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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.955 4点 地球人類最後の事件
浦賀和宏
(2019/04/30 22:22登録)
世界中から見捨てられ、愛してくれる人などいない。孤独な高校生・八木剛士が持つ唯一の武器―それは敵弾にも倒れない不死身の力だった。この力をきっかけに出会った謎の美少女・松浦純菜へ抱いた初めての恋心。しかし彼の激しい被害妄想によって二人の絆は修復不可能に…。不幸のどん底に落とされた剛士を襲う、さらなる事件とは。
『BOOK』データベースより。

どうなんですかね、これ。流石に水増し感が半端ないと言いますか。リフレインと堂々巡り。正直くどいです。特に八木の己の容貌の醜さと、女に対する感情、どうしようもないリビドーなどが繰り返し綴られ、シリーズの他作品と同じ心理描写が食傷気味です。
一方、スナイパーに関する内情や組織は提示されますが、肝心の「なぜ八木が狙われるのか」が未だ判然とせずすっきりしません。ダラダラとした展開でいい加減うんざりしているところ、最後に話が急変します。次作が最終巻となるわけですが、一体どのような結末を迎えるのか、不安しかありません。

作品の出来不出来の差が激しいと言われる作者ですが、ここに来てあの日古書店でずらりと並んでいた浦賀和宏の名前の誘惑に負けて、本シリーズを置いてあるだけ総て購入したことが正しかったのか間違いだったのか、悩むところです。これまではそれほど悪くは思いませんでしたが、本作だけはちょっといただけませんね。完全にタイトル負けしていますし、内容はともかく次を読まざるを得ないような構造になっているあざとさも悪質と思えてなりません。最終巻に期待するしかありませんね。


No.954 6点 今昔百鬼拾遺 鬼
京極夏彦
(2019/04/27 23:29登録)
「先祖代代、片倉家の女は殺される定めだとか。しかも、斬り殺されるんだと云う話でした」昭和29年3月、駒澤野球場周辺で発生した連続通り魔・「昭和の辻斬り事件」。七人目の被害者・片倉ハル子は自らの死を予見するような発言をしていた。ハル子の友人・呉美由紀から相談を受けた「稀譚月報」記者・中禅寺敦子は、怪異と見える事件に不審を覚え解明に乗り出す。百鬼夜行シリーズ最新作。
『BOOK』データベースより。

百鬼夜行シリーズ最新作、だけど京極堂、榎木津、関口、木場(の四兄弟)が出ない抜け殻のような百鬼夜行。それよりも新シリーズ発進ということなのでしょうか。我々は10年以上も『鵺の碑』を待ち続けているんですよ、京極さん。原発問題で出せないとかとの噂もありますが、完成はしているはずですよねえ?出版できないのなら、とっとと次の作品に着手して欲しいのですが。それは順序として矜持が許さないんでしょうね、きっと。だからと言ってこんな形でお茶を濁そうなんて、そうはいきませんよ。敦子が主役ではいかにも荷が重いんです。で、結局このようなシリーズにしては極薄の小品になってしまっているじゃないですか。
まあ、面白かったですけどね。雰囲気だけは確かに『百鬼夜行』だけど、いつもの蘊蓄や憑き物落としや先の四兄弟の絡みがないと、やはり全然物足りません。なんと言っても、このシリーズはキャラの濃さが一つのウリなわけで、それがない本作はせいぜいスピンオフとしての価値しかないと思います。勿論、作品の骨格はしっかりしていますし、フーダニット、ホワイダニットがメインの本格ミステリではあります。ありますが、スケール感然り事件の入り組み方然り、到底京極ファンが納得いく出来ではない気がします。でも、結局『河童』も『天狗』も読みますよ、そりゃあね。


No.953 7点 きみのために青く光る
似鳥鶏
(2019/04/24 22:16登録)
青藍病。それは心の不安に根ざして発症するとされる異能力だ。力が発動すると身体が青く光る共通点以外、能力はバラバラ。たとえば動物から攻撃される能力や、念じるだけで生き物を殺せる能力、はたまた人の死期を悟る能力など―。思わぬ力を手に入れた男女が選ぶ運命とは。もしも不思議な力を手に入れたなら、あなたは何のために使いますか?愛おしく切ない青春ファンタジック・ミステリ!
『BOOK』データベースより。

