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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2620 6点 女怪盗が盗まれた
日下圭介
(2023/04/22 05:04登録)
(ネタバレなしです) 私にとって日下圭介(1940-2006)は本書の光文社文庫版の巻末解説で紹介されているように「どちらかといえばサスペンス派の印象があり、(中略)幻想ふうの作品もあるが、本格推理ももちろん手掛けている」作家です。そのため本格派推理小説ばかりを漁っている私は無条件に何でも手にとっているわけではないのですが、1994年発表の短編集である本書は裏表紙で「謎解きの興味を満喫できる全七編」と紹介されているのでトライしてみました。なるほど「問題編」と「解答編」で構成されている「正直なうそつき」(1976年)や「女怪盗が盗まれた」(1984年)はいかにもな本格派だったし、「午後五時の証言」(1988年)の鮮やかなどんでん返しも印象的です。めまぐるしいどたばたサスペンスを謎解きに絡めた「犯人は誰だ刑事は誰だ」(1984年)も面白いです。二人の会話に終始する地味な展開なのにサスペンスがどんどん高まるプロットの「旅の密室」(1982年)はクリスチアナ・ブランドの名作短編「ジェミニー・クリケット事件」(1968年)をどこか連想させます。


No.2619 7点 死と奇術師
トム・ミード
(2023/04/20 09:35登録)
(ネタバレなしです) ハヤカワポケットブック版に限定すればB・S・バリンジャーのサスペンス小説「消された時間」(1957年)の1959年邦訳版以来となる袋綴じ本です。英国のトム・ミードが2022年に発表した長編第1作の本格派推理小説ですが、冒頭に「父と母、そして亡きJDC(1906-1977)に捧ぐ」献呈文が置かれているではありませんか。本格派の熱心なファンならJDCがジョン・ディクスン・カーを指すことは容易に気づくでしょう。作中時代は1936年で密室殺人がありますし(しかもカーの「三つの棺」(1935年)の密室講義が引用される)、袋綴じの前には「読者への挑戦状」に相当する幕間「読者よ、心されたし」が挿入されるし、興奮で震えながら(変態だ)袋綴じを切り開くと手掛かり脚注付きで真相説明されるではありませんか。贅沢な注文としては現場見取り図があればと思わないではないし、(犯人ではないけど)重要人物が人物リストから抜けているとか、トリックに現代では通用しそうにないものがあるとか気になるところもあるけど実に楽しく読めた作品です。巻末解説で「フェアかどうか微妙なところがある」とほのめかされていますが凡庸読者の私は気にならなかったし(気づかなかったというのが正確)、なかなか巧妙に考えられたミスリードのアイデアだったと思います。


No.2618 4点 京都貴船連続殺人
池田雄一
(2023/04/18 08:25登録)
(ネタバレなしです) ミステリー作家としては1982年デビューと遅咲きの池田雄一(1937-2006)の第16作目にして最後のミステリー作品となった1994年発表の本格派推理小説です。シロウトまがいの女探偵(と叩き上げの刑事からライバル視される)、エリート警視正(女探偵ともちつもたれつの関係)、叩き上げの刑事(女探偵はヘボ刑事と見下す)のそれぞれの捜査が描き分けられています。乱れた人間関係を重点的に描いているからか、通俗的要素が非常に濃いのは好き嫌いが大きく分かれそうです。終盤に謎解きが盛り上がるところはそつがありませんが、騙しのトリックをピンポイントで成功させているところは好都合過ぎな気がします。皮肉たっぷりな幕切れにはちょっと笑いました。


No.2617 5点 ダルジール警視と四つの謎
レジナルド・ヒル
(2023/04/15 00:53登録)
(ネタバレなしです) レジナルド・ヒル(1936-2012)が生前に発表した短編集はわずか3作で、その第3短編集に当たるのが1994年出版の本書です。ダルジールシリーズの中短編を4作収めていてシリーズファン読者が喜びそうな内容ですが、その内「パスコーの幽霊」と「ダルジールの幽霊」は第1短編集の「パスコーの幽霊」(1979年)と重複しており、あちらを既読の読者にとっては2作しか新作が読めないということになって無条件に喜べないでしょう。ダルジールとパスコーの出会いを描いた「最後の徴収兵」は意外にも誘拐サスペンス。といっても2人のちぐはぐな行動のおかげでサスペンスとしてはゆるゆるですけど。ハヤカワ文庫版で200ページ近い「パスコーの幽霊」は1年前の失踪事件を扱い、幕切れはなかなか劇的ですが謎解きとして曖昧な部分が多く残ってしまってすっきりできません。1番短い「ダルジールの幽霊」は今の事件と昔の事件を詰め込んでますが、もう少しページを増やして丁寧に説明してもよかったかも。異色のSFミステリー(といっても作中時代の2010年ももはや過去になりました)の「小さな一歩」が案外とまとまった本格派推理小説でした(下品な締めくくりもこの作者らしい)。


