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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.655 6点 一八八八 切り裂きジャック
服部まゆみ
(2016/06/25 22:23登録)
読んでも読んでも終わらない。文庫で770ページの大作、しかも文字が新聞のように細かいので、一般の文庫本なら軽く800ページは超えているだろう。だが、決して時間の無駄ではなかったとだけは言っておこう。
これだけ長尺なのだから、切り裂きジャックに関する考察や人物像の構築がふんだんに見られるのかといえば、そうでもない。ストーリーは主に主人公の柏木が霧のロンドンで体験する冒険譚を中心に進行し、切り裂きジャックによる犯行そのものにはあまり触れられていない。だが、当時の世相やかの地の生活ぶりなどが事細かに描かれており、なかなか面白い。さらにはエレファント・マンやバーナード・ショウ、森鴎外などなど実在の人物が多数登場し、その意味でも読みごたえがある。
印象深いのはエピローグで、芳しい文学の香りがそこはかとなく漂って、物語の締めくくりにふさわしいものになっていて好感が持てる。


No.654 7点 殺しの双曲線
西村京太郎
(2016/06/14 22:03登録)
冒頭の双子トリックをやりますよという宣言が、逆に真のトリックを隠ぺいするという騙しのテクニックに。これはなかなか心憎い演出だと思う。
二つの異なるストーリーがどう考えても繋がりそうにないが、結局うまく一つに収束する辺りはプロットのうまみを味わえる。しかし、肝心の吹雪の山荘というクローズド・サークルのパートに緊迫感と迫力が不足しているように感じる。さらに文体が軽い分、全体的に希薄さが拭いきれないきらいがある。はっきり言ってしまえば、薄っぺらな感じがして仕方ない。重厚さに欠けるのである。
ラストは余韻を残す感じで、個人的には好みの範疇。


No.653 7点 ユリゴコロ
沼田まほかる
(2016/06/08 22:01登録)
「ユリゴコロ」と題された殺人者の手記をめぐる謎、記述者は誰なのか、主人公が感じている母親の入れ替わりは本当にあったのか。など興味をそそられること請け合いで、さらにここではイヤミスの本領を発揮している。
また、現在進行形のストーリーにおいても謎めいた出来事が起こり、こちらも目が離せない。そしてまさかの形で過去と現在がリンクする。確かに勘のいい読者ならこのからくりに気づくことも可能だと思うが、当然私のごときぼんくらには無理な話。まんまと騙されたのである。
ある人物の変容ぶりには首を傾げたくなるが、よく読むとそのヒントはしっかり描かれているし、最終的にはハートフルな物語だと気づかされ、前半とのギャップには驚かされるばかりだ。


No.652 6点 天啓の殺意
中町信
(2016/06/03 22:23登録)
なるほどそう来たか、とは思う。確かに叙述トリックには違いないが、それほど騙された感は覚えなかった。30年前なら手を叩いて喜んだかもしれないが、もっと鮮やかな叙述ものを沢山経験してしまったため、この程度では大したカタルシスは得られない。そんな体質になってしまった自分が恨めしい。
それにしても原題の『散歩する死者』の意味がいまいち読めない。作者がお気に入りのタイトルだったらしいが、死者が散歩するとは一体どういう・・・。
平均点が高いのでもっと期待していたが、やや裏切られた感は否めない。しかし、意外に読みやすかったし、プロットの妙というのか、その辺りはよく練られていたと思う。


No.651 6点 虚構推理 鋼人七瀬
城平京
(2016/05/29 22:39登録)
これほど特異な設定の「本格」ミステリはほかに見当たらないのではないだろうか。
人ならざる存在が現実のものとして現れるミステリなど、あってはならないとは思わないが、異端であることは間違いない。主要登場人物からして普通の人間ではないのだから、何をかいわんやである。
しかし、クライマックスの虚構のでっちあげよりも、それまでのキャラ同士の絡みのほうが面白いのだから、やはりラノベに近いのかもしれない。いかにも漫画的で、文章が絵として浮かび上がる辺りは、本作の真骨頂といえるだろう。
これほど異様な世界観を描いた物語は、のちのちまで記憶に残りそうな気はする。それだけでも読んだ価値はあったのではないかと思ってしまうのだが。


