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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1155 5点 皇帝の新しい服
石崎幸二
(2020/07/31 22:25登録)
瀬戸内海の島に代々伝わる、名門美蔵家・婿取りの儀式。櫻藍女子学院高校ミステリィ研究会・お騒がせトリオのミリア、ユリ、仁美は美味しい海の幸に目がくらんで、サラリーマン兼ミス研特別顧問の石崎を花婿候補に仕立てて島へ向かうことに。だがその儀式では過去数回にわたり殺人事件が発生し、いまだに真犯人が捕まっていない。さらに、石崎のもとにまで差出人不明の脅迫状が届く!惨劇は繰り返されてしまうのか。
『BOOK』データベースより。

深月仁美って誰だよ、やっぱりシリーズ物は順を追って読まなきゃダメだね、と思った一冊でした。まあ別に仁美の登場時から読まなければ訳解らないとは言えませんけど。
孤島物の割にショボイ謎とショボイ真相、ややこしい謎解きが終わっても決してカタルシスは得られません。現在進行形の事件がメインではなく、あくまで過去の事件をどう解決するかが命題であり、第一から第四まで事件のてんこ盛りに見えますが、犯人の狙いも概要も画一的で、大して魅力的なものではありません。

ミリアとユリは相変わらずですが、今回は心なしかややボケとツッコミのキレが悪くなっている気がします。事件が解決しても、まあそんなところだろうな程度にしか思えません。ミステリとしては小粒感が否めず、まあまあとしか言いようがないですね。


No.1154 5点 ハムレット狂詩曲
服部まゆみ
(2020/07/29 22:14登録)
『劇団薔薇』新劇場のこけら落としで、「ハムレット」の演出を依頼された、元日本人で、英国籍を取ったケン・ベニング。ケンにとって、出演者の一人である歌舞伎役者の片桐清右衛門は、母親を捨てた男だった。ケンは、稽古期間中に、清右衛門を殺そうと画策するが…。様々な思惑の交錯、父殺しの謎の反転、スリリングな展開。結末は…真夏の夜の夢。
『BOOK』データベースより。

本サイト、Amazon、読書メーターと例外なく評価が高いですが、個人的にはそれほどとは思いませんでした。正直どこがこれ程評価されているのか不思議で仕方ありません。終盤まではかなり退屈でしたし、最終局面まである事実を引っ張り過ぎじゃないですか。シェイクスピアにも歌舞伎にも興味がありませんので、その意味でも楽しく読めたとは言い難かったですね。そして、倒叙物でありますが、清右衛門を殺そうとするケン・べ二ングの怨嗟がこちらに伝わってこないのにも不満が残ります。その殺害方法も行き当たりばったりで、計画性の欠片もありません。

皆さん書いておられるように、結末は爽やかさを感じます。サスペンスにしては珍しい後味の良さだと思います。ただ、やられた感はあまりありません。言ってしまえば、単純な構図でわざわざ長編でやるようなネタではない気がしますね。
私的には、プロット、リーダビリティに難ありと言いたいです。ですが、あくまで少数派の意見ですので、私の書評は参考にならないかも知れません。おそらく1%に満たない批判的感想だと思います。


No.1153 4点 星の感触
薄井ゆうじ
(2020/07/27 22:47登録)
変わりたいと望みながらも「逸脱」できずにいる良治が出会ったのは、二メートル六十七センチの大男・猫田研一だった。さらに「成長」を続ける彼の身長は、ついに八メートルを越してしまう。その時、研一の恋人・伊藤タマコは、そして良治は…。心が目覚め、あなたが変わる。「自分革命」を起こす成長と癒しの物語。
『BOOK』データベースより。

何もかもが中途半端な感じです。どうにも食い足りないんですよ。主要登場人物四人の心の中に今一つ踏み込めていないので、感情移入も出来ないし、魅力を感じません。そして話のスケールももっと大きく奇想天外なものだと勝手に想像していたので、その点でも裏切られました。どこに焦点を置くでもなく、なんとなく物語が進行してしまって、何に感動すればいいのか分からないですね。荒唐無稽な話なのに、ドラマチックでもなくエキサイティングでもない。淡々としています。せめて何かの大きな事件が起こったりすれば、抑揚も付いたかも知れませんが、それもなし。

