臣さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:5.90点 | 書評数:660件 |
No.440 | 4点 | 幸福な朝食 乃南アサ |
(2015/01/27 09:22登録) 結構怖い小説です。狂気を感じました。 でも、衝撃があるような、ないような掴みどころのない感じもしました。 美貌が売りの沼田志穂美は女優を目指して上京するが、顔がそっくりな柳田マリ子が先に女優になり、その結果、女優としてはうまくいかず、人形使いとして芸能界に残る。 人形使いとしてそこそこうまくやっているのですが、夢を達成できなかったという挫折感があるのか、性格が屈折してしまったのか、とにかく志穂美の暗さは際立っています。 美人であっても、こんなことになるのでしょうか。結局は性格なんですね。こんなことになるのなら、もはや美人とはいえないのかもしれません。 登場人物が少なく、話も地味そうだし、読者を退屈させずにこの長さをどうやってもたせるのかと最初は不安でしたが、いちおう長編として体をなしていました。さすがはこの作者だなと思います。 視点が細かく変わりすぎることと、時系列がやたらと前後することは、たとえこの作者の特徴であっても、あきらかにやりすぎのように思います。 小説というのは、視点をどう変化させるかも自由、事象を順に書くも書かないも自由、人間をどう表現するか、それをていねいに表現するもしないも自由、ようするになんでも自由というふうに聞きますが、この作品は、そういう自由度を利用しすぎたのでは、そして技巧に走りすぎたのではと思いました。 それとも、まだまだ発展途上で、稚拙なだけの小説だったのでしょうか。はっきりいってよくわかりませんw まあこういう長編小説があってもいいのかなと感じた次第です。 |
No.439 | 8点 | 闇に香る嘘 下村敦史 |
(2015/01/13 10:51登録) 感動感涙の社会派本格ミステリー。 満州から無事に帰国できたがその後、全盲となった主人公と、満州で生き別れその後、中国残留孤児として帰国した兄。 この二人の関係が明かされる序盤だけで、戦争を背景とした壮大なミステリーを期待した。 中盤は盲人視点によるサスペンスがあるわりに退屈な感があったが、終盤で大逆転。 終盤の疾風怒濤の展開と、驚愕の真相開示には息を呑んだ。乱歩賞選者や評論家に大絶賛された意味がよくわかった。過去の受賞作とくらべてどうのこうのではなく、これほど強烈な作品なら当然のことだろう。 人間ドラマであるという評も聞かれるが、それにもちがいなし。いや大河小説といってもいいのではないか。 もちろんミステリーとしても申し分なし。選評にもあるが、数ある伏線とその回収はお見事。 盲人の視点だから、仕掛けは叙述トリックともいえる。前述したが、サスペンスにも大いに寄与している。 アイデア勝ちではあるが、決してそれだけではないと感じた。 難癖をつけるとすれば、私、村上和久が兄を疑う経緯が安直すぎるところだろうか。ドナー検査の拒絶を兄を疑うきっかけとすることはいいとしても、人間ドラマなら、そこを起点として、もうすこし葛藤が描かれていてもいいのではないか。 とはいえこれは前半での微細な疑問点。絶賛評価に影響はない。 謎が解けてしまえば、エピローグは予想し得るものかもしれない。でも、そんなことはどうでもよく、この後味のよいエピローグにも拍手を送りたい。 (以下の文章、もしかしたら真相を示唆しているといえるかも) 近時、日本人を元気づける意味で、「こんなところに日本人」みたいな番組が多くテレビ放映されているが、この小説も一役買えるのではないだろうか。しかも中国人にも喜ばれそう。 |
No.438 | 6点 | 愛されてもひとり 新津きよみ |