これはなかなかの良作連作短編集です。とは言え、それぞれが独立完結した物語であり、共通点は青藍病患者が主人公であることと、静という性別不明の人物が登場することですかね。設定はファンタジーでありながら、より現実に即しており切実です。それは特に最終話によく顕れており、これだけでも読む価値は十分にある佳作揃いだと思います。最終話と似たような話を何作か読みましたが、これが一番現実的で異能を持ってしまったが故の深刻な心の葛藤がよく伝わってきます。

所謂いい話系が多く、また青春物としても優れていると思います。心に静かに語りかけてくるような、或いは思わずほろりと来るような、そしてスリリングな短編集です。性別年代を問わずお勧めできる隠れた名作と言っても過言ではないでしょう。


No.952 6点 脳人間の告白
高嶋哲夫
(2019/04/21 22:05登録)
日本の脳研究の最前線を走る医師・本郷を襲った突然の自動車事故。気が付けば彼は一筋の光もない暗闇の中にいた。感覚のない身体、無限にも感じる時間、そして恋人・秋子への想い…次第に彼の精神は、恐怖に押し潰されそうになる。やがて彼は、自らの置かれている驚愕の状況を知り絶望する。「何てことをしてくれたんだ!」―突然の刑事の来訪で揺れるK大学医学部脳神経外科研究棟三〇五号室を舞台に、衝撃の物語が幕を開ける!
『BOOK』データベースより。

生きているのか、死んでいるのか、生かされているのか・・・。
これは脳外科医本郷が事故である状況に置かれてからの、独白をベースにした物語です。彼の元に現れる同僚、恋人、刑事、肉親らを本郷は観察し、独自の目線である時は回想に耽り、又ある時は己の境遇を嘆き絶望します。
これ以上は何を書いてもネタバレに繋がりかねませんので控えますが、出来れば何の予備知識もなく読むのが最善です。勿論、解説すらも先に読んではなりません。と言うか、ここまで読んでしまった以上、そうも行かなくなったわけですが、余程の物好きな人しか読まないでしょうから、私が多少とも内容に触れたことは許していただきたく思います。でないと書評になりませんので。

重いテーマを扱っていますが、決して小難しい訳ではなく、むしろ淡々とした文章で読みやすい部類だと思います。専門用語も少なからず見られますし、多分に哲学的な面も内包してはいますが、エンターテインメントとしても十分機能しているのではないかという印象を受けます。いずれにせよ色々と考えさせられる異色の作品なのは間違いないですね。


No.951 6点 月の扉
石持浅海
(2019/04/18 22:25登録)
沖縄・那覇空港で、乗客240名を乗せた旅客機がハイジャックされた。犯行グループ3人の要求は、那覇警察署に留置されている彼らの「師匠」を空港まで「連れてくること」。ところが、機内のトイレで乗客の一人が死体となって発見され、事態は一変―。極限の閉鎖状況で、スリリングな犯人探しが始まる。各種ランキングで上位を占めた超話題作が、ついに文庫化。
『BOOK』データベースより。

サスペンスと本格、幻想(ロマンティシズム)小説が良い塩梅に融合されている印象。ハイジャックの実行犯と警察の心理戦だけでも結構読ませるのに、それにプラスして機内で殺人まで起こるという豪華さ。しかし、スケール感に対してショボすぎる不可能犯罪のトリックが肩透かしを食らわせます。ただ、座間味くんの緻密な推理と懇切丁寧な説明には頷かざるを得ません。これだけ親切に描写されては、ミステリファンばかりでなく、一般の読者をも引き込むのに十分な魅力を放っていると思います。

一方で師匠の存在感が薄く、その辺りもっと深堀していれば更に小説として深みが増したのではないでしょうか。タイトルにもなっている「月の扉」の意味もはっきりせず、なんとなくモヤモヤした感じが拭えません。
まあ、離着陸が麻痺した空港を舞台にしたシチュエーションはイマジネーションを掻き立てますし、それを月と対比すると一層美しさを増し、非常に絵になります。
何だかんだで面白かったです、最後のオチも好みの範疇ですしね。


