メルカトルさんの登録情報 | |
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平均点:6.04点 | 書評数:1835件 |
No.835 | 5点 | Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件 矢樹純 |
(2018/02/25 22:04登録) おぞましい因習が残る青森県P集落。大学教授の三崎忍とともに「私」は二十年ぶりにその集落に帰京することになった。道中新幹線の中で同じ目的地へ向かう心理カウンセラーを名乗る桜木静流と遭遇するが、彼らを待ち受けていたのは奇怪な連続殺人事件だった。 道中が長く、目的地にすらなかなか到着しません。何かこう奥歯にものが挟まったような表現が多く、結構イライラさせられます。やっと殺人事件が起こったと思ったら、ここで最初の衝撃が襲います。それまでのイライラが解消されますが、ネタバレになる恐れがあるのでこれ以上は突っ込みません。 人間関係がかなり複雑なので頭の中で整理するのにやや時間がかかるかもしれません。それにしても、よくこれだけややこしい物語を考え付くものだと感心させられはしますが、文体のせいかプロットのせいなのか、スッキリとした明快さには欠ける気がします。 窃視症の名探偵桜木はあまり颯爽としていない分、ややもするとただの変態にすら思われます。その探偵の解く謎は一応整合性という点で納得のいくものですが、動機は弱く、複雑さに紛れて一刀両断するが如き鋭さが足らないと思います。その意味でのカタルシスは生まれませんね。 本作は殺人事件と並行してあるテーマが有機的に結びついています、むしろそちらのほうに重点が置かれていると言っても過言ではありません。だからこそ余計に作品全体を重苦しい雰囲気にしてしまっているのが、一つの瑕疵であるとも考えられます。 |
No.834 | 7点 | 妖魔の森の家 ジョン・ディクスン・カー |
(2018/02/22 22:21登録) カー、久しぶりですねえ。学生時代に読んだ『猫と鼠の殺人』が最後だったでしょうか。今でこそ異端の道をひた走っている私ですが、当時は本格一辺倒でした。やはりカーは良いですね、素晴らしいです。 前置きが長くなりましたが本作、何と言っても表題作の出来が群を抜いていますね。どこから見ても不可能と思われる犯罪を、ここまでコンパクトにすっきりと纏め上げる手腕は見事としか言いようがありません。綺麗な謎解き、鮮やかなトリックにプラスして皮肉な結末には唖然とさせられます。さすがに短編ながら代表作に挙げられるだけのことはあります。 他は『赤いカツラの手がかり』がかなり煩雑で解りづらかったのを除けば、どれも及第点以上ではないでしょうか。特に中編の『第三の銃弾』は非常に良く考え抜かれたプロットとトリックで、読み応えがあります。面白いです。探偵役のマーキス大佐はなかなか個性的でフェル博士やHM卿ほどアクが強くありませんが、個人的には好感が持てました。 これまでカーと言えば密室トリックのイメージが先走りしすぎて、私の中ではストーリー性やプロットなどはそこまでとは考えていませんでしたが、本作を読んで考えを改めなければならないと思いましたね。 |
No.833 | 7点 | 隠蔽捜査 今野敏 |
(2018/02/18 22:30登録) ミステリを期待して読むと裏切られるかもしれません。無論事件は起きますし、それは警察側の人間にとっては非常に厳しい状況をもたらします。しかし、それ自体にはあまり触れられることはなく、一般的な警察小説と異なり現場そのものや泥臭い捜査などは全く描かれていません。 本作のキモは竜崎や伊丹らの中心人物や、その他の警察庁官僚たちを通して、警察機構はどうあるべきかなどの根本的な問題を鋭く抉っている点にあると思います。