(2015/01/07 10:30登録) 絹子は引退後の夫と二人で田舎暮らしをしていたが、夫が急逝する。夫にたよりきりだった絹子は心細くも、いままでどおりの田舎暮らしをつづける。長男とその嫁の由梨や、俳句仲間の美千代は一人暮らしに反対する。美千代の息子の嫁・里美が唯一の味方だが、その味方も自ら遠ざけようとする。 謎の隣人家族による奇妙な雰囲気もあれば、若い男性画家の突然の訪問による事件の匂いも感じられ、なんともいえない怖さはあるのだが・・・ ホラー・サスペンスとして臨んだので、何かが起こるだろうと期待しながら読む中途はそれなりにサスペンスフルに感じた。でも、ストーリーそのものに怖さやスリルはなかった。か弱き老年女性の日常の物語だった。 あっと驚く結末があればいいが、それもなし。いちおう伏線付きのオチはあるが、最後の数ページでのあの急展開はわざとらしくておもしろくない。 新津きよみ → 角川ホラー文庫 → 体をのけぞらせるほどの恐怖 と決めつけていたが、この程度の日常のサスペンスだったのか? そのへんのことは初めての作家さんなのでよくわからない。 ちなみに本書は角川ホラー文庫ではなく、祥伝社文庫ではあったが。 このサイトで満足できる水準かというと、そうではないだろう。新津ファンなら、本作をホラーとして楽しむのだろうか。個人的には息抜き程度の作品だと思うのだが・・・。 とはいうものの、中途はそれなりに楽しめたし、読書による刺激が感じられないわけでもなかった。 |
No.437 | 4点 | 東京島 桐野夏生 |
(2014/12/26 10:05登録) 谷崎潤一郎賞受賞作。 普通の長編だと思っていたが連作短編スタイルの小説だった。 解説によれば、最初は文芸誌「新潮」への掲載で読み切りだったらしいが、それが連作形式で続いたということ。 この解説を先に読んでしまったので、純文学のように、だらだらと話が進み、落ちもなく終わるのだろうと想像していたが・・・・。 舞台は無人島。そこへ種々雑多な人たち(女一人、男30人)が漂着し、生活していく。サバイバルものだが、冒険小説みたいなのではなく、あくまでも漂着者たちの人間模様が中心に描いてある。 第一章は夢中になって読んだ。「猿の惑星」のような、ちょっとした落ちもあった。 でも想像したのとはちょっとちがうなぁ。見た目はエンタテイメントなんだけどね。期待しすぎたのか。 小説を楽しむというより、自分に置き換えて読む楽しみ方のほうが大きい。なんの文明もない島で、はたして生きていけるのだろうか。トカゲを食べられるかなぁ。自分は早々と死んでしまう隆なのか、それともずるく図太く生きる清子やワタナベなのか、と考えてしまった。 雑誌連載でここまで書ければ十分だとは思う。ただ、エンタメ、ミステリーを望む人にとっては、もっとしっかりプロットを書いてくれ、と言いたくなる。 |
No.436 | 6点 | 五色の雲 ロバート・ファン・ヒューリック |
(2014/12/11 10:00登録) 本格短編ミステリーとしては、典型スタイルといえます。 決定的な(といえない場合もあるが)ワンポイント伏線があって、それが事件解決の決め手となる、というものが多い。 些細なものもあり読み飛ばしがちです。これが映像だと、伏線に相当する映像が大写しだったり、会話の場合には言葉が強調されていたりして、記憶に止まるのですが、小説の場合はそうはいきません。それをほめるべきか、物足らないとみるべきか。 とにかく、ミステリーの読み手として、あまりにも注意力不足であることにはちがいありませんw 全8作品のうち、とくに印象に残ったのは次の3話。 『赤い紐』。このタイトルはうまい。殺し方は理解しがたし。 『西沙の柩』。ディー判事は少し聞き取りしただけでスピード解決。真相を開示する前に、他の事件を挿入するところは絶妙。これがベスト。 『小玉』。あの真相、〇〇つながりで、三国志のある場面を思い出した。 わずか2,30ページで筋の通った本格を期待するのは無理なのでしょうが、唐時代版中国系ホームズぐらいに思って読めば問題はありません。2,30ページながらも、みなプロットにひと工夫があって、そこに惹かれます。 全話の共通点は男女絡みの通俗性があることです。多くの読者を惹きつけるための秘訣なのでしょう。 いまのミステリーなら、1時間もののドラマ「相棒」なんかが好きな人には、たぶん喜ばれると思います。 |
