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ミステリの祭典

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臣さんの登録情報
平均点:5.90点 書評数:660件

プロフィール| 書評

No.360 5点 黒後家蜘蛛の会1
アイザック・アシモフ
(2013/07/08 13:23登録)
アームチェア物だから緊迫感はないが、落ち着いた雰囲気はある。しかも会員たちのウィットに富んだ会話にも惹かれる。
注目すべきは、探偵役の給仕、ヘンリーの謎めいた人物像。
給仕、執事、女中といえば正体不明で、探偵役か、犯人役か、要注意人物、と小説世界では役回りが決まっているが、本書でも同様。他の作品と一味違うのは、逆手をとって第1編で正体を明かしてしまっていること。それでも、その後もなお、謎めいた雰囲気を違和感なくもたせたところは、特筆すべき点です。

編中ベストは『会心の笑い』。といっても、これを含め全作、謎解きの対象が日常の謎程度のものばかりで大きな差はない。アームチェア物にしては謎解き度合いは低めです。

(すこしネタバレ)『実を言えば』のオチは、言葉遊び、というより仲間うちで言葉尻を捉えてからかっているような類だ。「嘘をつかない」というのが利いている。推理ゲームにもならない程度で馬鹿げた感もあるが、ある意味、叙述トリックにもつながる。それに、小説なんてものは言葉遊び、文章遊びのようなものなので、これも良しとしよう。と、この程度の作品を擁護したくなるのも、この作品集の醸し出す雰囲気のせいなのでしょう。


No.359 5点 カシノ殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2013/07/02 10:03登録)
次々と起こる毒物事件。しかし死体からは、毒は検出されない。
この謎はなかなか魅力的。そして中盤、毒物への疑惑が水への疑惑へと変化してゆく。このあたりも楽しめる要素の1つ。毒薬に関する薀蓄の量が適度で、つっかかるところがないのも好ましい。世評はかなりひどいが、それほど悪いとは思わない。
ラストはたしかにあっけない。息切れして、むりやり締めくくったような感じ。ただ最後には、B級サスペンス映画なみの、特上の見せ場が準備されている。縁遠いと思っていた大作家を、身近に感じてしまった。

ヴァン・ダインの魅力は、一般的には、けれんみと、ファイロ・ヴァンスのキャラクタと、ペダントリーだけど、個人的には堅苦しさの象徴でしかなかった(大昔は途中退場の連続だった)。じつは自分にとって、「二十則」だけの作家だった。たまに本作のような作品を読むと、ギャップを感じるのか、よく見えてしまう。
著名で評判のよい「僧正」が未読なので、いつになるかわからないが、読むのを楽しみにしている。


No.358 5点 フィリップ・マーロウの娘
喜多嶋隆
(2013/06/24 13:02登録)
ハワイに留学中の鹿野沢ケイは、危ないバイトで警察に捕らえられ、アンダー・カヴァー(秘密捜査員)となって、友人でもある失踪人を捜索することとなる。ケイは女ながらも腕っ節が強い。
裏表紙にはハードボイルド・タッチの青春ミステリーとある。ハードボイルドの定義は広狭色々あるので、どれかには当てはまるのだが、でも本作をハードボイルドとは呼びたくないなぁ。青春ミステリーと呼ぶのには哀切感がなさすぎるしなぁ。まあ「アクション活劇」ぐらいかな。

(ちょっとネタバレっぽい)ストーリーはスピード感があり、意外に楽しめてしまった。読み飛ばせることは評価できる。ラストは二時間ドラマ好きなら小学生でも予想できるレベル。もしアノ人物がラストに絡まないとしたら、そのほうが意外性があって面白いかも?

