囁く影 ギデオン・フェル博士シリーズ |
---|
作家 | ジョン・ディクスン・カー |
---|---|
出版日 | 1956年08月 |
平均点 | 6.75点 |
書評数 | 12人 |
No.12 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2022/11/21 12:25登録) カーでもホラー要素は吸血鬼ネタ。中期にしてはドタバタ要素を排し、ロマンチックな女性像が印象的な作品。トリックよりもそっちの方に魅かれる。 ある意味、人間関係に「謎」を巧妙に隠すクリスティっぽい作品だと思う。中期のカーって「皇帝のかぎ煙草入れ」みたいなクリスティ趣味の作品もあることだし、そう見るのも不自然じゃないように感じるよ。まあだからカーのもう一つの軸の不可能興味が大したことないのを咎めるのは、トリック至上主義というものじゃないかな。 現代の事件が起きるまでの動きが少なくて、ややジレるところもあるけど、ロンドンへ向かう追っかけなど、「動」の要素が出てきてからは本当に一気に読ませる。ヒロインが問題を隠しすぎ、というのはあるんだけども、人の出し入れで「すれ違い」な作劇がそれを目立たせない。これはカーが読者に積極的に仕掛けていることでもあるから、「消極的なミスディレクション」とでも言ったらいいのかしら? まあでも、ヒロインのキャラクター性が何よりの成功材料。カーのロマンスの数少ない成功例(残念なことに...)。こういうやや時代がかったヒロインへの、カーの憧れが反映しているのかな。だからか、狂言回しの歴史学者の「個人的」な決着の付けかたも何かイイ。評者好感の作品でした。 |
No.11 | 8点 | レッドキング | |
(2019/09/03 09:22登録) オカルトとドタバタを両翼に、不可能犯罪トリック解明をエンジンにして飛翔するカーのミステリの中で、この作品はオカルトのみドタバタ抜きの片翼飛行で疾走する。そして切なく歪んだ心情とサスペンスが、ハウ・フーを超えて「いったい何が起こっているのだろう」のホワットダニットを噴き上げて行く。 ところでこの作のフェル博士にはいつもの魅力がないが、なんせ片翼のドタバタ自体がないのだからやむを得ず、ヒロインの魔力がそれを補ってあまりある。「あなたは彼女を愛してなどいないのよ・・幻想の女・・あなたの頭が創り出した夢の女よ・・ねえ、聞いて・・」「あの人が、どんな女だってかまわない。僕は、あの人のところに行く。」 嗚呼、「幻の女」「愚かなる男」 |
No.10 | 8点 | 雪 | |
(2018/12/13 07:52登録) 戦火の傷跡が残る一九四五年のロンドン。叔父チャールズの遺産を相続したばかりの歴史学者マイルズ・ハモンドは、ギデオン・フェル博士に〈殺人クラブ〉のゲストとして招かれ、ベルトリング・レストランを訪れた。だがそこにクラブのメンバーは誰もおらず、ディナーの準備が整えられているのみ。 待ちぼうけを食わされたのはマイルズだけではなかった。同じくゲストとして招待されたフランス人の大学教授、ジョルジュ・アントワーヌ・リゴーは、居合わせた女性記者バーバラ・モレルの懇請で、二人に戦前フランスのシャルトルで起こった不可能犯罪の一部始終を語り始める。 〈ヘンリー四世の塔〉と名付けられた河沿いの古い塔の頂上で、地元在住のイギリス人実業家、ハワード・ブルックが刺殺されたというのだ。彼が尖塔に登ってから発見されるまでの十五分間、正面から建物に近付いた者は誰もおらず、しかも裏側は切り立った外壁であった。ハワードはとかくに噂のある家庭教師、フェイ・シートンと息子ハリーの仲を断つべく、塔に出かけていったのだった。 リゴー教授との話を終えて、ホテルに戻ったマイルズ。彼の元に、叔父の蔵書整理に雇う司書の応募者が訪ねてきたという。その女性は、フェイ・シートンと名乗った。 リゴー教授、そしてフェイ。シャルトル事件の関係者がマイルズの住むグレイウッドの屋敷に集う時、またしても不可能犯罪が起こる・・・。 1946年発表。地味な印象で初読の際はさほどでもなかったんですが、読み返すうちに評価の上がっていった作品です。今選ぶとディクスン名義も含むベストテンの下位には入りますね。 最初の密室状況ばかりがクローズアップされがちですがこれは付け足し。メイントリックは犯人の隠し方で、この設定を成立させるため、最初の事件はリアルタイムでなく聞き語り形式になっています。 その分臨場感が損なわれると見たのか色々と怪奇性を補強する手を打っていますが、なかなかの効果。主人公側であるリゴー教授やバーバラが生理的にフェイを忌避するため読者は不安感に苛まれ、同時に事件の煙幕にもなっています。 さらにエンディングに至ればこれらが一転してヒロインの悲劇性を強調するという充実ぶり。ニュー・フォレストで起きるのが殺人ではなく、犯行手段すら不明な未遂事件である点も、異様なムードの創出に拍車を掛けています。 全てが最初からの計算ではなく、諸々の工夫が巧まずして類を見ない出来に繋がったと見ていいでしょう。もっとも不可能犯罪のトリックはそれ単独で勝負できるものではないので、一線級の傑作と互角に張り合うのは難しいですが。 ステロタイプでないヒロインを配した、カー唯一といえるロマンス小説の成功例。総合力でギリギリ8点には値すると思います。 |
