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人並由真さん
平均点: 6.35点 書評数: 2244件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2244 7点 バスカヴィル館の殺人- 高野結史 2025/08/01 22:04
(ネタバレなし)
 多層構造ともいえるストーリーの流れだが、文章が平易な上に主要な登場人物が絞られているため、意外にややこしさは感じなかった。むろんスラスラ読めるとは言い難いのだが、今回の場合、その辺のめんどくささが、おおむね心地よい緊張感に転じている。

 サプライズの出来事が生じた際には、もっとくっきりと地の文でも盛り上げればいいのでは? とも思った。が、作中でメタとリアルが錯綜する物語の組みたてゆえ、その辺を下手にやってしまうとシラけてしまう、という書き手の警戒心みたいなものも覗けた。となると、全体的に抑制した筆致にしたのは間違ってなかったかもしれない。
 モチーフとなる第三の作品の真実には、爆笑した。私がこの手のミステリをもし書けたとしたら(無理だが)、是非とも使ってみたいネタである。
 
 最後まで怒涛のノリの観劇のライブ感に振り回されて疲れた感じもあるが、悪い気分ではない。心地よい疲労感。面白かったし、楽しかった。

 前作『奇岩館』から読んでおいた方が確実によいだろうが、先にこちらを読んでからシリーズ前作を、この登場人物たちの前日譚とはどんなだったのかな? という興味で手にしてもいいかもしれない? 
(いや、それではネタバレになる、とかの文句をもし言われたら、現時点で反論はできないが……。)

 さすがにシリーズ第三作はないだろうな? いや、しかし……!?

※追記:九条雅ってネーミング……。本気で『クライムスイーパー』ネタ? 作者のお父さんの本棚にあったんかいな?

No.2243 7点 匂う肌(講談社文庫版)- 佐野洋 2025/07/31 18:58
(ネタバレなし)
 斎藤警部さんのレビューの通り、講談社文庫版には9本のノンシリーズ編を収録(この作者のタマにある、一冊単位での連作短編集とかでもない)。なのに初版の目次では、最後の2編「内部の敵」「手記代筆者」の作品名が表記されていない。なんだろね、これ。こーゆーミスも意外にあまり見ない?

 以下、簡単に寸評&備忘用のメモ。

①『ピンク・チーフ』
中小企業の庶務課長・木暮は、会社宛に送付されたバー「スタッグ」からの案内状にあった文言「ピンク・チーフ」が妙に気になった。
……中小企業とバー、二つの集団のなかでの群像劇。小味な佳作。 

②『虚飾の仮面』
カテリーナ化粧品は、美人の所にのみ訪問販売するという戦略を打ち出した。団地住まいの人妻で美貌に自信のある愛子は、同社のセールスマンの訪問を待つが。
……導入部からちょっとぶっとんだ設定で、女性の虚栄心を掘り下げていく一本。佳作。

③『匂いの状況』
「私」こと人妻・井口純子は、不倫相手の脚本家・高津雄介が、裸で電話機を握ってマリリン・モンローの後追い自殺をしたというニュースに驚くが。
……本作中では長めの一本。ネタがいかにもその時代のものだなあ、と思いつつも、軽妙なストーリーテリングで読ませる。秀作の下。

④『賭け』
妻の英子に自殺された多田。英子には双生児の妹・明子がいた。その明子が妙なことを言いだす。
……これも話の転がし方のうまさで読ませる一編。ミステリとしてはシンプルな構造なのだが、紙幅の割にコストパフォーマンスの高い錯綜感を抱かせる佳作~秀作。

⑤『匂う肌』
1961年8月。海外旅行に行く友人を空港で見送った私は高級娼婦らしい女に声を掛けられ、応じるが。
……え、こんな話!? まあ作者の守備範囲から言えばそういうものがあってもおかしくはないが、まさか表題作が、と軽く虚を突かれた。作中作の形で語られる(中略)の文芸の着想も、ちょっと面白い。

⑥『反対給付』
高級官吏の多賀は、先日急死した年上の部下・黒川詮造の娘・由美子から連絡を受ける。多賀と黒川には、ある大きな秘密があった。
……過去の秘めた経緯の開陳を端緒に、人間関係の綾を解いていく話。着地点の余韻も含めて佳作~秀作。

⑦『死者からの葉書』
先妻が死亡した夫のもとに嫁いだ私は、夫が焼却しようとした紙屑の中からとある封筒を見つけた。
……浮かび上がる隠された秘密。オーソドックスな技巧派(メタ的な意味でなく、ストーリーテリングの方で)の短編ミステリという印象の一編。終盤の決着も含めて、佳作~秀作。

⑧『内部の敵』
地方新聞の社会部記者・梅本正三は念願の政経部に転属になったが、一方で地方新聞の取材力と影響力の限界も感じていた。そんななか、市役所の職員が競輪で大金を儲けたという情報が聞こえてくる。
……スレッサーの短編(話術とオチで勝負系)を思わせる小味な佳作。だが紙幅は割と長めで、ちょっとした読みごたえはある。

⑨『手記代筆者』
水野製薬会社の閑職「社史編纂室」に転属になった柴田春吉は、創業者の未亡人で巨漢の女丈夫、そして現在の会社の代表である水野久美子の回想を聞き書きする。会社経営のために銀行や提携企業相手の寝技も使ったと赤裸々な告白を聞く柴田の心に芽生えたものは?
……これもスレッサー風の一本。オチはまあそうなるだろうな、という感じだが、やはり語り口の妙で読ませる。序盤の掴みも王道ながらうまい。佳作の上。

 気が付いたら、サクサク次の作品へと読み進めていた、系の好短編集。基本的には平凡な人間の群像劇&人間模様を語りながら(一本だけ例外あり)、同時に心地よいバラエティ感を抱かせる一冊。
 なんか多忙&ペース不調で長編ミステリの消化がよくない現在、なかなかお腹によいミステリ中短編集であった。

No.2242 7点 歩道に血を流して- エヴァン・ハンター 2025/07/25 21:30
(ネタバレなし)
 1956年の第一短編集『ジャングル・キッド』の高評(「クイーンの定員」114冊目に認定)を得たハンターが、1963年に刊行した第三短編集「Happy New Year, Herbie」の全訳。
 『ジャングル・キッド』にはのちのカート・キャノンものの原型となる短編がひとつ収録されていて、広義のシリーズ作品ともまったく無縁ではなかったが、本書は完全にノンシリーズ編ばかりのはずの11短編(一部はほとんどショートショート)を所収。内容もさらにバラエティに富んでいる。
 なお現状のAmazonの発行年の登録データはヘンで、実際のポケミスの初版は1964年12月20日の刊行(奥付表記)。

 以下、簡単に寸評&備忘メモ。

1 アンクル・ジンボウのビー玉 (Uncle Jimbo's Marbles)
……ボーイスカウトのキャンプ場で当人のステイタスを決める、ビー玉の保有数。参加者の少年たちも指導役の大人も、そのシステムに夢中になって。
 ちょっとアーウィン・ショウ辺りの作風を思わせる妙に風通しのいい一編。
 
2 旅行者 (The Tourists)
……大都会を離れ、南米の小さな町に来た若夫婦はとある骨董品屋に入るが。
 幕数の少ない、気が抜けない舞台劇を観劇するような味わいの作品。独特の余韻が心地よい。

3 歩道に血を流して (On the Sidewalk, Bleeding)
……不良少年チームのメンバーの若者は対立グループの男に刺され、雨の路上で重傷を負っていた。
 不良少年ものの傑作として有名な名編。昔、世代人には人気の深夜ラジオ番組『たむたむたいむ』の中で、いきなり本作の朗読ドラマ(たぶん大筋は同じで再構成)が、ディスクジョッキーのかぜ耕治の朗誦で放送され、驚いた記憶がある。それゆえある場面は何十年も記憶に残っていた。

