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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2040 5点 女が多すぎる
レックス・スタウト
(2018/08/18 16:45登録)
(ネタバレなしです) 1947年発表のネロ・ウルフシリーズ第10作の本格派推理小説で日本では雑誌「EQ」の72号(1989年11月号)から74号(1990年3月号)の3回に渡って連載されました。「料理長が多すぎる」(1938年)を連想させるタイトル(英語原題は「Too Many Women」)ですが作品同士の関連は全くありません。タイトルはある大会社の社員が轢き逃げ事故で死亡し、それが事故なのか殺人なのか調査を依頼されてアーチーがその会社に潜入することになりますがそこは500人もの女性社員が働いていることに由来します。女性が多く採用されている職場は(例え米国でも)当時は現代よりはるかに少ないと思いますがせっかくの(珍しい)舞台が十分に活用されているとは言い難く、重要な役割を与えられている女性はほんの一握りで容疑者に限定すれば男女ほぼ同数です。ネロ・ウルフをして「わたしの上をいくずるがしこい敵に出くわしたのだ。ずるがしこいか、さもなければめっぽう運のつよいやつにね」と弱音を吐かせるほどの難事件でどう解決するのかわくわくさせるプロットですが、推理ではなくはったりで解決してしまうのが謎解きとしては残念レベル。ウルフと犯人の直接対決さえありません。最終章のアーチーのもてもてぶりは男性読者の私は笑えましたが女性読者からは顰蹙を買うかも。


No.2039 5点 刺のある樹
仁木悦子
(2018/08/18 06:57登録)
(ネタバレなしです) 1961年発表の仁木兄妹シリーズ第3作の本格派推理小説です。この作者ながらの平明な文章で書かれてますが捜査が進むにつれ人間関係がどんどん複雑になるので人物リストを作りながら読むことを勧めます。謎解き伏線は結構あるのですがシリーズ前作の「林の中の家」(1959年)の推理の積み重ねに比べるとやや粗い謎解きに感じます。しかし秘められた悪意が明かされた時の重苦しさとさわやかさを残す締めくくりの対照は印象的です。


No.2038 5点 疑惑の銃声
イザベル・B・マイヤーズ
(2018/08/17 08:54登録)
(ネタバレなしです) わずか2作のミステリー作品しか書かず心理学者としての道を歩むことになる(そしてその方面で立派な業績を残したらしい)イザベル・B・マイヤーズ(1897-1980)の最終作が1934年発表の本書で、前作同様ジャーニンガムを探偵役にした本格派推理小説です。古風でスリラー色の濃かった前作と比べるとかなり洗練された雰囲気になっています。ただ読みやすいのかと言うとそれは別問題で、自殺か他殺かはっきりしない、自殺にしろ他殺にしろ動機もはっきりしないという展開で長く引っ張るのでもやもや感は相当なものです。18章の最後に示される動機(の可能性)は現代作品では出版許可が出ないでしょうね(コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ作品やエラリー・クイーン作品にもありましたけど)。最終章の手掛かりのどんでん返しはなかなかの工夫ですが、説明が妙にぼかし気味になっていて犯人をはっきり名指ししないのは評価が分かれそうですね。「嘘のはずがない。さりとて、真実のはずもない」というジャーニンガムの説明をちゃんと理解できれば犯人もわかるようにはなっていますが。


No.2037 6点 マレー鉄道の謎
有栖川有栖
(2018/08/13 23:05登録)
(ネタバレなしです) 2002年発表の火村英生シリーズ第6作で国名シリーズ第2長編でもある本格派推理小説です。国名シリーズのパイオニアであるエラリー・クイーンにしろ有栖川有栖にしろ作品にその国が実際に登場することはなかったと思います。クイーンの「アメリカ銃の謎」(1933年)はアメリカが舞台ですけど、これはアメリカ人の作家が普通に自国を舞台にしているだけであって例外的だとか特別だとかは感じません。しかし本書は舞台がマレーシアで、特に第1章と第2章で結構異国描写に力を入れているのが新鮮でした。なかなか意見を述べない火村の描写が少しくどく感じますが本格派としての謎解きもしっかりしています。密室トリックは某国内作家Aの某作品や某米国作家Pの某作品(こちらは没トリックですが)を連想させますがなかなか印象的、そして伏線の巧妙な張り方も印象的です。某国内作家Tの某作品や某国内作家Kの某作品を連想させる、苦味を残す(火村は込み上げてくる感情を抑えます)締めくくりもまた印象的です。


