空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1505件 |
No.505 | 8点 | 象牙色の嘲笑 ロス・マクドナルド |
(2012/03/24 00:14登録) 確かにラストは衝撃的です。ロス・マクにしてはかなり早い段階で、なんとなく真相の概要が見えてしまう作品だと思うのですが、それでも最後20ページぐらいには驚かされます。これはやはり核になるアイディアというより書き方、盛り上げ方の問題なんでしょうね。このラストの決め方で評価がアップします。初期にしてはあまりハードボイルドらしくない筋立てなのも本作の特徴でしょうか。 翻訳で主語を「おれ」としていることについては、ロス・マクには合わないという人もかなりいるようですが、個人的にはそれよりも、地の文で「おれ」なのに、会話の中でリュウは「ぼく」と言っている点に違和感を覚えました。 なお原題の”grin”は、ニヤリと笑うということなので、それこそハードボイルド探偵がたまに浮かべる笑みなどもそんな感じ。”mock”(嘲る)の意味はありません。そのことを意識して最後部分を読んでみると、タイトルの味が伝わってきそうです。 |
No.504 | 4点 | 太陽と戦慄 鳥飼否宇 |
(2012/03/20 11:02登録) 本作を読んでみた理由はやはりタイトル。もちろんキング・クリムゾンの代表的アルバムから採っているわけです。さらに目次にもクイーンの『ギリシャ棺』由来の細工がほどこしてあり、イエスとピンク・フロイドの名盤タイトルが。なんとも凝ったプログレ尽くしです。 しかし作中で出てくるバンドの音楽がパンクで、影響を受けたのがTレックスとニルヴァーナというのでは、タイトルと内容の方向性が違いすぎます。まあそれでもそんなロック・バンド・ストーリーとしての前半は、怪しげな伏線はいろいろあるものの、ミステリとしてではなく、なかなか楽しめました。 この前半(Part 1)の最後になって、ライブ・ハウスでやっと殺人事件が起こるのですが、密室の謎は最後に告白の形で明かされてみると、警察が解決できなかったことが不思議というもの。さらにPart 2での大げさなテロ事件への展開は、ばかばかしく感じられてしまいました。 |
No.503 | 6点 | 殴られたブロンド E・S・ガードナー |
(2012/03/16 23:49登録) タイトルの「殴られた」の部分は原題では”black-eyed”、つまり殴られて目のまわりに青あざのできた、ということです。 メイスンものの中でも、カバー作品紹介にも書かれているように特に劇的な展開を見せる作品です。最初のうちは、ブロンドの依頼人登場から事件がどう転がっていくのか、見当もつきません。一瞬、このシリーズでまさかこんなことが、と思わせる殺人を起こしておいて、いかにもなパターンに戻したりしもます。さらに真ん中あたりですでに、予審ではありますが裁判になってしまうのです。これ以後延々と裁判シーンになるなんだろうか等と思っていたら、裁判の途中(裁判はもちろん何日もかけてやっていくわけですから)、法廷外で事件は新たな展開を見せます。 設定を複雑にしすぎて、小説としての全体のつながりが今一つすっきりしなくなってしまっているのが難点ですが、なかなか楽しませてくれました。 |
No.502 | 6点 | メグレと妻を寝とられた男 ジョルジュ・シムノン |
(2012/03/13 23:04登録) 原題直訳は第1章の中でもその言葉が出てくる「メグレと土曜の客」ですが、河出書房では同シリーズですでに『メグレと火曜の朝の訪問者』(原題直訳「メグレの不安」)が出ていたので、あまりに似たタイトルを避けたのでしょうか。 土曜日に何度も司法警察に来ていながら、メグレに会わずに立ち去ってしまっていた男が、ついにメグレの自宅を訪問してきて、「女房を殺したいんです…」と告げるという奇妙な発端を持つ作品です。メグレについては「運命の修繕人」という言葉も使われますが、そのような人としてのメグレに対する相談、告解とでも言いましょうか。 その後に起こる事件そのものは、いったい何が起こったのかはっきりしないままという、不安定な感じを抱かせます。結局のところ真相はミステリ的に言えばどうということはないのですが、この土曜の客の悲哀をじっくり描きこむということでは、うまく構成された作品だと思いました。 |
