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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1521件

プロフィール| 書評

No.521 7点 土曜日の殺人者
アンネ・ホルト
(2012/05/26 19:25登録)
北欧の警察小説と言えば、スウェーデンのシューヴァル&ヴァールーは個人的に好みの作家なので、それではノルウェーのこの人はどうなんだろうと気になっていた作家でした。
実際に読んでみると、地味なリアリズムのシューヴァル&ヴァールーに比べるとエンタテインメント性が強く、展開もスピーディーな印象でした。女性捜査官が主役であることもあわせて、むしろコーンウェルと共通するものを感じます。ホルトの主役ハンネ・ウィリヘルムセンは警部補ですが。
かなりご都合主義もあり、重要な目撃者の人物設定とか、クライマックスの登場人物たちの行動とか、まあ後者はエンタテイメントらしいサスペンス盛り上げと言えるでしょう。
最後の法律的決着は、西村京太郎、さらに遡ればクイーンの初期某作品でもっとひねった形で出てきた法律アイディアですが、将来のことを考えると、サンド警視正のように機嫌よくしているわけにもいかないと思えます。


No.520 4点 メグレと殺された容疑者
ジョルジュ・シムノン
(2012/05/26 19:22登録)
邦題にもかかわらず、第1章の最後で殺されるキャバレーの経営者は容疑者というわけではありません。3週間ほど前にやくざが殺された事件で、彼は参考人の一人として警察に呼ばれただけです。過去の事件を担当していたリュカもメグレに問われて、容疑者とは全く思っていないと断言しているのです。一方原題の意味は「メグレの怒り」。よく似たタイトルの『メグレ激怒する』という作品もありましたっけ。怒りの対象は殺人犯です。メグレ自身がダシに使われたせいもあるでしょうが、それほど怒らなくても、という気もします。
水商売を手広くやっているにもかかわらず極めて几帳面な被害者とその家族の生活ぶりは、きっちりと描かれているとはいえ、今ひとつ感情移入できませんし、一方の犯人も、上にも書いたようにそれほどひどい人物と思えません。そんなわけでどうも中途半端な印象の残る作品でした。


No.519 5点 黄色い風土
松本清張
(2012/05/26 19:18登録)
これも久々の再読ですが、覚えていたのはラスト・シーンだけで、事件概要も黒幕の正体も全然記憶にありませんでした。確かにこのラストは、今読んでみてもなかなかインパクトがあります。
文庫本で750ページ近い大作で、殺される人間の数も10人という多さです。自殺や事故死に見せかけた溺死が多いのですが、明らかな殺人もあり、犯罪者一味はそれらにどう区別をつけていたのか、考えてみればかなりいいかげんです。まあ論理的に詰めていくと、松本清張作品の大部分はかなり穴があるものですが。またseiryuuさんが指摘されている2つの偶然の内でも、由美のことがわかる方は、いくら何でも安易すぎます。
それでも組織の見当がついてくるあたりまでは、やはりおもしろく読ませてくれたのですが、最後に明らかになる黒幕の正体は、何だかなあという感じでした。
なお、雑誌連載時には『黒い風土』のタイトルだったそうですが、作者が好んで使う「黒」をなぜ「黄色」に変えたのか、不思議な気もします。


No.518 7点 永久の別れのために
エドマンド・クリスピン
(2012/05/26 19:14登録)
クリスピンは、かなり前に『消えた玩具屋』を原書で読み始めたものの、凝った英語表現に音を上げて、すぐに挫折してしまった記憶があるだけだったのです。翻訳でも、やはり凝った文章は少々読みづらい。
この作家についてよく指摘されるユーモアは、本作では地方警察署長が飼っている猫がほとんど引き受けてしまっています。全体的には、容疑者にされた人物の視点から描かれたサスペンスものにも近いようなタッチで、どうやら他の作品とは雰囲気が異なるようです。
解決部分の直前までは、中傷の手紙に悩まされる村の雰囲気、自殺事件を経て、半分近くになって起こる殺人事件、疑惑とサスペンスの盛り上げと、これは傑作だと思いながら読み進めていったのでした。ただ真相を明かされてみると、犯人の設定に多少不満なところもありました。
ところでこの作品、ディケンズ生誕200年で話題の『エドウィン・ドルード』がらみのところがあったんですね。