No.2036 6点 日曜の午後はミステリ作家とお茶を
ロバート・ロプレスティ
(2018/08/10 22:59登録)
(ネタバレなしです) 米国のロバート・ロプレスティは1970年代後半から活躍していますが短編を得意とし、初の長編作品はようやく2005年に発表されています。2014年発表の本書はミステリ作家のシャンクスをシリーズ主人公にした短編集で、米国版は13編を収めていますが2018年に国内で翻訳出版された創元推理文庫版は2016年発表の「シャンクス、悪党になる」を追加して14編を読むことができます。各作品の後に作者あとがきが付いているのがアイザック・アシモフの黒後家蜘蛛の会シリーズを連想させます。ユーモアとウイットに溢れているところも共通しています。「シャンクス、殺される」や「シャンクスの牝馬」や「シャンクス、スピーチをする」などは読み応えたっぷりの本格派推理小説ですが、謎解き要素の薄い作品もあります。コン・ゲーム(騙し合い)的な作品や推理というより記憶力や勘で解決しているような作品もあって思っていたより多彩な内容でした。謎解きが終わった後にもう少し話の続きがあるのも特徴です(蛇足に感じるかもしれませんが)。


No.2035 7点 密室キングダム
柄刀一
(2018/08/04 22:42登録)
(ネタバレなしです) 2007年発表の南美希風(男性です)シリーズ第3作の本格派推理小説で、光文社文庫版で1200ページを超す超大作です。本の厚さに手を出すのをためらう読者も少なくないと思いますが、キングダム(王国)というタイトルが決してはったりに思えないほど充実の内容で無駄にページを水増ししている感はありません。次から次へと突きつけられる不可能犯罪の謎を説得力の強い推理で解いていく美希風、しかしそれさえも犯人の計算の内、それどころか犯人にミスリードされているのではという疑惑がつきまとい謎は深まる一方です。怒涛のトリック連打もさることながら謎解き論理の積み重ねも圧巻です。それにしても最終章で明かされる大仕掛けにエラリー・クイーンの(どちらかといえば評価の低い)某作品のネタを使ってくるとは驚きでした。


No.2034 6点 狂人館の惨劇 大立目家の崩壊
左右田謙
(2018/08/04 16:21登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の本書は左右田謙(1922-2005)の最後の作品で狂人(えっ?)が建てた館に起こる連続殺人事件の謎を解く、綾辻行人の館シリーズを意識したかのような本格派推理小説でした。相当に凝った造りの舞台(見取り図がほしかった)に登場人物もかなりエキセントリックなのですが、この作者らしく描写があっさり目で案外と雰囲気が淡白なのは評価が分かれるかもしれません。それでも密室トリックに使われたまさかの小道具や脱力感を伴うダイイングメッセージの真相など怪作要素はたっぷりです。


No.2033 7点 アンクル・アブナーの叡智
M・D・ポースト
(2018/08/04 15:54登録)
(ネタバレなしです) 米国ミステリー史においてメルヴィル・D・ポースト(1869-1930)はミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーと米国本格派推理小説黄金時代を築き上げたヴァン・ダインの間を埋める作家として高く評価されています。弁護士ランドルフ・メイスンやスコットランド・ヤードのヘンリー・マーキス卿やパリ警視庁のムッシュウ・ジョンケルなど色々な主人公の作品がありますが最も名高いのが22作の中短編で活躍するアブナー伯父シリーズです。法律遵守を説く一方で法律では解決できない問題に独自の判断を下す時もありますが、正義感と神への信仰心が全くぶれないため説得力が非常に強力です。1918年に18編を収めた本書(ハヤカワミステリ文庫版)が生前に出版された唯一の短編集です(全22作を収めた短編集は1974年に限定版が、1977年に通常版が米国で出版されました)。謎解きとして気に入ってるのは、最後に提示された手掛かりを事前に伏線にしておけば完璧な本格派推理小説になったのではと思われる「藁人形」、独創的なトリックで知られる「ドゥームドーフ殺人事件」、人間ドラマとして気に入ってるのは「黄金の十字架」と「ナボテの葡萄園」です。ちょっと変わったどんでん返しの「黄昏の怪事件」や動機に唖然とする「血の犠牲」も印象に残ります。