普通の警察小説はノンキャリアの叩き上げが主人公になっているケースが多いですが、この小説はキャリア視点で描かれているのが異色なのでしょう。正直主人公の竜崎はあまりに一本気で真っ直ぐな性格のため、個人的にはあまり感情移入できるシーンはありませんでしたが、官僚としての姿勢は確かに立派であり、一般の企業人にとっても、或いは人間としても見習うべき点は大いにあると思います。 ある意味では警察小説というよりも、警察の内幕を暴く問題作品であり、尚且つキャラクター小説と捉えることもできそうです。何かと対照的な竜崎と伊丹は勿論のこと、脇を固めるキャリア組の様々な地位の警察官僚たちもそれぞれ個性的で、警察官を一個の人間として鋭く描いた点でも評価されるべき作品だと思います。 また、竜崎が抱える家庭の問題も大いにストーリーに関わってきますので、こちらも見逃せません。 |
No.832 | 5点 | あなたは誰? ヘレン・マクロイ |
(2018/02/15 22:26登録) マクロイ初期の傑作だそうです。しかし、面白さを最優先にしている私にとってはいささか物足りないものでした。無論、私の審美眼に問題があるのは十分承知の上です。 全般的に地味ですし、本格といってもどちらかと言えばサスペンスに近いと思います。警察による捜査は全く描かれていませんし、探偵役のウィリングは何かに付けポルターガイストを連呼していますが、これってそういうものでしたっけ? 作者が本格からサスペンスへ移行していったのが分かる気がします。本来この人に本格ミステリは向いていないのではないかと思います。不可思議な事件が起こり、何らかの手掛かりや伏線があり、それを捜査なり推理して犯人を指摘する過程を楽しむのがミステリの本来の姿ではないでしょうか。特に本格と言われる作品は。ところが本作はそうしたプロセスを踏むことなく、単にタイトル通りフーダニットのみに固執しており、それも探偵による推理とは無関係に唐突に姿を現しますので、これもどうなのかなと疑問に思います。そしてオチが○○○○ではねえ。 失礼ですが、このレベルの作品であれば現在の日本で探せば、どこにでも(どのジャンルにも)転がっているのではないでしょうかね。お前が言うな、というのは重々承知していますが。 まあ正直面白みには欠けると思います。一体誰が電話してくるのか、については多少興味を惹かれましたが、それだけで物語を引っ張るのは無理があった気がしますよ。 |
No.831 | 7点 | あなたに似た人 ロアルド・ダール |
(2018/02/11 22:31登録) これはなかなか面白い短編集です。 どれもエッジが効いたとは言い難いですが、間違いなく異空間や異世界に読者を誘ってくれます。奇妙な味わいの作品が多く、独特の発想の下に描かれており、この作者は独特の感性の持ち主ではないかと思います。訳者あとがきにあるように、日本でもっとも著名な翻訳短編集ではないかとの説も十分頷けます。 『おとなしい凶器』(唯一ミステリ色の濃い作品)などは簡単にオチが読めますし、『プールでひと泳ぎ』も同様です。 しかし、『舌』と『南から来た男』は両者ともある賭けを扱った作品ですが、そのスリリングな展開に完全に持っていかれます。物語世界にいとも簡単に入り込め、その描写力の確かさには舌を巻かざるを得ません。さらにどんなラストが待ち受けているのか固唾を飲んで見守っていましたが、意外なところで寸止めとなり、多少消化不良な点も見られましたが、この二作に関しては大変な満足感を得られました。『南から来た男』のブラックなオチも秀逸です。 ただ一つ意味が分からないのが『兵士』ですかね。20ページ足らずの小品ですが、一体何が言いたいのか、私の出来の悪い頭脳では理解不能でした。この訳の分からない作品を解説できる方がおられたらぜひご教授ください。 |
No.830 | 6点 | 九マイルは遠すぎる ハリイ・ケメルマン |