4 堕ちた天使 (The Fallen Angel)
……サーカス経営者のところに、妙な芸を披露する空中ブランコの芸人が売り込みにきた。彼の「芸」は大反響を得るが。
 まさかの(中略)もの。巻頭から順々に読んでいて、この一編で急に(中略)。クロージングが味わい深い。

5 再会 (Alive Again)
……元カレと再会した、今は夫と子供のいる若き女性。彼女の心は復縁を求める元カレの願いに揺れるが!?
 ミステリ味は皆無ながら、それでもヒッチコック劇場かミステリーゾーンの好編を観るような凝縮感と緊張感が満点な一本。ここまで読み進めていると、すでにハンターのストーリーテリングの妙の虜になっている。

6 囚人 (The Prisoner)
……世間の塵芥にまみれた、分署の悪徳刑事たち。そんななかの一人、フランク・ランドルフ青年刑事は、町で初めて体を売ろうとした娘ベティを逮捕した。
 どことなく87分署のワル系刑事たち(アンディ・パーカーとか)を思わせる描写に、のちの同シリーズの原型的な作品かな? とかも思ったが特にそういう訳でもないようである。個人的には、本書のなかでもトップ3にスキな話。

7 題名談義 (S. P. Q. R.)
……映画プロデューサーの実家に招かれ、オリジナルストーリーの新作映画の文芸担当を任される二人の作家。
 映画脚本執筆の分野でも活躍したハンター自身の経験が活きてるんだろうな、というリアルな臨場感の業界もの。筋を追うのではなく、空気に浸れ、系の好編。

8 最後のイエス (The Final Yes)
……猟銃を口に咥え、自殺をはかる中年男。彼はこれまでの人生の軌跡を回想するが。
 ……どことなくシムノンの作品に通じていく味わいの一編。心の中にこうありたい、という理想や希望を逐次固めながら、少しずつ違う場所に着地する主人公。だがそれは良くもあり、そして……。良い意味で気が付いたら読み終わっていた一本。

9 純な男 (Innocent One)
……自分の肉感的な妻が周囲の男たちと不倫を働いているのでは、と疑念を生じた主人公。その思いはあらぬ方向に向かっていき。
 ショートショートといえる長さの一編。苦い落語を聞き、切ない笑いを浮かべるよう読み手に求める作品。

10 美しい眼 (Pretty Eyes)
……マイアミのホテルに宿泊する33歳のオールド・ミス。彼女は接近する男たちを受け流しながら、その胸中にある種の想いを抱く。
 これもちょっとアーウィン・ショー系の短編。しんみりと心に染みて来る一編。昔のミステリマガジンは、マトモな翻訳ミステリの諸編といっしょにこういうのが三ヶ月に二回くらい載っていて、そういうのに出会うことがすごく楽しかった。

11 あの月百万ドル (Million Dollar Maybe)
……大昔の雑誌の冗談企画「今から一定の歳月の間に月に行ったら100万ドルをあげます」に応募したという老人は、ついに月に行ったと主張し、賞金の100万ドルを版元に要求した。老人の主張が虚言としか思えない現在の編集側は、老人の話の証拠となる、あるものを確かめに行くが。
 ナンセンスSFをマジメな話術で語るほら話で、シンプルに面白い。ラストのオチもぶっとんでる。

12 新年おめでとう、ハーピー (Happy New Year, Herbie)
……ニューヨーク周辺の川の中の島に暮らす学生時代からの付き合いの、そしてそこから派生的に縁ができたコミューンの人間模様の話。
 原書ではこれが表題作なので、作者なり編集者なりは相応の自信作だったのだろうと思える。ポケミスで約30ページ。そんなに紙幅のある作品ではないが、じっくり落ち着いて読んだ方がいい種類の一本。

 『ジャングル・キッド』も作風がバラエティに富んだ好短編集だったが、こちらはジャンルのカテゴリー分けの段階でさらにそれを上回る。人によっては散漫な一冊、という受け取られ方をされかねない危うさもあるが、ハンターの語り口のうまさと短編の紙幅に見合ったストーリーテリングの妙で大半の作品が心地よく楽しめる。
 まあとても良い一冊だとは思うけれど、一方で1960年代~70年代初めのミステリマガジンの誌面の随所で、時たまこういう作品にひとつひとつ出会えていたら、きっと人生はかなり楽しかったはずだろうな、とも思う。
 8点に近いこの評点で。

No.2241 6点 電報予告殺人事件- 岡本好貴 2025/07/25 09:39
(ネタバレなし)
 19世紀後半、ヴィクトリア朝時代の大英帝国は、世界規模で発達・普及した電信技術の大きな恩恵を受けていた。国営化され、合理化された電信事業の職場で活躍するこの道10年の女性電信士ローラ・テンバートン。かつて青春時代に恋よりも仕事を選んだ彼女も現在では29歳のハイミスになり、今後の進路について迷っていた。そんななか、彼女が勤めるエセックス州のチャーチゲート局の中で、ある夜、予期せぬ殺人事件が発生。しかもそれは密室状況での不可解な殺人だった。

 前作『帆船軍艦の殺人』以来、2年ぶりのこの作者の新作(第二長編)。
 今回も基本的には前作同様、物語性の豊かな時代ミステリで楽しい(海外作品の旧作で言うなら、シオドー・マシスンの『悪魔とベン・フランクリン』辺りの味わいを想起する)。

 ただし主人公の日常の描写が、海戦を含めて船上での冒険行と隣り合わせだった前作に比べ、19世紀終盤当時の英国の電信業界の掘り下げというネタはどーしても地味である。
 まあそれでも当時の電信技術トリヴィアの描き込み、職場もの小説としての面白さ、などもあって、それなり以上に面白い(英国全体の時代風俗描写はもうちょっと作品の厚みにしてほしかった気もするが)。

 ミステリとしては中盤辺りで大ネタが割られて、ああ、そっちの方向に行くのね、と、ちょっと悪い意味で、わかりやすくなった印象。

 あと個人的に失敗してTwitterでたまたま、本作を先に読んだヒトの感想を見てしまい、その物言いから何となくストーリー&事件の構造が推察でき、実際に予想の通りであった。
(ただまあ、その辺に関しては、思うこともさらにまたあり。以下、ムニャムニャ。)

 トータルとしては、まあまあ面白かったが、前作より半ランク落としました、というところ。秀作にはいかない佳作。悪い出来じゃないけど。
 三作目もこの路線なら、それはそれで素で楽しみにしています。

No.2240 6点 死者からの手紙 4+1の告発- 浅黄斑 2025/07/18 08:20
(ネタバレなし)
 1990年代初め。平成の初期。兵庫県三木市でスーパーマーケットの地方チェーン店を営む未亡人の実業家で47歳の柚木里絵(ゆのきさとえ)は、旅先の能登の旅館で、そこに宿泊した、とある昭和の巨匠ミステリ作家の記念コーナーを目にした。そこには作家が投宿した昭和35年9月23日当夜の台帳も展示されていたが、その作家の名と並んで記帳されていた名前はもしかしたら、同年に行方を断った里絵の14歳年上の姉・涼子のものではないか? という疑いを持つ。里絵は家業を手伝う娘・香代とその夫・洋介の若夫婦や、なりゆきで知り合った私立探偵所の所長・大門和浩の協力を得ながら30年前の姉の境遇とその前後の人間関係を調べていくが、やがて歴史の中に雌伏していた殺人事件が浮かび上がってくる。

 本サイトではあまり読まれていない浅黄斑。90年代初めから小説家として活躍し、初期のミステリからのちの時代小説までそれなりに幅広く活躍されたようだが、2020年に74歳で他界された。
 評者も初読みだが、実はネットを見ていて面白そうな作品が目についたものの、それがシリーズものらしいと知り、じゃあそのシリーズの一冊目から読もうかと思って手に取ったのが、この本作である。
 でまあ、何をどう勘違いしたのか、この作品は当該のシリーズ作品でもなんでもなく、どうやらノンシリーズ編らしかった(笑・汗)。チャンチャン。