しかも、良治、タマコ、研一の妹七海に起こるちょっとした異変に何の解釈もなされていないのにも不満が残ります。作中では一応「成長」する過程での痛みとされていますが、納得できませんね。
余程感受性の強い読者なら、色々琴線に触れる部分があるのかも知れませんが、私には心に刺さるものが見当たりませんでした。ただ、一瞬を切り取った雨の情景などにはハッとさせられるものもありましたけど。


No.1152 6点 正月十一日、鏡殺し
歌野晶午
(2020/07/25 22:25登録)
彼女が勤めに出たのは、このままでは姑を殺してしまうと思ったからだった―。夫を亡くした妻が姑という「他人」に憎しみを募らせるさまを描く(表題作)。猫のように性悪な恋人のため、会社の金を使い込んだ青年。彼に降りかかった「呪い」とは(「猫部屋の亡者」)。全七編収録。鬼才初の短編集を、新装版で。
『BOOK』データベースより。

作を追うごとに悲惨な話になっていく、ホラー風味のミステリ七編。最初の『盗聴』辺りは比較的真っ当で後味も悪くはないですが、他はブラックで陰鬱な雰囲気の漂う作品が目立ちます。もう少し捻りが欲しいところですね。良くも悪くも歌野らしい短編が並んでいると思います。結局最後の表題作に根こそぎ持っていかれましたけど。これを読むと他の作品が霞んで、一瞬全て忘却の彼方に追いやられると言うか、他はどうでも良くなってしまうような感覚を覚えますね。

ですから、この6点という評点は表題作が支えていると言っても過言ではありません。逆に言えばこれが無かったら5点でしたね。特に『記憶の囚人』は意味が解りませんでした。内容が頭に入って来ませんでした。いつも思うんですけど、この人の文章はあまりプロらしくない気がして仕方ありません。まあ私だけだけでしょうけど。


No.1151 7点 永遠の殺人者
小島正樹
(2020/07/23 22:35登録)
“やりすぎミステリー”の旗手が贈る、100パーセントの推理小説!“血の池”に浸かった死体には両手首がなかった。難事件に挑むのは、孫におんぶされたおばあちゃん!名刑事の未亡人・城沢薫の“位牌推理法”が炸裂する!?
『BOOK』データベースより。

明らかにやり過ぎですね。謎だらけの怪事件にどう決着を付けるのか、非常に興味を持って読み進めることが出来ました。浴槽の血の池に浸かった、両手首のない死体はさらに第二第三の見立て連続殺人事件に発展します。これでもかと不可解且つ不可能犯罪の連打に、眩暈すら覚えます。しかし、シリアスばかりではなくユーモアも多分に含まれており、特に移動中は常におんぶされているおばあちゃん探偵城沢薫、その孫で薫を背負う拓、謎めいた過去を持ち単独行動を好む刑事安達、その相棒で様々な事件に振り回される由貴野の四人は、それぞれ個性的で優れた描写力でもって描かれています。

ミスリードを施して読者を翻弄し、大逆転を狙う作者の手腕には呆れました。ツッコミどころは多々あるものの、大技小技のトリックは尽きることなく溢れ、やがて二転三転する真相に読者は必ずやアッと声を上げることになるでしょう。それまで観ていた景色が一瞬で様変わりするラストには驚嘆するしかありません。
正直、誰が犯人なのか途中で予想が付いた気でいた自分が情けないです。


No.1150 6点 ミステリー傑作選・特別編5 自選ショート・ミステリー
アンソロジー(出版社編)
(2020/07/20 22:31登録)
赤川次郎から皆川博子まで、現代日本を代表する33名の作家が、自ら選んだマイ・ベスト・ショート・ショート。本格推理から幻想譚、変愛ミステリーにホラー等々、どこから読んでも面白い、何度読んでも愉しめる、絶対お得な超豪華アンソロジー。単行本未収録作品を多数収めた永久保存版。
『BOOK』データベースより。