片岡義男の作風を想像していたが、ちょっと違う。倦怠感がなく、あかるく、もっともっと俗っぽいのだ。ホイチョイプロの「見栄講座」に出てくるようなアイテムが登場するかとも予想していたが、それとも少し違っていた。
バブル時代の遺産という印象が強い。物語の中にバブルを思わせる事象が描いてあるし、作風自体にもそんな時代性を感じる。
記憶のない積読本だった。1992年3月刊とあった。


No.357 6点 幻竜苑事件
太田忠司
(2013/06/20 09:58登録)
狩野俊介シリーズ第2作。
犯人は直感で当てられるレベルだが、最終トリックを見破ることはできなかった。安直なトリックでも、組み立て方次第では効果ありというところか。さりげない伏線が良かった。
俊介の養子縁組のエピソードがあり、そんな話で読者を惹きつけるところなんかもうまいと思う。
ところで、このシリーズの登場人物はみなクセがなさすぎる。いつもならそれを嘆くところだけど、子どもを含めた広範囲な読者を楽しませるには、この程度のキャラクタが実にいい。しかも今作は、前作「月光亭事件」よりもさらにジュブナイル化したような感じもする。それもいい方向に作用している。

総評すれば、全体として小粒感は否めないが、大人も子どもも安心して読めるし、本格ミステリーとしてまずまずの風格もある。非常にまとまり感のある優等生的作品だった。


No.356 5点 ピース
樋口有介
(2013/06/14 11:09登録)
連続バラバラ殺人もの。被害者の共通点は何か?
事件を追うのは、埼玉県警の田舎刑事。他に関係者たちが個別に嗅ぎまわる。

ブックオフ大型店では飽和状態のようです。おそらく書店POPで話題になり売れたのでしょう。読後、ネットで確認してみたところ、この程度で話題になるのかと驚かされました。肩透かしでもなければ、ネタバレというほどでもないし、特に問題ないのでは。まあ、いろいろ感じ方はありますからね。とにかく売り手側の勝利でした。
アマゾン評を見れば、ミステリーではない、幕切れに不満あり等々の声が多く、売行きに反して意外なポイントの低さです。少しは理解できますが、伏線が未回収だとかいってミステリーになぜ定型パターンを求めるのか、不思議に感じます。まあ嗜好の問題ですけどね。
個人的には、背景や真相、ラストをふくめ、わりに好みのスタイルで、まずまずの満足度です。欠点を挙げるなら、群像劇であること。群像劇のよさもありますが、分散してキャラクタが薄くなりぎみなので、そこがちょっとね。これも嗜好の問題です。

満足度は予想以上ですが、内容自体も予想とは大違い。このタイトル、あの表紙の絵から、誰がこの重い内容を想像できるでしょうか。作者本人が以前から書きたかった経験ネタだそうで、もっと明るく軽くしたかったようですが、重く暗い雰囲気になってしまったとのこと。
とても印象に残る作品でした。


No.355 7点 メグレ罠を張る
ジョルジュ・シムノン
(2013/06/09 19:50登録)
女性5人の連続惨殺事件の捜査が手詰まりになり、メグレは罠を張る作戦を採った。

連続殺人モノですが、謎解き中心の推理小説でもなく、もちろんサイコ・サスペンスでもありません。それに、メグレの採った作戦が面白いかというとそうでもありません。まあ、そこに至るまでの行動はたしかに楽しめるのですが・・・。
この小説の注目すべきところは、罠にもとづいてある人物を捕らえてから始まるメグレの超人的な推理でしょう。とくに最後の事件にもとづくメグレの行動や推理、そして暴かれる動機、背景、真相は強烈です。
連続惨殺モノで、しかもこんな真相が隠されているのなら、もっと中身を厚く濃くして本格派推理にしてしまえばよかったのに、と思ってしまいますが、それを200ページほどの中編にまとめてしまうところが、きっとシムノンらしさなのでしょう。


No.354 6点 疑心
今野敏
(2013/06/05 18:10登録)
隠蔽捜査シリーズ第3作。
アメリカ大統領の訪日に際し、第二方面警備本部本部長を任された大森署署長・竜崎伸也。そんな彼の前に立ちはだかるのは、彼を蹴落とそうとするライバルたちではなかった・・・。

このシリーズを楽しむための要素は、竜崎の原理原則を貫く姿勢と、何かに思い悩む心理とが乖離していること、そして最終的にはそれらのバランスがとれて解決にいたること、ではないかと思います。今回は悩みの対象が、米国シークレットサービスとの摩擦と、若き女性キャリア・畠山への恋心。それらをどう捌いていくか、そこが見ものです。
畠山への恋愛感情描写も良し、前作で活躍した戸高刑事の神懸り的な勘による捜査も良し、彼と竜崎との微妙な関係も良し。いままでのシリーズ作品とは違った面で楽しめました。恋の病の解決の仕方があれでいいのかとは思いましたが、まあ変人・竜崎らしくもあり、これも良しとしましょう。

