| nukkamさんの登録情報 | |
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| 平均点:5.44点 | 書評数:2900件 |
| No.2260 | 5点 | 震えない男 ジョン・ディクスン・カー |
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(2020/06/12 21:56登録) (ネタバレなしです) オカルト演出を織り込んだ本格派推理小説を得意とした作者のことですから幽霊屋敷を舞台にした作品もあるだろうと思ってましたが、1940年発表のフェル博士シリーズ第12作の本書がそれでした。ちなみに作中時代は1937年で第二次世界大戦の少し前ですがプロットの中で上手く時代性を活用しています。いくつもの謎が提示されますが大きなのは2つ。1つは17年前の1920年に老人がシャンデリアの下敷きになって死んだ事件ですが、状況証拠から判断すると彼が椅子を置いてその上からシャンデリアに飛びつき、ぶら下がりながらぶらんこのように身体をゆすっていたのではというシュールな推理が披露されます(真実ならなぜそんなことを?)。もう1つの(メインの)謎は壁にかかっていたピストルが誰も触れていないのに空中に浮かび上がって被害者を射殺したというものです。ハヤカワポケットブック版が半世紀以上前の古い翻訳というのも問題ですが、ちぐはぐな会話や質問に質問を返してはぐらかしたりと物語のテンポがよくありません。肝心の射殺トリックはユニークではありますがあのトリックで銃を空中に浮かせる、弾丸を発射させる、相手に命中させるを全て実現可能と計画するのはあまりにも無理筋ではと頭の中で疑惑の渦がぐるぐる...(笑)。とはいえ最後にとんでもない秘密が明かされるなどなかなか凝った謎解きの作品ではあります。しかしこのタイトルは何とかならなかったのでしょうか。「震えない男」とは被害者を指していますがほとんど印象に残りません。「絶対に偶然を当てにしない男」の方がよほど個性的です。 |
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| No.2259 | 7点 | 片翼の折鶴 浅ノ宮遼 |
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(2020/06/09 21:23登録) (ネタバレなしです) 医師である浅ノ宮遼(1978年生まれ)が2006年に発表したミステリーデビュー作の短編集(当初は「片翼の折鶴」というタイトルでした)で、診断の天才と呼ばれる西丸豊を探偵役にした5作が収まってます。大好きな本格派推理小説であっても難解な医療知識が満載なのは辛いので普通なら敬遠するところでしたが、創元推理文庫版で米澤穂信が「解決への手順も極めて論理的で、注意深く、かつフェアに構築されている」と絶賛しているのでついふらふらと読みましたが、いやこれいい、米澤さんありがとうと言いたいぐらいよかったです(何を偉そうに)。殺人の謎解きもありますが大半は患者や他の医師がわからない謎(病気の正体や病気の原因など)を西丸がどうやって解くかです。医学界の日常の謎解きですかね。でも普通の日常の謎と違い、それが解けないと患者は正しい治療を受けられずに死んでしまうかもしれないという緊張感があります。専門用語が多いですが語り口は滑らかで、一般教養さえ低レベルの私でも読みやすかったです。現場見取り図まであって最も本格派として充実している「幻覚パズル」と病変が消えたという風変わりな謎解きの「消えた脳病変」が私のお気に入りです。「私は探偵などではありませんよ。ただの医師です」のせりふで西丸が締めくくる「幻覚パズル」はこの短編集の最後に配置してほしかったですね。 |
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| No.2258 | 6点 | ある醜聞(スキャンダル) ベルトン・コッブ |
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(2020/06/09 20:45登録) (ネタバレなしです) ベルトン・コッブ(1892-1971)のシリーズ探偵と言えば40作以上の長編で活躍するチェビオット・バーマンですが、晩年の1965年から1971年にかけてその番外編として5作のブライアン・アーミテージシリーズが書かれました。1969年発表のシリーズ第4作である本書ではアーミテージは警部補で、かつてはバーマンの部下として充実した警官生活をおくっていましたがバーマンは警視正にまで昇りつめて今では直属の上司ではなく、現上司であるバグショー警視との関係は良好ではありません。しかも本書ではバグショーの秘書である女性巡査が墜落死する事件が起き、アーミテージは疑惑の上司を追及するのか忖度(そんたく)して捜査に手心を加えるのか、揺れ動くアーミテージの心情が独特のサスペンスを生み出します。一つ誤ると自分のキャリア台無しですからね。サラリーマン読者の私には大いに共感できる場面がいくつもありました(笑)。脇役ながらバーマンはアーミテージをフォローしてくれます。但しバグショーが無罪だった場合も想定して慎重です。そこがアーミテージは理解できずにちょっとすねているのもよくわかるぞ(笑)。そんなこんなで捜査は難航しますが、犯人を特定するには証拠が十分でない推理に感じられましたが終盤のちょっとしたどんでん返しが効果的で、幕切れも印象的です。本格派推理小説要素のある警察小説としてなかなかの出来栄えだと思います。 |