様々な小説雑誌や機関誌などから集められたショート・ミステリ。寄せ集め感はあり、本格っぽい物からホラー、時代小説、サスペンス、ハードボイルドなどジャンルも色々。流石にこの枚数で本格ミステリはなかなか書けないものと見え、そちら方面を期待すると裏切られるかも知れません。

大御所から名前も知らなかった作家まで、幅広く収録されています。
あまりに短かいためネタバレになりますので、内容は紹介できませんが、個人的に良かったと思うのは、夏樹静子、はやみねかおる、霞流一、斉藤伯好、左右田謙辺りですかね。でもマイ・ベストという割りにはそこまで力作揃いとは思えません。


No.1149 7点 CUT
菅原和也
(2020/07/18 22:44登録)
キャバクラのボーイ・透は、キャバ嬢・エコの送迎中に、路上で首なし死体に遭遇してしまう。動揺する透に、エコは「死体の首を切断する主な理由」を淡々と講義し始めるのだった。透は過去に弟を亡くして以来、消極的な人生を送っていたが、エキセントリックなエコに引っ張られるように、事件の捜査に巻き込まれていく―。最後のページを読み終えた時、最悪の絶望が待っている。横溝賞史上最年少受賞者が放つ、二度読み必至、驚愕の本格ミステリ。
『BOOK』データベースより。

最初から作者の意図は察していたので、どこでどんな伏線を張ってくるかなと思いながら読み進めました。やや弱いと思われる部分もありましたが、「重力密室」などはなるほどそう来ましたかって感じでニヤリとさせられました。
スイスイと読めますし、横溝正史賞受賞作よりも随分こなれた文章になっていると思います。探偵役のエコは可愛げがないものの、どこか親近感を覚えて個人的にはかなり好感度が高かったですね。いきなり冒頭で登場する首なし死体を前にして、冷静に切断する理由を三つに分けて語り出す奇矯さに、唖然とさせられます。がその後の人物描写には変わり者という以上に、逆に人間臭さを覚えたりもします。


【ネタバレ】


最後は後味の悪さが残りますが、結局首を切断する理由は単純なもので、鑑識か司法解剖でその痕跡を暴けたはずなのではないかと疑問に思います。作者としては周到に仕掛けを施したつもりかも知れませんが、ミエミエですね。それでも十分楽しめたのは、途中であれ?と思わせてくれるので、ひょっとして自分の思い違いなのかと若干でも疑ってしまったためです。でも結果そのまんまだったのは、ちょっぴり萎えましたけどね。


No.1148 6点 トップラン 最終話 大航海をラン
清涼院流水
(2020/07/17 22:12登録)
2001年1月1日―新世紀の到来と同時に、世界は神々しいまでの輝きに包まれる。20世紀までに書かれたあらゆる小説ジャンルと隔絶する方法論でつくられた新しい物語。21世紀「娯楽小説以降」を鮮烈に印象づける書き下ろし文庫シリーズ『トップラン』完結作にして、清涼院「流水大説」の揺るぎない到達点。問答無用の最高傑作、ここに誕生。
『BOOK』データベースより。

傑作『コズミック』に通じるものがある事に好感を抱く一方、そのスケールの大きさに付いて行けない自分がいるのも実感しました。そこまで話を広げるか、というのが率直な意見。ただ、これまで様々な謎を孕んだ物語に終止符が打たれるのに相応しい内容だったとは思います。そして、一応すべての謎に回答が提示されています。
一つだけ、何故恋子だったのか?という素朴な疑問は不透明で、やはり狙いは別にあったという事なのか、言明されていないのが不満です。

