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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2813件

プロフィール| 書評

No.2513 6点 毒の矢
横溝正史
(2022/05/25 07:33登録)
(ネタバレなしです) 1956年に短編版が発表され、同年に長編化した金田一耕助シリーズ第13作ですが角川文庫版で200ページに満たない短さのためか長編としてカウントしていない文献もあるそうです。「幽霊男」(1954年)や「吸血蛾」(1955年)など通俗スリラー作品が目立ち始めている中で本書はきっちりした犯人当て本格派推理小説として仕上がっており、推理説明が丁寧です。空さんがご講評で指摘されている、英国の某作家の某作品のトリックに類似とはああ、多分あれですね。事件解決後の幸福感は横溝の全作品中でも一番ではないでしょうか(そこも某作家の作風に通じるところありますね)。角川文庫版には本書に続けて書かれた短編「黒い翼」(1956年)が一緒に収められていますが、匿名の手紙がきっかけとなる展開が「毒の矢」と同工異曲的な作品ながら暗く重苦しい結末が対照的です。


No.2512 5点 断崖の骨
アーロン・エルキンズ
(2022/05/24 07:31登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表のギデオン・オリヴァーシリーズ第3作で、過去のシリーズ作品はスリラー小説でしたが本書は作風変更を意図したか英語原題を「Murder in the Queen's Arms」にした本格派推理小説です。新婚旅行で英国を訪れていたギデオンが第1章で博物館から貴重な古代人の人骨が盗まれているのに気づきます。もっともこの事件の捜査をするわけではなく、旧友が発掘中の遺跡を訪れてそこで殺人事件に巻き込まれるという展開になります(盗まれた人骨もかなり後になってから重要な役割を果たすのですけど)。結構早く容疑者は絞り込まれるのですが、犯人は左利きのはずなのに容疑者は全員右利きという謎にギデオンが悩みます。この真相は専門的知識で解かれて面白い謎解きではなかったし、後半の新たな事件も蛇足の展開に感じます。作者にとって初の本格派ということでまだ試行錯誤中だったのかもしれません。


No.2511 6点 模像殺人事件
佐々木俊介
(2022/05/22 02:40登録)
(ネタバレなしです) デビュー作の「繭の夏」(1995年)からかなりの時間を経て2004年に発表された第2作の本格派推理小説です。8年前に家出した長男を名乗る男が2人帰郷し、しかもどちらも頭部全体を包帯で覆われている包帯男という異常な事態が起こります。果たしてどちらが本物なのかという謎で前半を引っ張りますが片方が失踪するに至ってからどんどんややこしいことになります。会話の中に登場するけど直接描写がほとんどない登場人物が結構いますが、これが謎を深めるのに効果的です。「人物に存在感がない」と書くと通常は否定的評価ですが、本書の場合は当てはまらないでしょう。とらえどころがなくて読みにくいと感じる読者もいるかもしれませんが。何が起こったのかという網羅的な謎解きは読者が当てるのは難しいと思いますが、複雑怪奇な真相を丁寧な推理で説明している力作です。


No.2510 5点 名探偵と海の悪魔
スチュアート・タートン
(2022/05/20 13:36登録)
(ネタバレなしです) SFミステリーの「イヴリン嬢は七回殺される」(2018年)でデビューした英国のスチュアート・タートンが2020年に発表した第2長編です(英語原題は「The Devil and the Dark Water」)。「イヴリン嬢は七回殺される」はジャンルミックス型らしいのですが(私は未読です)、本書も海洋冒険小説、本格派推理小説、歴史小説、怪奇小説がミックスされています。作者は歴史描写については細部にこだわらずフィクションであることを強調していますが、十分に時代性を感じさせていると思います(歴史知見の乏しい私が賞賛しても説得力ないですけど)。船に乗り合わせた船員、兵士、そして船客の関係がどちらかといえば対立的ですし、男尊女卑描写も容赦ないところは現代社会と大きく異なる雰囲気です。前半は物語のテンポが遅過ぎで、後半は劇的に盛り上がりますが色々詰込み過ぎで意外とサスペンスを感じませんでした。冒険小説として人が(結構大勢)死ぬのと本格派の被害者として人が死ぬのをごちゃまぜにしているためか、それなりに推理説明はしているのですが謎解きのすっきり感があまり得られません(なかなか巧妙なミスリーディングがありますけど)。善悪を超越した決着のつけ方がユニークです。