No.9 | 5点 | 文生 | |
(2017/11/01 15:51登録) カー中期の佳作という位置付けの作品で確かに全体のプロットはよくできている。しかし、個人的には最初の不可能犯罪のトリックと犯人が瞬時に分かってしまったのでその時点で興が削がれてしまった。というか、あそこで用いられた手法は不可能犯罪における基本トリックのひとつなのでカーを読み慣れた人であれば誰でもすぐにピンとくるのではないだろうか。それを前提に読むと第2の殺人における展開もさほどサプライズではなくなり、高い評価は与えられなくなってしまう。 |
No.8 | 6点 | nukkam | |
(2016/08/29 00:17登録) (ネタバレなしです) 1946年発表のフェル博士シリーズ第16作は作品全体を覆う暗いトーンと不気味さ、そして悲哀を帯びた結末が印象に残ります。但し「仮面劇場の殺人」(1966年)では本書の意外な後日談が語られていますが。会話中心の展開なのにサスペンスが強烈な地下鉄の場面など演出が巧いです。トリック的には(実際に使われたトリックの流用だそうですが)ロンドンの事件のトリックが珍しいです(読者が解決前に予測するのは難しいと思いますけど)。あと本筋とは関係ありませんが冒頭で紹介されている「殺人クラブ」が結局名前のみの出番だったのはちょっと残念でした。 |
No.7 | 8点 | 青い車 | |
(2016/02/18 23:03登録) 塔の頂上というあまり見慣れない密室状況を扱っていますが、実に手堅い解決でカー中期の円熟味が感じられる内容です。全体として闇夜の暗い雰囲気の印象が強く、怪奇性も知的な謎解きを侵食しない程度に利いています。一部の登場人物の出現の仕方にご都合主義的なところもありますが、個人的には許容範囲です。また、比較的短めにまとまっているのも好感が持てます。 |
No.6 | 6点 | 了然和尚 | |
(2015/10/03 16:22登録) 過去の事件も、今の事件も動機が隠されてたりして、なんとも入り込みにくい内容で4点。犯人が(その正体がと言うべきか)以外で+1点、その後の謎解きでパズルを組み上げるような見事さに+1点と、尻上がりに評価が上がる作品でした。自分の眼の節穴ぶりが情けなくなります。 本作はいかにも本格推理という感じで、90%つまらなくても、最後の10%で見事にやってくれた感じです。非本格の犯罪小説である松本清張の作品では90%楽しく読めて、最後の10%の仕上げでがっかりするのと対照的なのが面白いですね。作品の娯楽量とでもいう指標があるならば、両者は同じなんだなと感じます。 |
No.5 | 8点 | ボナンザ | |
(2015/02/21 20:47登録) 中期の最高傑作。二つの事件のトリック、伏線の張り方共に初期の傑作群に劣らない見事な出来。 |
No.4 | 7点 | 空 | |
(2012/06/12 20:42登録) その終戦直後の雷雨の日、なぜか殺人クラブには正規会員が誰も来ていなかった。ゲスト3人のみが集まり、数年前に起こった密室殺人の顛末が語られる… カーの作品を読むと、普通の密室がいかにも魅力的に思えてくるから不思議です。久々に再読した本作でも、章の区切り方とかちょっとした情景描写で、期待を高めてくれるのです。ただし、6割を過ぎたあたりから最初の不気味な雰囲気が薄れ、普通の都会派サスペンス展開になっているのが、ちょっと残念です。 全体的な構造としては、偶然の重なりが新たな事件を引き起こす元になるところ、安易とまでは言えませんが、やはりご都合主義ではあります。ただし終戦直後という時代背景を生かした骨組みは、横溝正史の有名作との共通点も感じさせますが、悪くありません。 第2の事件-殺人未遂の方法も理由も分からないという謎に対する解決もうまく考えられています。またいつものカーとは違ったロマンス味付けも印象に残ります。 |
No.3 | 9点 | toyotama | |
(2010/11/11 18:11登録) カーの作品は結末が見事でも、そこに行くまでに退屈させられてしまう。 そういう意味ではこの作品の長さに満足! 実際、後半は一気に読み通すだけの緊迫感はあったと思います。 |
No.2 | 7点 | kanamori | |
(2010/06/23 18:55登録) パリ郊外の古塔最上階での不可能殺人をフェル博士が解く本格編で、中期の佳作だと思いました。 吸血鬼伝説は添えものという感じですが、物語導入部のミステリアスな情景描写や殺人クラブの雰囲気から引き込まれます。 カーの描く若い女性像はいつも類型的ですが、本書のヒロインのフェイ・ノートンの造形は異質で、あるミスディレクションに寄与していると思います。 |
No.1 | 2点 | Tetchy | |
(2008/11/23 22:34登録) いやあ、結局、この物語で語りたかった事は何なのか、よく解らなかった。 不可能状況、不可解状況を作り出すためにわざわざ登場人物達を歪曲したような感が強く、興醒めした。 吸血鬼云々の件も、強引に怪奇色を出しているような、取って付けた感が強いし・・・。 物語に牽引力があれば、もっと面白く読めたのだろうけど。 |