いつもながらの竜崎の心境描写は読書スピードをアップさせてくれます。今回は内容もシンプルなので、さらに猛烈に加速します。今野敏氏の奥義炸裂です。
あっという間に読める点は評価できますが、反面、ストーリーの安直さ(ご都合主義、予定調和、ミステリーとして深みに欠ける点など)の証明でもあり、そこがマイナス点です。


No.353 7点 二流小説家
デイヴィッド・ゴードン
(2013/05/31 10:49登録)
たまにはタイムリーなネタを、と思って手にとってみた。われながら出来すぎなタイミングかと思ったが、ちょっと早かったかな。

デビュー作が傑作という典型例で、魅力はたっぷりとあります。
まずは軽妙な一人称文体。そして、それを通じての登場人物の描写。主人公のハリー・ブロックのたよりなさと、しっかり者の少女のクレアとの組み合わせも面白く、二人のやりとりは楽しめます。主人公の設定の仕方も好みに合っています。
事件が起こるのが中盤あたりとやや遅く、それまでが冗長という感があるも、その中盤までに、背景や人物を適格に描写して適度に惹きつけてくれています。その技量はなかなかのものです。
残虐で猟奇的な殺人描写や過激な風俗描写には抵抗のある読者もいるかもしれませんが、文章、文体についてはむしろ親しみが感じられ、国内受け、万人受けしそうに思います。

連載物作家のハリーは、収監中の殺人鬼ダリアンから告白記執筆の依頼を受け、その取材中に殺人現場に出くわし、嫌疑をかけられることとなる・・・
この巻き込まれ方は理想的で、その後の展開を大いに期待してしまいます。中盤以降はサスペンスフルで見どころ満載です。ただ、最後の謎解きと背景の開示はミステリー的に締まりがないというか、スマートさに欠けていました。

中途は十分すぎるほど楽しめたがラストはもう一押しで余韻はほどほど、といった感想ですね。まあ、今後が楽しみなミステリー作家ということにはちがいないでしょう。


No.352 8点 ぼくと、ぼくらの夏
樋口有介
(2013/05/24 11:48登録)
第6回(1988年)サントリーミステリー大賞受賞作品。
本書は、高校生が殺人事件の謎を解く青春本格ミステリーではなく、青春群像をミステリー風味をきかせながら描いた青春ドラマでもなく、どちらかといえば、クラスメートの死の謎を追う高校生、戸川春一(ぼく)の夏の何日間かを描いた、私小説風・ハードボイルド風・青春ミステリーといったほうがいいでしょう。

戸川とその友人、酒井麻子の会話や戸川親子の会話などの、説明文を挟まない、長々と続く軽快な会話文はけっこう好みです。ストーリーは、だらだらとしていて平板で(悪い意味ではなく個人的には好ましい)、純文学を目指していたという作者の思いが滲み出ているように思います。
途中からはミステリーを意識せずに、伏線なども気にせずに、ほろ苦さあり、ユーモアありの高校生の風俗描写や会話を、学生気分を味わいながら楽しむことができました。

いちおうはミステリーなので、ラストはそれなりに締めくくられています。事件の背景は青春ものとしてはありがちです。でも、いつの時代もこれしかない、だからこそ面白い、という気がします。
初めはゆるめの雰囲気だったのが、徐々にハードボイルド風に引き締まっていくのを奇異にも感じましたが、実はそういう雰囲気に変化のあるスタイルも嗜好にマッチしていました。
悪いところがみんな良く見えてしまう、そんな作品でした。


No.351 8点 花窗玻璃 シャガールの黙示
深水黎一郎
(2013/05/20 11:40登録)
謎解きの対象は、ランス大聖堂の南塔屋上からの男の転落死と、その後やはり大聖堂で起きた浮浪者の謎の死。二人の共通点は、死の前にシャガールのステンドグラスを見ていたこと。