No.501 | 7点 | 加田伶太郎全集 福永武彦 |
(2012/03/10 09:11登録) 作者は「誰ダローカ」なんて、いまだにこの名前を表に出しているんですね。著者名は本名の福永武彦になっているのに。生と死を見つめた『死の島』『忘却の河』などの純文学で知られる作者ですが、ミステリについては文学的テーマなど不要と主張していた人(ただし後にはロス・マク好きになります)だけに、謎解きに徹した短編集になっています。特に第1作『完全犯罪』は、密室・多重解決を50ページほどのうちに詰め込んだ古典的類型踏襲ぶり。その後はカー風の怪奇的謎にクイーン風の意外な論理を当てはめた『幽霊事件』、一人称サスペンス・タッチの『眠りの誘惑』、最初から冗談めかした『湖畔事件』など様々なパターンが出てきます。 本サイトの作品登録は「昭和ミステリ秘宝」ということで扶桑社から出版された版ですが、自分が持っているのは新潮文庫版で、伊丹英典シリーズ8編のみ。船田学名義で書かれたSF『地球を遠く離れて』等は入っていません。 |
No.500 | 9点 | ギリシャ棺の秘密 エラリイ・クイーン |
(2012/03/07 22:39登録) 本作が出版されたのは1932年ですが、事件が始まるのが10月5日火曜日で、しかもエラリーがまだ大学を出て間もない頃というデータからすると、おそらく1920年のことではないかと思われます。 特にトリックと言えるのは、せいぜいすぐ明かされる死体隠匿方法ぐらいのものでしょうか。しかし、その死体発見に至る流れはうまくできています。そしてエラリーの最初の(失敗した)推理は、真相より犯人の意外性があると言ってもいいくらい。その後平凡な某人物犯人説を経て、「読者への挑戦」少し前あたりから盛り上がってくる謎解き興味は見事です。 ネクタイに関する設定には科学的な勘違いがありますし、タイプライターの手がかりは日本人にとっては(パソコンが普及していても)何のことやらですし、と不満の声もあるでしょうが、個人的にはクイーン節を最も長く楽しめる複雑さということで、最も好きな作品です。 ダ・ヴィンチの完成しなかった有名な壁画「アンギアリの戦い」の部分油絵が存在していたなんてホラ話設定も楽しめました。 |
No.499 | 6点 | 熱い十字架 スティーヴン・グリーンリーフ |
(2012/03/04 09:51登録) 庭で十字架が燃やされる事件も起こる本作ですが、原題”Southern Cross”は普通に訳せば南十字星。内容に則せば、南北戦争の南部軍旗を意味することになります。舞台はサウスカロライナ州チャールストン。サンフランシスコを拠点としているタナーは、同窓会で久しぶりに会った弁護士をしている友人から依頼を受け、差別意識のまだ強く残っているこの町にやって来ることになります。人種差別の象徴ともいえる南部軍旗が、作品テーマを明確に示しています。 最初の同窓会にもかなりのページが割かれていますし、さらに事件自体も考えてみればずいぶん地味です。途中でタナーが銃を突き付けられ、殺すぞと脅かされるシーンはあるものの、結局殺人は最後まで起こりません。ただタナーの友人に対するいやがらせは、誰がなぜしているのか、ということだけで、ハヤカワ・ボケミス300ページ強の分量を支えているのですが、それでも飽きさせず読ませてくれます。 |
No.498 | 7点 | 幻の殺意 結城昌治 |
(2012/02/29 21:42登録) 最初に読んだ結城昌治作品が、本作でした。そのため、作者に対しては叙情的ハードボイルドという印象がしばらくは残っていたものです。今回再読してみると、初読時に感心した人間関係による謎作りとその解答は、多少記憶に残っていたことを考慮しても、たいして意外でもないなと思いました。犯人の設定も、いまひとつ。それでもその人間関係の描き方、事件解決後部分でのテーマの盛り上げ方はやはり感動的です。登場人物中、逮捕された息子の中学時代の同級生だった男が、意外になかなかいい役です。 初版時のタイトルは『幻影の絆』で、その方が内容には合っているでしょう。改題後の角川文庫版を持っているのですが、これは1971年3月が初版出版となっています。一方同年4月には本作を基にした映画『幻の殺意』が公開されているので、ひょっとしたら映画の方にタイトルを合わせたのではないかと勘ぐりたくなります。 |
