリー博士も「えらくもったいぶったなあー」という感想になってしまう。 そもそも、最終的な真相のための条件が「後出し」なのが問題なのかな? 構成上やむを得ないところもあるんだろうけど、物語そして推理の「カギ」となるだけに、そこはせめて伏線だけでも用意すべきでは?というふうに見える。 でも、そこは本作の「肝」ではないんだろうな。 途中の長々した捜査過程が退屈という意見もあるようで、それも確かにと思わせるところはある。 なにせ、終わってみれば「捨て筋」をひたすら読まされていたわけなのだから・・・ 作者に言わせるなら、「第四の可能性」を浮かび上がらせるために、第一から第三の可能性をなくさせる必要があったわけで、この捜査過程も必要!ということになるのだろう。 こんなやり方が、きっと冒頭の「ワンアイデアを膨らませる作家」という評価にもつながっているに違いない。 ただ、決して「つまらない」ということではない。登場人物たちの試行錯誤や刑事の実直な捜査行についても、十分個人的な「好み」の範疇だった。 たったひとつの事件をあらゆる角度から検証していく試みは、バークリーの諸作などを持ち出さなくても特に目新しさはない(のかもしれない)。 ただ、その過程を「面白くする」のか「退屈」にするのかは、それこそ作家の力量にかかっている、ということなのだろう。 そういう意味では、どちらかというと「好き」なベクトルの作品。 それでいいのだ。 |
No.1766 | 7点 | invert 城塚翡翠倒叙集 相沢沙呼 |
(2023/12/09 13:54登録) 大きな評判となった「medium霊媒探偵城塚翡翠」。前作終盤でも、続編のにおいがプンプンしてましたが、矢継ぎ早に発表された続編第一弾をようやく読了。 今回は「倒除もの」の短編ということで、誰もが振り向く美女ながら、世界一性格の悪い城塚翡翠の探偵譚。 単行本は2021年の発表。 ①「雲上の晴れ間」=これは、また、なんて純正な「倒叙」ミステリーなんだ。完全犯罪をやってのけたシステムエンジニアVS翡翠。普通はガチンコのバトルになるのだろうが、如何せん翡翠は美しすぎた。翡翠の籠絡にかかってしまう男の哀れなこと・・・。最後には完膚なきまでに陥落させられることに・・・アーメン。 ②「泡沫の審判」=②と③は書き下ろし作品。今回の相手は職業意識に燃える女性教師。女性と子供の敵である男を使命感を持って殺害。で、今回も翡翠の霊感と推理が冴え渡るわけだが、序盤の現場界隈の描写には要注意! そこかしこに伏線が潜んでいる。最後になって「アッ!」と声が出ること請け合い。まさかアレも伏線だったとは・・・ ③「信用ならない目撃者」=最終話にしてある意味問題も孕んでいる一編。まあ、三編とも普通の倒叙というわけにはいかんよなあー。相手は元刑事にして翡翠の最強?の敵となる男。なのだが、終盤に大きな仕掛けが待ち構えている。なるほど・・・これがやりたかったのね。気付けなかったなあー。 でもこれだったら何でもあり、という気がしないでもない。 以上3編。 実に「しっかりとした」倒叙作品だと思った。特に①と②は典型的。 ただし、違うとすれば翡翠のキャラと特性。これが効いている。 翡翠の場合、第一印象でほぼ真犯人が分かってしまうので、後は如何にして証拠を掴み集めるかになる。そのために駆使するのが己の美貌とキャラクター。 ③は? 私は「良い」と思いますよ。十分許容できます。 (個人的ベストは・・・やっぱ③だね) |
No.1765 | 6点 | 伽藍堂の殺人~Banach-Tarski Paradox~ 周木律 |
(2023/12/09 13:52登録) 「眼球堂」「双孔堂」「五覚堂」に続いて出された「堂シリーズ」の第四弾。 シリーズも方向性が見えて、そろそろ佳境に入るのではないかという雰囲気も漂ってきている。 さて、どうだろうか? 2014年発表。 ~警視庁キャリアの宮司司は大学院の妹・百合子とともに宗教施設として使われた二つの館が佇む島・・・伽藍島を訪れる。島には数学史上最大の難問である「リーマン予想」の解法を求め、「超越者・善知鳥神、放浪の数学者・十和田只人も招待されていた。不吉な予感を覚える司をあざ笑うかのように講演会直後、招かれた数学者たちが姿を消し、死体となって発見される。だが、その死体は瞬間移動したとしか思われず・・・張り巡らされた謎が一点に収束を始めるシリーズの極点~ いやいや、これはなかなかたまげた! そう言っていいレベルの大型物理トリック。 