 ただまあ、平成スタートの時期に昭和後半の戦後史を中年女性の主人公の視線で振り返ろうという狙いは明確で、良い意味での昭和文化風俗ミステリとしてはなかなか楽しめた。
 正直、読み始めた当初は主人公ヒロインをなんでこんなオバサンにするんだろ、もっと若い娘にした方が……とも考えたが、もしかしたら当時の二時間ドラマ化を期待して、ベテラン熟女女優の登用とかを狙った戦略かもしれない。同世代の女性は結構出て来るし。とにもかくにも主人公は、魅力的な中年女性みたいだし。

 裏表紙の内容紹介文の最後のまとめで「感動推理!」と謳っており、なんじゃそれは、ウェストレイクの某短編か、はたまたスレッサーの『花を愛した警官』か、とか一瞬思ったりしたが、実際のこの作品は、もっと泥臭い、醤油味のものだった。
(でもまあ、挫けないめげない女性主人公の頑張りぶりには、結構好感はもてる。)
 
 ミステリ的にはあんまり大きなサプライズはなく、基本的には作者が仕込んだ事件の実相をほぐしていくだけのアマチュア捜査小説。でもまあ、話の転がし具合はうまいので、なかなか楽しめる(全体的にスムーズに行き過ぎるのがウソくさいと思われるかもしれないが、個人的にはまあ何とか)。
 ま、最後のどんでん返しはミステリとしてみたらチョンボだよね、という気もするが、読み物としてはこれはこれで。よくある話なんだけど、最後のポイントとなる逸話もまあ。
 
 ただ、ちゃんと推敲・校閲してほしかったと思うのは、終盤で某・重要人物のファーストネームがいきなり二カ所、別の名になってしまっていること(!)。
 たぶん元々はそっちの名前で第一稿を書いて、何らかの配慮で今のネーミングに変えて、直し漏らしがあったんじゃないかと思うんだけど。
 パソコンやワープロに検索機能のない時代、もしくは手書き入稿ゆえのヒューマンエラーだったかもしれん。
 マジメに、あれ、そのメインキャラの家族か親族がいきなり出てきて、その新キャラの説明はこのあとでするのかな、と思ってしまった。意外に珍しい種類のミスだが、ミステリを何千冊も読んでればタマにはこーゆーのもあるか。そこで0.5点ほど減点してこの評点で。

No.2239 7点 撮ってはいけない家- 矢樹純 2025/07/17 10:39
(ネタバレなし)
 読了後、本サイトに登録してあったはずの本作を検索しようとして「ない家」の三文字でサーチしたら、この作品とスターリングの『ドアのない家』、ビガーズの『鍵のない家』の三冊が検索結果に並んだ。
 うむ、三作とも読んでるのは、現状の本サイトで私ひとりだな。エッヘン。
(実にどーでもいいが。)

 矢樹作品はこの10年少しは読んでるつもりだが、ホラーというのは初めて。とはいえミステリ要素は多いんだろうな? と思いながら読む。いや、このサイトで評判いいので。本書の刊行はここで初めて知った。

 意外だったのは、なかなか(中略)というイベントが起きないことで、それでもゾクゾク感はそれなりにある。
 ただし(これはメルカトルさんのご感慨と同じと思うが)

 怖い < サスペンスフルで面白い

 の興味の方が上回る感じ。それでも冷静に考えれば結構、コワイ場面はあるんだけどね、それ以上にストーリーテリングの妙の方が強烈でどんどんページをめくりたくなる。

 途中の謎(某キャラの死にからんだ)はさすがに予想がついたが、そのあとの話の作りと、次第に露見してくる秘められたキャラの配置はなかなか絶妙。この人らしいといえばいえるんだけど、それでもこの作者の著作のなかでもかなり上位にくる仕上がりじゃないだろうか(まー、まだ未読のものも多いが・汗)。

 で、クライマックスは意外なノリでそっちの方向に行くみたいなので、え、これってもしかしたら……? と予期したが、最終的に(中略)。まあこれくらいの方がまとまりはいいかもね。

 いい意味で優等生的なホラーミステリの秀作だと思う。

No.2238 6点 そして少女は、孤島に消える- 彩坂美月 2025/07/16 06:52
(ネタバレなし)
 とある経緯から演劇の道に入った、子役少女・井上立夏。彼女は10歳でのデビュー直後、のちのち8年もの長寿番組となる人気テレビドラマ『クローバー』の主要ヒロイン「つばさ」役で日本中に知られる存在となった。だが番組が最終回を迎えた現在、18歳の彼女は新たな挑戦の機会を求めて、異才だが不穏な噂のある映画監督・高遠凌(しのぐ)の作品に出演するチャンスを得る。立夏は主演を競う17歳から21歳までの同世代の女子とともに、とある孤島に向かうが。

 これで数冊は読んでるはずの彩坂作品。どーもこの人の著作は、いつも面白そうなことをしてくれそうな一方、大抵、もうひとつハジけない印象がある。
 
 今回の設定が一種のクローズドサークルものであり、ミステリ的にある種の仕掛けをしていることは帯に書かれたあらすじから見え見え(その辺は現代ミステリを30冊も読んでれば、ハハーン、とピンとくるでしょう?)。
 でも筋立てはとりあえずのネタを割と早い段階で割り、その上で今回はお話の転がしようで割に面白い方に引っ張っていった。
 
 終盤のサプライズはかなりの大技な一方、ミステリとしてまたお話の作劇として、送り手のマジメでお行儀のよい創作の仕方がかえって……という気もしないでもないが、まあその分、よくまとまったとホメるべきが本当だろう。
 パズラーというよりフランスミステリという趣で、そういう言い方をすると、展開期の泡坂妻夫あたりにちょっと似てるかも。
 かたやこの丁寧な仕上ぶりが、なんか(中略)だなあ、と軽く反発する人もいるかもしれない。うん、そういう気分も実はよくわかる。

 妙な言い方だけど、力作のBの上、という感じの一冊。キライではまったくないけれど、すっきりホメ切れない面も多い手応え。そーいう意味では、やっぱり彩坂作品らしい、んだろうね。
 評点はこの点数の中での、まあまあ高い方で。

No.2237 7点 リンガラ・コード- ウォーレン・キーファー 2025/07/14 08:48
(ネタバレなし)
 1971年。テヘランに在住のアメリカ大使マイク(ミシェル)・ヴァーノンは、NY在住の恩師ハロルド・グロスマン教授に向けて、ヴァーノンが1960年代初頭、コンゴ(のちの一時期ザイール)に表向きは大使館員、実はCIA局員として勤務していた時の記録を書き綴った。そこにはコンゴの地で、大使館付きの武官であり、同時にヴァーノンの朝鮮戦争以来の戦友(親友)であったテッド・スターンズの殺害から始まる1962年の事件の経緯が、仔細に語られていた。

 1972年のアメリカ作品。同年度MWA最優秀長編賞受賞作品。

 なんか大技を使っていると、以前からウワサの作品なので(幸いにもそれが具体的にどういうものなのかは知らない~あるいは聞いたか読んだかしても、今は都合のいいことに失念している・笑&嬉)、思い立ってこのたび読んでみた。

 ベルギーやフランスなどの植民支配を受け、さらにアメリカやロシアの干渉、さらには国連の関与もあって内政が揺れまくる当時の現地の描写はなかなかの臨場感。
 現代史に無教養な自分は、当時の国連事務総長ダグ・ハマーショルドの惨死(謀殺らしい)なんか初めて知った。

