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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2811件

プロフィール| 書評

No.2091 6点 探偵サミュエル・ジョンソン博士
リリアン・デ・ラ・トーレ
(2019/01/15 22:57登録)
(ネタバレなしです) アメリカの女性作家リリアン・デ・ラ・トーレ(1902-1993)は作品数は多くはありませんが歴史ミステリーのパイオニアの1人として高く評価されている存在です。3作書かれた長編作品はいずれも史実の事件を扱っており、短編作品では英国文学者のサミュエル・ジョンソン博士を探偵役、彼の伝記作家のジェームズ・ボズウェルをワトソン役にした本格派推理小説で知られています。後者については4つの短編集が出版されましたが、論創社版の本書は第1短編集(1946年)から5作、第2短編集(1960年)から3作、第3短編集(1985年)から1作の計9作を収めた国内独自編集版です。長編作品の「消えたエリザベス」(1945年)は小説というより研究レポート調で、かなり読者を選びそうですが本書はちゃんと小説になっていてもっと一般受けすると思います。短編ながら時代描写が実に丁寧で、おっさんさんのご講評で説明されているように謎解きとしてはそれほど凝った作品はありませんが読み重ねていくほど作品世界にのめりこんでいきます。謎解きとして劇的な「消えたシェイクスピア原稿」が個人的なお気に入りですが、(本格派ではありませんが)植民地だった米国の独立を支援する女性との知恵比べがコナン・ドイルの「ボヘミアンの醜聞」を連想させる「博士と女密偵」も印象的です。結末はこの作者が米国人女性であることを再認識させられます。


No.2090 6点 探偵の秋あるいは猥の悲劇
岩崎正吾
(2019/01/15 22:39登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表の探偵の四季シリーズ第2作の本格派推理小説です。シリーズと言いながら登場人物はシリーズ第1作の「探偵の夏あるいは悪魔の子守唄」(1987年)とは総入れ替えで、探偵役まで別人になっているのが意外です。もっと意外だったのは前作が横溝正史作品のパロディーとして書かれたのに対して本書は海外ミステリーのエラリー・クイーン作品のパロディーを狙っていたこと。舞台も登場人物も和風でそこは全くクイーン風ではありませんが、謎解きプロットにはあちこちでクイーン作品を連想させる場面があります(クイーン作品を読んだことのない読者でも楽しめますが、読んでいた方がいいと思います)。本格派として充実した内容ですが、乱れた人間関係やよこしまな性格の描写が時にくど過ぎるところはクイーン風というよりは横溝正史風で、そこは好き嫌いが分かれるかもしれません。


No.2089 5点 サンダルウッドは死の香り
ジョナサン・ラティマー
(2019/01/15 22:27登録)
(ネタバレなしです) 1938年発表のビル・クレインシリーズ第4作である軽ハードボイルドです。クレインの推理で殺人犯が指摘される場面もありますが複数犯による誘拐事件はアクションシーンが豊富、これはこれで読み応え十分ですが本格派推理小説を期待している読者に受けるかは微妙かもしれません。とはいえ退屈させない展開で読みやすく、舞台となる南国の楽園の雰囲気がカラフルに描写されています。論創社版の登場人物リストは重要人物が何人も抜けているのが不満です。


No.2088 7点 赤い指
東野圭吾
(2019/01/15 22:18登録)
(ネタバレなしです) 2006年発表の加賀恭一郎シリーズ第6作です。前半は犯罪小説で犯人が誰かも読者にすぐ伝えられます。犯罪小説といっても犯人描写は少なく、事後従犯者となった犯人の家族たちが右往左往する場面が連続します。犯人には同情の余地はありませんし、家族も身勝手で読んでて気分が悪くなります。でも自分が仮に当事者だったら正義を貫けるのかと自問すると自信がありません。自分もゲス野郎の資格十分なことに気づかされてますます気分が悪いです(笑)。後半になると加賀の鋭い推理が印象的な倒叙本格派推理小説になりますが、家族ドラマの行く末のほうが気になるプロットです。講談社文庫版で300ページ少々の分量ですがとても重くて暗い作品、もしこれで被害者側の不幸描写をもっと丁寧に描かれていたらつらくて読了できなかったかも。