前作(「五覚堂」)の物理トリックも結構大掛かりなものだったことを考えると、こんなトリックを連発できるあたり、作者の只者ではない感が相当増してきている。 もちろんリアリテイは全くない。新興宗教の怪しげな教祖を登場させて話の雰囲気作りもしてはいるけど、日本海の真っただ中にこんな施設をつくったら、さすがに気づくだろ!っていうツッコミは封印しておく。 でもまあ、このメイントリックに尽きるよなあー 結構伏線はあった。特に「色」の問題。間違いなくヒントだろうという「扱い」だった。 それに「はやにえ」を模した二つの死体。圧倒的な力が加えられたとしか思えない・・・ってことはー いやいや、読後もちょっと興奮している。 それでも評価がそれほど高くないのはなぜか? それはもう、トリック以外の魅力が少なすぎることに相違ない。 ラストでの百合子の驚くべき「推理」(いや、「指摘」だろうか?)。これは本シリーズを揺るがしかねないような「爆弾」か? それでも、淡々と流れる物語は私の心の奥には響いてこなかった。(そもそも作者はそんなことを気にしてないのだろうが・・・) 蛇足ですが、本作のサブタイトルにもなっている「バナッハ・タルスキのパラドックス」。 数学の世界ではメジャーな定理?のようだが、コテコテの文系人間である私は初めて聞いた「ことば」だった。(ついでに「リーマン予想」も) でも、不思議だ!! |
No.1764 | 5点 | 幻の屋敷 マージェリー・アリンガム |
(2023/11/18 14:08登録) 日本版オリジナル短編集の第二弾。とはいえ、前作の「窓辺の老人」を読了してはや八年強。 もはやすっかり忘れております。どんな雰囲気だったっけ? ということで、原作は1938年ごろの発表(と思われます)。 ①「綴られた名前」=とあるパーティーの会場で起こった宝石盗難事件が本編の謎。キャンピオン氏も当然巻き込まれるのだが、彼が偶然拾った指輪をもとに、持ち主やらそれに基づいた事件の解明やらをあっという間に行ってしまう。スゲえ推理力。神業級。 ②「魔法の帽子」=この帽子をレストランの机に置いておけば、お代が無料になるという不思議な帽子。なんていい帽子なんだ! 欲しい!!って当然裏事情という奴がありまして、それはたいがい犯罪に関わっているわけです。残念。 ③「幻の屋敷」=とある田舎町に存在するというある屋敷。それが「灰色小孔雀荘」。その場所を知っているという老人を案内させると、その屋敷はとっくに壊されたという。でもここに、先週その屋敷を訪れたという若き女性が登場! あれ、なんか変な感じになってきたぞ・・・と思いきや。あっけなくキャンピオン氏が解き明かしてしまう。そりゃそうだ。 ④「見えないドア」=タイトルからして「名作」っぽい雰囲気だったのだが・・・。真相はまさかの「〇が〇〇ない」! そりゃないでしょう。周りも気付くんじゃないの? ⑤「極秘書類」=ひとりのチンケな犯罪者とその正体を知らず、彼に恋をしたひとりの無垢な女性。かの英国でもこんな陳腐な物語が紡がれるのか。犯罪者の言い訳がなかなか笑える。 ⑥「キャンピオン氏の幸運な一日」=まぁよくある手な作品だけど、短い分だけきれいに決まった感じ。 ⑦「面子の問題」=これがよく分からなかったんだよねー。結局、事件のほうはどうなった? ⑧「ママはなんでも知っている」=これってヤッフェの同名の作品集とはまったく関係ない? 根本的な部分では共通してますが・・・ ⑨「ある朝、絞首台に」=意外な犯人。というほどでもない。むしろ、よく見てきたやつだ。 ⑩「奇人横丁の怪事件」=この時代から「空飛ぶ円盤」「UFO」なんてものが話題にのぼっていたんだね。さすがイギリス! ⑪「聖夜の言葉」=キャンピオン氏の愛犬が主人公のお話、だそうです。 以上11編+ボーナストラック1編。 分量はたいしたことはないけれど、結構お腹一杯になりました。 作品によって出来不出来はあるけれど、どれもワンアイデアがキラリと光る、と好意的に評価したい。 まぁ時代も時代なんでねぇ・・・日本だったら戦中戦後の暗い時代。そんな時代にかの大英帝国はこんな洒落た探偵小説が書かれていたのだから、そりゃ勝てるはずありません。 作品の印象としては短い作品ほど切れ味があって高い評価。 個人的ベストは・・・うーん。難しいな。 |
No.1763 | 7点 | レオナルドの沈黙 飛鳥部勝則 |
