空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1521件 |
No.701 | 5点 | ちがった空 ギャビン・ライアル |
(2014/05/02 13:48登録) ライアルの第1作はやはりパイロットを主人公にした航空冒険小説、というかこれまで読んだ3冊の中では最も冒険小説らしい作品でした。ラストに向けての嵐の中の飛行など、さすがに迫力があります。また整理があまりよくないとはいえ、様々な意外性も用意されていて、ミステリ要素も盛り込まれています。ただし主人公自身も含めて、登場人物たちの思考・行動にどうも納得できないところがあるのです。大量の宝石を巡る争奪戦というのがストーリーの骨子ですが、その正統な持ち主であるパキスタンの藩主にしても、資産に比べて考え方がけちくさすぎて、リアリティーが感じられません。 邦題は、最後の方で主人公の「空のまちがった側にいた」という台詞が出てきて、これが基になっているわけですが、タイトルとしては意味不明でしょう。思い切って「違法空域」とでも訳せば、わかりやすいのですが、それでは森村誠一っぽくなってしまうかな。 |
No.700 | 9点 | 白昼の死角 高木彬光 |
(2014/04/29 17:03登録) ある意味困ったことに、最初に読んだ高木彬光作品が本作でした。名作であることは間違いないのですが、この作家としては特に例外的な作品ですので、しばらくは作風に対する誤解をしていたのです。 確かに様々なジャンルへの挑戦を続けた巨匠ではありますが、少なくとも有名な他の作品は社会派であれ歴史ものであれ、基本的には論理的な謎解き要素を持ち、真相を明らかにしていくという構図を保持していました。ところが本作は詐欺師の視点から描かれた戦後の経済状況変遷史とも言えるほどで、ほとんどドキュメンタリー的な迫力を持った大作です。その意味では犯罪者を主人公とはしていても、作中でも比較されるルパンなどの冒険小説系とは一味違います。松本清張の『眼の壁』をミステリとしては絶賛しながらも、はるかに巧妙な詐欺の手口をお見せしようと宣言するプロローグも、リアリティーを演出する手段でしょう。 |
No.699 | 6点 | クロフツ短編集1 F・W・クロフツ |
(2014/04/24 22:55登録) 殺人犯人のミスに「事前に気づけば読者の勝ち、気がつかなかったら、著者の勝ち」と作者前書きに記された、21編の短編集です。この前書きからもわかるとおり、ほとんどが倒叙もの。ただし『新式セメント』だけは通常の謎解きになっていて、実は個人的に最も気に入ったのもこの作品です。1編がほぼ14~5ページ程度の掌編に近い作品ばかりですが、動機や犯人の心理描写もそれなりに描かれていて、なんとか推理パズルというだけではないレベルには達しています。語り口も、犯人の一人称形式にしたり、フレンチ警視の回想形式だったりと変化をつける工夫もしています。また前書きにもかかわらず、そんなミス、わかるわけないと思えるものもありますし、特に読者に挑戦した形になっていないものもあり、なかなか楽しめました。 犯人の「ミス」についての出来栄えでは、『薬瓶』、『写真』『ブーメラン』あたりがいいと思いました。 |
No.698 | 7点 | スピレーン傑作集1/狙われた男 ミッキー・スピレイン |
(2014/04/20 23:18登録) 5編を収めたスピレインの中短編集ですが、マイク・ハマー登場作はありません。 最初の『狙われた男』は140ページ近くある中編で、マイク・ハマーものよりも正統ハードボイルドに近い印象で、『赤い収穫』と似たところがあります。恋愛劇は通俗的ですが、最後のひねりもうまく決まっていて、傑作と言っていいでしょう。 次の70ページ程度の『死ぬのは明日だ』も同じようなタイプですが、冒頭にクライマックス部分を置いて、その場面に至る事件の顛末を語っていくという手法がとられています。これも相当な出来栄え。 他の3編は短い作品で、まず『最後の殺人契約』は伏線が露骨すぎてオチの丸見えなのが冴えませんが、『高嶺の花』は逆に意外なオチを用意した「奇妙な味」系と言ってもいい、ハードボイルドとは無縁の作品。犯罪実話『慎重すぎた殺人者』は地味なドキュメンタリーと、スピレインの意外な作風の幅を堪能させられました。 |