 おなじみ池央耿の翻訳は快調で、リーダビリティは最高。ネームドキャラの登場人物は60人以上に及び相応だが、メモを取っていけばまったく混乱はない。出張先の地方でヴァーノンを含むアメリカ政府の人間が暴徒に襲われるシーンの緊張感など、相応のものである。
 あと、CIA側で使っていたコンゴ在住のとあるスパイがいささかヤクザ者なのだが、その彼がこれが最後と重要な情報をくれたことを恩義に感じ、そのスパイ当人を、あるいはせめてそのスパイの妻子だけでも優先的に国外に逃がしたいと考える主人公ヴァーノンの造形(人間味)なんかもいい。

 ミステリ的なギミックはなかなか見えてこない(途中でいくつか仮想を考えるが、いや、たぶん違うんだろうな……と、思い付いた仮説の却下を繰り返すパターン)まま、お話そのものが結構、面白いね、と読み進む。で、クライマックスで、事件というか秘められていた策謀は意外なほど順当に解決……と思いきや……ああ、こういうことね。
 まあ、確かに<思いついて>も良かったけれど、これはスキを突かれた。この作品で原体験的にその手のサプライズを味わった人には、かなりインパクトのある作品だったと思う。
(ちなみにAmazonの本作のレビューでは、どこぞの〇クチ野郎が余計なネタバレをしてるので(←〇ね!)、これは見ない方がいい。Twitter(Ⅹ)も見ない方がいいだろうね。)

 なお今回読んだ翻訳本は、元版のハードカバー。図書館で借りて読んだが1976年7月の第9版と、角川の海外ベストセラーズ初期分のなかではかなり売れた方だと思う(そりゃフォーサイスにはかなわないだろうが)。たぶん『ジャッカル』以来の「全米探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞」の惹句がものを言ったのだろうな。
 逆に言えば当時読んだ世代人は結構いると思うのだが、21世紀にはほとんど忘れられ切った作品のようで、本サイトでも現状、16年前のこうさんお一人のレビューしかない(涙)。
 関心と機会があったら、余計な情報を入れないうちにさっさと読んでしまうことをお勧め。

 ただまあ、その後の本サイトへのレビューのご投稿の際には、ちょっとだけ想像力を働かせて<あれこれ必要十分なご配慮>を戴けると幸い(汗・笑)。

No.2236 8点 ゾンビがいた季節- 須藤古都離 2025/07/13 18:12
(ネタバレなし)
 1969年。ネバダ州にある人口50人弱の小さな町ジェスロー。都市部の出版エージェント、ダン・ウェイクマンの勧めで執筆した通俗スリラー「悪人」シリーズがヒットして映画化もされた作家トム・オーショネシーはその町の一角に住むが、自作のヒットの収入をギャンブルにつぎ込む。一方で当人的には意に沿わない作品が当たったトムは、執筆のモチベーションを著しく減退させていた。そんななか、ウェイクマンのエージェント業事務所から、女性職員のケイティがトムのもとに来訪。一方、トムの視界の外では、とある計画が進んでいた。

 帯にあるあらすじのネタバレの件ですが、第一章の見出しで底割れ(暗示)してるので、別にいいのでは、と。少なくとも自分は本作の仕様に限っては、特にストレスなく読めた。

 前作『ゴリラ』とは違う方向性で、非常に面白い。
 勝手な受け取りかもしれないが、作者の狙ったのはスティーヴン・キングあたりの系列の作家、その諸作によく見られる、登場人物多数、場面モザイク構築の大作、そんなスタイリズムの借款と咀嚼だと思う。

 登場人物は、名前が出てきてメモを取ったのが約75人。あーこれはワンシーンだけかそれに近いモブキャラだな、と類推してメモ書きをスルーした登場人物も加算すれば、たぶんネームドキャラは優に100人を超える?
 うまい、と思ったのは、登場人物の年齢設定をほとんどあえて記述しないことで(例外は二人の男子くらいか)、そのおかげで<実はあのキャラとこのキャラは同世代であった><このキャラとそのキャラは学友だった>など、ちょっとだけ予想外の関係性が、あとからあとから少しずつ、あれこれ明かされる構造になっていた。この辺はその徹底ぶりからして、作者の意図的な演出だろう。

 帯で大森望は「~コメディ」という修辞を用いてるが、個人的にはあまりその言葉は読んでる間、意識しなかった。いや別に異論があるわけじゃないんだけど、どっちかというと「スラプスティック」ではあってもコメディとはちょっと違うような……まあ、いいかな。地方の町を引っ掻き回す大騒ぎをどういう視座で眺めるか、の問題だろうし。

 書き手のセンスや才気は十二分に認めるが、それ以上に筆力と書き込みの量感がそのまま(キング的作品という)スタイリズムに転じた、結構、オモシロイ(と思える)形質の一作。

 もしも作者が一冊一冊、違うものを書こうとしてるのだとしたら(まあ『ゴリラ』も再読すれば、本作と通底する部分が何か見えてくるかもしれんが)、次にどんなものが来るのか、なかなか楽しみである。

No.2235 8点 白い恐怖- フランシス・ビーディング 2025/07/11 06:52
(ネタバレなし)
 第一次大戦終結からしばらくした欧州。ロンドンの医学校を卒業して医師の免許をとった、社会的自立を志す26歳の女性コンスタンス・セッジウィックは、20年前に物故した彼女の父の旧友だった医師ドクター・エドワーズの斡旋で職を得る。エドワーズが経営する金持ち相手の精神病院兼療養所「シャトー・ランドリー」はフランスの山中にある古城を改装したものだが、コンスタンスはそこの女医スタッフに迎えられたのだ。だが当の院長エドワーズは長期出張中で、その間の院長代行はコンスタンスの少し前に病院に着任した青年医師エドワード・マーチンスンが担当という。山村トノンの奥にある予想以上に巨大で荘厳な病院を訪れたコンスタンスだが、そこで彼女を待っていたのは思いもよらぬ体験だった。

 1927年の英国作品。
 つい最近これまで未訳だった作品『イーストレップス連続殺人』(1931年)が発掘翻訳された作者フランシス・ビーディングの出世作……というか、ヒッチコックの映画『白い恐怖』(1945年)の原作(というより原案に近い作品)として、欧米でベストセラーになった長編。
 なお早川ポケミスの本書のAmazonでの公式紹介は完全にネタバレしてるので、未読の人やネタを知らない人は見ない方がいいよ。
 
 映画はヒッチコックの初期作品のなかでは比較的メジャーな方だと思うし、評者も何度か観る機会はあったが未だに未見(汗)。
 この小説版を読んだあと、比較としてそのまま映画もAmazonプライムとかで観てみようかとも思ったが、ポケミス巻末の長谷部史親氏の解説によると、いくつかのネタだけ拾ってかなり別ものの内容というので、じゃあ急いで観なくてもいいか、という気分になった(←こーゆー時は、たぶんしばらく観ないな・汗&笑)。

 そーゆーことなので、原作小説本編をあくまで単体で読んでの感想、レビューになるが、当時のモダンゴシックロマン的、サスペンス・スリラーとして、フツーに十分面白かった。
 こういう設定のお話なんだから<そっちの方向>かな? ……と予期しながら読み進み、それで(中略)という展開。いずれにしろその辺の話の狙いのポイントが、クラシック作品としての枠組内で、結構ゾクゾクさせてくれる。

 まず達者に思えたのは冒頭からのギミックで、これはやっぱり……(以下略)。その辺を起点に、小説全体のまとめ方がなかなかエンターテインメントしていて良い。最後まで読むと作者がミステリらしい仕掛けの用意を楽しみながらも、お行儀のいい小説作法を採用してるのがよく感じられる。