(2023/11/18 14:07登録) 作者の作品はデビュー長編の「殉教カテリナ車輪」以来となる。 本作は名探偵・妹尾悠二シリーズの第一弾でもある(とのこと)で楽しみ! 単行本の発表は2004年。 ~「私は遠隔のこの地にいたまま、目的の人物を思念によって殺して見せる」。交霊会の夜、霊媒師によって宣言された殺人予告とその恐るべき達成。すべての家具が外に運び出された状態の家の中で首を吊って死んでいた男。密室状態の現場。踏み台にされたレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿本と鏡文字の考察。第二の不可能犯罪の勃発。そして読者への挑戦・・・。本当に犯人は霊媒師なのか? 違うとすれば果たして誰なのか? 逆さまずくしの大胆不敵な事件に挑むのは美形の芸術家探偵~ かなりガチガチの本格ミステリー。しかも、かなり「出来の良い」。 何より出てくる「謎」が魅力的だ。 “今どき”交霊会が舞台。不気味な霊媒師が殺人を予告し、そのとおりに起こってしまう殺人事件。なぜか家具がすべて外に出された現場。そして再び起こる殺人事件。しかも、またもや遠隔殺人の様相を呈している・・・ と、枚挙にいとまがないほど奇怪な謎が押し寄せてくる。 そして登場する「読者への挑戦」。うーん、なんて魅力的なんだ! 実にクラシカルでフォーマットに則った本格ミステリーである。 当然ながら問題はその解法にかかってくる。 第一の事件の解法はなかなか見事。探偵役の妹尾の言うとおり、不確実な事柄を排除していくと残ったものが厳然たる事実ということになる。 これについては作者もかなり念入りに伏線を張っているので、途中で気付く人もいるだろう。ただ、一見すると不可思議な遠隔殺人を如何にして現実的な事象に下ろしていくか、この辺りは何となくだが、連城の「暗色コメディ」を彷彿させるところがある。 で、問題が第二の事件。 これは・・・バカミスと呼ばれても仕方ないのでは? なにせ被害者が〇〇〇マで〇〇るなんて・・・(もはや爆笑!) ただし、このフーダニット。これには意表を突かれた。ズルいといえばそうかもしれないけど、個人的には「そうきたか!」と思わせるに十分だった。 ということで、トータルで評価するなら、大変良くできたミステリーだと思うし、作者のトリックメーカーぶりが伺える作品になっている。 ただ、突っ込みところは多いよ。この手のミステリーに共通する「偶然の連続」とか。 でも好きだな。好みに合った作品なのは間違いない。 |
No.1762 | 5点 | 星詠師の記憶 阿津川辰海 |
(2023/11/18 14:06登録) 「名探偵は嘘をつかない」につづく作者の第二長編作品がコレ。 作者お得意の「特殊設定」下の事件を扱う本格ミステリー。でも、こんな設定、よく考えつくよなぁ・・・ 単行本は2018年の発表。 ~被疑者射殺の責任を問われ、限りなく謹慎に近い長期休暇をとっている警視庁刑事の獅堂。気分転換に訪れた山間の寒村・入山村で、香島と名乗る少年に出会う。香島は紫水晶を使った未来予知の研究をしている「星詠会」の一員で、会の内部で起こった殺人事件の真相を探って欲しいという。不信感を隠さず、それでも調査を始める獅堂だったが、その推理は予め記録されていたという「未来の映像」に阻まれる。いったい何が記録されていたのか?~ 最初に書いたとおり、本作もかなりの「特殊設定」「特殊な条件下」での推理を探偵も読者も強いられる。 くだんの「星詠会」の「星詠師たち」は紫水晶のなかに未来を映し出すことができる・・・というのが今回のメイン特殊設定となる。 殺人事件は容疑者が明白な形でその映像に残っていたのだが、その欺瞞を解き明かすのが探偵役の獅堂。 ストーリーは現在進行形の事件と、会の創始者でもある男が自身の特殊能力を知った過去の事件がクロスオーバーしながら進んでいく形をとる。当然、ふたつの事件は大きな関わりがあるはずと読者は意識することになる。 ただなぁー。他の方も書かれているけど、この条件がかなり“ややこしい”。 普通の頭ではどうにもこうにも「矛盾」が生じてしまうような設定なのだが、そこはそう日本の最高学府出身の作者だけあって、凡人たちが矛盾だらけに苦しむなかでスイスイと真相に行き着いてしまう。 なので、どうにも凡人の私にとってもスッキリしない感覚に陥ってしまう。 正直、事件関係者の人数は少ないので、役割を与えていけば真相に到達するということがないわけではない。なんだけど、そのためにずいぶんややこしいことしたなあという印象を持ってしまう。 動機もねぇ。ここまで精緻なミステリーを組んできた作品としては、えらく陳腐な動機だなぁという感想。 話の性質上、ジミになるのはやむを得ないのかもしれないけど、「特殊設定」というと比較的派手な展開というイメージがある中で、玄人好みの作品といえそう。 純粋なパズラー好きの方なら、もう少し高評価になってもよいだろう。 凡人の私はこの程度の評価で・・・ |