No.697 | 5点 | 浅草殺人風景 中町信 |
(2014/04/16 23:23登録) 中町信の作品というので、冒頭1行目、いや第1章見出しから疑いの目を持って読み始めたのでしたが、本作にはそんなお得意の叙述トリックは使われていませんでした。中心となるのは第2の事件のダイイング・メッセージで、最後に解説されてみると、なるほど、さすがにそのような形にした理由には説得力がありました。もう1つ手紙のトリックは、作中で披露された時点ではフェアな書き方とは言えないのですが(その時点で手がかりを読者に示す書き方もできなくはないでしょうが、不自然になるでしょうね)、最終解決の前に解説してしまうという手で批判をかわしています。 過去の事件とのつながりや動機もきれいにまとめていて、謎解き要素は小味ながらもなかなかのものだと思いますが、ストーリー展開はあまりおもしろさを感じさせませんし、舞台となる浅草の風物紹介も少々わざとらしく、小説としては平凡な印象でした。 |
No.696 | 5点 | 大いなる幻影 カトリーヌ・アルレー |
(2014/04/13 10:39登録) 実はアルレー初読。この作者の、あらすじを読む限り典型的な二時間サスペンスっぽい印象に、今まで食指が動かなかったのでしたが、まあそれでも食わず嫌いのままでもいけないかなと、読んでみたのでした。 しかし、本作はアルレーにしてはどうやら珍しいタイプだったようで、完全にクライム・コメディーです。しかもクライム-犯罪と言っても殺人や強盗等の凶悪犯罪ではなく、遺産の不正取得というだけ。アメリカの伯父さんが残した遺産というのですから、ベタな設定もいいところです。文章も明らかに笑わせを意識した書き方で、最初に読むべきアルレー作品でないのは確かなようです。 そんな本作、思いがけない障害や、遺産取得作戦などユーモラスな展開はなかなか楽しめたのですが、最後5ページぐらいで突然訪れるオチだけは、いくら何でも平凡すぎました。もうちょっと意外な締めくくりはなかったのかなあ。 |
No.695 | 7点 | レイクサイド・ストーリー サラ・パレツキー |
(2014/04/06 21:59登録) サラ・パレツキー第2作の原題は”Deadlock”。普通の訳だと「行き詰まり」で、ピンときませんが、半ば過ぎで起こるド派手な事件の舞台である五大湖で大型船を通すための閘門(Lock)の意も持っています。その閘門がしばらくは使えなくなるほどの事件ですから、Dead の言葉にも納得。 今まで読んだこの作者の4冊の中では、そんな大事件の他にも何件もの殺人が連続する最もスケールの大きい話です。ただし最初のうちは、ヴィクのいとこの事故死として片付けられようとしていた死について、そのいとこのマンションが荒らされ警備員が殺される事件が起こったことで疑念が生じる、というかなり地味なすべり出しです。そこから派手に盛り上げていくプロットは、充分楽しめました。 ただ、連続する事件の関連を否定してすべてを偶然で片付けようとするボビー・マロリー警部補にだけは、今回は登場を控えてもらいたかったですね。 |
No.694 | 5点 | 倉敷・博多殺人ライン 深谷忠記 |
(2014/04/01 23:53登録) トラベル・ミステリーと言えば西村京太郎や内田康夫がまず思い浮かびますが、本作を読む限りでは、深谷忠紀の方がそう呼ぶにふさわしい内容になっていると思いました。 タイトルの地名のうち博多の方は、事件の発端に多少関係があるという程度ですが、殺人現場となった倉敷については大原美術館を中心とする美観地区が何回かに分けてかなりじっくりと描かれていますし、他にも事件に関係する西多摩郡檜原村、青梅市の御岳渓谷などの風景にも筆を費やすことのできる話の運びにしていて、ほとんど観光案内的とも言えそうです。 かなりの数にのぼるらしい壮と美緒シリーズの1冊で、美緒には「宇宙人」と言われるかなり茫洋とした名探偵役黒江壮の推理はなかなかていねいです。殺人事件とミステリの盗作疑惑との関係はちょっと肩すかしな感じがしなくもありませんし、謎解き的には特筆すべき点はありませんが、そこそこ楽しめました。 |