No.2616 6点 千一夜の館の殺人
芦辺拓
(2023/04/11 01:51登録)
(ネタバレなしです) 森江春策シリーズ長編作品としては「グラン・ギニョール城」(2001年)以来となる2006年発表のシリーズ第11作の本格派推理小説で、私は光文社文庫版で読みました。巻末解説で横溝正史や江戸川乱歩作品の影響が指摘されていますがそれに加えて森江の助手の新島ともかを冒険サスペンスのヒロイン役に抜擢したり、アラビアン・ナイトの世界と融合させようとして幻の館探しまで織り込んだのが作品個性ではありますが、風呂敷を広げ過ぎた感が否めません。連続殺人事件の謎解きのアイデアがなかなか面白いだけにもっとこれに絞り込んだプロットの方がよかったような気がしました。


No.2615 4点 死とやさしい伯父
パトリシア・モイーズ
(2023/04/07 07:19登録)
(ネタバレなしです) 1968年発表の(警視に昇進した)ヘンリ・ティベットシリーズ第8作で英語原題は「Death and the Dutch Uncle」です。「死の会議録」(1962年)のように国際的組織絡みの作品でさえもきっちり本格派推理小説でしたが本書はシリーズ初の冒険スリラーです。本書以降のモイーズは本格派と冒険スリラーを書き分けていくことになりますので個人的にはここからがシリーズ後期だと思います。場末のバーで射殺された男の事件と国際紛争の調停役的な組織の連続怪死事件が結びつく展開なのですが、結びつけ方が強引にしか感じられませんでした。後半には舞台がオランダに移りますが過去作品のように旅行先でたまたま事件に巻き込まれたのならともかく、事件解決のために自ら乗り込むのに妻エミーを帯同させているのも不自然な展開です。それにしても私の知るオランダは小国ながら貿易国としてたくましい国家で国民の大半は英語が堪能なので、オランダ語ができないエミーが委縮しているのも不思議に感じました(まだオランダの英語教育が十分でない時代だったのでしょうか?)。


No.2614 5点 旅は道づれ死体づれ
辻真先
(2023/04/01 22:29登録)
(ネタバレなしです) 1984年発表のユーカリおばさんシリーズ第2作のユーモア本格派推理小説です。1980年代にちょっとした建国ブームだったミニ独立国の一つであるジパング国会津芦ノ牧藩(1983年建国?)にヒントを得て、本書の舞台は町全体を時代劇調に改装して観光客誘致を目論む温泉町にしており、剣劇芝居の最中に起こった殺人事件の謎解きに取り組んでいます。テンポのいい文章で軽快に描かれてはいますが、それなりの人数の登場人物が入り乱れるので登場人物リストを作成して読むことを勧めます。本格派の謎解きは丁寧に考えられており、それなりに論理的な推理で犯人と某英国女性作家の1950年代の某作品を連想させるトリックが説明されます。あまりに不幸な理由で犯人に狙われた者がいるなど能天気ばかりではなく、そのためかユーカリおばさんが犯人に対してある意味厳しい態度で臨んだのは当然でしょう。そこはアガサ・クリスティーのミス・マープルシリーズの某作品を彷彿させます。


No.2613 4点 優等生は探偵に向かない
ホリー・ジャクソン
(2023/03/29 08:35登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表のピップ三部作の第2作で英語原題は「Good Girl, Bad Blood」です。文生さんのご講評で紹介さている通り、前作の「優等生は探偵に向かない」(2019年)の後日談的要素があってネタバレも豊富、そして何人もの事件関係者が本書で再登場していますので前作を先に読んでおくことを勧めます。前作は殺人事件があって殺人犯と目された容疑者の無実を晴らそうとする(真犯人探しでもある)本格派推理小説でしたが、本書は失踪人探しというハードボイルド小説的なプロットです。高校生のピップ自身はハードボイルド小説によくいるタフガイ探偵とは程遠いのですが、捜査が難航して悲劇的結末の可能性がじわじわと高まる展開はある種のハードボイルドを連想させます。犯罪がなかなか確立しない失踪事件で派手な場面もほとんどありませんが、500ページを超す創元推理文庫版の長さも退屈させない語り口は見事でサスペンスも十分にあります。しかし結末が個人的には残念です。あまりにも唐突に明かされる真相、しかも推理による解決ではありません。あれでは誰を犯人(というか陰謀者?)にしてもよかったようにさえ思えます。とはいえ本格派へのこだわりが強くない読者なら高評価してもおかしくない作品です。