No.2087 6点 解かれた結び目
バロネス・オルツィ
(2019/01/15 22:08登録)
(ネタバレなしです) 1925年発表の隅の老人シリーズ第3短編集で、最後に収められた「荒地の悲劇」では再会を期待させるような場面がありますが結局シリーズ最終作になりました。発表された時期は本格派推理小説の黄金時代で、過去の「ミス・エリオット事件」(1905年)や「隅の老人」(1909年)と内容的に大差ないのでは時代遅れと評価されてしまうのも仕方ないのかもしれませんが、このシリーズはこれでよいような気もします。推理の説得力の高い「メイダ・ヴェールの守銭奴」が個人的なお気に入りです。それにしても語り手の婦人記者がテーブルの上に投げ出した紐に喜々として飛びつくとは、「あんたはおもちゃを与えられた子犬ですかっ」と突っ込みたくなります(笑)。


No.2086 5点 螺旋階段
M・R・ラインハート
(2019/01/07 21:58登録)
(ネタバレなしです) 米国の女性作家メアリ・ロバーツ・ラインハート(1876-1958)は借金苦の家計を助けるために作家業に手を染めましたがこれが大当たり、何作もベストセラー作品になりました。非ミステリー作品もありますがロマンチック・サスペンスの先駆者であり、また「もしも知っていたら(HIBK)」派の始祖として名高いです。1908年発表の長編第2作である本書は最初の成功作で、戯曲版が書かれたり映画化されたりと最も有名です。もっとも主人公は50歳前後の女性でロマンスの中心人物でないところから本書はロマンチック・サスペンスとは言えないでしょう。またHIBK(「Had I But Known」)の手法もそれほど目立っていないようですが、これは多用するとプロットの水増しと批判されるらしいので本書の場合は適量レベルかと思います。主人公をスーパーヒロインタイプでなく、さりとて怖がってばかりの弱者でもない設定にしていること、執事、家政婦、メイド、庭師などにも重要な役割を与えていること、ゴシック・スリラー風ながら過度に暗く重くしていないところなど個性を感じさせます。21章で主人公が14の疑問点を整理するなど本格派推理小説的な要素もあります(推理で解決されるわけではありませんが)。誰もが怪しい行動をとるところは不自然で古臭さもありますが、書かれた時代を考えると洗練されたサスペンス小説だと思います。


No.2085 5点 幽霊殺人事件
大谷羊太郎
(2019/01/07 21:35登録)
(ネタバレなしです) 1994年発表の八木沢警部補シリーズ第12作の本格派推理小説です。プロローグで複数の男が1人の女性を集団暴行するという痛ましい事件が示唆されます。それから13年後、暴行事件の容疑者と思われる男とその恋人の周辺で怪事件が相次ぐというプロットで、タイトル通り幽霊が目撃されます。プロットはシンプルで底が浅そうですが、最終章では結構複雑なひねりを効かせています。もっとも読者に対してフェアに謎解き伏線を張ってはいないように思えますが。トリックよりも人の心の移り変わりが1番印象に残る作品でした。


No.2084 4点 駒さばき
ウィリアム・フォークナー
(2019/01/07 21:20登録)
(ネタバレなしです) ウィリアム・フォークナー(1897-1962)は20世紀米国を代表する作家の1人でノーベル賞を獲得しています。ミステリーにも手を染めていて、1949年発表の本書は群検事のギャヴィン・スティーヴンスを探偵役にした短編集で、6作を収めています。純文学者のミステリーというと福永武彦の「加田伶太郎全集」(1957年)という立派な短編集もありますが、本書は残念ながらミステリーとしては微妙な出来に感じました。「紫煙」が1番ミステリーらしいプロットですが推理は弱く、はったりで解決しているのが物足りません。「水をつかむ手」は手掛かりが印象的ですが一般的読者には馴染みにくそうです。最も評価の高い「調合の誤り」は悪くはありませんがせっかくの証拠の提示のタイミングが遅過ぎで、読者が推理する間もない唐突な解決になってしまうのが惜しいです。中編「駒さばき」はスティーヴンスの家族ドラマの回想が長々と続いてミステリーとしてはぐだぐだになってしまっています。長文が多用されて読みにくく、私にはノーベル賞作家は敷居が高過ぎたことが証明される結果になりました。