 あと、半ばクローズドサークル状態になる(?)物語の舞台「シャトー・ランドリー」を賑わす病院側スタッフや複数の患者たち、そんなサブキャラ勢の描き分け。
 作劇上での役割の大きい少ないの濃淡はあるが、その辺はむしろ自然なリアリティで、どことなくコリンズの『月長石』あたりのキャラ配置に似てる。ゴシックロマン系のスリラーとしては、正に最適の叙述だろう。
 正直、同じ精神病院ものでも、その辺の面だけに限れば、後発のクェンティンの秀作『迷走パズル(癲狂院殺人事件)』よりこっちの方が上だと思った。(ま、双方を比較するのは畑違い、という面も無きにしもあらずなのだが。)

 一方で事態が進んでからのクライシスの打破に関しては、もう少し何か手を打てなかったのかな? とも思ったりもしたが、大方の疑念はまあ、こちら受け手の解釈も踏まえて了解・納得できる流れではある(1920年代半ばの話だしね)。そんな意味でも、まとまりの良い作品ではあった。

 大筋はまあ良くある話、といえばそうなんだけど、それを認定した上で、色々とある種の風格を随所に感じさせてくれた作品。
 今年の『イーストレップス』の発掘があったから、そんじゃまあこっちから先に読もうと思った一冊(本サイトにまだレビューも無いし)。逆にいうとそんな状況でもなければ、いつになってから読んでいたのかわからない作品ではあるのだが、とにもかくにもなかなか楽しませてもらった。

 評点は0.3点くらいオマケ。

No.2234 6点 暗黒街道- 生島治郎 2025/07/09 15:39
(ネタバレなし)
「ヤモリ」こと、マル暴の悪徳刑事・野守一造(のもり いちぞう)は、トイレを借りに入った新宿のスタンド・バー「サニイ・サイド」で、トラブルに巻き込まれてるらしい青年を見かける。だがその青年「ラット」こと岩切完二は暗黒街の末端にいる、ムエ・タイの心得がある若者。彼は、バーのママで20代後半の美女「ダンス」こと阿部舞子とともに、因縁をふっかけてくるヤクザものをあしらおうとしている所だった。成り行きに介入し、半ば強引にラットとダンスに貸しを作ったヤモリは、妙に気の合う三人組を結成。ヤクザやワルたちを相手にしながら、熱い金を稼いでいく。

 気が付いたら生島治郎を二年も読んでない。とりあえず何か軽そうなものでも読もうと思い、これを手に取った、ノワール系の連作短編集。「週刊小説」に不定期に92~94年の間、掲載された、新規の主人公トリオのシリーズ短編が7編収録されている。
 正確に確認した訳じゃないが、たぶんこの時期(80年代後半~90年代初頭)の翻訳ミステリ分野ではロス・トーマスとレナードの二大巨頭が幅を利かしていたんだろうと思うし、生島が弟分の大沢在昌から「アニキ、最近またトーマス、面白いっすよね」とか何とか言われて(改めて?)読み始め、なるほどなー、じゃあ、オレもいっちょ……とか何とかという流れで書いてみた、和製・陽性ノワール連作がコレじゃないか、という気がする。
 知らんけど。

 各編、お話が好テンポで転がり、その淀みなさにさほど物足りなさを覚えないのは、すでに大家の円熟のベテラン芸、という感じで快い。90年代に非・私立探偵小説系の通俗ハードボイルド連作を良い意味でのスタイリズム優先で書いたらこんなのになるかな、という感触もあるし。これはこれでいいでしょう。
 このシリーズはこれ一冊で終わっちゃったのかな? 続きがあるなら、もうちょっと読んでみたい。

No.2233 7点 覚悟- フェリックス・フランシス 2025/07/08 07:28
(ネタバレなし)
 競馬界の辣腕調査員として名を馳せたシッド・ハレーは二度目の結婚をし、今は愛妻と6歳のおませな愛らしい娘と、幸福な家庭を築いていた。だが現在46歳のハレーは、悪人からの報復で家族や元・義理の父チャールズ・ロランド提督(すでに83歳)が身の危険に晒されることを警戒し、調査員稼業を引退。現在は日々の好調な金融取引で、順当に生活費を得ていた。そんな時、英国競馬統括機構(BHA)の会長リチャード・スチュアートがハレーを訪ね、スチュアート自身が不審に思ったある案件を持ち込んでくる。同件はBHA保安部でも審議されたが特に問題なしとされたもので、だが尚も疑念が残るスチュアートはハレーに状況の洗い直しを願いたいようだ。ハレーは調査職からは引退したと答えつつも、この話に関心が生じていく。だがその直後、局面は新たな展開を見せた。

 2013年の英国作品。「競馬シリーズ」の創始者・父ディック(小説執筆の実働は奧さんメアリだったと21世紀になってからウワサされるが)の逝去後、今は息子フランシスが執筆する、親子二代にわたるシッド・ハレーものの通算・第5弾(フェリックスの担当作としてはこれがシリーズ内での1冊目)。

 当方はシッド・ハレーシリーズは、『大穴』『利腕』は順当に消化。3作目『敵手』も読んでいるハズだが、ほとんど記憶にない(実は、あのシーンが『敵手』のものだったのかな? と、思い浮かぶような場面もあるのだが、本当にそれが正解かは心もとない)。で、あまり評判のよろしくない第4弾『再起』は確実に未読で、そんな前提のなかで、今回の、日本語で読める久々の新訳作品に付き合う。

 それで正直、途中までは面白いことは面白いんだけど、主人公ハレーが半ば巻き込まれるように事件に関わり、調査を続けていくうちに競売界のならず者から脅しを受け、自分と家族に迫る脅威に恐怖&警戒~でも克己、の完全なおなじみパターン。いくらなんでもこれはね、とも感じたりもした。
 が、中盤辺りからの悪党のやり口がどんどんエゲツなくなり、そっからはなかなか、加速度的に盛り上がってくる。うん、やっぱり結構、楽しめる(笑)。なんのかんの言っても4時間弱で、イッキ読みではあったし。

 とはいえレギュラーキャラのハレーだと、あんまり羽目を外した大技での対抗・決着はできないだろ、反則技やダーティプレイでの反撃もしにくいだろと予想してしまい、その辺は良い面もあれば良くない面もあったり。
 父親ディックの後期正編・競馬シリーズの中では、単発で一回こっきり、悪く言えば使い捨てで、後先を考えないからこそ<そーゆー種類の決着>もできた、という感じの主人公もタマにいたんだけど、今後も続投するであろうハレーはそういう自由度はないだろうしな、と観測しちゃったりする。
(でもそういう風に考えてみるなら、それなりにちょっとギリギリぽい面がないでもないクライマックスかな、今回は。)
 
 あとサイドストーリーとしてハレーの隻腕設定についてかなり大きな進展があり、その辺の流れがどうなるかは読んでのお楽しみ。もちろんここではあまり詳しくは書かない。
 かたや一方、ある案件についての説明がちょっと不足してんじゃないの? と思わせるところも見受けられ、その辺は息子が筆の勢いのノリのなかで、ついうっかりしちゃったんかいな? という感じもするが、まあ、読み手側の解釈で補える範疇かな。

 いずれにしろ、10年ぶりの息子版「競馬シリーズ」の新訳、ありがとうございました。
 とりあえずあと2冊は続いての翻訳が内定してるみたいだけど、できるなら未訳分全冊の邦訳を、ぜひともお願いいたします。

No.2232 7点 過去ある女 プレイバック - レイモンド・チャンドラー 2025/07/05 08:58
(ネタバレなし)
 カナダの国境に近い、ヴァンクーヴァーの港町。列車の中でハンサムなジゴロの青年ラリー・ミッチェルは、20台半ばの金髪の美女に出会う。彼女ベティ・メイフィールドのちょっとした窮地を機転で救ったミッチェルは、彼女をヴァンクーヴァーのホテルに案内。そこではミッチェルの顔なじみの男女がたむろし、現れたベティに関心を向けた。だがそのホテルで、やがて一人の人物が死亡する。