No.435 | 7点 | ほおずき地獄 近藤史恵 |
(2014/12/01 11:56登録) シリーズ第2弾。 今作も前作同様、場面、視点はころころ変わり、時系列も前後入り乱れていて、構成は複雑。 でも決して悪い意味ではなく、なかなかうまい手法で、決まっています。 短いなかに、旨みがぎっしり。作ったあとに十分に吟味して削り込んだのではないかと思います。 同心・千蔭が追う事件は、吉原のほおずき絡みの幽霊騒ぎと、茶屋の主人夫婦の殺害事件。さらに、不気味な白髪の夜鷹が登場する。この老婆が事件にどうかかわってくるのか。 そして驚きの真相が待ち受けています。この真相は、小説でも、現実の事件でもたまに見かけることがあります。 偏屈な千蔭を支えるのは、女形役者の巴之丞、花魁の梅が枝、千蔭の父・千次郎、小者の八十吉の常連メンバー。キャラも固まってきたようです。 今回はサイド・ストーリーとして千蔭の縁談話があり、これにもサプライズな落ちがつく。 作者のサービス精神でしょう。 とにかく作者の女性らしい文章テクニックが冴えわたった作品でした。 サイド・ストーリーを含めたストーリー・テラーぶりからすれば、女・東野圭吾といってもいいのではないか。 まだ2作しか読んでいないのに、ちょっとほめすぎかもしれませんw |
No.434 | 5点 | 真珠の首飾り ロバート・ファン・ヒューリック |
(2014/12/01 10:37登録) ディー判事シリーズ第13作。 ディー判事は、真珠の首飾りの盗難事件の捜査依頼を受け、事件に巻き込まれながらも大活躍する。判事による捜査は、潜入捜査のような、医者になりすましてのお忍びの捜査です。 中編ほどの分量ですが、真珠盗難事件だけでなく、殺人事件と失踪事件とが絡ませてあります。個人的にもっとも興味深かったのは、ディー判事が最初に出会う老道士の正体です。これについては最後の最後に明かされます。 といった感じに多くの謎が盛り込んであり、しかも簡潔にまとめてあり、なかなかのものと言いたいところですが、知らないうちに解決にいたってしまうような感じがし、名推理というほどではないのではと思ったりもします。 真珠の隠し場所はお見事ではありましたが。 ということで本格ミステリーとしては、やや物足りませんが、冒険要素や中国の時代感を楽しめたので、時代娯楽小説としては上出来でしょう。 ただ、唐の時代背景が、はたしてこんな感じだったのかというのは疑問です。挿絵でごまかされているような気がしないでもありません。 時代物は国内ものも中国ものも好きなので、今後も楽しく読んでいけそうです。 ちなみに、近くの図書館の書架には数年は楽しめそうな、多数のHPBが並べてありました。 |
No.433 | 6点 | もっと厭な物語 アンソロジー(出版社編) |