No.2083 4点 中庭の出来事
恩田陸
(2019/01/07 20:58登録)
(ネタバレなしです) 私はネタバレにならないように感想を書いていますが、仮にネタバレありで書こうとしても本書に関しては書けません。それほどまでに2006年発表の本格派推理小説の本書は難解で、どこまで正しく理解できたか自信がありません。現実の場面と芝居の場面が交錯する構成ですが境界線が曖昧だし、「男」、「女優1」、「女優2」、「女優3」と表記される登場人物(名前はあるのですがほとんど使われません)は誰が誰だか混乱するし、時系列もあやふやです。似たような場面を微妙に異なる視点で何度も読まされ、鏡に映った鏡を見ているような気分になりました。


No.2082 6点 精神病院の殺人
ジョナサン・ラティマー
(2018/12/29 21:44登録)
(ネタバレなしです) ハードボイルド作家としての活動時期がレイモンド・チャンドラーと重なる(友人でもありました)米国のジョナサン・ラティマー(1906-1983)ですが知名度が大きく劣るのは作風が軽ハードボイルド(通俗ハードボイルド)と評価されているからでしょうか、それとも本格派推理小説としての謎解きも重視していることがガチのハードボルド読者から敬遠されるのでしょうか?全5作のビル・クレインシリーズ第1作で作者のデビュー作でもある1935年発表の本書はどうかと言うと、まず冒頭の「冷酷無比な殺人者が私設サナトリウムの中をうろついていた。三人を殺し、まんまと逃げおおせるかと思われたが、庭の噴水が復讐の女神ネメシスとなって立ちはだかった」が衝撃的です。これは当時人気絶頂のM・R・ラインハートの「ドアは語る」(1930年)を意識したのでしょうか?読み進めていくとハードボイルド要素もありますが、クレインが演繹的推理や消去法推理について語る場面は本格派以外の何物でもありません。同時期のエラリー・クイーンの国名シリーズにも遜色ない謎解き伏線が用意されています。クレインの推理で犯人が逮捕された後の展開もまさかの驚きです。サナトリウムを舞台にした本格派としてパトリック・クエンティンの「迷走パズル」(1936年)と読み比べるのも面白いと思います。


No.2081 6点 眼球堂の殺人~The Book~
周木律
(2018/12/29 21:24登録)
(ネタバレなしです) 元素の周期律に因むと思われるペンネームの周木律の2013年発表のデビュー作で、堂シリーズ第1作です。このシリーズは本格派推理小説の枠を外れたような作品もあるそうですが本書は森博嗣が「懐かしく思い出した。本格ミステリィの潔さを」と絶賛しているようにガチガチの本格派で、「読者への挑戦状」まで付いています。読んでみると綾辻行人の館シリーズからの影響は隠すべくもありませんが、他にも歌野晶午の信濃譲二シリーズ、霧舎巧の《あかずの扉》研究会シリーズ、果ては島田荘司や森博嗣のあの作品やこの作品が次々に思い出され、そういう意味では確かに「懐かしさ」を感じました。主人公である放浪の数学者の十和田只人は時々難解な用語を使いますが数字や数式が飛び出るわけではないのでこの私でも安心して読めました。


No.2080 7点 ガラスの村
エラリイ・クイーン
(2018/12/29 21:03登録)
(ネタバレなしです) 本格派推理小説の作者としての水準がガタ落ちした(と個人的には思っています)時期の作品であり、しかもシリーズ探偵の登場しない作品なので長らく敬遠していたのですがこれは大変な失敗でした。実にいい作品です。人口わずか36人のニュー・イングランドの村で殺人事件が起きます。かつて司法に委ねた裁判で自分たちが納得できない判決が出たことを忘れず、今でも根に持っている村人たちは今度は自分たちで解決すると容疑者(よそ者の外国人)をリンチにかけてしまい、容疑者引き渡しを求める司法と一発触発の状態になります。主人公たちが何とか公平な裁判を受けさせようと四苦八苦するプロットが印象的です。法廷シーンもドラマチック、中立的とは言えない村人たちが参加する裁判がどこへ行き着くのかサスペンスは高まり、しかも謎解き推理がしっかりしていて1950年代クイーンの最高傑作だと思います。1954年発表の本書は当時の米国のマッカーシズムへのアンチテーゼとして書かれたと紹介されているようですが、時代背景をよく知らない読者でも十分に楽しめる作品です。それにしても人情が絡むと正義と秩序を守るのも大変ですね。


