臣さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:5.90点 | 書評数:660件 |
No.380 | 6点 | 歯と爪 ビル・S・バリンジャー |
(2013/11/01 10:06登録) 奇術師のリュウは、ニューヨークでタリーという名の女性を助けた。その女性を奇術の助手にし、やがては妻にする。そして・・・、しだいに復讐物語へと進んでいく。 こんな話と、とある殺人事件の法廷サスペンスとが交互に展開する。 解説からはリュウが主人公であろうことが推測できるのだが、法廷には登場しないし、いったいどうなっているのだろうか。 後半にいたっても2つの話のつながりはわずか。謎は謎のまま終盤へともつれこんでいく。 本作はカット・バック手法を最大限にうまく利用したベスト・ミステリーと言えます。 わけのわからない2つの話を終盤にいたるまで引っ張られると、いい加減いやになるはずですが、本作は少しちがうようです。2つの話はわけがわからないなりに、独立して(特にリュウのパートが)ほどほどに面白い。とにかく、抜群のストーリー・テラーぶりでした。 プロット、トリック、語り口の3拍子がバランスよく整った、上質なサスペンス作品だと思います。 |
No.379 | 7点 | わが身世にふる、じじわかし 芦原すなお |
(2013/10/25 09:52登録) ミミズクとオリーブ・シリーズ3作目。 収録作品のほとんどが殺人事件を扱っている。主人公の友人の刑事・河田は、事件の推理は一切せず人任せにして、主人公の家で飲み食いするだけだが、主人公の奥方が河田の情報をもとに事件の謎を解く。 ということで、本作品群はミステリー度は弱いが、れっきとした本格ミステリー(厳密に言えばアームチェア系・ユーモア本格ミステリー)なのだ。 各編は、作者(主人公)の身の回りのことや季節に絡んだエッセイ風の話から始まり、ついで奥方や河田が登場し、料理や食材の談義へ入り、食事が進み落ち着いたころ河田が事件について語り始める、といった流れである。 そんな流れに、かならず乗せられ、あっという間に読み終わってしまう。やはり導入部分が効いているのかなあ。本格ミステリーというよりは、芦原氏が考案した新たな短編ミステリー分野、エッセイ・ミステリーとでも言うべきだろうか。とにかく文章も雰囲気もいい感じだ。 6作品の中では「いないいないばあ」がいちばん良かった。登場する料理は、ソースが決めてのお好み焼きだった。 ただ、読書中あるいは読後すぐには素晴らしいと思っても、時間が経てばなにもなかったかのように忘れ去るような作品群でもある。まあ短編集一般に言えることですが。 |
No.378 | 8点 | 一応の推定 広川純 |
(2013/10/21 17:15登録) 第13回(2006年度)松本清張賞受賞作。 男性が駅のホームから落下し、列車に撥ねられ轢死した。 事故死なのか自殺なのか。事件性がないことは警察が早々と解明している。保険の支払いの要否(自殺なら損保保険金は出ない)をめぐって、定年間際の保険調査員、村越が聞き込みをしながら調査する。その聞き込みスタイルは刑事のそれと変わりはない。 タイトルの「一応の推定」は法律用語を連想させ、内容もそれに合った重苦しい社会派モノを予想していたが、そんなことはなかった。わずかずつだが聞き込みにより謎が解明していき、そして最後にはどんでん返しもある。そんな内容に満足した。伏線もよかった。 聞き込みにより、絡まった糸が少しずつほぐれていくというストーリーと、流れるような話の展開にぐいぐいと引き込まれた。読みやすいというだけではなく、読み応えがあった。 なお「一応の推定」というのは、保険会社側の自殺の立証が困難であっても、典型的な自殺の情況が立証されればそれで足りるという、裁判の際の判断基準のこと。 事故死か自殺かを探るだけの話だから地味であることにはちがいないが、この程度の謎をもとに長編ミステリーを書き上げた作者の筆力をむしろ讃えたい。 ということで、本格ミステリーとしても楽しめる、賞に値する社会派地味ミステリーという評価でいいでしょう。 |