(2014/11/15 19:31登録) 『厭な物語』が好評だったとのこと。 今回は、国内からも夏目漱石、氷川瑯、草野唯雄、小川未明の4名が参戦。 外国作家は、エドワード・ケアリー、シャーロット・パーキンズ・ギルマン、アルフレッド・ノイズ、スタンリイ・エリン、クライヴ・バーカー、ルイス・バジェットの6名。計10作品です。 前回では後味の悪いものが中心かと感じたが、今編は文芸作品系、ホラー系、世にも奇妙な物語系、グロイ系、童話系など種々雑多で、厭さの質もいろいろだった。 漱石の『第三夜』、エリンの『ロバート』、未明の『赤い蝋燭と人魚』がいい雰囲気で(もちろん怖いが)好み。 草野の『皮を剥ぐ』はタイトルどおりで、『羊たちの沈黙』も真っ青という感じ。腰が引けるが、でも知らない間に夢中になっていた。バーカーの『恐怖の探求』は長めの、かなり厭な感じの一編だが、けっこう読みやすかったりする。これら2編は嫌がる人が多いだろう。 それでも、いろいろあるので、どれかには興味が持てるのではと思います。 それにしても、夏目漱石と草野唯雄が同じアンソロジーで同居するとはね。それが一番の驚きだった。 短期間で2冊読んだが、こういう作品集は、少し時間を空けて忘れたころに読んだほうがよかったようです。 それともうひとつ情報が。 本サイトでも何作か書評を書きましたが、草野氏は2008年に亡くなっていたようです。wikiも本書から情報を得たようです。 |
No.432 | 6点 | 猿若町捕物帳 巴之丞鹿の子 近藤史恵 |
(2014/11/10 09:24登録) 軽めのミッシング・リンク物。 物語はシンプル、文章は流麗。読み心地は抜群だった。 ミッシング・リンク物なのに、シンプルという語句はほめ言葉にならないだろうが、解説にもあるように、よけいなものを削ぎ落として、透きとおった感が出ているので、いい意味でシンプルにみえてしまう。 まず、登場人物に江戸時代らしいおおらかさ、のびのびさが出ているのが好ましい。 主人公の同心・玉島千蔭は堅物だが、えらそうな物言いはせず、おっとりしている。性格が正反対で、くだけた感じの親父・千次郎もまた良し。人物設定のうまさを感じる。 町娘のお袖と、侍の小吉との関係にも笑える。彼ら二人が登場する最初の数ページで、この話はほんとうにミステリーなのか、と首をかしげた。 千蔭と小吉の二人はキャラが似ているようにも思えたが、その起因するところが大違いなのがおもしろかった。 謎解きよりも、そんな人物描写がいちばんだった。 本格物でもあるが、仰天の真相が待ち受けているというほどでもないので、サプライズを期待する読者には物足らないかもしれない。派手なトリックはもちろんなし。地味で渋めのテクニックに目を凝らしながら読むのもいいだろう。 とにかく、人情物ではないにしても、江戸の人間模様を愉しむぐらいに考えて臨むほうが絶対に楽しめるだろう。 |
No.431 | 6点 | 厭な物語 アンソロジー(出版社編) |
(2014/11/04 09:52登録) クリスティー、ランズデールなど11名の作品を集めたアンソロジー。 基本的には、後味の悪さを狙った作品集だが、中途での厭さを感じられるのもある。 11編もあるので、読み進むうちに厭度は積み重なってくる。 ローレンス・ブロックの「言えないわけ」は、他の作品にくらべ物語自体がおもしろく、個人的にはベスト。なんとなく先を予想しやすいが、最後の最後は想像がつかなかった。この終わり方にはどう反応していいのだろうか、不気味さ、怖さが引き立ててあった。 次点は、カフカの「判決」と、リチャード・クリスチャン・マシスンの「赤」。「赤」は数ページの超短編でなんども読み返した。 ハイスミスの「すっぽん」は、少年視点でさらっと書かれているが、じつはかなり厭な感じがする。ルヴェルの「フェリシテ」は後味の悪さでは抜群の出来。 最悪な読後感を望んでいるという読書人の隠れた実態が、湊かなえの「告白」によって判明した。「告白」のこの効果は大きかった。 「告白」を読んだときはほんとうに驚いた。こんな厭な話でよく売れたな、と。てっきり、さわやかに締めくくるものと思っていただけに、衝撃だった。 本短編集でも満足感が得られたので、自分もごく普通の感性を持ち合わせていることがあらためてわかった。 「もっと厭な物語」という続編もあるので、それにも期待しよう。 |