No.1761 | 5点 | カナダ金貨の謎 有栖川有栖 |
(2023/11/03 19:20登録) 安定感超抜群の「火村・アリスコンビ」の国名シリーズもついに第10弾に突入。 今回はカナダか・・・いいところなんだろうね(行ったことないけど) 新書は2019年の発表。 ①「船長が死んだ夜」=何の「てらい」もない、純正な短編ミステリーだ。逆に珍しい・・・で、本筋としてもロジックによるフーダニットの興趣が味わえる一品。 ②「エア・キャット」=名探偵火村准教授の小ネタが味わい深い一編。でも真相が分かってみると、「なーんだ」っていうようなもの。だからこその小ネタ。 ③「カナダ金貨の謎」=名短編として名高い、同じ国名シリーズの「スイス時計の謎」。「スイス…」はキレキレのロジックが有名だが、同作に対する言及が出てくる本作はとてもその域には達してないと思えるのだが・・・。まあ工夫した倒叙ものではある。 ④「あるトリックの蹉跌」=“あるトリック”とは、学生時代のアリスが火村と初めて出会ったとき、たまたま書いていたミステリーに出てくるトリックのこと。若き火村は見事、簡単にそのトリックを看破してしまうわけである。まぁ「シリーズゼロ」のような作品といえばカッコいいが・・・。 ⑤「トロッコの行方」=“トロッコ問題”(何のことか分からない方は本作をご一読ください)を根底に敷いた一編。でもこの終わり方はあまりに唐突で投げやりな気がする。動機なんてこんなものかもしれんが・・・ 以上5編。中編3編+短編2編というのは、かのクイーンの短編集になぞらえたとのこと。 まあ相変わらずの安定ぶりである。 いま日本で最も安心して楽しめるミステリー作家であり、シリーズなのは確かでしょう。 前にも書いたような気がするけど、特殊設定全盛の現代ミステリー界で、それに抗うがごとく普遍的ミステリーを発表し続ける作者には敬意を表するほかありません。 本作もサプライズ感こそ小粒ですが、決して侮ることのできない佳作ぞろい。 ・・・ちょっと言い過ぎかもしれんが。 (個人的ベストはうーん、⑤かな。) |
No.1760 | 6点 | リンカーン弁護士 マイクル・コナリー |
(2023/11/03 19:18登録) M.コナリーが創造した新たなスター。それが弁護士ミッキー・ハラー。 これまで読み継いできた「ハリー・ボッシュ」の物語から少し外れ、同じLAで活躍する彼の物語をのぞいてみることにしようか・・・ 2005年の発表。 ~高級車リンカーンの後部座席を事務所代わりにLAを駆け巡り、細かく報酬を稼ぐ刑事弁護士ミッキー・ハラー。収入は苦しく誇れる地位もない。そんな彼に暴行容疑で逮捕された資産家の息子から弁護の依頼が舞い込んだ。久々の儲け話に意気込むハラーなのだが・・・。その事件はかつて弁護を引き受けたある裁判へとたどり着く。もしかしたら自分は無実の人間を重罰に追いやったのではないか。思い悩む彼の周囲にさらに恐るべき魔手が迫る・・・~ まさに「正調リーガル・サスペンス」と称したくなる一品。 そんな作品だった。 冒頭、冴えない弁護士稼業に精を出しているミッキー・ハラーに思わぬ儲け話が舞い込んでくる。 容疑者に話を聞き、周辺調査を行うハラーだが、十分に勝算の立つ弁護だと思われた。 しかし、まず立ちはだかったのが、若き検察官ミントン。ハラーの使った調査員が集めた証拠に実は瑕疵のあることが判明する。そして、次に立ちはだかったのが「・・・」。こいつが本命。しかもまさかの・・・ というわけで、そこはコナリーらしく、起伏に富んだストーリー展開。読者の勘所を押さえに押さえたプロット。 文庫版の下巻に突入すると、いよいよ山場の法廷シーン、対決が始まる。 これが本作最大の盛り上がる場面。 若き検察官を蹴散らし、ついに「本命」の相手にも引導を渡せるのか・・・? リーガルサスペンスらしい、検察VS弁護士に加えて、弁護士VS真の相手という二重の対決が本作の売りなのだろう。 いつものボッシュシリーズだと、彼のアクティブな捜査行やピンチの連続が味わえるけど、そこは本作でもヒケを取らない。特にラストはハラーの娘までも巻き込みつつ、まさかの黒幕(?)までも判明することに・・・ ・・・こんなふうに書いてると、実に面白い読書だったことが分かる。 しかしながら、ここでちょっと立ち止まる。うーん。そこまで面白かったっけ? なんか麻酔をかけられたように、コナリーの術中にはまってしまったけど、ボッシュシリーズほど楽しめたかというと、「そこまでではなかったかな」というのが冷静な判断かもしれない。 ただ、続編が楽しみなのは確か。しかもボッシュとハラーの共演らしいし。 読むしかないでしょ。 (なんだかんだ言いながら、本作の裏テーマも「親子」の愛情だったと思う) |