No.377 | 5点 | 久遠堂事件 太田忠司 |
(2013/10/16 09:42登録) シリーズ第12作。 巨大な涅槃像の中に作られたお堂での大量惨殺事件。かなり大掛かりな密室設定です。 本格ミステリー直球勝負というところでしょうか。ただ、大量殺人ながらも、事件が単発で小ぶりな感があるのはいつものとおりです。 込み入ったところがなく、真相やトリックもいかにもという感じで特段の驚きがないのも、いつものとおり。いや少し劣っているかも。でも、事件が派手なので中途はそれなりにワクワクしながら楽しめました。 野上探偵や狩野俊介の、さらっとしたクセのないキャラクターにも慣れてきました。青少年向けの健全な推理小説にはこの程度が合いそうです。また、俊介少年だけが謎解きをするわけではなく、野上探偵が謎解きにそれなりに真面目に(ピエロ役ではなく)加わっているところは新鮮で好ましい感じがします。 ところで、涅槃像ということに大きな意味があるのでしょうか。振り返ってみると、そこがピンときませんね。たんに奇抜なだけという気もします。 |
No.376 | 4点 | 殺す人形 ルース・レンデル |
(2013/10/10 10:23登録) ホラー系サイコ・サスペンス。 全体としてあまり合わなかったが、文章によりじわじわと迫ってくる狂気は感じられた。『ロウフィールド館の惨劇』と同様、描写の巧さによるものなのか。 「十六歳の誕生日を間近に控えた冬、パップは悪魔に魂を売った。」と、『ロウフィールド』と同様、冒頭の一文には衝撃がある。主人公の顔のアザというハンデについても、『ロウフィールド』との共通点を感じた。でも、それらによる効果は薄めだった。 本作はホラー系だからもっともっと怖いはずだが、ストーリーに面白さを見出せなかったせいか、それほどでもなかった。 オカルティックな筋は決して悪いとは思わないが、じわじわとしすぎる展開のせいか(裏の解説に書いてあった事件の発生が中盤ごろ)、前半が退屈に感じた(後半も似たようなものだが)。 並行して進む、失業者のサイド・ストーリーはうま味がなく、しかも地味。だから、早くメインのストーリーにリンクしてほしいと願いながら読んでいた。つながってからもうま味なし。 プロットがしっかりした、スピード感のある展開の小説に慣れてしまったせいなのか。 情景描写はたしかに上手い。こういった文章だけでじっくりと読ませるエンタテイメント小説にも、もっと慣れないといかんなと、つくづく感じた。 |
No.375 | 7点 | シャイロックの子供たち 池井戸潤 |
(2013/10/03 09:41登録) 連作短編ミステリーとして、個人的にみて理想の形に近い。 読み始めで、かつて読んだことがあるような経済短編という感触があった。城山三郎、高杉良、それとも横山秀夫なのか、と。 でも、途中からは、これが池井戸短編なのかと納得し、満足し、好みのスタイルの連作短編集を堪能することができた。 ただ、短編ごとに主役が交代するので、あらかじめ小説のスタイルを知っていて読むほうが人物の識別にも役に立つはず。ある短編で脇役だった人物が、その後の短編では主役に抜擢、という感じだから。その人物が短編ごとに良く見えたり悪く見えたりするのには、頭が混乱しそうだが、そこが面白いところでもある。 昨年から、「果つる底なき」「銀行狐」と読んできたが、本書はこれらとは違い、(想像だが)これこそが池井戸作風といっていいのではないだろうか。ただ、ブームとなったドラマ「半沢直樹」でもお馴染みの痛快性はない。 メガバンクの支店を舞台にした、ミステリー要素たっぷりの、欲望あり、悲哀ありの企業内群像劇といった感じか。支店員たちの家族を含めたちょっと哀しい挿話が入っているのも特徴だろう。 ラストにはどんでん返しあり。このラストは想像できた。よくあるパターンで、じつは昨年公開された、同様のトリックを用いた映画を最近テレビ放映で観たところだった。でもこの映画は感動モノの大作で、ミステリーが売りではないのだが。 |