No.430 | 5点 | 本所深川ふしぎ草紙 宮部みゆき |
(2014/10/27 09:42登録) 江戸人情物ミステリー。 サスペンスフルという感じはせず、あくまでも江戸の人情を楽しめるところが、「かまいたち」とちがう点。 収録作は、「片葉の芦」「送り提灯」「置いてけ堀」「落葉なしの椎」「馬鹿囃子」「足洗い屋敷」「消えずの行灯」の7編。 「片葉の芦」が味わい深くて良い。 ただ、江戸物にミステリーを掛け合わせると、やはり情緒や人情が勝ってしまって、ミステリーとして価値のあるレベルには到達しない。しかも短編なので、いつまでもこころに刻まれるかというと、そこまではいかない。 まあ、そういった不満点もあるが、短編時代小説としてみれば、標準以上の作品集であることにちがいはない。 |
No.429 | 7点 | シャーロック・ホームズの帰還 アーサー・コナン・ドイル |
(2014/10/20 09:49登録) ミステリー的な意味合いでいえば不足点も多いが、どれだけ印象に残るかという観点でみれば、秀作ぞろい。「冒険」に匹敵するかもしれない。 「空き家の冒険」。ワトスンとの再会シーンは堪らない。歴史に残る作品。ついに復活ののろしがあがった。 「踊る人形」。工夫があっていいのだが、こういうのは他の作家に任せておけばよいのに。 「美しき自転車乗り」。ドラマ版の記憶が頭に焼き付いているということもあるが、映像的な一面があってはずせない逸品。ただ、本格ファンには受けはイマイチかも。 「プライオリ学校」。しっかりと記憶に刻まれた作品。図面が載せてあったせいだろうか。ホームズもワトスンもよく頑張った、という印象。 「黒ピーター」。じつは思い出せない。典型作品との声もあるが、もしかして飛ばしてしまったのか(笑)。 「犯人は二人」。ちょっと意外な展開にびっくり。物語性は抜群。タイトルも良し。 「六つのナポレオン」。タイトルのみの記憶はあったが、数ページ読めば簡単にオチを思い出す。そこが残念。でも出来は良い。 「金縁の鼻眼鏡」。イチオシ作品。鼻眼鏡を見つけてすぐに自身の推理をスラスラと開示する。そこがホームズらしい。 「アベ農園」。依頼をいったん断った後、引き返すところがおもしろい。なんとなく雰囲気が好き。 「第二の汚点」。現代のミステリーにも通じる。タイトルもすこし今風。ホームズ物にはたまにたいそうな背景話(たとえばボヘミアの醜聞)がある。社会派絡み本格物とでもいうべきか。 新潮版なので以上の計10編。 やっぱりホームズ物は長編より短編だな、とつくづく感じた作品集だった。 |
No.428 | 8点 | 火車 宮部みゆき |
(2014/10/06 09:45登録) 失踪人の捜索といえば私立探偵の仕事。ただし、国内の推理小説で、現実感を重視すれば、『ゼロの焦点』のように当事者や一般人を捜索者に当てるのが自然です。本作ではその役回りを休職中の刑事にさせています。いいアイデアです。 警察組織を頼らずに捜索するので、その捜査は地道な聞き取りが中心です。読者は少しずつ解き明かされていく捜査過程を楽しむことができます。進展はゆっくりですが、それに合わせるようにじわじわとミステリー読書の興奮が湧き上がってきます。 これがいちばんの楽しみ方でしょう。盛り上がりなんて無くていい。あのラストも好みです。 本作についてはその他色々と感じるところはありますが、些細なことを1点だけ。 本間刑事の同僚の碇の初登場シーン。この場面は事件には関係ありませんが、この作家のうまさを象徴しているように思います。 宮部みゆき氏は社会派、時代物などなんでも書きますが、ひとことで言えばどういう作家なのでしょう。 ラストは大抵あっさり。謎解き解説はなし。だから本格派推理作家にはほど遠い。結局、ラストよりも中盤を重視したサスペンス作家なのでは、と思います。