(2018/02/09 22:03登録) 安楽椅子探偵ものの名作と名高い本作です。例えば表題作は「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」という一文からあれこれと連想ゲームのごとく空想の翼を広げ、挙句の果てにある事件にまで結びつけてしまう手腕は見事であるのは間違いないでしょう。しかし、いささかこじつけが過ぎませんかね。ロジックというより奇跡の偶然と言ったほうが相応しいように思います。 あらゆるミステリが細分化し、各ジャンルでマニアックと言えるほど凝った作りの作品が林立する現在、過去の名作がいくら独創性の高いものであっても、これだけ複雑化している現状を鑑みると、さすがに両手放しで賛辞を贈るのには躊躇いを感じます。 当時としては画期的だったのかもしれませんが、今読んでみるとかつての輝きは薄れているのではないかと思われて仕方ありません。 全体として冗長であったり、やや煩雑だったり、余分な描写が目立ったりといった部分が気になりました。あくまで個人的な感想です。やや退屈な事件段階に比べて、あまりに鮮やかな解決。このアンバランスさがどうしても頭から離れなくて、7点から6点に転落した感じです。 私的には『エンド・プレイ』『時計を二つ持つ男』が双璧でした。両者とも素晴らしいロジックを展開しており、まさに名作と呼ぶに相応しい作品だと思います。 |
No.829 | 8点 | マツリカ・マトリョシカ 相沢沙呼 |
(2018/02/06 22:23登録) シリーズ第一作から比べると随分雰囲気が変わったように思います。それはマツリカさんの出番が減った点によるところが大きいでしょう。ですから、柴山君とマツリカさんの関係が気になる方にとってはやや不満も出てくるかもしれません。しかし、その分本作は本格ミステリとして堂々たる傑作に仕上がっており、また柴山君がぼっちではなく、写真部や美術部の仲間たちといい感じで事件解決に向かって一丸となる姿に青春を感じます。まあ孤独な柴山君のほうがいいんじゃないの?というファンも意外と多いかもしれませんが。 本作のツボは「過去密室」と「現代密室」の双方の不可思議な謎に挑むことにあります。一見似たようなシチュエーションではありますが、その解法は全く違ったものです。特に「現代密室」のほうは実に六個もの推理が披露され、それぞれがかなりの信憑性を持っているところが異色とも言えます。普通は捨て駒となりそうな推理がいくつか混じるのものだと思いますが、これは違います。どれも、これは!と思わせるものばかりなのです。個人的には三ノ輪さんの意表を突いた推理がシンプルながら最も現実的であり、共感できました。 とにかく、一つ一つのロジックが「美しい」です。この多重推理の競演がタイトルのマトリョシカに繋がっているようですね。 青春ミステリとしても十分満足のいく作品だと思います。登場人物はかなり多いですが、それぞれにしっかりとした個性が与えられており、物語の中でちゃんとした役割を演じています。特に女子生徒に関しては、やや変態的な視点から描かせたら作者の右に出る者はいないのではないかという気がしますね。 |
No.828 | 6点 | 黙視論 一肇 |
(2018/02/03 22:06登録) 女子高生未尽はある時から、極力誰とも話さないようになった。どうしても必要な時以外はである。それにより黙視という、相手と頭の中でコミュニケーションを取ることを会得する。要するに妄想ではあるのだが、ある程度の確度を持っていると自身は思っている。 そんな彼女はある日花壇の傍で赤いバンパーが装着されたスマホを拾う。そのスマホには拾った人間に向かってメールが打たれていた。そして、スマホの持ち主に一ヶ月後に迫った学園祭に爆弾を仕掛けたと打ち明けられる。果たして未尽は惨劇を回避することができるのか。 未尽はスマホの持ち主【九童環】とある賭けをします。お互い相手を先に見つけた方が勝ち。未尽が勝てば爆発を未然に防ぐことができます。