No.517 7点 ピアニストを撃て
デイヴィッド・グーディス
(2012/04/30 11:03登録)
邦題は、フランソワ・トリュフォー監督による映画タイトルの直訳です。むしろ私小説的な映画が高く評価されている監督で、実際昔見た映画版はさほど感心せず、ほとんど記憶にも残っていませんでした。ただ本作の解説にも書かれているように、確かにトリュフォーにしてはゴダールにも近い即興的演出があったかなという気はします。
で、今回初めて原作を読んでみたわけですが、ヌーヴェル・ヴァーグ風の乾いたそっけない演出(それは確かにハードボイルドやノワールと合いそうなのですが)とは違う、内面的な虚無感を漂わせた作品だと思いました。場末の酒場のピアニストである主人公エディの痛切な心情が、独白的な文章でたっぷりと描かれています。
エディに思いを寄せるどう見ても愚かなウェイトレスも、結局はうまく配されていて、だからこそのラスト・シーンの音楽の切なさには、何とも言えない魅力があります。


No.516 5点 鬼に捧げる夜想曲
神津慶次朗
(2012/04/28 09:51登録)
昭和21年、鬼女伝説のある孤島を舞台に、婚礼を挙げたばかりの新郎新婦が密室で惨殺された…
というわけで、『獄門島』+『本陣殺人事件』ですかと思っていたら、『本陣』が実際にあった事件という設定になっているという横溝正史ワールドべったりです。さらに『蝶々』まで引き合いに出して。
長さはたぶん『犬神家の一族』と同じぐらいでしょうか。しかしそれにしては、事件の進展や捜査過程はずいぶん単純です。本作については文章をけなしている評をかなり見受けますが、この程度の内容でここまで引き伸ばせたという点では、文章力はそれなりにあると思います。わざと古めかしい文体にしているのですが、読みにくいところはありません。時たま珍妙な表現は出てきますが。
全体の2/3ぐらいのところで説明されるダミー・トリックがバカバカしいおもしろさなので、むしろこれをメインにした方がよかったかもしれません。


No.515 6点 バルカン超特急―消えた女
エセル・リナ・ホワイト
(2012/04/25 21:39登録)
これはやはりヒッチコックの有名作と比較せざるを得ない作品でしょう。といっても、映画版を見たのはもう20年以上前で、冒頭のセットを利用した移動撮影とか、列車の窓とか、切れ切れに覚えているだけなのですが。
列車の中で一人の女が消え、しかも同じコンパートメントに乗っていた人たちは、そんな女は最初からいなかったと主張するという設定は同じですが、このアイディアは、作中でも言及される事件が発想源でしょうか。途中で失踪原因について真相とは異なる想像が披露されるところがありますが、ヒッチコックはこの想像の方を真相として採用しています。
最初、本筋の列車とは無関係な部分が50ページ近くあって、映画と比べてすいぶんのんびりしているなと思ったのですが、最後まで読んでみると、これはヒロインを描き出すためには必要だったんだなと納得させられました。


No.514 7点 ベベ・ドンジュの真相
ジョルジュ・シムノン
(2012/04/22 19:59登録)
ある夏の日曜日、夫を砒素で毒殺しようとしたベベ・ドンジュ。企ては未遂に終わり、彼女は犯行を自供し、すぐさま逮捕されます。
過去の生活を通して探求される動機を扱ったホワイダニットの一種と捉えることもできます。本作では殺されかかった夫の視点から、その探求はなされます。しかし彼に「おわかりでしょう!」と言われても、一般的なミステリのように動機が明瞭に示されるわけではありません。夫婦関係の微妙な心理的すれ違い、「蚊が、ときには、大きな石が水溜りに投げ込まれた時よりも、もっとはげしく水面をかき乱す」という冒頭部分の意味は、読者によって感じ取られなければなりません。殺人未遂を契機に、夫が妻を理解しようと努めるところは、似た素材を扱ったモーリアックの『テレーズ・デスケルウ』と異なる点だと言えます。
なお、ちょっとだけ登場する刑事の名前はジャンヴィエとなっていますが、舞台はパリでもありませんし、メグレの部下とは別人ですね。


