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人並由真さん |
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平均点: 6.35点 | 書評数: 2257件 |
No.2257 | 8点 | 夜明けまでに誰かが- ホリー・ジャクソン | 2025/09/16 18:57 |
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(ネタバレなし)
フィラデルフィアの女子高校生レッド(レッドフォード)・ケニーは、親友のマディ(マデリン)・ジョイ・ラヴォイに誘われて、同年代の男子高校生2人、そして引率役であるマディの大学生の兄とその彼女という計6人のグループで、大型キャンピングカーでの旅行に出かけた。だが一行が携帯電話の電波圏外の僻地に入ったとき、何者かが車を狙撃。タイヤを撃ち抜き、さらには銃撃で牽制して彼らをキャンピングカーの中に閉じ込めた。周到な手段で車内との通信環境を設けた謎の狙撃者は、ある要求を突きつける。 2022年の英国作品。 邦訳のある人気シリーズは未読なので、作者の著作はこれが初読みである。 主要人物はメインの若者6人と謎の狙撃犯だが、当然のごとく、彼らの抱える事情や過去のあれこれの逸話を明かす形でサブストーリーの枝葉が拡散。広義での登場人物はさらに多くなる。 メインストリームのお話と脇筋のエピソードの揺り動かしがキモという感じのサスペンス編。 組み立ては、いかにも21世紀の成熟したエンターテインメントという手応えであり、加速度的なベクトル感でいっきに読ませる。 いい意味で話がさほど広がらず、手堅い構成なのが良い。 そこが最終的に、ちゃんと主人公ヒロインのレッドが抱える内省につながっていくのもよろしい。 で、読み落としでなければ、一件だけわざと曖昧なまま終わる箇所があると思うが、その辺の演出は作者のちょっと厨二感覚的な人間観か? まあ多層的な余韻を残して終わるのもありだよね。 私がわざわざホメなくっても……という、今年の話題作で評判の娯楽作なのだが、評点を7点に押さえると、それはそれでウソになる。それくらいには面白かった。 |
No.2256 | 7点 | どうせそろそろ死ぬんだし- 香坂鮪 | 2025/09/15 20:17 |
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(ネタバレなし)
・強引さが目立つ ・良くも悪くも(←どちらかといえば後の方)ミステリ作法のコードを外してる (文句の辺りを具体的な言葉にすると、先行の文生さんのレビューですでにかなりの部分を語って頂いた感じ) ……という難点はあるが、アイデアを積み重ねた、トリッキィというかギミックフルな作品なのは確か。 このあまりに遠大な東西のミステリの大海、nukkamさんのおっしゃるようにどこかに似た作品はあるんだろうけど。 自分は80年代の某海外作品を思い出した。 話が面白くない、という虫暮部さんのご講評は、苦笑しつつ、まあそうですね、と実に同感。まっこと、そういう不満は出てしかるべき! だと思う。 ただまあ、その上で、仕上の味付けは悪いんだけど、栄養価の高そうな腹持ちの良い献立を出してもらった幸福感を抱く面もある。 少なくとも東西のパズラーやトリック小説を最低でも100冊くらいは読んでから、そのあとで手にとってほしい一冊。 |
No.2255 | 6点 | 不確かな真実- 和亭正彦 | 2025/09/13 21:56 |
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(ネタバレなし)
その年の1月6日。都内の西城公園駅周辺の高級マンションの4階で、国際的に有名な50歳代の服飾デザイナー・国枝和子が惨殺された。死体の損壊ぶりを含めてかなり猟奇的な殺人事件に際し、警視庁と所轄の西城署の合同捜査本部の刑事たちは犯人検挙に躍起になる。やがて防犯用カメラの記録映像から、数名の不審な人物が捜査線上に浮かんでくるが……。 今年の新刊で、Amazonほかで話題なようなので読んでみた。 佐野洋か笹沢佐保あたりの平均作レベルといったリーダビリティの高さでサクサク読める警察小説で、前半、数名の容疑者が絞り込まれていくあたりまではなかなか快調。 (ただしリアリティを醸し出したいのか、役職のある捜査陣たちの固有名詞をやたらと登場させすぎるきらいはあるが。) 良い意味で昭和の一流半の警察捜査ミステリの再現といった趣で(作者が自覚的にそういう作風を狙ってるかどうかは知らないが)、評者のようなオッサンには、なかなか懐かしいレトロな感じでけっこう心地よい。 で、中盤でミステリとしての方向が大きく転換・展開し、ああ、そういう作品なのね……という感じになる。 まあそれはそれでいいのだが、後半のその中身に関してはありきたり、ととるか、良くも悪くも2020年代によくこんなネタで勝負に出たな、と感心するか、そのどっちか。個人的には4対6で、後者寄りの感触かな。 とにかく現在、私的に多忙で長編ミステリがなかなか読めないので(涙)、3時間程度で読み終えられて、それが何より良かった(笑・中泣)。 他愛ない作品と、とる人もそれなりにいるんじゃないか? とも思う。 が、個人的には、先述のどっかレトロチックな小説の雰囲気も含めて、そこそこ好感を抱ける一冊。 |
No.2254 | 6点 | マダムはディナーに出られません- ヒラリー・ウォー | 2025/09/09 15:51 |
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(ネタバレなし)