薀蓄満載で、カタカナ語句をすべてルビ付き漢字で表記した作中作は、なぜか読みにくくはなかった。むしろスムーズに読むことができ、そのせいもあってか、自ら謎解きを試みることなく解決編へと突入してしまっていた。
ともすれば、くどすぎる薀蓄や凝った文章を見て嫌味なやつ、独善的なやつ、なんて思うものだが、まったくそんなことはなかった。本作品と本作者を、かなり好意的に見ることができた。
結局、トリックがよかったからなのか。いやそれだけではないはず。とにかく、かなり異端に見えて、実は(個人的好みにもとづく)正統派本格ミステリーであり、(個人的好みにもとづく)調和のとれた非の打ち所のない作品でもあった。
伏線は申し分なし。舞台設定や小道具の多くがトリックや謎解きに結びついているのはほんとうに素晴らしい。それに、「読者が被害者」も遊び心があっていい。

ちょっと褒めすぎ?
あえて難を挙げるなら、登場人物のうちのアノ人がキーパーソンではなかったことが物足りないということぐらいか。
『楽園のカンヴァス』でピカソ絡みのミステリーを読み(ただしピカソは脇役)、本作ではシャガール絡みのものを読んだ。
ピカソ、シャガールとくれば、つぎはミロかな。


No.350 6点 二千万ドルと鰯一匹
カトリーヌ・アルレー
(2013/05/13 17:33登録)
遺産を独り占めするために義理の息子の殺害を依頼する若い未亡人イリーナ、殺害の依頼を受けて損得を考えながら画策する看護婦ヘルタ、果たしてどちらの悪女に軍配が上がるのか、それとも、彼女たちを取り巻く男たちが最後に笑うのか?

「わらの女」みたいにドキドキしながら読めるわけではありませんが、むしろ人間対人間の欲得まみれの対決構図によるサスペンスを楽しむことができます。にもかかわらず軽いタッチというのも魅力です。「わらの女」より好みという読者もいるでしょう。
金のためとはいえ、よくもまあ、こんなに危ない橋を渡ろうとするものですね。そして、そんな危険だらけの計画を悪女たちが、ミスはしないか、ばれはしないかと気をもみながら進めるところが、人間くさくて面白い。


No.349 5点 暗い鏡の中に
ヘレン・マクロイ
(2013/05/06 14:26登録)
書き出しは抜群、中盤もなかなかのもの。でも真相にはイマイチ納得いかず。
本格ミステリーとして期待しすぎたわけではありませんが、あまりにも呆気ないというか。。。
とはいえ、この種のテーマだから、最初から真相には期待はしていなかったし、仕方がないようにも思います。そもそもこの種のテーマをはらんだ怪奇性と、論理性とを融合するには無理がありますから。
中途まで楽しめただけでもよろこぶべきでしょう。

「幻のように美しく不可解な謎をはらむ、著者の最高傑作」というキャッチ・フレーズ。
うまくまとめましたね。最高傑作というのはちょっと褒めすぎのようですが。。。


No.348 6点 笑う警官
佐々木譲
(2013/04/29 18:41登録)
警察エンタテイメントの極みともいえる作品です。
思いのほか評価が低いのに驚かされます。あまり読まない作家なのではっきりとしたことはわかりませんが、本作は、この作家に求められているものとギャップがあるのかもしれません。

拝読して感じることは、プロット、キャラクタのいずれもが、非常にはっきりとしているということ。文章を含め何もかもがわかりやすく、スムーズに読むことができます。教科書的な小説を書く作家のようです。
ご都合主義も、わかりやすさによるものなのでしょう。そういう読み物だと思えば問題だとは感じません。こんな事件をわずか1日で解決できるのだろうかと思っていたら、ほんとに解決してしまう。ご都合主義の極みです。

射殺命令などの現実感について賛否があるようですが、ご都合主義やミステリーとして安直すぎる点は感じるものの、それほど現実性に乏しい話ではないと思います。なにごとにも表もあれば裏もあるはず。知らないだけで、警察組織なんてこんなものでしょう。しかも、それを見てきたように書いてあるので、臨場感さえも感じます。


No.347 7点 笑う警官
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー
(2013/04/19 10:48登録)
北欧産ミステリーの代表格として有名ですが、個人的にはむしろ、警察小説の鑑と呼ぶべき作品だと思います。マルティン・ベック・シリーズの10作品の中で評価の高い作品です。