No.2032 7点 狐火殺人事件
エドワード・D・ホック
(2018/07/29 23:48登録)
(ネタバレなしです) まだ有名でなかった頃のホックは別名義で発表した作品がありますが、本書は何とミスターXという覆面作家の作品として1971年に出版されました。国内でもミスターXの名義のままで雑誌「ハヤカワミステリマガジン」の1974年9月号から1975年2月号まで6回に渡って連載されています。暗黒街の帝王、銀行強盗、トランプいかさま師など6人の犯罪者を乗せた護送車が襲撃されて囚人たちは逃亡します。囚人暴動の調停や逃亡犯追跡などを任務とする逮捕課のデヴィッド・バイパーが彼らを追跡して1人ずつ捕まえるというプロットです。このプロット紹介で警察小説かスリラー小説かと思う読者もいると思いますが実は堂々の本格派推理小説で、不可解な殺人の犯人は誰か、なぜ被害者の首を切り落としたか、そして囚人脱走の目的の謎解きを読者に挑戦します。このプロットで本格派に仕上げた手腕、そして非常にユニークな首切りの理由と一読の価値ある作品だと思います。


No.2031 5点 貧乏お嬢さま、メイドになる
リース・ボウエン
(2018/07/29 23:08登録)
(ネタバレなしです) 現在は米国に住んでいる英国の女性作家リース・ボウエン(1941年生まれ)が作中時代を1930年代に設定し貧乏な貴族令嬢のジョージーを主人公にしたシリーズの第1作が2008年発表の本書です。英語原題の「Her Royal Spyness」にちなんで本国では「Royal Spyness」シリーズと呼ばれているようです。もっとも本書を読む限りでは確かにジョージーが英国王妃からスパイ活動を依頼されるのですが、依頼内容は皇太子がのぼせあがっている女性が結婚相手としてふさわしいかを見極めよというもので、一般的な意味でのスパイ・スリラーを期待してはいけません。今まで自力で火を起こしたことさえないジョージーが1人暮らしをすることになって奮闘したり、働きながら同時に知り合いに見つからないように気を配らなくてはいけなかったり、ロマンスも織り込まれたりとミステリー以外の描写にも随分と力が入ってます。ミステリーとしては殺人に巻き込まれて(しかも兄と共に容疑者扱い)解決のために奔走しますが動機が終盤も終盤、27章の最後にやっと紹介されるので(他にも謎解き伏線はありますが)解決に唐突感があります。


No.2030 4点 ファーザー・ハント
レックス・スタウト
(2018/07/28 23:05登録)
(ネタバレなしです) 1968年発表のネロ・ウルフシリーズ第30作で、日本では雑誌「EQ」の25号から27号(1982年1月号から5月号)で3回に渡って連載されました。轢き逃げ事故で母親を亡くして天涯孤独となった娘から父親を探す依頼を受けるという変わったプロットが特徴です。しかしこれが結構な難題、これはと目をつけた容疑者(?)に父親でない証拠を突きつけられたりします。そこでウルフは作戦変更し、母親は殺されたのでありその犯人を探すことが父親発見につながると(あまり論理的ではありませんが)考えます。ところがこの犯人、何と指紋を残すという致命的失敗をしていて指紋を入手して照合しさえすれば判明してしまうのです。犯人逮捕となると父親探しに支障が生じるという状況をどう解決するかが興味深いものの、その父親探しも推理で突き止めているわけではありません。捜査小説としては楽しめても本格派推理小説の謎解きを期待する読者にはお勧めできない内容でした。


No.2029 5点 広重殺人事件
高橋克彦
(2018/07/26 21:14登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の浮世絵三部作の最終作の本格派推理小説で、いかにも最終作らしい衝撃的な展開が用意されています(三部作の「写楽殺人事件」(1983年)、「北斎殺人事件」(1986年)を先に読んだ方が衝撃は大きいと思います)。現代の犯罪もありますが、メインの謎解きは歌川広重にまつわるものです。その一方で広重ほどの有名画家でさえも研究や作品評価が不十分という現代の問題を主人公である塔馬双太郎が指摘する場面には熱がこもっており、ある意味社会派推理小説的です。もう一人の主人公である津田良平が中断せざるを得なかった広重の研究を塔馬が(謎解きもしながら)引き継ぐ友情物語も熱いです。