1946年。「私」こと20代半ばの私立探偵シェリダン(シェリー)・キース・ウェズリーは、ニューヨークのウェストチェスター群の片田舎ミッドヴェイルの屋敷を訪れた。依頼人である元スターの富豪の女性ヴァレリー(ヴァル)・キングからの呼び出しだ。奇妙なのは彼女が、ウェズリーの美しい妻で女優でもあるダイアナの随伴を望んでいることだった。同道を快諾したダイアナとともにウェズリーが訪れた屋敷では、ヴァレリー主催によるパーティが開かれているが、肝心の依頼人の女主人の姿は見えない。不審の念が湧くなか、屋敷の周辺で、とある人物の他殺死体が見つかる。ウェズリーは知己であるニューヨーク市警の大物ハワード・ブラッドレー警視の後見のもと、所轄署の署長であるスローカム警部と連携しながら事件の真相を追うが。 1947年のアメリカ作品。ウォーのデビュー長編であり、3冊の長編が書かれた私立探偵シェリダン・ウェズリーものの第一弾。 少なくとも本作を読む限り、単に私立探偵ものというよりは、美人の奥さん(年上設定らしい)ダイアナを相棒にした夫婦探偵もの。 かつて「パパイラスの船」のなかで小鷹信光は、第二次世界大戦中盤から欧米のミステリ界は銃後の家族を守って出征した兵士の心を鼓舞するため夫婦探偵ものが隆盛となったという説を提唱。実例はなんとなく多数思い浮かぶが、本作も実際にそんなムーブメントのなかの一冊で(実作は戦時中だったらしい)、まんま『影なき男』の系譜を感じさせる一編。 なお本書の巻末の、おなじみ塚田よしと氏の名解説によると、本作のヒロインのダイアナはウォー自身の同名の奥さんがモデル(『失踪当時の服装は』のアイデア協力者で、献辞を受けた女性)だとか、ウォーはくだんの『影なき男』を『マルタの鷹』の次に評価していたとかいろいろウンチクがわかって面白い。 で、本編の内容だが、ウェズリーとダイアナの夫婦探偵コンビを主役に書きたい一方、のちに警察小説路線の方で真価を発揮する作者だけあって、スローカムの方にも重きをなしたい、という書き手の気分も垣間見える作品。 その辺の3人主人公(夫婦探偵+ベテラン警官)シフトがイマイチ面白さにつたわってこない感じがあるのはちょっと残念。実際、多すぎる容疑者の聞き込みシーンの連続は物語の勢いに制動をかけるし、読んでる最中、あー、これはメタ的な意味でダミーの水増し容疑者だな、と思えるキャラクターが中盤からわんさか出て来るのも何とも(←ただしそんなこちらの読みが当たったか外れたかは、また別問題だが)。 ところが後半、ウェズリーとダイアナのとある濃い描写のシーンからぐんと面白くなり、あとはほぼイッキ読み。うん、やっぱこれ、夫婦探偵ものでしょう。 なおフーダニットパズラーとしては予想外なまでに伏線と手掛かりをロジカルに拾ってはあり、のちの謎解き志向の要素を備えたウォーの警察小説路線の萌芽を感じさせる。 ただし個人的にはよくもわるくも、え、そこまでやるの語るの、とヘンな意味で意表を突かれ、十全に伏線回収の妙味を楽しめなかった。真犯人も特に意外性のない人物だし、力を込めた部分ともうちょっと頑張りましょう、のバランスがしっくりこない面もある。 まあデビュー作としては十分に力作だとは思うし、読んで(発掘翻訳してもらって)よかった一作なのは間違いないが。この評点の上の方で。 ちなみにくだんの巻末の解説で未訳のフェローズ署長ものの5冊の紹介は長い目で創元さんに任せましょう、ともとれる物言いがあり、えー、という感じ。ケチなこと言わず、論創さんご自身の方でどんどん積極的に発掘翻訳してください。 【2025年9月12日改訂】 事実誤認の箇所がありましたので、一部の記述を改修いたしました。 当方の誤りをご指摘下さいました<おっさん様>に、厚くお礼申しあげます。 |
No.2253 | 8点 | 千年のフーダニット- 麻根重次 | 2025/09/03 11:42 |
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(ネタバレなし)
SFとしてのテクノロジー描写が雑という意見にはあえて反対しないが(ただ、個人的にはそんなに問題に思えなかった)、そこにあった(中略)の正体は何か? なぜ死体(中略)は損壊されたか? という謎について、最後の最後に明かされる真相は、ショックでアゴが外れた。 物語の加速感が乏しいのは弱点だとは思う。が、一方で、良い意味でシンプルに記号化された主要登場人物たち(と思っていたら、ムニャムニャ……)の書き分けが明瞭で、退屈さなどはほとんど感じなかった。 <大枠としてのSFミステリ>という変化球路線のなかで、いかにギミックの多い、そしてお話として面白いパズラーを作るか? という命題に真っ向から挑んだ優秀作だと思う。 一読してから序盤の部分を読み返すと、あの登場人物はソノとき、あんなことを考えていたのかなあ、と感無量……というか複雑な思いに駆られた。 もう少しあちこちの細部を推敲する余地は確かにあろうが、得点的な評価でいえばかなり点数の高い一作。 |
No.2252 | 7点 | ブレイクショットの軌跡- 逢坂冬馬 | 2025/09/01 19:25 |
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(ネタバレなし)
一段組の本文ながら580ページ弱。 リーダビリティは最強ながら、8つの物語の流れ(そのうち主要なものは2~3……いや4つかな)の錯綜が読みどころ、とは十全にわかっていながらも、その縦横無尽ぶりにカロリーを消費……と。 美味い、栄養価の高さも感じる、肉も柔らかくて腹ごたえもある、しかしボリューム感のありすぎるステーキを、ほぼイッキに平らげるような作品であった(読了までに二日半かかった)。 終盤のあるオチはまあこんな(中略)物語ならそうなるだろうな、的に、おおむね推察がついてはいたが、それでも、こちらの予想を上回るあざとい仕掛けで泣かされた。ああ、これでこそエンターテインメント、2020年代の大作小説だよね。 長さというか、手にした瞬間のボリューム感に二の足を踏む人は多いんじゃないかと思うけれど、よくできた<長編三冊目>である。 |
No.2251 | 7点 | 名探偵再び- 潮谷験 | 2025/08/29 12:22 |