トップラン・テストに始まったシリーズですが、このテスト、相手の狙いをある程度推察すれば、誰でも高得点が得られるところに捻りが加わっていなかったのは、ダメじゃないでしょうか。結局作者の自己満足の為に書かれた本作であり、自画自賛してこれまでの最高傑作と称していますが、それは客観的な事実とは異なると言わざるを得ませんね。あくまで本シリーズの売り上げに少しでも貢献するための方便だと思います。そりゃ誰でも作家たるもの自身の書いた作品が可愛くないはずがないでしょうけど、己の感情に本当に正直なのか疑問を覚えるところです。まあ努力賞として6点付けますけど。


No.1147 5点 トップラン 第5話 最終話に専念
清涼院流水
(2020/07/15 22:58登録)
水面下での駆け引きが次々と暴かれ、嘘つき勝負「一巻の終わりクイズ」は意外な終幕を迎えた。「よろず鑑定師」貴船天使は夜闇に姿を消し、謎の女・孤森ヒカルの影が見え隠れする。トップラン・テストの「M資金」「Y3K―西暦3000年の問題」とはなにか?残すは最終話のみ。20世紀にとどめを刺す書き下ろし文庫シリーズ第5話。
『BOOK』データベースより。

一巻の終わりクイズの最終局面を迎えます。残ったのは二人、恋子と少年狼。ここで物語はクライマックスに達する頃になります。前話で姿を現すかに見えたキツネ目の天才少女、狐森ヒカルは結局未だその正体さえ明らかにならず、期待に反して大した役割をしているようには思えませんでした。その後消えた貴船天使を追って、恋子の叔父で探偵の笙造が決着を付けるかと思われたが・・・。

しかし、謎の全貌はまだまだ明かされず、貴船天使の正体、どんな狙いがあって恋子にテスト、クイズを仕掛けたのか。背後にはまだ何かありそうですが、果たして最終話で全てが収束されるのか、不安でいっぱいです。現在その最終話を読んでいるところですが、一向に物語が進行せずイライラ感が募っています。
清涼院流水の最高傑作と言う人もいますが『コズミック』を超える作品は今後も書かれることはないでしょう。


No.1146 6点 トップラン 第4話 クイズ大逆転
清涼院流水
(2020/07/13 22:30登録)
トップラン・テストに関するすべての秘密が解き明かされる時が来た。「よろず鑑定師」貴船天使の紹介で、音羽恋子たち関係者一同は「少年狼」と衝撃的に出会う。時間と大金を賭けた嘘つき勝負「一巻の終わりクイズ」をめぐり、虚々実々のかけひきが繰り広げられる。舞台は整い、役者は揃った。盛り上がり最高潮の書き下ろし文庫シリーズ第4話。
『BOOK』データベースより。

第2話第3話に比べると、ストーリーの広がりが感じられ、やや盛り上がったのではないかと思います。前半はそれまでの経緯と貴船と対決するまでの説明に費やされ、シリーズを通して読んできた者にとっては特記べき点は見当たりません。しかし、恋子とその家族、友人対貴船天使、少年狼の構図はサスペンスフルで読み応えがあります。クイズ対決はそれぞれが嘘か本当かをその場で証明できる、本人にしか分からない告白をし、その真偽を賭けて大金と時間とを奪い合うというもの。

新たな少年狼という登場人物が現れることにより、物語は劇的に面白くなってきました。更には第5話で真打とも言えそうな、キツネ目の天才少女も出てきて、一層盛り上がることを期待しています。
最後の第6話まで読んで、果たしてどんな結末が待っているのか、長々と読まされて拍子抜けしないことを祈るばかりです。


No.1145 7点 星虫
岩本隆雄
(2020/07/12 22:16登録)
宇宙に憧れ、将来は宇宙飛行士としてスペースシャトルを操縦することを夢見る高校生・氷室友美。そんな彼女が夏休み最後の夜に目にしたのは、無数の光る物体が空から降ってくる幻想的な光景だった。後に“星虫”と呼ばれるこの物体は、人間の額に吸着することで宿主の感覚を増幅させる能力を持った宇宙生物で、友美もすっかり星虫に夢中になってしまう。ところが、やがて人々の額で星虫が驚くべき変化を始めて―。幻の名作が大幅な加筆の上、復活。
『BOOK』データベースより。