ミステリーならなんでも謎解きミステリーという観点から見てしまいがちなので、犯人像が見えにくい、なんて指摘をしてしまいそうですが、捜査により得た手掛かりを積み上げて集約し、徐々に真相に向けて収束させていくというスタイルは、地味ながらも推理小説のお手本ともいえます。
それに、この小説は、典型的な群像劇とはいえないものの、ときには刑事ごとの挿話を交えながら、刑事たちが警察組織の一員として個別に捜査をしていくという流れにしていることからしても、湾岸署を舞台にした「踊る大捜査線」のような(たとえが悪いですが)、一警察署物語と呼ぶにふさわしい小説でもあります。
国内ではいろんな警察小説が蔓延し、とくに今では、キャラクタ重視の、特定の一刑事だけが活躍する刑事ミステリーが主流となっていますが、そういうのは探偵小説かハードボイルド小説の傍流といったほうがよく、本来は本作のような小説こそを警察小説として区分すべきなのではという気がします。

本シリーズの初読作品として著名作である本作を選びましたが、こういうシリーズは第1作から読むほうがさらに楽しめそうです。シリーズの他の作品は、おそらくミステリーとしての評価が本作より低いだけで、警察署物語としては十分に楽しめるものと想像できます。


No.346 7点 陽だまりの偽り
長岡弘樹
(2013/04/11 13:18登録)
スリリングな展開に胸踊らされ、窮地に陥った主人公がどのようにラストに向けて収拾をつけるのか、この作者ならきれいに締めくくるはず、と期待に胸膨らませながら読んだ、「陽だまりの偽り」と「淡い青のなかに」。「淡い青のなかに」はもうひと押しだった。
「プレイヤー」の読み始めでは上記2作と似た印象を抱き、このスリリング感がこの短編集のテーマかとも思っていたが、実はラストでは本格ミステリー的な捻りがあった。
「写心」は、犯罪小説の形態をとっているが、最後はきちんとまとめてある。前3作とは異種の作品だった。
そして最後は、「重い扉が」。この作者的などんでん返しがある。これには驚かされた。しかも心地よい。短編集「傍聞き」に入っていてもおかしくない作品である。
全作、人間の弱さがうまく表現されていた。

「重い扉が」がベスト。「陽だまりの偽り」が次点。
「重い扉が」は短編では個人的に久々のヒット作だった(もちろん「傍聞き」の4編よりも上)。ふだんなら殺人が起こらないミステリーに物足りなさを感じるものだが、これならむしろ殺人がないほうがよい。日常の謎のように甘っちょろくないのもよいし、安楽椅子物のように緊迫感の欠ける展開でないのもよい。


No.345 6点 銀行狐
池井戸潤
(2013/04/05 10:39登録)
ミステリー界にお堅い銀行の世界を持ち込んだのはこの作家の功績です。

トップバッターの「金庫室の死体」は、のっけからかなり強烈。銀行が舞台というだけでミステリー的にはなかなかのものという感じがしました。ただ、後続の作品を読み進むうちに、しだいに経済小説に毛が生えた程度というふうにも思えてきました。
考えてみれば、横山秀夫の組織小説には慣れているし、経済小説も一時期よく読んでいたし、この程度の銀行短編を読んで新鮮味を感じないのは当然なのかもしれません。
まあでも、短編集としては、平均よりはやや上という印象です。

個別には、
「金庫室の死体」は、タイトルも内容もミステリー。ラストまでほどほどの読み応えあり。
「現金その場限り」のトリック(トリックというほどではないかも?)には感心した。
「口座相違」は、銀行内のちょっとした相違(ミス)から話がいろいろと発展してゆく。わくわくさせてくれた。
表題作は、長編でも成り立ちそうな内容で、長編にすれば物語性を出してラストを含めもっと面白くできたのかも、という印象。短編としては切れ味に欠けるかも。
「ローンカウンター」は連続殺人もの。真相解明への切り口がわざとらしい気もするが、作者が元銀行マンなので仕方なしか。刑事よりも銀行員が活躍するところもちょっとねぇ。それに、真相(犯人)自体に面白みがない。と、文句は多いがこの作品は印象深い。デビュー長編「果つる底なき」の主人公・伊木をさりげなく登場させているしね。