No.2028 5点 牧神の影
ヘレン・マクロイ
(2018/07/23 09:29登録)
(ネタバレなしです) 簡潔に「Panic」という英語原題で1944年に発表された本書はサスペンス小説と本格派推理小説の両方の要素を織り込んでおり、ちくま文庫版の巻末解説ではどちらかといえば本格派として評価していますが個人的にはサスペンス小説の方が心に残ります。というのは謎解きのかなりの部分が暗号の解読で、「二日目」の章で紹介される暗号全文がアルファベットばかりで約3ページにもまたがっているのです。最後には解かれるのですがその解答も約2ページにまたがる英語の文章で(解答は和訳もついていますが)私にとっては二重の暗号に等しく、この謎解きはつらかった(笑)。色々な謎解き手掛かりを用意してはいるのですが大半が暗号に結びつきます。暗号ミステリーとして1級品だと思いますが、直接犯人当てにつながる伏線をもっと増やしてほしかったですね。サスペンス小説としてもよくできていて、ヒロイン役が心当たりがないのに誰かに狙われる可能性を巧妙に作り上げ、山荘に一人住まいすることになった彼女をじわじわと恐怖が襲うプロットもなかなかです。陽気で遊び好きなイメージの牧神(パン)がパニックの語源だったというのも私には新鮮な驚きでした。


No.2027 8点 エラリー・クイーンの冒険
エラリイ・クイーン
(2018/07/22 05:24登録)
(ネタバレなしです) 1934年発表のエラリー・クイーンシリーズ第1短編集の本書は日本では半世紀以上前から創元推理文庫版で読むことができたのですが、大いに残念だったのは米国オリジナル版が11作を収めていたのに対して10作しか収めていなかったのです(理由は別のアンソロジー文庫版に問題の1作が収められたのでダブリ回避で削除されたようです)。その不満は2018年に新訳の創元推理文庫版で全11作を収めて出版されてようやく解消されました。初期のクイーン長編(つまり国名シリーズ)は文章が味気なく無駄な表現が多くて読みにくいのですが、本書の短編は(短編としては詰め込み過ぎの感もありますが)それらの欠点が目立ちにくくなっており、しかもクイーンならではの本格派推理小説の謎解きはしっかり楽しめますので入門編としてもお勧めです。不気味な雰囲気の「双頭の犬の冒険」、猫嫌いなのに毎週1匹ずつ猫を買っていく人物という謎が魅力的な「七匹の黒猫の冒険」、推理合戦が楽しい(呼吸する時計の推理には感銘しました)「アフリカ旅商人の冒険」が私の好みですが他の作品も負けず劣らずの高水準で、粒揃いの短編集です。


No.2026 5点 殺人喜劇の13人
芦辺拓
(2018/07/20 08:18登録)
(ネタバレなしです) 新本格派推理小説を代表する作家の1人である芦辺拓(1958年生まれ)の1990年発表のデビュー作です。鮎川哲也の「りら荘事件」(1958年)を意識した作品で登場人物はほとんどが大学生、シリーズ探偵の森江春策もまだ大学生です。そして怒涛のごとくの連続殺人が発生します。もっとも謎解きに集中するあまり青春小説らしさを感じられないのまで「りら荘事件」と共通してますが。作者の気合が空回りしているのか全ての事件に創意工夫を詰め込んでいるのはいいのですが、あまりにも複雑な謎解き説明になって私の凡庸以下の頭では理解しきれませんでした。締めくくりも何がしたかった(言いたかった)のかよくわかりません。私が読んだのは2015年改訂版(創元推理文庫版)ですが、ヴァン・ダインの「ケンネル殺人事件」(1933年)の重大なネタバレは削除してほしかったですね。


No.2025 5点 藪に棲む悪魔
マシュー・ヘッド
(2018/07/16 14:38登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のメアリー・フィニー博士シリーズ第1作で舞台を(当時の)ベルギー領コンゴにしている本格派推理小説です。文章表現は非常に地味で、miniさんのご講評でも触れられているようにアフリカならではの雄大さを感じることができません。タイトルに使われている「悪魔」も演出不足です。また冒頭で農場で起きた殺人事件の謎解きであることが紹介されているものの、第1の死亡事件は病死としか思えず新たな事件はかなり後半になっての発生とミステリープロットとしては盛り上がりを欠いています。人物描写はしっかり描き分けられていますが、せっかくの個性もすっきり感のない重く暗い物語の中で埋没気味です。