No.693 | 6点 | O探偵事務所の恐喝 ジョルジュ・シムノン |
(2014/03/29 12:36登録) 3編を収めたO探偵事務所事件簿の最終巻。 最初の『エミールとミンクのコート』は、事件をほとんどいやいや引き受けたトランス元刑事所長も言うとおり、雲をつかむような話から始まるところに、まず興味を引かれます。これまでにも感じられたグルメ志向が本作では顕著で、ベルギーの名物料理(シムノンはベルギー出身)が次々出てきて、そんな謎解きとは関係ない部分がかなり楽しめる作品になっています。その謎解きは、おいおいと言いたくなるような偶然が契機になって転がりだし、それなりの決着となっていました。 次の『不法監禁された男』は、監禁された人を救出できるかどうかのサスペンスが中心となる作品。 そして最後の表題作は、トランスの涙もろいところがクローズアップされ、O探偵事務所の所員たちみんなに華を持たせる、最後を飾るまさに大団円と言うにふさわしい結末で、鮮やかに締めくくってくれました。 |
No.692 | 8点 | アシェンデン サマセット・モーム |
(2014/03/23 14:15登録) 本作は1928年にモームが書いたシリアス・スパイ小説の元祖として有名ですが、タイトルの意味は知りませんでした。主役の秘密諜報部員の名前だったんですね。 驚かされたのは、アンブラーやル・カレのような「スパイ・ミステリ」ではないということです。モーム自身『人間の絆』等を書きながらスパイとしても活動した事実を元にした、あるスパイの経験談といったところで、いくつかのエピソードを重ねて、一応長編仕立てにしてあります。そしてそのエピソードの中には、彼のスパイ活動そのものとは関係なくて全然ミステリになっていない話もかなり多いのです。ただ、連作短編集的長編という小説構造は、ほぼ同時期のクリスティーのスパイもの『ビッグ4』『おしどり探偵』と共通します。 ミステリと言えるかどうかはともかく、バラエティに富んだ小説としての味わいは、さすがモームとうならされました。 |
No.691 | 7点 | 天狗の面 土屋隆夫 |
(2014/03/21 00:06登録) 後年の土屋隆夫を読んだ後では、この人こんな作品も書いていたのかとびっくりします。鮎川哲也の鬼貫警部ものを多少地味にして(ただし時刻表アリバイではありませんが)特に動機に叙情性を加えたようなシリアスな作風というイメージだったのですが、この長編第1作は最初から軽妙ユーモラスな味わいがあるのです。作者が住んでいた長野の小さな村を舞台にして、作者自身が「戯画化」という言葉を使っているそうですが、最初から読者への挑戦めいた文を入れるなど、遊び心のある作品になっています。なんとなく横溝タッチを思わせるところさえありますが、一方で最後の犯人の行動など、後年の作品につながるものも感じられました。 謎解き的な観点からは、手がかりを読者に明確に披露するということでは、クイーン以上とさえ言えるでしょう。特に風の件に関してはいくら何でも丁寧すぎると思いますが、その明瞭さが魅力でもあります。 |
No.690 | 5点 | 丸裸の男 ジョルジュ・シムノン |
(2014/03/16 15:54登録) O探偵事務所の事件簿第3巻に収録されている4編中、事件調査を依頼されて始まるのは最後の『ミュージシャンの逮捕』だけです。それさえ、所長のトランス元刑事の知人であるミュージシャンが逮捕されそうだと緊急の助けを求めてきたものです。この作品の真相は最初から明らかなのですが、証拠隠滅を図ったとしてトランスがパリ警視庁局長に呼び出しをくらい、冷や汗をかくことになるという、サスペンス系な展開です。 最初の表題作は有名な弁護士が一斉取り締まりで検挙された連中の中にいることにトランスが気づく、という出だしは魅力的ですが、解決はまあまあ程度。次の『モレ村の絞殺者』が同名を名乗る二人の老人が同夜に絞殺されるという冒頭の謎も、その謎解きもよくできています。ただし、かなり複雑な事件なので、もっと長くした方がよかったでしょう。『シャープペンシルの老人』は、まあこんなものかな、という程度でした。 |