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| No.2257 | 7点 | 龍の寺の晒し首 小島正樹 |
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(2020/06/04 21:35登録) (ネタバレなしです) これでもかと言わんばかりに謎とトリックを詰め込む小島の本格派推理小説が「やり過ぎミステリー」という評価が固まったのは「武家屋敷の殺人」(2009年)あたりと思われます。「四月の橋」(2010年)が(この作者としては)おとなしい部類だったのでさすがに「やり過ぎ」もそうは続かないかと少し残念な気になりましたが、2011年発表の海老原浩一シリーズ第3作(島田荘司との共著「天に還る舟」(2005年)もカウントすれば第4作)の本書でまたまた「やり過ぎ」をやってくれました。連続首切り殺人事件の謎解きがメインですが、切られた首があちこちで目撃されたり首のない死体がボートを漕いだり、挙句の果てには造り物の龍が空に舞い上がります。トリックは強引だったり偶然だったりと問題点もありますが複雑な真相に上手くはまっています。犯人当てとしては第5章の最後の説明が肩透かしモノですがどんでん返しの謎解きは十分に面白かったです。ユーモアを意識した場面を挿入するなど作者にも余裕ができたのかもしれません。エピローグのドラマは「やり過ぎ」というより「出来過ぎ」の感がありますが(笑)。 |
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| No.2256 | 5点 | 降霊会の怪事件 ピーター・ラヴゼイ |
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(2020/06/04 21:15登録) (ネタバレなしです) 1975年発表のクリッブ&サッカレイシリーズ第6作です。作中時代は1885年、自宅に電灯があるのが珍しいという描写がありますがそんな時代に感電死事件の謎をもってきています。ハヤカワ文庫版の巻末解説では親切にもシリーズ全長編の特徴を紹介していますが、本書はその中で最も本格派推理小説らしさを発揮しており緻密な謎解きを楽しめると紹介しています。しかし残念ながらプロットも推理説明もわかりにくい作品でした。事件のきっかけとなる盗難の真相説明はさらりとし過ぎて読み落としかけたし、降霊会で電気仕掛けの椅子に座らせる目的もよくわからず感電死トリックも説明が上手くありません(私の理解力不足もありますが)。色々と伏線があったことは何とかわかったものの、それがどのように真相に結びつくのかがやっぱりわかりにくかったです。もう少し推理の切れ味がほしいです。 |
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| No.2255 | 6点 | Vの密室 井原まなみ |
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(2020/06/04 20:46登録) (ネタバレなしです) 石井竜生(1940年生まれ)との夫婦コンビ作家で知られる井原まなみ(1938年生まれ)が初めて単独執筆した1990年発表の本格派推理小説です。発表当時は「シーラカンスの海」というタイトルでした。300人以上が集まった名門校の同窓会で1人の女性が毒死します。会場の同窓生たちが容疑者になりますがその1人が今度は密室内でガス中毒死します。ところが部屋のガス栓は事故防止のため針金でぐるぐる巻きにしてありました。この風変わりな密室の謎解きも十分に面白いし、終盤での犯人との対決はドラマチックに盛り上がりますが本書の1番の読みどころは女性ドラマだと思います。第8章での主人公の「主婦をやるしかない女か、仕事をやるしかない女」の二択しかないような思考は現代の読者からすると「頭が硬過ぎない?」と映るかもしれません。しかしバブル経済が崩壊して夫婦共稼ぎが当たり前になる時代の直前に書かれた作品と割り切れば、結構共感できるところも多いのではと思います。 |
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| No.2254 | 5点 | 追憶のローズマリー ジューン・トムスン |