No.513 6点 葉煙草(シガリロ)の罠
山村美紗
(2012/04/18 22:18登録)
アメリカ産より安いフィリピン産の葉煙草の輸入についての政治的駆け引きをめぐり、フィリピンの大物貿易商が殺されるという、全体的な事件の骨格は松本清張をも思わせるような社会派的作品です。
殺人はさらに連続して起こり、これは山村美紗らしく、ついには自動車を使った目張り密室まで出てきます。トリックについては、このタイプの密室の嚆矢であるディクスンの『爬虫類館の殺人』は、当然念頭に置いていて、その方法が使えないことまで確認していますので、ネタバレには注意。しかしロースンによる別アイディアがあることを知らなかったのは間違いないでしょう。しかし、トリックそのものよりも不満だったのが、狩矢警部によるそのトリックや、真犯人指摘の段取り、読者に事件の全体像を説明していく手際でした。
社会派的なストーリーと、最後1ページぐらいの女流作家らしい視点には感心したのですが。


No.512 6点 クリスマス・プディングの冒険
アガサ・クリスティー
(2012/04/15 13:16登録)
中編3編、短編3編からなる作品集で、その内5編がポアロものです。
表題作は長い割に謎解き的には特にどうということもないのですが、いかにもクリスマス・ストーリーらしい楽しい作品で、ポアロの計略が笑えます。
『スペイン櫃の秘密』は某短編を倍ぐらいの長さに書き直したものですが、膨らませ方が中途半端だと感じました。おもしろいアイディアなので、もっと長くして、人間性を描きこめばよかったのに、と思えます。
『負け犬』は最も長い作品で、地味ではあるもののかなり好印象を持ちました。ただし、この作品には謎解き内容以外で、非常に不満な点があります。どこがということを明かせば、完全にネタバレになってしまいますが。
後に続く短い3編については、内容に共通点があることにびっくりしました。クリスティーはなぜこれらを1冊の中にまとめたのでしょうか。ミス・マープルものの『グリーンショウ氏の安房宮』はいくら何でも無理があります。


No.511 7点 長い日曜日
セバスチアン・ジャプリゾ
(2012/04/12 21:43登録)
『家族の行方』に続いて、ミステリと呼べるかどうか疑問な語り口の作品。謎解き的な興味は確かにありますし、調査によって真実が明らかにされるという構成になっています。しかしその謎は犯罪とは関係ありませんし(戦争を犯罪だと言うなら別ですが)、前知識なしに読み始めたら、誰でも純文学系作品だと思うでしょう。実際、本作が受賞したアンテラリエ賞とは、第1回(1930)をマルローの『王道』が受賞したという文学賞です。
まあジャプリゾと言えば、本作の前に書かれた『殺意の夏』はアジャーニ主演の映画を見ただけなのですが、少なくとも映画はミステリとは言えないような作りでしたしねえ。本作も『ロング・エンゲージメント』のタイトルで映画化されたことがあるそうです。オリジナル・タイトル直訳は小説・映画の邦題を合わせた「婚約の長い日曜日」。
会話が特に最初の方非常に少なく、決して読みやすいとは言えませんが、最後の感動はさすがです。


No.510 6点 家族の行方
矢口敦子
(2012/04/09 21:35登録)
創元クライム・クラブ版の解説では、本作を「地図を持たずに踏み込むべき」とし、余計な前知識なしで読むことを勧めています。しかし、むしろ多少前知識を持った上で読み始めた方がいいのではないかと思います。その方が、ある先入観に捉われることなく読み進めることができるからです。
その先入観とは、「ミステリ」であるということ。解説は最初の7行だけでストップし、すぐに作品を読み始めたのですが、それでも通常のミステリ(社会派やサスペンスも含む)とは異なる感触、具体的には事件以外の人間関係要素が多いことには、早い段階で気づきました。そしてその感触は、結局最後まで続きます。
個人的にはこういったタイプの小説は好きで、最終的な決着もこれでいいとは思うのですが、当然「ミステリじゃない」という意見も聞こえてきそうです。実は、論理的に絶対ここは怪しいにもかかわらず、全く言及されていなかったところがあったのだけは、不満でしたが。


