home

ミステリの祭典

login
nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2180 5点 ネプチューンの影
フレッド・ヴァルガス
(2019/11/25 20:46登録)
(ネタバレなしです) 2004年発表のアダムスベルグシリーズ第4作です。これまで私が読んだシリーズ作品はプロットが迷走しながらも本格派推理小説ではありましたが本書は警察小説とスリラー小説のジャンルミックス型だと思います。三つの刺し傷のある死体が発見され、アダムスベルグが過去の因縁を語ります。1949年から1983年にかけて三つの穴の殺人事件が8件発生し、内7件は犯人が捕まっていますが実は真犯人は別にいるというのです。そしてもう1件(30年前)で犯人と疑われたのはアダムスベルグ(当時18歳)の弟ラファエル(当時16歳)でした。アダムスベルグは真犯人(名前を明言しています)を14年間に渡って追跡するのですが何と真犯人は1987年に死んでしまったと言います。では現代の事件は誰が犯人なのかという謎解きになるのですが、ここから思わぬ展開が。何とアダムスベルグ自身が巻き込まれ型サスペンスの主人公になって大変な窮地に陥るのです。もはや本書は本格派の枠組みからは大きく外れており、悪魔のような犯人とのどんでん返しの攻防が凄まじいです。アダムスベルグを助ける個性豊かな脇役たちの活躍も読ませどころです。


No.2179 3点 退職刑事5
都筑道夫
(2019/11/20 21:39登録)
(ネタバレなしです) 1987年から1989年にかけて発表された8作の短編を収めて1990年に出版された退職刑事シリーズ第5短編集です。なお徳間文庫版は「退職刑事4」というタイトルですのでご注意を。この作者の本格派推理小説は論理を重視した謎解きというのが一般的なイメージだと思いますが、本書でそれを期待するとかなりの失望感を味わうと思います。推理に切れ味がなく、なるほどと納得させる説得力がありません。私の読んだ創元推理文庫版の巻末解説では「あっぱれな反則技」や「奇妙な着想」の作品を持ち上げていますが、もやもや感の強い謎解きのためかまるで印象に残りませんでした。


No.2178 6点 雪が白いとき、かつそのときに限り
陸秋槎
(2019/11/01 20:24登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表の長編第2作の本格派推理小説です。デビュー作の「元年春之祭」(2016年)は作中時代を古代中国(前漢)に設定していましたが本書は現代です。女子高生が活躍する青春ミステリーでもあるのですが死亡した学生がいじめに遭っていたという前振りがあるとはいえ、明るさや華やかさやユーモアの類は皆無に近く、終始暗い雰囲気に覆われています。雪の上に足跡のない雪密室の謎やアリバイ検証を地道に進めていますが作者が一番注力したのは動機ではないでしょうか。「元年春之祭」でもユニークな動機が印象的でしたが本書のもかなり珍しく、これはないと納得できない読者がいるかもしれません。虚しさを残しながら締め括った第4章の後に後日談的な終章が続き、そこでは新たな驚きが待っていますが個人的にはエンディングの順番を逆にする工夫はなかっただろうかと思いました。


No.2177 5点 闇の夢殿殺人事件
風見潤
(2019/11/01 20:05登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の神堂賢太郎シリーズ第2作の本格派推理小説です。ある宗教団体に関わる秘密を探っていたらしい女性の失踪事件に神堂が巻き込まれます。個人的には組織犯罪絡みは本格派の謎解きのテーマとしては好みではないのですが、本書は組織描写はほとんどなく登場人物も多くないのでその不安は払拭されました。むしろ父神さま、母神さま、太子さまといった教団の重鎮に神堂が易々と面会できる展開にこの組織運営はどうなってるんだと突っ込みたいぐらいです(笑)。謎解きプロットはやや甘く、殺害時刻が絞りきれていないためかアリバイは鉄壁どころかかなりあやふやなものにしか感じられないし、密室の謎はかなり終盤になってから唐突に発生したりしていますが推理説明は意外としっかりしたものでした。