普通に考えれば警察に通報しそうなものですが、それをしないのが彼女らしさのようです。人と話すことを放棄したくらいの人間だからそんなこともあり得るか、というのはやはり説得力不足でしょう。 彼女は幾人かの【九童環】候補と接触しますが、結局決め手に欠け誰が本物なのか決定的な結論には至りません。そうして少しずつ彼女の中の何かが変わっていきます。成長というより、変容とした方がしっくりきます。なかなか掴みどころのない主人公なので、こちらもその辺りは推測するしかありません。ただ、情景が浮かんでくる描写力は確かなものがあると思います。どうもこの作者は親切なのか不親切なのか判然としません。色んな意味で読者に委ねている部分があり、何を意図して描かれた物語なのか全容を掴ませません。 ある意味サスペンスではあるのでしょうが、一方キャラクター小説の一面もあります。登場人物の個性は的確に描かれているわりに、どこか靄にでも包まれたようなもどかしさを感じます。そこが本作の良さでもあり弱点でもあると思われます。突き詰めれば感情移入できないという単純な理由なのかもしれませんが。 |
No.827 | 7点 | それは宇宙人のしわざです 葉山透 |
(2018/02/01 22:37登録) 老舗のファッション雑誌の廃刊により、オカルト雑誌『アトランティス』編集部に転属になった園田雛子。彼女は転任早々編集長にUFOにさらわれた経験のあるという高校生、二宮竜胆を取材するように指令を受ける。しかし、彼は極度の引きこもりでありながら、超高級マンションに一人で住んでいる宇宙人オタクだった。 安っぽいタイトルから色物と勘違いされそうですが、歴としたミステリです。本格かどうかは疑問ですが。 竜胆くんは日夜宇宙人と交信を取っている超変人で人間には興味がありませんが、いわゆる推理能力は卓越したものを持っています。第一話ではMIB(メン・イン・ブラック)に遭遇した雛子を救い、第二話では雛子の目の前に出現したミステリーサークルとその消失の謎に挑みます。そして第三話では冥王星付近からの未知の存在との交信に成功します。 勿論、それらは宇宙人の仕業ではありません。だからこそミステリとして成り立っているわけですが、その度にがっくりと肩を落とす竜胆くんには同情を禁じえません。 複雑なトリックなど関係なしで単純明快。相当に謎めいた現象をここまであっさりと解き明かしてしまうと、むしろ痛快ですらあります。種明かしをすれば単純なことなんですが、拍子抜けとはなりません。 当然万人受けするとは思いませんが、個人的には結構ツボでしたね。軽くて、しかも意外に専門的知識も併せ持った珍品と感じました。 |
No.826 | 6点 | 黒猫の小夜曲 知念実希人 |
(2018/01/30 22:31登録) 成仏できず地縛霊となった魂の未練を解消し、「我が主様」のもとへ送り届けるべく黒猫の姿となって派遣された「僕」。僕は記憶をなくした魂から、昏睡状態の女性真矢に入り込ませてくれと懇願され、覚醒した彼女に飼われることになる。そして真矢に案内されて地縛霊のもとに向かうが・・・。 『優しい死神の飼い方』に続く「死神シリーズ」第二弾。 前作よりも本格度はかなり高くなっており、そのぶんファンタジー色が若干薄れている感触です。 第一章を読み終えた時点では、一応魂の救済に成功し解決を見ますので、連作短編集なのかと思いましたが、中身は各所で「僕」が本来の仕事をこなしながらも、人間の魂に干渉し猫視点からの謎解きを披露するという、やや風変わりな流れを持った本格ミステリです。 前作同様ハートフルな部分を残しつつ、地縛霊が現れるたびに不穏な医薬の研究所が関わってくる、サスペンスを湛えたストーリー展開になっています。ドッペルゲンガーや度重なる入れ替わりなど、魅力的な謎で牽引する意外にも骨太のミステリに仕上がっているのではないかと思います。 また前作で主役を演じたゴールデンレトリバーの死神も友情出演し、結構重要な役どころを演じています。犬と猫の最強タッグのコンビネーションは、一種の爽快感やふんわりした温かい雰囲気を醸し出します。 本当に人間が死んだら「主様」のもとで平和に暮らせるといいんだろうなと、ふと思ったりもします。そんな優しい気持ちで作者も本シリーズを著したのかもしれませんね。 |