No.950 2点 探偵・花咲太郎は閃かない
入間人間
(2019/04/15 22:02登録)
「推理は省いてショートカットしないとね」「期待してるわよ、メータンテー」ぼくの名前は花咲太郎。探偵だ。浮気調査が大事件となる事務所に勤め、日々迷子犬を探す仕事に明け暮れている。…にもかかわらず、皆さんはぼくの職業が公になるや、期待に目を輝かせて見つめてくる。刹那の閃きで事態を看破する名推理で、最良の結末を提供してくれるのだろうと。残念ながらぼくはただのロリコンだ。…っと。最愛の美少女・トウキが隣で睨んできてゾクゾクした。でも悪寒はそれだけじゃない。ぼくらの眼前には、なぜか真っ赤に乾いた死体が。…ぼくに過度な期待はしないで欲しいんだけどな。これは、『閃かない』探偵物語だ。
『BOOK』データベースより。

もうね、あれこれ書きたくないんですよ、愚痴になるから。一応2点にしましたが、二章がなかったら0点ですよ、0点。
タイトルが探偵は閃かないと言う位だから、推理しないのは自明の理であります。しかしそこはそれ、何らかのオチがあると思うじゃないですか。それが皆無なのです。花咲太郎は推理しないどころか、推理できないんですね。名探偵じゃないので。殺人が起きたり、殺し屋が現れたりして一応ミステリの体裁は備えているものの、全く推理しないで犯人が分かってしまうという、誠に荒唐無稽な内容のとんでもない代物です。
よくもまあ、このような作品を世に出したものだと感心するやら呆れるやら。これ程くだらない小説は生まれて初めて読んだ気がします。それでもAmazonのレビューに星5つつけている人がいるんですねえ。いやまあ、価値観の違いとしか言いようがありませんけど、それにしても・・・。出来れば、無かったことにしたいです。


No.949 6点 きみの分解パラドックス
井上悠宇
(2019/04/13 23:33登録)
天使玲夏は普通じゃない。感情表現が希薄で何事にも冷淡な態度を取る一方で、物をバラバラにするということに対して人並み以上の情熱を持っている性格は、きわめて異質と言わざるを得ない。天使玲夏の幼なじみで何よりも平穏を望む少年・結城友紀は、彼女と共に総合パズル研究同好会へと入部する。部長のカワシマ、片瀬愛莉、長谷部環希、玲夏、友紀の同好会メンバー5名は“アドレス”と呼ばれる犯人による、バラバラ連続殺人事件の謎を追うが、興味本位で調査を進める最中、校内で1人の生徒が殺害され―。
『BOOK』データベースより。

上記の内容紹介に一つ誤りがありますので一応訂正しますと、正確には「バラバラ連続殺人事件」ではありません。詳しい記述はありませんが、ただ単に何者かによる連続殺人事件というだけです。最後の事件では死体の一部が欠損していますが、他はその全容が明らかにされていません。

時折見せる、ハッとさせられるような表現が幾度となく私の琴線に触れます。そのせいもあり、この人の文章が私は好きです。本当に何気ない言葉であったり台詞であったりするのですが、うーん、なかなか説明が難しいですね。これは言わば感性の問題であって、分かる人には分かると思います。
さて本作ですが、天使を始め結城や他の同好会のメンバーや教師たちそれぞれが、どこかに異常性を持った人間ばかりで、青春ミステリと言っても爽やかさとは無縁の世界となっています。表面上は和気藹々に見えても、その裏で各々秘めた内面を隠しており、ダークな一面を醸し出しています。ミステリとしては決して派手ではありませんし、高度なトリックを駆使しているわけでもありません。しかし、独自の世界観を押し出しているのは間違いないと思います。物をバラバラにすることに生きがいを感じる天使と、それを元通りに復元する結城のコンビネーションが、作品に意味を持たせることにもなっています。