No.650 5点 人形家族 熱血刑事赤羽健吾の危機一髪
木下半太
(2016/05/23 22:17登録)
警視庁行動分析課の刑事赤羽健吾が主役である。行動分析課とは容疑者の言動を分析し、心理面やこの先何を起こそうとしているのかなどを予測する特殊なチームだ。
このチームは他に、課長の八重樫育子、後輩の栞、ベテラン刑事のヤナさんらがいる。いずれも個性的なメンバーではあるが、ガチガチの警察小説とは違い、その底辺にはうっすらとユーモアが漂っている。
事件は数体のマネキンとともに、食卓の椅子に縛り付けられた死体が発見されるというもので、連続殺人事件となる。ホワイダニットが謎の中心で、伝説の刑事と呼ばれた健吾の祖父が絡む過去の事件もカットインされ、次第にその全貌を現すのだが。
警察小説としてお世辞にもよく出来ているとは言い難いが、所々に読者サービスらしき描写が挿入されており、飽きることはないだろう。どこをどう取ってもまずまずとしか言いようがない。


No.649 7点 鬼畜の家
深木章子
(2016/05/19 22:22登録)
明快で分かりやすい文章でグイグイ読ませる。イヤミスと本格ミステリの融合というか、イヤミスと見せかけて実は本格だったというのが本当のところか。
ほとんどが事件の関係者の証言により構成されているが、実はこれがメイントリックを支えている大きな要因となっている。そのトリックだが、意外性はあるものの、いささか強引と言えるのではないだろうか。島田荘司氏による解説にもあるように、決して目新しいものではないが、作者なりに咀嚼し、しっかりと自分のものにしているのは褒められてもよいとは思う。が、やはり無理がある。警察が本格的に関与すれば即座に暴かれるトリックというのはどうなんだろうか。
そうは言っても、面白い小説であるのは間違いないし、私などがケチをつけてもその輝きが失われるものではあるまい。ただ、後味が良いとは言えないねえ。


No.648 6点 白光
連城三紀彦
(2016/05/14 22:26登録)
一見平和に見える、どこにでもありそうな親族たち。だが、姉妹とその夫、子供と舅、それぞれが嫌らしいほどの思惑を胸に抱いており、善人は一人もいない。これだけドロドロした思念を持った人々を描いているのならば、普通は嫌悪感は拭いきれない作品になるはずだが、連城氏の手によるとそうはならない。殺人事件がまるで夢想の中で起こったかのような錯覚さえ覚える。
結局実行犯は明らかになるが、主犯は誰なのか。もしかすると一族全員の想いが殺人事件に発展させたとも言えそうであり、プロバビリティの犯罪の変形とも言えるかもしれない。
いずれにしても、本格好きな読者には不向きだと思う。どうにももやもやした消化不良な感じが心の中にしこりとなって、いつまでも残るからである。それもまたこの作品の持ち味なのであろう。


No.647 7点 ケムール・ミステリー
谺健二
(2016/05/08 22:15登録)
タイトルから推測するに、多くの方がイロモノ的な作品を想像されると思うが、決してそうではない。異色というか奇書と呼ぶべきなのか判然としないが、れっきとした本格ミステリであるのは間違いないのでご安心を。
六甲山中の赤屋敷と呼ばれる大邸宅のはなれで、奇妙な「自殺」事件が連続する。現場の状況はいずれも密室で、一見自殺に違いないと思われるのだが、事情を関係者から聴取した探偵役の鴉原はこの一連の自殺の事案に疑問を抱き、友人の多磨津と共に赤屋敷に乗り込む。
ケムール人とはウルトラQやウルトラマンシリーズに幾度も登場した、一度見たら忘れられない容姿をした宇宙人である。本作はこのケムール人が至る所に登場し、まさにケムール尽くしとも呼べる作品となっている。この怪人の生みの親である成田亨の残した遺産なども紹介され、その孤高の芸術家ぶりも記されている。残念ながらこの本ではケムール人の静止画などは記載されていない。個人的には著作権や肖像権が複雑な模様で難しいのかもしれないが、表紙に堂々とこの怪人を載せてほしかった。
鴉原の暴く真相は、様々な手がかりをもとに緻密な推理を重ねたというものではなく、その点でやや不満の声も聞こえるかもしれないが、物語の雰囲気を含めて私はこの作品が好きである。少々の瑕疵には目をつむりたいと思う。