No.825 | 4点 | あしたはれたら死のう 太田紫織 |
(2018/01/26 22:21登録) 「あしたはれたら死のう」と書き残した翌日、橋から飛び降りて自殺未遂をした高校一年生の遠子。彼女は感情の一部と数年間の記憶を失ったため、なぜ自分が自殺をしようとしたのかが分からない。同時に自殺した少年と自分の自殺動機を探るため、遠子は友人や少年の母親に接近する。 正直、この人はこんなに人間を描くのが下手だったのかと思うくらい、登場人物に血が通っていないように感じられて仕方ないです。感情表現や心理描写といった部分に関して言えば、全くできていないと思います。主人公の内面がダイレクトに伝わってきません。 さらになかなか事態がテンポよく発展せず、もやもや感やらイライラが残ります。これといった盛り上がりもないまま淡々とストーリーが進行し、残りページ僅かになってどうにか自殺の動機が見えてきますが、どうもスッキリしません。少年がなぜ○○をしたのかもぼかしてありますし、彼を自殺に追いやった人々に関しては怒りを感じるものの、同情するまでには至りません。 前述したようにあまりに人間が描かれていないため、誰にも感情移入できないのです。これはこうした作品にとっては致命的ではないでしょうか。せめてどこかに心動かされる場面がないと、どうしても評価は低くならざるを得ません。 畢竟、私にとってはどう解釈してよいのか判断できない凡作としか言えないのでありました。 |
No.824 | 7点 | 少女を殺す100の方法 白井智之 |
(2018/01/23 22:37登録) 今最注目の作家、白井智之による様々なジャンルの短編集。 白井氏の新作とあっては黙っていられない私は、早速読みました。面白かったです。ただしグロ耐性のない方はご遠慮いただきたいという作品ですね。 『少女教室』 密閉された教室で14歳の少女が20人殺されるという異様な事件が発生。真相は穴だらけ、矛盾も多々見られますが、一応推理には筋が通っており、それらに目を瞑れば納得できます。何より21人の少女の中から犯人を指摘して見せる剛腕は凄いと思います。 『少女ミキサー』 タイトルで嫌な予感がした通りのグロい作品です。簡単に説明すると、巨大な人間ミキサーに毎日14歳の少女が裸で放り込まれ、生きた少女が5人になると自動的にミキサーが稼働し始めるという、滅茶苦茶なストーリー。 そんな状況の中殺人事件が起こるという、これまた前代未聞の問題作、でしょうか。 『「少女」殺人事件』 ノックスの十戒を遵守したというか、逆手に取った推理がバカバカしいながらも、どこか憎めない作中作。広義のメタミステリと言えると思います。緻密なロジックには程遠いですが、なんだかんだで無理やり解決してしまう感じです。 『少女ビデオ 公開版』 これぞ作者の真骨頂。エログロ全開で絶好調です。 衝撃の結末に唖然とさせられます。まさかこれほどグロいのに、根底には愛が息づいているとは、なかなかに心憎い演出ではないでしょうか。 『少女が町に降ってくる』 文字通り、ある村に毎年八月十六日に少女が20人空から降ってくるという、これまた奇妙奇天烈な設定。なぜか途中から一人増えて21人になりますが、そんな中殺人事件が起こります。 終盤やや煩雑で理解しづらいのが残念です。 |
No.823 | 6点 | マツリカ・マジョルカ 相沢沙呼 |