No.948 6点 連続殺人鬼カエル男ふたたび
中山七里
(2019/04/11 22:27登録)
凄惨な殺害方法と幼児が書いたような稚拙な犯行声明文、五十音順に行われる凶行から、街中を震撼させた“カエル男連続猟奇殺人事件”。それから十ヵ月後、事件を担当した精神科医、御前崎教授の自宅が爆破され、その跡からは粉砕・炭化した死体が出てきた。そしてあの犯行声明文が見つかる。カエル男・当真勝雄の報復に、協力要請がかかった埼玉県警の渡瀬&古手川コンビは現場に向かう。さらに医療刑務所から勝雄の保護司だった有働さゆりもアクションを起こし…。破裂・溶解・粉砕。ふたたび起こる悪夢の先にあるものは―。
『BOOK』データベースより。

必ず前作から読みましょう。でないと本作でも人間関係がよく理解できなかったりして、多分イライラすると思います。更には前作のネタバレをしていますので、その意味でも望ましくないでしょう。
残虐な事件の数々は雰囲気的に前作を踏襲しています(グロさも健在です)。それに加えて刑法第39条、ネット社会の問題点などを盛り込み、更に御子柴まで登場させて作品に厚みを加えていますが、構造は意外と単純ではあります。警察機構全体の動きが緩慢な嫌いがありますが、渡瀬と古手川のコンビがその分活躍して真相を追い、テンポは悪くありません。特に個人的に渡瀬の人間性が好みですね。ただ、中山が作家として成熟してしまって、前作と比較すると逆に荒々しさのようなものが薄れてしまっている気がします。続編としては成功の部類だと思いますが、やはり少々物足りなさを感じますし、前作と肩を並べる、或いは凌駕しているとは思いません。


No.947 4点 魔女の家 エレンの日記
ふみ-
(2019/04/07 21:52登録)
フリーホラーゲーム史上初、ゲーム原作者による書き下ろし! 「魔女の家」のはじまりに至る物語。
病気がもとで父と母に見放された7歳の少女“エレン"。両親を×したエレンは、逃げ出した先の路地裏で一匹の悪魔と出会う。
「エレン。君に“家"をあげるよ」
悪魔に誘われるまま、エレンは森の奥深くにある家で“魔女"として暮らし始めるが――。

Amazonで66レビューの内、86%が星5つ、9%が星4つという高評価なので読んでみました。しかし、私にはピンときませんでした。ゲームから入った人にとってはなるほどそうなのか、となるのかもしれませんが、そちらに興味のない読者にはふーん位にしか思えないのではないでしょうか。それ以前に、読み物としてどうかと思います。ストーリーも単純で何の捻りもありません。ホラーだからと言ってそうした技巧が不要なのかと疑問に思います。また、考えてみれば結構残酷なシーンでも、直截的な表現がなされていないので、禍々しさや怖さも伝わってきませんね。

Amazonの評価が一般的に普通の感覚なのか、私がマイノリティなのか分かりませんが、個人的には本作の良さが、残念ながらよく理解できませんでした。こういう低刺激なフワフワしたホラーが受ける時代なのでしょうか。


No.946 6点 化物語
西尾維新
(2019/04/05 22:19登録)
阿良々木暦を目がけて空から降ってきた女の子・戦場ヶ原ひたぎには、およそ体重と呼べるようなものが、全くと言っていいほど、なかった―!?台湾から現れた新人イラストレーター、“光の魔術師”ことVOFANと新たにコンビを組み、あの西尾維新が満を持して放つ、これぞ現代の怪異!怪異!怪異。(上巻)

青春を、おかしくするのはつきものだ!阿良々木暦が直面する、完全無欠の委員長・羽川翼が魅せられた「怪異」とは―!?台湾から現れた新人イラストレーター、“光の魔術師”ことVOFANとのコンビもますます好調。西尾維新が全力で放つ、これぞ現代の怪異!怪異!怪異。(下巻)
『BOOK』データベースより。