とはいえ本作は、主人公や読み手が感じるようなスリルはないので、狭い意味でのサスペンス作品とはいいがたいです。 と評価しましたが、じつは宮部長編は今回が初めて(映像ではけっこう観ているが)。本作のような力作を読むと短編をたよりなく感じます。むかし読んだ短編集は、内容はおろか表題すら忘れています。 久々の9点かと思ったが、それに及ばない何かを感じたので8点。 (追記) 本間の行動に執念が感じられたわりに、小説自体は社会派ミステリーとしての迫力に欠け、たんたんとしている。でもそれは、この小説の魅力でもあるようにも思う。 |
No.427 | 5点 | かまいたち 宮部みゆき |
(2014/09/26 09:31登録) 「かまいたち」「師走の客」「迷い鳩」「騒ぐ刀」の時代物サスペンス全4編。 サスペンスフルな「かまいたち」がいちばんの出来。町娘おようは勇気をもって、でもかなり危なかしく立ち回る。そこが惹かれるところ。想像どおりに予定調和な結末を迎えるが、それでも中盤があまりにもおもしろいので文句のつけようがない。 「師走の客」は最も短く、20ページ程度。いくら短くても、もっとうまく作れるはず、というのが読後すぐの感想だが、しばらく経つと気分よく場面がよみがえってくる。どうも映像的に記憶にきざまれてしまったようだ。絵本にすればまちがいなく売れるだろう。 残りの2編は、町娘お初のシリーズ物。超能力ジュブナイル作品といったらいいだろう。「迷い鳩」にはタイトルどおり鳩が登場し、「騒ぐ刀」には犬が登場する。動物系でもあり楽しく読める。 考えてみたら本書は動物シリーズなのか。「師走の客」は十二支(とくにヘビ)と犬、「かまいたち」はイタチ。う~ん、ちと苦しいか。 やはり、ごった煮かな。だから、ミステリーを期待しても、童話を期待しても、ファンタジーを期待しても、みな適度な裏切られ感がある。そこが残念なところだが、個々の出来としては標準といえる。 |
No.426 | 6点 | すべてがFになる 森博嗣 |
(2014/09/19 09:57登録) 理系ミステリーの走りだそうですが、このジャンル名が、すべての理系人を満足させる呼び方だとは思いません。コンピュータ・テクノロジーの分野は論理の世界なので、理系、文系で分けられないジャンルだと思います。 コンピュータ・テクノロジーは比較的好きな分野であるため、すらすらと読めましたが、そういった読みやすさを無視して、ミステリー性、物語性などで総合的に評価すれば、標準よりやや上かなといったところです。 それに前半のあの事象は、大筋ではあっても真相を予想させるもので、これはいかがなものかと思います。もちろん、微細な点は常人が想像できるような単純なものではなく、容易にたどり着けるものではありません。そのへんが狙いだったのでしょう。仕掛けはよく考えられています。 それと、嗜好の問題ですが、犀川のキャラクタがいまだに肌に合いません。 我を通したり、夢中になったりするところはあるのに、やる気満々という感じではない。適度にオタクで、適度にニヒルで、適度に熱意もあれば、適度に頑張りもする、といったキャラは、あまりにも中途半端です。 虚無丸出しで引きこもりな、コンピュータ・オタク探偵ぐらいに極端なほうがよかったのではとも思いましたが、それも読みたくないですね(笑)。 それと、細かいことですが気になっったので。 エネルギィ、キャラクタ、タイプライタなど、カタカナ語句の最後の長音符をあえて使わない、こだわり表記。でも、「メジャ」はひどい。そのくせ、「ヘリコプター」や「タワー」というのはある。どういう基準なのか? いろいろとけちをつけましたが、いままで読んだ同シリーズではいちおうベストです。 本書を後回しにして正解でした。最初に読んでいたら、その後、ガッカリ、ガックリの連続になっていたかもしれません。 |