No.2079 6点 首無館の殺人
月原渉
(2018/12/29 20:49登録)
(ネタバレなしです) 2018年発表のツユリシズカシリーズ第2作の本格派推理小説です。チェスタトンのブラウン神父の逆説のごとく、シズカの推理は説明すればするほど混乱してしまいます(笑)。まあそこが普通の本格派と違っていて面白いと感じる読者もいるでしょうけど。新潮文庫版で300ページに満たないボリュームに記憶喪失の主人公、いわくありげな一族、クローズド・サークル状態、首切り殺人と実に色々と詰め込んでおり一気に読み切りました。首切りの理由がなかなか斬新、そしてそれ以上に印象的だったのが動機につながるとてつもない秘密です。まあこの秘密は読者が推理するに十分なデータを与えているようには思えませんが、私は驚きのあまり不満を感じませんでした。


No.2078 6点 Xと呼ばれる男
レックス・スタウト
(2018/12/19 22:21登録)
(ネタバレなしです) 1949年発表のネロ・ウルフシリーズ第11作でアーノルド・ゼック三部作の第1作でもある本格派推理小説で、国内では雑誌「EQ」の125号から129号(1998年9月号から1999年2月号)の5回に渡って連載されました。ゼックはシャーロック・ホームズに対するモリアーティー教授のごとく暗黒街の黒幕という役柄のようですが本書では出番が遅く、しかも声のみの出演で存在感はそれほどでもありません。人気ラジオ番組の放送中にスポンサー提供のドリンクを飲んだゲスト出演者が毒殺される事件が扱われてます。名探偵が事件関係者を一堂に集めるといよいよ解決かと読者の期待が高まりますが、本書ではそれが実に3回もあります。新事実が明らかになって捜査は確かに進展しているのですがそれでも解決がなかなか見えてこない難事件です。ウルフの説明は「(証拠はないが)この仮説ですべて説明がつき、矛盾点もない」というもので、謎解き伏線を回収しての論理的推理を期待する読者には物足りなく感じられるかもしれませんが、プロットは充実していてそれなりに楽しめる作品です。余談になりますが日本語タイトルは(ゼックの頭文字をとって)「Zと呼ばれる男」の方がよかったように思います(英語原題は「And Be a Villain」です)。


No.2077 5点 一丁倫敦殺人事件
日影丈吉
(2018/12/19 22:02登録)
(ネタバレなしです) 1981年発表の本格派推理小説です。東京丸の内の煉瓦街で発見された死体は額に五寸釘を打込まれており(但し死因は毒死)、その前日には丑の刻参りの装束の女性が目撃されているという出だしはなかなか魅力的で、しかも後半になると怪異現象が相次いだり新たな死亡事件(といっても過去の事件ですけど)が注目を浴びたりと謎が深まります。しかし物語の展開がどうも行き当たりばったり感が強くて(私の読解力の弱さもありますが)、どきどき感よりも混迷感が勝って読みにくかったです。真相解明も1人の探偵役の説明でないためか、まとまりがよくないように思えます。


No.2076 6点 義眼殺人事件
E・S・ガードナー
(2018/12/19 21:51登録)
(ネタバレなしです) 全作品が「The Case of」で始まるペリイ・メイスンシリーズの日本語タイトルはいちいち「事件」を付けていませんが、英語原題が「The Case of the Counterfeit Eye」である1935年発表のシリーズ第6作の本格派推理小説である本書はなぜか「義眼殺人事件」というタイトルがまかり通っていて微妙に不思議(笑)。拳銃や毒薬などの凶器になりそうな物ならともかく、義眼を盗まれた依頼者が殺人現場にその義眼を残されたらと心配するのが不自然な気もしましたが、殺人事件が起きてからの展開があまりにドラマチックでいつの間にか違和感を忘れてしまいました(笑)。ライヴァルと呼ぶには力量不足の感もありますがハミルトン・バーガー検事の初登場作品です。メイスンが法廷で「検事の行為は、スタンド・プレーの域を出ないものと申せましょう」とコメントしますが、「あんたがそれを言うのか!」と突っ込みたくてうずうずします(笑)。ところでシリーズ初期作品では結末で次回作の予告が挿入される趣向がありますが本書の角川文庫版では「管理人の飼猫」(1935年)が、ハヤカワポケットブック版と創元推理文庫版では「奇妙な花嫁」(1934年)が予告されています。どちらが正しいか自信がないのかハヤカワミステリ文庫版では予告が削除されてしまっています(おまけに巻末解説でアガサ・クリスティーの「スタイルズの怪事件」(1920年)の犯人名ネタバレをしています)。個人的には出版順を考えると角川文庫版が正しい気がしますが。