 マーロウものの最後の完成長編『プレイバック』(58年)の原型になったオリジナルストーリーの映画シナリオは、第一稿が1947年から書かれ、その後、推敲して練度を高めた第二稿が1948年に完成した。結局、当該の映画は作られなかった(なぜか)が、埋もれていた第二稿シナリオは本国で1985年にチャンドラー作品の研究家によって発掘され、陽の目を見た。そのシナリオ第二稿の翻訳が本書である。評者は今回、何十年前か前に買っておいたサンケイ文庫版の方で初めて読んだ。

 マーロウが出る方の小説『プレイバック』は大昔に高校生の頃に読んだきりで、細部のいくつかの印象的なシーン、セリフを覚えているものの、一方で今では、話の流れも事件の構造もまったく忘れてしまっている。
 それで久々に再読しようと思ったが、どうせなら原型のこちらの方から先に読もうと思い、数年前から文庫を書庫から出しておいたが、思いついて今夜ようやく読んだ。
(というわけで現段階では、小説『プレイバック』との比較はまったくできない。そのうち? 『プレイバック』を読み返したときに、本書(『過去ある女』)の内容をその時点で忘れていなければ、そちらからの視座での比較は可能であろう。)

 で、ほぼ完全に素の状態で物語の流れや登場人物の配置、事件の結構、セリフやト書きを楽しんだ本シナリオだが、作者が映画メディアを意識したビジュアルイメージで用意したのであろうシーンが随所にあり、その意味でもなかなか興味深い。
 商業映画でどういうサービスを観客に向けてすべきか、チャンドラーなりの心構えがところどころに覗くようで、良い意味での商品性を感じさせるプロの映画シナリオといった印象である。

 とはいえ実のところ、メインヒロインで広義の主人公であるベティ・メイフィールドを軸にした複数の男性キャラたちの配置は、部分的に「え!? そっちの方向に行くの?」と思わされた面もあり、今度はそういった意味で、チャンドラーが映画メディアでのエンターテインメントをどのように捉えていたか、が、何となく見えてくるような趣もある。その意味でもまた興味深い。
(ちなみにこっちが思いついた感慨のいくつかは、サンケイ文庫版の巻末に収録されたR・B・パーカーの解説で、同人が似たような主旨のことを語っていて、ニヤリとした。まあ、そうだろうね?)

 特にチャンドラーの名前を意識しなくてもフラットに相応に面白い筋立てで、良い意味でのメロドラマ&ノワールもの(……かな? だな……)でもあったが、一方でト書きの随所やセリフ回しなどに、とにもかくにも少年時代からチャンドラー作品につきあってきた受け手として、なんか引っかかるものも少なくない。その意味でも、やはり重層的な愉しさがあるシナリオである。
 うん、あとは前述のように小説版『プレイバック』との読み比べまで済ませれば、本書(本シナリオ)の賞味は一応フルコースだな(読み込みの浅い深いは、とりあえず置いておいて・笑&汗)。

『ブルー・ダリア』もそうだったけれど、なじんできた作家のシナリオを読む作業はなかなか楽しい。
 チャンドラーが脚色したシナリオ『深夜の告白』の翻訳は持ってるからそっちもいつか読んでみたいが、あとはシナリオ版『見知らぬ乗客』の翻訳とか出ないかね(どっかのシナリオ専門誌とかにすでに翻訳されているのかもしれないが)。
 映画版『見知らぬ』の映画オリジナルのクライマックスの場面とか今でもよく覚えてるけど、改めて脚本で読んでみたら、もしかすると望外に楽しめるかもしれない。

No.2231 9点 ささやく街- ジャドスン・フィリップス 2025/07/02 07:50
(ネタバレなし)
 1960年前後のある年の10月。アメリカのどこかの地方都市「ロック・シティ」。その夜、かつてさる失敗から法曹界を追われ、社会的な立場も減退した64歳の元判事セイヤー・ウッドリングは、いつものように馴染みの店で自分を憐れみながら酔いどれていた。そんな彼による酔っ払い運転は、公道で接近した別の自動車の大事故の遠因となる。事故車には4人の男女の若者が乗っていたが、セイヤーは自分の酒酔い運転の責任を問われるのを恐れて現場を去り、結果4人の高校生の男女のうち3人が死亡した。だがその事故車の乗員が男女4名・計2組のカップルだったことから、事故の責任の所在を問う追及の矛先は、彼ら若者たちの恩師である20代末の女性教師アナベル・ウィンターズに向けられた。攻撃の論拠は、生物教師であるアナベルが授業で頻繁に性教育を行ない、それがひいては夜間の暴走を含めた若者たちの非行に繋がったというものだった。さる事情からアナベルに逆恨み的な遺恨があるセイヤーは、彼女を糾弾する世論の尻馬に乗り、己の咎をうやむやにしようとする。だがこの案件でロック・シティ全体が揺れるなか、ある夜、予期せぬ殺人事件が生じた。

 1960年のアメリカ作品。
 20世紀アメリカミステリ界の巨匠の一人で、数多くのシリーズキャラクターの産みの親ながらなぜか日本では定まった評価がなかなか得られないヒュー・ペンティコースト。そのペンティコーストが本名であるジャドスン・フィリップスの筆名の方で書いた7番目の長編(共作含む)。
 
 1960年代のフリーセックス時代の前兆といえる時勢の社会問題を主題にした、ある種の風俗ミステリの趣がある作品。本サイトのジャンル分類でいうなら、国産ミステリの「社会派」に相応する内容である。

 ポケミスで本文180ページちょっととやや短めの長編だが、ネームドキャラだけでも登場人物は70人前後に及び、しかしてキャラクター描写の交通整理が実に達者でリーダビリティの高さは申し分ない。

 序盤から登場するメインキャラのひとりである老人セイヤー・ウッドリングは、かつて、今で言う「やらかし」の結果、人生をしくじったろくでなしだが、一方で無器用に生きてきた半生の一端も語られ、単純に悪役ともいえないキャラクターになっている(「半悪役」くらいなら認定してもいいかも)。
 そんなキャラクターの造形が巧みで、セイヤーが人間的な弱さに負けて、咄嗟に対応していたらもしかしたら何人か若者を救えたかもしれない事故現場から逃げ出してしまうあたりのしょーもなさ、切なさ、痛々さが説得力のある筆致で語られる。そしてそこから、さらに話がとんでもない方向に転がっていき、地方都市ロック・シティ丸ごとが、21世紀現在のネット世界の「炎上」を思わせるような騒乱になるのが、本作の前半の読みどころである。
 そしてそういった小説の勢いでぐいぐい読ませる一方、途中で予期せぬ殺人事件が発生し、これまでの叙述を踏まえながらミステリとしての骨格が浮かんでくるのが、中盤~後半の本作の醍醐味。

 前述のように紙幅的には短めの一冊だが、確かな筆力に支えられた群像劇、そしてかなり端正な結構のミステリとしての歯応えは十分で、非常に面白い。そこまで期待して読み始めた訳ではないので、正に拾い物の一冊であった。
 邦訳されたペンティコーストの長編はまだ少し読み残しはあるが、自分が読んだ中では間違いなく本作がベスト。

 あえてケチをつけるなら、ポケミスの巻頭の登場人物一覧は、前述のように総勢・約70名のネームドキャラの中から主要と思える24人を選抜して並べてあるが、そのチョイス自体が一種のネタバレ……かもしれないこと。あまり詳しくは言えないが、できるなら巻頭の登場人物一覧はあえて見ないまま、自分なりの登場人物メモを作りながら読み進むことをオススメする。

 それにしても改めて、ペンティコーストって底が見えない作家だとつくづく思い知った。長編・短編集ふくめて未訳がまだまだ何十冊もあるわけで、きっとそれなりの秀作がまだまだ日本に紹介されず眠ってるんだろうね。どなたか発掘してくれる翻訳家や編集者はいないものか。