No.509 7点 湖中の女
レイモンド・チャンドラー
(2012/04/05 22:19登録)
チャンドラー、謎解きミステリの王道トリックに挑戦。まあメインの方は、最初からその可能性が高いと思っていた、と言う人が多いでしょうが。また最後のマーロウによる推理にしても、この作家にしては重要な伏線が意外にちゃんと張られていました。他の作品では独特な味を出している無駄な回り道捜査も、本作にはありません。そういう意味では、チャンドラー嫌いの人にも受け入れられやすい作品と言えそうです。しかし、やはりいかにもと思える雰囲気は感じられます。
本作で印象に残った登場人物は、警察官たちです。ウェバー警部の真面目さも悪くないのですが、それより他の二人の主要な(登場人物表にも載っている)警察官が魅力的に描かれているのです。一方は初登場時にはただ強面の嫌な奴って感じですが、いつの間にかかなり好感を抱かせるようになって、最後でのもう一人の実に渋い警察官とのやり取りにはうならされました。


No.508 5点 メグレとルンペン
ジョルジュ・シムノン
(2012/04/02 22:48登録)
3月25日、春らしい天候になり、メグレが久しぶりにコートを脱いでラポワント刑事と殺人未遂事件現場に向かうメグレ警視。この暖かな空気が、作品全体を覆っています。
途中で短編集『メグレと無愛想な刑事』収録の『誰も哀れな男を殺しはしない』事件を引き合いに出して、セーヌ川の橋の下で静かに生活しているルンペンをわざわざ殺そうとする人間なんていないものだが、というのが謎だと言えます。メグレが夫人に手掛けている事件のことを語るのも珍しいことで、そんな妙な雰囲気のある話です。
ミステリとしてなら、人情派ホワイダニットとしてもたいしたことのない結末ですが、それよりも殺されかけたルンペンの生活と人生観を描いた作品という感じがします。犯人がどうなるかという部分も、普通なら不満があるでしょうが、ラストのメグレと被害者の会話で、なんとなく納得させられてしまいました。


No.507 7点 殺人の駒音
亜木冬彦
(2012/03/30 22:48登録)
将棋の世界を扱ったエンタテインメントとしてよくできていると思いました。
作者自身のあとがきによると、純文学系の短編も書いていたそうですが、それだけにさすがに文章が手慣れています。読み始めてすぐ感じたのですが、ちょっとした風景描写を入れるタイミングなどがうまいのです。何度も繰り返される将棋の勝負の場面も、文章に迫力があります。出番はごく少ないものの話の要の一人にもなっている谷山名人の他、以前の名人として犬山、長原なんていかにもな名前を出してきているだけでなく、金田耕助、野里小五郎、神津警部補と、どこかで見たような登場人物名を並べるお遊びもあります。
謎解きミステリとしては、ちょっとしたどんでん返しがあるとはいえ、驚くようなところはありませんが、事件解決後もさらに将棋小説としての話は続き、そういったところがおもしろいのです。エピローグだけは、ちょっと長すぎたかなとも思えますが。


No.506 6点 思い乱れて
ボアロー&ナルスジャック
(2012/03/27 01:17登録)
タイトルは、作中に出てくるシャンソンの題名でもあり、また作品そのものの内容を示したものにもなっています。
あとがきにも書かれているように、ミステリとして見れば、『死者の中から』等に比べると「迫力も劣る」ことは間違いありません。愛人の夫であるシャンソン界の重鎮作曲家を殺してしまったピアノ奏者ルプラの視点からほぼ描かれた作品です。死んだ作曲家のメッセージが録音されたレコードが送られてくるという謎とサスペンスはそれほどでもありませんし、さらに起こる殺人事件で使われるトリックにしても、現代ではありきたりなものです。
しかし、真相の見当は簡単についても、だから結末はどうなるのかという点については、かなり意外な展開が用意されています。最後のルプラの一見矛盾したような行動については、シムノンの純文学系作品を想起させるところもありますし、ラスト1ページの息詰まる心理的葛藤にはさすがだと思わせられました。