10才くらいの頃に読みたかった作品。ラノベSFと言うか、ジュブナイルと言うべきか。考えてみればかなり無茶苦茶な話ですが、その設定がなければ成立しない物語なので、そこには目を瞑るしかないでしょうね。主人公の友美と寝太郎はともかく、脇役キャラのディテールをもう少し細かく描いて欲しかった気もします。そうすればラノベとしてもっと面白い作品に仕上がったのにと思います。まあそれでも、読んでいる時のワクワク感はなかなかのもの。

特に瞠目すべきは最終章ですね。ここまで感動的な展開が待っているとは、思いもよりませんでした。意外な伏線も張ってあり、そこでそう繋がるのかと感心もしました。しかし、流石に星虫の正体にはあまりのリアリティのなさにちょっとがっかりしましたね。それでも総じて高評価なのは友美と寝太郎のキャラの良さによるところが大きいのかなと思います。
確かに幻の名作と言ってもあながち間違いではないかも知れません。


No.1144 6点 無明の闇
椹野道流
(2020/07/10 22:27登録)
法医学教室の新米・伊月崇の近況は、目下のところ、教室の「暗黙の法則」を地で行くような毎日。暗黙の法則その1「続くときは同じような解剖ばかり続く」。その週はどうやら「子ども」に縁があるようだった。様々な状況下で死んだ乳児たち。轢き逃げ遺体の解剖の際は、目撃者が幼い少女ときいて暗澹となる。そしてふと気づけば、伏野先輩の様子が妙…?法医学教室奇談、好調、第二弾。
『BOOK』データベースより。

最終章までは医療サスペンス、最終章は完全なホラー、又ミステリの要素も含むという、カテゴライズされないジャンルミックスな本作。一作目もそうだったようなので、それが本シリーズの持ち味なのかも知れません。著者は法医学教室に実際勤務していたと事で、その辺りの描写はかなり生々しいと感じます。
冒頭、連続して二つの赤子の遺体の解剖から始まり、この調子が続くとちょっときついなと思いましたが、その後は漸く本筋に至り、主人公の一人伏野ミチルの過去と現在進行形の遺体解剖が繋がってきます。

法医学教室という特殊な空間を描くことにより、それぞれのキャラを浮かび上がらせる手法は悪くないと思いますが、各キャラが際立っておらず、その意味では物足りなさを覚えます。そして、序盤こそ筋が読めませんでしたが、次第に予定調和的な展開になり、先が読めてしまうのは減点材料ではないかと。一々幕間で食事シーンが挟まれるのもどうかと思いました。なんとなくまどろっこしく感じましたね。


No.1143 6点 神様が殺してくれる
森博嗣
(2020/07/07 22:40登録)
パリの女優殺害に端を発する連続殺人。両手を縛られ現場で拘束されていた重要参考人リオンは「神が殺した」と証言。容疑者も手がかりもないまま、ほどなくミラノで起きたピアニスト絞殺事件。またも現場にはリオンが。手がかりは彼の異常な美しさだけだった。舞台をフランクフルト、東京へと移し国際刑事警察機構の僕は独自に捜査を開始した―。
『BOOK』データベースより。

本作に限らず森博嗣の文体は無機質な作品が多いなというのが第一印象です。まあ相変わらずですが、そこが良くも悪くも氏の特徴でしょうけど。
決して悪くはないと思いましたが、諸々疑問点が残る結末ではありました。各事件へのアプローチの仕方からして普通のミステリとは違う感触で、思わず身構えて読みました。予想通りと言うべきか、とんでもない事になっています。その意味で伏線があったかどうか考えてみても、やはり後出しっぽく、本格ミステリの概念からはやや外れた異色の作品と言えるかもしれません。