No.2509 5点 北陸翡翠峡殺人事件
関口甫四郎
(2022/05/11 22:26登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表のシリーズ探偵の登場しない本格派推理小説です。宝飾品新作発表パーティーの出席者3人が失踪し、その1人が富山県の宮崎鹿島樹叢で他殺死体となって発見されます。失踪者の1人と思われる男が残したノートの暗号謎解きに力が入っており、非常に丹念に解読されています。「鉄道回文殺人事件」(1987年)を読んだ時にも感じましたがこの作者は暗号が得意なようですね。もっともこの暗号、メッセージとしてはあまりにも回りくどい手段にしか思えませんでしたが。第11章の4で最後に明かされる真相は読者が推理しようがなく、謎解きの締め括りとしてはどうにも締まりません。


No.2508 5点 レシピに万歳
アリサ・クレイグ
(2022/05/09 06:32登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表のディタニー・ヘンビットシリーズ第4作ですがディタニーは妊娠中でそれほど活躍するわけではなく、夫のオズバートの名探偵ぶりが目立ちます。本書と同年に発表されたP・M・カールソンの「真夏日の殺人」でやはり妊娠中のマギー・ライアンの大活躍ぶりとは対照的な描き方ですね。オズバートの叔母のアシュレーザが訪れていた毛糸店に銃弾で蜂の巣になった自動車を乗り付けた男が飛び込んできてダイイングメッセージを残して死んでしまい、さらに追跡者らしい2人組の男が乗り込んで死体と車を運び去ります。この騒動に巻き込まれて全く動じなかったアシュレーザが凄いです(笑)。被害者はほどなく特定され、ミンスミート製造会社の秘密レシピを狙った事件の犠牲者ではと推測されます。なかなか大胆なトリックが使われていて、やりようによってはインパクトのある謎解きに仕上げられたのではと思われますがコージー派の本格派推理小説プロットなので、真相を見抜いた推理説明はちゃんとありますけどあっさり目です。


No.2507 4点 黒バラ荘殺人事件
関口芙沙恵
(2022/05/07 21:37登録)
(ネタバレなしです) 関口ふさえ名義で「蜂の殺意」(1990年)を発表してデビューした関口芙沙恵(1944年生まれ)のミステリー第2作が1991年発表の本書です(これも関口ふさえ名義)。「蜂の殺意」は(私は未読ですが)悪女の犯罪を描いたサスペンス小説のようですが、本書は趣向をがらりと変えました。タイトルから当時既に4作が発表されていた綾辻行人の館シリーズ的な本格派推理小説を私は連想したのですが、これは全くの勘違いでした。カッパノベルス版の「著者のことば」では「人間を書きたい」と主張され、裏表紙では「政界の暗部に迫っている」と紹介されている社会派推理小説です。政財界絡みの事件を追うルポライターがマンションの自室で殺され、古代ギリシャ風の衣装をまとって拳銃自殺した(らしい)政治家の記事が載っている3年前の週刊誌の間に「ギリシャ神話」の文庫本がはさまっているのが現場で発見されるというプロットです。本格派を期待して読んだのは私の勝手なので社会派だったことに文句を言うつもりはありませんが、タイトルの黒バラ荘は中盤でちょっと登場するだけ、しかもそこでは殺人が起きないというのにはちと文句を言いたいです。感情をあまり表に出さない政財界関係者が多いためか、著者が目指した人間描写もあまり実現できていないように感じました。


No.2506 5点 レオ・ブルース短編全集
レオ・ブルース
(2022/05/04 16:42登録)
(ネタバレなしです) レオ・ブルース(1903-1979)のミステリー短編集は死後出版の「棚から落ちてきた死体」(1992年)が最初で、ビーフ巡査部長シリーズが10作、グリーブ巡査部長シリーズが8作、非シリーズ作品が10作の合計28作で当時はこれがブルースの短編全集という位置づけでした。その後、ビーフ巡査部長シリーズが4作、グリーブ巡査部長シリーズが3作、非シリーズ作品が5作発見され、2022年に全40作の国内独自編集の全集としてまとめられました。その内9作は世界に先駆けての出版らしく編者のドヤ顔が目に浮かぶようです(笑)。驚いたのが2点、1つは大半が10ページ前後のショート・ショートであること(扶桑社文庫版は40作で400ページに満たないです)、もう1つはシリーズ作品は本格派推理小説ですが非シリーズ作品は犯罪小説が多いことです(中にはホラー小説もありました)。謎解き手掛かりが後出し気味の本格派も少なくないですが、その中ではトリックに驚く「休暇中の仕事」(別の短編で使い回しされてます)と「棚から落ちてきた死体」(場面を想像するとおかしな気分になります)が印象に残ります。30ページに達する短編「ビーフのクリスマス」はページが多いだけあって犯人当てとして充実のプロットで、大胆な犯行トリックも面白いです。