No.689 | 6点 | 女の顔を覆え P・D・ジェイムズ |
(2014/03/11 23:18登録) 本作が初読の作家ですが、P・Dがフィリス・ドロシーの頭文字であることを知るためには、疑問を持って調べなければならないでしょう。本作の巻末解説にも書いてありません。 さて、その「ミステリの新女王」の第1作ですが、巻末解説ではロマンス作家クリスティーと比較して、作者がリアリストであることを強調しています。でも、どうなんでしょうね。まあ、世代の違いは感じさせられます。田舎地主の館を舞台にしているとはいえ、まず被害者が住み込みのメイド1人だけだということ、またそのメイドの考えていることがつかみにくいこと等、明らかに古典的パターンから外れています。 謎解き的には、様々な偶然の出来事が重なって真犯人がわかりにくくなっていたことが、最後に明らかにされていくところに、感心しました。また殺人動機は非常に納得できるのですが、明確に分類定義できるようなものでないのも、おもしろいところです。 |
No.688 | 8点 | 罪火 大門剛明 |
(2014/03/07 23:25登録) 横溝正史ミステリ大賞を獲った『雪冤』はひねり過ぎの感はありながらも、読み応え十分な作品だったので、第2作も期待して読み始めたのでした。ところが非常にシンプルに、殺人者の視点と探偵役の視点を切り替えていく犯罪小説(倒叙とはちょっと違うと思います)になっていて、意外な気がしました。ただし第1作が冤罪を扱っていたのに対して今回は修復的司法という、やはり犯罪者対被害者の関係を多角的に考えていく作者の真摯な態度は健在です。 プロットも一筋縄ではいかない作者であることを意識していると、冒頭章、そして途中に、明らかに伏線だなとわかる記述がありますし、殺人者の視点から書かれたある部分に違和感も覚えるのですが、その意味が分からないままに読み進んでいくと、最後にはこんな意外性もあるのかと驚かされました。ある意味クイーンの某中期作品にも通じる気持ちを味あわせられた作品です。 |
No.687 | 6点 | 老婦人クラブ ジョルジュ・シムノン |
(2014/03/04 23:02登録) 赤毛のエミールが活躍するO(オー)探偵事務所の事件簿シリーズ第2巻には、3編が収録されています。 最初の『むっつり医者と二つの大箱』では、メグレもの常連のリュカ部長刑事がこのシリーズでは初登場して、司法警察での容疑者尋問という、それこそメグレものでは毎度おなじみのシーンも出てきます。この作品は、3編の中では最も正統的な謎解きパターンと言えるでしょう。真相はごく単純ですが、タイトルの医者のキャラクターが際立っています。 『地下鉄の切符』は探偵事務所を訪ねてきた男は既に瀕死の状態で、ダイイング・メッセージを残して死んでしまうという、期待を抱かせる発端ですが、解決は今ひとつでした。魅力的な発端と言えば、『老婦人クラブ』も奇妙な事件で、「犯人」は最初からわかっているホワイダニット系作品です。エミールが過去に会ったことのある人物が登場したりして、展開の意外性があり、なかなか楽しめました。 |
No.686 | 6点 | 真昼の翳 エリック・アンブラー |
(2014/02/27 23:01登録) 1964年のエドガー賞を受賞した作品。ただし、アンブラーの代表作の一つとは言えなさそうです。全体的な出来ばえも、特に優れているとは思えないのですが、それよりリアリズムなスパイものを得意とする作者にしては、ポケミス版あとがきにも書かれているように意外な一面を見せてくれた作品だからです。 アンブラーらしい丁寧な文章がなければ、コメディと言ってもいいようなところがかなりあります。特に謎の一味に対する潜入捜査を余儀なくされた小悪党の主人公が最後になんとか窮地を脱するシーンは、こんなことで決着がついてしまうのかとあきれるくらいすっとぼけています。本作の映画化である『トプカピ』は見ていないのですが、一般的にはコメディ・サスペンスと評されているようです。ただし映画では粗筋を読む限り、原作で意外性演出に使っていた一味の秘密計画を、最初から明かしてしまっています。 |