No.1759 | 5点 | 賛美せよ、と成功は言った 石持浅海 |
(2023/11/03 19:17登録) 「扉は閉ざされたまま」「君の望む死に方」「彼女が追ってくる」短編集「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」に続く、碓氷優佳シリーズの続編。それにしても変わったタイトルだな・・・ 2017年の発表。 ~武田小春は十五年ぶりに再会したかつての親友、碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。仲間のひとり、湯村勝治がロボット開発事業で名誉ある賞を受賞したことを祝うためだった。出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子をはじめ教え子が九名。総勢十名で宴は和やかに進行する。そんななか、出席者のひとり、神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。旧友の蛮行に皆が動揺するなか、優佳は神山の行動に“ある人物”の意志を感じ取る。小春が見守るなか、優佳とその人物の息詰まる心理戦が始まった・・・~ 本作、紹介文のとおりで、優佳と旧友である〇〇のふたりが息詰まる心理戦を繰り広げる。それをこれまた旧友の小春があれこれと考え、想像しながらまるで解説者のように振る舞う、という図式になっている。 なので、倒叙形式とも違う、ちょっと変わったスタイルで進んでいく。 これを面白いと感じるかは人それぞれだろうけど、個人的にはあまりピンとこなかったかな。 ある種の「操り殺人」というテーマになるのかもしれないけれど、あまりにもプロバビリティすぎるし、ふたりの心理戦についても長編を引っ張るほどの面白味はなかったように思う。 まぁこのシリーズは優佳を軸とした心理戦が肝なので、パターンをいろいろと模索するのは正解なのだろうし、作者の工夫の跡は伺える。 しかし、三人とも実に人が悪い! 女性だからこそなのか、男性にはなかなか理解できない心理だな。まるで将棋のプロのように何手も先の手を読む、互いにマウントを取り合う・・・おぉコワイ! まるで「駒」のように扱われ、操られる男性陣・・・ご愁傷様です。 続編も読むだろうな・・・ |
No.1758 | 5点 | 列車の死 F・W・クロフツ |
(2023/10/09 12:40登録) フレンチ警部登場作として26番目。つまりはかなり後期の作品ということ。 今回は作者の十八番(おはこ)とも言うべき「列車」「線路」が舞台となる。真骨頂発揮!なのかどうか・・・ 1946年の発表。 ~第二次世界大戦。ドイツ軍の猛攻撃により英国軍は後退を余儀なくされていた。英国政府は緊急会議を開き、急遽極秘の物資輸送を決定した。ところが、その輸送列車のわずかな故障によって先行した旅客列車が豪音とともに転覆したのだ。破壊工作の跡から輸送計画の漏洩に気付いた政府は、ロンドン警視庁に捜査を命じた。フレンチ警部はスパイ組織壊滅の密命を受けたが、巧妙を極めた犯罪の隠蔽工作の前に捜査は一進一退。突破口を開くべくフレンチは一計を案じたが・・・~ 他の方も書かれてますが、いつものクロフツ、いつものフレンチ警部ものとはかなり毛色の異なる作品。 確かに途中はいつものとおり、お得意の「靴底をすり減らす」「丹念な」捜査行が描かれていますが、なにぶん今回は相手がデカイ。そして手強い。なかなか思う通りの成果が上がらず、いつも以上に苦悩することとなる。 しかしまぁ、宮仕えとはいえ酷使されるねぇ・・・フレンチ警部は 今回はドイツ軍スパイが相手ですよ! 普通は公安的な専門家が対処するだろうに・・・ ただ、ドイツ軍スパイに対する「目くらまし」「ダミー」としての役割も担っているから仕方ないのか・・・上司であるエリソン卿も罪な人である。 