No.2176 6点 サーカス・クイーンの死
アンソニー・アボット
(2019/10/28 21:23登録)
(ネタバレなしです) 1932年発表のサッチャー・コルトシリーズ第4作の本格派推理小説で、謎解きが粗く感じる部分もありますけどこの作者としては出来のいい作品ではと思います。有名なサーカス団が次々に不運な事件に見舞われ、さらに団員たちに脅迫状が送られていることが序盤で紹介されます。誰が犠牲になるのかという謎で盛り上げているのですがタイトルから簡単に予想がついてしまうのは演出的にもったいない気がします。数千人の観客の前で殺人が起きるというのはエラリー・クイーンの「アメリカ銃の秘密」(1933年)を連想させますね(クイーンの方が後発ですが本書の影響はあったのでしょうか?)。クイーン作品でもどのように殺したかの謎がありますが、本書では非常に珍しい凶器が中盤で明かされます。しかしそれだけでは謎解きはまだ半分、誰にも気づかれずにどうやって(目立つ)凶器を使ったのかという謎は終盤まで残ります。ただサーカスという特殊な舞台背景が絡むため一般読者にはこの真相は感銘を与えないかもしれませんが(そこもロデオ大会を背景にしたクイーン作品と共通していると思います)。前書きで「入念な殺人、危険な犯罪者」であったことが語られますが、近代的な事件を強調する一方で呪術を信奉するアフリカ民族を登場させて土俗的な要素まで織り込んでいるなどサービス満点です。


No.2175 4点 地獄時計
日影丈吉
(2019/10/28 20:56登録)
(ネタバレなしです) 日影丈吉(1908-1991)の晩年の1987年に発表された、最後から2番目の長編作品です。もっとも最終出版の「夕潮」(1990年)(私は未読です)は1979年に前半部が雑誌掲載されるもその雑誌出版社が倒産して単行本化が大きく遅れたという事情があるので、執筆順では本書が最終作の可能性があります。被害者の側に凶器を持って立っている女性という状況の殺人事件を扱い、真犯人は別にいると考える主人公の内心は全て読者に提示されますがその推理は根拠薄弱です(妄想と自認しています)。本格派推理小説ではあるのですが読者が犯人当てにチャレンジできる伏線を用意しないまま真相が明かされているので謎解きにはあまり期待しない方がいいと思います。文学的と語られることの多い作者ですが本書は「女の家」(1961年)や「孤独の罠」(1963年)と同じく、文学的要素が強過ぎてミステリーらしさが希薄過ぎるように思います。私はこの作者の良き読者とは到底言えませんが(未読作品も多いです)、謎解き重視の「真っ赤な子犬」(1959年)と謎解きの面白さと文学要素が両立できた「内部の真実」(1959年)あたりを勧めます。


No.2174 7点 メインテーマは殺人
アンソニー・ホロヴィッツ
(2019/10/18 21:03登録)
(ネタバレなしです) 私にとってこの作者のイメージはコナン・ドイル財団やイアン・フレミング財団から公認されたシャーロック・ホームズ新シリーズやジェイムズ・ボンド新シリーズの書き手であったので、一流のパロディー作家ではあるのでしょうけど現代ミステリのトップランナーと評価されていることには微妙に抵抗感があったのですが「カササギ殺人事件」(2016年)と2017年発表の本書を読んでマイ評価もうなぎ上り(笑)、優れた本格派推理小説の書き手として今後の活躍を大いに期待です。元刑事のダニエル・ホーソーンをホームズ役、作者自身(トニー)をワトソン役に配していますが自分の捜査に口を挟ませまいとするホーソーンとそれに反発して何とかホーソーンを見返そうとするトニーのぎくしゃくしたコンビ描写が新鮮です。作者自身を作中に登場させたとなるとファイロ・ヴァンスシリーズを書いたヴァン・ダインを思い出しますが、黒子よりも影の薄かったヴァン・ダインとは天と地ほどの大差です。作品個性では「カササギ殺人事件」に軍配が上がりますがあのひねり過ぎ気味のプロット構成は好き嫌いが分かれそうですので、王道的な本格派の本書の方を気に入る読者も少なくないでしょう(私もその一人)。犯人の正体が判明する場面の劇的効果も秀逸ですし、その後に続く謎解き手掛かりを丁寧に説明しながらの推理もよくできてます。


No.2173 5点 奈良「ささやきの小道」殺人
本岡類
(2019/10/16 21:41登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の本格派推理小説で、「著書のことば」によればトラベル・ミステリーであると同時に「その地でなければ成立しない」大仕掛けなトリックに挑戦した作品だそうです。それが奈良公園で鹿恐怖症の老人を鹿の群れが取り囲み、老人がショック死するという前代未聞の事件の謎解きです(老人がわざわざ奈良公園に行く理由はちゃんと用意してあります)。私が思いついた鹿せんべいトリックは第2章であっさり却下されました(笑)。トリックが成立しても死ぬかどうかの確実性に乏しいとか突っ込みどころもありそうですが、成立するか実験までしたという作者の努力は評価したいです。