No.497 | 6点 | メグレと善良な人たち ジョルジュ・シムノン |
(2012/02/26 11:30登録) 原題の意味も邦題と同じで、まさに善良そのものといった感じの家族の中で起こった殺人が扱われています。強盗などでない個人的な殺人がこんな家族の中で起こるとは考えられないと、誰もが口にする事件で、どこから手をつけたらいいのか戸惑うような状況に、メグレは善良な人たちに対してほとんど恨みを感じそうになるぐらいです。 それでも殺人後の犯人の行動が判明し、さらに地道な聞き込み捜査を続けるうちに浮上してくる家族の抱えるある秘密が明らかになった時、事件は一気に収束していきます。メグレものの中でも短めな作品ではあるにしても、そのあまりのあっけなさには不満を感じる人も当然いると思います。しかしシムノンの手にかかると、『メグレと老外交官の死』のようなひねりのある結末よりも個人的にはむしろ好感が持ててしまえるのですから、妙なものです。 |
No.496 | 7点 | バルコニーの男 マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー |
(2012/02/23 21:09登録) 第1章は、バルコニーの男が夏の夜明けにストックホルムの街を見下ろしている思わせぶりなシーンです。この夜明け、午前2時45分というのが、まさに北国らしいところ。で、その後は公園に出没する強盗から、本筋の幼女連続殺人事件へと話は進展していきます。ここでも午後9時に、まだ明るいから子どもたちが外で遊んでいるという状況が最初の殺人のきっかけ。 第1章が事件にどう絡んでくるのかは、読者にはすぐに見当がつきます。そこにマルティン・ベックがなかなか気づかないのは、読者に比べて情報が少ないので、しかたありません。なお、後に『消えた消防車』で大活躍するラーソン警部は初登場だそうで、署内ではあまり評判がよくないようですが、個人的には彼の豪放さには好ましい印象を持ちました。 最後の犯人逮捕が完全に偶然頼みなのは、いくら「本格派」じゃないと言ってもね、という気はしますが、全体的にはコクのある、よくできた作品だと思います。 |
No.495 | 5点 | 「北斗の星」殺人事件 吉村達也 |
(2012/02/19 23:36登録) 寝台特急「北斗星」での取材旅行で始まるトラベル・ミステリー風の書き出しから、いかにもな雪の山荘タイプの事件へと話は展開していきます。悪趣味なホラーっぽいお膳立てもいかにも。その中でも自動筆記については、本当のホラーじゃないんだから当然、とバレバレなことは承知の上で、作者は話を進めていきます。怪異現象がどうも安っぽいのはいただけませんが。 それでも途中で出てくる『そして誰もいなくなった』への言及もミスリードにするなど工夫はありますし、真相は悪くないと思います。ただし作品全体の構造については、事件解決後の部分から見ると、結局何の意味があったんだという気がしてしまいました。高木編集者と一緒になって怒り出したいような。『雪と魔術と殺人と』の全面改稿版だそうですが、最初はどうなっていたんでしょう。 |
No.494 | 7点 | 郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェームス・ケイン |
(2012/02/16 17:43登録) 郵便配達なんて登場しませんし、これほど内容と関係ないタイトルの付いた小説もめったにないでしょう。 ジャック・ニコルスンが主演した映画は見たことがあるのですが、それだけでなく、イタリアの巨匠ヴィスコンティ監督も映画化したことがあるそうです。また、カミュの『異邦人』も本作から影響を受けたのではないかと言われていて、影響力の高い作品です。そう言えば、ヴィスコンティは『異邦人』も映画化してましたっけ。 ヘミングウェイ同じく、むしろハードボイルド系純文学と見るべき小説なのでしょうが、ただ殺人者の視点から描かれたというだけでなく、ミステリ的な要素もかなりあります。特にカッツ弁護士の法廷戦術と、その後のしゃれた計らいなど、ペリー・メイスンをも思わせるほど。豹を飼う女マッジの人物像と存在理由が薄い不満はありますが、短いにもかかわらずなかなか読みごたえのある作品でした。 |