No.374 | 7点 | ロウフィールド館の惨劇 ルース・レンデル |
(2013/09/25 10:03登録) こんな衝撃的な冒頭は経験がない。倒叙物だからといって、動機や手口までがばらされることはあまりない。本作は、動機をしかも冒頭の一文で明かしてしまっている。これはほんとうにすごい。 でも、この一文では、読み書きできないことが遠因ではあっても、直接的な動機ではなかったのでは、ともとれる。それが原因で恥をかかされたぐらいで人殺しをするのかなぁ、なんて疑問も浮かんでくる。ということで、この一文を種々考察してみた。 ①ふつうに思いつくのが、文盲による歪んだ劣等感。それにより受ける恥辱が動機か。または文盲を隠しきれない状況になって発狂か。 ②読み違いにより、善意の文章を悪意ある内容に読み取った。 ③読み違いにより誤って(機器の取り扱いを間違って過失致死的に)、殺人が起きた。これは面白くない。 と、いろいろ想像しながら読んだが、やはり本作はサスペンスを楽しむミステリーだった。中途は抜群だった。その中途には、ストレートにハラハラさせるのではなく、ごくふつうの、なにげない日常が描いてあった。それでも、サイコ・サスペンスの波がじわじわと迫ってくる。国語の教科書に掲載され、ユーニスの心理状態についての授業ができるのでは? ミステリーとしては、やはり冒頭の一文が頭の片隅にあるからこそのサスペンス効果に尽きる。サスペンスを盛り上げた文章の勝利、そしてアイデアの勝利でしょう。最後の警察視点への場面転換はメリハリが利いていて、効果抜群です。 |
No.373 | 7点 | 天啓の殺意 中町信 |
(2013/09/18 10:08登録) 作者からすれば、大胆に読者を騙せて、ほんとうに気持ちのいいことでしょうね。 本書は、読者が謎解きに参加できる本格推理小説というよりも、たんなる驚愕ミステリーという気がします。この作品の注目点は、その驚愕を生み出したプロットにあります。 その驚愕とプロットには最高の興奮をおぼえました。こんなことに興奮するなんて、まだまだ、ヒヨっ子ですね。 ところで、この犯人、ちょっとやりすぎでは? しかもあの程度のことが発端だから、尋常ではありません。そういう心理状態だったということでしょうか。 まあ、リアリティのなさについては言わぬが花ですね。 (最後にネタバレ) 叙述トリックといっても種々雑多。この用語は推理小説界では一般化しましたが、本作に対してはピンときません。どちらかというと、プロット・トリックです。 本作のプロット・トリックは究極のすご技だと思います。でも感心したのは、そのトリックを読者に登場人物の言葉をかりて説明したこと。こんな技もあるのですね。こんなことができるということは、やはり異端の叙述トリックなのでしょう。このトリック開示がなかったなら、わけがわからないまま終わっていたはずです。 また本書では、登場人物の推理作家が自身の作品を読ませて、犯人に犯行をやらせています。リアリティのなさの極致ですが、実はこれもお気に入りです。 |
No.372 | 5点 | 黒い塔の恐怖 ジョン・ディクスン・カー |