No.2172 3点 ラム君、奮闘す
A・A・フェア
(2019/10/16 21:25登録)
(ネタバレなしです) 1940年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラム シリーズ第2作のハードボイルドです。素姓の知れぬ人物が登場して行方不明の女性を探して欲しいと依頼しますが、それでいて捜査のための情報をほとんど提供しないというあまりにも難解なプロットです。依頼人の正体や依頼の背景が明らかになるのは7章あたりですが、この時点では殺人は起きているし人間関係はややこしいし組織的妨害もあったりとまだまだ複雑な状況です。ラムの推理は途切れ途切れ気味で、しかも解決にすっきり感がありません。英語原題は「Turn on the Heat」で辞書を調べると「奮闘」と訳しても的外れではなさそうですが他のシリーズ作品でもラムは奮闘しているのですから、この日本語タイトルはもう一工夫欲しかった気がします。


No.2171 5点 にごりえ殺人事件
加納一朗
(2019/10/16 21:10登録)
(ネタバレなしです) 明治時代を背景にジャーナリストの前沢天風を主人公にした開花帖シリーズは全5作が書かれましたがその第1作が1984年発表の本書です。但し最終章の後日談を読むと当初はシリーズ化を意識していなかったのではと思いましたが。この後日談には実に驚かされるのですが、それにはそこに至るまでをしっかり読むことが肝要です。作中時代は明治20年(1887年)、経済の活況策のないまま庶民生活の犠牲の上に近代国家の道を歩む日本社会が巧みに描かれています。犯人探しではありますが扱っている事件が連続娼婦殺人事件のためか一般的な本格派推理小説のように動機のありそうな容疑者たちが最初から顔を揃えているわけではありません。浮かび上がった容疑者の容疑を晴らしてはまた新たな容疑者を探すという展開で、読者が推理に参加する余地があまりありません。天風の推理も論理的ではなく、容疑者の人柄を評してこの人物の犯行とは思えないと判断したりしています(とはいえ無実の裏づけはとってます)。最後は容疑が晴れない容疑者をおとり捜査的に真犯人と特定しているので本格派というよりスリラー小説と個人的には分類します。


No.2170 5点 水戸・日立ビジネス特急誘拐事件
浅川純
(2019/10/07 23:15登録)
(ネタバレなしです) 初出は「スーパーひたち3号96分の罠」というタイトルだった1990年発表の本格派推理小説です。商談のために出張中の男が特急列車から消えてしまいます。会社の私立探偵ならぬ社立探偵が事件の謎解きに挑むプロットです。会社員経験のある作者は講談社文庫版の作者あとがきで「カイシャイン」がミステリーの探偵役になることに違和感を覚えたことが社立探偵の創立につながったと解説していますが、確かに一介の会社員が犯罪の謎解きで活躍するのは非現実的ではあるでしょうけど会社組織に社立探偵がいるという設定だってリアリティがあるとは思えません(古くはクリストファ・ブッシュの「完全殺人事件」(1929年)にも登場してますが)。犯人当ての謎もありますがそれよりもどうやって走行中の列車からの誘拐を実現したのかというハウダニットに重きを置いたようなプロットで、複数のトリックを組み合わせていますが理系トリックについては既に時代の古さを感じさせているように思います。動機にもかなりの独創性を感じさせてはいますが、あれだけの工数をかけた犯罪計画には見合わないような気もします。


No.2169 6点 突然に死が
ハロルド・Q・マスル
(2019/10/07 22:57登録)
(ネタバレなしです) デビュー長編のスカット・ジョーダンシリーズ第1作「わたしを深く埋めて」(1947年)がミリオンセラーとなる大ヒットとなった作者のシリーズ第2作が1949年発表の本書です。ジョーダンのアパートを突然訪れた見知らぬ男がその場で倒れて死んでしまいます。男は何の用事でジョーダンを訪れたのか、一体誰が何のために殺したのかという謎解きですがプロット展開は前作以上にハードボイルド風で、ジョーダンは自分は弁護士で私立探偵ではないと言いますがほとんど弁護士らしくありません。はったりと脅迫で容疑者たちと対峙する場面が多いです。同時代のE・S・ガードナーのペリー・メイスンシリーズとの違いを出そうとした結果なのかもしれませんが。本格派好きの私には肌が合わないなと思いながら読み進めましたが終盤に至るとジョーダンは本格派の名探偵と化し、謎解き伏線を次々に回収しながらの推理で犯人を追い詰めます。ここの本格度は「わたしを深く埋めて」を上回ると思います。とはいえ事件の決着は典型的なハードボイルド流の締めくくりになってますが。