No.2612 4点 巫女島の殺人
萩原麻里
(2023/03/24 07:58登録)
(ネタバレなしです) 赤江島を舞台にした「呪殺島の殺人」(2020年)で呪殺島が日本に複数あることが説明されていましたが、2021年発表の本書では別の呪殺島である千駒島が舞台になっています。呪術を信奉し、観光地でありながらよそ者を受け入れず、絶対的な絆のようなものが存在する島社会の描写に力が入っており、本格派推理小説ではあるのですがホラー小説要素の前に謎解きの面白さが減退してしまったように感じます。いかにも呪殺島秘録らしい作品ではありますが。


No.2611 5点 疑惑の入会者
アリソン・モントクレア
(2023/03/20 23:11登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のアイリス・スパークス&グウェンドリン(グウェン)・ベインブリッジシリーズ第3作です。過去の2作でもグウェンが家族の中で肩身の狭い思いをしていることが描かれていますが、本書では義父であるハロルドがアフリカから帰国したことでますます窮地に陥ります。前半はあまりミステリーらしくありませんがこの家族ドラマで退屈することはありません。そして中盤から巻き込まれ型サスペンスの展開になってますます目が離せなくなります。それでいながら創元推理文庫版の巻末解説で紹介されているように、論理的推理による謎解き場面もあります。もっとも最後が「証人の登場」による解決で締めくくられている上に誰が犯人でもよかったように感じられ、そこは本格派推理小説好きの私には物足りませんでしたが。


No.2610 6点 死んでも死ねない殺人事件 熱血バイト娘絵理子と13の謎
風見潤
(2023/03/19 19:05登録)
(ネタバレなしです) 1992年発表の本書は「東京トワイライトクロス」(1987年)の主人公の大学生・島津絵里子を再登場させています。前作で一緒に謎解きに活躍した仲間たちは出番なしですが、代わりに絵里子の5年先輩でSF翻訳家の加賀淳平が協力します。絵里子のアルバイト先であるコンピュータ・ソフト会社で起こった犯罪の謎解きで、(意外にも)絵里子をコンピュータに関しては無知という設定にして、コンピュータ用語を随所で丁寧に教えてもらっています。当時としてはモダンな知識だったかもしれませんけれど、第3章での「コンピュータに四千メガものメモリを入れている人なんて、現実にはいないさ」という(発想がギガでなくメガの)会話など時代の古さを感じさせます(まだインターネットが普及していません)。しかしコンピュータ知識を理解しなくとも鑑賞には問題なし、現場見取り図を挿入して消えた死体の謎解きに真っ向から取り組んでいます。ただこの見取り図、死体の運搬に使われた可能性として議論された非常階段が欠落していますけど(笑)。後半にはサブタイトルにも使われている「13の謎」の全てを満足させる解決を見つけようと苦心する絵里子が描かれており、「東京トワイライトクロス」と比べて本格派推理小説として充実しています。軽薄なイメージのタイトルで損しているように思いますが。


No.2609 6点 死せる案山子の冒険
エラリイ・クイーン
(2023/03/18 17:33登録)
(ネタバレなしです) ラジオシナリオのベストセレクション的な「殺された蛾の冒険」(2005年)を論創社版は「ナポレオンの剃刀の冒険」(2008年)と本書(2009年)の2冊に分冊して出版しました。本書では1時間シナリオが5作と30分シナリオが2作収められており、いずれも「読者への挑戦状」が付いた本格派ミステリーです。30分シナリオがなかなかの出来栄えで、「ダイヤを二倍にする男の冒険」(1940年)は盗難と殺人の2つの事件を詰め込んで1時間シナリオの方が冗長に感じてしまうほど濃厚な謎解きが楽しめますし、「忘れられた男たちの冒険」(1940年)の論理的推理も見事と思います。1時間シナリオでは事件解決後も重苦しい余韻が残る「姿を消した少女の冒険」(1939年)が印象的です。巻末解説で「他の作家のダイイング・メッセージものとは、雲泥の差」と誉めている「死を招くマーチの冒険」(1939年)はあまり感心できません。それなりの長さの謎解きなのにメッセージの解読「だけ」での犯人指摘は説得力に乏しいように思います。