(2018/01/20 22:23登録) これは好悪が分かれるでしょうね。 魔女というより女王様のような女子高生マツリカと、彼女に下僕のようにお前呼ばわりされ、パシリや雑役にいいように使われながらも、決して逆らえない「柴犬」こと柴山。僕柴山はマツリカの魅力に頭が上がらないのに、隙を見ては太ももの奥を覗こうとしたり、性的興味津々で普通の感覚からするとかなり格好悪いです、というか気持ち悪かったりします。 ですが、私にはその情なさも含めて、文章から立ち昇る青春の後ろめたい生々しさや、屈折した彼の心情になぜか惹かれます。フィーリングが合うと言ったらいいんでしょうか、心の襞に触れる何かを感じます。 ミステリとしては日常の謎が主なテーマとなっています。マツリカの謎解きは確かに理に適ってはいるものの、真相自体はいたって単純と言えます。少し考えれば、まあそうなんだろうなと納得できます。ですが、それは絶対的な真実とは言い難く、他にも考え方はありそうとも思えます。つまりは、想像の域を超えていないってことでしょうか。 しかしながら、疾走して消え去る「原始人」の謎など怪談話の使い方はなかなか面白いと思います。 最終話は柴山君自身に関わる謎でマツリカに挑戦しますが、あっさり見破られます。これは印象深いストーリーですよ。ちょっぴり切ないですし、なかなかいい話だと思いました。 |
No.822 | 5点 | そして、君のいない九月がくる 天沢夏月 |
(2018/01/17 22:03登録) その夏、恵太が死んだ。 双町高校のクラスメイトで、親交の深かった美穂、大輝、舜、莉乃たちはショックから立ち直れない夏休みを送っていた。そんなある日、美穂の前にケイと名乗る恵太そっくりの少年が現れる。彼はどうやらドッペルゲンガーのようで、「僕が死んだ場所まで来てほしい」と頼まれ、美穂ら四人は恵太の足跡を辿るひと夏の旅に出る。 私は家出をしたことがありません。作者もあとがきで同じことを語っています。そして自分ができなかった家出というものを出発点として書いてみようと思い立ったのがこの小説だそうです。 恵太の死は警察によって事故死として処理されますが、なぜ烏蝶山などという辺鄙な場所で転落死したのか、その謎が根底には流れています。ですが、それだけでこの物語を引っ張るのはやはり無理があったようで、真面目に読んでいたつもりですが、どうも頭にストレートに入ってこない感じがしました。文章は無難ですが、心に突き刺さるものが全然足りないとも思いました。 道中、彼ら四人の恵太との思い出が語られますが、どれも鬱屈しており爽やかな青春小説と言う印象には程遠いです。嫉妬、後悔、恋心など、彼らの関係は相当歪んでいます。 ただ、ラストの仕掛けはやや意表を突かれました。ミステリ的な伏線も欲しかったところですが、そこまで本格ではなかったようです。一応ミステリと銘打ってはいますが、やはり突き詰めれば青春小説なんでしょうね。 エピローグは柔らかい余韻を残すものとなっていたのが救いでした。それにしても二年で16版重ねているのだから、結構な人気作品のようですが、私には残念ながらその良さがイマイチ理解できませんでした。 |
No.821 | 6点 | いつか、眠りにつく日 いぬじゅん |
(2018/01/15 22:21登録) 森野蛍は修学旅行の途中、東名高速浜松インター付近で玉突き事故に巻き込まれた。眠りから覚めた彼女は、なぜか自分が制服を着て部屋で寝ていたことに不審を覚える。しかも見知らぬ男に蛍は「お前は死んだんだよ」と告げられた。母に助けを求めたが、自分が透明で生きている人間には見えないことを思い知らされるだけであった。 そして、蛍は見知らぬ男クロがあの世への案内人であることを知らされます。目的は彼女が未練を残したことを解消するため。蛍は地縛霊に遭遇し、様々な経験をしながらクロの協力を得て、未練を残した三人の相手に会いに行きます。 真っ当なファンタジーです。しかし、泣かせどころのツボは抑えており、各所に落涙ポイントが用意されています。暗く、そして重くなりがちなテーマですが、蛍の明るいキャラとクロのぶっきらぼうな優しさで、軽快な読み心地になっています。この辺りは読者層を鑑みてのことだと思われます。主に若年層をターゲットにしているのでしょう。 なんとなく読み流してしまいそうな作品ではありますが、油断していると足元を掬われます。意外な結末にはさすがに驚きを隠せません。子供向けのファンタジーと言えども舐めることなかれ、鮮やかな着地を決めてくれます。こういう時なんですよね、読んでよかった、自分を信じて良かったと思えるのは。タイトルも秀逸だと思います。 |