No.2168 4点 遅すぎた殺人事件
若山三郎
(2019/09/30 21:23登録)
(ネタバレなしです) 1984年発表のユーモア本格派推理小説で、タイトル通り殺人事件の発生は物語の後半です。前半は間違い誘拐事件の謎解きを中心に進み、間違えて誘拐された(そして早々と解放された)浪人学生の梶田裕一と彼が惚れ込んでいる探偵好きの女子大生の町野由香が主人公です。裕一の思いつきレベルの推理を由香が修正していく展開はホームズ&ワトソンスタイルの典型と言えるでしょうが、困ったことに由香の推理だって実のところは思いつきレベルです。十分な証拠の検証もなく感覚的にこうであるはずと決めつけているだけで(それが正解という結果になるのですが)、推理好き読者が納得できる説明とは思いませんでした。


No.2167 5点 ヴァイオリン職人の探求と推理
ポール・アダム
(2019/09/30 21:10登録)
(ネタバレなしです) 1993年のデビュー以来、大人向け作品と子供向け作品と両方を書き分けている英国のポール・アダム(1958年生まれ)が「Cremona Mysteries」という新シリーズを開始しました。2004年発表の本書がシリーズ第1作で、ヴァイオリン生産で世界的に有名なイタリアのクレモナのヴァイオリン職人のジャンニ・カスティリョーネ(本書では63歳)を主人公にしています(ちなみに作者自身、イタリア在住経験があるそうです)。親友の同業者が殺され、彼が幻のヴァイオリンを追い求めていたことが判って犯人探しとヴァイオリンの行方を追及するプロットです。手掛かりを求めてクレモナだけでなくイタリアのあちこち、果ては英国まで足を伸ばすトラベル・ミステリーでもあります。後者の謎解きの部分が圧倒的に多く、ヴァイオリンの描写、ヴァイオリンにまつわる歴史、ヴァイオリンを巡っての人間模様とヴァイオリンに関心が低いであろう読者が飽きないようにあの手この手を使っているのがひしひしと伝わってきます。一方で殺人事件の方は20章でジャンニ自身が認めているように「ただのカン」で解決しているようにしか感じられず犯人当て本格派推理小説としては不満の残る出来栄えです。ヴァイオリンへの情熱を殺人の謎解きの方にも費やしてほしかったですね(笑)。


No.2166 5点 「A寝台」殺人事件
関口甫四郎
(2019/09/30 20:49登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の天童一馬シリーズ第2作の本格派推理小説です。取材旅行で山梨や静岡を訪れたいた天童がそこで知り合った女性は天童と別れた後、密室状態の寝台列車で毒死します。死ぬ前の彼女の足どりを天童が調べていく地味な展開で、人間関係もどんどん複雑になっていきます。作者は密室のトリックと蘇生のトリックで読者に挑戦しているようですが、前者はともかく後者はトリックを見破る謎解きとは違うように思います。そもそも蘇生の謎ってどれのことなのかが三流読者の私にはよく理解できませんでした。解くべく謎が上手く伝わってこないのでせっかくの謎解き説明も空回りしているように感じます。


No.2165 6点 八人の招待客
パトリック・クェンティン
(2019/09/20 22:04登録)
(ネタバレなしです) 本国アメリカでも雑誌掲載したきりで単行本化されなかった中編「八人の招待客」(1936年)と中編「八人の中の一人」(1937年)を山口雅也が翻訳して1冊の単行本として2019年に国内出版しました。ちなみに国内紹介されたのはそれが初めてではなく、半世紀以上前の1950年代に前者は「ダイヤモンドのジャック」、後者は「大晦日の殺人」という日本語タイトルで雑誌掲載されています。どちらがどちらだか混乱しそうな新タイトルよりも英語原題の「The Jack of the Diamonds」と「Murder of New Year's Eve」に忠実な旧タイトルの方を個人的には支持したいですが。どちらもクローズド・サークル内での殺人を扱った本格派推理小説で、「八人の中の一人」はマンハッタンの高層ビルを舞台にして株主総会が終わった後に総会メンバーが殺される事件というのが珍しく、当時のミステリーとしては結構モダンです。閉じ込められた人々の中に犯人がいる(はず)という設定がサスペンスを盛り上げます。「八人の招待客」は脅迫された被害者たちが一堂に会するというのがアントニー・ギルバートの「黒い死」(1953年)を連想させますがプロットは全くの別物。脅迫者を始末しようと画策しますが予期せぬ展開を見せます。むき出しの殺意がサスペンスを盛り上げます。「グリンドルの悪夢」(1935年)に劣らぬサスペンスは一級ですけど解決が駆け足気味になったのが少々惜しいと思います。謎解きはじっくりと味わえさせてほしかったですが、これが中編の限界でしょうか?