怪奇譚とラブコメのハイブリッドって感じです。まあ突き詰めれば、西尾流の純愛小説になるんだろうなと思いますが。勿論、キャラクター小説としても秀逸です。
しかし、戦場ヶ原と神原の個性が強すぎる反面、語り手で主人公の阿良々木はどこか優柔不断で影が薄い印象を受けます。自身も怪異に関わった人間ではありますが、次々に怪異に襲われる女性キャラたちを前に右往左往、お世辞にも格好良いとは言えませんね。彼は凡庸ですが、それが逆にヒロイン達を際立たせているので、損な役回りなのかもしれません。それにしてもこのハーレム状態は羨ましい限り。「萌え」が好きな人にはお薦めですが、私の様なおじさんにはちょっとどうかと。
本当は7点でもいいかと思いましたが、取り敢えずこれがシリーズ一作目で基準となりますので無難なところで6点としました。


No.945 6点 愚行録
貫井徳郎
(2019/03/29 21:54登録)
ええ、はい。あの事件のことでしょ?―幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家四人が惨殺された。隣人、友人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる、「事件」と「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、一体なぜ殺されたのか。確かな筆致と構成で描かれた傑作。『慟哭』『プリズム』に続く、貫井徳郎第三の衝撃。
『BOOK』データベースより。

一家四人惨殺事件の被害者夫婦の過去を知る人々の独白が、ほぼ全編を占めていますが、これがかなり冗長でくどい印象を受けます。しつこい位に被害者の愚行を抉った上に、語り手自身の醜い面をも晒すことになります。この辺りは作者の特徴がよく出ていると思います。お世辞にもサクサク読めて気分爽快とは言えない貫井の面目躍如といったところでしょうか。

しかし読み終えてみて初めて、作者の心憎いまでの構成の妙を知ることになります。しかも最後の最後で意外なオチも付いてきます。道中は果たして上手く収束できるのか心配でしたが、見事に着地を決めてくれました。なるほどこんな手があるのかと、作者に賛辞を送りたくなりましたね。後味の悪さも健在ですが、これがまたクセになりますよ。


No.944 7点 七つの会議
池井戸潤
(2019/03/26 22:21登録)
きっかけはパワハラだった!トップセールスマンのエリート課長を社内委員会に訴えたのは、歳上の部下だった。そして役員会が下した不可解な人事。いったい二人の間に何があったのか。今、会社で何が起きているのか。事態の収拾を命じられた原島は、親会社と取引先を巻き込んだ大掛かりな会社の秘密に迫る。ありふれた中堅メーカーを舞台に繰り広げられる迫真の物語。傑作クライム・ノベル。
『BOOK』データベースより。

これはエンターテインメント小説の一級品でしょう。正直、主要登場人物一覧を見た時、その多さに果たして全容を十全に把握できるのか心配でしたが、それは杞憂でした。キッチリと各キャラを描き切っており混乱することはありません。
連作短編の形を取っていますが、長編として捉えるのが本来の姿ではないかと思います。最初は小さな違和感から次第に波紋が広がっていき、最終的には大企業をも巻き込む大問題に発展する様は、まるでパニック映画を観ているような興奮を呼びます。

各短編はそれぞれ視点が変わって、いわば語り手となる人物の性格や人となりだけではなく、家族との絆や確執、或いは生き様やその人物の抱える懊悩なども無駄なく描写されており、人間ドラマとしても優れています。
正義を貫くことと企業を守ることの二律背反に心が揺れることのない主人公は、まさにヒーローであり人間の善意の象徴として巨悪に立ち向かいます。しかし隠蔽しようとする側の措置も一概に責められないと思うのは、私だけでしょうかね。


No.943 5点 りぽぐら!
西尾維新
(2019/03/23 22:11登録)
リポグラムとは特定の語、特定の文字を使わないという制約のもとに書かれた作品のこと。
収録作品は『妹は人殺し!』『ギャンブル札束崩し』『倫理社会』のオリジナルとそのリポグラム版それぞれ4編の合計15編です。各々異なる平仮名10文字又は16文字を禁止ワードとし、それらを一切使わず同じ話4編を完成させるという、誠に奇矯で無謀な試みに挑戦した意欲作です。