No.2230 6点 殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス- 五条紀夫 2025/06/30 05:04
(ネタバレなし)
 太宰治の名作『走れメロス』の大筋と本文の一部を借款しながら謎解き要素を導入して、全5話の連作ミステリ集にしたパロディ作品。
 作者は舞台となった古代ギリシアの史実も探求したようで、ちゃんとその時代にいたはずの意外な歴史上の人物も登場する(一方で、メタギャグ的なキャラクターも用意されている)。

 原典の『走れメロス』(大昔に読んだ)を青空文庫で確認すると、1万字強、400字詰め原稿用紙にして、改行・余白込みで26~30枚と短い短編だと改めてわかる。そのため原典ではメロスが自分とセリヌンティウスの命をかけて結婚式を祝いに行く妹の固有名詞などはネーミングされていないが、パロディの本作では「(妹だから)イモートス」と命名。さらにとある事件の目撃者は「ミタンデス」(ガトランティスの監視役ミルかい)、ある事件の被害者は「キラレテシス」……などなど、総じて愉快なネーミングで登場する。この趣向だけで笑える。

 各編のトリックやミステリ的な創意は、現代ミステリとしてはまあ、中の中~上といったレベル。たぶん作者が一番の自信作でヤマ場にもってきたらしいアイデア(トリック)は、惜しいかな評者がこの10年の間に読んだ作品のなかに先例めいたものがある。
 むしろ個人的には、第3話のバカバカしいアイデアが最もオモシロかった。もしかしたら作者の一番の自信ネタは、こっちかも?
 
 著者の作品を読むのは、デビュー作に次いでまだ二冊目だけど、書き手本人が楽しみながらミステリを組み立てているような気配があり、その辺がよろしい(いや実際には、余人にはわからぬ苦労のほどが、きっと色々あるんだろうけど)。
 未読の作品もおいおい手に取っていこう。

No.2229 8点 麻倉玲一は信頼できない語り手- 太田忠司 2025/06/28 08:26
(ネタバレなし)
 36歳の独身フリーライターだが、いまだまとまった実績もなく、実業家の父とも距離のある青年・熊沢克也は、さる企画を受けて外洋の島に渡る。そこは28年前に死刑が廃止されたこの日本で、刑期の短縮は絶対にありえない終身懲役囚が収監されている島だった。克也はその島で「最後の死刑囚」麻倉玲一への取材を始める。

 先日のミステリ初心者さんのレビューが目にとまり(その時点では、ネタバレあり、ということで評の中身は拝見していませんが)インパクトのある題名から関心が湧いてネットで作品の情報を探ると、なかなか面白そうである。で、ネット経由で古書を安く入手。さっき思いついて読み始め、2~3時間で読了した。

 太田先生の作品はほとんど縁がなく、2014年のノンシリーズ長編『死の天使はドミノを倒す』を刊行の少し後くらいに読んだきりだと思う。ちょうどその頃からまたミステリを積極的に読み始めたが、同作の大ネタはいまだに覚えており、結構面白かった。だがシリーズものが多いため、どうにも気構えがついていかず、本作までほとんど手付かずであった。

 で、本作だが近未来SF(あるいは現実と若干の相違の並行世界もの)の設定をもとに、トリッキィなストーリーが展開。
 最後まで読み終えて「ああ、これは(中略)だな」と、作品の範疇ジャンルを認定したくなるが、その一言を言うとネタバレにまではならないにせよ、ある種の予断を未読の人に与えてしまいそうなのでソレは控える。

 ただ、作品の中身は、かなり面白かった。
 実は「(中略)」という作品の形質は前例のないものではないが、その先にあるホワイダニットというか作中人物の動機の真相に感心。
 終盤は残りページがどんどん少なくなる中で、ぎりぎりまで底を割らないお話の組み立てにも感銘。最後のクロージングの余韻もいい。

 現時点の大雑把な感覚で言うなら、次にどういうものが来るかわからないと思いながらも、毎回の新刊をリアルタイムでワクワクしながら手に取っていた1980年代前半の泡坂の長編、あの辺みたいな感じ。
(具体的にミステリのギミックとして、既存の泡坂作品と類似性があるとか、そーゆー意味ではまったくない。その時期の泡坂の各作品の、次々と異なるオモチャ箱を開けるようなドキドキの楽しさを、本作は読み終わったあとに想起させてくれたという、非常に観念的な話である。)

 このレベルの作品がまだまだゴロゴロしてるなら、太田作品、ほとんどこちらの視野になかった鉱脈ということになりそう。
 また評判の良さそうな作品を、近くそのうち読んでみよう。

No.2228 7点 名探偵たちがさよならを告げても - 藤つかさ 2025/06/28 02:07
(ネタバレなし)
 建築業界の大物で「怪物」と呼ばれた現在90歳の資産家・三条友道が設立し、今は車椅子生活の彼が現役で理事長を務める私立「比企学園」。20歳代半ばの青年・辻玲人は、少し前に重病で逝去した恩師・久宝寺肇の遺志を受ける形で、同校の国語教師兼司書の職に就いた。兼業作家でもあった久宝寺は、しばらく休止していた人気ミステリ「左近瑞穂」シリーズの再開を企図していた節があり、担当の編集者・煙ケ谷武司はその遺された創作メモの発掘を求めていた。だがそんななか、校内でとある人物が変死する。

 結論から言うと、かなり面白かった。
 後半~終盤にかけての幹となるサプライズは、こちらが油断していた部分をつかれた感じだが(だからしっかり注意している人なら気に留めるかもしれない)、反転の仕掛けとしては十分に効果を上げている。

 ロジックが屁理屈めいている部分はやや弱点だが、主要人物がとったとある行動についての意外性は、海外古典の名作短編ミステリの驚きを思わせる、非常に人間の心の機微に通じたもので、ココが個人的に本作の一番のお気に入りポイント。

 読後にAmazonのレビューを初めて覗くと、現状、おおむね好評ななかでひとりだけクソミソな方がおり(完全にネタバレしてるので、今の段階で本作を未読な人は見ないように)、その意見そのものには60~70%くらい、まあ成程なあ……という感じ。そういう情報は確かにどっかで聞こえて……いや、ギリギリなのか?

 いずれにしろ、脇の甘いところはあるかもしれないが、個人的には十分に楽しめた。
 メルカトルさんのレビューを読んで興味が湧いて、初読みの作家だが、ほかの作品も少しずつ手にとってみたい。

No.2227 8点 月蝕島の信者たち- 渡辺優 2025/06/20 06:46
(ネタバレなし)
 怒涛のごとき展開に、ミステリを読む原初的な楽しみを改めて実感。読んでる間はすごく面白かった。
(しかしこの設定とこの筋立ての作品で「探偵不在」を売りにするのは、この上なく無意味な気がする。)

 先が読める部分も多いが、サプライズの波状攻撃も存分に堪能。なにより書き手が楽しんで物語(ミステリ)を作ってる気分が伝わってくるのが、とてもよろしい。
 で、動機のぶっとび具合はホメるべきなんだろうが、ここまで行くともっとクレイジーな前例を想起してしまい、ソノ辺に比べれば存外にマトモかもしれない、と思ったり!?
(虫暮部さんの「犯人はああいう行為の継続を(今後も)望むのではないだろうか。」というご指摘には、なるほどね、と思わされました。さすが。)

 良い意味でコテコテの謎解きサスペンス。
 これをイッキ読みして、心地よいひと晩であった。

No.2226 5点 うしろにご用心!- ドナルド・E・ウェストレイク 2025/06/19 05:13
(ネタバレなし)
 プロの犯罪者ジョン・ドートマンダーは、馴染みの故買屋アーニー・オルブライトからの情報を得て、ニューヨーク在住の大富豪で女好きの57歳の投資家ブレストン・フェアウェザーの住居から高価な多数の美術品を奪う計画を練り、仲間と準備を進めようとしていた。だがドートマンダー一家がいつもアジトに使っている「OJバー」でトラブルが生じ、彼らはその事態への対応を強いられる。一方、マイアミに観光旅行に赴いていたフェアウェザーは思わぬトラブルに。