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(2020/06/04 20:29登録) (ネタバレなしです) 英国のジューン・トムスン(1930年生まれ)はシャーロック・ホームズのパスティーシュ短編が高く評価されていますがそれらが広く知られるようになったのは1990年代になってから。ミステリー作家としての活動は1970年代から書き続けられているフィンチ警部シリーズの本格派推理小説があり、個人的にはオリジナル探偵のこちらに興味がありました。トリッキーな作品もあるそうですが1988年発表のシリーズ第14作の本書はトリックはあまり凝ってません。創元推理文庫版の巻末解説の「人の微妙な心持を描くのがとてもうまい」特徴を押し出した作品です。心理描写もさることながら舞台描写もかなり控え目です。第一の事件は嵐が迫り来る夜の出来事なのですが全く迫力を感じません。むしろ19章での荒廃した建物が並ぶ運河とか20章の穏やかな夜に登場人物たちが織り成す小さく静かなドラマの方が印象に残りました。謎解きとしては被害者の周辺にローズマリーが散りばめられた秘密が注目に値しますが推理でなく捜査によって場当たり的にわかるのは本格派として物足りません。真相がほぼ明らかになったところで新たな謎が生じる展開が意外でしたが、蛇足のような気もしました。余談になりますが巻末解説で「時のかたみ」(1989年)の誤訳を謝罪して本書で訂正した姿勢は素晴らしいと思います。レジナルド・ヒルの探偵をダルジールと紹介して、後でディーエルと発音するのが正しいとわかってからもその後の翻訳でもダルジールで押し通し続けた出版社に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいです。 |
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| No.2253 | 5点 | 翳ある墓標 鮎川哲也 |
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(2020/06/02 22:12登録) (ネタバレなしです) 鮎川哲也が残した長編ミステリーは22作(知名度の割には意外と少ないですね)、ほとんどが鬼貫警部シリーズで17作、天才型の星影龍三シリーズが3作、非シリーズが2作です。1962年発表の本書は非シリーズ作品です。「動機に社会性はあるが、これはあくまで純粋本格推理小説である」とは作者の弁ですが、そこまで主張するからには星影龍三シリーズみたいな王道路線を追求してほしかったですね。地道な捜査の末にやっと犯人の目星がついて終わりかと思ったらとんでもない、そこからの証拠固めにページを費やしており、星影シリーズよりは鬼貫シリーズの方に近いと思います。最後は(やや唐突に)哀愁を帯びた締め括りを意図するなど、決して「純粋」ではありません(そこがいいという読者もいるでしょうけど)。 |
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| No.2252 | 5点 | ふさわしき復讐 エリザベス・ジョージ |
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(2020/06/02 21:44登録) (ネタバレなしです) ハヤカワ文庫版で600ページを超す1991年発表のトーマス・リンリー警部シリーズ第4作の本格派推理小説ですが過去の3作を読んだ読者は違和感を感じるのではないでしょうか。何とリンリーとセント・ジェイムズの妻デボラが婚約関係なのです。巻末解説によるとデビュー作の「大いなる救い」(1987年)よりも前にセント・ジェイムスを主人公にした作品を2作も書いていて、その未発表作を改訂して出版したのが本書とのことです。そのためか本書はリンリーとセント・ジェイムスのダブル主人公体制で、しかも謎解きへの貢献度はセント・ジェイムスの方が高いというシリーズ異色作です。しかし「大いなる救い」よりも作中時代が昔であることは冒頭で断り書きしてほしかったですね。トーマスの母、弟やセント・ジェイムスの妹などが登場しますが良好な家族関係とは言えない上に殺人事件にまで巻き込まれます。探偵役の家族が容疑者になるミステリーならドロシー・L・セイヤーズの「雲なす証言」(1926年)が先駆的作品ですが、比較にならないほどの重苦しいサスペンスです。リンリーの婚約がどうなるかはシリーズファン読者なら結果は丸わかりですが、どのように収まるのかという興味で読ませます。 |
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| No.2251 | 5点 | ヘビイチゴ・サナトリウム ほしおさなえ |
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(2020/06/02 21:15登録) (ネタバレなしです) 詩人の大下さなえがほしおさなえ名義で2002年にミステリー賞応募したミステリーデビュー作で、受賞は逃したものの翌2003年には単行本化されました。女子高で女生徒が墜落死します。それ以前にもやはり女生徒が墜落死していたり、女生徒と深い関係があると疑われた男性教師には2年前に妻が自殺した過去があったりとただならぬ人間関係が示され、ついには問題の教師までもが墜落死します。多数の内心描写が交互に描かれるし、複数の小説原稿が入り乱れてどの原稿がオリジナルで作者は誰なのか、他の原稿は代作なのか盗作なのかと謎は深まります。時に幻想味さえ漂わせるもやもやした展開ですが、物語の2/3ほどで犯人の自白があって一応は収束します。もっともそこからまだまだ細かい謎解きがあり、プロローグまで試行錯誤が続きます。本格派推理小説としてつじつまの合う推理がありながらどこか釈然としない読後感を残す作品です。 |