No.425 | 6点 | 原始の骨 アーロン・エルキンズ |
(2014/09/10 10:10登録) 今作の謎は、ジブラルタル(海峡ではなく土地)で起きた殺人事件や、ギデオン自身に降りかかってきた殺人未遂事件 等々。けっこう盛り沢山です。 でも、謎解きがイマイチです。手も足も出なかったということもありますが、すっきりしません。 推理小説としての際立ったうまさは見出せませんでしたが、提起される謎自体はなかなか魅力的。それに、考古学とうまく噛み合っていることにも満足しました。 ネアンデルタール人と現生人類との混血を示唆する骨の謎や、その他開示される薀蓄もなんとも興味深い。事件の背景となるテーマは、いままで読んだなかではいちばんでした。 なお、本作から得た情報ではありませんが、ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスによって滅ぼされたという説があるようです。絶滅理由にはいろいろと説があって、いまだ謎です。辺境の地に今も生息しているという小説もありましたが、共存していたらどうなっていたでしょう。 本シリーズは安心して読めます。 本を前にしてのワクワク感は超本格物にくらべれば落ちますが、読みやすい点は一級品です。旅先でのジュリーを交えての軽めの(軽すぎはしない)会話によるものなのでしょうか。 個人的には海外版トラベル・ミステリーという位置づけです。 |
No.424 | 6点 | 探偵ガリレオ 東野圭吾 |
(2014/09/01 13:27登録) 読者が謎解きに挑戦することを前提とした作品ではないし、種明かしされた後でも、そうだったのかと唸るような作品でもない、ということを知って臨めば、マイナス点も少なく、理系、文系に関係なく楽しめるはずだが。 実は本書のような理系トリックはそれほど好きではない。理系のくせにわからないから、というのが本音だが。 でも、この短編集は、理系トリックに徹底的にこだわってチャレンジしたことに意義がある。作者の自己満足も多少はあるかもしれないが、個人的には、東野さん、よくやった、と賞賛している。 それに、捜査の過程を十分に描写して、犯人当てをする余地を残してくれているのはうれしい。伏線を見つけて楽しむ方法もあれば、キャラを楽しむ方法だってある。理系短編でこれだけの楽しみ方ができるなんてすごいこと。だから、理系ミステリーだからという理由だけで評価を下げるつもりはない。 ということで、評価は標準超え。 もしかして、トリックは理解できないながらも、潜在的な理系の血が騒いだのかもしれない(笑)。 出来は多少の差がある。『離脱る』はミステリーとしてはいまひとつなのだが、けっこう好みだ。トリック(とはいえないが)もわかりやすくていい。 最後に 理系ミステリー、理系トリックという用語が一般化しているが、個人的には、自然科学(系)ミステリー、自然科学(系)トリックと呼びたい。ただ、「自然科学ミステリー」だと、「〇〇の科学の謎を探る」みたいな、NHKのドキュメンタリー番組と勘違いされそう。 |
No.423 | 4点 | 汝の名 明野照葉 |
(2014/08/28 09:47登録) 主たる登場人物は、陶子と久恵の二人。 陶子は人材派遣会社の経営者。見た目が派手で、やや気分屋のところがある。久恵は精神的に弱く、人間関係のもつれで会社を辞め、陶子のマンションに居候し、陶子に仕え、家事全般をこなす。そんな二人だから、家の中でも上下関係ができ、いわばサド、マゾの間柄になっている。そして、その関係が徐々に変化していく・・・。 途中までは読みやすいも退屈な感もある。中ほどからは、読み手が感じられる恐怖感はほどほどとしても、サスペンスでうまく引っ張りながら読ませてくれる。 本サイトでは好まれないタイプの小説なのだろうが、個人的には守備範囲に入るし、夢中にもなった。 