で、本筋なのだが、今回はフーダニット的な興趣は殆どなく、メインの謎は「どのように列車が転覆させられたのか?」と「なぜ機密情報が敵に漏れたのか?」の2つ。 ただし、前者は列車運行の専門家がほぼ真相を見抜いておりフレンチはそれをなぞるだけ。後者もその中途の仕掛けや罠は面白いけど、かなりあっけなく謎が氷解してしまう。 なので、やはり本作はサスペンス的な側面が大きいという結論かな。(なんとラストはフレンチがひとりで犯罪グループと対峙して、もしや銃弾に倒れた?という場面まで用意されている) やっぱりシリーズものの宿命で、長く続けるとどうしても変化球的作品を入れないと、ストレートばかりでは読者も三振してくれない・・・ということなんでしょう。ねぇクロフツさん・・・などと想像してみた。 ただ、それがうまくいっているかというと、非常にビミョー。 (フレンチ警部ものも残り僅かになってしまった。寂しい) |
No.1757 | 4点 | 神とさざなみの密室 市川憂人 |
(2023/10/09 12:39登録) 「マリア&漣シリーズ」以外では初読みとなる本作。同シリーズでは大掛かりな舞台と丹念なロジックがかなり面白くて、本作にも期待十分!と言いたいところですが、さて・・・ 2019年の発表。 ~和田政権打倒を標榜する若者の団体「コスモス」で活躍する凛は、気付くと薄暗い部屋にいた。両手首をしばられ動けない。一方、隣の部屋では外国人排斥を謳う「AFPU」のメンバーである大輝が目を覚ましていた。ふたりに直前の記憶はなく、眼前には横たわる死体。誰が、何のために、敵対するふたりを密室に閉じ込めたのか。そして、この身元不明死体の正体は? 真の民主主義とは何か? 人は正しい道を選べるのか? 日本はどこへ向かっているのか?・・・~ 以前少し考えてみたことがある。「なぜ政治家たちは70歳や80歳にまでもなって、権力闘争やらワケの分からん答弁やら、意味もない外遊などやってるんだろうか?」 そうは言っても、政治家はシンドイ仕事であるのは間違いない。居眠りするのがたまに話題になるけど、国会だってかなりの時間をかけている。普通の70や80の爺たちにはこたえるだろうに・・・ってことを。 そのとき結論づけたのは、「きっと政治って面白いのだろう」ということ。男も70や80にでもなれば、当然アッチの方は役立たず、近寄る女性だってなんかワケありだろうし、普通は仕事だってとっくに引退・・・ そんな年寄りがですよ。堂々主役になって振舞えるのが政治家の世界。特に「人事」なんて面白いだろうねぇ。金や人脈の力でうまいこと人を操る・・・なんて絶対面白い。だからこそ、あんな爺が必死になって政治家にしがみつく。 すみません。脱線しまくってました。 ただ、本作の政治に関する論議とミステリーとの組み合わせはかなり「違和感」があった。 真犯人がこの犯罪を計画し、準備し、実行するに至る経緯、動機。1960年代や70年代ならまだ分かるが、令和のこの時代に!っていうのがどうにも違和感だった。 本作の主人公となる若き女性「凛」の行動もそう。彼女にシンパシーを感じる人がいるのだろうか?物語のラスト。作者的にはきれいにまとめようとしたのかもしれないが、こんな形で終わっては結局偽善以外のなにものでもないと思わざるを得なかったなぁ。 まぁ政治的な部分は正直どうでもよいというのが本音。読む人それぞれが感じることは異なるでしょうし、それで良い。ただ、結局、死体の顔が焼かれていたことにせよ、真犯人の正体に関する欺瞞にせよ、ミステリーの出来としては薄いなという印象は拭えなかった。 作者については、やっぱり「マリア&漣」シリーズの続編を期待したい! |
No.1756 | 6点 | 三年目の真実 西村京太郎 |
(2023/10/09 12:38登録) 双葉社が編んだ作者の初期作品集。昭和39年から昭和54年までに各雑誌などに発表されたもの。 作者の多芸ぶりや懐の深さについては、作者の死後改めて思い知らされてしまう。そんな作品のひとつ。 2003年発表。 ①「三年目の真実」=舞台は昭和30年代終わりごろの東京。世間は空前の経済成長に沸いていた時代なのか? それでも市井はまだまだ戦後が色濃く残る・・・そんな時代背景。でもテーマは割と新しい。現代でもよくニュースに取り上げられるような話題なのだ。その辺りはさすがだ。 ②「夜の脅迫者」=これは別の作品集にて既読。ただ、出来はよい。冷静になれば「こんな馬鹿なことやるか?」