No.505 8点 象牙色の嘲笑
ロス・マクドナルド
(2012/03/24 00:14登録)
確かにラストは衝撃的です。ロス・マクにしてはかなり早い段階で、なんとなく真相の概要が見えてしまう作品だと思うのですが、それでも最後20ページぐらいには驚かされます。これはやはり核になるアイディアというより書き方、盛り上げ方の問題なんでしょうね。このラストの決め方で評価がアップします。初期にしてはあまりハードボイルドらしくない筋立てなのも本作の特徴でしょうか。
翻訳で主語を「おれ」としていることについては、ロス・マクには合わないという人もかなりいるようですが、個人的にはそれよりも、地の文で「おれ」なのに、会話の中でリュウは「ぼく」と言っている点に違和感を覚えました。
なお原題の”grin”は、ニヤリと笑うということなので、それこそハードボイルド探偵がたまに浮かべる笑みなどもそんな感じ。”mock”(嘲る)の意味はありません。そのことを意識して最後部分を読んでみると、タイトルの味が伝わってきそうです。


No.504 4点 太陽と戦慄
鳥飼否宇
(2012/03/20 11:02登録)
本作を読んでみた理由はやはりタイトル。もちろんキング・クリムゾンの代表的アルバムから採っているわけです。さらに目次にもクイーンの『ギリシャ棺』由来の細工がほどこしてあり、イエスとピンク・フロイドの名盤タイトルが。なんとも凝ったプログレ尽くしです。
しかし作中で出てくるバンドの音楽がパンクで、影響を受けたのがTレックスとニルヴァーナというのでは、タイトルと内容の方向性が違いすぎます。まあそれでもそんなロック・バンド・ストーリーとしての前半は、怪しげな伏線はいろいろあるものの、ミステリとしてではなく、なかなか楽しめました。
この前半(Part 1)の最後になって、ライブ・ハウスでやっと殺人事件が起こるのですが、密室の謎は最後に告白の形で明かされてみると、警察が解決できなかったことが不思議というもの。さらにPart 2での大げさなテロ事件への展開は、ばかばかしく感じられてしまいました。


No.503 6点 殴られたブロンド
E・S・ガードナー
(2012/03/16 23:49登録)
タイトルの「殴られた」の部分は原題では”black-eyed”、つまり殴られて目のまわりに青あざのできた、ということです。
メイスンものの中でも、カバー作品紹介にも書かれているように特に劇的な展開を見せる作品です。最初のうちは、ブロンドの依頼人登場から事件がどう転がっていくのか、見当もつきません。一瞬、このシリーズでまさかこんなことが、と思わせる殺人を起こしておいて、いかにもなパターンに戻したりしもます。さらに真ん中あたりですでに、予審ではありますが裁判になってしまうのです。これ以後延々と裁判シーンになるなんだろうか等と思っていたら、裁判の途中(裁判はもちろん何日もかけてやっていくわけですから)、法廷外で事件は新たな展開を見せます。
設定を複雑にしすぎて、小説としての全体のつながりが今一つすっきりしなくなってしまっているのが難点ですが、なかなか楽しませてくれました。


No.502 6点 メグレと妻を寝とられた男
ジョルジュ・シムノン
(2012/03/13 23:04登録)
原題直訳は第1章の中でもその言葉が出てくる「メグレと土曜の客」ですが、河出書房では同シリーズですでに『メグレと火曜の朝の訪問者』(原題直訳「メグレの不安」)が出ていたので、あまりに似たタイトルを避けたのでしょうか。
土曜日に何度も司法警察に来ていながら、メグレに会わずに立ち去ってしまっていた男が、ついにメグレの自宅を訪問してきて、「女房を殺したいんです…」と告げるという奇妙な発端を持つ作品です。メグレについては「運命の修繕人」という言葉も使われますが、そのような人としてのメグレに対する相談、告解とでも言いましょうか。
その後に起こる事件そのものは、いったい何が起こったのかはっきりしないままという、不安定な感じを抱かせます。結局のところ真相はミステリ的に言えばどうということはないのですが、この土曜の客の悲哀をじっくり描きこむということでは、うまく構成された作品だと思いました。

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