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(ネタバレなし)
「私」こと、貧乏な元・私立探偵を親に持つ女子中学生・時夜翔は、<学校に相応に貢献した者の親族や関係者には、優待的な措置をとる>という条件に惹かれ、私立「雷辺」女学園に入学する。翔の大叔母にあたる同校の30年前の在学生・時谷遊は校外にも名を轟かせた少女探偵だったが、大犯罪者「M」と相討ちになりわずか16歳で夭逝した伝説的な人物だった。その遊の血筋ということでさまざまな優待を受ける翔だが、同時に周囲は<伝説の少女名探偵の再来>として翔の推理力に期待を込めた。自分が名探偵でもなんでもないと自覚する翔は周囲の期待を裏切らないように(現状の厚遇を維持できるように)「名探偵」役を演じようとするが、そんな彼女には意外な出会いが待っていた。 「雷辺(らいへん)」だの「M」だののキーワードからわかる通り、かの大名探偵の一大イベントにちなんだパロディ風味の強いパズラーで、連作事件の積み重ねが長編作品となるタイプのもの。 なお目次にはあえてこの事件は何ページから、とノンブル数を記載しておらず、つまり各編(各事件)が短めなのか長めなのか一本一本を読み終えるまでわからない趣向なのも、妙にスリリングでいい。 日常系(?)の謎パズラーとしては、個人的には第1話の解法がいちばん面白かった。 で、全体のナニについては、ある程度まで読めていたが、自己採点すれば100点満点で40点くらいか(←私の先読みの的中度が)。なるほど、実際の作中のサプライズは、予想のやや斜め上で、しかもキレイに決まっていた。 遊び心としゃれっ気を感じさせながら、ちょっと甘苦い青春ミステリの持ち味も備えた作品。 他愛ない、と切って捨てる人もいそうな感じでもあるが、その辺のどっか一流半的な感覚も含めて、なかなか愛おしい一冊だった。 |
No.2250 | 6点 | 彼女たちの牙と舌- 矢樹純 | 2025/08/19 12:48 |
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(ネタバレなし)
息子・蒼祐を進学塾「和光ゼミナール」に通わせることになった40歳の後藤伊織は、息子の幼稚園時代の園児仲間の女児・紗羅の母親である久代澄佳(42歳)と再会した。紗羅も同じ進学塾の生徒となるらしい。そして伊織は澄佳の紹介で、やはり自分の息子や娘を同塾に通わせる34歳の吉葉杏里、49歳の手島知絵と受験生の子女たちの親同士のコミューン的な場を築き始めた。本当にプライベートな事情だけは秘めながら少しずつ距離を縮めていく4人の母親たちだが、やや複雑な状況のなかで彼らの距離感は少しずつ変遷していく。 秀作もあれば凡作っぽいのも出す、という印象の作者だが、本作は中年女性たちのノワールっぽい作品。 なんか噂だけ聞いてる桐野夏生の『OUT』みたいな? とも思うが、評者はそっちは大メジャー作品ながらまだ未読なんで比較はできない(笑・汗)。 ただまぁ、世代人のミステリファンのヒトは、本作の設定を聞いてたぶんそっちを連想するのではないか。 でまあ感想はそれなりに面白かったが、あちこちから集めて帯に載せた激賞の数々ほどに楽しめたとは、とても思えず。 4人の中年ヒロイン主人公が、大別して全5章のそれぞれのパートで交代しながら一人称「私」の語り役を担当。それぞれの抱える事情を読者に向けて明かしながら、経糸のドラマ(事件)を奥へ奥へと転がしていく。 一見、凝ってるようで、実は意外によくある(というかどっかで見たような)構成だよね、という感じであまりテンションが上がらない。 個人的にはAmazonのレビューのひとつにあった<各ヒロインの似たような別の内容のグチを、どれも同じようなテンションで聞かされる、そんなかったるさ(大意)>というのが一番近かった。 ただまぁ、小規模なサプライズはそれなりに用意されているし、実質5人目の主人公? ともいえる某キャラの扱いも悪くは……ないかな(いろいろと問題のある人物ではあったが)。 あと、主人公たちの描写のまとめと、ストーリーの着地点はちょっと印象に残る。特に後者はある意味、人を食った感じで、この作者らしいといえばいえるか。 評点はこんなもんで。 |
No.2249 | 8点 | イーストレップス連続殺人- フランシス・ビーディング | 2025/08/09 19:10 |
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(ネタバレなし)
1936年7月の英国。ノーフォーク海岸周辺の地方の町イーストレップスで、オールドミスのメアリー・ヒューイットが何者かに殺された。その頃、ある素性を秘めた47歳の実業家ロバート・エルドリッジは、ロンドンと同地を定期的に行き来していた。その目的は、相思相愛の美貌の人妻マーガレット・ウィザーズと密会するためだ。そんななか、イーストレップスではまた新たな殺人が発生する。 1931年の英国作品。 小林晋ブランドの発掘クラシック・パズラーなので、期待しながら読む。 文庫版で450ページとやや大冊といえる作品だが、10~15ページに一回は小中のイベントが発生する感じで(あくまで主観的な感触だが)、まったくダレずに面白い。金曜の夜(ほとんど土曜の早朝)で前半の半分を読み、ひと眠りしてから土曜の昼間~夕方で後半を読み終えた。 この話の流れで意外性を出すには……そして……とあるポイント(これはネタバレになるかもしれないので書かない)から真犯人を類推し、見事に正解。 ただしそれでも最後に明かされる異常な動機(nukkamさんもご言及の)がズシリと腹にくる(とはいえもしも犯人が予想通りの人物なら、その動機の真相はたぶんそういうことなんだろうな、と考えていたらこちらも当たった)。 しかしながらミステリとしては決してヤワな出来ではなく、ストーリーテリングの妙のなかに伏線と手掛かりを散りばめ、時代を超えた普遍的な魅力を実感させる。 この作品を欧米の後進パズラー系作家がどのくらい実際に読んだのかはもちろん知らないが、若いうちに本作に触れる機会のあった面々は、ここから相応の影響を受けたのではなかろうか。 評点は7~8点で迷うが、塚田よしと氏の丁寧で楽しい巻末の解説、さらに複数の原書のバージョンをリファレンスして一番情報量の多い邦訳本を作ったという訳者・小林さんのご苦労に感謝して、後者の数字で。 (あ、それでも巻末の解説は、本文を読み終わるまでは覗かない方がいいかも。) |