という気にはなるのだが、昭和39年という時代を考えればかなり斬新。徐々に追いつめられる主人公の姿がイタい。 ③「変身」=同種のプロットが先行の海外作品にもあったような気はするが・・・。でも、これも②と同様で主人公の男の心情が痛いほど分かるような気が・・・。どんな時代でも男の欲望は「金」と「女」だ! ④「アリバイ引き受けます」=これはラストの反転というかオチが決まっている。まあ因果応報ということだが・・・。最近の著作(「アリバイ崩し承ります」)との相似も面白い。 ⑤「海の沈黙」=初期の作品には「海」をテーマとするものも多かったが、これもそのひとつになるのか。時代背景は全然違うけれど、漁師が食えないのは今も同じだろう。 ⑥「所得倍増計画」=当然ながら、その昔に佐藤栄作首相が唱えた政策(合ってる?)を揶揄しているのだけど、実に皮肉に満ちた作品。こういう小品こそ作者の腕前がよく分かるというもの。 ⑦「裏切りの果て」=あーあ。小市民。なんの取り柄もない、しがないサラリーマンが嵌まってしまった陥穽。当然最後には「報い」がやってきます。アーメン。 ⑧「相銀貸金庫盗難事件」=いったいなんなんですか? この作品は?ドキュメント?社会派? 結局最後まで何が言いたいのか、どういうことを訴えているか理解できないまま終了・・・ 以上8編。今まで何度も書いてますが、作者の初期作品にハズレなし(たまーにありますけどね)。 本作もなかなかの粒ぞろい。ただ、ちょっと堅い作品が多いような印象。 でも読みごたえは十分。後期の気の抜けたようなトラベルミステリーとは一味も二味も違ってる。 まだまだ未読の佳作はあるんだろうなあー。 (個人的ベストは再読だけど②になる) |
No.1755 | 6点 | ハヤブサ消防団 池井戸潤 |
(2023/09/16 13:52登録) 地上波のTVドラマも好調な池井戸潤の最新作。 これまでの「勧善懲悪もの」とは一線を画した作品になっている模様だが・・・ 単行本は2022年の発表。 ~信州・ハヤブサ地区に移住してきたミステリー作家を待ち受けていたのは連続放火事件だった。果たしてその真相とは? 東京での暮らしに見切りをつけ亡き父の故郷であるハヤブサ地区に移り住んだミステリー作家の三馬太郎。地元の人の誘いで居酒屋を訪れた太郎は消防団に勧誘される。迷った末に入団を決意した太郎だったが、やがてのどかな集落でひそかに進行していた事件の存在を知る・・・~ 前回の書評(「ノーサイドゲーム」)で、「もうそろそろ、この作風(勧善懲悪+企業ドラマ)を続けるのは厳しいかも・・・」なんていうコメントに対する作者の答えが本作・・・なわけはない! ないんだけど、確かにプロットは一変している。ただし、読んでいくうちに何となく過去作の「ようこそ我が家へ」と似たようなプロットであるように思えた。 舞台が都会と田舎という違いはあるけど、日常の普通の暮らしをしているなかに、密やかに事件や悪意が生まれ、それが徐々に自分に近づいてくる恐怖。 これがふたつの作品に共通している。要は、サスペンスでよく出てくるプロットということ。 作者久々のミステリーということで、いったいどんな仕掛けが用意されているのかと期待はしてみたものの、正直ミステリーとしての興趣は“超薄”である。 謎多き美女として登場する「彩」の立ち位置がくるくる変わり、そこのフーダニット的な興趣は感じるし、「家系図」を軸にしたドロドロの血の宿命なんていう「昭和の時代かよ!」って言いたくなるような仕掛けもあったりはする。 するんだけど、そこに「深み」は感じない。 道具立てはいろいろと並べて、ミステリーというスパイスはふりかけてみました。どうぞ!って出された料理だったけど、うーん。これは何料理ですか?って作者に聞きたくなってくる。そんな感想(よく分からん感想で申し訳ない) もう無理にミステリーに寄せる必要はないんでしょう。作者の「強み」はやはり「人間ドラマ」なのだと再認識した。 本作でも、主人公の太郎はもちろん、ハヤブサ消防団に所属する団員のひとりひとり、その他の村民に至るまで、実に生き生きと描かれている。(むしろ真犯人キャラの書き分けが一番つまらない) それと日ごろから何となく目にしたり、耳にしたりするけど、一般的にあまり知られてない事柄についてのフォーカスの当て方(本作では当然「消防団」。これが実に生き生きと描かれてる。過去作でもラグビー?や農機、などなど) ということでスミマセンでした。作者はこれからも「勧善懲悪+企業または人間ドラマ」を書き続けるべきです。 そして、日本を代表する役者たちが精一杯の演技をする。これが「正解」(なのでしょう)。 |