No.646 5点 アトロシティー
前川裕
(2016/05/02 22:23登録)
冒頭から序盤にかけては、母娘餓死事件や悪質な訪問販売を迫力ある筆致で描き読者を飽きさせない。いわゆる掴みはOK、である。そんな私もかなりのめり込むことができた。
その後、主人公のジャーナリストである田島が事件を追うごとに、様々な人物に遭遇し、或いは自身が事件に巻き込まれるなど、なかなかいいテンポでストーリーは進行していく。現在進行形の事件や過去の事件が入り乱れる一方、登場人物も多彩なため、煩雑になりそうな危険性をキッチリと整理された文章で回避しており、その意味では腕は確かなものを感じる。
がしかし、一方でやや面白みには欠けるきらいがあり、さしたるサプライズもないのは個人的に物足りなかった。
サスペンスでありながら社会問題を扱っているため、社会派と捉えることもできる。解説には「エグミス」などと銘打たれているが、それほどえぐくはないと私は思うのだが。


No.645 6点 神社姫の森
春日みかげ
(2016/04/26 22:21登録)
いろんな意味でネタバレになるので多くは語れないが、久保竣公の記憶を持つ作家久保竣皇はいったい誰なのか、というテーマでストーリーは進行していく。構成はいたって単純で、本筋は全体の半分ほどしかない。その他は京極堂の蘊蓄が大部分を占め、いささか退屈ではあるが、京極夏彦作品の雰囲気はある程度楽しめる。
前半は鳥口や木場らが本シリーズよりも妙に賢くなっている気がしてやや違和感を覚える。そしていよいよ榎木津の登場でにわかに面白くなるのかと思えばさにあらず、いつもの勢いがいまひとつ感じられず、やや格好悪いのが不満といえば不満。
だが結局拝み屋の憑き物落としと最終章には妙に納得なのであった。
尚、久保竣皇の正体は誰にでもすぐわかってしまうはずだから、そこは期待しないでいただきたい。しかし、本家京極堂シリーズの刊行が絶望的な今、こうした作品でも読んで昔を懐かしむのも悪くはないだろう。


No.644 6点 火の粉
雫井脩介
(2016/04/21 22:14登録)
まあ、面白かったですよ。普通にサスペンスとして。
でもねえ、いわゆる怪しい隣人としての、武内の不気味さが今一つ伝わってこなかった気がするのも事実。あまりあからさまに異常性を暴き出してしまっては、サスペンス小説として機能しなくなるし、だからと言って単なるいい人の面だけを強調しても締まりがなくなってしまう。そのあたりのバランス感覚は優れていると言ってもいいだろう。
ドラマ化には大変向いていると思う。脚本次第では手に汗握る本格的なサスペンスドラマに仕上げることも可能かと。ユースケ・サンタマリアはどうなんだろう。ややおとなしすぎる感じがしないでもないが・・・やはり観てみないと分からないなあ。


No.643 8点 追憶の夜想曲
中山七里
(2016/04/15 22:13登録)
うーむ、これは7点以下は付けられないな。
法廷ミステリでありながら、根幹はまごうことなき本格ミステリだ。主人公、悪辣弁護士御子柴と検事岬(岬洋介の父親)の対決は読み応え十分だが、それよりも逆転裁判が現実のものとなったのちの結末が素晴らしい。
単純に思えた事件の顛末は意外性に満ちており、これほどまでにドラマチックな物語に昇華してしまう手腕はさすが中山氏といったところであろう。すべての登場人物にしっかりとした役割が与えられており、その意味でも大変密度の高いミステリに仕上がっているように思う。
探偵役は御子柴だが、彼はなんと○○○でもあるのが新しい。
とにかく完成度の高い本格ミステリであり、一気読みがお勧めだ。文庫化されたこの機会にぜひみなさんに読んでいただきたいものだ。


No.642 6点 OUT
桐野夏生
(2016/04/08 22:12登録)
様々な重荷を背負った女たちの暗い日常を赤裸々に描き、さらにその日常からこぼれ落ちていく様を乾いた筆致で綴った力作だと思う。だが、残念ながら私の肌には合わなかった。
中盤までは死体の解体を中心に、主婦たちの内面から生活様式までを描き切り、一方で警察の捜査も含めて追う側、追われる側両面からのクライムサスペンスとして見どころも多い。しかし、それ以降は意外というか行ってほしくない方向に向かってしまい、ラストはなんとなく付いていけないなと感じる結末に落ち着いており、個人的にはやや不満が残るものとなっている。
死体解体シーンは全くグロくない。と思う。また、途中から全く警察の追及が描かれなくなり、私などはそんなはずない、もっと早く真相に至るだろうと疑問に思ったりもした。その辺がないがしろにされているのはどうなんだろう。