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| No.2250 | 4点 | ビール職人のレシピと推理 エリー・アレグザンダー |
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(2020/06/02 20:59登録) (ネタバレなしです) 2018年のスローン・クラウスシリーズ第2作のコージー派ミステリーです。シリーズ第2作ということでシリーズキャラクターの描写にそれほどページを費やさず、スムーズに謎解きプロットに突入するのはよし。ひょんなことから容疑者の1人をスローンが自宅に宿泊させる羽目になる展開も面白いです。ビール愛好家にとっては最大のイベントであるオクトーバーフェストの絡ませ方も上手く、第16章でのお祭り騒ぎの雰囲気も楽しいです。しかし肝心の謎解きは腰砕け、スローンが名探偵役とは程遠いのは前作と同じで、しかも解決シーンを見落としてしまう体たらくです。マイヤーズ署長、スローンに手伝わせるのはもうやめた方がいいのでは(笑)。 |
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| No.2249 | 5点 | 探偵ガリレオ 東野圭吾 |
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(2020/05/29 22:23登録) (ネタバレなしです) 東野作品の中では加賀恭一郎シリーズと並んで有名なガリレオシリーズは1998年発表の本書でスタートしています。単行本は全5章の構成ですが長編作品ではなく、各章が短編として完結しているシリーズ第1短編集です。主人公は物理学の大学助教授の湯川学ですが、なぜガリレオと呼ばれるのか全く説明されていません。というかガリレオと呼ばれるのも第5章での1回だけでした。本格派推理小説ですが犯人当てにはあまりこだわっておらず、「壊死る」に至っては中盤で犯人が読者に明かされています。殺人トリックや怪現象のハウダニットの謎解きがメインで、エンジニア出身の作家らしく理系要素が濃いです。トリック依存度が高いというかほとんどそれだけなので、トリックよりも心理ドラマを重視している加賀恭一郎シリーズ短編集の「嘘をもうひとつだけ」(2000年)と比べると謎の底が浅いように感じました。 |
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| No.2248 | 5点 | ナイチンゲールの屍衣 P・D・ジェイムズ |
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(2020/05/29 21:54登録) (ネタバレなしです) 1971年発表のアダム・ダルグリッシュシリーズ第4作の本格派推理小説で、作者の個性が十分に発揮された最初の作品と評価されています。その個性というのがハヤカワ文庫版の巻末解説では「よくいえば重厚、悪くいえばやや暗く重苦しい」と紹介されています。この解説からして微妙で、なぜ重厚はよくて暗く重苦しいはいけないのでしょうか?まあしかし文庫版で500ページを超す分量はそれまでの作品と比べると確かに分厚いし、中身もページ以上にずっしり感を感じさせます。捜査描写の停滞感が半端でなく、毒物の正体判明までにすごく時間をかけていてそれまでダルグリッシュも慎重な姿勢を崩しません。そしてこれまた評価の高い人物描写ですけど感情描写の抑制が効きすぎて人物の全体像がちっとも浮かび上がりません。第1章での殺人場面のすさまじい描写でどかんと派手に花火を打ち上げていながらその後はじっくりゆっくりな展開です。それが好きな人はたまらなく好きなんでしょうけど、短気な私には合わなかったです。とはいえ本書以降にはもっと重苦しい作品が次々と生み出されるのですが。 |
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| No.2247 | 5点 | 幻の女殺人事件 福田洋 |