No.2024 5点 オレンジ・ペコの奇妙なお茶会
ローラ・チャイルズ
(2018/07/15 03:49登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表の「お茶と探偵」シリーズ第18作のコージー派ミステリーです。作家となる以前に作者は(規模は不明ですが)会社を設立して最高経営者を務めていた経歴があり、本書で被害者を殺す動機として財務上の不正疑惑や出資金の横領疑惑が可能性として浮かび上がるのは(真の動機かはネタバラシしませんけど)昔の経験を活かしたのかもしれません。そこがコージー派としては少し敷居が高い気もしますが、代わりに事件をいくつか発生させてこのシリーズとしてはサスペンスが高いです。セオドシアが犯人に気づく証拠を土壇場まで伏せていたり殺害機会について説明不足だったり本格派推理小説としては問題点も少なくありませんが、10章で重大な犯罪につながるおもな動機として「復讐、政治思想の違い、お金」と語っているのは興味深いですね(CIAの専門家の記事の引用らしい)。昔のミステリーでは恋愛のもつれが動機になり事件解決後に誰かさんと誰かさんが結婚してめでたしめでたしという締めくくりが珍しくなかったですが、最近のミステリーではほとんど見なくなったように思います。


No.2023 6点 赤い呪いの鎮魂花
山村正夫
(2018/07/12 23:04登録)
(ネタバレなしです) 1983年発表の滝連太郎シリーズ第2作です。横溝正史の伝奇本格派推理小説を(作者の個性も織り込んで)継承した「湯殿山麓呪い村」(1980年)の成功のプレッシャーもあったと思いますが、本書は本書でなかなかの力作です。企業の吸収合併計画という社会派要素、バラバラ殺人に密室殺人、戦中戦後の悲劇、複雑な人間関係、そして沖縄を舞台にしたトラベルミステリー要素まで織り込まれています。トリックにはジョン・ディクスン・カーの某作品の影響も見られますが、全体としてはむしろアガサ・クリスティーの某作品を連想させる真相でした(複雑過ぎて読者が完全正解するのは難しいかも)。密室トリックも印象的です。


No.2022 5点 極夜の警官
ラグナル・ヨナソン
(2018/07/08 21:19登録)
(ネタバレなしです) 2014年発表のダーク・アイスランドシリーズ第4作の本格派推理小説ではありますが、(ネタバレにならないように説明するのは難しいのですけど)謎解きに関してはある配慮(決して難しい配慮ではない)が欠けているために読者に対してアンフェアではと思わせているのが残念です。上手いミスディレクションの技巧があって、事件捜査の中で浮かび上がる様々な人間ドラマもよく描けているだけに本当にもったいなく感じます。謎解きよりも物語性を重視する読者なら高く評価すると思います。シリーズ主人公のアリ=ソウルも単なる探偵役でなくドラマの中で苦悩しており、彼の未来はどうなるのだろうかと気になるエンディングを迎えます。人物描写に比べて自然描写は地味ですが太陽が昇らない極夜の季節の直前に起きた事件を扱い、いかにもダーク・アイスランドという雰囲気が濃厚です。


No.2021 6点 生れ変わった男
大谷羊太郎
(2018/07/07 22:43登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の本書の冒頭で著者から読者へ「同一の主人公が犯人、被害者、探偵の三役を兼ねている」と通知されています。光文社文庫版の(松村喜夫による)巻末解説ではトリック重視の作者がその傾向をさらに強固にしたと評価していますが、個人的にはトリックよりプロットで勝負した作品という印象です。少なくとも中盤で明かされる1人3役の仕掛けの正体についてはトリックを期待すると肩透かしを味わうのではと思います。ちなみにタイトルの「生れ変わった」についても中盤で説明されます。前半の濃厚なサスペンス小説風展開からこの中盤を境に後半は本格派推理小説へと変身するプロット構成が本書の特徴です。それにしてもあの人物がああも都合よく心変わりしたのには微妙に釈然としませんが、これも前半のぎすぎすした人間関係との対照を作者がねらった効果かもしれません。

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