(2013/09/14 17:10登録) ラジオドラマは2作(「死を賭けるか?」「あずまやの悪魔」)とも、冒頭から惹きつけてくれる。展開もよい。ラストはもちろん、ミステリー的オチがある。ただそのオチが物足らない。 その他の作品、「死んでいた男」「死への扉」「黒い塔の恐怖」「コンク・シングルトン卿文書事件」も似たようなもので、発端から期待を持たせてくれるが、概ねみな尻すぼみという印象。「黒い塔の恐怖」がちょっとマシなほうか。 恐怖系の物語の雰囲気はけっこう好みだし、しかも読みやすいから、読書に集中できそうなものだが、この程度の作品がつづくと、しだいに惰性で読んでしまう。そんな短編集だった。 夏の夜の怪談話として聞くのなら満足したかもしれないが、推理小説としては納得がいかず、雰囲気だけを楽しむことができた。ホラーだと思えばいいか。 小説部門がほどほどな出来なので、エッセイや書誌、乱歩の「カー問答」を抱き合わせて売ってやれ、という目論見だったのでしょうか。たしかにこれらがあれば、コアなファンなら見逃さないでしょう。 |
No.371 | 7点 | 雪の炎 新田次郎 |
(2013/09/10 09:56登録) 山岳小説の大家が書いた数少ない山岳長編ミステリー。 5人からなる登山パーティーのリーダー・華村敏夫は、なぜ一人だけ遭難死したのか。その謎を妹の名菜枝が探る。 序盤の遭難場面は迫力がある。その後は、名菜枝が探偵役となって、身内としての感情をまじえながら当事者たちを対象に聞き込みをする。 ラストでは山で裁判が行われる。 聞き込み場面では前半、当事者たちが名菜枝から見てみな怪しく、油断ならない人物のように描かれている。主人公がこれほど猜疑心を持って人に接するのには、ちょっと奇異な感じがした。被害者の身内なのだから、ある意味、自然な描き方ともいえるのだが。と、疑問を抱きながら読み進んでいくと、後半になってその人たちの人物像に変化が見られてきて、俄然楽しくなる。そのへんに構成の巧みさを感じた。 中途では、企業物の様相も呈してきて、狭義の社会派ミステリーという印象を受けたが、最終的には、動機や真相を主たる謎とした広義の社会派ミステリーといった感じがして、個人的には好ましく思えた。まあ、きわめて俗っぽく、2時間サスペンスになりやすい内容でもあるのだが。 人物描写や最後の詰めの部分にはひっかかる点もあり、推理小説として完成度は高いとはいえないが、そんなマイナス点が気にかからない何かがあり、ミステリー風人間ドラマにおおいに満足した。 |
No.370 | 4点 | 銀の檻を溶かして 高里椎奈 |
(2013/09/05 10:07登録) 薬屋探偵妖綺談シリーズ第1弾。 薬店を営む深山木秋と、その仲間の座木とリベザルの美少年3人組(座木だけは青年らしい)が探偵役。彼らはたんなる少年ではなく、みな妖怪だった。そんな妖怪探偵が殺人が絡んだ幽霊騒ぎの謎解きに挑む。 文章は軽いがリズムがあるとはいえない。 それに、本格ミステリだとすれば、とりとめのない会話が実は重要な伏線だったりもするので、軽いわりにあまり飛ばし読みはできなかった。 ストーリーに起伏がなさすぎるともいえる。平坦すぎるせいか、後半、2組の登場人物(妖怪探偵と刑事たち)がつながったときには、さすがメフィスト賞と感心したが、考えてみればよくあるプロットだ。でも、ラノベとして見れば上出来なのかもしれない。 読み終えれば、本格推理というほどではなく、やはり妖怪探偵のキャラにたよらざるを得ない本格もどきファンタジーだった。 美少年妖怪にも序列がある。秋がボス、座木が二番手、リベザルは下っ端。こんな関係の少年たちのやりとりは、ほどほどに楽しめた。 同シリーズは全14作もある。さらに続編(第2部)として、薬屋探偵怪奇譚シリーズというのもある。売れているのかもしれないが、よくやるなぁという感じがする。これだけ続いているのなら、そして本シリーズの他作品の出来がよいとのアマゾン評を見れば、あと1作は読んでもいいかなという気にはなる。 |