No.1754 | 7点 | 007 白紙委任状 ジェフリー・ディーヴァー |
(2023/09/16 13:50登録) 稀代の人気作家であるJ.ディーヴァーと世界中で最も有名なスパイ=ジェームス・ボンド007がタッグを組むなんて、なんという素晴らしい試みか!と巻末解説者の吉野仁氏も書かれてます。 舞台は本国であるイギリス以外にもセルビア、そして主舞台となる南アフリカなど世界を股にかけるジェットコースターミステリー。 単行本は2011年の発表。 ~金曜夜の計画を確認。当日の死傷者は数千人にのぼる見込み。イギリスへの大規模テロ計画の存在が察知された。金曜までの6日間で計画を阻止せよ・・・指令を受けた男の名はジェームス・ボンド。暗号名007。攻撃計画のカギを握る謎の男を追って彼はセルビアへ飛ぶ。世界最高のヒーローを世界最高のサスペンス作家が描く大作!~ 個人的に、007については映画でさえまともに見通したことはない。なので断片的な知識しか持ち合わせていないというのが正直なところ。 なので、フレミングの007と比較してどうかなどと書く資格はない。ただ、こんな私からみても、本作のジェームス・ボンドは魅力的には思えた。なによりその「正義漢」ぶりだ。 出会う女性という女性が全員美女ばかり、そしてその殆どがボンドのことを好きになるという羨ましい限りの環境。そして本業のスパイ活動についても、ほぼノーミス。大ピンチ!と読者に思わせておいて、次章ではアッサリと逆転してみせる姿。 もう何でもアリである。 普通に考えると、こんな完璧無比な主人公に対しては逆に嫌気が差してしまいかねないのだが、そこはさすがの007。そんじょそこらの「にわか主人公」ではない。もう圧倒的な説得力とでも言えばいいのか。 女性だけでなく、最初は非協力的だった男性までもいつも間にか彼の協力者となってしまう。 つまり、「さすが」である。 プロットとしてはディーヴァーらしい「引っくり返し」の連続。「味方」「味方に見えて敵」「敵にみえて味方」「敵」などなど、ありとあらゆるところに「ワナ」が仕掛けらている。 リンカーン・ライムシリーズには毎回魅力的な敵キャラが出てくるが、本作では通称「アイリッシュマン」という強力な男が相手となる。さすがのボンドも手こずらされるのだが、最後には影の黒幕までもが登場して・・・ ということで、もう安心して楽しめる大作に仕上がっている。ちょっと予定調和すぎるところもあるので、そこは玉に瑕だが・・・ 割と007の内面を描写した場面も多いので、人間ジェームス・ボンドという一面も垣間見える作品。 そして、廃棄物処理に関するテーマは21世紀の今という時代背景を表している。 総じて言うなら“スーパーヒーロー 007”大活躍の巻! (やっぱり007シリーズの映画も一度は見てみるか・・・) |
No.1753 | 5点 | 江ノ島西浦写真館 三上延 |
(2023/09/16 13:49登録) 「江の島」って聞くだけで何となくオシャレな感じがしてくる。これって、ひと昔前の人間特有なんだろうか? それはともかく、江の島にある一軒の写真館を軸に繰り広げられる連作集(長編かもしれんが・・・)。 単行本は2015年の発表。 ①「第1話」=本作の主人公である「繭」。まだ二十代のくせに辛い過去を引きずっている女性。彼女の祖母が営んでいたのが「西浦写真館」。で、謎は当然写真に関わるものになる。 ②「第2話」=繭の辛い過去の原因。それも当然写真に関連している。ひとりの美少年を深く傷つけてしまったのだ。で、本話の謎は、誰がこの少年の写真を勝手にSNSにアップしたのか? ③「第3話」=起承転結でいえばちょうど「転」に当たる部分だけに、話の角度が変わってくる第3話。土産物屋の若主人である研司が、自分の過去のついでに「繭」たちの過去の扉も開くことに・・・ ④「第4話」=そして最終章。今まで謎めいていたことのすべてに一応のケリが付けられる。エピローグの章でまぁハッピーエンドかな? 以上4編。 特に追記はありません。 作者らしいといえば作者らしいかもしれない。けど、「ビブリア古書堂」シリーズほど引き込まれることはなかった。 「写真」が巻き起こす事件、謎というのも割と古臭くって、既視感のあるプロットだったな。 いずれにしてもオッサンの読み物ではなかったように思う。悲しいかな・・・ |