No.820 | 6点 | 死を見る僕と、明日死ぬ君の事件録 古宮九時 |
(2018/01/13 22:18登録) 近い未来における人の死を幻視できる「僕」神長智樹は、近々死ぬはずの人々に何度も声を掛けその「死」を未然に防ごうとしたが、その度に失敗し挫折していた。そんな時、ある公園で見かけた女子大生の鈴子に思わず「君は、もうすぐ死ぬんだ」と言ってしまった。しかし、彼女は他の人のように無視したり怒ったりせず素直に話を聞いてくれた。 その後二人は理不尽な死を迎えようとしている人達を救うため、お互い協力し、必死になって奮闘するが。 『事件録』というからには一応ミステリっぽい作品だろうと思いながら読み始めましたが、ファンタジー色の濃い青春ミステリなのかなという印象です。主人公の二人は惹かれ合いながらも、それぞれの立場でなんとか未来の死から人々を救っていきます。 ただ淡白な文章のせいか、それほど感動的な作品に仕上がっているとは言い難いところがあります。また、人のことは言えませんが、若干日本語が文法的に間違っているのでは?と思う点がままあります。それでも一生懸命書いているんだろうなというのは伝わってきます。 途中までは二人の活躍がなかなか面白く、それなりにスリルがあって好ましく感じます。しかし突然疑問符が三つくらい頭に浮かぶことになります。あれっと思って少し遡り読み返して、さらに進んでやっと理解できるようになります。ここが本作最大の仕掛けで、ミステリとしての面目を保っているようです。 帯に「二度読み必死!!」とありますが、あながち間違いでもなさそうですね。文体が気になりますが、なかなか面白かったですよ。 |
No.819 | 7点 | 百器徒然袋 雨 京極夏彦 |
(2018/01/11 22:33登録) 再読です。 『百鬼夜行シリーズ』のスピンオフ『薔薇十字探偵シリーズ』の第一弾。当然榎木津がメインですが、京極堂が主役のような気がしないでもないです。しかし、やっぱり本物はいいですね。これは誰にも真似できない訳です。 内容的には第一話『鳴釜』>第二話『瓶長』>第三話『山嵐』でしょうか。神の如き超人榎木津は無論、対等かそれを上回る位置を占める京極堂もいつもの役割をきっちり果たしています。脇役の益田、和寅ら下僕たちもいい味出しています。第二話では今川(待古庵)、鳥口、第三話では関口、僧侶の常信、伊佐間も登場します。つまり、『百鬼夜行シリーズ』を読み込んでいる読者ほど楽しめる要素が増える仕組みになっていると思います。しかし、彼ら端役にも取り敢えず一目置かれている部分があり、作者の各キャラへの愛情が偲ばれ、好感が持てます。 ただ、第三話ではストーリー性よりもキャラの魅力に頼りすぎな一面も垣間見えますね。それでも楽しめるのは間違いありません。 全話に共通するのは珍しく榎木津が仕切っていることで、それにより本シリーズが陰より陽の雰囲気を纏っているとは言えると思います。要するに京極堂による蘊蓄や解説がやや控えめで、榎木津の魅力がより前面に押し出された作品ということでしょうか。陰惨な事件性はあるものの、直接的な描写はなされません。 |
No.818 | 5点 | 使用人探偵シズカ 横濱異人館殺人事件 月原渉 |