No.493 | 7点 | 査問 ディック・フランシス |
(2012/02/13 21:10登録) 最後の執拗なまでのアクションが印象に残った前作『罰金』の後、今回は意外にアクション度の低い作品です。おなじみ主人公の不屈の精神というのもそれほど感じません。もちろん、粗筋などからも明らかなとおり、八百長疑惑を受け、査問で騎手資格を剥奪された男が、自分を罠にかけた犯人を見つけ出すというストーリーですから、フランシスらしさはあります。しかし全体的にはむしろかなり普通のミステリに近いタイプで、フーダニット的興味が最後まで続きます。 誰が殺されるかわからないような状況のクライマックス(実はその後にもう一ひねりあります)にしても、スリルよりもむしろサスペンス重視ですし、前作のような圧倒的な印象を残すというのではないのですが、事件解決後のエピローグのさわやかさを含め、全体的に見てやはりよくできていると思います。 |
No.492 | 7点 | 高木家の惨劇 角田喜久雄 |
(2012/02/10 21:32登録) 『蜘蛛を飼ふ男』の別題も持つ本作は、まさにその蜘蛛のエピソードを加賀美捜査課長が目撃するシーンから始まります。シムノンのメグレ警視をモデルとした加賀美課長は、同じように部屋を煙草の煙で充満させることもありますが、メグレと違い、吸うのはパイプではなくシガレットです。煙草もすぐには手に入れることができない終戦直後の時代的雰囲気は、文学派シムノンの影響もあってか、同時期の横溝正史などより強く感じられます。しかし内容的には完全にパズラー。 機械仕掛のトリックは中盤であっさりと明かされますが、それだけでは犯人が簡単にわからないような構成になっています。最大の謎は、被害者が何を考えていたのかというところ。中期クリスティーの地味系佳作をも思わせるような真相は、きれいにまとまっていると思いました。事件解説後のラスト1ページぐらいも、気持ち良い印象を残します。 |
No.491 | 5点 | メグレと老外交官の死 ジョルジュ・シムノン |
(2012/02/06 21:11登録) WEB上で読めるあらすじには、ミステリのタブーに挑戦したとなっていますし、訳者あとがきではさらに詳しく、カー、クリスティー、クイーンを引き合いに出して、彼等に対する異議申し立てであるかのように書かれています。しかし実際には、クリスティーやクイーンにも同じアイディアを使った作品はあり(クイーンの場合さらに一ひねりしています)、その意味ではタブーでも何でもありません。むしろ、最後に明かされる動機が少々安易ではないかと思えるところ、作者が作者だけに不満です。事件を複雑化することになる別の人のある行動理由については、納得できたのですが。 原題の意味は「メグレと老人たち」で、実際タイトルの老外交官を始め登場人物はほとんど老人ばかりです。それも作中で18世紀的とまで形容されるほど古めかしい威厳を備えた上流階級の人たちで、メグレが困惑しているところが楽しめるとは言えます。 |
No.490 | 7点 | シティ・オブ・ボーンズ マイクル・コナリー |
(2012/02/03 21:21登録) 第1作から読んだ方がいいと言われているコナリーですが、まず読んでみたのはこのボッシュ刑事もの第8作です。すぐ手に入るのが本作だったもので… 通常ハリーと呼ばれていますが、正式にはヒエロニムス・ボッシュなんですね。この名前は『快楽の園』が有名な15~16世紀の画家ですし、他にもドラクロワ(と言えば当然19世紀フランスの画家です)なんて人も本作では重要な役割で、この作家、美術にちなんだ登場人物名にこだわっているのでしょうか。 一般的にはハードボイルドと言われているようで、確かに文章はそれっぽいですし、ボッシュ刑事の人物造形もそう言えるでしょう。しかし一方で、細かい検視結果や警察内部の人間関係、ストーリー展開などは警察小説的だと思います。 その二転三転する展開はおもしろく読めたのですが、実は疑問もあります。クライマックスを含めあいまいな点が2か所、その2か所が関係し合っているのですが、どうもすっきりしません。 事件終了後のラスト・シーンには驚かされましたが。 |
No.489 | 6点 | 悪魔の寵児 横溝正史 |