No.2248 | 7点 | 復讐の準備が整いました- 桜井美奈 | 2025/08/08 09:18 |
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(ネタバレなし)
HORNETさんのレビューをネタバレの手前(つまりシンプルにあらすじ部分)まで拝見し、7点というそれなりに良い評点に留意。さらにタイトルと表紙を見つめて、なんか面白そうだなと本の実物を手にとってみる。 で、読み終わってから作者の経歴を見て、ああ『殺した夫が帰ってきました』の桜井先生の新作だったのね、と、そこで初めて気が付いた。いや、無頓着も甚だしい(汗)。 サプライズを用意してるなら、たぶん当然……とか予期し、それはまあ当たったが、その大技を支える某ギミックの方はうかつにも気が付かなかった。いや、特に斬新なものではなく、むしろ懐かしいくらいのネタだったが。 とはいえHORNETさんが(ネタバレ部で)おっしゃっている通り、 >物語としての結末がどうなるかは分からない部分があり、そういう意味では最後まで楽しめた これに尽きる。 で、最後に明かされた人物配置の構図にはハタと膝を叩き、納得もできるものの、同時に一部のキャラがあまりにコマ(駒)的に運用されて、人間関係のハメコミ具合にしっくりいかない感じも、あったりなかったり? ただまあ、後味の良さは確かですな。 あー、作中に登場する編集者の相田さんは、いまのところ今年読んだ新作ミステリのなかでのベスト助演キャラの有力候補にしたい。 |
No.2247 | 6点 | 砕けちった泡- ボアロー&ナルスジャック | 2025/08/07 08:44 |
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(ネタバレなし)
またこのネタかよ。20世紀フランスミステリの第一線コンビも、後年には赤川次郎になりさがったか、と憎まれ口を叩きかけた。 ……と思っていたら、中盤~後半の主人公デュバルの内面劇がなかなか面白い。いや、見方によっては一見、心の闇が晴れたかのように思えないでもない、という感じだが、実は結局、<相手>に自分の勝手な理想や願望を仮託するだけの発育不全男、という構図が見えてくるようで。 その一方で、中盤から生じたイベントに関わる大きな疑問、この女は(以下略)がついて回り、テンションが下がらない。200ページの紙幅も程よい長さで、一気に読んでしまえる。 ただラストはちょっと舌っ足らずで、とりあえずは、終盤の描写の含意を自分なりに受け取ったが、なんかその読解で本当にいいの? と迷い続けるような危うい感覚がある。たぶん、だけど<そっちの方向>に、読者を置いてきぼりにするのは、作者コンビ側の狙いではなさげ? だが。 ある意味ではとてもフランスミステリらしい作品。よくも悪くも、ほどよく醗酵した作品である。 |
No.2246 | 6点 | 町内会死者蘇生事件- 五条紀夫 | 2025/08/05 08:56 |
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(ネタバレなし)
秩父の一角にある「信津(しなづ)町」。それぞれが地主の息子や娘だが庶民的な暮らしの24歳の三人の男女「ジヌシーズ」は、土地の権力者である70歳台の住職で町内会長の長谷部権造をさる理由から謀殺した。だが信津町にはある一定の法則性と条件のもとに死者を蘇生させる秘伝のオカルトシステムがあり、その秘術によって権造は復活した。謎の人物「蘇生犯」の意志が介在していることを察したジヌシーズは当該の人物を探しながら、一方で次の行動に出るが。 特殊設定ミステリでフーダニットパズラーの要素は確かにあるものの、むしろ最後に明らかになる<ある真実>の方でインパクトを受ける作品。部分的に予想がつくところはあったものの、一番のサプライズはああ、そうきたか、という感じであった。 全体的にはっちゃけながら、同時に常に作者の方に読み手の手綱を握られているような緊張感があり、その辺のテンションにシンクロできれば面白い、というか楽しめるだろう。 評者は途中で、作者に鼻面掴まれて引き回されるのにやや疲労感を覚え、このまま最後まで行くのなら評点は5点でもいいか、と一瞬思ったが、前述の終盤のどんでん返しで眠気がふっとんだ。 クロージングにはいろいろ感じる人もいるだろうが、これはこれで良かったのでは、とは思う。 この評点の上の方で。 |
No.2245 | 8点 | 月夜の狼- フレドリック・ブラウン | 2025/08/04 10:53 |
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(ネタバレなし)