No.369 | 6点 | ジーヴズの事件簿 才気縦横の巻 P・G・ウッドハウス |
(2013/08/30 10:01登録) 主人公のバーティ・ウースターに仕える執事・ジーヴズは、安楽椅子探偵ならぬ、影の司令官のような存在だ。バーティにも読者にも見えない彼の策謀によって、お気楽なご主人さまはたすけられる。 バーティの判断ミスや暴走を食い止めるために荒療治もする。バーティはおどらされ、翻弄させられるが、最終的にはジーヴスにたすけられることになる。 といった流れがほとんどで、計7編からなる。かなり古い作品だが、古さはまったく感じられなかった。 『ジーヴズとグロソップ一家』がちょっとドタバタしたところがあり、お笑いの程度が高い。バーティは大失態をしでかしたかにみえるが、じつは・・・。 『バーティ君の変心』は、ジーヴズ視点で、バーティのあわてぶりが楽しめる逸品。 全編、大爆笑とはいかないが、くすぐったいような笑いを誘ってくれる。とぼけたユーモアとでもいうのだろうか。 国内の執事お笑い物の『謎解きはディナーのあとで』よりもミステリー性は低めだが、お笑いの質でいえば、個人的には本作のほうが好み。 そのキャラで物語を盛り上げてくれる、バーティの親友・ビンゴやアガサ伯母も笑いの種としてなくてはならぬ存在だ。 |
No.368 | 5点 | 龍神町龍神十三番地 船戸与一 |
(2013/08/26 10:28登録) 因習が根付く僻地・龍ノ島(五島列島の架空の島)が舞台。 無抵抗な強姦殺人犯を射殺して刑に服し、出所してきた元刑事・梅沢信介が、高校時代の同級生である龍神町の町長から島で起きた変死に関する調査の依頼を受けて、ひとり島へやってくる。その島にはワルたちがのさばっていた。 梅沢はその町を浄化してゆく、となれば、まるで「荒野の用心棒」か「赤い収穫」の焼き直しですが、そうとはならず、奇妙な人物が続々と登場し、殺人事件がつぎつぎに起こり、不可解で、人間関係のどろどろした推理ドラマへと発展していきます。 予想以上のミステリー性が感じられ、楽しめました。 少し余談です。 本作の映像化作品(テレビ局の50周年記念)の再放送をテレビで先に観ていました。 ドラマは人間関係や背景の描写の省略が多く、酷い出来でした。映画でみられるような背景描写の省略とはちがい、あまりにも唐突だったり、尻切れトンボだったりと中途半端このうえなしです。 それに、10年前とはいえ、椎名桔平にあんな異様で無様な役を演じさせるのもどうかな、と。まあ、いまでも、「謎解きはディナー・・・」の風祭警部みたいな変な役を演じてますけどね(笑)。二枚目になっても役を選ばない立派な役者ということなのでしょうか。 とにかく、このドラマにくらべ原作はまともでした。 |
No.367 | 5点 | 林の中の家 仁木悦子 |
(2013/08/19 13:09登録) 本格ファンを唸らせる作品なのではと思います。 とにかく仕掛けがたっぷり。それら仕掛けをもとに最後に種々の事象が理由付けされ、収束していき、一件落着するという、本格ミステリーとしては絵に描いたような理想的なスタイルで描かれた作品です。 作品はひとことで云えば一族モノですが、どろどろ感をほとんど出さずに描かれていて、本格物らしからぬ、さっぱりとした印象を受けます。体型的にもユーモア溢れる仁木兄妹・探偵コンビのキャラクタによるものなのでしょう。 欠点は、容疑者の対象となる登場人物が多すぎること、(複数の事件が発生するとはいえ)地味なこと、そして謎解きが難問すぎること、でしょうか。ストーリーは面白くてたまらないということは決してありませんし、これほど地味で難解であれば、読者は謎解きには参加できないばかりか、小説としての面白さも見出せないかもしれません。 とはいえ、難解すぎる作品ほど血湧き肉踊るという本格ファンであれば、特段の問題もないでしょう。 |