No.344 5点 野薔薇の殺人者
藤田宜永
(2013/04/01 10:19登録)
持ち前の正義感からあやまって事件を起こしてしまった経験がある元船員で現コンビニ店員が主人公の連作ミステリー。表題作をふくめ計4篇。主人公は正義感があるだけでなく、たのまれればつい人助けをしてしまう世話焼きでもある。
そんな素人探偵が人探し的な事件を解決していく。いちおうハードボイルドってところか。ミステリー的にも、最後にはちょっとした解決があるが、それよりも社会派寄りな愛憎絡みの人間ドラマって感じが強い。
キャラクタは印象に残ったけど、みな似たような筋なので、次作を読み始めると前作の話の内容を忘れてしまい、なにも残らない。記憶力の衰えの問題なんだけどね(笑)。


No.343 5点 氷の家
ミネット・ウォルターズ
(2013/03/26 10:51登録)
発端の死体発見シーンは、魅惑的な本格ミステリーを期待してしまいます。
しかし、読み進めていけば、謎解き中心というよりは人物描写を全面に出した作品ということがわかってきます。
登場人物のあくの強さばかりが表現されたリアルな描写には閉口します。つねに登場人物の中にスカッとした人物を求めているわけではありませんが、人物描写が巧みすぎるせいで、ついていけないという面がありますね。クリスティぐらいの表現力であればいいのですが。
そんな登場人物たちの心境描写が入り乱れているのも問題です。いったい誰に感情移入したらいいのかわかりませんし、主人公が女3人なのか、刑事たちなのか、それもなかなか見えてきません。

問題点ばかりを並べましたが、そんな問題は前半に集中しています。覚悟して読み進め、クセのある人物に慣れてしまえば、入り込んでいけるのが不思議です。
実際に、物語が進むにつれて、登場人物間の面白い関係が見えはじめ、クセのある2グループ(女たちと刑事たち)のやりとりの面白さを楽しめるようになりました。
複雑な人間関係とあくの強さを、がまんしながら好意的にみながら読んでいくか、がまんせずに毛嫌いしてしまうか、そこが評価の分かれ目でしょう。
個人的にはぎりぎり前者。でもミステリー的には物足りなさを感じました。


No.342 6点 あるスパイの墓碑銘
エリック・アンブラー
(2013/03/18 10:31登録)
謎解き風味をきかせたスパイ物といった感じです。
スパイ事件に巻き込まれて、しかたなく警察のいいなりになり、ホテル内でのスパイ探しを目的としたスパイ活動を始める主人公の青年・ヴァダシー。
この青年がなんともたよりなくて、読んでいるほうがやきもきするぐらいにスパイ探しは難航し、いい方向には進展しません。主人公のたよりなげな性格による可笑しさは格別でした。
タイトルから、いい雰囲気の(ユーモアなどが排除された)スリラーを想像していただけに、まったくの想定外でした。とはいえ、主人公の危なっかしい行動によるスリルとサスペンスは味わえたし、時代背景による緊迫感も伝わってきて、想定外のストーリーにも満足できました。ホテル客ごとのエピソードも楽しめる要素でしょう。

真相にはちょっとした捻りもありますが、本作を普通の謎解き推理小説だと見れば、まず期待はずれとなるでしょう。ノンセクション・サスペンス・ミステリーぐらいのつもりで、主人公のヴァダシーに感情移入しながら読めばけっこう楽しめると思います。


No.341 5点 魔術的な急斜面
紀田順一郎
(2013/03/09 13:13登録)
題名からは、「ビブリア古書堂」のような連作短編を想像していたが、読み始めると、古書店の店員同士がしのぎを削りながら十冊の古書を収集していくという長編小説であることがわかった。そして、さらに読み進めると謎解き推理ものの様相を呈してきて、びっくり。とはいえ、推理は日常の謎といってもいい程度のものなのだが。

いちばん楽しめたのが、古書収集に絡む人間模様。可笑しな人たち、というよりもむしろ品性下劣な人たちが織り成すビブリオバトルはなかなか楽しかった。
書籍といえば知的なイメージを持たれそうだが、古書を必死に買い漁る人たちなんて、みなこんな感じなのかな。
全体的にちょっと陰気くささもあったが、そんな陰気くささよりも、ユーモアというか、古書収集に必死になっている人たちから発せられる自然な可笑しさが勝っていて、息抜きにはもってこいのミステリーだった。

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