「わたし」こと21歳のエドワード(エド)・ハンターは叔父のアンブローズ(アム)・ハンターとともに、それまでの職場のサーカスを退去。今は二人で、アム叔父の旧知である元警察官の探偵ベン・スターロックが所長を務めるシカゴの「スターロック探偵社」の一員として働いていた。とはいえエドはまだ見習で、これからが本格的な初仕事だ。エドがスターロックから託された業務、それは若い美人の実業家ジャスチン・ハバーマンからの依頼。ジャスチンの叔父でイリノイ州のトレモントに住む発明家スチーブン・アモリーが何やら画期的な発明を為したと称し、姪に5千ドルの融資を願っているらしい。調査内容はその下調べだ。ジャスチンから話を聞き、叔父アモリーには公然と事業の内容を尋ねてもいいという許可をもらったエドは、トレモントに乗り込む。だが、そこで彼が出くわしたのは、喉笛を食いちぎられた死体だった。自分が人狼だと盲信する殺人犯「狼狂」が存在する? エドは土地の人々と関わりあいながら、予定外の事件に巻き込まれていくが。 1949年のアメリカ作品。 大のごひいきエド&アム・ハンターシリーズの第3長編。 シリーズ前作『三人のこびと』も、この次のシリーズ第4作『アンブローズ蒐集家』も4年前に読んじゃったので、本作もそろそろ読みたい! としばらく前から思っていたが、例によって確実に家のなかにあるはずの本が見つからない。仕方がないので図書館から借りてきて読む。まあ私には、よくある事だが(笑・汗)。 出だし快調、中盤ドラマチック、後半のその半ばあたりでちょっとだけダレるが、エド自身のサイドストーリー(詳しくは書かないよ)の方でどんでん返しがあり、そこから弾みがついたように面白くなる。 終盤はページ数がどんどん残り少なくなるなか、なかなか事件が底を割らず、どーすんだどーなるんだ、と思っていたら、二段構えのサプライズ! でたっぷりと最後の最後までエンターテインメントしてくれて、まとめて終わる。 いや謎解きの解法としてはややチョンボかもしれんが、ブラウンのミステリはソレでよかれと思うし、さらに今回の場合はその真相が成立する経緯のロジックにしっかり芯が通っていて、うん、いいんじゃないかと(笑)。 物語前半で、また後半で、それぞれ思ってもいなかった人生の経験値を積むエドの描写は今回も十二分に青春ミステリしていて、とてもいい。特に前半のカタの付け方は、ブラウンがこのシリーズで何を書きたいのか、改めてしっかり実感させてくれる。 前述の、部分的にほんのちょっとだけ、かったるかった感慨を踏まえて7点でいいかな、とも思ったが、それだとこの物語から得点的にもらったあれやこれやの愉しさやトキメキを掬いきれてない。やっぱ(少しだけオマケして)8点でいいや(笑)。 |
No.2244 | 7点 | バスカヴィル館の殺人- 高野結史 | 2025/08/01 22:04 |
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(ネタバレなし)
多層構造ともいえるストーリーの流れだが、文章が平易な上に主要な登場人物が絞られているため、意外にややこしさは感じなかった。むろんスラスラ読めるとは言い難いのだが、今回の場合、その辺のめんどくささが、おおむね心地よい緊張感に転じている。 サプライズの出来事が生じた際には、もっとくっきりと地の文でも盛り上げればいいのでは? とも思った。が、作中でメタとリアルが錯綜する物語の組みたてゆえ、その辺を下手にやってしまうとシラけてしまう、という書き手の警戒心みたいなものも覗けた。となると、全体的に抑制した筆致にしたのは間違ってなかったかもしれない。 モチーフとなる第三の作品の真実には、爆笑した。私がこの手のミステリをもし書けたとしたら(無理だが)、是非とも使ってみたいネタである。 最後まで怒涛のノリの観劇のライブ感に振り回されて疲れた感じもあるが、悪い気分ではない。心地よい疲労感。面白かったし、楽しかった。 前作『奇岩館』から読んでおいた方が確実によいだろうが、先にこちらを読んでからシリーズ前作を、この登場人物たちの前日譚とはどんなだったのかな? という興味で手にしてもいいかもしれない。 (いや、それではネタバレになる、とかの文句をもし言われたら、現時点で反論はできないが……。) さすがにシリーズ第三作はないだろうな? いや、しかし……!? ※追記:九条雅ってネーミング……。本気で『クライムスイーパー』ネタ? 作者のお父さんの本棚にあったんかいな? |
No.2243 | 7点 | 匂う肌(講談社文庫版)- 佐野洋 | 2025/07/31 18:58 |
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(ネタバレなし)
斎藤警部さんのレビューの通り、講談社文庫版には9本のノンシリーズ編を収録(この作者のタマにある、一冊単位での連作短編集とかでもない)。なのに初版の目次では、最後の2編「内部の敵」「手記代筆者」の作品名が表記されていない。なんだろね、これ。こーゆーミスも意外にあまり見ない? 以下、簡単に寸評&備忘用のメモ。 ①『ピンク・チーフ』 中小企業の庶務課長・木暮は、会社宛に送付されたバー「スタッグ」からの案内状にあった文言「ピンク・チーフ」が妙に気になった。 ……中小企業とバー、二つの集団のなかでの群像劇。小味な佳作。 ②『虚飾の仮面』 カテリーナ化粧品は、美人の所にのみ訪問販売するという戦略を打ち出した。団地住まいの人妻で美貌に自信のある愛子は、同社のセールスマンの訪問を待つが。 ……導入部からちょっとぶっとんだ設定で、女性の虚栄心を掘り下げていく一本。佳作。 ③『匂いの状況』 「私」こと人妻・井口純子は、不倫相手の脚本家・高津雄介が、裸で電話機を握ってマリリン・モンローの後追い自殺をしたというニュースに驚くが。 ……本作中では長めの一本。ネタがいかにもその時代のものだなあ、と思いつつも、軽妙なストーリーテリングで読ませる。秀作の下。 ④『賭け』 妻の英子に自殺された多田。英子には双生児の妹・明子がいた。その明子が妙なことを言いだす。 ……これも話の転がし方のうまさで読ませる一編。ミステリとしてはシンプルな構造なのだが、紙幅の割にコストパフォーマンスの高い錯綜感を抱かせる佳作~秀作。 ⑤『匂う肌』 1961年8月。海外旅行に行く友人を空港で見送った私は高級娼婦らしい女に声を掛けられ、応じるが。 ……え、こんな話!? まあ作者の守備範囲から言えばそういうものがあってもおかしくはないが、まさか表題作が、と軽く虚を突かれた。作中作の形で語られる(中略)の文芸の着想も、ちょっと面白い。 ⑥『反対給付』 高級官吏の多賀は、先日急死した年上の部下・黒川詮造の娘・由美子から連絡を受ける。多賀と黒川には、ある大きな秘密があった。 ……過去の秘めた経緯の開陳を端緒に、人間関係の綾を解いていく話。着地点の余韻も含めて佳作~秀作。 ⑦『死者からの葉書』 先妻が死亡した夫のもとに嫁いだ私は、夫が焼却しようとした紙屑の中からとある封筒を見つけた。 ……浮かび上がる隠された秘密。オーソドックスな技巧派(メタ的な意味でなく、ストーリーテリングの方で)の短編ミステリという印象の一編。終盤の決着も含めて、佳作~秀作。 ⑧『内部の敵』 地方新聞の社会部記者・梅本正三は念願の政経部に転属になったが、一方で地方新聞の取材力と影響力の限界も感じていた。そんななか、市役所の職員が競輪で大金を儲けたという情報が聞こえてくる。 ……スレッサーの短編(話術とオチで勝負系)を思わせる小味な佳作。だが紙幅は割と長めで、ちょっとした読みごたえはある。 ⑨『手記代筆者』 水野製薬会社の閑職「社史編纂室」に転属になった柴田春吉は、創業者の未亡人で巨漢の女丈夫、そして現在の会社の代表である水野久美子の回想を聞き書きする。会社経営のために銀行や提携企業相手の寝技も使ったと赤裸々な告白を聞く柴田の心に芽生えたものは? ……これもスレッサー風の一本。オチはまあそうなるだろうな、という感じだが、やはり語り口の妙で読ませる。序盤の掴みも王道ながらうまい。佳作の上。 気が付いたら、サクサク次の作品へと読み進めていた、系の好短編集。基本的には平凡な人間の群像劇&人間模様を語りながら(一本だけ例外あり)、同時に心地よいバラエティ感を抱かせる一冊。 なんか多忙&ペース不調で長編ミステリの消化がよくない現在、なかなかお腹によいミステリ中短編集であった。 |
No.2242 | 7点 | 歩道に血を流して- エヴァン・ハンター | 2025/07/25 21:30 |
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(ネタバレなし)
1956年の第一短編集『ジャングル・キッド』の高評(「クイーンの定員」114冊目に認定)を得たハンターが、1963年に刊行した第三短編集「Happy New Year, Herbie」の全訳。 『ジャングル・キッド』にはのちのカート・キャノンものの原型となる短編がひとつ収録されていて、広義のシリーズ作品ともまったく無縁ではなかったが、本書は完全にノンシリーズ編ばかりのはずの11短編(一部はほとんどショートショート)を所収。内容もさらにバラエティに富んでいる。 なお現状のAmazonの発行年の登録データはヘンで、実際のポケミスの初版は1964年12月20日の刊行(奥付表記)。 以下、簡単に寸評&備忘メモ。 1 アンクル・ジンボウのビー玉 (Uncle Jimbo's Marbles) ……ボーイスカウトのキャンプ場で当人のステイタスを決める、ビー玉の保有数。参加者の少年たちも指導役の大人も、そのシステムに夢中になって。 ちょっとアーウィン・ショウ辺りの作風を思わせる妙に風通しのいい一編。 2 旅行者 (The Tourists) ……大都会を離れ、南米の小さな町に来た若夫婦はとある骨董品屋に入るが。 幕数の少ない、気が抜けない舞台劇を観劇するような味わいの作品。独特の余韻が心地よい。 3 歩道に血を流して (On the Sidewalk, Bleeding) ……不良少年チームのメンバーの若者は対立グループの男に刺され、雨の路上で重傷を負っていた。 不良少年ものの傑作として有名な名編。昔、世代人には人気の深夜ラジオ番組『たむたむたいむ』の中で、いきなり本作の朗読ドラマ(たぶん大筋は同じで再構成)が、ディスクジョッキーのかぜ耕治の朗誦で放送され、驚いた記憶がある。それゆえある場面は何十年も記憶に残っていた。 4 堕ちた天使 (The Fallen Angel) ……サーカス経営者のところに、妙な芸を披露する空中ブランコの芸人が売り込みにきた。彼の「芸」は大反響を得るが。 まさかの(中略)もの。巻頭から順々に読んでいて、この一編で急に(中略)。クロージングが味わい深い。 5 再会 (Alive Again) ……元カレと再会した、今は夫と子供のいる若き女性。彼女の心は復縁を求める元カレの願いに揺れるが!? ミステリ味は皆無ながら、それでもヒッチコック劇場かミステリーゾーンの好編を観るような凝縮感と緊張感が満点な一本。ここまで読み進めていると、すでにハンターのストーリーテリングの妙の虜になっている。 6 囚人 (The Prisoner) ……世間の塵芥にまみれた、分署の悪徳刑事たち。そんななかの一人、フランク・ランドルフ青年刑事は、町で初めて体を売ろうとした娘ベティを逮捕した。 どことなく87分署のワル系刑事たち(アンディ・パーカーとか)を思わせる描写に、のちの同シリーズの原型的な作品かな? とかも思ったが特にそういう訳でもないようである。個人的には、本書のなかでもトップ3にスキな話。 7 題名談義 (S. P. Q. R.) ……映画プロデューサーの実家に招かれ、オリジナルストーリーの新作映画の文芸担当を任される二人の作家。 映画脚本執筆の分野でも活躍したハンター自身の経験が活きてるんだろうな、というリアルな臨場感の業界もの。筋を追うのではなく、空気に浸れ、系の好編。 8 最後のイエス (The Final Yes) ……猟銃を口に咥え、自殺をはかる中年男。彼はこれまでの人生の軌跡を回想するが。 ……どことなくシムノンの作品に通じていく味わいの一編。心の中にこうありたい、という理想や希望を逐次固めながら、少しずつ違う場所に着地する主人公。だがそれは良くもあり、そして……。良い意味で気が付いたら読み終わっていた一本。 9 純な男 (Innocent One) ……自分の肉感的な妻が周囲の男たちと不倫を働いているのでは、と疑念を生じた主人公。その思いはあらぬ方向に向かっていき。 ショートショートといえる長さの一編。