No.2164 5点 H殺人事件
清水義範
(2019/09/20 21:26登録)
(ネタバレなしです) 清水義範(1947年生まれ)はパスティーシュ小説の第一人者として知られ、作品ジャンルは極めて多岐に渡りますがミステリーについては1985年発表の本書を皮切りとする躁鬱探偵コンビシリーズ(躁鬱を「でこぼこ」と読ませてます)とやっとかめ探偵団シリーズが代表作でしょうか。ユーモア本格派推理小説である本書ではシリーズ主人公の1人である不破太平の住んでいるアパートで殺人事件が起き、太平はアリバイを主張して容疑を晴らします。そのアリバイ証人がもう1人のシリーズ主人公の朱雀秀介で、初登場場面では被害者の死亡時刻を推理しますがこれがなかなかの切れ味で印象的、こちらが名探偵役であることを早々と読者にアピールしています。しかし肝心の最終章での犯人との対決場面では「証拠はありません。でも僕はそう思うのです」とかなりの部分を想像で補った推理になっていてご都合主義に感じられてしまうのが残念。通俗色はありますがそれほどくどくなく、思っていたよりは謎解きに集中しています。


No.2163 6点 キャッスルフォード
J・J・コニントン
(2019/09/20 21:06登録)
(ネタバレなしです) 1932年発表のドリフィールド卿シリーズ第10作の本格派推理小説です。裕福な女主人が遺言書を変更すると発表しますが変更前に殺されてしまうという、よくある設定の事件の謎解きです。古い方の遺言書の破棄は達成しているので遺言書なしで死亡したことになり、利害関係がややこしくなりそうですがそこを深く追求するストーリーにならないのがちょっともったいない気もします。人物描写が上手くない作家と評価されているようですが本書では結構頑張っており、第2章「政略結婚」で語られる家族ドラマは読者の心に訴えるインパクトがあると思います。地道で重箱の隅をつつくような捜査が続くし、ドリフィールド卿の出番は後半になってからですがドリフィールド卿に助けを求めながら嘘や隠し事する容疑者など謎を盛り上げる工夫をしています。しぶとく抵抗する犯人を追い詰める、微に入り細に入りのドリフィールド卿の推理説明も読ませどころです。


No.2162 6点 八月の消えた花嫁
野村正樹
(2019/09/16 20:33登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の「殺意のバカンス」シリーズ第2作の本格派推理小説です。今回の舞台はタヒチで(但し後半は東京に舞台が移ります)、雑誌の読者特派記者に応募して当選した村上加奈子(速水敏彦は行けないのでちょっと不満げです(笑))が現地で事件に巻き込まれます。軽薄な観光ミステリーかと思ってあまり期待しないで読んだのですが、確かに観光要素もあって緩さを感じる場面もありますが謎解きプロットは意外とがっちりしてました。舞台設定は決してお飾りではなく、タヒチを選んだ理由がきちんとしていますし巧妙な手掛かりに基づく推理が光っています。なお集英社文庫版の巻末解説は犯人の名前こそ明かしていないものの、中盤の事件の被害者や後半に判明する秘密をばらしてしまっているので先には読まないことを勧めます。


No.2161 5点 魔女の不在証明
エリザベス・フェラーズ
(2019/09/16 20:13登録)
(ネタバレなしです) 1952年発表の本格派推理小説です。同じ被害者の死体が別々の場所で発見されたらしいという奇妙な事件で幕開けし、あやふやな証言にあやふやなアリバイと、ある作中人物が述べているように「何を考えるべきかも、どうしたらいいかもわからない」状態が続きます。下手な書き方だと退屈極まりなくなるのですが、主人公の混乱を上手くサスペンスに絡めているのがよい工夫です。これで複雑な真相説明をすっきり着地できていればかなりの傑作と評価できるのですが、どうも一部の謎が放ったらかしになってしまった印象を受けました。本当の被害者でない方の死体の身元については「警察は(中略)自分たちで推理するはずだ」で片づけてしまっているし、第2の事件についてはほとんど推理されてません。さらに終盤の第21章の終りで起きた悲劇に至っては尻切れトンボではないでしょうか。

2900中の書評を表示しています 721 - 740