No.641 6点 D町怪奇物語
木下半太
(2016/03/29 22:18登録)
ホラー短編13からなる怪奇譚。
ホラーというよりむしろ怪談と言ったほうが正しいのかもしれない。まさか実話ではないだろうが、その奇想とも呼べる発想はやはり只者ではないと思わせるに十分な奇天烈さを持っている。
内容はバラエティに富み、しっかりとオチもできている。「世にも奇妙な物語」辺りの原作としてもしっくりきそうな物語が多いが、木下氏独自のテイストというか味わいが感じられ、一風変わった世界観を垣間見られる。


No.640 7点 雨の日も神様と相撲を
城平京
(2016/03/26 22:15登録)
4ページ目、タイトルの前に記されている「少年少女青春伝奇」の文字がこの作品の概要をよく表している。つまり、青春小説であり伝奇小説だということ。ミステリは主題ではないので、おまけ程度と思って読んだほうが無難だろう。
主人公の少年はある村に転校してくるが、ここではカエルが神様であり、カエルの言葉を唯一理解できるのがもう一人の主人公の少女、真夏である。少年は小柄だが相撲の経験者で、彼は外来種のカエルを相撲で攻略する方法をトノサマガエルらに教示する。
少年は非常に大人びており、どこか達観しているところがあって感情移入しづらいのがやや残念な気もする。一方の真夏もあまり感情をあらわにしないタイプの上、大柄なため可愛げのない感じを受けるので、損をしていると思われる。ただし、この凸凹コンビのやり取りがちぐはぐであったり、少年が思ったことの半分も言えず、言葉を飲み込んだりする心理描写はなるほどと頷ける部分も多い。
ラストは爽やかすぎて青春小説として◎。


No.639 6点 シャーロック・ノートⅡ
円居挽
(2016/03/22 22:00登録)
舞台は探偵養成学校。第一章はカンニングの疑惑を解決、だがかなり物足りない。この時点で先行きにいささか不安を感じ始めるが、第二章である古典作品絡みの事件を描いており、これがなかなか良い出来と思われ、盛り返す。相当有名な作品なので問題ないのかもしれないが、未読だと意味の分からない点があるので、要注意。
第三章で再びカンニング事件を扱うことになり、ここが本作の一番の見どころではないかと感じる。お得意の学園裁判は検事役、弁護士役が入れ替わる辺り、ある作品を彷彿とさせる。
金田一耕助ならぬ金田一剛助や、鬼貫らも登場し趣向を凝らしており楽しめる。
ラノベかと思いきや、骨格のしっかりした本格ミステリだった。


No.638 7点 毒入りチョコレート事件
アントニイ・バークリー
(2016/03/17 22:00登録)
今時なら珍しくない多重解決モノだが、事件が一見単純に見えるところがミソじゃないのかね。シンプルな事件をどれだけ展開させてこねくり回せるのか、しかも6つもの解決法を提示して、さらには前者の推理を否定しつつ新たな解法を披露するという荒業は、さすがに名作と呼ばれるだけのことはあると感じる。
二人目まではやや疑問符付きだったけれど、それ以降はとてもよく考え抜かれていると思う。意外な犯人あり、人間関係の妙あり、巧妙な欺瞞ありと、様々な視点からの推理がみられる。
ラストのブラックな味わいも、思わず唸らされる。


No.637 5点 保健室の先生は迷探偵!?
篠原昌裕
(2016/03/12 21:49登録)
まあ習作の域を出ていない気がする。
これは、伏線を拾い集めて推理を構築するといったパズラーとは全く違う。わずかな伏線をもとに真犯人を指摘しているが、他の人物でもおかしくはない程度の推理であり、ミステリとしても青春小説としてもいささか弱いと言わざるを得ない。
また、ラブコメディの一面も持ち合わせてはいるが、二人の主人公の心理描写が行き届いておらず、唐突な告白には内心えっと思ってしまった。
絵の中で殺人を犯すというアイディアは良かったが、それを生かせていないし、どこをとっても中途半端な出来と感じる。


No.636 6点 猫間地獄のわらべ歌
幡大介
(2016/03/08 21:54登録)
本格時代小説と本格ミステリがうまく融合された、なかなかの逸品。メタな趣向を盛り込むことにより、読者に「そんな馬鹿な」と言わせないように苦心している。一風変わった「読者への挑戦状」を挟むなど、サービス精神も旺盛で、読者を飽きさせないよう工夫しているのが涙ぐましい。
kanamoriさんもご指摘のように、長編の中に独立した事件が三件含まれており、どれもバカミス的でありながらもよく考え抜かれたトリックを採用している。
密室、見立て、首なし死体、屋形船(館)の殺人など、興味を惹く要素がまさにてんこ盛り状態な本作である。

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