No.2505 5点 三千万秒の悪夢
日下圭介
(2022/04/27 12:15登録)
(ネタバレなしです) 1992年発表の倉原真樹シリーズ第5作です。第1章で石川県で起きた殺人事件が描かれますが、第2章から登場する真樹が担当するのは15年前の東京での未解決殺人事件の方です。放火事件、脅迫、轢き逃げ事件、新たな殺人と色々と謎が増えるのですが関連性がなかなか見えてこないのでちょっと散漫な印象ですし、第5章で真樹が「濡れた砂にのめり込んだみたいに、まるで進まなかった」と述懐しているように中盤過ぎまではもやもやした展開なのでいささか退屈でした。第6章でやっと事件の全体像に光が当たり、作者のねらいである「北陸ならではの情感」描写も目立ってきます。真樹が名探偵よろしく謎を見抜いていることを示唆しているのはいいのですが、どうやって推理したのかをきちんと説明していないので本格派推理小説の謎解きとしては不満があります。


No.2504 5点 赤い三角形
アーサー・モリスン
(2022/04/22 08:05登録)
(ネタバレなしです) マーチン・ヒュイーットシリーズのこれまでの短編集が1894年、1895年、1896年と毎年出版されたのに対して、第4短編集でシリーズ最終作である本書はお久しぶりの1903年出版です。1902年から1903年にかけて雑誌掲載された6作品を収めているところは過去の短編集と同じパターンですが、大きく異なるのは全ての作品に同じ犯罪組織が絡む連作短編集を意図して作られたことです。起こった事件の捜査は成功するが黒幕は逃してしまうというパタ-ンの作品が多いです。「レヴァー鍵の事件」(1903年)では「暗号解読に長けているという自信がある読者諸氏は、ぜひ挑戦してみてもらいたい」とまだ本格派推理小説を意識していますが、後半の作品になるほど黒幕の追跡がメインとなる冒険スリラー小説要素が強くなります。短編集でまとめて読む分には問題ありませんが単独作品として読んだ場合には完全解決でなくてすっきり感のない作品が多いです。


No.2503 5点 予告された殺人の記録
高原伸安
(2022/04/20 09:54登録)
(ネタバレなしです) 初めて読んだミステリーがアガサ・クリスティーの「アクロイド殺人事件」(1926年)という高原伸安(1957年生まれ)によってこれを超えることを目論んで1991年に発表されたデビュー作の本格派推理小説です。人並由真さんがご講評で作者による「あとがき」でのネタバレに要注意と警告して下さっていますが、この「あとがき」がないと最終章に当たる33章は一体何なのか悩む読者は私だけではないと思います。私はこの種の仕掛けのもっとシンプルなパターンの先行作品(「あとがき」で紹介されている作品は読んでませんが)でもあまり理解できていなかったのですけど。またこの仕掛けを成立させるためのトリックは早い段階から結構丁寧に紹介されていますが、それでも頭の固い私には実現可能なのか疑問が拭えませんでした。1章のミステリー談話で語られる「読者は定義と一緒で受け入れるしかない」に納得できる読者なら大丈夫でしょうけど。またタイトルがガブリエル・ガルシア=マルケス(1928-2014)の「予告された殺人の記録 」(1981年)(私は未読です)に由来する記述が32章にありますが、殺人予告のない本書のプロットでこのタイトルはぴんと来ませんでした。いずれにしろ相当数のミステリーを読み込んだ読者向けの作品だと思います。


No.2502 5点 放浪処女事件
E・S・ガードナー
(2022/04/17 20:11登録)
(ネタバレなしです) 1948年発表のペリイ・メイスンシリーズ第32作の本格派推理小説です。複雑な人間関係に複雑な真相の謎解きなんですが、プロット整理があまり上手くなくてわかりにくいです。殺人以外の悪だくみの謎解きの方がメインにさえ感じられ、肝心の殺人の謎解きはかなり乱暴な推理を自白に助けてもらっている始末です。英語原題が「The Case of Vagabond Virgin」ですので日本語タイトルを「放浪処女事件」としているのは誤訳とは言えませんけどなんかしっくりきません。ハミルトン・バーガー検事が使った「無垢」という表現の方がまだ合っているように思いました。それにしても当時の米国では18歳はそれなりに保護される年齢だったのですね。