No.2608 5点 ダイヤル7をまわす時
泡坂妻夫
(2023/03/16 22:44登録)
(ネタバレなしです) 「ダイヤル7」(1979年)から「青泉さん」(1985年)までの7つの短編を収めて1985年に出版された短編集です。どれも本格派推理小説ながらも微妙に作風が異なっているのはこの作者らしく、人によっては捉えどころがないと感じるかもしれません。「ダイヤル7」は懸賞付き犯人当て小説(応募2419人正解182人)として書かれただけあってもっとも正統派の本格派で、容疑者を1人ずつ犯人候補から外していく推理を楽しめます。個人的に1番お気に入りですが、このような明快な謎解きが泡坂らしいかというとちょっと違うかも。どこかサスペンス映画「裏窓」(1954年)を連想させる「飛んでくる声」(1981年)は対照的に幻想的な雰囲気の作品です。「青泉さん」は犯人当てとしては失敗作レベルなのですが、事件解決後に明かされる被害者の秘密が印象的です。


No.2607 6点 うまい汁
A・A・フェア
(2023/03/14 07:54登録)
(ネタバレなしです) 1959年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第19作の本格派推理小説です。私立探偵ものとして失踪人探しの依頼から始まるのは定番中の定番ですが、本書の場合はハヤカワポケットブック版の裏表紙粗筋紹介や第5章での説明の通り、「おなじ日に二人の男が行方不明になり、両方ともおなじガソリンスタンドから絵はがきをだし、しかもその二人の身寄りがそろってうちの探偵社に調査をたのみにきたというのは、いくらなんでもあんまり偶然すぎる」というのがユニークです。メディアや警察との関係が良好でドナルドの捜査がとんとん拍子というのもこのシリーズでは珍しく、すっきりした展開で読みやすい作品です。第7章で噓発見器(ポリグラフ)を使った尋問シーンがあったのには驚きです(ドナルドは法廷での証拠にならないとわかっていますけど)。あと第2章で紹介されている、実在の社交団体エルクスの会員がヒッチハイクのサポートを受けるシステムが印象的でした。


No.2606 4点 湘南夫人
嵯峨島昭
(2023/03/10 22:18登録)
(ネタバレなしです) 1978年発表の酒島警視シリーズ第3作で夫人三部作の第1作です。不幸な結婚に苦悩する女性と彼女に憧れるヨットマンの義理の弟を主人公とするドラマ要素が強く、幽霊船の謎があるもののミステリーとしては弱いです。海や船の描写がとても素晴らしく、特に中盤でのヨットレースは息詰まるような迫力です。その後に続くどろどろの展開の連続は好き嫌いが大きく分かれるでしょうが退屈はしません。最後に酒島が暴く悪事はそれなりに伏線を回収しての推理に基づいており、ここは本格派推理小説と言えなくもありませんが全体としてはミステリーというよりサスペンスロマンの雰囲気が濃厚な作品です。個人的に好みの作品ではなくて3点ぐらいに留めたいのですが、海洋小説部分を評価して1点おまけします。


No.2605 6点 友が消えた夏
門前典之
(2023/03/07 02:24登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表の蜘蛛手啓司シリーズ第7作の本格派推理小説ですが、新たな方向を目指したのでしょうか?タイトルの「友が消えた夏」がまるで青春物語のようです。プロットは「鶴扇閣事件の記録」と「タクシー拉致事件」が交互に描かれる構成で、前者では夏合宿に参加する大学生たちが描かれています。事件がすぐには起きず人間ドラマとしても少々退屈ですが、一度殺人事件が起きるとまるで綾辻行人の「十角館の殺人」(1987年)の勢いになります。一方後者はタクシーに乗った女性客がすぐに拉致監禁状態になるサスペンス小説風な展開です。回想場面が何度も繰り返されるのがちょっと単調ですけど。図解入りで説明される密室トリックなどはこの作者らしいですが、本書で最も印象深いのはすさまじいばかりの犯人の性格でしょう。過去にも異常な犯行動機を扱った作品はありますが、真相が明らかになった後の心理バトルの効果もあって本書の衝撃度は半端でありません。そしてサブタイトルの「終わらない探偵物語」の通り、続編を期待させるような演出で物語は締めくくられます。