(2012/01/31 21:12登録) 「ベショベショと」降る「いんきな雨」という表現は、作中何度も繰り返されます。この部分では「陰気」をわざとひらがな表記にしているのが、妙な擬音語とあいまっていかにも通俗的な感じを出しています。 そのような通俗作品の中では、他の方も書かれているとおり、結末の意外性はかなりのもの。有名作の大部分よりもむしろ、犯人は意外なくらいです。それはいいのですが、論理的厳密性に捉われていないからこその意外性とも言えそうなところがちょっと… 論理性については、最後の金田一耕助による説明は推理とも呼べない程度で、アンフェアでもあります。実は途中で、犯人はどのようにしてこのことを正確に知ったのだろう、と疑問に思った点があって、その疑問に解答できれば、犯人の正体の見当もつくのです。ところが、金田一はそのことには一切触れていません。 依頼人風間氏の人物描写がどうにも経済界の大物らしくないのも、不満な点です。 |
No.488 | 6点 | 危険な未亡人 E・S・ガードナー |
(2012/01/27 21:39登録) 『どもりの主教』と『カナリヤの爪』の間に書かれた作品らしいのですが、ほとんどの作品ラストにある次作の依頼人登場については、『どもりの主教』の場合『カナリヤの爪』なのです。そして、本作にはその恒例次回予告がありません。 依頼人の老婦人は、最初から自分のことを「危険な未亡人」だと言っていますが、実際最後までしたたか者ぶりを発揮してくれます。ただし、トラブルに巻き込まれ、殺人容疑者になるのは依頼人ではなく、その孫娘。 メイスンが証人を隠すことはよくありますが、今回はメイスン自身が殺人の事後従犯の疑いを受け、自ら隠れなければならなくなってしまいます。このあたりの楽しい事件紛糾ぶりに比べ、真相自体はごく単純です。裁判にもならず、とりあえず逮捕されて、他の証人たちや容疑者と一緒に地方検事の下へ連れてこられたメイスンが、その場で決着をつけてしまうのですが、偶然で変に複雑化した真相よりも好感が持てます。 |
No.487 | 8点 | スターヴェルの悲劇 F・W・クロフツ |
(2012/01/24 20:54登録) 久々の再読ですが、最初と最後を除いて、途中のプロセスはすっかり忘れていました。 本作では、真相は最後逮捕の瞬間になるまでわかりません。いや、読者が見当をつけるだけだったらできるでしょうが、それを示す確実な伏線があらかじめ仕込んであるわけではありません。フレンチ警部はその瞬間、目の前にいる人物のある特徴に気づいて真相を悟るのです。 読者への挑戦を差し挟む余地が全くないということでは、フーダニットとは呼べないかもしれません。しかしその最終回答ですべてが説明できるよう構成されていますし、火災に始まる様々な謎を提示し、実地調査、仮説と検証を積み重ねていくところ、いかにもクロフツらしい謎解きミステリです。他の作家だったら1、2行で済ませそうな無駄に終わった調査も1ページぐらいかけるていねいさ。『フレンチ警部最大の事件』と似た構造とも言えるでしょうが、本作の方がよくできていると思います。 |
No.486 | 6点 | 暗黒告知 小林久三 |
(2012/01/21 11:38登録) 時代設定は明治40年(1907年)4~6月。近代日本公害の原点として知られる赤尾銅山鉱毒事件に取材し、実在の政治家田中正造を重要登場人物にした作品です。 作者はクイーンの『ガラスの村』を読んで「社会派推理小説」として感銘したことが、作風の原点になっていると述べていますが、クイーンが元と言うだけあって、社会悪追求だけでなく謎解き的な部分にも工夫を凝らしています。最初の殺人がまず密室です。トリックはすぐ想像がつくでしょうが、その方法を使った理由はなかなかのものです。また全体的な真相も、ある程度見当はつきますが、悪くありません。 ただ、時代考証的な部分で気になる点がいくつかありました。登場人物が「密室」「アリバイ」なんて言葉を使っているのがまず疑問です。また、フリーマンの『赤い拇指紋』(どう見ても翻訳本)が作中で出てくるのですが、原書が発表されたのはまさにその1907年。イギリス新人ミステリ作家(当時)の作品がすでに翻訳されていたという設定は、さすがにちょっと無理がありますね。 追記:おっさんより、『赤い拇指紋』については都筑道夫氏の指摘により後に改訂されたとのご教示をいただきました。ありがとうございます。 |