No.2501 4点 料理人は夜歩く
カレン・マキナニー
(2022/04/14 23:54登録)
(ネタバレなしです) 2007年発表のグレイ・ホイール・インシリーズ第2作です。シリーズ第1作の「注文の多い宿泊客」(2006年)と同様、コージー派ミステリーに分類するのがためらわれるほど楽しい要素がなく、美しい風景描写や美味しそうな料理描写があっても雰囲気は明るくなりません。そしてこれまた前作同様に終盤には結構痛々しい場面が用意されています。ヒロインが2人の男性のどちらを選ぶかで揺れ動くというのはロマンス小説の王道パターンの1つではあるのですが、本書の場合は片方の男性があまり魅力的でないのにどっちつかずの態度のナタリーにイライラさせられます(作者の計算の内かもしれませんが)。謎解きも場当たり的で、第25章では「不意にすべてが正しい場所にカチリとはまった」と述べていますがそれほど丁寧に伏線を回収した謎解き説明しているわけではありません。


No.2500 1点 斜め屋敷の犯罪
島田荘司
(2022/04/08 09:21登録)
(ネタバレなしです) 1982年発表の御手洗潔シリーズ第2作の本格派推理小説で、読んだのはかなり昔です。壁に投げつけたくなるほど読者を立腹させる本のことをカベ本と言うらしいですが、私にとってのカベ本が本書でした(実際に投げたりはしませんでしたが)。終盤までは舞台の雰囲気も謎の魅力も文句なく面白かったんですよ。そして「読者への挑戦状」に相当する幕あいを経ての図9を使って説明される大トリック。賛否両論あるかと思いますが私はよくもここまで考えたものだと感心しました。しかしその後に続く謎解きで傑作の予感が台無しです。御手洗が「説明するまでもない」と説明放棄した真相は私にとっては読者を馬鹿にする仕打ちにしか思えず、こういうことをするならなおさら読者を納得させるきちんとした謎解き説明が必要ではないでしょうか。まあ本書で打ちのめされたおかげで、その後もいくつかの問題作に出会いましたが本書ほど頭に血が上ることはなかったので心を鍛えられた作品としての価値はあったと思います(笑)。


No.2499 5点 完全殺人事件
クリストファー・ブッシュ
(2022/04/06 23:07登録)
(ネタバレなしです) 英国のクリストファー・ブッシュ(1885-1973)は1920年代後半から1960年代後半にかけて活躍した多作家で、別名義での作品もありますがブッシュ名義で発表された60作以上は全部がルドヴィック・トラヴァースシリーズの本格派推理小説で非シリーズ作品がないらしいのに驚かされます。ただ初期作品でのトラヴァースは影が薄く、シリーズ第1作では友人のジェフリー・レンサム(本書でもちょっと登場)の活躍が目立っているそうですし、1929年発表のシリーズ第2作の本書でも元刑事のジョン・フランクリンの捜査場面が多いです。アリバイトリックを見破ったり、犯人の不注意な言動を指摘したりと名探偵らしさはあるのですけどトラヴァースの存在感がなさ過ぎです。序盤の完全殺人の予告状以外は盛り上がりを欠き、早々と容疑者は絞り込まれて犯人当ての楽しみはなく、肝心のトリックもぱっとしません。タイトルがあまりに強気なだけに期待外れの印象を抱いた読者が多いのではないでしょうか。私が読んだ創元推理文庫版は半世紀以上も昔の翻訳でとても読みにくいですが、新訳版があれば再読したいかというとうーん、遠慮しときます(笑)。


No.2498 5点 キリオン・スレイの復活と死
都筑道夫
(2022/04/05 07:59登録)
(ネタバレなしです) 1974年の出版当初は「情事公開同盟 新キリオン・スレイの生活と推理」だったキリオン・スレイシリーズ第2短編集で7作のシリーズ短編を収めています。個人的に好きなのは推理合戦風の「なるほど犯人はおれだ」と「密室大安売り」。特に前者はkanamoriさんもご講評で賞賛されていますけど論理的な推理が充実しています。推理の切れ味はいまひとつの感がありますが、ビルの八階の窓の外にしがみついて夫を殺したと自供する女という本格派らしからぬ場面で始まる「八階の次は一階」も印象的です。「キリオン・スレイの死」は暴力団がらみのハードボイルド風なのが異色ですが、ハードボイルドとしても本格派推理小説としても中途半端に終わってしまったような気がします。