 2005年のアメリカ作品。ドートマンダーものの長編・第12弾(全14長編。あと未訳4本)。
 シリーズの翻訳は2009年に訳出された短編集以来、16年ぶりだそうで本当なら大喜びしなきゃならんのだが、なんせ評者はまだ未読の既訳の長編が5冊もあるので(さらに前述の短編集も手付かずだ)、正直あまり飢餓感も生じていなかった。
 数年前に何十年ぶりに読んだシリーズ作品『天から降ってきた泥棒』は結構面白かったけど、気が付いたらそれから5年間、本書まで未読のドートマンダーものを一冊も消化してなかったし(汗)。

 で、とにもかくにも本作だけど、3つの流れの話(そのうち2つにドートマンダーたちが直接からむ)が同時進行で少しずつ進行し、最終的にそれらのストーリーの脈流がどうなるか、は、もちろんここでは言わない。
 ただし登場人物がネームドキャラだけで60人ちょっとで全500ページ以上。細部に愉快なシーンや緊張感を誘う場面はソコソコあるのだが、全体的にストーリーがそれそれ弛緩してる感触が強く、今回はどうもイマイチのれない。
 遠い昔の記憶のなかのシリーズ初期三部作はどれも面白かったが、今回はなあ……う~ん、というのが正直なところ(汗)。
 ひとことで言うなら、後期のマクベイン辺りにも通じるが、スティーヴン・キングやクーンツあたりの大部作品を意識しすぎて、紙幅が(本作の場合、それこそムダに)ありすぎて冗長。
 
 久々のシリーズ未訳作の発掘を喜び、残りの作品の翻訳もぜひとも応援したいのは紛れもないホンネだけど、すみません、一方で本作は、読んだドートマンダーシリーズのなかでは、正直、一番つまらなかった(大汗)。

 それでも終盤、ようやくマイアミ編の方で、メインキャラの一角ブレストンのドケチぶりギャグを含めて、いくらかギアが入った感じはあり、そっからはクライマックスまでそこそこ楽しめた。ヤマ場のまとめかたもああ、こういう流れね、と納得。良くも悪くも王道、悪い方で言えばいささか古い感じもしないでもないけれど、一方でこーゆークロージングがまったくなくなってしまった21世紀の新作ミステリ界はそれはそれで寂しいか、とか思ってみたり。

 しかし12作目の長編だというのに、警察ってドートマンダー一家をまったくマークしていないのね? その辺はこっちが未読のシリーズ作品のなかで、何らかのイクスキューズなどがあるのだろうか? その辺りは、しつこいようで結局はお約束のポジションを保つおなじみのレギュラー警官キャラを配置している泥棒バーニィシリーズ(ブロックの)の方が、ずっとうまい気がする。

 残念ながら今回はちょっと個人的にはハズレっぽいけど、既訳シリーズをしっかり消化しているファンが読めば、もっと楽しめるかもしれない? できましたら読んで応援してやってください。シリーズの翻訳完走そのものは、もろ手を挙げて賛成なので。

 最後に、初期編では基本的にトラブルメイカー(というかお笑いボケキャラ)のはずのケルプが、今回は意外に有能なのに驚いた。パソコンに強いという新時代にあった設定も追加されてるし。長期シリーズのうちに、キャラの成分が多少変わったのかしらん。

No.2225 6点 私の殺した男- 高木彬光 2025/06/18 23:13
(ネタバレなし)
 たぶん角川文庫オリジナル(山前譲さんの編集・選出)の短編集じゃないかと思うが。下の書誌データも、巻末の山前氏の解説が出典。

①「私の殺した男」(「宝石」1957年2月号)
②「謎の下宿人」(「探偵倶楽部」1954年2月増刊号)
③「大食の罪」(初出不明 1960~61年ごろ)
④「青チンさん」(「読切雑誌」1957年4月増刊号)
⑤「ある轢死」(「サンデー毎日」1960年12月25日号)
⑥「はったり人生」(「読切傑作集」1956年5月号)
⑦「月は七色」(「講談倶楽部」1951年11月号)
⑧「赤い蝙蝠」(「探偵実話」1951年11月号)

……の8編を収録。
④は、神津恭介のワトスン役・松下研三のみが登場する『刺青殺人事件』の後日譚設定の話。
 ほかは全部ノンシリーズで、特にレギュラー探偵たちとの接点もないと思う。

 以下、簡単に各編のメモ&感想。

①東京郊外で白骨死体が発見され、その死体は過日の大型詐欺事件の容疑者の者と思われるが?
 ……ちょっとトリッキィな短編で、トリックは当時ならではこそ成立した、という種類のものだが、まあまあ。

②夫の商事会社が経営不振な妻は、自宅に下宿人を置いて副業として収入を得ようとする。だがその下宿人には不審な点が?
 ……途中で急にショッキングな展開になり、起伏感の高い一編。ミステリ的には①と同質の弱点を備えるが、こちらもそれなりに楽しめた。

③元来の大食漢ながら、健康上の理由から粗食に耐える実業家。そんな彼の前で同居を許した親戚の青年はマイペースな食事を。
 ……メインのアイデアはのちに、別の高木作品に流用。というかこの時点でそのアイデアをこういう使い方をしていたのかと軽く驚いた。佳作。

④『刺青殺人事件』を経て、刺青という分野に学究的な興味を抱いた松下研三。そんな彼の知り合いは少年時代から刺青に傾倒し、ついに自分のチ〇ポコにまで彫り物を入れた和田金吾青年だった。その和田青年は、男性のシンボルを誇示し合う会員制サークル「チンチンクラブ」の代表でもあった。
 ……確かに『刺青殺人事件』の後日譚ながら、名探偵・神津の出る幕もないちょっと猟奇的な艶笑譚。のちの小林信彦のドタバタ作品(唐獅子シリーズとか)に通じる興趣もある。なお松下研三が奧さんと結婚しているので『死を開く扉』の前後の時期の話かな。ところで奥さんの名前は「滋子(しげこ)」でいいんだっけ?
 最後に、本作は別題「青チン倶楽部」だそうで(笑)。

⑤轢死された被害者と轢いた加害者の間には、何か関係があった?
 ……①②に通じる、日本版ヒッチコックマガジンか70年代前半のミステリマガジンに載りそうな、どこか妙にミステリとしてのギリギリ感を感じさせる作品。佳作。

⑥大口を叩く男に夫婦はかねてから振り回されるが、今回の話は少し違っていた?
 ……本書のなかでは一番、普通小説に近い話。ただし一冊の短編集のなかでは、良いアクセント的な一編にもなっている。

⑦画家のわたしは、心のなかに秘めた殺人衝動が伏在し、それが発露しかけると月が七色に変幻して見える。
 ……サイコサスペンス的な趣で始まり、途中からとあるキーパーソンの登場を経て、別の方向のミステリへと話が転がっていく。佳作。

⑧酔っ払い、死にかけた青年は自殺志願者だった? 当人の事情を聴いた刑事は、職務を超えた温情で彼を自宅の同居人とするが。
 ……昭和のB級白黒青春犯罪映画を観るような趣で、映像的・ビジュアル的な名場面を散りばめながら、転がっていく話の勢いに惹かれる。作者が、これはこれでノって書いたのであろうことが感じられる佳作。最後の幕切れにしんみりとした余韻。

 全8編、トータルしてどれもそれなり~なかなか面白い。突出したものはないが、作者の筆の広がりを感じさせる一冊だった。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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