No.2075 4点 千利休殺意の器
長井彬
(2018/12/19 21:32登録)
(ネタバレなしです) 長井彬が生前に発表した短編集は3冊ありますが第1短編集にあたるのが1989年に出版された本書で、1981年から1986年にかけて書かれた6作が収められています。どの作品も茶器や聖餅箱などの美術品が重要な役割を担っているのが特徴ですが、私のような門外漢にはその魅力が理解できませんでした。現代描写と時代描写がクロスしたりしていますが、後者が事実として書かれているのか現代の作中人物の推測の世界なのかもよくわかりません。謎解き説明も証拠に基づく論理的推理ではなく、私は他の仮説を考えることもできないませんけどそれが唯一の正解だと確信することもできませんでした。


No.2074 6点 誰かが嘘をついている
カレン・M・マクナマス
(2018/12/19 21:20登録)
(ネタバレなしです) 米国の女性作家カレン・M・マクナマス(1969年生まれ)の2017年発表のデビュー作で30ヶ国以上で出版されたほどの成功作です。居残り学習を命じられた5人の高校生の1人が急死し、残りの4人が有力容疑者となります。物語はこの4人の1人称形式で進みますが、警察やメディアからマークされ、周囲の多くは彼らを嫌い逮捕を待ち望みます。作中で表現されてますがまさに「魔女狩り」の雰囲気が強く、とても重苦しいです。家族関係や交友関係も大きく様変わりし、容疑者とわかっていても彼らの行く末はどうなるのだろうと気になります。人間ドラマとして充実している分、ミステリーらしさが希薄に感じられる時もありますが終盤は本格派推理小説らしい謎解き議論もあってサスペンスも高まります。ミステリーとしてより青春小説として高く評価されそうな内容ですがベストセラーになったというのも納得です。ヤングアダルト向けと紹介されていますが、もっと幅広い読者層にお勧めだと思います。


No.2073 5点 樹霊の塔
栗本薫
(2018/11/29 22:07登録)
(ネタバレなしです) 「伊集院大介の聖域」というサブタイトルを持つ2007年発表の伊集院大介シリーズ第24作です。作中時代は出版時期と乖離していて、ある人物を明治20年生まれの92歳と紹介していることから1977年頃でしょうか。しかし時代描写は重視されていません。なぜなら舞台が時代に取り残されたような秘境の村ですから。都会からの訪問者たちが独特の村社会に対してある者は理解し共感し、ある者は否定し反発する、その対比が印象的です。犯罪とは関係ない秘密については手掛かりに基づく丁寧な推理が披露されている一方で、肝心の犯罪の謎解きは到底読者が自力で推理できるような設定でないのが残念です。本格派推理小説というよりはスリラー小説に近いと思いますが、いずれにしろ実質的な主人公である森カオルが直接事件に遭遇しない展開なのでミステリーらしさが希薄です(解決も唐突かつ強引)。物語性は豊かですので退屈する作品ではありませんけど。


No.2072 7点 世界を売った男
陳浩基
(2018/11/29 21:48登録)
(ネタバレなしです) ホラー小説やファンタジー小説なども書いている中国の陳浩基(1975年生まれ)が2011年に発表した本書は本格派推理小説とは思えないタイトルですが、私が手に取った文春文庫版の巻末解説では恩田陸が「本格がわかっている男」と絶賛しているではありませんか。記憶の一部を失った男を主人公とするミステリーというところがビル・S・バリンジャーのサスペンス小説「消された時間」(1957年)を彷彿させます。自分の素性を明らかにしようとするバリンジャー作品と違い本書のプロットは普通に殺人事件の捜査ですが、第5章の展開にはとても驚きました。そこから先は一体どうなるのか、ページを捲る手がもどかしかったです。謎解き伏線の回収も巧みで、恩田陸の「わかってるね」に私も同調します(笑)。

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