しかし、犯人は何故最初から本命を狙わなかったのか、単なる嫌がらせにしては大胆すぎる犯行じゃないかと思いますね。
途中やや退屈でしたが、ラストは目を瞠るものがありました。尚文庫本の解説を読む限り、ちょっと想像の翼を広げ過ぎな感が否めませんでした。果たしてそこまで深読みするべきものかと、疑問に思われてなりません。確かに、主人公の「私」に関わる不可思議さや秘密はこの手の作品にありがちですが、本作は細部に至るまで親切に噛み砕いて書いてくれていません。若干アンフェアとも取れる不親切さは感じますね。


No.1142 7点 君たちに明日はない
垣根涼介
(2020/07/05 22:35登録)
「私はもう用済みってことですか!?」リストラ請負会社に勤める村上真介の仕事はクビ切り面接官。どんなに恨まれ、なじられ、泣かれても、なぜかこの仕事にはやりがいを感じている。建材メーカーの課長代理、陽子の面接を担当した真介は、気の強い八つ年上の彼女に好意をおぼえるのだが…。恋に仕事に奮闘するすべての社会人に捧げる、勇気沸きたつ人間ドラマ。山本周五郎賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

重すぎず軽すぎず、付かず離れず、暗すぎず明るすぎず、丁度良いバランスで描かれた佳作。
君たちに明日はないという割りには、どのリストラ要員の最後の姿も、決して暗い未来しかない訳ではないです。中には、最後の面接さえ描かれず終わった物語もあったりしますが、それは読者の想像におまかせとばかり、粋な作者の計らいを匂わせます。それにしても、事前の想像では主人公がもっと硬派な感じがしましたが、普段の顔はやや軽めです。しかし、いざリストラの面接官という任に着いたら、じんわりと相手の懐に入り込み、あの手この手で懐柔に掛かります。決して無理強いはせず、あくまで相手の意志で決断を促す手腕には、拍手を送りたくなると同時に、人間味人情味すら覚えます。その意味で、リストラ請負業者という特殊な職業に対する嫌悪感を読者から排除することに成功していると思います。敵ではないのだと、意識付けをし、アンチヒーローを否定するように仕向けているようです。

そして、何と言っても各キャラが生きています。そして動きます、行為だけではなく心までも。そこに読者は共感せざるを得なくなり、敵見方関係なく両者に感情移入できるシステムが見事に構築されていると思います。ただ、村上以外の面接官の情報が完全にシャットアウトされていて、その辺りもう少し描写があっても良かった気がします。これは流石にシリーズ化されるのも納得の出来でしょう。


No.1141 6点
高橋克彦
(2020/07/03 22:19登録)
げに、人の心は恐ろしきもの―平安の都を揺るがす鬼や悪霊、怪異に立ち向かうのは滋丘川人、弓削是雄、賀茂忠行、賀茂保憲、安倍晴明ら陰陽師たち。“応天門の変”の真相を暴く「髑髏鬼」など五篇を収録した妖かしの物語集。鬼と陰陽師の壮大なストーリーが今、始まる。
『BOOK』データベースより。

平安時代に活躍した、陰陽寮に籍を置いていた安倍晴明を始め、その師となる賀茂忠行、息子保憲、弓削是雄ら陰陽師が鬼と対峙するファンタジー。とは言え、激しいバトルなどはほとんどなく、人形(ひとがた)や式神を駆使して魔を祓うといったシーンが中心になります。
有名な平将門の首級が都から空を飛んだという言い伝えの、新しい解釈とも言える逸話や、菅原道真の怨霊の力がどれほど強力だったのかなど、裏歴史的に興味深い物語もあります。何より、時代小説らしく会話文は「~にござる」的な感じなのでちょっと取っ付き難さもありますが、空想なのにまるで自分がその場にいるような臨場感を覚えるのが、この人の文章力の素晴らしさではないかと思います。

鬼よりも恐ろしいのは人の心というテーマは、現代のホラー作品に通じるものがあり、今も昔もその辺りは変わらないのかも知れないと感じたりもします。又、ミステリの要素もありながら、実在の人物たちの恨み辛みや思惑などが錯綜する、人間ドラマとしても読みごたえがあります。短いながらも充実した内容の短編集ではないかと思います。