No.366 | 6点 | サム・ホーソーンの事件簿Ⅱ エドワード・D・ホック |
(2013/08/09 10:35登録) 事件簿Ⅰにくらべると、ホーソーン医師の謎解き解法にやや難ありか? 飛躍しすぎの感もある。謎そのものに魅力があるから、10ページほど増やせばもっといいものが書けたのにとも思う。でもこの程度の短さは読みやすくてじつに魅力的なのだ。 それに、レンズ保安官、看護婦のエイプリルなどの常連メンバーにも慣れてきた。サムのロマンスや、レンズの結婚などのサイド・ストーリーも種々盛り込んであれば、サム自身が事件に巻き込まれることもある。そのへんを含むストーリー性でいえば、本短編集のほうが出来がいいともいえる。 個別には、「伝道集会テントの謎」と「ハウスボートの謎」はあまり感心しない。その他も抜群の出来とはいえず、ごく平均的なレベルだが、総じて突拍子もない謎が提示されるので、それだけで楽しいという感じがする。 のんびりとした時代、おだやかな土地柄にあって、事件だけは凄惨で強烈(日常の謎もあるが)。この設定は個人的嗜好からみて、ミステリーとしては理想的なスタイルだ。 このシリーズにはまだまだ続きがある。他のシリーズ作品集もある。当分は楽しめそうだ。 |
No.365 | 5点 | 流転山脈 梓林太郎 |
(2013/08/02 13:59登録) 発端はタクシー運転手殴殺事件。その運転手は客との応対をテープに録音していた。この重大な手がかりをもとに、群馬、長野両県の捜査員が聞き込みをしながら、点が線につながっていき、真相が少しずつあきらかになっていく。そして、さらなる事件も起きる。 こんな捜査過程の描写が物語の大半を占めます。トリックや凝った殺人手段などはありませんが、この地味な捜査主体のストーリーには結構楽しませてもらいました。 タイトルの「流転山脈」は、もちろん比喩です。山が舞台というほどではなく、登山が少し背景にある程度であって、「山脈」も内容にほとんど関係ありません。実は山岳物を期待していて、肩透かしになりましたが、まずまずの満足度でした。 後半にさしかかったあたりで、犯人の目星がつきます。その動機は最後に背景とともにきれいにあかされます。この動機には理解しがたい面もありますが、こういう経験をしていれば、そうなんだろうなぁという感じもします。 事件の背景には、近年でも十分に通じる社会性がありました。永遠不滅なテーマかもしれません。 真相は悲しく、暗鬱な気分になりそうですが、たまにはこういう小説もいいでしょう。 |
No.364 | 3点 | 豊後水道殺人事件 木谷恭介 |
(2013/07/29 17:28登録) このトリックはいくらなんでも無理(気付かれる可能性は高い)だろ、という感じです。 それに宮之原警部シリーズだからといって、捜査が手詰まりとなったところ(後半)で警部を登場させ、スピード解決させるのはいかがなものでしょうか。 探偵シリーズものでは、名探偵が後半に登場するというパターンはよく見かけますが、本作についていえば、中盤までの主人公、大鷹鬼平にこつこつと最後までがんばってもらったほうが、地道な捜査と推理を楽しめたような気がします。 なお、期待していた旅情は、まずまずといったところでしょう。 本作に登場するアンティーク時計、これは嘘っぽいなぁ。 同シリーズは、まだ2作を読んだだけで、いまだ宮之原警部の個性はよく理解できず、どんなタイプなのかわかっていません。 登場人物の発言から、名探偵であることだけはたしかなようです。宮之原警部に対するキャッチ・フレーズ、『シャーロック・ホームズもエルキュール・ポアロも裸足で逃げだす名探偵』には笑えました。 |
No.363 | 6点 | 赤い収穫 ダシール・ハメット |