No.2497 5点 奥只見温泉郷殺人事件
中町信
(2022/04/03 22:23登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表の本格派推理小説です。温泉郷に集まるいわくありげな人々、そしてスキーバスが川に転落する事故が起きて5人が死亡、3人が重体となりますが死亡した1人は絞殺されていたというプロットです。「田沢湖殺人事件」(1983年)に続くトラベルミステリー風なタイトルですが、各章の冒頭に置かれた妻が夫を疑う日記、複雑な人間関係、細かいアリバイ崩し、誤解や勘違いによって意味合いが変化する証言とひねりにひねった謎解きです。専門的知識を要する手掛かりや最後の事件の真相には読者の賛否両論かも。ところで本書も「悲痛の殺意」という「殺意」を付けたタイトルに改題されましたが、どうせ改題するなら第9章のタイトルの「凌辱の殺意」を採用すべきだったように思います(もっともそれでは官能サスペンスと勘違いしてしまう読者がいるかもしれませんが)。


No.2496 5点 英国屋敷の二通の遺書
R・V・ラーム
(2022/03/30 00:32登録)
(ネタバレなしです) インド生まれのR・V・ラームは2014年に作家デビューしてスリラー小説を書いていましたが、2019年発表のハリス・アスレヤシリーズ第1作の本書は本格派推理小説です。創元推理文庫版で「英国犯人当てミステリの香気漂う」と宣伝されていますが、まるで二つの世界大戦の間の本格派黄金時代ミステリーを彷彿させるようなプロットが私の好みにばっちり合いました。派手なキャラクターではありませんが、いかにも名探偵の雰囲気を漂わせているアスレヤがいい味を出しています。終盤近くまでは本格派好き読者の期待に応える展開を楽しめましたが複雑な真相の解明が自白に頼った部分が多く、手掛かりの説明が十分でないように思えたのが惜しまれます。


No.2495 5点 ファラオの呪い殺人事件
井口泰子
(2022/03/26 17:12登録)
(ネタバレなしです) 井口泰子(1937-2001)はジャーナリスト出身で1970年代から小説を発表するようになり、最も有名なのは1980年に実際に起こった連続誘拐殺人事件を題材にし、逮捕された男が無実ではという想いから書かれた社会派推理小説「フェアレディーZの軌跡」(1983年)でしょう。ややこしいことに同じ題材で「脅迫する女」(1987年)という犯罪小説も書かれています。しかも前者には「連続誘拐殺人事件」という改題版もあるのでますますややこしいです。さて本書は「黄金虫はどこだ」というタイトルでサスペンス小説として1976年に出版されていますが、私が手にとったのは「ファラオの呪い殺人事件」に改題され、裏表紙に「本格推理の傑作」と宣伝されているケイブンシャ文庫版です。エジプトで日本人グループがツタンカーメンの秘宝を盗んだ疑惑を載せた新聞記事をきっかけに主人公がエジプトへ調査に行きます。しかしそちらはいまひとつ盛り上がらず、もう一人の主人公で日本に残された恋人の女性が連続怪死事件や莫大な財産の相続問題に巻き込まれていく方に力を入れて描いています。女性は推理を重ねていますが手掛かりが少ないのでほとんど憶測に留まっており(読者も自力で推理しようがありません)、真相はほとんどが自白で明らかになる展開なのでジャンルとしては本格派というよりはサスペンス小説でしょう。事件の背後に当時の社会問題を取り入れているのがこの作者らしいと思いました。


No.2494 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅳ〉
エドワード・D・ホック
(2022/03/20 23:55登録)
(ネタバレなしです) ホックが日本読者のためにセレクトした全3巻26作のサイモン・アークシリーズ中短編集に国内独自にセレクトした2巻16作を加えた創元推理文庫版で全61作の約2/3が読めるようになりました。本書は国内独自編集でセレクトした8作を収めた第4短編集(2012年)です。出版順ではデビュー作の「死者の村」(1955年)に次ぐ第2作ながら書かれたのは先だったらしい「悪魔の蹄跡」(1956年)はノーマン・ベロウの「魔王の足跡」(1950年)を連想させる謎が魅力的で、トリックは傑出してるとは言い難いですが怪奇性の雰囲気は申し分ありません。「切り裂きジャックの秘宝」(1978年)は秘宝の謎解きの前半からジャックの猟奇的犯行の謎解き、そして証明するのは警察に任せるとサイモンが語る衝撃的な推理へと移行するプロットの妙が印象に残ります。悪魔を探しているサイモンが暴いたのが悪魔でなく人間の悪意だったというパターンが少なくありませんが、あまりにも歪んだ動機の説明は時に説得力を欠いているように感じられてしまいます。

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