No.1140 4点 奇術師のパズル
釣巻礼公
(2020/07/01 22:54登録)
中学校のカウンセラー・棟谷志保子あてに、“大石和哉を知っているか?”という謎のメッセージ。発信人は、死んだはずの女生徒・新庄朋恵。大石は志保子の婚約者だったが、生徒に刺殺された。やがて、文化祭に出品する立体モザイク『隧道の中の悪魔』の傍に、“新庄朋恵は私が殺した”という遺書を持つ大河原杏子の死体が…。モザイクに描かれていた五個の人面図が、奇妙なことに四個に…。死体が発見された体育館は、完全な密室状態。志保子を襲う三人の男子生徒。MGの小部屋とは?消えた人面の謎が解き明かされたとき、戦慄の事実が…。奇想天外、新機軸の密室ミステリー傑作長編。
『BOOK』データベースより。

最後まですっきりしませんでしたね。何が何だか分からないうちに解決し、様々真相が明らかになっていました。トリックは大仕掛けな割に、効果が絶大とは言えず、そうだったんだくらいにしか思いませんでした。密室と言っても、なんだかなあって感じです。まあ私の頭が悪いことや読解力がないことを認めたとしても、これは凄いとはならないと思います。
一体どこを軸に置いて、物語を進めたかったのかも判然とせず。そして人間が描かれていない、まあこれはよくある事ですけど。文体も合わなかったですね、個人的に。そして警察の捜査がどうなっているのか、全く描かれていないのにも違和感を覚えました。

いじめ問題に関しては、生々しさが感じられず、これほどまでの参考文献が全然生かされていないのではないかと勘繰りたくなりました。
あくまでマイノリティの意見として、この書評はあまり参考にしないでいただきたいと思います。でもAmazonの評価が一つもないのには、何かしらの意味がある気もします。


No.1139 6点 名も知らぬ夫
新章文子
(2020/06/29 22:34登録)
婚期を過ぎて母とつましく暮らす市子のもとに、二十五年前に音信を絶った徒兄の圭吉が訪ねて来た。市子に昔の記憶はないが、目の前の中年男は優しく魅力的だった。ほどなく二人は一つ屋根の下で暮らし、結ばれるが、日を追って男の正体が明らかに―。巧みなプロットで読む者を引き込む表題作など、女性ならではの繊細な心理描写が光るサスペンス推理八編を収録!
『BOOK』データベースより。

目茶苦茶読みやすいです。が、ほとんどが平均点レベルの作品で、これは凄いと唸らされるようなものは見当たりません。1959年から1964年に書かれた短編で、表現に古さは全く感じられません。逆に言うと昭和テイストがあまり味わえないとも言えますね。
『年下の亭主』は一捻りしてあり、好みの範囲ではあります。心理サスペンスとしてもミステリとしても引き込まれます。
『不安の庭』は展開が読めず、途中ハッとさせられるようなシーンもあり、なかなかの逸品だと思います。
上記二作がツートップですね。しかし、最初に書いた様にそれぞれが平均的な出来なので、読者によって各短編の評価はまちまちになってくるでしょう。決して悪くはないのですが、何か突き抜けた部分があるのかと問われると、残念ながら否と言わざるを得ません。この年代の表立っていない作家の珍しい作品をと思われる方だけ読めば良いんじゃないですかね。

どうも個人的に光文社はイマイチなんですよね。編集者が悪いのか、作家があまり乗り気でないのか、これといった傑作名作が少ないと思われてなりません。


No.1138 6点 1000の小説とバックベアード
佐藤友哉
(2020/06/27 22:20登録)
二十七歳の誕生日に仕事をクビになるのは悲劇だ。僕は四年間勤めた片説家集団を離れ、途方に暮れていた。(片説は特定の依頼人を恢復させるための文章で小説とは異なる。)おまけに解雇された途端、読み書きの能力を失う始末だ。謎めく配川姉妹、地下に広がる異界、全身黒ずくめの男・バックベアード。古今東西の物語をめぐるアドヴェンチャーが、ここに始まる。三島由紀夫賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