ただ不満も多い。 陶子が経営する人材派遣会社は、依頼人を見栄えよくするための恋人役や、老人が家族旅行を装うための孫娘役などの演技者を派遣する、かなり胡散臭い派遣業。この設定に意味があるのだろうか。演技者と依頼人との間でやがて心が通じ合うようになるラヴ・コメディの類だったらいいのだが。 中途に明かされるサプライズ(というほどでもないが)は、ほとんど意味がなく、なくてもいい。でもこれが売りのようでもある。最後のオチも読みやすい。 女性二人は見かけも性格も対照的でわかりやすく、そこが読者を惹きつけてくれるが、男性たちは、誰が誰だか記憶にとどめるのも困難。男はどうでもいいと思って描いたのか。 で、結論は。 読んでいてその場は楽しめるが、ただそれだけ。中短編で十分。 別々の事象を強引に結びつけ、さらに枝葉をつけて長編のプロットを構築したという感じがした。 |
No.422 | 5点 | ローマ帽子の秘密 エラリイ・クイーン |
(2014/08/20 13:29登録) 殺人は1件のみ、ポイントは帽子のみ。これだけのことに、この長さと登場人物の多さには辟易します。 作者は、読者に、純粋に、フェアな謎解きロジックだけを楽しんでもらおうと考えたのでしょう。万人に楽しんでもらおうとは一切考えなかったのでは、と思います。本作は、エンターテイメント小説としての、読者を喜ばせるためのプロットづくりができていないようです。 変な見方かもしれませんが、プロットが不十分なまま自己満足的に書き上げた純文学との共通性を感じます。 本格推理小説を目指して書いたデビュー作なんて、こんなものなのでしょうか。有栖川氏の「月光ゲーム」を読んだときも同じような印象を受けました。 もちろん、謎解きだけを目的に、地道にじっくりと読むファンには好まれることにはちがいありません。それに本作には、劇場という衆人環視の中での殺人という、題材の魅力があることもたしかです。 エラリー・クイーンといえども、全作が名作というわけにはいかないようですが、本作も魅力がゼロなわけではないし、謎解きはそれなりの出来だし、なんといっても歴史的意義があるから、エンターテイメント小説(ミステリー)の評価としては、「標準作品」と位置づけていいでしょう。 |
No.421 | 3点 | カリオストロの復讐 モーリス・ルブラン |
(2014/08/08 09:41登録) 有名な『カリオストロ伯爵夫人』と勘違いして手にしました。 ルパンは怪盗ではなく探偵役なのか、と読み始めで思い、さらに読み進むとそうでもなく、巻きこまれ型では、という流れになってきます。なんか変だなぁと思いつつも読み進みますが、ついに不安になり、いろいろ調べてみると・・・ 本作は、『カリオストロ伯爵夫人』を前提とした後日談のような位置づけのようです。しかも、シリーズ後半の作品で、いままでのシリーズ登場人物も絡んでくるようです。 ルパン・シリーズというのは、シリーズの進行とともに、主人公ルパンが年を重ね成長してゆくスタイルをとっているようで、シリーズそのものがルパンのライフ・ストーリーとなっているようです。 といったシリーズなだけに、『怪盗紳士ルパン』『奇岩城』の2作を読んだだけで本書を手にとったのは、馬鹿げた選択だったのかもしれません。 ルパンに深くかかわりのある人物が殺人事件に巻き込まれ、そのためルパン自身も渦中の人となるという設定で、その裏には実は・・・ まあ、単体でも面白そうな気もしますが・・・ とにかく一連の作品を読んでから、もう一度読んでみましょう。 ただ、そうはいっても冷静に考えてみて、本作がそれほど楽しめる代物かというと、そうではなく、ストーリー・ライン自体がイマイチかな・・・ ファンがルパンの後半生の一部を楽しむだけの内容なのでは・・・ いや作品には罪はない!? 評点は本作を選んだ自分自身に対するものです。 |