オリジナル自体は面白いのですが、読者は全く同じストーリーを5回読まされることになり、いい加減飽きてくるのは致し方ないと思います。多少の忍耐力を要求されます。ただ、禁止ワードが異なることにより、作風も必然的に様々なものになり、例えればスープは同じで麺が違うラーメンを何度も食べるようなものって感じでしょうか。古文体であったり、耳慣れない単語を駆使したり、或いは造語を使ってみたりと苦労の後が伺えます。
段々レベルが上がって難易度が高くなっていくので、最後は何とか読解できるギリギリの線になってしまいます。特に「は」と「を」が禁止ワードに含まれている最終話はほぼ箇条書きに近く、これだけ読んだら疑問符の連続だったのではないかと思いますね。
システム上5編なのはやむを得ないですが、せいぜい3編位が限界でしょう。余程のファンでない限り正直キツイです。


No.942 3点 絶望系
谷川流
(2019/03/20 22:04登録)
どうにかしてくれ―。夏休み、友人の建御からの電話に、杵築は耳を疑った。曰く「俺の家に、天使と悪魔と死神がいる」と。助けを請われた杵築は、神々を名乗る変人を“追い出す”ため、街で起きている連続猟奇殺人事件を調べるが…。繰り広げられる形而上学的論争。尽きぬ謎。そして、幼馴染の狂気。殺人と悪魔召還は、いったい誰の仕業?
『BOOK』データベースより。

某ブックオフにて目に付いてしまったのが運の尽き。100円だし、Amazonのサイトで「おすすめ」されていたのでまあいいかと思い、購入したのが大失敗でした。以前から気になっていたことは確かであり、自業自得と言うべきですかね。新品でなかったのが救いです。

何より誰も彼もが壊れていて、冒頭こそ何事かと引き込まれましたが、その後は論理展開は無茶苦茶と言うか乱暴だし、時折見せる純文学を気取った文節が鼻に付くわで、最早何を読まされているのか訳が分からなくなりそうでした。
一応、天使、悪魔、死神、幽霊が一挙に出現するのに整合性は保たれ、連続殺人事件との関連性にも不備はありません。が、その思考があまりにも短絡的過ぎて、話に付いて行けなかったのが痛すぎます。
これが著名な作家の著した作品なのかと思うと悲しいです。それを理解できなかった自分にもやるせなさを感じます。またこういうのに限って後々まで記憶に残りそうな気がするのが辛くもあり、切なくもあります。


No.941 6点 ヘンたて
青柳碧人
(2019/03/18 22:04登録)
幹館大学ヘンな建物研究会、通称「ヘンたて」に入会した新入生の中川亜可美。個性豊かな仲間と一緒に新歓合宿で訪れた先は、扉が12枚ある離れを持つ老舗旅館だった。さらに高さ100メートルのエレベーター式マンション、城跡に残された隅櫓脇の謎のスペース、客室に回転ずしが流れるホテルなど、活動と称して見にいく建物は常にいわくつきで…。「へんたて」に隠された謎をゆるやかに解き明かす、新感覚の青春ミステリ。
『BOOK』データベースより。

ヘンたてのメンバーは7人ですが、それぞれ個性豊かでキャラが立っています。誰が探偵役という訳でもなく、その時々によって誰かしらが閃いたり推理したりして活躍し、ヘンな建物に纏わる謎を解いていきます。最も探偵らしい鯵村は他校の学生なので一話しか出番がないのが私には残念でした。
また、主人公の亜可美の淡い恋にもスポットライトが当てられて、青春小説として爽やかな印象を与えます。タッチが柔らかく読み心地は良いのですが、どこか物足りなさを感じる読者もいるかもしれませんが。

個人的にベストは第二話の部屋自体がエレベーター式で上下するという奇想天外なマンションの話で、かなり無茶な設定ではありますが、家賃が20万なら住んでみたいと思わせるに十分な建物であります。結局いい話で終わりますが、それはこの短編集全般に言えることで、それぞれがどことなく甘酸っぱい青春の香りを放っているように思えてなりません。
最終話だけはちょっと毛色が違って、本格ミステリに近い仕上がりになっています。各大学の推理合戦がなかなか面白いのですが、まあダジャレを前面に押し出した脱力系の謎解きが多い中、まともな推理でトリを飾るヘンたてチームでしたが、果たして真相を言い当てるのはどこの大学なのか?
たまにはこうしたほのぼのとした作品も肩が凝らなくてよろしいのではないかと思う次第だったりして。