No.685 | 5点 | 影の地帯 松本清張 |
(2014/02/23 18:53登録) 『霧の旗』『黒い福音』『砂の器』等と同じ1961年に発表されたかなりの大作です。ともかく膨大な量のミステリを書きまくっていた時期で、それぞれ強烈な個性を感じさせるそれらの有名作と比べると、本作は大作感はありますし、死体処理トリックが工夫されているものの、特に際立った印象は残りませんでした。全体的には、社会派冒険スリラーとでも呼びたいような、リアリズムの中にご都合主義的な荒唐無稽さをミックスしたタイプと言えそうです。 フリーのカメラマンが主役ですが、途中で視点が新聞記者に替わり、探偵役交代かと思っていたら、70ページぐらいしてまた元に戻るという構成になっています。しかし、この新聞記者の部分は手紙だけで済ませた方がよかったように思えました。ラストの決着のつけ方も、唐突かつ安易な感じがぬぐい切れません。それに松本清張にしては、文章が多少雑な感じがするのも気になります。 |
No.684 | 6点 | ドーヴィルの花売り娘 ジョルジュ・シムノン |
(2014/02/18 23:37登録) 4分冊になった14の短編からなるO(オー)探偵事務所の事件簿シリーズその1で、4編が収録されています。全部まとめたずいぶん分厚い原書が、Amazonで売られていたのを見た記憶もあります。しかしこんなに小分けにしなくてもという気もします。 探偵事務所の所長は元刑事のトランス。メグレ警視の部下だった人で、そのことは作中で何度も繰り返されます。ただし翻訳版のシリーズ・タイトルからもわかるように、名探偵役はエミール(姓は不明)という赤毛の男で、彼が実質的な探偵事務所長。 最初の『エミールの小さなオフィス』は主要登場人物紹介にかなり筆を費やしています。ストーリーは全く違いますが、シリーズの最初に持ってくる作品としては、ドイルの『ボヘミアの醜聞』と共通するものがあります。続く3編ともあっさりめのパズラー系で、特に『入り江の三艘の船』はシムノンと思えないほど動機は付け足し程度でした。 |
No.683 | 5点 | 殺戮の天使 ジャン=パトリック・マンシェット |
(2014/02/13 23:41登録) フランスのミステリは、メグレ・シリーズを始め短めのものが多いですが、本作は中編と言っていいでしょう。女殺し屋を描いた作品だというので、全編にわたって次から次へと冷血に殺人を繰り返していく話かと思っていたら、全然違っていました。第1章こそ、突然獲物の前に現れてあっさりと撃ち殺すという、非情なクライム・ノベルらしいオープニングですが、その後しばらくは、過去における殺人が説明されはするものの、彼女が新しく来た町で、町の「金持ち」たちが紹介され、仕事のあたりをつけていく過程が描かれていくのです。そして2/3ぐらいのところでやっと起こる殺人の顛末とその直後の彼女の行動は、予想外で困惑させられます。 しかしその後はまさにタイトルにふさわしい急展開になってきます。救いのない結末で、それは最初から当然だろうとは思っていたのですが、それにしても最後の1ページの文章には、また困惑させられてしまいました。 |
No.682 | 7点 | ハルビン・カフェ 打海文三 |
(2014/02/09 12:14登録) 2002年に発表された本作の時代設定は、携帯電話や登場人物の世代からすると、たぶん2019年頃だと思われます。あいまいな書き方のわりに、中途半端な年だと言われるかもしれませんが、実は有名なSF映画『ブレードランナー』の設定年だからです。異文化が混在する猥雑で暗い感じのハードボイルドな雰囲気には、共通するものがあると思います。ただし、本作ではSF的ガジェットは全く出てきません。 章ごとにさまざまな登場人物の視点から、少しずつ明らかにされていくのは、北陸の架空都市「海市」を中心に起こった約20年間にわたる様々な事件の相互関連です。そしてそれらの事件の影から浮かび上がってくる一人の男の実像。彼がルトガー・ハウアー演じるロイ以上に超人的に見えるのは、さすがにちょっとどうかとも思えますが。 腐敗した警察とギャング世界を重厚なタッチで描いた大作で、読みごたえ十分でした。 |