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(2020/05/29 21:22登録) (ネタバレなしです) 1987年発表の本書は光風社ノベルス版ではクライム・ノベル、光風社文庫版では本格推理と紹介されています。本格派推理小説が大好きな私は後者であってほしいと祈るように(大袈裟だ)読みましたが...、これは警察小説ですな(笑)。駐車中の車の中から金融会社社長の死体が発見されますが、捜査が始まったばかりのところへ社長を名乗る男から金を送れという電話が入ります。銀行を張り込んだ警察は金を取りに来た男を逮捕、男は殺人については潔白を主張するもあっという間に裁判です。もちろんこれで解決ではなく、アリバイ証人が登場して捜査やり直しです。しかも今度はこのアリバイ証人が殺されるのです。捜査線上に謎の女が浮かび上がり、刑事たちがあれこれ推理しながら追い求めますがなかなか尻尾を掴めない展開はなかなかの読み応え。しかし第7章で唐突な重要証言が出て解決に向かうという幸運(犯人には不運)が安直過ぎてがっかりです。この証言につながりそうな伏線を前もって張る工夫があればもっと高く評価できるのですが。もっともその後も犯人に迫る捜査側とぎりぎりでかわす犯人側との攻防がスリリングで、読者が犯人に共感するような仕掛けを織り込んでいるのも効果的。幕切れも余韻を残します。 |
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| No.2246 | 5点 | シャーロック伯父さん ヒュー・ペンティコースト |
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(2020/05/29 20:54登録) (ネタバレなしです) アメリカのサスペンス小説家ヒュー・ペンティコースト(1903-1989)は長編ミステリーを90作以上書いた多作家ですが、本書の論創社版の巻末解説によると長編よりは短編、短編よりは中編の評価が高いそうです。とはいえ生前に出版された短編集は10冊にも満たないのですが。1970年発表の本書は長編6作で活躍する元検事のジョージ・クラウダーシリーズの唯一の短編集で、中編1作と短編7作が収められています。収録作品の一つでもある「シャーロック伯父さん」こそコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズを意識していますが地方色の濃い舞台描写といい、アンクル・ジョージに私淑する甥のジョーイ・トリンブルの存在といい、全体としてはむしろメルヴィル・D・ポーストのアブナー伯父シリーズを連想します。残念ながら本格派系の作品は謎解き手掛かりの提示が後出しだったりと作者がこのジャンルを得意としていないことを感じさせますが、それでもアンクル・ジョージの経歴が紹介されている上にジョージやジョーイまでもが容疑者になってしまう「ハンティング日和」やユーモア混じりの締め括りが印象的な「ミス・ミリントンの黒いあざ」は楽しめました。サスペンス系ではまさかの人情物語になだれ込む中編「我々が殺す番」が出色です。 |
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| No.2245 | 3点 | 天狼星Ⅱ 栗本薫 |
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(2020/05/28 22:01登録) (ネタバレなしです) 1987年発表の伊集院大介シリーズ第6作で天狼星三部作の第二作となるスリラー小説です。前作の「天狼星」(1986年)は一応は物語として完結していますが本書は「続きは次回作をお楽しみに」と言わんばかりのすっきしない締め括りです。本書で大介の宿命の敵であるシリウス(印象的な手下の刀根一太郎は出番なし)が狙うのは日舞の新たな花形として彗星の如く登場した芳沢胡蝶です。第6章で大介が「(一部省略)異常のはざま、夢とうつつのはざま、正常と倒錯のはざま、男と女のはざま、いろんなはざまで恐ろしくデリケ-トなバランスの上で咲いた妖花」と表現してますがとにかく浮世離れしたキャラクターで(24歳という実年齢より幼く見える)当然読者の好き嫌いは大きく分かれます。その超個性的な人物描写のために時にサスペンスが犠牲になるほどです(終盤はさすがに劇的です)。大介の推理場面もありますが第一の殺人事件についてはどうなったんだと抗議したい(笑)。個人的には好みのミステリーではありませんが、舞踏の場面の緊迫した迫力は素直に素晴らしいと褒めます。本筋とは関係ありませんが森カオルが結婚したのには驚いた読者もいるでしょう。その経緯については本書では全く説明されませんが、実に20年後に発表された「樹霊の塔」(2007年)で語られることになります。 |
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| No.2244 | 6点 | 殺人者は一族の中に デラノ・エームズ |