(2013/07/23 10:09登録) バイオレンス性は知っていたせいか、実際に読んでみるとそれほどでもないと思った。でも非情さだけは伝わってきた。 この作品から影響を受けた映像作品は多い。クロサワの「用心棒」はもちろんだし、マカロニ・ウェスタンや「木枯らし紋次郎」なんかも似たようなもの。でも、映像化されたものはイメージが出来上がっているので、やはりちがう。 文章を削りこんだ小説技法。読者は自分なりにイメージすればいい。これこそが小説の醍醐味。その点がこの小説の凄いところだ。 顔色ひとつ変えない冷めた探偵が、ワルが牛耳る荒んだ街にやってきて、その後、その街に深く関わり街を浄化していく。ストーリーは登場人物が多いわりにわかりやすいが、その古臭さはどうしようもない。 アクション小説をはじめてハードボイルド文体で書いたという歴史的意義はある。ただ、今にいたるまで、大きな変遷があったこともたしかなようだ。 いつもは、気取りすぎのハードボイルドなんていやだ、なんて思っているが、やはり本作のような硬派すぎるものよりも、カッコつけてる軟派気味な作品のほうがいいのかな(笑)。 小説でいえば、本サイトでも人気の「長いお別れ」。映画でいえば、「カサブランカ」(はたしてハードボイルドといえるか?)。ハンフリー・ボガードが演じた、女にふられた過去をひきずる女々しい男が、ときに小洒落たセリフを吐きながら、最後の最後にビシッと決める、そういう話がいい。 |
No.362 | 5点 | 殺人山脈 梓林太郎 |
(2013/07/17 09:53登録) 山に絡んだ殺人、3連発。 山岳ミステリーだが、トラベルミステリーのように旅情たっぷりということはなく、あっさりしている。 事件を追うのは、警視庁捜査1課の刑事・白鳥完一と、白バイ隊員・月村の二人。山好きという共通点で結ばれた異色コンビだ。 殺人手段は凝っている。トリック的には最初のやつが面白い。他の2つはやや専門的で、そのことには惹かれるものの、すぐにトリックは明かされるので、あっけなく感じる。 凝った殺し方なのに、わくわくしないのは、すべて主人公に都合よく流れていくからなのか。中盤で3つ目の事件が起き、ちょっと寄り道。すこしは唸らされたが、ミステリーなら、あのぐらいのことはあって当たりまえ。 刑事モノなのに組織的な捜査はなく、1課内で孤立気味のアクのある刑事が、言いなりになりそうな山好きの適当な相棒を見つけて、適当に捜査しているという印象が強い。そんなところが売りなのかな。ボケと突っ込みを演じる主人公の二人も魅力のひとつ。 まあ適度には楽しめました。 |
No.361 | 5点 | 恋 小池真理子 |
(2013/07/11 19:53登録) 第114回(1995年10月)直木賞受賞作品。 学生時代(1972年)に、恋愛のもつれから殺人を犯した布美子が、服役後、死の直前に、事件の真相を語る。 序章で、まず惹かれる。この導入部を読んだだけで、ぞくぞくする。 本章(回想)の序盤も、序章の勢いで気持ちを昂ぶらせながら読んだ。ただ、中盤では、私(布美子)と、事件の当事者である信太郎・雛子夫妻との理解しがたい異常な関係の描写が延々とつづき、早く真相を知りたいという気持ちも手伝って、苛立ちが募る。 たんなるドロドロな恋愛話ではない。アンニュイ、虚無、退廃、堕落・・・、こんな言葉があてはまりそうだし、あっけらかんとした感もある。 必死になって読みとおした。真相にたどりつき、読み終えると、この小説にあの真相が必要だったのかと考える。推理作家だった作者はミステリーとして構成するために、あのオチ(真相)を付けたのだろうか。 終章も、心に残った。 迫力はあった。でもピンとこないなぁ。主人公の心情を思う気持ちよりも、あんな男を殺して一生を棒に振るなんて・・・という気持ちのほうが強い。 序章と終章がよかったので7点献上、とも思ったが・・・。 |