何だかよく分からないという意見もありますが、片説という個人の為に書かれた小説を通して、小説とは何か、小説を書くとは一体どういう事なのかというテーマが根底にあるので、そこを理解すれば読み解くことは難しくないと思います。破天荒な物語ではあるものの、文学として心に染み入るものがあります。作者の小説に対するどうしようもない衝動のようなものが迸り、情熱を感じます。
バックベアード、『日本文学』といった得体の知れない人物や、地下の図書館に閉じ込められた人々、探偵の一ノ瀬、謎多き配川姉妹、片説家たちが複雑に絡み合い、人間模様が凄いことになっています。

日本の文豪たちへの鎮魂歌の意味合いもあり、また全ての小説家に対する憧憬やその存在の意味など、様々な作者の想いが詰まった作品となっています。ファンにとっては裏切られた感はないと思いますが、佐藤友哉を初めて読む人にはどうなのかなと微妙な感じがしますね。


No.1137 4点 トップラン 第3話 身代金ローン
清涼院流水
(2020/06/25 22:47登録)
謎の人物から誘拐予告電話がかかってきた。標的は音羽恋子の姉・銀子。相手が要求する身代金は3億7529万9500円。しかも支払いはローンで!?無気味な電話を恋子は逆に利用し、「よろず鑑定師」貴船天使を罠へと誘い出す秘策を練る。恋子の奇襲は成功するものの、敵にも予想外の切り札が…。緊迫する書き下ろし文庫シリーズ第3話。
『BOOK』データベースより。

前作から1ミリも話が進んでいない、これでは評価のしようがありません。前回誘拐されたと書きましたが、誘拐予告電話の間違いでした。しかし、それもまるで想定の範囲内の様な恋子の落ち着きぶりはどうしたことでしょうか。誰が何の為にという謎が何だかおざなりにされているような気がしてなりません。2000年当時の時事ネタとか、カラオケで誰がどんな曲を歌ったとか、どうでもいいです。本当にストーリーが前進したとするなら、ラストだけです。正直中身のない空虚な小説を読まされた感が半端ないです。

清涼院流水は『コズミック』で燃え尽きてしまったのでしょうかね。残りの作品は燃え滓だけ。大体、この作品を分冊にした意味が分かりません。せめて上下巻程度にすれば、もう少し濃密な内容になっていたのではないかと思います。相変わらず水増し感が大いに感じられ、第6話まで一気に読むつもりでしたが、飽きました。なので、一旦インターバルを置きたいと思います。


No.1136 5点 トップラン 第2話 恋人は誘拐犯
清涼院流水
(2020/06/24 22:48登録)
「よろず鑑定師」と名乗る貴船天使が課したトップラン・テスト第1問をクリアした音羽恋子。第2の課題は、『明日届ける7500万円入りのアタッシェケースを自宅で2カ月間隠し通すこと』。しかし届いたのは「104」と書かれた1枚のハガキだった。またもや謎謎!?テン(10)・シ(4)―天使?さらに謎が深まる書き下ろし文庫シリーズ第2話。
『BOOK』データベースより。

第1話の次回予告通り、トップラン・テストの答え合わせがメイン。まあ、予想通りと言いますか、当然と言いますか、要するに模範解答、必ずしも優等生的ではありませんが、が高得点となっています。裏があるのかも知れないとは言え、出題者の目論見を読み取れば、それほど難解な問題ではありませんね。つまり、己を貫く信念を持っていて、尚且つ周囲と孤立しない順応性が求められている訳で、通底する問題の解答に矛盾があってはなりません。それにしても、やはり少量の情報を無理やり引き延ばした感は否めず、余計な描写が見られるのは減点材料です。

そして、ラストに漸く話が動きます。これはかなり急展開と言ってもよく、意外な人物が登場し、更に恋子の姉の銀子が誘拐されるという怒涛の結末を迎えます。この先どうなるかが気になるように工夫されていますが、もう少しテンポよく話を進めて欲しいものですね。

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