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(2020/05/28 21:43登録) (ネタバレなしです) 1949年発表のダゴベルト&ジェーン・ブラウン夫妻シリーズ第2作で、2人は前作では独身でしたから夫婦としての活躍は本書で始まります。舞台はアメリカのニュー・メキシコで、終盤での乗馬シーンがアメリカ南西部らしさを感じさせます。ジェーンの視点で描かれるダゴベルトの夫としての姿勢は色々と批判が出そうな気もしますが、時に反発しながらもジェーンが許しているのであれば外野がああだこうだと真剣に突っ込む必要はないと思います。とはいえクレイグ・ライス作品のジャスタス夫妻の描写の方が読んでて楽しいのは確かですけど。2人は農場主のミランダを訪れますがミランダが「殺人が起こりそうだ」と発言していることを聞かされ、ようやく会えた時にはミランダは死体となっていました。ダゴベルトの捜査はファーガスン保安官代理からも容疑者たちからも嫌がられるし、ブラウン夫妻の会話も案外と情報を出し惜しみしていて物語のテンポは重めです。推理説明が論理的とは言えず決定的証拠に乏しいきらいがありますが、第17章のジェーンの容疑者一覧メモや劇的などんでん返しの連続など本格派推理小説らしさは十分あります。 |
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| No.2243 | 7点 | 妖鳥 山田正紀 |
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(2020/05/28 21:24登録) (ネタバレなしです) 1997年発表の本格派推理小説で、幻冬舎文庫版で700ページ近い大作です。病院を舞台にして様々な謎が渦巻きます。小島正樹は謎とトリックをぎゅうぎゅう詰め込んだ本格派作品が敬愛を込めて「やり過ぎ」と評価されてますが本書だって負けてません。死を待つばかりの重体患者が密室状態の部屋で殺されたり、素性のわからない看護婦が徘徊したり、火の気のない部屋で焼死事件が起きたり、見えない部屋はどこにあるのか、落下した場所から大きく離れた地点で発見された墜落死体など実に盛り沢山です。人間関係が後半にならないと整理されないとか、動機が完全に後出しで読者が推理しようがないとかの問題点もありますけど、大胆などんでん返しの謎解きと膨大な伏線が合理的に結びつく真相は一読の価値が大いにあると思います。 |
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| No.2242 | 5点 | 「レインボウズ・エンド」亭の大いなる幻影 マーサ・グライムズ |
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(2020/05/28 21:04登録) (ネタバレなしです) 1995年発表のリチャード・ジュリーシリーズ第13作の本格派推理小説で、文春文庫版で650ページ近い大作です。前半がイギリス編、後半がアメリカ編(但しイギリスでの活動も描かれます)の構成ですが、この前半での懐古趣味が半端ではありません。私が気づいただけでも「「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察」(1983年)、「「エルサレム」亭の静かな対決」(1984年)、「「古き沈黙」亭のさても面妖」(1989年」、「「老いぼれ腰抜け」亭の純情」(1991年)に登場した人物たちが回想されたり再登場したりしています。世間は狭いな(笑)。一応3人の女性の急死事件を捜査しているのですが死因もはっきりしない(自然死かもしれない)、アメリカのサンタフェを訪れたり住んでいた程度の共通項しかないというのにこの状況証拠だけでジュリーが渡米するというとてつもなく強引な展開、そこに至るまでに300ページを費やしています。過去シリーズ作品を読んでいた私は懐かしさもあったし、この作者の文体が好きなのでそれほど退屈しませんでしたが、ほとんどの容疑者とジュリーが顔合わせするのがやっと後半というのでは冗長すぎると感じる読者も多いかも。それにしても犯人の犯行計画、かなり杜撰な印象を受けました。 |
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| No.2241 | 5点 | 聖悪女 土屋隆夫 |
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(2020/05/28 20:35登録) (ネタバレなしです) 2002年に本格派推理小説である本書が発表された時点で作者が85歳の高齢なのも驚きですがこの後更に長編2作を書くのですからますます驚きです。しかも本書を読んだ限りでは枯淡の境地なんてとんでもない、第8章では自身の「推理小説作法」を引き合いに出してしかもそこからの脱却を目指す実験精神まで見せている、光文社文庫版で500ページを超す充実作です。全体としての完成度は高いのですが気になるのはプロット構成です。第2章で「作者が描こうとしているのは、星川美緒という女性の一代記ではない」と注記していますが、一代記ではないにしろ半生記であることは間違いありません。犯罪が起きるまでに主人公である美緒の波乱の人生が300ページ以上も続くのです。この物語もいい出来だと思いますが、巻末解説の「あまりにもバランスを欠いていると批判されても、仕方ないと思われる」に賛成です。ミステリーと文学の融合を目指した作者ならではの作品ですが、個人的にはもう少しミステリーのウエイトを増やして欲しかったところです。 |
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