苦い落語を聞き、切ない笑いを浮かべるよう読み手に求める作品。 10 美しい眼 (Pretty Eyes) ……マイアミのホテルに宿泊する33歳のオールド・ミス。彼女は接近する男たちを受け流しながら、その胸中にある種の想いを抱く。 これもちょっとアーウィン・ショー系の短編。しんみりと心に染みて来る一編。昔のミステリマガジンは、マトモな翻訳ミステリの諸編といっしょにこういうのが三ヶ月に二回くらい載っていて、そういうのに出会うことがすごく楽しかった。 11 あの月百万ドル (Million Dollar Maybe) ……大昔の雑誌の冗談企画「今から一定の歳月の間に月に行ったら100万ドルをあげます」に応募したという老人は、ついに月に行ったと主張し、賞金の100万ドルを版元に要求した。老人の主張が虚言としか思えない現在の編集側は、老人の話の証拠となる、あるものを確かめに行くが。 ナンセンスSFをマジメな話術で語るほら話で、シンプルに面白い。ラストのオチもぶっとんでる。 12 新年おめでとう、ハーピー (Happy New Year, Herbie) ……ニューヨーク周辺の川の中の島に暮らす学生時代からの付き合いの、そしてそこから派生的に縁ができたコミューンの人間模様の話。 原書ではこれが表題作なので、作者なり編集者なりは相応の自信作だったのだろうと思える。ポケミスで約30ページ。そんなに紙幅のある作品ではないが、じっくり落ち着いて読んだ方がいい種類の一本。 『ジャングル・キッド』も作風がバラエティに富んだ好短編集だったが、こちらはジャンルのカテゴリー分けの段階でさらにそれを上回る。人によっては散漫な一冊、という受け取られ方をされかねない危うさもあるが、ハンターの語り口のうまさと短編の紙幅に見合ったストーリーテリングの妙で大半の作品が心地よく楽しめる。 まあとても良い一冊だとは思うけれど、一方で1960年代~70年代初めのミステリマガジンの誌面の随所で、時たまこういう作品にひとつひとつ出会えていたら、きっと人生はかなり楽しかったはずだろうな、とも思う。 8点に近いこの評点で。 |
No.2241 | 6点 | 電報予告殺人事件- 岡本好貴 | 2025/07/25 09:39 |
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(ネタバレなし)
19世紀後半、ヴィクトリア朝時代の大英帝国は、世界規模で発達・普及した電信技術の大きな恩恵を受けていた。国営化され、合理化された電信事業の職場で活躍するこの道10年の女性電信士ローラ・テンバートン。かつて青春時代に恋よりも仕事を選んだ彼女も現在では29歳のハイミスになり、今後の進路について迷っていた。そんななか、彼女が勤めるエセックス州のチャーチゲート局の中で、ある夜、予期せぬ殺人事件が発生。しかもそれは密室状況での不可解な殺人だった。 前作『帆船軍艦の殺人』以来、2年ぶりのこの作者の新作(第二長編)。 今回も基本的には前作同様、物語性の豊かな時代ミステリで楽しい(海外作品の旧作で言うなら、シオドー・マシスンの『悪魔とベン・フランクリン』辺りの味わいを想起する)。 ただし主人公の日常の描写が、海戦を含めて船上での冒険行と隣り合わせだった前作に比べ、19世紀終盤当時の英国の電信業界の掘り下げというネタはどーしても地味である。 まあそれでも当時の電信技術トリヴィアの描き込み、職場もの小説としての面白さ、などもあって、それなり以上に面白い(英国全体の時代風俗描写はもうちょっと作品の厚みにしてほしかった気もするが)。 ミステリとしては中盤辺りで大ネタが割られて、ああ、そっちの方向に行くのね、と、ちょっと悪い意味で、わかりやすくなった印象。 あと個人的に失敗してTwitterでたまたま、本作を先に読んだヒトの感想を見てしまい、その物言いから何となくストーリー&事件の構造が推察でき、実際に予想の通りであった。 (ただまあ、その辺に関しては、思うこともさらにまたあり。以下、ムニャムニャ。) トータルとしては、まあまあ面白かったが、前作より半ランク落としました、というところ。秀作にはいかない佳作。悪い出来じゃないけど。 三作目もこの路線なら、それはそれで素で楽しみにしています。 |
No.2240 | 6点 | 死者からの手紙 4+1の告発- 浅黄斑 | 2025/07/18 08:20 |
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(ネタバレなし)
1990年代初め。平成の初期。兵庫県三木市でスーパーマーケットの地方チェーン店を営む未亡人の実業家で47歳の柚木里絵(ゆのきさとえ)は、旅先の能登の旅館で、そこに宿泊した、とある昭和の巨匠ミステリ作家の記念コーナーを目にした。そこには作家が投宿した昭和35年9月23日当夜の台帳も展示されていたが、その作家の名と並んで記帳されていた名前はもしかしたら、同年に行方を断った里絵の14歳年上の姉・涼子のものではないか? という疑いを持つ。里絵は家業を手伝う娘・香代とその夫・洋介の若夫婦や、なりゆきで知り合った私立探偵所の所長・大門和浩の協力を得ながら30年前の姉の境遇とその前後の人間関係を調べていくが、やがて歴史の中に雌伏していた殺人事件が浮かび上がってくる。 本サイトではあまり読まれていない浅黄斑。90年代初めから小説家として活躍し、初期のミステリからのちの時代小説までそれなりに幅広く活躍されたようだが、2020年に74歳で他界された。 評者も初読みだが、実はネットを見ていて面白そうな作品が目についたものの、それがシリーズものらしいと知り、じゃあそのシリーズの一冊目から読もうかと思って手に取ったのが、この本作である。 でまあ、何をどう勘違いしたのか、この作品は当該のシリーズ作品でもなんでもなく、どうやらノンシリーズ編らしかった(笑・汗)。チャンチャン。 