No.940 6点 フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人
佐藤友哉
(2019/03/15 22:02登録)
妹が首を吊った、とイカレた母親からの電話。愉快そうな侵入者は、妹の陵辱ビデオを見せたうえ、レイプ魔たちの愛娘がどこにいるか教えてくれる。僕はスタンガンを手に捕獲を開始。でも街には77人の少女を餌食にした“突き刺しジャック”も徘徊していた―。世界を容赦なく切り裂くメフィスト賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

良いと思います、私は好きです。本サイトではあまり評価が高くないですが、少なくともメフィスト賞受賞作に相応しい作品であるのは間違いないと信じます。確かに、ほとんど伏線なしに唐突に正体を現すシリアルキラー、動機の問題、何でもアリ感の半端なさ、ご都合主義、リアリティの欠如など突っ込みどころ満載ではありますが、このような荒唐無稽な異色作は私の好みなので、7点でも良いかなと思ったほどです。

色々小ネタを突っ込んできますが、中でも浦賀作品へのオマージュ的な作風に惹かれます。ただ、比喩的表現を多用していますし、それがまた想像力を働かせねばならないのがちょっと厄介です。しかし、読み終えた後は暫く呆然としますね。良い意味での余韻に浸れます。
たまたま古本屋で見つけて100円で買いましたが、正直期待以上でした。さほど期待していなかっただけに安い買い物でした。


No.939 5点 堕ちた天使と金色の悪魔
浦賀和宏
(2019/03/13 22:01登録)
銃撃されても死なない、怪我もしない、傷つかない。この不死身の力を武器に、自分を虐めてきた人間への復讐を果たした“奇跡の男”八木剛士に訪れる、これまでと一変した日常。彼はもう、昔の姿には戻れない…。自分に好意を寄せる、金髪の美少女・マリアと唯一の理解者である松浦純菜の間で揺れ動く剛士。彼が選んだ道は、新たなる悪夢へと繋がっていた。
『BOOK』データベースより。

『どん兵衛天ぷらそば』、いや、この地域では関西圏で出汁がちょっと薄めだから『緑のたぬき』にしよう。封を切り出汁を入れ生卵を割り落とし、天ぷらは後乗せ、ではなくそのまま。お湯を卵の上からそっと流し込む。そして3分待って・・・。作者が他のカップ麺でも色々試した結果、生卵には天そばが一番合うそうなのでそれを信用して、自分も試してみたいと思います。

どうでもいい話をしました。さて本作、これも言わば繋ぎとしての価値しかないと思います。確かに物語は少しだけ進展しますが、それはあくまで八木が純菜とマリアの間で揺れ動く心情を中心に、三角関係(四角関係?)が描かれるもので、事件は起こりません。まるで毛色の変わった恋愛小説の様相を呈しており、ミステリとも言えない感じになってしまっています。まあ八木の進化した姿を目の当たりにすることはできますし、これが青春なんだろうなとも思いますが。
一体どこに向かおうとしているのか、依然全貌が見えてきません。最後に殺人事件らしきものの予告がなされますが、乞うご期待ということで、ラスト二作どう収拾を付けるのかが見ものです。尚、一作とばしていますが、こちらは純菜目線で描かれた前々作の裏側のようなものらしいので、読まなくても支障はありませんでしたね。ちなみにタイトルにやや違和感を覚えますが、何か意味があるのでしょうか。


No.938 6点 さよなら純菜、そして不死の怪物
浦賀和宏
(2019/03/11 22:11登録)
思い出せ、あの日の屈辱を。不登校になるまでに受けたはずかしめの数々を。唯一の心の支えだった愛する純菜。彼女と結ばれることがもはや不可能なら、俺にはこれ以上失うものはないのだ。『この恨みはらさでおくべきかリスト』に載ったすべての連中に復讐の鉄槌をくだすときがきた。
『BOOK』データベースより。