No.2604 9点 禁じられた館
ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル
(2023/03/06 15:18登録)
(ネタバレなしです) 経歴については不詳のミシェル・エルベールとウジェーヌ・ヴィルのコンビ作家は1930年代にフランスで3作のミステリーを発表しました。当時はフランスでも英米と同じく本格派推理小説の人気が高かったらしく、私もS=A・ステーマン(ベルギー出身ですが)、ピエール・ボアロー、ノエル・ヴァンドリーの作品を数冊読んではいますが英米の巨匠作家と比べると謎解き伏線が十分でなくて粗い推理の印象がありました。しかし1932年発表の第1作である本書は実によくできています。おっさんさんのご講評でジョン・ディクスン・カーが引き合いに出されていますが、脱出不可能な館から被害者を訪れた謎の人物が消えてしまうというカーの「三つの棺」(1935年)を連想させる不可能犯罪の謎を巡って次から次へと推理検証が繰り広げられていく展開が謎解き読者にはたまりません。即座に否定されますが(カー作品ではありませんけど)某伝説級作品(本書より後発です)の有名トリックまでが謎解き議論の中で言及されていたのには仰天しました。「三つの棺」のような複雑に構築されたトリックではありませんがどんでん返しの連続の末に最後に披露された推理説明は、これこそ唯一の真相だと説得させるのに十分です。動機が後出し説明でも大きな弱点に感じませんでした。この時代のフランスにも英米巨匠作家の傑作に匹敵する本格派があったのですね。


No.2603 4点 亡霊たちの真昼
ジョン・ディクスン・カー
(2023/03/04 23:59登録)
(ネタバレなしです) 1969年発表のニュー・オーリンズ三部作の第2作の歴史本格派推理小説で、作中時代は1912年です。主人公のジム・ブレイクが特派員として下院議員候補のクレイ・ブレイク(ジムとの血縁関係はなし)を取材するためにニュー・オーリンズへ向かうという序盤がミステリーとしては盛り上がりを欠いています。政治スリラー要素を織り込もうとしたのならこの作者には合わないですね。何者かに尾行されたり列車内で人間消失があったりと強引に謎づくりしてはいますが、18章で明かされる前者の真相、10章で明かされる後者のトリック、共にがっかりレベルです。そして中盤に起きたメインの事件が一見自殺風ながら凶器が現場から消えており、しかし殺人なら凶器だけでなく犯人も消えたことになる不可能犯罪風なところがカーらしいですが、この真相がまた脱力ものでした。伏線の張り方に巧妙さを感じるところもありますが、この作者としては下位レベルの作品だと思います。


No.2602 6点 炎の爪痕
アン・クリーヴス
(2023/03/04 10:17登録)
(ネタバレなしです) 「青雷の光る秋」(2010年)でシリーズ終了と思われたジミー・ペレスシリーズ、2018年発表のシリーズ第8作の本書が真のシリーズ最終作です(冒頭で作者が宣言しています)。第13章ではペレスのプライヴェート関連で衝撃の展開があるとはいえ、被害者が築き上げた(或いは壊した)人間関係を丹念に整理していく、このシリーズらしい地味なプロットの本格派推理小説です。第40章では嵐の前の静けさのようにのどかなピクニック場面が挿入されますが、そこから結末に向けてドラマティックな物語となります。推理に関してはペレスよりもウィローの方が印象に残りました。シリーズ終焉としては気がかりな点がないわけではありませんが、まずまずの締めくくりでしょう。


No.2601 6点 暗黒告知
小林久三
(2023/02/26 02:01登録)
(ネタバレなしです) 小林久三(1935-2006)の代表作として知られる1974年発表の本書は社会派推理小説と本格派推理小説のジャンルミックス型ミステリーです。作中時代は明治40年(1907年)、日本最初の公害である足尾銅山鉱毒事件で廃村の危機を迎える谷中村を舞台にし、実在の公害反対運動家である田中正造(1841-1913)を容疑者の一人に仕立てているところが本書の個性です。本格派の謎解きとしては周囲を雪に覆われて犯人の足跡もなく、密室状態の建物の中で被害者が死んでいた不可能犯罪を扱ってます。最初にトリック推理が披露された時には無理ではないかと思いましたが、第7章で実現可能性の補強をしていますね。時代背景が背景だけに明るい展望のない雰囲気は好き嫌いが分かれると思いますが(タイトルからして身構えてしまいそう)、史実を改変しないでフィクションのミステリーを成立させている手腕は見事だと思います。

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