ただまあ、平成スタートの時期に昭和後半の戦後史を中年女性の主人公の視線で振り返ろうという狙いは明確で、良い意味での昭和文化風俗ミステリとしてはなかなか楽しめた。 正直、読み始めた当初は主人公ヒロインをなんでこんなオバサンにするんだろ、もっと若い娘にした方が……とも考えたが、もしかしたら当時の二時間ドラマ化を期待して、ベテラン熟女女優の登用とかを狙った戦略かもしれない。同世代の女性は結構出て来るし。とにもかくにも主人公は、魅力的な中年女性みたいだし。 裏表紙の内容紹介文の最後のまとめで「感動推理!」と謳っており、なんじゃそれは、ウェストレイクの某短編か、はたまたスレッサーの『花を愛した警官』か、とか一瞬思ったりしたが、実際のこの作品は、もっと泥臭い、醤油味のものだった。 (でもまあ、挫けないめげない女性主人公の頑張りぶりには、結構好感はもてる。) ミステリ的にはあんまり大きなサプライズはなく、基本的には作者が仕込んだ事件の実相をほぐしていくだけのアマチュア捜査小説。でもまあ、話の転がし具合はうまいので、なかなか楽しめる(全体的にスムーズに行き過ぎるのがウソくさいと思われるかもしれないが、個人的にはまあ何とか)。 ま、最後のどんでん返しはミステリとしてみたらチョンボだよね、という気もするが、読み物としてはこれはこれで。よくある話なんだけど、最後のポイントとなる逸話もまあ。 ただ、ちゃんと推敲・校閲してほしかったと思うのは、終盤で某・重要人物のファーストネームがいきなり二カ所、別の名になってしまっていること(!)。 たぶん元々はそっちの名前で第一稿を書いて、何らかの配慮で今のネーミングに変えて、直し漏らしがあったんじゃないかと思うんだけど。 パソコンやワープロに検索機能のない時代、もしくは手書き入稿ゆえのヒューマンエラーだったかもしれん。 マジメに、あれ、そのメインキャラの家族か親族がいきなり出てきて、その新キャラの説明はこのあとでするのかな、と思ってしまった。意外に珍しい種類のミスだが、ミステリを何千冊も読んでればタマにはこーゆーのもあるか。そこで0.5点ほど減点してこの評点で。 |
No.2239 | 7点 | 撮ってはいけない家- 矢樹純 | 2025/07/17 10:39 |
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(ネタバレなし)
読了後、本サイトに登録してあったはずの本作を検索しようとして「ない家」の三文字でサーチしたら、この作品とスターリングの『ドアのない家』、ビガーズの『鍵のない家』の三冊が検索結果に並んだ。 うむ、三作とも読んでるのは、現状の本サイトで私ひとりだな。エッヘン。 (実にどーでもいいが。) 矢樹作品はこの10年少しは読んでるつもりだが、ホラーというのは初めて。とはいえミステリ要素は多いんだろうな? と思いながら読む。いや、このサイトで評判いいので。本書の刊行はここで初めて知った。 意外だったのは、なかなか(中略)というイベントが起きないことで、それでもゾクゾク感はそれなりにある。 ただし(これはメルカトルさんのご感慨と同じと思うが) 怖い < サスペンスフルで面白い の興味の方が上回る感じ。それでも冷静に考えれば結構、コワイ場面はあるんだけどね、それ以上にストーリーテリングの妙の方が強烈でどんどんページをめくりたくなる。 途中の謎(某キャラの死にからんだ)はさすがに予想がついたが、そのあとの話の作りと、次第に露見してくる秘められたキャラの配置はなかなか絶妙。この人らしいといえばいえるんだけど、それでもこの作者の著作のなかでもかなり上位にくる仕上がりじゃないだろうか(まー、まだ未読のものも多いが・汗)。 で、クライマックスは意外なノリでそっちの方向に行くみたいなので、え、これってもしかしたら……? と予期したが、最終的に(中略)。まあこれくらいの方がまとまりはいいかもね。 いい意味で優等生的なホラーミステリの秀作だと思う。 |
No.2238 | 6点 | そして少女は、孤島に消える- 彩坂美月 | 2025/07/16 06:52 |
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とある経緯から演劇の道に入った、子役少女・井上立夏。彼女は10歳でのデビュー直後、のちのち8年もの長寿番組となる人気テレビドラマ『クローバー』の主要ヒロイン「つばさ」役で日本中に知られる存在となった。だが番組が最終回を迎えた現在、18歳の彼女は新たな挑戦の機会を求めて、異才だが不穏な噂のある映画監督・高遠凌(しのぐ)の作品に出演するチャンスを得る。立夏は主演を競う17歳から21歳までの同世代の女子とともに、とある孤島に向かうが。 これで数冊は読んでるはずの彩坂作品。どーもこの人の著作は、いつも面白そうなことをしてくれそうな一方、大抵、もうひとつハジけない印象がある。 今回の設定が一種のクローズドサークルものであり、ミステリ的にある種の仕掛けをしていることは帯に書かれたあらすじから見え見え(その辺は現代ミステリを30冊も読んでれば、ハハーン、とピンとくるでしょう?)。 でも筋立てはとりあえずのネタを割と早い段階で割り、その上で今回はお話の転がしようで割に面白い方に引っ張っていった。 終盤のサプライズはかなりの大技な一方、ミステリとしてまたお話の作劇として、送り手のマジメでお行儀のよい創作の仕方がかえって……という気もしないでもないが、まあその分、よくまとまったとホメるべきが本当だろう。 パズラーというよりフランスミステリという趣で、そういう言い方をすると、展開期の泡坂妻夫あたりにちょっと似てるかも。 かたやこの丁寧な仕上ぶりが、なんか(中略)だなあ、と軽く反発する人もいるかもしれない。うん、そういう気分も実はよくわかる。 妙な言い方だけど、力作のBの上、という感じの一冊。キライではまったくないけれど、すっきりホメ切れない面も多い手応え。そーいう意味では、やっぱり彩坂作品らしい、んだろうね。 評点はこの点数の中での、まあまあ高い方で。 |