こうしてシリーズ物を立て続けに読むと、内容に既視感を覚えたり、物語の本流があまり変化しないと、どこからどこまでが何巻か不明瞭になったりして、直近の作品でさえ何がどうだったのかはっきり思い出せないことがあります。歳のせいか、私の脳細胞の死滅が速過ぎるせいなのか、まあ言い訳ですけど。

さて気を取り戻して本作ですが、漸く本筋に光が見えてきます。マリアと新たな少女の登場、八木を付け狙うスナイパーとの対決、そのスナイパーの背後に見え隠れする組織の存在、そしてついに覚醒する八木の<力>。これで終末に向かう要素は揃ったと見て良いのではないかと思います。中でもやはり印象的なのはラストの復讐劇ですね、ニュー八木剛士の誕生はこれまでの物語を一新するのでしょうか。
ですが、やはり純菜が出てこないと物足りないですね。確かにマリアは個人的に純菜より好感度は高いですが、南部の部屋で純菜を含めた仲間たちが揃って青春を謳歌するシーンが癒されるだけに、それがないとなんだか詰まらないです。


No.937 5点 八木剛士史上最大の事件
浦賀和宏
(2019/03/08 21:40登録)
不死身の“力”を宿す奇跡の男―八木剛士の心にくすぶり続けるのは、デタラメな世界への激しい呪詛。学校では凄まじい虐めを受け、謎のスナイパーには命を狙われるという生き地獄の中で、初めて手に入れた“恋”という名の青春!唯一の救済者・松浦純菜への想いを募らせすぎた妄想は、ついに脳外へ…。そして事態は急展開!急旋回!急降下!?八木剛士に訪れた史上最大の事件とは。
『BOOK』データベースより。

タイトル負けしていますね。もはやミステリとも呼べないですが、次作への繋ぎのようなものでしょうから仕方ないですか。ほぼ全編八木がクラスメイトに虐められる様子と、その都度の八木の内面が描かれていますが、可哀想とはならないです。何故なら八木自身も心の奥に全員ぶっ殺してやるとか、地球上に俺と純菜の二人だけになればいいのにとかという思いがあるから。外見のみならず中身も醜い男、ダーティヒーロー八木。
ただ、次回作が気になって思わず読んでしまう、しかもそれなりに面白いというのが偽らざる心情なのです。サーガですから。しかし、この史上最大の事件、これが問題です。八木がとんでもない事件を起こす訳でもなく、かなり拍子抜け。結局最終巻まで読んでみないと本作の真価は分からないかもしれません。


No.936 5点 黒冷水
羽田圭介
(2019/03/05 22:03登録)
兄の部屋を偏執的にアサる弟と、罠を仕掛けて執拗に報復する兄。兄弟の果てしない憎しみは、どこから生まれ、どこまでエスカレートしていくのか?出口を失い暴走する憎悪の「黒冷水」を、スピード感溢れる文体で描ききり、選考委員を驚愕させた、恐るべき一七歳による第四〇回文藝賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

何だか知らないけれど、小説を読んだ気がしません。若書きのせいなのか、文章が上手いとか下手だという以前に、心に響いてくるものが圧倒的に足らない気がします。重みがないというんでしょうかね。
舞台はほとんどが同じ屋内で、物語の広がりも奥行きも感じられません。ひたすら兄弟の確執を描いており、気分は沈むばかり。と思いきや、終盤で思わぬ仕掛けが・・・。しかし、これも使い古されたものだしねえ、あまり感心しません。

いろいろ批判的なことを書き連ねてきましたが、青野の登場部分だけはちょっと面白かったですね。こういった異色のキャラが突如姿を現すことによって、作品にちょっとしたアクセントが加えられているわけですから、もっと様々なキャラを用いてストーリーに起伏を持たせればもう少し「読める」小説に仕上がったのではないかと思いますよ。まあ私がとんだ勘違い読者の可能性は否定できませんがね。

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