(2018/01/07 22:15登録) 時は明治。嵐によって閉鎖状態に陥った横浜名残館で、「名残の会」と称する謎めいた宴が始まった。招かれたのは画家久住正隆に所縁のある男女六人。彼らは久住の絵画に描かれた通り、次々と縊り殺されていく。 絵による見立て殺人に使用人のシズカが持ち前の洞察力で推理していきますが、正直探偵らしくはなく、解説者と言ったほうが相応しいです。登場人物にも個性が感じられず、殺人事件も盛り上がりなく淡々と進行していくため、全般的に凡庸な印象を受けます。 シズカと犯人の後半のバトルは多少読み応えがあります。以下に一連の流れをご紹介します。 見立て破り⇒見立て破り返し⇒見立て論理の崩壊⇒逆襲の見立て返し⇒見立て動機の崩壊⇒見立ての最終結論概要⇒見立ての最終結論破壊⇒見立ての最終結論創造 といった感じです。まあ単なる目次の写しなんですが。これだけ見るとなんか面白そうと思われるかもしれませんが、そうでもないです。 肝心の見立ての動機に関して言えば、左程の必然性がある様には思えず、不満が残ります。犯人の描いた筋書き通りことが上手く運び過ぎの感も否めません。最大の敗因は使用人シズカを生かしたことでしょうね。この沈着冷静な探偵は簡単には殺されないと思いますが。 |
No.817 | 7点 | 殺人鬼探偵の捏造美学 御影瑛路 |
(2018/01/05 22:10登録) 海岸沿いで発見された、顔を削り取られて左足首を失った惨殺死体。それは殺人鬼マスカレードの仕業と思われた。新米刑事鶯百合巡査部長は指導係の山路刑事とともに捜査に当たるが、早々に紹介されたのは精神科医で探偵の氷鉋清廉だった。 ロジック重視の読者にはアラが目立ちすぎて低評価を受けるのは当然でしょう。ですが、その荒唐無稽さから来る奇想が私には異様な輝きを放っているように思えてなりません。ケチを付けようと思えばいくらでも付けられる作品には違いありませんが、無謀とも思える新たな試みが好ましいのです。ミステリは現実味も大切な要素ですが、それ以上に必要なのは読者をそれまで見たことのない世界に引きずり込み、新鮮で強烈な空気に触れさせることだと私は思います。その意味で本作は十分にその役目を果たしていると感じます。おそらく誰も読まないでしょうが、続編が出たなら私は必ず読みますよ。 【ネタバレ】 エピローグまでは至極真っ当な本格ミステリであり、一応はしっかりとした推理に基づいた解決を見ます。しかし、それ以降の急展開は目を見張るものがあり、あまりのバカバカしさに声も出ません。ですが、これこそがこの作品の真骨頂であり、クライマックスなのです。 |
No.816 | 5点 | 淵の王 舞城王太郎 |
(2018/01/03 23:25登録) 『中島さおり』『堀江果歩』『中村悟堂』の三篇からなる長編ホラーということに一応なっていますが、それぞれ全く別のお話です。共通点は、語り手が人間ならざる目に見えない存在であること、そして最後は主人公が同じ末路を辿ることです。ただそれだけで長編というのはおかしいのではと思いますが、連作短編集ともまた違うので、そう呼称するしかないようですね。 第一話は男女のいざこざが描かれていますが、これは正直評価すれば3点どまりかなと思いました。第二話ではある女性の漫画家になるまでの過程と、彼女の描く漫画に現れた怪異が中心となっており、ここでやっとキャラの良さとストーリーの面白さで盛り返します。第三話はようやく本番という感じで、これを描くために前二話があったんだなと思います。 空中に浮かぶ闇の入り口、そして「真っ暗坊主」。そこに全てが収斂します。こんなことを書いても想像できないと思いますが、読んでみなければ分からない異様な世界観がラストで広がります。とは言え、文章が淡々としているため今一つクライマックスって感じがしないんですよね。本作はどうやら最強ホラーと喧伝されているようですが、作者の本領が発揮されていないせいか、それとも元来文章が上手くないためなのか、個人的にはあまり心に響いてくるものがありませんでした。 根底にあるのはやはり愛なんでしょう、これが舞城流の愛情表現だったのかもしれませんね。 |